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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

創造的な仕事に変えること - 2008.10.15(ポケットの窓から)
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、 はる 2675
 長年なんの不都合もなく淡々とノルマをこなしているように見えた人が、実はとんでもない使い込みをしていたなどというのが、新聞種になったりする。何億などという金額の使い込みが、よくそこまでばれなかったのか、不思議に思うけれど、案外灯台下暗しで見過ごしてしまうのかもしれない。

 官僚ばかりが悪いわけじゃないけれど、役人というのは仕事をしないなぁ。社会主義が色んなところで破綻してしまったのが、分かるような気がする。たとえば今も地方に行けばバブルの頃にぶったてた大きなホールがあるけれど、まともに使われている施設と言うのは少ないのじゃないか。

 で、中に入ってるレストランなり喫茶店などを利用してみればいい。どこかの学校の文化祭の模擬店以下のサービスしか受けられない。どんよりしたやる気のない雰囲気。店を開いているというだけで給料がもらえるわけだから、お客など来ないほうがいいわけだ。

 たとえば、事故米が必要量以上輸入されて消費されているというのが分かった時点でどこかおかしいとは思わなかったのか?工業用のりの生産だけでこれだけの事故米がどうして輸入されるのか、そこのところは考えなかったのかな。

 年金の問題もほとんどあきれ果てた役人根性だ。わが町にも水道料金を何年にもわたって徴収しなかった役人がいたけれど、そりゃそのまま仕事しないで給料もらえりゃ放って置くわな。

 まぁ自分だって、偉そうなことは言えない。そんな立場になれば同じような事をするかもしれない。あれが悪い、これが悪い、とやっていると事の本質を見失ってしまう。なんだろうな、こんなことと似ていないか。

 これをやれ!といってやらされる仕事というのはむやみと疲れる。疲れるもんだから、人の目を盗んで出来るだけサボろうとする。サボることに自分の能力を使う。人には色んな能力があるんだけれど、一番空しいのはそのことに能力を使う事だ。

 反対に自らやる気になった仕事というのは最大限に自分の能力を使う。出来るなら人というのはそうやって生きてゆきたいものだ。

 最初は小さな違いだと思う。反対にこうやれ!ああやれ!と言われた方が効率はいいんだ。目的が見えやすいし、ハッキリしている。けれど、そんなものは人間の能力は簡単にクリアーしてしまうのだ。そうなると極端に退屈する。そうすると、サボる、仕事をしないことに能力を使うということになるのだな。

 まぁ本質的に創造的でない管理的な仕事というのはこういったことに陥りやすい気がするなぁ。そういった仕事でもいかに創造的な仕事に変えてゆくかというのがとても大事なことだ。


 ちょっと違うけれど、教師の仕事もそんなもんだ。私は絵を教えようなどとは思っていない。絵など好きな奴が好きに描けばいいのだ。どんな奴でも持っている、ささやかなやる気に火をつけること。後は自然に燃えてくれるのを待つ。それだけでいいのだ。



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