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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

顔の見える生活 - 2007.07.19(ポケットの窓から)
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写メ 「今日のアトリエ」

はる 2224
 「顔の見える生活 2」
 ここも古い城下町だから、町名に当時の職業の名が残っている。例えば元紺屋町、鍛冶屋町、桶屋町、魚町などなど、しかしいつの間にやら中央・・丁目とか丸の内・・とかになっている。その方が新しい感じがするからだろうか。

 全国初のカタカナの町名ができたのもこの町だったなぁ。それもまぁ住民投票かなんかで選んだとおもうのだけれど、多数決がいつも正しい選択をするとは限らないことを知るべきだ。

 時代小説が好きでほとんどそんな暇つぶし小説しか読んでないのだけれど、江戸の町というのは、基本的に将軍様のおわす武人の統括する町だったけれど、本当の所はしたたかな町人たちがいきいきと生活している町だったようだ。

 町の住人のほとんどが何らかの商人であり職人であった。当時あれだけの規模の消費型の大都市でありながら、大きな混乱もなくきれいに循環していたのは、まぁ衣食住のあらゆるものでリサイクルされていたのではないかな。まぁ実際に調べた訳でもないので間違っているかもしれないけれどね。

 この間の中越沖地震で放射能漏れを起こした原発だけれど、あれはたまたまおおきな事故にならなかっただけで、ひょっとすると第二のチェルノブイニになる可能性も大いにあったわけだ。想定外なんていってるけれど、事故というのはいつも想定外で起きる。

 政府の「安全宣言」なんてまったくあてにならないことは「年金問題」で立証済みのはず。基本的にリサイクルできない、コントロールできない、安全性の疑わしい「顔の見えない」材料は使うべきじゃないな。

 またまた違う話に寄り道しそうになってきたので、元に戻そう。

 まぁ例えばそういった職人が作ったものがいいということが分かったとしても、安くて便利な外国製品が簡単に手に入ればそちらを買ってしまうのは止められないよな。

 職人の需要があるということは、あるものを修理しながら何年も使いまわしているということでね。結局は新しい物は売れないということで、そうなると経済は低迷するということになる。今の自由市場の世界ではありえないということだな。

 だから、まぁ出きる事から始めるしかない。何だろう、大げさに言えば「人生」は日々の生活の積み重ねなんだな。その日々の生活を「手数を惜しまないで、ゆっくりかみしめて生きる」というようなことだろうかね。上手い言葉がみつからないのだけれどね。

 出来合いのものをできるだけ止めて、あるものを、工夫して考えて知恵をしぼって生きる。そのことが面白いことだ、楽しいことだと、生きるということだということをもう一度提示することから始めなきゃならないかな。

 一時的には経済は落ちるけれど、長い目で観ればそちらの方が「楽しい生き方」だということがわかれば、多くの人が納得できるのじゃないだろうか。甘いかな。

 多分そこらあたりの話とアートというのは上手くリンクすると思うよ。アートというのは生き方だからね。

 もう一度言おう。衣食住全てにおいて「作った人の顔の見える」生活を目指そう!



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