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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

散歩道 - 2021.01.31(ポケットの窓から)







はる 7215
 30になった時にまた同じように教員を辞めてフリーターになったのだが、その時にはもうかなりの覚悟が決まっていたので同じぷー太郎でも一回目のぷーの方がしんどかった。歳は24だったか。

 本当は仕事を辞めたら、いっぱい絵を描いて売れても売れなくても暮らして行ければいいやと思っていた。そのころ大阪と京都の中間のど田舎に住んでいたので、毎日絵の道具もってスケッチに出かけていた。気持ちは解放されていいはずなのに、何となくというのか、将来の事考えると暗澹たる気持ちになった。絵なんか描いても一向に気分は晴れなかった。

 無目的に仕事を辞めてしまうと社会との接点がまるで切れてしまう。学生ならまだそれなりの仲間がいるかもしれないが、たった一人で田舎に暮らしているとかなりの覚悟をしないと暮らしてはゆけない。この世の中にたった一人で生きているような感覚に陥る。電車に乗っても昼間っからプラプラ遊んでいるようで、みんなが私のことを非難がましく噂しているように感じるんだな。これは半分以上精神がおかしくなっている。やばいなぁと思った。

 一二か月ぷーでいただろうか。お金もだんだん少なくなってきたのでアルバイトすることにした。色々さがしたけど、一日中働くつもりはないので、生活を最低限切り詰めて午前中だけ働いて午後からは絵を描こうそう決めて、近くの八百屋さんでアルバイトすることにする。早朝に市場からセリ落としたものが入荷してくる。それを倉庫で仕分けするそんな仕事だった。何だかんだあったけれど、働くようになって少しばかりのお金も入るようになって生活は軌道に乗ったように思われた。基本的には何にも解決してないのだけれどね。

 絵を描くといっても今から考える趣味に毛が生えた程度でね、最初の手ほどきは学生の時に近くのカルチャー教室のようなところに週二回ほど行って、クロッキーや静物を描いていた。先生の評価は高かったけれど、それだけのことだ。何の足しにもならない。一体私は何がしたいのか?ただそんな風な自由人に憧れているだけの人間ではないのか?そこらあたりはけっこうつらい日々だったな。



















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今日のアトリエ - 2021.01.30(ポケットの窓から)


はる 7214
 今だから偉そうな事書いているけれど、その当時はそれどころではなかった。一番大変だったのはいつだろうか。大阪の大学を卒業してまともな就職もせず、焼き物の絵付けをしていたことは何回か書いたな。それも切羽詰まった究極の選択で、親父が小さな土建屋をやっていて、兄弟誰も継がなかったから一番下の私にお鉢が回ってきた。それが嫌でいやでしょうがなかった。ぶらぶらしていると否応なくやらされそうなので、何とか逃げの一手で焼き物の工房に入った。だから焼き物に興味があってというわけではないんだな。

 そうこうしているうちに親父が亡くなってしまうんだな。親不孝ここに究めりだけれど、会社もだれか他の人に譲って、結局私は焼き物の工房も辞めてしまう。そこからの一年が本当にぷー太郎で所持金もほとんどなく、今更家に帰れるはずもなく、将来は全く見えず一番つらかったな。絵を描いて行こうとは思っていたけれど、さてそれが将来の仕事とつながるとはとても思えなかったし、どこかに出品して誰かに認められたなどということもなかったわけだから、本当に何もないただのぷー太郎だった。

 今でこそ若いうちは長い旅に出て、ボランティアや色んな興味のある仕事をやってみればいいなどとわかったようなことを書いているが、周りの大人はだれもそんなこと言ってはくれなかった。まぁ相談したこともないのだが、当時は一度リタイヤした人間は落伍者の烙印をおされて一生浮かびあがれないと思っていた。アウトサイダーに憧れていたけれど何もにも属さないというのは結構ボディーブローでこたえる。



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リハビリ - 2021.01.29(作品)

はる 7213
 2020「リハビリ」F3 混成技法
未発表
少し前にここで上げた絵だけどね。実際にはまだどこでも発表していない。
・・・・・・・・・
  この絵には遠近法もデッサンも何もない。顔も口も目も鼻もない。指はあるようなないようなバケモンだ。先日の美術学校の先生からはいい点はもらえないだろうな。でも表現という点ではたぶん一目置いてもらえるだろう。これはたぶん私しか描けない。なぜなら私自身だからだ。他の人が描けば他の人の絵にならなければならない。当たり前のことだがこれがなかなか難しい。お前は誰なのか?何に興味があって、どうしてここにいるのか?死ぬまで問い続けなけらばならない。その覚悟があるかどうかだ。

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老いる f8 - 2021.01.28(作品)

はる 7212
  学校に東京の美術予備校から分厚い案内状というのか冊子が毎年送られてくる。これを全国の高等学校に送るだけでも大変な送料がかかるだろうと他人事ながら心配する。どこの専門学校や私立大学でも同じだろうが、これから少子化で学生を確保するのが大変だろう。潰れるところもでてくるかもしれん。こうやって見栄えのいいパンフレットや冊子をお金をかけて作るのはその努力の表れだろう。一企業と考えるなら分からないでもない。
  パンフレットを見るととんでもなく上手い連中だよ。ここまで行かなければ一人前になれないのだとすれば、そりゃ焦るわな。指導する先生方もずらりとエリートが並んでいる。これは形を変えた受験勉強と同じだな。いや受験勉強より過酷だよ。何というのかな、いい生活するためには少しでもいい学校へ、いい会社へというのとまったく同じ論理なんだな。図る物差しがないから余計に難しい。しかし、そんなこと知らなくても絵は描けるのだよ。
 17、18歳は人生の選択の時だな。そこでの選択は後の人生に大きくかかわってくる、失敗は許されない。と親や先生は脅かしてくるけれど、そんなもの17や8で分かるはずもない。そういう先生も大した人生を送っている訳じゃないだろう?なぞとうがった見方をしてしまう。そんなことより長い旅にでるなりボランティアに明け暮れるなり、色んな職業を転々としてみるなり若い時にしかできないことを経験した方がいい絵が描けるように思うな。長い目でみれば経験したことは決して無駄にはならない。作家という仕事は人生の最後まで取っておいてもいいかもな。そんな人生も楽しそうだ。


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今日のアトリエ - 2021.01.27(ポケットの窓から)


はる 7211
 昨日(7210)と一昨日(7209)のカウントが間違えていましたね。だれも気にしていないので修正しませんが、これが正しいカウントです。
 小品を描きだすとアトリエがあっという間に狭くなる。そこら中が作品の山になる。何屋さんだか分からなくなる。これは絵描きのアトリエかね。

 昔傘の修理屋とか研ぎモノや鍋の修理、散髪屋などが富山の薬売りのように定期的に回ってきた。適当なところで荷物を降ろしてお店を開く。小さな背負い箱にはすべて必要な道具が揃っていて、魔法の重箱のようだった。楽しくてね。飽きずに眺めていた。

 今やっている仕事は街角で行商はしないけれど、やっていることはやや似ているな。手作業が好きという事だろうかね。

 いつの間にかこんな形になったけれど、正しい絵描きの方法というのがあるとすれば、これは全く道を外れているな。
 


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17歳 - 2021.01.26(作品)
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はる 7030

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パレルモ テアトロ ポリテアマ - 2021.01.25(ポケットの窓から)


はる 7029
 一昨年のイタリア旅行のスケッチから作品にしている。細かく描くと単にスケッチの焼き直しのようになってつまらない。一旦それなりに描いたものを上からさらに珪藻土をかけて潰した。不思議なことに潰したとたんにあの灼熱のパルレモの風景が浮かび上がってきて歓喜した。そうなんだ、からからに乾いた空気と土の匂いがする。美しい都だった。



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今日のアトリエ - 2021.01.24(ポケットの窓から)



はる 7208
  運動は苦手だった。特に球技が全くできない。バレーボールにしてもバスケットボールにしてもサッカーにしてもボールが全く手につかない。サッカーは足につかないというのだろうか。かろうじてボールを持って走ればいいラグビーが楽しめたぐらいだ。あれは球技とはいわない。格闘技だな。
 球技が苦手な生徒は球技大会など校内の華々しいイベントでは肩身が狭い。余りお呼びがかからない自分も悲しい思いがした。勉強もそこそこスポーツはダメとなると自分の居場所がない。すべての原因は分かっている。自意識過剰なのだろう。そういう輩は思春期はつらいね。頑張ればそれが花開くときもあるのさ。


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今日のアトリエ - 2021.01.23(ポケットの窓から)


はる 7207
 日本の政治家の年齢を見ると唖然とする。にかいやあそうは80を超えているにもかかわらず政界のドンなどといわれてご満悦だ。世界の政治を見るとどうあれ希望や夢を堂々と自分の言葉で訴えている。それにもかかわらずドンたちは「いちゃもん付けるな」などと未だに恫喝政治をやっている。100年は遅れているな。
 



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ジンタが聞こえる - 2021.01.22(ポケットの窓から)


はる 7206
 ・・・・・・
 音楽が好きなので絵にすることが多い。普段絵を描くときに音楽を流しているのですか?と聞かれることが多いのですが、アトリエでは音楽は聴きません。優雅に音楽を聴きながら筆走らせるというイメージですが、たぶんそれは趣味の部類だと思います。アトリエは作業場のようでくつろぐスペースではないですね。
 楽器も少しやりますが何年たっても上手くなりません。これも一つの才能かもしれません。ただ実際に楽器をやるおかげで演奏家に対するリスペクトや音楽に対する憧れが表現しやすいのかもしれませんね。まわりまわって音楽をやっていてよかったと思います。




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山梨県美企画 - 2021.01.21(ポケットの窓から)






はる 7205
 県立美術館の栗田宏一と須田悦弘展をみる。
久しぶりの充実した県独自の企画展だと思う。ほとんどが数館の連名の企画か、独自の企画は夏休みなどにお客さんが呼べる企画が多い。今回のようなどうしても見なくてはとおもう企画は少ない。

 こういった地方の美術館もバブリーな頃に地方で数多く建てられた箱物の一つだが、こうやって財政がひっ迫してくると反対にお荷物になってきているように思うな。もともとこういった美術館とか博物館、文化ホールは儲ける箱物ではないので、一番先に見捨てられる。どうしても必要な物から税金が使われるわけだから仕方ないといえばそうなんだけれど、それこそ国民の民度が測られるということだろう。箱物は作るのは簡単だが、中身を続けて行くのが大変だ。

 さすがに充実した展示であったけれど、見ていて楽しい企画ではあったけれど、私の脳裏には「それでどうしたの?」という疑問が残る。自分たちの日常から離れすぎていて、臨場感にかけるなぁというのが印象だな。確かに作家本人たちは凄い努力のたまものというのは分かるのだけれど、あまりにも高邁すぎるというのか、高尚すぎるというのか、もっと下界に降りてきて欲しいなというのが感想だな。公立の美術館というのはそこまでかな。あとは個人の画廊がやるべき仕事なのかな。



















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ポケットの窓から - 2021.01.18(ポケットの窓から)


























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今日のアトリエ - 2021.01.18(ポケットの窓から)






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今日のアトリエ - 2021.01.17(ポケットの窓から)


はる 7201
 おぉそうだ。今日は阪神淡路大震災の日だ。もう25年も前になるのだな。あれから何か変わったかい?
 日本はバブルが終わってまだ世の余韻で食ってたけど、今はもう最低だな。

 ファシズムが台頭してこないかと心配している。安易なポピュリズムはファシズムの温床だ。




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京都展DM版下 - 2021.01.16(写真)

はる 7200
 ほっほぅ。素敵なカウントになった。

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ネットで拾った画像 - 2021.01.15(写真)

はる 7199
 ネットで拾った画像。

台湾の蔡英文政権において35歳の若さで行政院に入閣し、無任所閣僚の政務委員(デジタル担当)を務めているオードリタンさんがコロナ対策で一番大切なことは「国民との信頼関係」だと言ったとか。この期に及んで嘘をつきまくる元総理をみていると、この国の未来に暗澹たるものを覚える。見たくないけど、責任上なないわけにはいかない。こんな人しかトップに選べなかったのかというのがまず情けない。
 非常時にその実力が問われるというが、世界中のリーダーが命を懸けて自分の言葉で国民に訴えかける姿は感動的であった。それに比べるのはあまりにもおこがましいけれど、出来るだけ本当のことを知らせない、自分たちの保身だけ、金だけ、今だけの三拍子を見ると、あそうのおっさんではないけれど、民度が違うと言わざるを得ない。すがやにかいのおっさんじゃ、この国はもたんぞ。めぇ~~~~

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ポケットの窓から - 2021.01.14(ポケットの窓から)


はる 7198
 もう正月から半月過ぎた。一昨日久しぶりにに授業をした。かれこれ一か月ぶりくらいかな。

 須賀しのぶ の「革命前夜」を読む。解放前1989年前後の東ドイツに音楽留学した学生の話。そこかしこにバッハの音楽が語られていて、言葉で音楽を語るとこういう風になるのか、バッハをこんな風に語ることが出来れば最高だなと、昔読んだピアノコンクールの「蜂蜜と遠雷」だっけそんな話なのかと深く読み込むことなく飛ばして読んでいた。ちょうど1989年という年は私が東京で個展をして活動し始めた時と重なるので、何となく臨場感が半端ない。ぐいぐいと引き込まれていった。

 同じく他の国からの留学生とすったもんだあるわけだけれど、東側に留学する学生というのは西側の学生というのは少ないらしい。だから北朝鮮から来た学生やベトナムからの学生から見れば、何故お前はこんな共産圏にわざわざ何しに来たみたいな話になる。お前は変える場所がある。俺は国を背負って必ず成功しなければならないし、必ずする。帰る場所のあるアマチュアと一緒にしないでくれとはっきり言われるんだな。なるほどなぁ、そうなんだ。ステートアマとかいうけれど、もう根性が気構えがまるっきり違うんだな。主人公は留学の目的を「音の純化」みたいなことを言ってるのだけど、彼らから見れば何寝言ってるんだということになる。

 芸道という事になればそうなんだろうな。昔盲目の高橋竹山の話をどこかで読んだけれど、好きだとか嫌いということじゃない。もう後に引けない、そこまでの覚悟があるかどうかを問われるんだな。

 物語はそんな話が主流ではありません。自由がない国というのはどういったものか、そこからどんどん壊れて行く時の流れに翻弄されてゆく音楽家たちの姿が書かれています。



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今日のアトリエ - 2021.01.13(ポケットの窓から)


はる 7197

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牛飼い - 2021.01.12(ポケットの窓から)


はる 7196
 下書き
・・・・・・・・・・
  私はクリスチャンではありません。聖母像とかイコンのような画像を描くことが多いのでそう聞かれることが多いのですが、キリスト教に帰依しているわけではありません。ですが、聖書の逸話から絵にすることも多いのでそういわれるのだと思います。しかし、千手観音のような仏画を描くこともありますし、もっと原始的な洞窟の壁画のようなものも絵にします。共通するのは人の「いのりのかたち」とだと思っています。

 実家の応接間にセザンヌの黄ばんだ複製画が飾ってありました。いわゆる西欧のリアルな伝統的な油彩画ではなく、少しゆがんだ歪な壺が「これでいいのだ」と主張していました。何故かこれが幼心に焼き付いています。

 初めて買った画集はセザンヌでした。学生時代は画面を分割して再び組み直すセザンヌ的な構成に夢中になっていました。セザンヌから出発して立体派を経て近代の絵画史をなぞって行く行為が楽しくて仕方ありませんでした。

 しかし、絵を描き始めてからずっと疑問に思っていたことは、例えば学校では人物とか風景、静物を描きます。最初はデッサンなど適当ですが、そのうちに段々さまになってきます。学校で教わるといっても基礎的なことは、誰がやっても同じことで、それ以上は自分で勉強するしかありません。私が疑問に思っていることには誰も答えてくれません。

 綺麗な山や川もいいけれど、もっと切実な気持ち表現できないだろうか。今自分が直接悩んでいることや、疑問そのもの絵を描くという場に持ち込んでダイレクトに観る人に訴えることはできないだろうか。今を生きる私たちのこの気持ちを表現しなければ絵画などやる意味もない、そう思いました。

 「こたえてください」というのはそういった私の根源的な動機を表しています。このタイトルを思いついたときは震えるくらい興奮しました。問題の解決を提示するのではなく、答えを求めるそういう姿そのものをテーマにすること。生き様をそのままテーマにすることで、自分の気持ちを直接、表現できるようになったと思います。

 95年に転機が訪れます。機会があってイタリアを中心にヨーロッパを一年かけて旅をしました。けっして絵だけを勉強したわけではありません。たくさんのものを観て、美味しいものをたべて、美しい風景に浸って帰って来ました。一番の収穫は油彩画をやめたことです。自分の中にある東洋的な「水と土と木」に帰ろうと決めたからです。西洋の手法である油彩から東洋の水を媒介した水性画に変えました。水を介在させることで紙も布も土も画材として併用できることを知りました。(混成画)

 これからどこまで行けるか分かりませんが、出来るだけ正直に素直に自分を晒すことで自分を見つめてみたい。多分それが私にとって絵を描くことであり、多くの人に共感をもって観てもらえる唯一の方法のようにおもいます。



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今日のアトリエ - 2021.01.11(ポケットの窓から)


はる 7195
 明日から三学期がはじまる。何となく憂鬱。



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今年の顔 - 2021.01.10(ポケットの窓から)


はる 7194
 写真がないので自写真を載せた。長い歴史の中で今現在の写真を載せたのは初めてかも。初笑いという事で、勘弁してください。


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1993海と私と六角堂 - 2021.01.09(作品)
93「海と私と六角堂」F100
はる 7193

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今日のアトリエ - 2021.01.08(ポケットの窓から)






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今日のアトリエ - 2021.01.07(ポケットの窓から)


はる 7191
 2000年以降の活動はほとんど地方巡業作家としてどう生きて行くかに重点が置かれている。どちらかといえばそれまでは他人と競い合ってどうやったら勝てるのかということに主眼があった生き方が、本来の姿である自分の内面に向いたといえるかもしれんな。

 時代がどうであれ、他人ががどうであれ、作家は自分の内面を見つめてどう感じたか、どう思ったのかを思索してそれを発信してゆく。そういったスタイルが本来の姿であり、バブルに踊らされて人と競い合うスタイルからの卒業はいずれなさなければない課題ではあったのだ。

 2000年から昨年2020までの20年間に約80回の個展を開催している。絵を売ることを生業にしているという事もあるけれど、さっそうと世の中に出て行くタイプの作家ではない。もう決して若くはないという居直りかもしれないな。最初からそんな考えで地方巡業を始めたわけではないが、いつの間にかそういったスタイルになっていた。

 例えば作家というのはどういった存在かといえば二通りあるような気がする。一つは美術館や有名なキュレーターが時代を代表する作家として大規模な企画展を開催する。海外展や日本を代表する作家として招待される。代表的なのがベニスのビエンナーレ展だな。国を代表する作家たちの企画展だ。そういった華々しい活動が表とするなら、もう一方はほとんど誰も知られないけれど、地道にいい作品を発表し続けて表には出ずそのまま消えてゆく。

 まぁ作家としては前者の方が自己満足するかもしれないが、生き方としては後者の方が作家としての本来の姿のような気がするな。

 


 

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今日のアトリエ - 2021.01.06(ポケットの窓から)


はる 7190
 色々なコンクールに出品したけれど、どれ一つとしてはかばかしい結果が得られなかった。その中で出身地・神戸で開催された1993年「印象・神戸展」という当時一番大きな額の懸賞展が開催されることになった。うたい文句は色々あったけれどみんな忘れてしまった。まぁコンクール自体はその程度のもので、イチかバチかの博打の要素が多分にあるような気がする。結果的に大賞を取ったからといって一時は注目されるけれど、それで世の中で認められるなどという事はないのだな。真に実力がなければ、すぐに消えてしまう。そのことが分かったのはもっと後のことだけれどね。

 ところが世の中の巡り合わせというのは実に不思議なものだ。1995年に神戸・淡路大震災が起きて二回目以降の「印象・神戸展」そのものが無くなってしまった。だから後にも先にも大賞受賞者は私しかいない。そしてなんと主催の神戸市役所は三階部分が潰れ解体、展覧会を開催した県立博物館は水浸しになり、オープニングパーティーをしたオリエンタルホテルも瓦解してしまった。そして買い上げになった私の作品「海と私と六角堂」F100も所在不明になってしまった。(事後同級生が探してくれて、どこか市の倉庫にあると教えてくれた。)

 「禍福はあざなえる縄のごとし」というわけで、その賞金のおかげで1995年イタリアに一年間研修に出かけることができた。神戸は私を育て、そして世の中に押し出してくれる手助けをしてくれたことになる。帰国後97年に「こころのかたち」と題して初めて神戸で個展を開催した。これは私の神戸への鎮魂の想いを捧げたものだ。

 その後一切のコンクール展への出品もやめた。それは2000年に大きな病気をして人生最初の入院手術を経験して、何故絵を描いているのかという原点を見つめたからだ。地方巡回個展のかたちを次第に取って行くのだが、それも最初からそうしようと決めていたわけではない。やっているうちに段々とこのスタイルが私に似合っていると気が付いただけだ。もう若手のバリバリでもないし、ゆっくりじっくり自分の世界を築いてゆけばいいと観念したからだ。
 

 

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初仕事 - 2021.01.05(ポケットの窓から)






はる 7189
 1988年に初めて銀座で個展を開催した話はすでに何度かここで書いた。繰り返しになるかもしれないが、大事なことなどでもう一度書いておこう。

 日本のバブル経済は1986年から始まって90年にピークを迎えて1991年で終わっている。時代の空気というものはそのただなかにいるときは見えないものだ。当時この好景気が破綻すると予見していた人は一体どれくらいいただろうか。いや確かにこんなのは長続きするはずないとは感じていたけれど、それを口にするのははばかれる雰囲気だった。

 株価が異常に上昇して真面目に町工場で一本いくらで仕事するのが馬鹿らしくなるような好景気で、工場をたたんで投資に切り替えて大儲けした話がそこかしこで聞かれた。土地がこれまた異常に高騰して都会の土地は使うのではなく投機の対象で倍々に膨れ上がった。みんな何となく浮かれていても、こんなのはいずれおかしくなる、今だけだとは薄々感じていた。それでも日々の生活はどことなく好景気にわいていた。

 時代の変わり目というのはおかしなものだ。1989年に昭和が終わる。もうその頃は昭和天皇が危篤になったり持ち直したりでいつ昭和が終わってもおかしくない「自粛」というのが流行りになったりしていた。日本だけでなく世界に目をやるとベルリンの壁が崩壊したのが同じ年だ。別に日本の昭和の終わりに合わせたわけではないのに世界は大きく変わった。

 私は絵を描いているので、その当時を振り返るのにどんな絵を描いていたかで推し量ることが多い。最初に戻れば1988年に銀座で初めての個展を開催している。時代的に言えば日本はバブル真っ最中という事になる。

 1990年に私の代表作で県立美術館に収蔵されている「平均律」を描いている。それと国画会に初めて出品したのが同じ年だ。そう考えると大体の時代の様子が透けて見えてくる。

 時代がバブル景気に浮かれていたので、ご多分に漏れず色んな地方で箱モノの美術館や企業などの冠をつけたコンクールがそれこそ雨後の筍のように開催されていた。若かった私もそれに踊らされないわけがない。一躍世の中に認められるには大きな冠のついたコンクールで少なくとも入賞するか、大賞を取ること、それが最大の目標に日々絵を描いていた。今から考えるどうにも浅はかな自分の道を踏み外しかねない大それたことを考えていたものだ。

 つづく

















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日々 - 2021.01.04(ポケットの窓から)






はる 7188
 ことの顛末を少し書いておかなければね。
パソコンの不具合の事。事の発端はホームページの更新だった。元々HPビルダーは人から借りていたもので自分で購入したわけではない。というわけで以前のWindows7だとソフトが対応できたのだが、10になってうまく対処できなかった。だからホームページの更新だけ7でやっていた。ご存じのようにセブンはもう対応年数が過ぎてしまっているので使わないようにといわれている。それでもしかたないので、ホームページの更新の時だけネットにつないで更新していた。

 それが原因かどうかよくわからないのだが、結果としてよからぬものが侵入していたという事だな。普通だと気が付かない。たまたま今回ホームページビルダーの新しいバージョンが手に入ったからWindows10で更新を始めて気が付いた。どういった状態だったのかといえば、ホームページのあるページをクリックしたときにリンク先が知らないページに飛ぶんだな。これはよくあるポップアップというやつだ。普通ならアンチウィルスソフトで止まるはずなんだが、この新しいWindows10に入っているアンチウィルスソフトは止めることが出来なかった。購入時に無料で入っているマカフィだ。

 ところで古いパソコンWindows7にはウィルスバスタークラウドを購入して入っている。試しにスキャンしてみるときっちり止められた。ということはマカフィーではスルーされてクラウドでは止められるというわけだな。元々ついている無料のアンチウィルスソフトはあまり信頼できないという事が分かった。

 というわけでまずやったのは知らないページにリンクされている私のページそのものを新しいものにして古いページを削除した。それだけではまだパソコンに何かしら残っているかもしれないので、Windows10にマカフィーを廃棄してウィルスバスターを入れた。それでもう一度スキャンしたところ何も見つからなかった。ということで一応OKだろう。



















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アニメーションクロッキー - 2021.01.03(ポケットの窓から)

はる 7187
 昨年はほとんどクロッキーが出来なかった。それでも都合5回ぐらいやったかな。
 こうやってまとめてみると音楽に合わせて踊っているアニメーションのようで面白い。

 今年はできるのだろうか。




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寝正月 - 2021.01.02(ポケットの窓から)






はる 7186
正月は恒例の麻雀大会をやるのだが、今年は誰からもやろうという声がかからない。仕方ないので寝正月を決め込んだ。年末は個展でいっぱいいっぱいだった。26日までやるのはちょっとつらいかもしれん。それにコロナがあったので、ホテルと画廊の往復ばかりでつまらないといえばつまらなかった。いつもは何だか華々しい銀座の個展も寂しい感じだったな。無事終わったからまぁ良しとしよう。
 



















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明けましておめでとう御座います。 - 2021.01.01(ポケットの窓から)



はる 7185
 皆さん、明けましておめでとうございます。
 ことしもまた、よろしくお願いいたします。
 賀状はネットで失礼します。
 


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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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