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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

風羅坊 - 2024.01.31(ポケットの窓から)

2023「風羅坊」SM 混成技法
未発表
・・・
 長瀬和美 「・・・松尾芭蕉に、「風雅の道」について述べた著名な文章がある。その冒頭部分は「百骸九竅」の中に物あり、仮に名付けて風羅坊という。誠にうすものの風に破れやすからん事をいふにやあらん。かれ狂句を好むこと久し。ついに生涯のはかりごととなす」(笈の小文)というもので「人の身体は、百の骨と九つの穴によって構成されているが、その体の中に、何とも名付けようのない得体のしれないものが棲んでいて、それを仮に(風羅坊)と呼んでいる。というのも、それが風に吹かれただけで羅(うすもの)が破れてしまうように、たちまち傷み傷ついてしまうからである。その(風羅坊)に取りつかれた人は、何故か、狂句が好きで、久しく熱中し、ついにはこれで生涯の生計を身となってしまった」という内容である。・・・・」
、、、、、、
 風羅坊に取り憑かれると、まともな仕事にも赴かず、ヤクザな生業を一生の仕事としてしまう。そんな事を歌ったうただ。若い頃に友人に言われたことがずっと気になっていた。「絵などやっていると、一生を棒に振るよ」と。少し前の投稿と重なるけれど、何事も身を捨てる覚悟でかからねばやり通す事は出来ない。覚悟さえ決まれば道は自ずから拓けると信じてる。



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今日のアトリエ - 2024.01.30(ポケットの窓から)

今日のアトリエ
 グシャグシャのガシャガシャ。何でもありの混沌状態は嫌いではない。画面を見ながら思いついたものや見えたものをメモのように描きとばしておく。宇宙の始まりは色んな素粒子が飛び交ってまだ何ものでもない混沌の真っ只中だ。そこから何かしらの力が加わって有象無象の形が形づけられる。
 小品はどうすれば描けるのか、スケッチではなく自分の作品をどうすれば描けるのか、これがなかなか難しい。一枚や二枚なら何とか誤魔化せるけれど、グレードを落とす事なく百枚描くとなるととんでも無く難しい。
 試行錯誤ののち自然にたどり着いたのが、描こうとしないで、画面からお呼びがかかるのを待つ、迎えに行くそんな描き方を見つけた。自分の才能はさておいて天を味方にする画法だな。



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聖母 - 2024.01.29(ポケットの窓から)





2006 「聖母」25cmx6cmx2cm No927 流木
本人
///////
 流木というのは少しカッコつけた言い方だ。本当は瓦礫として町の集積場に積まれていた木端だ。当時何人か集まってグループ展の企画が持ち上がっていて、何か新しいことをやりたいと思っていた。何点か作ったオブジェの中の一点で、残っているのはこれしかない。私はほとんど何もしていない。

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昨年のまとめクロッキー - 2024.01.28(ポケットの窓から)


2023裸婦クロッキー前半スライド
・・・・・・
月一回のクロッキーをもう30年以上やっているだろうか。10時から昼休みをはさんで4時過ぎまでぶっ通しで描き続ける。モデルさんも大変だけれど、描く方も最後はフラフラになる。それでもあとから見ると後半のクロッキーの方が雑念が払われているのかいいように思うな。
 ここまでやり続けると、上手いとか下手はさておいて自分の手癖手慣れのようなものが出て来て何者でもない自分自身になっているようにおもうな。スーパーマンのように上手くなりたいとは思うけれど、こればっかりは才能というのか持って生まれた技でしょう。下手はへたなりに自分の手業になればいい。そこまでやり通せということだ。
 これが何か直接役に立つとは考えていない。ほとんどのクロッキーは残っていない。ただ面白いからやっている。それだけだ。

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ウルフムーン - 2024.01.27(ポケットの窓から)

昨日のウルフムーン
携帯ではこ程度
、、、、、
 学生の頃から考えていたことは、今ここでリンゴを描いて何になるのだということだな。リンゴをりんごらしく描写することは非常に大事だという事はよくわかっているけれどね。今は修業の身だからりんごを描く事に一生懸命だけれど、やがてはもっと大切なことを表現する人間になるのだろうと思っていた。しかし、リンゴを描く事が上手は人はより上手にりんごを描く事に夢中になるのだな。
 もっと大事な事、そう今自分が直接考えていた将来の事、これからどう生きて行けばいいのか、よりいい人生ってなんだ?そんなことを絵を描くことで直接表現したかった。誰かに聞いてみたかった。しかし、だれもそんなことには答えてはくれない。
 絵画は確かに直接に答えることには適した表現媒体ではないけれど、自分はどうにかして例えば絵を描かない人たちに対しても直接こころに届けたかった。そういう方法はないかといつも探っていた。
 そうでなければ絵に人生をかけるだけの価値はないではないか。ただの壁の飾り、奇麗だ、かわいいで済んでしまうようなことならあまりにも悲しい。
 今回若い学生たちにある意味問いかけたのは、絵を観るとは自分の心の中を観ることだよという事だった。好きだ、嫌いだでもいいのでとにかく自分の言葉で表現することで、その絵を自分の中に取り込むことになる。そうやって初めて自分の血になり肉になって行くのだな。
閑話休題
 完売作家だとかちやほやされ、今を時めくアートフェアで現代美術として投機対象になったりする。何だか訳がわからない物に数千万と取引される。羨ましいけど何かが違う。大体がまがい物だ。しかし、悲しいかな同時代人には見えないのだな。バブルと同じだ。マネーゲームに過ぎないと私は思う。あえて否定はしないけれどね。今を時めく力のあるものには近づかないことだ。ご用心ご用心。



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天上の音楽 - 2024.01.26(作品)
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2023「天上の音楽」F10部分
・・・
昨年末の英和大学でのギャラリートークのリポートの公開の承諾が来たので部分的に二三紹介しよう。若い人たちの声を聴くのは私にとっても凄く励みになります。ありがとうございました。
//////////////////////
「榎並和春さんの講義を聞いて、私自身も「自分が何を目指したいのか」、「何をやりたいのか」はっきりとしたことを掴むことができていないのですが、榎並さんの言葉を受けて、芸術という行為は自分自身を探る一つの手段ということが心に刺さりました。今一度自分自身を見つめ直すきっかけを作るために、美術館等に行って芸術に触れる機会を作るものいいかなと感じた。親に決められた人生、周りにありふれている既成のコースを辿ることは、いい生活は送れるかもしれないが、肝心な自分自身の意志というものがそこにはない。周りに嫌かく言われてその通りに動くのではなく、自分の意思を持って、自分で物事の分別をつけるこ
とが大事だと感じた。」
「自分が絵や作品を見てどう感じたのかを言葉にすることは非常に難しいことだと榎並先生の作品を見比べて感じた。ただ、そういった言葉にならない感情を感じ自分の知っている言葉や感情を組み合わせて説明することで初めてその作品を理解できたと言えるのではないかと感じた。また、絵を見ることは自分の心の中
を知ることであるという先生の言葉に非常に共感した。その作品が好きだということは、自分が何かしらの作品と同じことを考えたりしているということであるので、絵をただ眺めるのではなく最初に行った好きな作品を選ぶ行為を美術館に足を運んだ際は行っていきたいと考えた。」
「榎並さんの講義を通して、絵(芸術)に触れることは自分の心を深く探る行為なのであると理解できた。自分の現状の興味のあることについてや将来について今回の絵を通して考えるきっかけになった。「やり直すことは恥ずかしくない」という言葉を聞いて、様々な進路で必ずしも正しい道に進むことが求められているのではないと思うことができた。挑戦して失敗しても人一倍努力し、自分のやりたいことを見つけることの大切さを学ことができた。自分なりのブリコラージュ的生き方ができれば、後悔のない人生を過ごせると思った。今回の講義で、普段じっくり見ることのない作品に深く触れることができた。その作品から、自分の将来についても考えることのできる貴重な時間を過ごすことができた。」
「今回、展示してある絵を鑑賞する時間が設けられなければ、これからも絵を通して、自分と対話する時間を経験することはなかったと思うので、良い時間を過ごすことができました。絵を見ることは、自分の心の中を見ることであるという発想は今までなく、絵と自分は別のものだと切り離して考えていたので興味深い
視点でした。榎並さんの人生についてのお話の中で、「やり直す」ことは恥ずかしいことではないという言葉が心に残っています。日本の社会は、終身雇用のように一度決めた道をやり切るのが美徳であり、やり直すことが人生の汚点であるかのように扱っていますが、そうではなく、やってみてダメならやり直せばいい
と言ってもらえると、挑戦しやすくなり選択肢が広がるように感じました。一般的に安定したコースに乗ることは楽かもしれないけど、それが本当の自分の幸せに結びつくのかを考えるとそうではないと思いました。」


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残り陽 - 2024.01.25(ポケットの窓から)






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日曜礼拝 - 2024.01.24(ポケットの窓から)

日々賛々

 昔ジャニス・イアンの「17才の頃」という歌があったのを覚えていますか?17,8歳の不安定な年頃のことをささやくように唄って一世を風靡しました。10代の生まれたばかりの精神の繊細さは美しくもあります。確かに私にもそんな頃がありました。しかし、時間というのは相対的なもので、この歳になると10年は昨日の事のように思えます。紅顔の美少年もこれには逆らえません。

 不安定な年頃というのは何も17,8歳の時だけではないのです。人はいつまでたっても迷う事ばかりです。老いも若きもないのです。これだけ寿命が延びて高齢化が進んだ現代では、不安定な年頃とは、かえって老いた今の方が近いのかもしれません。老いも見方によれば面白いように思います。

 「日々賛々」人は生きてきたように老いて行きます。これは誰も避けることが出来ない事実です。もうこうなったら日々楽しく生きて行くしかありません。

 さて、今回も「なにげない日々」を一緒に楽しみませんか。



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デッサンについて - 2024.01.23(ポケットの窓から)

2023「吟遊詩人」f6混成技法
個人蔵
、、、、
 デッサンがどうたらこうたらというとう投稿があったので、少し考えながら書いてみる。描写することが作品の主題であるならデッサンは必要不可欠だな。ただ私からみるとそういう絵はあまり面白くない。スーパーマンのようなデッサン力があるならそれを活かせた表現になるのは理解できるけれどね。ただデッサンというのはモノを描写するというだけの技術ではなく、モノの見方考え方で造形の基本的な技術のように思うな。まぁある意味これまでの価値観で思考しているので、いやもうデッサンは必要ないという人が出てきたとしても反対はしないけれどね。例えば、通常の美術教育を受けたものからは絶対出てこない形や色、バランスなど革新的な表現が出てくる可能性がある。世の中を変えて行くのはそういった人間かもしれないな。



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瓦礫の聖母 - 2024.01.22(ポケットの窓から)

2024「瓦礫の聖母」f20
最新作
、、、、
 正直にいって全く絵描きらしくない。風貌や生き方はそれらしく装って世の中を欺いているけれど、内実は極普通の小心な爺さんだな。繊細でも豪胆でもない。それゆえに絵が売れると嬉しいのだが、世の中を欺いて世過ぎ身過ぎしている手前申し訳ないなというのが正直なきもちだな。いや、買ってもらうのはありがたいのですよ。お間違いのないように。それゆえ、売れた売れたとあまりいいつのるは好きではない。そっとありがたいなぁ、、、と感謝するたけだな。



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泉にて - 2024.01.20(ポケットの窓から)


どう言い繕ってもアウトでしょう。これがセーフなら日本は法治国家ではないな。大手を振って犯罪者集団が自分達に都合の良いように国を動かしている。自民党はそういう政党だ。今更だけど腹が立つ。
 国民の国民による国民のための政治を望む。



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リベルタンゴ - 2024.01.19(ポケットの窓から)

2023「リベルタンゴ」f8部分
未発表
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 公募展やコンクールに盛んに出品していた頃は、落選すると自分の人生を全て否定されたような気がしたものだ。今から考えると入選や受賞しても、たまたま運が良かっただけ。人の思惑や政治に左右されただけのような気がするな。時のふるいにかけるといいものだけが残るのだ。



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広場 - 2024.01.17(ポケットの窓から)


2023「広場」f4部分
未発表
、、、、
 表現するということは全て共通していて、その点においては上手い下手はあるだろうけれど、お得意とするところだと考えていた。ところがとんでもない思い違いだということに最近気付かされた。というのは器楽の演奏というのはまったくもって歯が立たない分野だな。器楽の演奏というはどちらかといえば運動神経に関係しているようだな。私は自慢では無いが、運動神経が鈍い。学生時代は運動会など大の苦手だった。その屈辱感がにわかに戻ってきたかんじがする。歌を唄うのも苦手だけど、どうもリズム感がないのかもしれんな。調子良く歌っているつもりが録音してみると完全に音が外れている。天性の音痴だな。表現に関しては怖いもの無しだったが、意外に音楽が弱点だった。



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小さな冒険 - 2024.01.16(ポケットの窓から)

2022「小さな冒険」f8部分
本人蔵
、、、、
 絵を描くのが飯より好きなら絵描きは天職だろうな。私の場合でいえばただぼーっと考え事をしているのか寝ているのか、人から見ればぼんやり畑を眺めているにすぎないと見えるだろう。それはその通りだ。時々筆をもって絵を描く真似事をするけれど、描くよりながめている方が多い。けっして根を詰めて集中するなどということはない。一生懸命とか頑張るのは私ではない。絵は私の知らないところで小人が仕上げるようだ。世間一般の芸術家への憧れをほぼ完全にあざむいて、ほっかぶりして生きているようで恥ずかしい。



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あほちやうか。 - 2024.01.14(写真)
無題115
日本は80年も戦争を経験していない。しかし震災や台風、大雨など災害には毎年必ず見舞われる。それにも関わらず、被災地への対応は後手後手で情けない。戦争やりたい人ばかりが国の舵取りをやっているけれど、今の日本で戦争にでもなればひとたまりもないことがどうして分からない。たとえば戦争になった時に前戦に物資を遅滞なく運ぶというのが最重要でしょう。前戦は何があるかわからない、道路や橋などないかもしれない。そんな最悪の環境をもろともせず作戦を遂行するのが戦争でしょう。そんなことが今の政府に出来ますか?とにかく自分たちで何とかするというのはインパール作戦と同じで無責任の極みだ、こういった災害の場合一刻も早く被災地に物資と人を派遣するというのが重要でしょう。お金をいくら掛けても計画、準備、人材を養成しなければ中抜きされて中身のない看板だけのものになる。国民の国民による国民のための政治を求めます。世襲議員や上級国民はとっととお引き取りください。

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2023「さいわいびと」SM 混成技法 個人蔵 - 2024.01.11(作品)

2023「さいわいびと」SM 混成技法
個人蔵
・・・・・・
山梨新報 1月エッセイ 掲載予定
ギャラリートーク
今年も山梨英和大学に寄贈した15点の自作の前で、学生を相手にギャラリートークをした。日常的に授業で使用する教室に展示された絵画は、見慣れて風景のようだ。「よく見ろ」というのは絵を観る場合の常套句だが、普段は見ているようで何も見えていないのだな。作家が作品の前でトークすることで、あらためて作品を見直すきっかけになれば嬉しい。
 トークのテーマは自作の変遷について、油彩画から最近のミクストメディア(混成技法)に移行した過程について、絵の観方や考え方、やや専門的なテーマなので一般の学生には難しかったかな。興味がある学生には面白いかもしれないが、どうでもいい人には全く興味がわかない話だったかもしれない。全ての人に興味を持ってもらえるとは思ってはいない。まぁそういうものだ。
 後の感想で食いつきがよかったのは、私の経歴だろうか。公務員でもない、サラリーマンでもない、商売するわけでもない、就職しないそんな生き方などあるのか?という率直な興味かな。大学生というのは社会人ではないし、それでもあと数年で社会に出なければならない、宙ぶらりんなモラトリアムな時代だ。それはそれで大事な時間ではあるのだけれど、さてこれから何をして生きて行こうかと考えた時にハタと困ってしまう。真面目で真剣であるほど進路に迷うものだ。まして10代の終わりで最終的な人生の選択などできはしないのだ。こんな自己紹介文を資料として渡した。
 私は高校まで神戸で過ごしました。それまで特に絵を描いていたわけではなく、何かをやりたいという希望もありませんでした。高校を出て、とりあえず入れそうな学校に入ります。入学してすぐに後悔しました。学科の勉強に全く興味が持てなかったからです。
 そこから苦難の道が始まります。それまでは敷かれたレールの上をただ言われた通りに生きてきただけでしたが、真に自分の道を探り始めたということでしょうか。絵を描き始めたのはその頃からです。二十歳を過ぎていました。卒業後、専門とは全く関係のない京都の焼き物の絵付けの工房に入門しました。モノを作る事は好きだったので仕事は面白かったですね。ただ長い人生を考えると、職人になりたかったわけでもないので絵を勉強することと、ゆっくり考える時間と環境が欲しかったので、もう一度大学に入りなおすことにします。(以下略)
生きることは迷うことだと思いますね。この歳になっても何も変わりません。ある意味それでいいように思います。迷って考えて頭を打ってやり直して、生きることの集大成が人生なんだと最近は思います。こんな人間でもいいのだ、ということが分かってもらえればこのトークもそれなりの意味はあったように思う。


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新世界 - 2024.01.10(ポケットの窓から)






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PERFECT DAYS - 2024.01.07(未分類)
無題1
映画PERFECT DAYS を観た
PERFECT DAYS
 映画「PERFECT DAYS」を観た。誰かから東京のトイレ清掃人の日々を綴った映画だと聞いていたが、何も劇的なことは起こらない、淡々としたブルーカラーの仕事人の日常を丁寧につづったいい作品だったな。役所広司は上手い。手法が小津安二郎的だなと思ってみていたら、ドイツ人のヴィム・ヴェンダース監督はやはり小津を意識していたらしい。そう考えるとなかなか興味深いものがある。暗くならないところがいい。
  清掃人といえば私も一時ビル掃除のアルバイトをしていた。こういったブルーカラーの仕事は、透明人間になれる。存在しているのだけれど存在を無視されるということかな。何処にでも入って行けるし、とがめられることはない。ただし存在しない扱いになるので自己主張してはいけない。それに耐えられるならば結構気楽な肉体労働だったな。
  そう、もう50年も前の話だけど、学校を卒業して就職もせずフラフラしていた時に考えたことは、収入は最低限でいいから自由な時間がたっぷり取れる仕事はないかなという虫のいい話だった。普通、何の特技も資格もない人間は、単純に時間を切り売りするしか方法はない。その中で出来るだけ時間単価を上げるには人の嫌がる仕事しかないのだな。私が選んだのは八百屋さんの下働きで、朝一番市場から仕入れてきた野菜や果物を仕分けして古いものを先に店出しして、新しい物を冷蔵庫に仕舞う。またパックや袋づめしたりして午前中だけ働いた。午後は何をしていたかといえば、絵を描くつもりでいた。具体的に絵描きという生業をイメージしていたわけではない、漠然とただ漠然と絵を描いて生きて行きたいそう考えていた。
 当時私は京都の南の端の最寄りの駅からバスで30分もかかるような人里離れた田舎の農家の離れを借りて住んでいた。何故か厭世観が強く、世の中から隠れて潜んでいたいという願望が強かった。まぁもし仮にあのままあそこに住み続けて、アルバイトしながら絵を描いていても、それなりに何気ない日々(PERFECT DAYS)を送っていたのではないかと思う。そういう意味でかなり親近感を感じて観ていた。ただ基本的にはこうありたいと考える生活はあまり変わりなく、今も同じように何気ない日々(PERFECT DAYS)だと思う。
 昨年の春に約一か月京都で暮らしたことを思い出している。京都での日常はまぁ本当に淡々としたもので、朝起きて近所の公園まで散歩して体操して、コンビニで水を買って帰ってくる。簡単に朝ご飯を食べてスケッチブックと水彩の道具をつんで自転車で回っていた。夜はほとんどどこにも出かけないで本を読んで暮らしていた。何も特別なことはしないと決めていた。週末の土曜日は昔お世話になった関西美術院で裸婦クロッキーをして、最後の一週間はここで描いたスケッチも含めて会場で見てもらった。すこぶる楽しいPERFECT DAYSだったな。機会があれば他の町でも挑戦してみたい。


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40年前のスケッチブックから - 2024.01.05(ポケットの窓から)






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2009「同行二人」f6 - 2024.01.04(作品)

2009「同行二人」f6
 個人蔵
「大切な子よ、私はあなたを決して捨てたりはしない、まして苦しみや試練の時に」
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 元旦からの大きな災害は、いい加減に目を覚ませという警告ではなかろうか。原発をはじめ、政治家の不正裏金、芸能界のパワハラスキャンダル。共通するのは今まで当たり前だと思われていた大きな力の失墜かな。平和ボケした我々を覚醒させるにはこの手しか無かったのかもな。災害は避けることはできないけれど、悪い膿を出しきって新しい世界を勝ち取るきっかけにならば禍い転じて何とやらだな。
 被災された方々には何の力にもなりませんが、この絵を贈ります。

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明けましておめでとうございます。 - 2024.01.01(ポケットの窓から)






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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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