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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

画家 - 2007.08.21(ポケットの窓から)
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写メ

はる 2257
 夏休みもあと一週間になってしまいましたね。なんだかんだと結構忙しい日々でした。

 それにしても今年は昼間は暑くて仕事になりませんでしたね。午後三時過ぎまで昼寝してました。なまけものと言えばこんなにナマケモノはいないかもしれません。

 絵の方の仕事はまずまず出来てきたかな。まだもっと深めて行かなくてはならないけれど、まぁこれから涼しくなればもう少し仕事もすすむでしょう。

 こうなってくると絵が好きで絵描きになったというのは嘘だな。漫画家とかイラストレーターのような職人的な絵を描く人の方が,純粋に絵を描くことが好きな人種というきがするねぇ。

 絵さえ描いていれば幸せだったという風な子供時代だったという答えを期待しているのだろうけれど、私に限ってはそんなことない。結構活発でガキ大将ではなかったけれど、そこそこ楽しい子供時代をおくっていた。絵は他の教科に比べれば好きだったけれど、絵だけ特に上手かった訳でもない。

 絵が好きで好きで大すきで、といった人が画家になれば幸せかというと、まぁ案外絵は描きつづけられないのじゃないかな。先にも言ったけれど、アニメーターとか漫画家とかイラストレーターみたいな仕事なら続けられるかもしれないけれど、今私などがやっている絵画とは少し違うように思う。

 何処がどう違うのか上手くいえないけれど、書いてみようかな。

 多分こう美大なんかの受験では目的が違うんだな。絵を描くことを使った競争といったところがあってね。そこにはまってしまうとそれだけしか見えなくなってしまうのだけれど、絵は本来競い合うものではない。

 コンクールや公募でも同じなんだけれど、そういった何かのために絵を描いていると段々方向を見失ってしまう。

 上手いとか人より描写力があるというのは勿論そういった時の大いなる武器になるんだけれど、間違うとそれだけに終わってしまう。受験が終わった段階で燃え尽きてしまうのだな。

 多くのひとが絵を描かなくなってしまうのだけれど、物を描くということだけならモチベーションは長くは維持だけない。興味がなえてしまうのだな。

 学生の頃セザンヌに影響されてそんなモチーフで何枚も絵を描いていた。描くことはそこそこ面白いのだけれど、そのことと「今自分がここにいる」ということをどう関係しているのか、今の私というのが全く表現できていないということにがく然とした。

 自己表現というけれど、表現する自己というものがないのだな。そのことは誰も教えてくれない。例えば「これが好きだ」とか「いいとか悪い」とかそれさえも言えてないのではないか、そんなことに今さらながら気がついた。

 稚拙ながら自分の言葉で「これが好きだ」「これがいい」と発信を始めた。絵を描くことは自分を探る道具だと,この頃やっと気がついた。

 だから私は絵描きではないかもしれないな。申し訳ないけれど、だからまぁ、こんな風でよかったらお付き合いください。

 まだ、書ききれてないなぁ。そのうち続きを書こうかな。



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