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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

どこから来たのか - 2007.06.12(ポケットの窓から)
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写メ 「アトリエの片隅」

はる 2177
 どこから来たのか 

 私のこの不安神経症的な鬱な気質はどこから来ているのだろうか?まぁよく言えばメランコリックな内省型ということになるのだろうか。しかし、けっこう辛いときもある。

 母方の家系にはけっこうこの鬱気質が多く、私と同様に消化器系の疾患を持っている。だからそのことは折込済みでどうしょうもないこととあきらめていたところもある。

 結論から言えば、そのメランコリックな気質が私に絵を描かせているのだから、まぁわざわい転じて何とやら、いいとも悪いとも言いがたいところがあるな。

 しかし、日常生活ではこの気質は厄介なもので、何かしらいつも追っかけられているような、脅迫観念から抜けられない。個展なんかでやたらと早くから準備しないと気がすまないのは、この気質のせいのように思う。

 もう少し奥に入ってゆこう。

 不安になるのは、自分の殻を破られるのが怖いのだと思う。これこれのためにそこそこの準備をしておく。それ以外のことがおきたらパニックに陥ってしまう。そうならないために準備をおこたらないのだ。

 この自己防衛の殻というのは、もって生まれた気質というのもあるけれど、自分の家庭環境や親や兄弟との関係から来ているところがあるように思う。

 私の父は前にも少し書いたけれど、ものすごくワンマンで我々家族の上に君臨していた。血が熱くて人情家という面もあるけれど、怒り出したらだれも止められない。小さい私たちにとってはまず絶対の存在であった。

 私は五人兄弟の末っ子で、そういった意味でも責任のない非常に気楽な立場にいつもいた。いまでもそうだけれど、まぁこの年になっても宙ぶらりんな、なんとも居心地のいいところにいる。それが問題だ。

 責任の無い気楽な立場にいるということは、その時はとても都合はいいのだけれど、やがては責任のとれない、優柔不断な何とも情けない人格を作り出す。感情の喜怒哀楽の表現もへたであった。

 他人からの攻撃に弱いというのを知ったのは、中学校の教師になった時だ。大人の社会ではそこそこ対応できるテクニックを身につけてはいたけれど、いざイノセントな子供の前に立った場合、そんな防御壁は何の役にも立たなかった。

 子供たちはいとも簡単に私のウィークポイントに攻撃を仕掛けてくる。優柔不断、感情表現の下手くそな、弱気の新米教師などいちころだった。担任の生徒に信頼されない新米教師は、一気に自信喪失、気鬱なノイローゼとなった。

 今から考える当たり前のことなんだけれど、人間の集団を極当たり前な決まりきった定型に当てはめて、その中で適当にあしらって行けば先生稼業はやって行けると高をくくっていたところがある。

 ところが、実際のクラス運営というものは千差万別で捕らえどころが無く、定型などなにもない、その場その場で対処して行くしか仕方がない、何でも有りなんだな。泥かぶって何ぼの商売だって、肝が据わってなかった。絵を描きながら片手間にやりゃいいと思ってたところを、子供たちに突かれたということだ。そのころが分かっていなかった。

 始めに枠を想定して、その枠の中でなんとか対処しようとする。モロ身の人格が出てしまうころが怖い、恥ずかしいのだな。本気で怒ったり叫んだり泣き喚いたり、そういった人間の生の感情が得意ではないということかな。

 先生やるんじゃ本気でやらなきゃと思った。で、教員を辞めた。



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