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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

M1グランプリ - 2009.12.21(ポケットの窓から)






 

 人というのはなかなか業が深いものだ。今年の個展のメッセージの中で「私を見て」というのが少年時代の行動の動機になっているのではないか、というようなことを書いたけれど、考えてみると大人になってもほとんど変わらないなぁ・・。こうやって日々ブログを書いているのも無意識だけれど、そういったことの一端だな。



 関西の風土というのは独特の気分があって、先日M1グランプリがあったけれど、学校生活というのはほぼ全員が如何に「めだつ」かということにしのぎを削っているようなところがあった。頭のいい奴は学力で「めだて」ばいいわけで、運動が出来る奴、腕力の強い奴、その他色々自分の得意な分野で「めだて」ばよしというわけだ。その中で一番人気があるのが「笑い」をとる奴だ。休み時間は勿論授業中も丁丁発止のやりとりで、ボケと突っ込みで笑いを取るかということに、一日があるといった感じがあったなぁ・・。そういった意味で「お笑い」が関西に軍配が上がるのは至極当然だと思うな。



 兄弟関係でも如何に「目立つか」ということが自己のアイデンティティの確立に役立つ。私の兄弟というのか親父も含めてだけれど、結構強烈な個性の家族でちょっとやそっとではなかなか認められない場ではあった。そういった中で年齢的にも一番下であるという立場は微妙なところがある。無責任で自由であるということはありがたかったけれど、何をやってもどうやっても認められないというのはつらい所がある。



 私はあるところで強烈に自己アピールすることを諦めてしまった。それは自分の弱さなんだけれど、強く自分を主張するほど自分が強くないということことかな。で「目立つ」ことを止めてしまったかというと、そうではなくてその想いは深く内向することになる。だからある意味でストレートな「私を見て」というのではない屈折した形でそれがどこかに存在する。私の作品が一見強烈でないのはそんな所から来ていると思う。



 作品と作家というのはどこかで低通している、というのかそうでなければ嘘ということになるな。どんなに有名な作家に憧れてそっくりな作品を描いたとしても、それが本人の心のそこから出てきたものでなければいつかは飽きてくるし化けの皮は剥がれる。



 自分は何者であるのか、そこが最も大事な所だ。そのために絵を描いている。



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