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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ブログ - 2020.04.30(ブログ)

はる6941
 今日は畑仕事をした。少し前に耕しておいた菜園だが、放っておくとすぐに草だらけになる。これからは一雨ごとに草との戦いになる。

 バブリーな頃、田舎に別荘をもって週末は別荘で暮らす生活が理想的な生き方だみたいな話だったけれど、多くの別荘暮らしの凡人さんは一二年で音を上げて都会の暮らしに戻って行くようだ。なぜならまずこの雑草との闘い、田舎独特の小動物との戦いに疲れてしまうからだ。

 イメージは薪ストーブで優雅に本でも読んで暮らすパターンですが、そんなに甘くはないのですな。一週間も放っておくとまず草ぼうぼうです。あと閉め切った家というのは湿気が凄くてあちらこちらカビだらけになります。樋に枯葉がつまって雨漏りします。そして誰も住まなくなるのです。買った値段の半分にもならんのです。

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ブログ - 2020.04.29(作品)

はる 6940
2020「ウスバカゲロウ」F0 混成技法
パネル 綿布 麻布 壁土 アクリル パステル 墨 ボールペン 塗料 木炭 ボンドなど
山口画廊で展示予定
 先日久しぶりに勤務している高校に出かけた。長い休みでほぼ二か月授業をしていない。五月の連休明けから授業があるかもしれないという連絡があったので準備に出かけた。

 生徒のいない学校というのは間の抜けたクジラのようで何だか悲しい。若い奴らが大きな声で応援練習していたり掛け声が聞こえたり、熱気があるのが普通であまりありがたくは思わなかったが、こう長く不定期な休みが続くと普通に日常生活があることがどんなに幸せな事かと考えさせられるな。

 学校も大変で今の二年生以上は担任も生徒の顔や性格を一応抑えているので対応できるのだが、問題はまだ入学式も対面式もやっていない生徒の顔さえまだ知らないような希薄な関係では対応のしようがない。

 ということで学校も苦肉の策で授業のオンライン化を模索し始めた。まぁ災害時とか緊急事態にどう対応してゆくのかという千歳一隅のチャンスでもあるわけだな。日本はそういった意味でオンライン化が他の国より遅れているらしい。

 コロナ以前とコロナ以後という区切りができるかもしれんな。

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ブログ - 2020.04.27(未分類)

Pietro Lorenzetti (Sienese, c. 1280-1348)
Detail: Descent from the Cross (c. 1320)
Fresco detail
Lower Church, San Francesco, Assisi
はる 6935
 続きを考える。
 多くの人が勘違いしている。あたかも写真を撮るように自然の一部を切り取っただけで絵画といえるのかということだな。絵画は目に見える世界のコピーではないということだ。ここのところを説明するのはとても難しいのだけれどやってみよう。

 イタリアのパドバのスクロヴェーニ礼拝堂のジョットの壁画などを見た時にこれは一つの閉じられた宇宙を表しているんだと思った。パドバに限らないのだけれど、こういった礼拝堂に描かれた世界は天井は天であり床は地であって完全に閉じられた世界なんだな。カメラのスナップ写真のように自然の一部を切り取ったものではない。作者が宇宙の創造主になって小さいけれど自分の理の中で世界を宇宙を創造しているわけだ。その中では現実の世界ではありえないことが起こっても別段何の影響もない。それが現実の世界にしみだして影響を及ぼすことはないからだ。

 絵画というのは一点一点閉じられた世界でなければならないとおもう。作者が創造主になって小さいけれどそこに完全に閉じられた世界を作るという事だな。だれも言わなかったけれど、たぶんセザンヌがやりたかったことはこのことではないかと私は思う。自然の一部を取ってきて完全に解体してそれをまた自分の理でもって構築することそのことに一生かけたのが彼がやりたかったことではないかな。

 絵は森羅万象を表すというのは間違いではない。明らかにその通りなんだけれど、その森羅万象は自分の理でできた森羅万象だというこだな。

 まだ違う気がするけど、気が向けばもう少し考えてみたい。言葉にしてみたい。

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ブログ - 2020.04.26(作品)

はる 6934
 「しずかな窓辺」SM部分 混成技法
パネル 綿布 麻布 壁土 アクリル パステル 墨 ボールペン 塗料 木炭 ボンドなど
山口画廊で展示予定
 絵について語ることは難しい。語る必要もないのかもしれませんがね。絵は見ればいい、それですべてだといえばそれまでです。それでもしかし。今の段階で言葉にできることをしてみたい。考えながら書くから結論もないかもしれん。

 このところある小説を読んでいた。その中で主人公の水墨画家の師匠が「絵は森羅万象を表す」というようなことを言っていた。まぁ小説なのでそれは物語であるきもするな。

 絵を描き始めた頃自然をそのまま写すことが絵だと思っていた。美しい風景を美しく描くことが画家の使命だとおもっていた。そのためにはまず形が取れなきゃならないし、色の組み合わせだとか、作り方を研究しなければならない。そうやって段々まぁそれ風な絵を描くことができるようになってくる。上手い人は上手く、そうでもない人もそこそこに訓練すれば描けるようにはなってくる。それで終わればとても幸せなんだけれど、それでは終わらない。誰が描いても同じような物ができるわけだ。美大やなどある程度訓練した人はみな同じような絵を描く。上手い下手はあるけれど、それほど違いはない。

 じゃぁ何を描けばいいのか。まずとっかかりはセザンヌだったな。彼は何を描こうとしていたのか。彼が描いていたものは自然をそのまま写したものではない。明らかに自分の意志を働かせて形を変えていた。ではなぜそんなことをしたのか。彼は裕福な家庭で育ったので、生活費を稼ぐ必要もなく好きな絵だけ描いて生涯暮らした。それゆえ明確な意思をもって自分の絵を描いていたわけだ。彼を最も評価した作家はピカソだった。ピカソもまた独自の世界を描いた。よく知られているように。

 例えばここにリンゴがある。それを忠実に写し取る。完璧にデッサンのできた。色も寸分たがわぬように着けたとする。それを四角いキャンバスに描いたとするね。でもそれは自然の一部を単純に抜き出しただけなんだな。だからこの絵の世界と現実の世界とは同じ理でできている。絵の世界と現実の世界が自由に行き来できてしまう。

 森羅万象=宇宙 我々の属しているこの世界というのはどこをとっても同じ理でできている。統計学のサンプリングのように私の一部をとっても遥かかなたの星の一部をとっても同じ理でできている。そうでなければ世界は成り立たないことになる。理論上、私を構成しているものと、宇宙を構成しているものとは同じ理でできているはずだ。だからどんな宇宙の片隅でも私の知っている遠近法も時間軸や空間の把握の方法も同じなんだな。

 いや、実はこの同じ理が通用する世界というのは実はすごく近視眼的な宇宙であって、我々が見ることができる宇宙だけの話だ。もっとマイクロな目を持てば我々の理以外の宇宙が存在する。この話はこれだけでもっと膨れてしまうのでここまでにしておくが、宇宙というのもある意味閉じられた世界であるので結界はあるきがする。それも含めて同じ世界に属するという事だな。

 話が広がりすぎたので元に戻そう。

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ブログ - 2020.04.25(裸婦クロッキー)

はる 6933
 
2016年4月24日 ·のクロッキー


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ブログ - 2020.04.24(ブログ)
はる 6932
 山口画廊さんの画廊通信 転載です。

画廊通信 Vol.203            無為の作為

 春爛漫、穏やかな晴天が続く時節なのに、ぱったりと

客足は途絶えたまま、画廊はいつにも増して深閑の様相

である。ここの店主は前回の同欄で「それでも暗澹とし

た世情など物ともせず、敢えて遠方より足を運んでくれ

る勇者もおられるのだから、そのような真のヴォワイヤ

ン=見者のためにこそ、画廊は開け続けねばならない」

なんてうそぶいていたが、実はそんな高邁な大義など持

ち合わせちゃいないのだ。画廊を閉めてしまったら立ち

所に潰れる、本音はそんなところだろう。ただでさえ、

そう頻繁に来客が有る訳ではないのだから、閉めたらど

うなるかぐらいは子供でも分かる。あまつさえ、非常事

態宣言が発令されて以降、こうして店を開けている事自

体が、社会悪とも取られかねない風潮である。事実、都

内の画廊は概ね休業状態にあるし、近隣のギャラリーも

当面の休廊となった。それでも店主、予定通りに個展を

決行し、しぶとく開け続ける所存のようだ、自滅に到ら

ない限りは。それで良いのかと云う自問も有る。現況を

考えれば利己的な行為ではないか、この非常時にあって

は他店に見習うべきではないかと。店主は「その通り」

と答える。そして利他的な画廊を思う。地域貢献、新人

支援、文化啓蒙、そんな麗しい利他を謳うギャラリーは

幾らも在った。近況はとんと知らないが、もし現在もな

お活動中だとしたら、この度は真っ先に休業を宣言して

いるに違いない、尊い自己犠牲の証しとして。但し皮肉

な事に、そう云った善意のギャラリーに限って長くは続

かないものだし、もしや続いたにしても、その活動は概

して道楽の域を出ない。世のため人のためは大いに結構

だが、そんな大層な道義など持ち出さずとも、画廊を開

け続けると云う一見利己的な行為が、或る苦難を生きる

人には光を灯す事だって有り得る、そもそも芸術とは、

自らに光明を宿すものだから。所詮、何が利己であり、

何が利他であるのかは、神のみぞ知る所のものならば、

画廊は画廊としての為すべき仕事を、平生の如くに全う

するのみだ。そんな訳でこの男、先に「その通り」と首

肯しつつも、金輪際店を閉めるつもりは無いらしい。さ

て、くだくだしい弁明はその位にして、いい加減本題に

入らなければと、店主そろそろ焦り始めた模様である。



 と、ここまで書いたものの、元々容量の乏しい所から

絞り出すもので、脳中に何も無くなってしまい、肝心の

本題を何にしようかと、思いあぐねている始末である。

上記のような自己正当化なら幾らでも出て来るのだが、

美術や芸術と云った難題になると俄に何も出て来なくな

り、鬱々と思い惑うのはいつもの事だ。さて困った、何

か端緒がないものかと、諸所をあれこれ漁っていたら、

ちょうど榎並さんのブログに、右図の新作が掲載されて

いた。それに関してのコメントが面白かったので、早速

ここに抜粋してみたい。以下は4月18日の手記から。



 こういう絵なら、幾らでも描けそうに思うでしょう?

 何のテクニックも思想もない気がするでしょう。確か

 に何もないのです。でも実は、そう見えるまでには相

 当な訓練を要するのです。何もないようにあっけらか

 んと描けたら、きっと最高のものが出来るでしょう。



 一見して、極めてシンプルな作画である。樹木と建物

(教会だろうか)、そして底辺の大地と背景の青、それ

だけの限られたエレメントが、0号(約18×14cm)と

云う小さな画面一杯に、何の飾り気もなく伸び伸びと描

かれている。確かにこの絵を、もし絵画にあまり関心の

ない人が見たとしたら、ご本人のおっしゃる通り「幾ら

でも描けそうに思う」のかも知れない。或いは、自身も

絵を描くような人の中にも、この作品を前に「何のテク

ニックも思想もないのでは……」と感じる御仁だって、

居ないとも限らない。しかし乍ら「幾らでも描けそうに

思う」事と「幾らでも描けそうに描く」事とは大きく異

なるし、同様に「何のテクニックもない気がする」事と

「何のテクニックもないように描く」事とは、やはりそ

の間に大きな差異が有る、言うまでもない事だけれど。



「オリーブの樹」と題されたこの作品には、幾つかの顕

著な特徴が見られる。まずはフォルムの大胆な捉え方。

樹木・教会と云うモチーフを、或るフォルムへと異化す

る過程において、樹木は太い幹のシルエットだけに抽象

化され、教会も同様に最小限の形態に凝縮されている。

この極めてシンプルなフォルムが有って初めて、両者は

小さな画面の中に映えるのだろう。そして、モチーフの

配置による距離感の現出。実際に樹木と教会のどちらが

大きいかは、ここでは問われない。ただ、樹幹を見上げ

るように大きく描き、対照的に教会を小さくその陰に置

く事によって、両者の間に確かな距離が生まれる。それ

は画面の奥行きとなって、見る者の視点をその背後の空

にまで、ごく自然にいざなうだろう。もう一点、これぞ

正に榎並さんならではの作画と言えるのが、画面右下の

断ち落としである。通常は、右辺に接するまで伸ばす筈

の地面を、何故か背景の青を一部引き下げて、その端を

断ち切っているのだ。思うにこの絵は、地面を断ち切る

事なく、型通り下辺一杯に描いたとしても、安定した風

景として成立する筈である。おそらく榎並さんは、この

「安定」こそを嫌ったのだと思う。地面の右端、つまり

は教会の右下を断ち切る事によって、安定していた構図

が微妙に揺らぎ、構造計算に狂いが生じる、しかし、そ

れ故に或る「動き」が喚起され、それまでは静止してい

た樹木にも教会にも、しなやかな生気が漲るのである。

更に言えば、背景の青もまた断ち切られ、右辺はイエロ

ーオーカーの下地が縦長に露出して、コラージュされた

布地のテクスチャーも、そのままに曝け出されている。

これによって絵画は、一種荒削りの即興性を帯びるだろ

う。こうしてこの絵は「幾らでも描けそうに思う」よう

に描かれた「何のテクニックもない気がする」作品とし

て完成するのである。ちなみに、以上の美術的策略が実

際の制作現場において、どこまで作家の意識上で為され

たのかは知らない。きっとご本人に訊ねたら、そんな事

考えもしなかったよ、と言われるかも知れない。しかし

それで良いのだ。画家は、その多くを意識下で為すもの

だし、そこは自らの思考さえ及ばない領域なのだから。

 無為に見せると云う事、つまり作為を見せないと云う

ある種「高度な」手法について、マティスはこのように

語っている。以下は「マティス・画家のノート」から。



 私の絵や素描を、表面的にざっと見渡した時、いかに

 も楽々とやっているという印象を受けるでしょうが、

 それを若い画家達はどう解釈するでしょうか。私はい

 つも、自分の努力を包み隠そうと努めて来ました。そ

 してそれが労力を要した事など、誰にも絶対に感づか

 れないような春の軽やかさと陽気さを、私の作品が備

 える事を願って来ました。そこで若い人達が私の作品

 の中に、見かけの自由自在さと無造作なデッサンだけ

 しか見ないで、それを口実に必要な努力を怠るのでは

 ないかと危惧する訳です。努力とは、誰にでも必要と

 される準備作業の事ですが、この時間のかかる辛い仕

 事は制作に不可欠のものです。実際、もし庭園が適切

 な時期に耕されなければ、やがて役に立たなくなるで

 しょう。まずは開花への準備として、自分の土地を耕

 すべきではないでしょうか。芸術家は、土を鋤き起こ

 し土に戻る必要性を、常に忘れてはならないのです。



 これは、或る展覧会に際して書かれた手紙で、たぶん

陸続と訪れるだろう若い画家達への、教示・警告と云う

内容になっている。ここでマティスの言っている事は、

先述した榎並さんの言葉を、より詳しく解説したものと

言っても過言ではない。要するに、両者はほぼ同じ言明

をしているのである。私事になるが、マティスと云う芸

術家の良さを、私は長い間分からず仕舞いで居た。それ

が最近、前頁に引いた「画家のノート」を読むに当たっ

て、ヴァンスのロザリオ礼拝堂についての手記が有った

ので、ウェブ上の資料を色々と渉猟してみたところ、そ

の驚くような斬新性を垣間見て、今頃になって開眼した

と云う次第だ。そして芸術における革命とは、急進的な

破壊や声高な煽動によらずとも、極めて平明にして柔ら

かな静穏の中でも成され得る事を、改めて思い知らされ

た気がしたのである。そんな訳でマティスの礼拝堂は、

私の「死ぬまでに本物を見たい作品リスト」に加わる事

になった。ヴァンス礼拝は、いつの日か叶うだろうか。



 失礼、そんな戯言はどうでもいいとして、前文で自ら

「土地の鋤き起こし」に喩えていた準備作業とは、つま

りは「素描」の事なのだが、一見如何にも無造作な一本

の線を引くために、マティスは呆れるほどの時間を、素

描による彫琢に費やしたらしい。引用した同じ手紙の中

で「素描による鍛錬は絶対に必要なものです。もし素描

が精神から生ずるものであり、色彩が感覚的な領域のも

のだとするなら、精神を磨くために、また精神の小道を

通して色彩を導き得るために、まずは素描をやるべきで

す」と続けているところを見ると、マティスにとって素

描とは、正に制作の根底を成す行為だったと思われる。

そして榎並さんもまた、素描を欠かさない画家である。

定期的な裸婦デッサンの訓練を、長年に亘って飽かず続

けて来られた事は、ブログを見る方なら誰もが知るもの

だろう。但し、榎並さんの場合はマティスと違って、デ

ッサンが直接タブローへと発展する訳ではない。それは

あくまで、自身のための鍛錬なのである。よって素描が

作品の下図となり、そのまま完成作へと繋がるような事

はないのだが、然り乍ら積年の素描によって培われた、

今や本能的とも言えるだろう単純化は、やはりマティス

と同様に、タブロー制作においての原動力となっている

に違いない。先述した手記の「何もないようにあっけら

かんと描けたら」と云う画家の言葉は、そのような長き

に亘るフォルムとの格闘の果てに有るだろう、目指すべ

き到達点を意味するのだと思う。その地点とは、即ちご

本人言う所の「何のテクニックも思想もない気がする」

絵画に他ならない。気が付くとここまで、私は「テクニ

ック」についてのみを論じて来て、もう一つの主題であ

った「思想」については、触れて来なかった。しかし純

粋視覚芸術における「思想」の無意味は、これまでも折

に触れて記して来た事なので、ここでは繰り返さない。

ただ、その問題に関しても、マティスが正鵠を射る発言

を残しているので、以下は補足まで。──絵をやりたい

んだって? ならば何よりもまず、自分の舌を切り落と

さないといけない。そう決心したからには、絵筆以外の

手段で表現する権利を、君は失ってしまったのだから。



 その昔、邯鄲の紀昌は弓の名人を志し、想像を絶する

修行の末に、天下の名人となって帰郷する。ただ、待て

ども弓を手にしない。所以を聞かれて曰く「至高の弓は

射る事なし」、人はこれぞ真の名人と賛嘆し、やがて不

射の奥義は伝説と化す。以降生涯弓を射る事のなかった

名人は、晩年或る折に弓矢を見て、その名前と用途を人

に訪ねたと言う。弓を忘れていたのである。──ご存知

「名人伝」の顛末。この故事に倣えば、我が榎並さんも

また、技術や思想と云う狭い地平からは清々と離れ、遂

には絵筆を忘れ去る事を、夢見ているのかも知れない。



                    (20.04.23)

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ブログ - 2020.04.23(写真)

はる 6931
 川の土手に菜の花が満開。

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ブログ - 2020.04.22(作品)

haru
6930
花とロバ」F3部分 混成技法
パネル 綿布 麻布 壁土 アクリル パステル 墨 ボールペン 塗料 木炭 ボンドなど
山口画廊で展示予定
またまた政治の話だけれど、日本の政治家は昔ながらの親分子分の関係なんだな。猿山のボスみたいなもので、この長老政治が今は世界から遅れまくって笑いものになっている。仕事しながら国会中継など聞いていると野党の質問にまるで頓珍漢な回答しか答えられないそんな大臣が国のトップだよ。これじゃこの非常時に対応できないはずだ。長老政治の悪いところは大臣などの冠は仕事ができるとかできない、専門的な知識があるとかないとかではなく、上の方に忖度できるか、今までの功労があったかどうかで決まる。だからまるでITなど何も知らない大臣がIT担当大臣になったりするのだ。100年は遅れている。笑い話だ。このままでは日本は終わるね。

 世界を見ると若い国のトップがさっそうと大胆な政策を打ち出している。韓国や台湾がいち早くこの難局をやり過ごしたのもそういった若い力だ。日本は政治をもっとダイレクトに民衆の声を聴けるシステムにしないと国は沈む。

 あきれ返って顎が外れる。

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- 2020.04.21(未分類)
無題3
はる 6929
 何だか末期だな。安倍さんが突然全国民に一世帯2枚ずつマスクを配るなどという前代未聞の施しをするという。実際にもう届きだした。これが本当かどうか、聞く耳を疑ったのだが、実にこれが本当だったようだ。この親父は何をとチクるっているのか。王様や貴族が有り余ったお金で施しをしている、ありがたくおもえってな感じだろうか。それにしてもまわりの誰もそれはおかしいと止めなかったのが不思議。いよいよ日本の政治機構は終わりを迎えている。これが他人ごとなら笑って済ませるが、我が国の事となると笑ってもいられない。

 では一体なぜマスクなのか、と探っているとこんな記事がでてきた。ミャンマーに5000万枚マスクを発注したしたそうだ。だから衛生など二の次でとにかく枚数を生産しろってことで規格外の汚れたもの、異物の混入したものなどが出回ってくる。それも問題だが、もっと問題はそこの利権に財務大臣のアホウが絡んでいることだ。たぶんそこにはただではない利権が発生してリベートをもらっているのだな。只ではないだろう。

 もう一つは郵便だな。れいのカンポ生命で味噌をつけた日本郵便がどうしても欲しかったお金じゃないかなな。ここでも天下り族の利権のにおいがプンプンとする。なんだかんだで利権だらけのアヘ、アホウ、スカの政権だな。もう嫌になった。

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ブログ - 2020.04.20(作品)

はる 6928
 ずっと家にいる。まぁ大体が普通の人と比べると家にいることがおおのだけれど、それでもなんだかんで結構家を出ることが多いのだなと気が付いた。こうやって食料を買い込んで家で三食食って寝るという生活はあまりない。

 私のような家職の人間でもそうなんだから、普通のサラリーマンがずっと家にいるとさぞかし煙たがられるだろ。あらためて夫婦仲が悪くなったとネットなどでは見るな。そりゃ不幸だ。おとーさん可哀そうだ。

 それにしてもこのなんだか不規則な生活は終わりが来るのかい。明けない夜明けはないといけど、そういった不安が一番こたえるのだな。

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ブログ - 2020.04.19(作品)

はる 6927
 聖月夜」 B5サイズ ドローイング 混成技法
 画用紙 アクリル 墨 ボールペンなど
 新報原稿
 コロナ騒ぎに思う。
「一夜明けたら戦争だった」先の大戦前夜のことは当時の生き残りがも少なくなって、文献や残された映像で知るしかないのだが、戦争というのは案外今みたいな感じで何の予備知識も準備も関係なくやってくるのかもしれないな。そしてごく普通の市井の人々を巻き込んでゆく。

 まさに今回のコロナウィルス騒ぎは目に見えない敵と戦う、人類対病原菌の世界戦争ともいえる。人類が今まで築き上げてきた高度な経済というシステムも医療システムも輸送システムも飲食や娯楽すべてが動かなくなってしまった。グローバルで無国境で動き回るという事で成り立っていた今のすべてのシステムが、壮大な戦闘機や重火器や化学兵器や核兵器でもない、原始的な哺乳類が潜在的に持っているウィルスによって破壊されるというのは、何かの暗示である気がする。

 人類の歴史は感染症との闘いだった。ペストやスペイン風邪、コレラなどなど大規模な感染爆発が約百年ごとに人類を襲う。それこそ人類滅亡の危機にあったのだ。そういった歴史をいつの間にか忘れてしまって、今さえよければ、自分さえよければ、お金さえ儲かればとやってきたことのしっぺ返しが今頃やってきたようにも思われる。

 ありとあらゆる機会でありとあらゆる物を使って傲慢にもこの地球を破壊しつくしてきた人類への警告のようなきもする。ここでいったん今までの来し方を振り返ってみろよということかもしれん。

 禍福はあざなえる縄のごとし。悪いことばかりではないな。自宅にひきこもざるを得ないようになって、健康へのありがたさ、何気ない日々の生活がいかに掛け替えのないものなのか、改めて知ることができたように思う。この騒ぎが無事終了したら次の世界は全く新しい価値観で構築された世界になるだろうという予感がする。そう、今こそ人類が連帯して新しい世界を構築するきっかけになればと思う。


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ブログ - 2020.04.18(作品)

はる 6926
2020「オリーブの樹」F0 部分 混成技法
パネル 綿布 麻布 壁土 アクリル パステル 墨 ボールペン 塗料 木炭 ボールペンなど
山口画廊で展示予定
 こういう絵ならいくらでも描けそうに思うでしょう?何の技術もテクニックも思想もない気がするでしょう。実は何もないのです。いや何もないようにまで、相当な訓練を要するのです。何もないようにあっけらかんと描けたら最高のもができるでしょう。ここが禅問答のようで難しい。技術を見せる絵が多いけどね。まぁそういった技術もないのだけれど、そこそこ努力はした。けれどもって生まれた才能には勝てない。本当に神業のように上手い人がいる。生まれ持って頭がいい人っているのと同じように芸に秀でている人というのがいる。どう逆立ちしてもラファエロやダビンチにはなれんのです。

 そうなると自分の絵を描くしかない。また迷路に入り込むのです。

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ブログ - 2020.04.17(裸婦クロッキー)

はる 6925

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ブログ - 2020.04.16(裸婦クロッキー)

はる 6924
防疫と防衛は同じことなのではないか。そう考えるとこの国の防衛は民を守らないことが明らかになった。敵に対してすべてが後手後手で、対処療法てきな手しか打つことが出来ない国のシステムそのものがすでに破綻している。衛費をいくら積み上げても使い方も知らないトップが精神論だけでこの国が守れるはずもない。
 植草一秀の『知られざる真実』より
 モンハン事件、太平洋戦争におけるミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ沖海戦、沖縄戦などが分析の素材として取り上げられた。
インパール作戦では9万人以上の兵力が投入され、7万2000人が死亡。
その大半が戦病死であったとされる。
熱帯雨林の過酷な環境下で前線の兵士は兵站も補給されずに、虫けら同然に殺害された。
殺害したのは無能な上層部である。

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ブログ - 2020.04.15(写真)

はる 6923
 こういう風景が好きなんだ。ほぼジャングル状態。近所は迷惑だろうな。日本は放っておけばどこでもこういう状態になる。住宅地はコンクリートやアスファルトで敷き詰めて雑草が生えないようにする。大きな樹落ち葉がすぐに樋を詰まらせる。湿気を含んで夏場は蚊の巣窟となる。でもしかし、なぜかしっくりとする。

 オラウータンは現地の言葉で「森にすむ人」という意味らしい。人は何かと集めて密集した場所に住む動物なんだ。断捨離してあっけらかんとした空間はモデル住宅のようで落ち着かない。

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ブログ - 2020.04.14(写真)

はる 6922
 家に居ろということで、ほとんど外食はせず家で三食食っている。まぁこんな日々もなかなかいい。いつまで持つかわからんけどね。
 

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ブログ - 2020.04.13(作品)

はる 6921
 2019「同行二人」S100部分 混成技法
 昨年の国画会展に出品した作品ですが、もともとは四国のお遍路さんの話で、どんなつらい時にも弘法大師が付いていますよという話ですが、信仰を持たない私にはピンとこないところありますね。ただ、独りぼっちになった時に一緒にいてくれる人がいるとかんがえると勇気つけられる気がします。

 ピンチになった時に、芸術は何も役にたたないじゃないか、人が生き死にを云々しているときに呑気に絵ばかり描いていてもなぁという話もいっけん説得力があります。でもそれはまだ、地獄を見ていない人の感想ではないかな。考えてみてください人類の何千年の歴史を、絵画に彫刻にしろ建築や文学や演劇、残っている物はすべて形を変えた「いのりのかたち」のようにおもいます。

 とことん追い詰められた時、絶体絶命、そんなときに心のよりどころになるのは人類が作ってきたこういった「いのりのかたち」ではないかな。

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ブログ - 2020.04.12(写真)

はる 6920
 まず使いところで言えば、学校の始業が伸びた。この調子でいけば連休明けまで開校できないかもしれないな。来週の日曜日にあるクロッキー会が会場をかせないということで中止、来月もダメということになった。私の教えているTAOも公民館が使えないのでこれも中止。6月までダメみたい。会場借りるのは二か月前だからもっとのびるかもしれん。

 大きなところでは国画会が中止。展覧会そのものがなくなった。こんなことは38年やってきてはじめてのことだ。展覧会が中止になったのは終戦の年以来ということだから、これはも戦争と同じだな。おなじく山梨の美術協会展も中止、デッサン会も美術館が借りれないという事で中止。今のところほとんど何もかも私の関係している行事そのものがすべてなくなった。

 毎日家にいる。家にいることは好きなので苦痛ではないし、かえってその方が仕事がはかどる。家職の強みだな。もともとオタクだからこれはいい。いいけれどお金が全く入らない。いつまでもこれでは干乾しになるだろう。

 私だけではない。もちろん。一つの行事が中止になればそれに関わっている多くの仕事もなくなる。例えば国画会の展覧会がなくなれば、それを運ぶ運送屋さんの仕事がなくなる。カタログを作る印刷業の仕事がなくなる。はがきを作る「業者の仕事がなくなる。美術館の食堂の仕事がなくなる。もっとたくさんの人がそれに関係して飯を食っている。それが全てなくなる。これは実に大変なことだ。

 たかが展覧会が一つ無くなっただけで、それによって生活していた人が路頭に迷うことになる。簡単に自粛せよというけれど、ことはそれほど簡単なことではない。

 またこれが無事明けたら、待った凄い不況の嵐がやってくるだろう。世界的な。そのことがまたおそろしい。

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ブログ - 2020.04.11(作品)

はる 6919
 「小さな来客」F6

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ブログ - 2020.04.10(写真)

はる 6918
 ちょっとコロナで疲れて、身だしなみまで手が回りません。

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ブログ - 2020.04.09(写真)

はる 6917
 明日たんじょうびです。こんな翁の写真はどうですか。

 少し最近のことをまとめたくなった。書きながら考えてみます。
 日本の政治というのは諸外国と100年は遅れているのではないか。今更なんですが、昨今のモリカケ、さくら、クロカワ、コロナの対応を見ているととても近代民主ぎ国家だとはとても思えない。平気で嘘つくし、隠すし、改竄はするめちゃくちゃだ。どこの国だってこんなめちゃくちゃをやって平気で国の代表ですという政府を見たことがない。恥ずかしくて仕方ない。元はといえば自分たちが選んだというのか、そんなふうに選挙制度を変えられたというべきなのかな。いずれにしろ責任は我々にもある。

 一番おかしいのは全く頓珍漢な発言しかできない大臣という国の代表だ。彼らは長年の政党への協力と忖度によってご褒美として大臣という冠をもらっている。誇りこそもっているが、自分が選ばれたことに何の疑問も持っていない。こういった恩賞政治は昔の幕藩体制の名残りではなかろうか、自分や身内に功労のあったものに恩賞を与える。それに何の疑問ももたないわけだ。今の内閣は幕藩体制、安倍幕府なんだな。安倍一族に功労のあったものは利益をもたらすのは当然と思っている。反対に反する者には罰を与える。

 こういう恩賞懲罰政治は波風の立たない平和な世の中であればそれなりに機能するのだろうけれど、今回のような非常事態にはまったく機能不全に陥る。大体何も理解できていない人物がトップにいるのだから、下の方は右往左往する。

 う~~~こんなことを描きたかったわけではない。上手く書けない。また明日考える。

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ブログ - 2020.04.08(写真)

はる 6916
 マスク2枚配るのは浅知恵だ。あるもので何とか工夫して生きて行くこれが本当の知恵だね(プリコラージュ)。コロナ以後はそういった価値観で生きる人が多くなる気がするな。グローバル化で失ったものは人間のこういった工夫して生きる力だ。何でも買えばいい。安ければいいというわけじゃないだろう。生きるという事はそういうことだ。




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ブログ - 2020.04.07(写真)

はる 6915
 今夜はスーパームーン。非常事態宣言の夜に。

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ブログ - 2020.04.06(写真)

はる 6914
 憂鬱になるような話ばかりでね。いやになるなぁ。緊急事態宣言がでるとどうなるのか、よくわからん。日本は平和になれすぎてしまっているから、こういったことには慣れていない。なれないくらい平和だった。ボケるぐらい平和だったといってもいいか。まぁ平和という事はそういうことかもしれんな。

 欧米諸国というのは割と有事に慣れているかんじがするな。米国などずっと戦争してきたから、こういった有事に強い。フランスやイギリスなどもさっさと非常事態宣言で町を封鎖したりする。国境を他国と陸つながりで接している国というのはいつも臨戦態勢なんだな。韓国や台湾などもアジアの国の中ではいつでも有事に戦えるように用意している。だから今回もてきぱきと対処できた。

 それに比べるのはおこがましいけれど、日本の内閣は児童会レベルだな。腐敗が進んで、如何にお偉方に媚を売るか、正義より権力にすり寄った方が出世する。いい生活ができる。ご褒美に出世というポジションを与えることで成り立っているようなどうしようもない内閣だから、こういった有事には何もできないというのか、誰もリーダーになれないし誰も信頼できない。悲しいほどお粗末だ。大臣などご褒美でしかない。無能のオンパレードだ。

 戦前なら死刑になってもいいような人間が首相だからな。

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ブログ - 2020.04.06(作品)

はる 6913
 私が体験した大きな災害は淡路神戸の大震災や東日本大震災それとそれによる原発の爆発があるけれど、今回のコロナ騒ぎは今まで経験したことのない大きな災害になるのではと危惧する。震災などの災害は割と物理的に破壊されてダメージが視覚的に見ることができる。まぁ原発の放射能はみえないけれどね。実際の計測が出来て逃げることができる。だけれどもウィルスというのは見えない。見えないから避けようがない、逃げようがない。じわじわと周りが倒れて行くそんなイメージがあってより恐ろしい。

 戦争なんかでも、実際に爆撃されて吹っ飛んだ、破壊された、直接弾が当たったというのも悲惨だけれど、それ以上に追い詰められて難民になったり病気になったりすることの方がなんだか怖いきがする。

 たぶん今週あたりにもっと規制のかかった事態になるきがするな。戦時下だ。

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ブログ - 2020.04.03(作品)

はる 6911
 車のタイヤ交換に出かける。昔は自分ですべてやっていたけれど、だんだんきつくなってきて今はなじみの修理やさんにやってもらっている。ここは冬タイヤもあずかってもらえるので非常にありがたい。重いタイヤを持ち運ぶ手間が省ける。ジャッキアップも大変だしな。

 この修理やさんとも30年以上の付き合いになる。一番最初に中古のスバルサンバーを手に入れたのもここだった。初代の親父さんが引退して今は二代目になった。

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今日のアトリエ - 2020.04.02(ブログ)

はる 6910
 ご覧のパレットは百均のプラスチックの書類いれです。これが案外便利だな。私の絵の具は基本的にはアクリル絵の具なんですが、ところどころ壁土なども入ってきます。接着剤としてボンドも使うし、アクリルのメジュウムも使います。色んなものが。混然と一体となって絵の具のようなものになっています。途中絵の具が残りますがこの書類いれは蓋が付いているので、そのまま蓋を閉じれば一日や二日絵の具が固まることがないので便利です。二三日描かないときはラップをかけておくと一週間はもつでしょう。そして固まってしまったアクリル絵の具は厄介なんですが、このパレットの場合アクリルが簡単に剥離してくれます。これもまた便利。そしていよいよダメになればそのまま瓦礫で捨ててしまってもおしくはありませんね。

 筆は生徒の残していった残留物だし、刷毛はホームセンターで売っていた工作用の使い捨ての刷毛だ。どのみち使っている内にボロボロになる。高価な筆を使って高級な絵が描けるわけではない。いつの間にか本当にいつの間にか、特別なものを使わなくなった。反対に今までは絵を描く材料でなかったものを使う事の方が多くなった。こういうのはどこから来たんだろう。

 あるものを何とか工夫して絵を描く、そうだな絵を描くことだけではないな。考えてみると、こう生きて行く方法もそんなところがあるな。絵描きなどという仕事は、創意工夫でやってゆくしかない。どこかに「絵描きのなり方」などというハウツーものがあるわけじゃないからな。一人一人が自分で工夫して、考え考えやってゆくしかない。そんなところも私の場合絵を描くことと似ている。絵を描くことが仕事として分けられているのではなく、自分の生き方とほとんど不可分になっているという事かな。そうなって初めて絵描きという生活が成ったということかもな。

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ブログ - 2020.04.01(作品)

はる 6909
 何だか現実離れして映画でも見ているようだけれど、実際はひたひたと危機が迫っているのかもしれない。人類存亡の危機などというとあまりにもセンセーショナルで現実的ではないのかもしれないけれどね。あとから考えると実はあの時が時代の曲がり角だったということがあるかもしれん。その時の流れの中で生きている我々には全く様子がみえないものだ。

 こういう危機の様子を客観的にみてみると、世界の中で人民の革命によって民主主義を勝ち取ってきた国というのは対処の仕方がまるで違う。国を守るという立場に立つか、人を守るという立場に立つかその様子がよく透けて見える。普段は同じように見える国でもね。明らかに違うな。動きがスムースだし、首尾一貫してちゃんと説明する。胡麻化さない。誠意がある。

 それに比べて何と我が国の情けない事か。首尾一貫して国の側に立っている。ごまかす、隠す、誠意がない。

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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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