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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

マイノリティ - 2007.10.19(ポケットの窓から)
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写メ

はる 2316
  大雑把にいって絵画の方向は文学趣味のシュールリアリズムと造形遊びの抽象絵画の二手に分かれる。絵画にはもともとそういった二面性があって、まぁ昔はほどよく融合していたということだろうな。

 抽象絵画の創始者は一応カンジンスキーということになっている。絵画の中からリアルな形とか物を排除すると、ただの色と形のハーモニーということになって、限りなく音楽に近づいてゆく。まぁ抽象絵画の純粋なかたちというのは音楽かもしれないな。

 興味深いことに彼は戦前ドイツ・ワイマールの美術学校バウハウスの校長をやっている。この学校は非常に特筆すべき学校でカンジンスキーをはじめパウルクレーやモンドリアンなど現代の絵画に大きな影響を残した作家がこぞって教授として参加していることだ。

 その後ヒットラーのナチの迫害(退廃芸術家として)をうけて学校そのものが閉校させられて、彼らはナチを避けてフランスやアメリカに亡命する。

 1900年代の初頭のパリがベルエポック(よき時代)と呼ばれ多くの外国人が世界中から集まって芸術や文化の華が咲き百花繚乱の体をしめしていたのは、蟻が腐った甘いみつに群がるようなもので、極自然な現象だった。気分的にはデカダンで反体制的であったように思う。

 戦中戦後にかけて自由の国アメリカは多くの亡命者や移民を受け入れた。その中に今の大国アメリカの時代を築いた先駆的な人々がいたことは確かなことだろう。何となくベルエポック時代のパリと似てはいるけれど、大きな違いは体制がそれを受け入れていたということだろうか。

 戦後のアートシーンを考えてアメリカが抽象美術運動の先駆的な役割を演じることになった下地はここにあると思う。ただこの傾向は上から植え付けられたものであって、基本的には大衆に支えられた磐石なものではない。

 大衆に支えられたアメリカの作家として今浮かんだ名前はマリリンモンローのウォーホールとか落書きアートのキースヘディング、黒人のこれも落書きアートのバスキア、あとオキーフホックニーかな。

 今上げたほとんどが黒人かゲイか同性愛者だな。

 アメリカの音楽で本物を感じさせるのは黒人のブルースとかジャズ、70年代の反体制のフォークとロックかな。結局これも「虐げられた」人々の慰めや祈りや叫びだったりするのだろう。

 たぶんこういう事じゃないか。社会的に「虐げられた」人々,マイノリティでなければ命をかけた表現にはなりえないということかな。芸事というのはそんなところに咲く無駄花のような存在ではなかろうか。

 話がかわって来たようだ。又書けたら。



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