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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

有為の奥山 - 2010.02.10(ポケットの窓から)






 

はる 3155

 例えばネット裏から野球を見るとする。最初はネットがじゃまになる、ところが慣れてくるとネットは存在するけれど気にならなくなる、そしてやがてあることさえ忘れてしまう。



 水道の水がぽたぽたと落ちている。気になって眠れない。しかしやがてつかれて音が聞こえなくなると、眠りに落ちたということ。水の音を聞いている限り眠れない。



 竹刀を持ったこともないのだが、例えば剣道の達人というのは剣をやわらかく持っているのではないだろうか、自在にどんな風にでも対応できる構えというものは、力の入ったものではないし、殺気立ったものでもないだろう。そこの具合が極意なんだ。



 ピカソは90年かけてピカソになった。ピカソの絵をみて誰もデッサンがおかしいとは言わない。彼自身正確な形を表現しようとは思ってないからだ。そんなところに絵の目的を置いていない。自由にピカソのように描いた。だからピカソなんだ。



 ここのところが難しい。絵を指導するのに、こういう人が多い。「基礎も何もいらない、自由に描けばいい」というのは簡単なことだ。けれど基礎がない人が一番デッサンにこだわるのだ、見えたとおり正確に描きたいと思う。



 反対に言えば、自由に形や色にこだわらなく描くためにデッサンが必要なんだな。そこの部分を気にしなくなる、ネット裏の野球でいえばネットが見えなくなるまで、水の音が聞こえなくなるまで、竹刀を持っていると意識しなくなるまで、描く必要があるんだな。で、初めて自在に描けるようになるように思う。



 それでもまだ

「有為の奥山、今日越えて、浅き夢見し、酔いもせず」

なんと奥深いものか・・。



 



comment(2)

 
No title 
 どんどん掘り下げていくことで、多くの人に共感してもらえる鉱脈にぶち当たるときがあると思いますよ。母性かな?わかりませんが・・。楽しめればそれでよし!と思います。

No title 
奥深いですね。
絵から全て見透かされてしまう気がするんです。
基礎はもちろん、その人となりまで。
ちゃんと向き合っているか、浮ついていないか、自分を持っているか。
だからとても苦しいけど、面白いのかも知れませんね。

secret


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