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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

何処から来たのか? 2 - 2007.05.29(ポケットの窓から)
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写メ 「今日のアトリエ」

 パネルに綿布をはる作業の開始。既成のパネルに木工用ボンドで綿布を包み込むように張り込む。名作のここが第一段階。何も考えないこういった作業もけっこう好きだ。絵はキャンバスに描くという既成概念を取り払うと、色々な可能性が広がる。さて何が出てくるのか楽しみだ。


はる 2163
 どこからきたのか 2

 私の家はよく言えば質実剛健の家風で、親父は地方の公務員からそのワンマンな実力をかわれて最後は助役まで勤めた。退職後は小さな土建屋の親父のようなことをやっていたが、根っからの役人が商売をやって上手く行くはずが無い。

 当時、学生だった私になんとかその会社を継がせたいという気でいたようだ。これも親父が亡くなった後で知ったことだけれど、その話も上の兄貴たちに断られて、順番に下りてきたお下がりだったようだ。何処まで行っても弟はお下がりがおりてくる。

 そんなこともあって、私は最初の大学を卒業後、京都の焼き物やに弟子入りすることにした。焼き物をやりたかったのか?と問われると困るのだけれど、兎に角親父の影響から逃れたかったというのが本音かな。不謹慎だけれどね。二年ほどで卒業した。

 話は子供の頃に戻って、そういった文化的な雰囲気から程遠いような生活環境の中で、唯一趣味的な香りがしたのが、お袋が絵を描いていたということだった。

 といっても趣味に毛が生えた程度で、どこかに出品するとか、個展をやるとかといったレベルではなかったのだけれどね。まぁそれでもそれが無かったら私は今頃絵は描いてなかっただろうから、ここらあたりに縁があったのだろうか。

 油絵に始めてであったのは、近所の日曜学校のカードだった。小さなカルタぐらいの聖母子像だったけれど、写真のように美しいカードに夢中になった。思いではセピア色のなかに沈んでいるのだけれど、賛美歌とか聖書の物語とかクリスマスの街の大きな教会にいったこととか、震えるほどの感動をおぼえた。

 もう一つは兄貴たちの影響かな。今考えると勉強部屋に大きなユトリロの白い建物のポスターが貼られていた。はっきりおぼえているのはセザンヌのゆがんだようなカップのえと、安井曽太郎のこれまたゆがんだろうなチャイニーズドレスをきた女の人の絵だった。

 なぜかセザンヌは凄いということを教えられた。当時中学生だった兄貴も多分よく理解していなかっただろう。

 さて、子供の頃の工作少年と聖母子像、焼き物の肌合いにセザンヌのデフォルメとユトリロの白を混ぜてあわせると段々に私の絵に近づいて来ませんか。もう少し考えてみたい。



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