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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

安息を意味する。 - 2007.12.30(ポケットの窓から)
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写メ

はる 2389
 私に絵でも描けばと示唆してくれたお袋は、未だ92歳で元気で暮している。前にも書いたかな、体重が27キログラムしかない。ガリガリのミイラのようだな。それでも意識はすこぶるハッキリしていて、入院先の医者を困らせるくらいの嫌味を実に的確に言ったりする。

 今年の初め頃に右手首を骨折して私が見舞ったときはビンビンに腫れていてグローブのようだった。お袋の凄い所はそれでも何かを書き付けておきたい、記録しておきたい、という欲求が人一倍強いところだ。

 さて、どうやって彼女は記録したのか?なんと利き手ではない左手で日記をつけ始めた。それでも人間というのは凄いものだ、あの年になっても学習するんだな。段々に上手になる。

 たぶん私は彼女の血を濃厚に受け継いでいるようだ。お袋にとって日記を書くことは今を記録しておくという気持はほとんどないだろう。今現在考えていることを書きながら考えている。それが今自分がここにいるということだからだ。

 閑話休題・少し関連して

 人は今しか生きられない。前世も彼岸も天国や地獄の存在もたぶんないだろう。心臓が止まればはっきり言って、何もかもが消えてなくなる。でもそれはそんなに悲しいことではない。色々な煩わしいことや、繁雑な仕事から解放されるということであり、もう何もしなくてもいいんだよという安息を意味するからだ。

 反対にこの世からいなくなった後にも、天国や彼岸があって色々なことが現世のように考えなければならないというのじゃ、救われない。年寄りも若造も金持ちも貧乏人も関係ない、きれいさっぱり何もかも消えてなくなった方がかえって救われるのだな。

 意志をもった個人というのはここまでなんだ。それでいいと思ってる。ここからは全体の中の一部になるのだろうな。まぁ物理のエネルギー不変の法則からいっても全体としては何も変わらないのだから、増えも減りもしない。

 もっと言えばこの宇宙が出来たときから、何もかも変わらないし、決まっていたことなんだと感じるんだな。これは前世とか霊とかいうあやふやな、まやかしではなくてね。なにも変わらないんだ。たまたま私は何かの形で、偶然この世の中に特別なかたちででてきたけれど、これが実は最も不安定なありえない偶然だったんじゃないかな。

 だから、まぁ死というのは一番安定した「おおいなるもの」の一部になるということなんじゃないかと思っている。


 今日はここまで。



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