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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

あるものすべて見せる。 - 2008.06.12(ポケットの窓から)
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写メ

はる 2551
 小説のなかの人物の話だけれど、作者以上に深い人物は描ききれないというふうなことが書かれていた。まぁそうだなぁ、どんなに破天荒な魅力的な人物を描いたとしても、それは作者の想像した空間を飛び出すことはないわけで、孫悟空のごとく仏さんの手のひらの上だったということだ。

 多くの人物を個性的に描き分けたとしても、結局それぞれの人物は作家の違う面という訳で、どれだけ多くの引出しを持っているかということが、作家の力量ということになる。

 誰でも一人は描ける、まぁたった一人の登場人物であったとしても鑑賞に耐える作品を描くことができるのも小説の面白いところで、作品のスケールの大きさがその質を分ける訳ではない。

 それはそっくり絵画にもいえる事で、作者が見えないものものは描きようがない。モチーフに何を選んだのかから始まって、それで何を描こうとしたのか、すべて作者の手の内がにじみ出てくる。何も考えなかったということも作者の手の内だ。だから本当に怖い。馬鹿がばれる。まぁこの際、馬鹿も芸のうちと居直るしかない。

 居直りといえばこんなこともある。作家というのは寡黙な方がそれらしく見える。かってな空想なんだけれど、芸術家は常人では計り切れない世界観を持っていて、だから寡黙なんだとね。

 まぁそれはとても便利な空想なのであえてそれを否定するのは得策ではないのだけれどね。反対に私ごときはえせの芸人なのかもしれないけれどね。私から言わせれば、語れないような世界観など無いに等しい。仮に自分が表現者だというならば、どんな道具を使っても、言葉を使っても、それを語ることが出来なければ人には何も伝わらないのじゃないかな。無論絵でしか表現できないことも有るけれどね。

 アイディアもイメージも技法やあるかないかのテクニックも、あるものみんな出してしまう。語ってしまう、みせてしまう。それで残るのが本物だろう。それで飽きられたら、枯れてしまったら、それまでだ。そこまでだ。自分本来の姿を晒してしまう。それが一番強いように思うんだけれど、どうだろうか?



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