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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

今日のアトリエ - 2019.12.03(ポケットの窓から)






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ポケットの窓 - 2019.12.02(ポケットの窓から)



はる 6787
 こうやって並べると人目にさらしていい作品というのは生涯30点ぐらいしか描けないのじゃないかとおもう。作品ナンバーは今のところ2300代だけれどこれは商品も含めた作品ナンバーだからな。大きい作品はそんなに多くはない。最近は年に二作描くかどうかだものな。それも公募展があるから仕方なしに描いているわけで、動機が不純だな。

 大きい作品はそれなりに面白いのだけれど、そう昔のようにこいつで賞取って成り上がってやろうというハングリーさがない。したたかさがない。その分絵が充足してしまって面白くないのだな。人間というのは情けないものだ。

 ここら辺の作品は下世話だけれど向かってゆく力がある。若いというだけではないね。もうこれほどのエネルギーがない。下から湧いてくるような情熱がない。まぁ作品の終活に入っているようじゃだめだな。

 まぁ慰めは力が抜けて脱力系の作品になった。そんなところか。


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廃棄 - 2019.12.01(ポケットの窓から)


はる 6786
 かなりの量のキャンバスを裁断した。いつまでも持っているというわけにはいかない。それもあるし、ほとんどの作品は作品にもなっていない習作だな。例えば私の代表作である「平均律」に至るまでかなりの量の習作がある。一気に平均律まで到達したわけではない。氷山の一角というけれど、見えている部分というのは私の作品のほんの一部でしかない。それが見たいという人もいるかもしれないが、作家にとってはそこは見せたくはない領域なんだな。

 90年代というのはバブル期ということもあるけれど、世の中がかなり浮かれていた。色んな所で冠のついたコンクールが雨後の筍のように開催されていた。それに合わせるように作家たちも争ってコンクールの出品していた。Aの作品をどこそこに出品したならそれに似たA´を並べて描いた。そうしないと間に合わない。それゆえに似たような内容のない作品が大量生産されるわけだ。今から考えると、ただ単にバブルに踊らされていたにすぎないようだな。その時には見えない。

 まぁそれでもよかったところもある。かなりの量の作品を短期間に描くことができる技術を身につけたということか。絵を描くことを生業にする最低限の条件は多くの作品を描くことができることだと思うな。むろんそれだけではないけれど、アイデァにしてもできるだけたくさん汲みださねば、新しいものも出て来やしない。

 さて、ここ何十年の懸案事項であった倉庫の整理もかなりすすんだ。廃棄するもの、取っておくもの、そして寄贈するもの。



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