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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

「ものを見るものさし」 - 2008.10.12(ポケットの窓から)
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、 はる 2672
 「一本の線9」
 これもまた徒然に書いて行きます。

 何処かのメルマガに「表現と技術」といったタイトルでコラムが載っていた。いつも私も考えているようなことが書かれていたので、参考になった。

 私が描いている絵とデッサンに共通性があるのかといえば、ほとんどない。デッサンをして下書きをして絵の構想を練るといった描き方をしていないということもあるけれど、リアルな再現描写的な絵を描きたいと思わないからだ。

 綺麗な風景や人物をそっくりそのまま描いたとしても、写真より上手く描ける技術はないし、まぁもし仮にめちゃくちゃリアルに物が描ける技術があったとしても、機械と張り合って勝ったとしてもあまり意味もない。

 画家として他と競って行く場合、「上手い」というのは一番もろい持ち駒だと思う。「上手い」奴というのはいくらでもいる。それこそ星の数ほどいる。他と比べた場合、そこのところで優劣を競い合うのは大学の入試までだろう。

 再現描写的な技術というのは大体一年か二年で習得できる。無論程度の差はあるのだけれど、絵を描くのが好きであればそこそこ描けるようになる。

 問題はそこからだな、大体がそこで絵を描くモチベーションを失ってしまうんだな。


 絵は下手くそな方が長続きするし面白い。下手くそというのはどこかに欠陥があるわけだ。その欠けているぶぶんというのが、その人の大事な「個性」になりうるんだな。だから大いに下手くそな方が、多くの宝物を(まだ光っていないけれど)持っているということになる。


 絵を描くというのは描く事で「自分を探っている」ことだ。なぜ絵に惹かれるのか、こんな風景に魅力を感じるのか、それを絵を描くという事で探りだしている過程だな。まぁこれは絵だけじゃない。「表現」そのものがそういったことの繰り返しで深まって行くのだな。


 では、基礎的な描写やデッサンは必要ないか?といえばそうではない。私の場合描写の技術というのはほとんど役には立っていない。そこそこの技術しか持ち合わせていない。けれどそこから得た「ほんものを見る目」「ものを見るものさし」は他の方法ではなかなか得られないものだ。


 眠いので続きは又だな。



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