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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

本日は終了いたしました - 2007.07.17(ポケットの窓から)
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写メ「閉館」

はる 2222
 おお記念すべきカウントになりましたな。

 何だろうこの間から書かなければと思っていたことは。そう衣食住の話だ。

 イタリアで一年遊んでいた時に、お世話になった家の隣に典型的なイタリアの田舎の大家族の方たちが住んでいた。日本でも昔は田舎に行けば三世帯家族が普通で、今のように親と子だけの家族なんて無かった。最近はもっと変で年寄りだけの家というのが当たり前になってしまった。これはやっぱり異常だな。

 そこの爺さんが日ごろ言っていた言葉に「私は自分が作ったもの以外口にしない」というあった。当時へぇーそうなんだ、ぐらいにしか意識しなかったのだけれど、今から考えるとなかなか示唆にとんだ言葉だ。

 我々は貪欲だ。日本では世界中のありとあらゆる食べ物が食べられる。それも本場以上に美味しい。人類の歴史が始まって以来、これほど節操の無い民族は未だかつていなかったのではないか。どんな王様や貴族よりも気ままで贅沢だ。まぁそうやって日本人は色んな文化を吸収してきたんだといえば、確かにそうなんだけれどね。

 食べることだけではない。ありとあらゆる事や物が同じように日常の中で融合している。その結果何が起こっているかといえば、全てが個性の無い画一的なコンビニ・ファミレス化現象を起こしている。何でもあるけど何も無いという不思議な人間が出来上がりつつある。

 誰が料理したのかなど関係ないし、問えるものでもない。だれがつくったものなど全くわからない。いやその方が効率よく便利なことは確かなことだ。より安く大量に、何を使ったかは問わない、似たような色やかたちや味や匂いがあればそれでいい。簡単かんたんポンポンチン。はい出来上がり。

 何を食べてきたか?ということはその人を作ってきた大きな要素になる。気候や風土,習慣がその人を作ってきたように、食べ物がその人を作ってきたことは確かなことだろう。今我々はそのアイデンティティーを失い始めているのではないかな。

 だからハングリーに戻れと言う話ではない。よくだから回顧的に昔に戻れ!などと言う人がいるけれど、もう昔には戻れないのだ。ハングリーに次ぐ新しい価値観がほしいのだ。指針になる言葉が欲しいのだ。

 建築の話はよく分かる。基本的にはそこの場所で手に入れることができる一番安価で安全で丈夫な材料が選ばれる。けっして外国から直輸入して誇ってみても木に竹はつなげないのだな。それは生活全般にいえてね、そろそろ本物の暮らしを目指すべきかなと思う。

 「自分で作ったものしか口にしない」ということは無理だけれど、「作った人の顔が見える」それは材料でも、料理人でも職人でもアーチストでも、そんな生活をこれから目指すべきじゃないかな。

 そんなことを思った。



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