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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

不便さを楽しむゆとりを持つということなんだろうな。 - 2005.06.05(日記)
はる 1449
 ここのような地方都市は今大きな変革期に来ている。私がここにきた当時の駅前は、そう絵に描いたような木造の平屋の駅舎で、北口と南口が、雨の漏りそうな屋根付きの架橋で結ばれていた。特に北口は寂れていて、離れたところにあるトイレの臭いがいつも漂っていた。 

 何年か前、国体の開催地がまわってきた時に、さすがに県都の駅前としてこれでは恥ずかしいということになって、ご多分に漏れず味気ない大きな駅ビルをぶったてて、東京のそれらしいブランドを並べるテナントなんかも入ったデパート風な装いになった。

 当然昔の駅舎は跡形もなく、駅前の田舎風な噴水もなくなって、ケヤキの大木がここかしこに涼しげな木陰を作る、何処にでもあるような一地方都市の顔になった。

 当時はまだ西武デパートやダイエーが張り切っている時で、駅前にもそこそこ活気があったのだけれど、あっという間に撤退。今では町中にドデカイ廃墟を晒している。このあきビルをどうするかということも頭の痛い問題だろう。

 最近駅前の再々開発が始まった。高層マンションがどかどかと建ちだした。う~何でもっと長いスタンスで考えられないのか、せっかく根付いたケヤキの大木はたぶんまたどこかに移されるのだろうな。

 国体は市長や知事の在任中の話で、恥をかかない程度のことはできたかもしれないけれど、その後のことはどうでもいいのかな。少なくとも50年先を見た街づくりをしないと、また無駄使いになってしまうだろう。

 買い物は郊外のショッピングセンターでいい。ひろい駐車場があって、広々とした店内で自由に買い物すれば、そこそこ満足するだろう。で、人が街に出かけるのは買い物だけではないんだよな。適当なざわめきや雑踏、売り子の掛け声などなど、そういった活き活きとした臨場感が楽しいのだ。

 今日の新聞の読書らんのところに街に住む楽しさについてかかれていた。今更ながら、古い日本の堺とか京町屋、大阪の長屋、そういった伝統的な日本の都市生活の知恵が受け継がれていないことにがっくりとくるなぁ。

 我々は便利に慣れすぎてしまったんだな。結局、町に住むということもそうだけれど、人生を楽しむということはある程度の不便をあえて我慢して、その不便さを楽しむゆとりを持つということなんだろうな。

 又明日。



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