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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ながい旅 - 2009.06.18(ポケットの窓から)






「ながい旅」F130部分 2008



第19回スクエア展

(平面作家8名のグループ展)

2009 6/20~6/26 6/22(月)休

山梨県立美術館

(6/25 在廊予定)

 

 土曜日から県内の平面作家8人のグループ展が始まる。今年の作品は残念ながら大阪展に巡回中なので、昨年の作品を引っ張り出してきた。久しぶりに見て○と思う作品と、×と思う作品がある。自分の目が他人の目になっている、他の人が見て感じる第一印象と同じなんだと思う。その時にだめだと思った作品は×だろう。この「ながい旅」は◎だった。よかった。



 こんなものを描くつもりはなかった。敦煌の壁画とかバーミアンの壁画を眺めていたら、いつのまにかこんなものが出てきた。だから実際に何かを取材してといった話ではないので、色々な約束事は間違えているだろう。大体が知らないのだから正しいも間違いもない。気分とか雰囲気それだけだ。



 シルクロードを通って西欧からキリスト教を初めとして色んな文物が日本に流れてきた。当然中国大陸を経由してくるわけだから純粋に直に西欧から伝わってくる話も少し変化した形で入ってくる。今でも五島列島あたりの隠れキリシタンの賛美歌(オラショ)などを聞くと微妙に和風で面白い。



 バーミアンなどの壁画を見ると仏画なのかキリスト教のイコン風の壁画なのかその両方がミックスされた状態で面白い。技法的にも最古の油彩画が出てきたのもバーミアンの石窟だそうだ。それは仏さんだった。



 今の私は色々なもので出来ている。それは意識されたものから、無意識なものまで数え切れない。遠い昔の私の遺伝子の所までさかのぼって考えると、我々はどこかアフリカの奥地のどこか知らない水辺のほとりで生まれた一対の細胞だった。アダムとイブの一対の細胞はやがて旅をしてここまでやって来た。それはながいながい旅だった。



 閑話休題

 日本は昔から色々な文物が入ってきた。東の端の吹き溜まりといえばうがった見方かな。文字をみればよくそのことが分かる。日本語には文字がなかった。勿論話し言葉はあっただろう。けれどそのことを文字として記録するすべがなかった。それゆえに謡として伝承される歌が重要だったように思う。神との交歓はそのようなかたちで行われたのだろう。



 やがて大陸から漢字が伝わった。古代の人は工夫して日本の音をそれに当てて記号としてそれを使った。万葉かなは不完全ではあったけれど、今まで記録されなかった歌を我々に残した。やがて漢字の一部や変形でひらがなが考案されて日本人の心情をより正確に記録することが出来るようになった。



 漢字混じりのひらがなで音と意味を両方取り込んだのは凄い発明だ。これはその後の我々の物事を柔軟に取り込む思考方法の大きな示唆であるように思うのだな。例えば明治以後凄い勢いで欧化政策が取られた。それは肌の感覚として我々は優れたものを取り込む触覚が自然に備わっているように思う。 最近は英語交じりの日本語になっているからな。まぁ反対に言えば節操なく何でも取り込む猿真似という面もあるけれど、太古以来我々はそうやって生き延びて来たのではないだろうかね。



 



 



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