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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

般若心経 - 2009.10.13(ポケットの窓から)







はる 3037

 「ギャァテー ギャァテー ハラギャァテー」のお題目は田舎の爺さんが毎朝唱えていたので何となく耳に残っていた。意味など皆目わからないけれど、言葉の音が面白かったのだと思う。



 ある小説を読んでいたら般若心経についてこんな風に説明されていた。



 「般若心経とは、この世にあるものは、すべて実体のないものだから、生じたということも、滅したということもなく、汚れたものも清浄なものもなく、迷いもなく、老いも死もなく、苦しみもなく、心をおおうものは何一つなく、それゆえ、恐れるものもないので永遠の平安を極めているのです」と書かれていた。



 これは非常に分かりやすい説明で、あぁなるほどと思って般若心経で検索したらやたらとたくさんヒットしたのだけれど、どれもこれも難しくて途中で放り投げた。ありがたいお題目として人の心に残るにはこのくらい分かりやすく書く必要があるだろう。



 この文章のどこに反応したのかと言えば上手く説明できないかもしれないがやってみる。



「全ては並列に存在する」というところだな。この間の「恐竜の尻尾」の話覚えています?要するに今までの物事の価値というものは「重要である」「価値がある」順番で一番から無限大まで並んでいたわけだな。ところがパソコンの時代になって、人の思惑など関係なく一つは一つとしてカウントされるようになったわけだ。



 いいも悪いも、綺麗も汚いも、楽も苦も、老い死も、人の思惑など関係なく同じステージにあって、どれも同じだけ起きる可能性があるということだな。くだけた言い方をすれば、いいことだけあるのではなく必ず同じだけ悪いこともある。違うなぁそういうことではない。



 こうなんと言うのかな、現世、今の世、人生と言うのは人と区別する、序列をつけるということで成り立っていたところがある。例えば私にとってこれは役に立つのか、便利か、効率がいいか、人類にとって役に立つ発明かどうか、有用な物かどうかで価値が決まって行く。当然有用なものが大切にされ、いらない物は無用な物として捨てられるか、無視される。



 ところが般若心経がいっていることは、喉が乾いているものにはただの一杯の水がとてつもなく価値のあるもので、どんな高級な飲み物にもかえがたいものだよ。価値というものは相対的なもので全ては並列に並んでいるものだよ、どちらも同じように価値があるし、また価値も無いということなんだな。



 もっと言えば「私が、ぼくは」という判断基準(ものさし)はいずれ意味の無いことだといっている気がする。いいたいことは、いいも悪いも、便利も不便も、速いも遅いも、役に立つも、無用も、綺麗も汚いも、すべて同じであるということかな。



 

 



comment(2)

 
No title 
 読んで分かるというのと、実感として理解できたというのは違いますね。言葉の意味は分かりますが、ストンと心に落ちると言うところまでは理解できていません。多分一生かかっても無理かも・・。

No title 
 般若心経の頭の方に「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」とありますよね。これがわからないと、その先に進めないですよね。つまりは「全てのものは人の脳の中で認識される。人の存在自体が空しいのだから、全てのものは空しい」ということなのでしょうか。空しいものにこだわっても、そのこだわり自体が空しい。空は無という意味で全て等価になります。空は無であり根本でもある。だから、ゼロであり無限大でもある。わかったような、わからないような・・・。

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