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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

はる 8387 - 2024.04.29(ポケットの窓から)

はる 8387
2024「ウスバカゲロウ」ドローイング 25x20cm
企画画廊くじらのほねで展示中
売約済み
■2024年 4/25(木)〜5/12(日)
 榎並和春個展
個展タイトル「日々賛々」
 山口画廊 タブロー(板絵)
 企画画廊くじらのほね(ドローイング)
 西千葉 同時開催
 山口画廊 
https://www.yamaguchi-gallery.com/
 企画画廊くじらのほね 
https://www.gallerykujiranohone.com
ドローイング 25x20cm
期間中くじらのほねのHPより
通販にも対応致します。
、、、、
今年の千葉の旅も無事終了しました。お忙しい中お出掛けいただきありがとうございました。私の在廊は終わりましたが、作品展は5/12まで続いていますのでお間違いのないように、よろしくお願いします。私は明日から東京に帰り国画の仕事に戻ります。
閑話休題
 団体展の話が意外に好評だったのでもう少し違う話をしてみます。日本には美術団体が数多く存在します。これほど多くの美術愛好家が存在する国も珍しいのではないかな。その理由を考えてみます。
 我々の世代以上の人たち戦争を体験したか、その後の貧しい封建的な時代を生きてきた。そんな市井の人々にとって絵を描いたり歌を唄ったりするのが憧れだったんだな。絵画教室やカラオケがこれだけ隆盛をきわめるなど誰も予想しなかったはずだ。 子育てが終わって自由になったらやりたかった絵を描こう、楽器を習おうと虎視眈々と狙っていたに違いない。
 ところが、その次はパソコンと携帯の世代になってしまった。バーチャルリアリティというのか、パソコンディスプレイ上では何でも可能だ。天才になれる。道具は要らないし手間のかかる片付けも必要無い。場所も取らないし、ストックもほぼ無限大だ。それに最大の魅力は過去に戻れる事だ。必然的にアナログでしこしこ絵を描くことに何の魅力も憧れも持ってこなかった。それが今の危機的状態の大きな理由の一つかな。



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はる 8385 - 2024.04.27(ポケットの窓から)

はる 8385
2024「聖女」ドローイング 25x20cm
企画画廊くじらのほねで展示中
今日は終日くじらのほねに在廊します。

■2024年 4/25(木)〜5/12(日)
 榎並和春個展
個展タイトル「日々賛々」
 山口画廊 タブロー(板絵)
 企画画廊くじらのほね(ドローイング)
 西千葉 同時開催
 山口画廊 
https://www.yamaguchi-gallery.com/
 企画画廊くじらのほね 
https://www.gallerykujiranohone.com
ドローイング 25x20cm
期間中くじらのほねのHPより
通販にも対応致します。



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はる 8384 - 2024.04.26(ポケットの窓から)

2024「瓦礫の聖母」f20
山口画廊で展示中
午後には千葉に向かう予定です。

■2024年 4/25(木)〜5/12(日)
 榎並和春個展
個展タイトル「日々賛々」
 山口画廊 タブロー(板絵)
 企画画廊くじらのほね(ドローイング)
 西千葉 同時開催
 山口画廊 
https://www.yamaguchi-gallery.com/
 企画画廊くじらのほね 
https://www.gallerykujiranohone.com
ドローイング 25x20cm
期間中くじらのほねのHPより
通販にも対応致します。



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はる 8383 - 2024.04.25(ポケットの窓から)


はる 8383
今日から始まります。よろしくお願いします。
■2024年 4/25(木)〜5/12(日)
 榎並和春個展
個展タイトル「日々賛々」
 山口画廊 タブロー(板絵)
 企画画廊くじらのほね(ドローイング)
 西千葉 同時開催
 山口画廊 
https://www.yamaguchi-gallery.com/
 企画画廊くじらのほね 
https://www.gallerykujiranohone.com
ドローイング 25x20cm
期間中くじらのほねのHPより
通販にも対応致します。







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はる 8381 - 2024.04.23(ポケットの窓から)

はる 8381
山梨新報4月エッセイ 4/26掲載

福岡伸一(生物学者)と坂本龍一との対談
 たまたま先日TVをつけたら、生物学者の福岡伸一と音楽家の坂本龍一の対談をやっていた。非常に示唆に富んで面白いものだった。素人なので本質的な深い理解には至らないかもしれないが、生命の発生、音楽の誕生みたいなことを少し書いてみたい。とても難しいので間違えているかもしれませんが、恥じらいもなく書いてみます。
 福岡さんの話。自然(ピュシス)というものの実態は混沌であり、絶えず揺れ動いて崩壊と生成を繰り返しながら均衡を保っている(動的平衡というらしい)。太古から人はその自然から都合の良いものだけを取り出して、法則やことわりを見出して来た。例えば数ある星の中からある特定の星を選んで星座をつくってきたように。
しかし、本来の自然というのはそういった排除し残された混沌の部分にこそあるのではないか。なんとなく理解できたのはここまで。
 坂本さんも同じようなことを言っていた。要するに音楽の元をただせば、単なる音なんだな。ありとあらゆる音がこの世の中にはあふれている。それをある種の理性的なルールでもって淘汰して並びかえたのが人類にとっての音楽となった。西欧型でいうならピアノなどの平均律という事になる。
しかし、それ以外の音たちは雑音になってしまったけれど、(ピュシス)を表現するにはそういった人為的に取り出した音だけではできないのではないか、今まで雑音として排除されてきた音たちも必要ではないか、ということで最近作は色んな音を採集して作品を作っていた。
 で、ここからは我流で自分の仕事とリンクして考察する。色やかたちなど作画のノウハウというのはある種、ロゴス的な理性の仕事と考えられる。風景画の遠近法や人体の骨組みなどは決まっていて変わりようがない。そうアカデミックな方法として教えられる。
  しかし、もっと大きな万物の成り立ちや自然そのものを表現しようと思ったならば、そういった決まりきった方法ではなく、絶えず動いて壊してまた作り直すみたいな、偶然とか即興や勢いなどロゴス的でないものを含んだ方が、より深く万物を表現できるのではないか。
まだ学校に上がる前の子供の絵や、アールブリュット(生の芸術)やアフリカの土着の人々の絵画やオブジェにこころ惹かれるのは、西欧型の理性やロゴスが取り逃して来た本来の混沌とした表現がそこにはあるからではないか。
 もし我々が世界を表現しようと考えたなら、コンピュータやAIに取り込まれていないような情報や、取り除いてきた雑多な雑音さえも含めた混沌そのものを丸ごと表現することが必要ではないか。そんなことを思った。



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はる 8380 - 2024.04.22(ポケットの窓から)

はる 8380
2024「泉にて」F130部分
全体像は国展会場にて
、、、、
■2024年 5/1(水)〜5/13(木)
 第98回国画会展
 六本木・国立新美術館
 #国画会

■2024年 4/25(木)〜5/12(日)
 榎並和春個展
個展タイトル「日々賛々」
 山口画廊 タブロー(板絵)
 企画画廊くじらのほね(ドローイング)
 西千葉 同時開催
 山口画廊 
https://www.yamaguchi-gallery.com/
 企画画廊くじらのほね 
https://www.gallerykujiranohone.com
、、、、、
 国展には90年から出品してますから、もう35年になります。いつの間にか、個展で小さい作品を発表して、国展で大きい作品を見てもらうというスタンスになりました。



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はる 8379 - 2024.04.21(ポケットの窓から)

2024
ドローイング 25x20cm
企画画廊くじらのほね で展示予定
期間中くじらのほねのHPより
通販にも対応します。
、、、、
■2024年 5/1(水)〜5/13(木)
 第98回国画会展
 六本木・国立新美術館
 #国画会

■2024年 4/25(木)〜5/12(日)
 榎並和春個展
個展タイトル「日々賛々」
 山口画廊 タブロー(板絵)
 企画画廊くじらのほね(ドローイング)
 西千葉 同時開催
 山口画廊 
https://www.yamaguchi-gallery.com/
 企画画廊くじらのほね 
https://www.gallerykujiranohone.com



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散歩道 - 2024.04.21(ポケットの窓から)


























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はる 8377 - 2024.04.19(ポケットの窓から)

2024「ゲートボール」F3部分 混成技法
山口画廊で展示予定
■2024年 4/25(木)〜5/12(日)
 榎並和春個展
個展タイトル「日々賛々」
 山口画廊 タブロー(板絵)
 企画画廊くじらのほね(ドローイング)
 西千葉 同時開催
 山口画廊 
https://www.yamaguchi-gallery.com/
 企画画廊くじらのほね 
https://www.gallerykujiranohone.com



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はる 8376 - 2024.04.18(ポケットの窓から)

2024「男と女」25x20cm
ドローイング
企画画廊くじらのほね で展示予定
期間中くじらのほねのHPより
通販にも対応します。
、、、、
 今日山口さんが自ら運転して絵を取りに来てくれた。毎年この時期に個展を開催して16回目になるそうだ。山口画廊は日本では数少ない企画画廊で、一つの展覧会が約3週間、一周間の準備期間があって次の展示に移ります。よって年間12,3回の展覧会があるだけで、貸しは一切ありません。そのスタンスで滞りなく21年間やり続けているというのはどういうマジックを使っているのだろう、と不思議に思う。
 その不思議な魅力に惹かれて始めたのが企画画廊くじらのほねで言ってみれば師弟関係になるのかな。同じ西千葉で線路を挟んで歩いていける距離にある。その二つの場所で同時開催出来る私はなんと恵まれているのだろう。
 今流行りの完売作家でもないし、メディアに取り上げられるわけでもない、それでもなんとかやれているのは現代の御伽話のようだな。
 

■2024年 4/25(木)〜5/12(日)
 榎並和春個展
個展タイトル「日々賛々」
 山口画廊 タブロー(板絵)
 企画画廊くじらのほね(ドローイング)
 西千葉 同時開催
 山口画廊 
https://www.yamaguchi-gallery.com/
 企画画廊くじらのほね 
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はる 8375 - 2024.04.17(ポケットの窓から)

はる 8375
2024「ドライブ マイ カー」F6
混成技法
山口画廊で展示予定
 しかしながら、この下手くそな絵はどうだ。誰も真似は出来ないだろう。これで良しとする感性を信じたい。
■2024年 4/25(木)〜5/12(日)
 榎並和春個展
個展タイトル「日々賛々」
 山口画廊 タブロー(板絵)
 企画画廊くじらのほね(ドローイング)
 西千葉 同時開催
 山口画廊 
https://www.yamaguchi-gallery.com/
 企画画廊くじらのほね 
https://www.gallerykujiranohone.com

閑話休題
ある人の文章を読んでいたらこんなことが書かれていた。
 何を描いてもいいのは趣味で描いている人と売り絵を描いていている絵描きで、本来芸術家は既成の価値観を壊していくものだから何を描いてもいい訳ではない。時代に迎合しないそういったものが芸術だ。大体そんな趣旨だったように思う。間違っていたらすみません。
 まぁだいたい絵を生業にしているということ自体、もうすでに芸術家ではないわけで、ある意味上で言っていることは当たっているような気もする。世界的なアートフェアに招待される作家も、私のような中途半端な絵描きも、ホームレスをやりながらネット販売しているような底辺の作家も、基本的には絵を売って生活しているという点では同じで、芸術家という役を演じながら、世の中を欺いて生活しているようで正直どこか胡散臭く後ろめたいものを感じている。
 とは言ってももうこれしかやりようがないので、一生掛けてやり通せば少しは何かしら恩返しできるのではないかと思っている。ですので、もう少しの間付き合ってもらいたい。



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はる 8374 - 2024.04.17(ポケットの窓から)
4月16日 (火)

はる 8374
2024「青い鳥のセレナーゼ」
ドローイング25x20cm
企画画廊くじらのほねで展示予定
期間中 くじらのほねのHPより
通販にも対応します。
、、、、
■2024年 4/25(木)〜5/12(日)
 榎並和春個展
個展タイトル「日々賛々」
 山口画廊 タブロー(板絵)
 企画画廊くじらのほね(ドローイング)
 西千葉 同時開催
 山口画廊 

IMG_8490.jpg


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はる 8373 - 2024.04.15(ポケットの窓から)

アトリエの一隅



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山口画廊 画廊通信254 - 2024.04.14(ブログ)
さて、お待ちかねの山口さんの画廊通信。今回の文章は本人よりも深い「画家 榎並和春論」になっています。お暇な折にゆっくりお読みくださいな。
パソコンでは表示できるのですが、携帯だとテキストが上手く表示できません。とりあえずスクリーンショットしたものをアップしておきます。
画廊通信24-1


画廊通信24-2


画廊通信24-3

画廊通信 Vol.254              問う人
 榎並さんが「こたえてください」という象徴的なタイ トルの作品を発表してから、早くも四半世紀以上の時が 流れた。画集によると制作が1997年、次頁には「こたえてください5」という作品も掲載されていて、こち らは2000年の制作となっているから、おそらく数年 をかけて連作されたものと思われるが、紛れもなくこの 作品こそが、現在私達の知る「榎並和春」という画家の 起点であり、原点である。画集には制作年順に作品が並 べられているので、画家の辿って来た作風の変遷が良く分かるのだが、この作品を境にそれ以前と以降とを比較 してみると、大きく変わった事が3点ほど挙げられる。
 一つは使用する絵具がそれまでの油彩から、水性の自製絵具に変わった事。詳しくはアクリル・エマルジョンを展色剤として、黄土・弁柄・胡粉・金泥といった東西のあらゆる顔料は元より、それ以外にも砥粉や壁土等々の通常は「画材」とは言わない材料に到るまで、要する に「粉」であれば何でもピグメントと見做し絵具として用いるという、極めて自由な画法を発案するに及んだ。 自ら「混成技法」と称するその画法は、実はそれだけで はない。それにプラスして、古今東西の有りと有る様々な端切れをコラージュの材料として用い、アクリル樹脂の強力な接着力を武器に、布に限らず貼れる物なら何で も貼ってしまえという、大胆不敵とも言える自由度にまで画法を拡大した。以上が駆け足になるが、絵具とそれ に伴う派生技法の、大幅な変化に関しての概要である。

二点目として挙げるべきは、絵画構成が一変した事だろう。80年代後半から90年代半ばにかけて、榎並さんの油彩表現は一つの完成されたスタイルに到るが、それは多様なモチーフを重層的に組み上げた、かなり構成的な作画を特徴とするものであった。それが油彩から混成技法へと変わるに伴い、絵画構成も文字通り「一変」する。つまり、とことんまで練り上げたかのような画面 構成を綺麗さっぱりと捨て去り、ほとんど計算の感じられない、極めてシンプルな画面へと変貌するのである。 これは「混成技法」という新たな技法から、それまでとは180度違った斬新な制作手法を、画家が引き出した事に因るものと思われるが、それに関してはこの場に何度も記して来たので、ここでは簡単な説明に留めたい。 結論から言えば、榎並さんは設計図を捨てて、構造計算を已めたのである。言わば徒手空拳で真っさらな画面に向かい、壁土を塗り込んだり、布地を貼り付けたり、顔 料をぶちまけたり、金泥を掛け流したりという、混成技法ならではの奔放な作業の中で、そこにゆくりなくも浮かび上がり出現する何かを待つ、即ち通常には受動的な「待つ」という行為を、積極的に仕掛ける行為へと転換 し、やがて画面に降り立った何者かを捕え、彼らと共に 手探りで着地点を目指す、これら一連の行程が榎並さんにとっての「制作」であるのなら、そこに通常の構図や 絵画構成が存在しないのは、至極当然の成り行きと言えるだろう。こうして画家は混成技法という新たな画法から、「現れるものを待ち、且つ現れたもので表す」という、これもまた全く新しい手法を編み出したのである。

綺麗な山や川もいいけれど、もっと切実な気持ちを表現できないだろうか。今自分が直接悩んでいる事や疑 問そのものを絵に持ち込んで、ダイレクトに訴える事 はできないだろうか。今を生きるこの気持ちを表現しなければ絵画などやる意味もない、そう思いました。 「こたえてください」というのは、そういった私の根源的な動機を表しています。このタイトルを思いついた時は震えるくらい興奮しました。問題の解決を提示するのではなく、答えを求める姿そのものをテーマにする事。生き様をそのままテーマにする事で、自分の気持ちを直接、表現できるようになったと思います。

以上は画集に掲載されていた、作家自身の手記からの 抜粋だが、この言葉からも明らかなように、三点目として挙げられる事は「テーマの変化」である。おそらく以 前の制作は、その都度に生じて来た或るテーマを基に、 絵画表現を新たな領域へと推し進めてゆく、概してそんな姿勢で為されてきたものと思われるが、対して混成技法に変わって以降は、本人の言葉を借りれば「問題の解決を提示するのではなく、答えを求める姿そのものをテーマにする」という手法に、大きく指向を転化させた。 思うに「テーマ=主題」とは、自ら設定した「問題」の 謂であるから、必然的に絵画表現はその「答え=解決」を指向する事になる。榎並さんはそのような「問題の解 決」に縛られた制作を離れて、問題を追うという姿勢そのものを放棄したのだと言える。換言すれば、あらゆる テーマを捨て去る事によって、画家はありのままの自己に向き合う事を可能にした、即ち最大の問題とは「私自身」に他ならない事を、榎並さんは長い道程の果てに発 見したのである。これは前述した新たな制作方法が、自から導き出した指向と言えるだろう。つまり「設計図 を持たず、現れる何かを待つ」という制作の場合、そこに何が現れるのかは作家自身でも分からないのだから、 そこに何らかのテーマを 予め設定する事など、むろん出来よう筈がない。未知の邂逅を求めてひたすらに待つ、そんな制作を日々飽く事なく繰り返す中で、いつしかテーマという或る種の桎梏は、画家の内奥からあたかも霧が晴れるが如くに消え去ったのだと思う。その意味で、 上に「テーマの変化」と記した箇所は、正確には「テー マの消滅」と言い直すべきだろう。この「主題=問い」 を何処までも追い求めたその果てに、ただ「こたえてください」と問う自分自身を見出した──という経緯は、一つのアナロジーとしてだが、全てを徹底して疑い抜くという「方法的懐疑」の果てに、そこに疑い得ない自分 自身を見出したという、あの有名なデカルトの手記を彷 彿とさせる。ご参考までに「方法序説」からの一節を。

 (あらゆる事を疑い抜いた後で)私は次の事に気が付 いた。即ちこのように全てを「偽」と考えようとする 間も、そう考えているこの私は必然的に何者かでなければならないと。そして「私は考える、故に私は存在する(我思う、故に我あり)」というこの真理は、懐 疑論者達のどんな途方もない想定といえども、揺るがし得ないほど堅固で確実なのを認め、これを哲学の第一原理として受け入れられる、と判断したのである。

 という訳で、言うまでもなく両者の共通点は、徹底して自らの課題を探求した末に「問う私」或いは「考える私」という他ならぬ私自身をそこに見出し、その「私」を自らの出発点に 据えた事にある、蛇足ながら。さて、ここで私達は或る困難な問いにぶつかる事になる、即ち 「こたえてください」という問いは、誰に向けられた問いなのかと。まず考えられるのは「それは、自分自身に 向けた問いである」という答えだが、これに関してはや はり画集に記されていた、画家のこんな言葉が参考になるだろう──私は何なのか?という問いかけは、複雑に 絡み合った糸を解きほぐすようなものだ。どんどんと下に降りていって、もうこれ以上行けないという所から眺めてみると、分かることもある。絵を描くとは、そのための道具だ──如何だろうか。何処までも自分の内面に入り込んで行って、もうこれ以上は行けないという、最奥の領域に辿り着いたとしよう。そこから自身を省みた 時に、画家は何かを垣間見たのかも知れない、しかし何かが見えた事によって、往々にしてまた見えない何かが生まれてしまう、そんな際限のないループに陥った時、 画家は自分のこれ以上は行けないという地点から、更に自分に向かって「こたえてください」と問うだろうか。     
 実際の絵画を見てみると、冒頭に挙げた「こたえてください」という二つの作品は、画面の中央に描かれた人 物が、両者共に上方を振り仰いで、何かに向かって手を差し伸べている。おそらくその何かは、彼には見えていない、それでも彼は見えない何かを仰ぎ見て、その何かに向かって手を差し伸べ、確かにこう問いかけ、呼びかけている、「こたえてください」と。ならば彼の深遠なる問いは、自分に向けられたものではない、彼は内省の果ての暗い奥底から、ひたすらに天を仰いで問い続け、 呼び続ける、おそらくは「私」という狭小な領域の彼方に在るのだろう、より高くより大きな何者かに向けて。

 たぶん人が自らの精神に、何らかの道理や真理を希求 する時、歩むべき道は二つある。即ち、省みるか、仰ぎ見るか。省みる人は、徹底した内省とそれによる冷徹な 分析で、自己と自己を取り巻く世界の秘密を、論理の限りを尽くして明らかにする、いわゆる「哲学」の道を歩む。片や仰ぎ見る人は、鋭い直感と深い瞑想を通して、より高くより大きな何者かを感知し、それを仰ぎ見て生きる日々の中に、至高の摂理を見出してゆく、これは狭義には「信仰」、広義には「宗教」と呼ばれる道であろう。両者はその特質を全く異にする事から、古来より相 反する道を歩まざるを得なかったが、一方では互いの共通点を結合して学理を立て、新たな融合の道を探りゆく 歴史もあった。きっと徹底した内省と究明の果てに、仰ぎ見る何かに触れた人も、多々在ったのではないだろうか、所詮「真理を希求する」という意味では、歩む道は 違いながらも、両者は同じ到達点を目指すからである。
 閑話休題、榎並さんの長い道程を思う時、榎並さんもまた、そのような「省みる」行為の果てに「仰ぎ見る」何かを見出した人だと思う。画家の言葉を借りれば「どんどんと下に降りていって、もうこれ以上行けないという所」に、正に「仰ぎ見る」何かを、言うなれば「より 高くより大きな何者か」を見出したのだ。榎並さんの言 う「どんどんと下に降りていく」とは、つまりは描く事に他ならない、画家は抽象的思考を 弄ぶような人種ではなく、あくまでも「描く」という実践の中で、感性に触れる何かを探しゆく者だから。先述の如く、榎並さんにとっての「描く」という行為が「待つ」事に等しいのなら、ひたすらに画面に仕掛け、ひたすらに待ち続ける日々の中で、或る日そこに降り立つ何者かに、ゆくりなくも触れ得たのだろう。思わず画家は問う、「こたえてください」と。しかしそれは答えない、ただただ静かに穏やかに沈黙している。画家は更に問うだろう、そして決して返っては来ない答えを、虚しく呼び続けるだろう。 やがて画家は自ずから悟る、問い続ける「私」がここに 在れば、それで良いのだという事を、そして最早その時に、追い求めるべき答えなど要らないのだという事を。

 画集には「こたえてください」という作品の後に、更 に「いのりのかたち」「おおいなるもの」といった作品 が続いている。タイトルを列記しただけで、榎並さんの 目指した所は明白だろう。それが近年は、殊更な宗教性は影を潜めて、何気ない日々の一 齣を描いたような作品が多くなった。しかしながら暫くも絵の前に立てば、そこかしこから画家のあの永遠の問いかけが、微かにも確かな響きで私達の心に届く。画家は、何気ない日常にこそ潜むのだろう「おおいなるもの」に向けて、今日も静かな祈りと共に問い続けている──こたえてください。               (24.04.11) 山口雄一郎


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くじらのほねリーフレット - 2024.04.13(ポケットの窓から)



 毎年この時期に榎並さんの個展を企画させていただいて、早くも今回で4度目となりました。この度も近隣の山口画廊さんと同時開催とさせていただき、山口画廊さんでは板パネルを支持体にした混成技法によるタブロー作品を、くじらのほねでは画用紙が支持体のドローイング作品をご紹介させていただきます。
 繰り返しになると思うのですが、榎並和春という作家は私にとって特別な作家であり、多分この事実はこの先も揺らがないのだろうと思います。「絵を売るお店をやりたい」と思いながら、具体的なイメージが何も掴めていなかった 20 代の頃。日本の多くの方々と同じようにもともと美術館でしか展示を見る機会も経験も無かったので、今の作家の絵を見始めたのはそんな構想が頭に浮かんでからでした。それからはたまたま見つけたギャラリー等を覗くなどして、これまであまり接点が無かった現存作家の作品に触れ始め、全く知らなかった世界を楽しく見て回っていた記憶があります。しかし一方で「美術館に並ぶ絵との違い」のような感覚が、漠然としながらもわりと早い段階で自分の中に生じていたことも覚えています。それは美術館で見てきた絵から感じていた何かが、それまで見てきた現存作家の絵には無いという感覚で、その“何か”は具体的な言葉で形容しがたいのですが、それが無いことは自分の中で明確な差異として感じ続けておりました。その差異の存在は長らく疑問だったのですが、美術館で見てきた作品の多くは昔のもので描き手が生きた時代が今とは違うためだろうと、いつの間にかそう考えるようになっていました。榎並さんのタブロー作品を始めて見たのはその矢先だったと思います。初めて見た時はただ衝撃で頭の中が真っ白になり、次にやっと浮かんだことは「美術館の絵みたい」という言葉でした。「時代が違うから」と諦めにも似た小さな結論が軽々と吹き飛ばされていったあの出会いは、自分の中のチャンネルが明確に切り替わった瞬間であり、その後のモノの見方は大きく変わったと思います。結果として今の自分とくじらのほねがあると考えると、あの出会いは、出会いそのものが自分にとって大きな希望であったと思います。(2024 年 4 月 飯田未来子)
■2024年 4/25(木)~5/12(日)
 榎並和春個展
個展タイトル「日々賛々」
 山口画廊 タブロー(板絵)
 企画画廊くじらのほね(ドローイング)
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 山口画廊 
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瓦礫の聖母 - 2024.04.12(ポケットの窓から)

はる 8370
2024「瓦礫の聖母」f20
山口画廊で展示予定
、、、、
■2024年 4/25(木)〜5/12(日)
 榎並和春個展
個展タイトル「日々賛々」
 山口画廊 タブロー(板絵)
 企画画廊くじらのほね(ドローイング)
 西千葉 同時開催
 山口画廊 
https://www.yamaguchi-gallery.com/
 企画画廊くじらのほね 
https://www.gallerykujiranohone.com
、、、、、
 元々は違う作品だった。それを壊して放って置いた。正月に能登で大きな災害が起きた。まるで戦火を受けたような悲惨な惨状を見るにつけ、むらむらと怒りのような感情が沸き上がってきた。
 戦火にしろ災害にしろちっぽけな一人の人間にはどうしようもない。ただ右往左往するだけだ。人の歴史を考えてみると、多くは名もない市井の人々の悲しみや怒りや諦めや祈りの重なりでできている。
 私のつくるものは芸術でなくてもいい、ただ綺麗なだけの壁の飾りではなく、もっと人の魂にダイレクトに響く切実なもの、多少なりとも救われる、気持ちが軽くなる、そんなものが作れないかと思った。そうでなければ一生かけてやる意味がない。



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耕す - 2024.04.11(ポケットの窓から)




はる 8369
電動耕運機を使って畑を耕す。耕すよりも絡みつく根の掃除に時間がかかる。まぁ手でやるよりはましか。















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ホームレス - 2024.04.09(ポケットの窓から)

はる 8367
今日のアトリエ
 打って変わって今日は冷たい雨が降っている。実は今日は出掛ける用事があって、こんな日に限って天気がわるい。桜もかなり散ってしまうだろうな。
 最近よく観るのはホームレスのyoutubeだ。意外なのは彼らは結構真面目な人が多い。まぁ見た目は小汚いレゲーのオジサンなので普通の人は敬遠するのかも知れないが。ほんのちょっとした事でそこまで落ちて行く。あなたも私も可能性はある。多くは人間関係だったりだまされたりした事がキッカケになる。共通するのは最初は普通の派遣労働者だった。それが歳をとると当然条件が悪くなって段々雇ってもらえなくなる。戦後日本の発展は金の卵とかいわれた地方の安い労働者を多量に雇い入れたことで成り立っていた。彼らはまがりなりも正規採用で生涯を保証されていた。小泉改革で労働者は正規労働者と派遣労働者に分けられた。名目は適材適所、自由な働き方が出来る、などなど。結局は資本家にとって都合のいい話で、派遣労働者は次第に落ちて行くしかない。そういった最後のカタチが彼らレゲー一族だな。しかし、なんだ、救いは彼らには全く悲壮感は無く、ここまで来ればいつ死んでもいいという、一種の覚悟というのか開き直りというのか、フリーランスで生きる極地を見るよな気がした。



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春になりました - 2024.04.08(ポケットの窓から)




はる 8366

春になったので、畑をおこします。
三坪ほどの小さな畑ですが、夏野菜などけっこう楽しめます。なによりこの時期の土の匂いがいいですね。我が家に入る路地は舗装していないので夏場は雑草との根比べですが、それもこれも楽しんでやっています。















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山口画廊DM - 2024.04.07(ポケットの窓から)

はる 8365



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はる8364 - 2024.04.06(ポケットの窓から)



はる 8364
借りている倉庫に出張して130号の仕上げ。本当はここはアトリエにしてはいけない。大家さんには内緒。
 ハガキサイズより少し大きいドローイングから2m近くある大作までご開帳します。それぞれ場所は異なりますが、機会が有ればご覧下さい。
■2024年 5/1〜5/13
 第98回国画会展
六本木新国立美術館
 
■2024年 4/25(木)〜5/12(日)
 榎並和春個展
個展タイトル「日々賛々」
 山口画廊 タブロー(板絵)
 企画画廊くじらのほね(ドローイング)
 同時開催











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ドローイング - 2024.04.05(ポケットの窓から)

はる 8363
ドローイングという名の落書き。たらし込んだ絵の具や墨のにじみやぼけから何がうかんでくるのをさっとすくい上げる。上手くいけば天才かと高揚するが、しばらくすると凡庸な絵柄にがくぜんとする。そんなことの繰り返しでなんとか20枚ほど仕上がった。企画画廊くじらのほねで25日から展示します。

■2024年 4/25(木)〜5/12(日)
 榎並和春個展
個展タイトル「日々賛々」
 山口画廊 タブロー(板絵)
 企画画廊くじらのほね(ドローンング)
 同時開催



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散歩道 - 2024.04.04(ポケットの窓から)




はる 8362















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120回 - 2024.04.03(ポケットの窓から)

はる 8361
今回のくじらのほねの個展でトータル120回になります。数やればいいという訳ではありませんが、いつの間にかそんなになるかなぁというのが実感です。もうそろそろ一枚の紙には書ききれないようだな。これを見ると活動の様子が良くわかる。97年以降活動を個展中心にシフトしていったことがわかる。
 95年に阪神淡路大震災がおきて、バブルが崩壊、日本が衰退の30年が始まった頃だ。97年に地元神戸で鎮魂の気持ちも兼ねて今はない元町の海文堂ギャラリーで初めて大きな個展を開催した。そこから私の絵描きとしての一歩が始まった。対外的な活動はほぼ国画会のみで、良いのか悪いのか分かりませんが、ここまで来れたことはありがたいと思っています。
 これからも出来るところまで淡々とやりたいと思います。よろしくお付き合いのほどを。



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裸婦クロッキー - 2024.04.02(ポケットの窓から)







はる 8360
 コンテによる裸婦クロッキー
 慣れると大きな面で捉えることができるので、ボリュームが意外に簡単につけることができる。それなりの雰囲気がでてしまうので初心者は注意が必要だ。
 基本的にくろっきーは線の表現なので、がむしゃらに委細かまわず描き込むほうが、後々いい結果が得られるように思う。










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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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