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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

小国寡民 - 2009.11.25(ポケットの窓から)






 

はる 3080

 引用

「小国寡民」



小国寡民。使有什伯之器而不用、使民重死而不遠徒、雖有舟輿、無所乗之、雖有甲兵、無所陳之。使人復結繩而用之、甘其食、美其服、安其居、楽其俗、鄰国相望、鶏犬之聲相聞、民至老死、不相往来。



小国寡民。什伯の器ありて而も用いざらしめ、民をして死を重んじて而うして遠く徒らざらしむ。舟輿ありと雖も、之に乗る所無く、甲兵ありと雖もこれを陳ぬる所無し。人をして復縄を結んで而うして之を用いしめ、其の食を甘しとし、其の服を美とし、其の居に安んじ、其の俗を楽しましむ。隣国相望み、鶏犬の声相聞こえて、民は老死に至るまで、相往来せず。



現代語訳



国は小さく住民は少ない(としよう)。軍隊に要する道具はあったとしても使わせないようにし、人民に命をだいじにさせ、遠くへ移住することがないようにさせるならば、船や車はあったところで、それに乗るまでもなく、甲や武器があったところで、それらを並べて見せる機会もない。もう一度、人びとが結んだ縄を(契約に)用いる(太古の)世と(同じく)し、かれらの(まずい)食物をうまいと思わせ、(そまつな)衣服を心地よく感じさせ、(せまい)すまいにおちつかせ、(素朴な)習慣(の生活)を楽しくすごすようにさせる。(そうなれば)隣の国はすぐ見えるところにあって、鶏や犬の鳴く声が聞こえるほどであっても、人民は老いて死ぬまで、(他国の人と)たがいに行き来することもないであろう。



(小川環樹:中公文庫 1997年改版 167P~168P)



「小国寡民2」

 道具というのはある意味で人の機能の延長上にある。スコップは手の土を掘るという機能だし、ぺンチは握るという機能を特化したものだ。やがて車はより速く走るために考え出されたものだ。電話や携帯、pcも大体同じようなものだな。



 道具が一つ開発されるとその代りにそれまでそれを生業にしていた仕事がなくなる。昔は家を建てるとなればそれは多くの職人の世話にならなければ出来なかったわけだ。家などという大きなものでなくても日常使うカップやお皿でもどこかの職人が作ったものだったわけだ。それがまぁ機械化というのかオートメーションで同じ意匠のものが捨てるほど作られるわけだ。それで多くの職人の仕事がなくなる。



 結局人は、突き詰めて言えば人は仕事をなくす方向を求めてきたことになる。極端な話何もしないでロボットかそれに類する機械が全てのことをやってくれるそんなことを目指してきたのではないかとさえ思われるんだな。で、人は幸せになったか?ということだ。



 今の不況というのをじっくり考えてみれば、結局仕事そのものが不足しているのじゃないかな。工業化というのは大きくいえば分業化だな。一人一人は機械の歯車でしかない。チャップリンのモダンタイムスみたいなもので、人間にとっての仕事の意味が単に賃金を稼ぐだけになってしまった。パートタイム、アルバイト、契約社員、派遣、言葉は代わっても仕事の内容は変わらない。時間の切り売りでしかない。



 パソコンが出てきて今まで人力でやっていた経理や商品管理、顧客管理もできるようになった。社報やちょっとした報告や印刷は自分でできる。デジカメが普及して町のカメラやサンは必要なくなった。画集を作ったときに感じたのは情報のやり取りがメールで出来るので経費が随分とかからなくなった。これもコンピュータのおかげといえばそうだろう。これでどれだけの仕事を食っただろうか。



 仕事という意味をじっくり考えてみると、結局は自分や家族の食い扶持を得る行為だな。



 つづく・・

 



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