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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

何処から来たのか 3 - 2007.05.30(ポケットの窓から)
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写メ 「今日のアトリエ」

 学校は定期テストで私の仕事はキャンセルになる。無論無給休暇であるからして、喜ぶべきことではないのですが、なぜか嬉しい。


 何も特別なことがない日は「今日のアトリエ」としてアトリエ風景をシャメすることにする。それからもう一つの原則は、シャメは出来るだけその場で送ることにする。編集が面倒だということもあるけれど、出来るだけ臨場感があった方が面白いかなとおもってね。


はる 2164
 どこからきたのか 3

 物として有ると認識しやすいのは「つるつる」しているか、「ざらざら」しているかのどちらかだと思う。

 例えば焼き物で言えば、磁器やガラスのように表面がつるつるしている方が高級感がある。織物でも絹があれほどまで世界中でもてはやされるのは、絹の持っている自然な光沢のなせるわざだ。

 この光を含んでいるものに憧れるというのは、人類共通の性質のように思える。貴金属からはじまって、高級な工芸品や生活雑器に至るまで、「ぴかぴか、つるつる」は人を夢中にさせるようだ。

 子供の頃の話に戻れば、土の丸い玉をピカピカに磨いて光らせることに夢中になったおぼえがありませんか?しかし、あれは何であれほど光るのだろうか?未だに理由がよくわからない。

 油絵を描き始めた頃、がっかりしたことがある。描いている時はあれだけヌレヌレと濡れ色なのに、乾くとガサガサのつや消しの状態になっていまうことだ。我々の油彩のイメージはセピア色のニスに覆われたガラス絵のような感じなんだな。

 ・・・・ちょっと横道にそれる・・・・

 油彩画が日本に入ってきた時、当初は「ヤニ派」といわれるオーソドックスな油彩画の手法が教えられていた。まぁこれは最初はセピア色の絵の具をテレピンなどの乾性油でといてデッサンをする、その上に樹脂をたっぷり含んだ亜麻仁油などで固有の色を乗せるといった、油彩画の伝統的な手法だった。この方法で最後にニスをひけば、光沢の有る油彩画が出来上がる。

 ところが当時留学した黒田清輝などが学んだのが、オーソドックスな油彩画の手法ではなく、当時西欧で流行していた印象派「紫派」の手法だったんだな。それを日本のアカデミーとした所に間違いがあった。

 まぁそれは長い西欧の歴史をふまえて考える必要があるのだけれどね。

 産業革命などがあって、今まで力があった王侯貴族が、台頭した市民階級に取って代わられたんだな。今までのようなパトロンと芸術家という関係が維持できなくなってきた。

 芸術家というのは哀れな存在でね。偉そうなこと言っても誰かに養ってもらわなければ、食べて行けなかったわけだ。ダビンチやミケランジェロなどの天才でもしかりだ。

 で、市民階級が力を持ってくると、そういった人達にも分かる絵が必要になってくる。今までは例えばパトロンが教会だったり貴族だったりすると、それに応じた絵を描かされていたわけだけれど、そんな必要がなくなってくる。

 それから、これも大きい理由だとおもうのだけれど、芸術家という存在が職人として絵を描く人という枠から離れてきたということだろうな。

 で、そういった市民階級の人達が、開放されたアーチストを支持した。
 
・・・・・・・・・・・

疲れたので、続きはまた。



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