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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

だれでもよかった。 - 2008.06.16(日記)
はる 2555
 何かまとまったことを書きたいのだけれど、上手い言葉がみつからない。適当に頭に浮かんだ事を書く。

 日本は他の先進国に比べて自殺者が異様に多いそうだ。まぁ文化的な違いがあるので一概にはいえないけれど、最近の出来事をみていると、どこかこう危うい感じがするのは私だけではないだろう。

 頑丈そうに見えるけれど、人の心はなかなかデリケートで危うい。特に最近の事件なんかを見ていると、日本人は何処にいこうとしているのかなぁ・・と思う。まぁそれは我々だけではないのかもしれないけれどねぇ。

 動物のように明日という概念や、自分という認識が曖昧なら、それはそれでそこそこ幸せだったろう。人は人になったがために心にポカリと穴があいてしまった。それを何で埋めるか、一生懸命だ。

 一番最初は親がそれを埋めてくれた。愛情いっぱいに育てられたなら、当分の間欠けを意識する事も無い。ところがねぇそれも絶対じゃないんだなぁ、どこかで親を超えちゃうからね。はやいか遅いかはあるけれど、いずれは自分で探さなくちゃならない。生まれたときから神が側にいる家系なら、極自然にそれがその部分を埋めてくれるのだろうけれど、今の日本じゃ形骸化した神さんがいるだけだからなぁ。尚むつかしい。

 こんなことを書くつもりじゃなかった。

 「私を見て」

 子供と接していると、いつも思う。こいつらはわがままだ。教師が疲れていようが、気分が悪かろうが、基本的に関係ない。とにかく「私のことを、私だけを見て」といっている。特に問題がある子はみえ易いけれど、問題は流してしまいがちな普通に目立たない子なんだな。

 結局大人になっても変わらない。「私を見て」と叫んでいる。それって何なんだろう。見られることで自分を確認しているのかな。たった一人でもいい、私を見て!見て!見て!と叫んでいる。

 まぁそれって虫のいい話だけれどねぇ。反対に言えばあんたは誰かを見ているかい?全てのものを捧げたかい?と聞きたくなる。水泳の息継ぎのように全部はいてしまえば、自然に入ってくるように思うけどなぁ・・。これも教えごとじゃないけどね。

 「だれでもよかった」

 自分が社会で同じような扱いを受けていた。取替えの聞く、変わり映えのない不特定の私。匿名性といえば今風だけれど、誰とでも交換可能の人材というのは、個人というものが消える。皮肉にも今回の事件で、交換不可能な個人となった。



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