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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

Amazonで買い物 - 2019.10.31(日記)
無題
はる 6755
 少しまえにこんな記事をシェアしました。私もAmazonで品物を注文したのですが、Blesiyaというのは実は中国の業者でした。てっきり騙されたと思ってほぼあきらめていたのですが、期日ギリギリの今日品物が届きました。私の場合よかったのですが、Amazonだからといってやみくもに信頼しないほうがいいかもね。   http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/2019/10/24/104023...
 
こんなチェロの弓の部品を注文したのです。地元の楽器屋さんに問い合わせると部品は置いていない。ということだったのでネットで検索したら都合よくあったので業者も改めず急いで注文した。業者の名前がBlesiyaだったので何の疑いもしなかったのだが、10/13に注文してお届け予定日が10/22から10/31までとなっていたので不審に思って調べてみたら、Blesiyaというのは中国の業者だった。それでもし商品が来ないようならAmazonに文句言おうかなと思っていたところ、期日ギリギリの今日届いたというわけだ。中国の業者だったら頼まなかったのだけれど、今回は契約通り着いたのでよかったです。調べると信頼の確立は85%くらいだからまぁ海外の業者ならいいほうなのかもしれませんね。疑ってごめんなさい。


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ポケットの窓 - 2019.10.30(ポケットの窓から)






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今日のアトリエ - 2019.10.29(ポケットの窓から)



はる 6753
 知り合いの娘さんが亡くなった。まだ二十代の若さだ。若い人が亡くなったというだけで泣けてくる。知り合いだから特にそうだ。二十代といえば前途洋々。本当にこれから色んな事があって、もちろんつらいことも、いやなこともあるだろうけれど、生きてさえいればすべてが許される気がする。薄情だけど、我々の年代以上の人間が亡くなってもそれほど悲しくない。若いというだけで悲しくなる。


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今日のアトリエ - 2019.10.28(作品)

はる 6752
 何でもない段差につまずくことが多くなった。たぶんこれが年取ったということなんだろうな。普段暮らしている分にはほとんど
意識することはない老化なんだけれど、ちょっとした動きに対応できなかったりするとやっぱりなと思う。例えば大きな絵を描いていて昔は少々の大きさでも重さでも平気だったのが、とてもじゃないが一人で車に乗せられなかったりすると、やっぱり少し悲しいな。

 だんだんにゆっくりと確実に老化してゆく。体が言うことを聞かなくなる。まぁ絵はどういう状態になった絵も描いてゆけるので、それはそれで幸せなのかもしれないけれどね。今が一番いいのかもな。二十年やりたい。何とか持ってほしいと願う。

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今日のアトリエ - 2019.10.27(ポケットの窓から)






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引用記事 - 2019.10.26(未分類)

はる 6750
 上田さんていう方の記事。引用します。

『上田 欽一

多くの人がこう言います。
「私には絵が描けないから」
絵が描けない人、というのはいなくて、誰でも絵は描けます。でもなぜ自分は絵が描けないと思うか、というと、絵には「正しい絵」と「間違った絵」があって、自分は「間違った絵」しか描けないから、自分には絵が描けない、と思うのです。
だから、絵が描けるようになりたい、と思う人は、「正しい絵」の描き方を教わりに行きます。
しかし、絵に「正しい絵」と「間違った絵」などありません。そこにあるのはただ「自分の絵」です。しかし私たちのたいていは、「自分の絵」の価値を信じられず、「正しい絵」と「間違った絵」という「社会の決めた評価」の方に従います。私たちは自分の価値を自分以外の他人の判断に委ねているのです。私たちはそうするよう、ずっと飼い慣らされてきたので、この事になんらの疑問も抱かない。
障がい者アートの魅力は、彼らが「正しい絵」と「間違った絵」という社会の決めた評価を気にせず、「自分の絵」を描いているところです。もちろん、彼らにも彼らなりの「正しい絵」と「間違った絵」があって、自分にとっての「正しい絵」目指して切磋琢磨しています。でも彼らの「正しい絵」と「間違った絵」は社会の、自分以外の他人が決めたものではなく、自分で決めた価値です。
実はこの、自分なりの「正しい絵」と「間違った絵」の基準を持つことは、単に障がい者だけでなく、絵を描く人すべてが持とうとして努力していることです。人の決めた価値から離れ、自分で自分の価値を決める。この自分なりの価値基準こそが個性であり、自分なりの価値基準を持っていない人の絵は、どんなに技術が高くても、全く退屈なものに過ぎません。
障がい者アートの魅力は、私たちが長い時間をかけて努力して獲得する、真の意味での個性を、直感的にダイレクトに彼らが獲得しているところと言えるでしょう。障がい者は障がい者であるがゆえに、自分なりの表現を形にするには長い時間がかかるとはいえ、彼らが他人の作った評価基準を経ないでそこに至る道筋は、私たちから見れば、ダイレクト、と言えるでしょう。
もちろん、直感的にダイレクトに獲得したものと、長い時間をかけて、意識的に努力して獲得したものでは、その質に違いがあり、どちらの方が素晴らしい、ということではありません。しかし、障がい者アートが発する伸び伸びとした自由な力の魅力は、個性をダイレクトに獲得出来る事から生まれるのではないか、と私は考えます』

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ボッシュの世界 - 2019.10.25(動画)

はる 6749
 昨日いってたボッシュの世界。

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今日のアトリエ - 2019.10.24(ポケットの窓から)


はる 6748
 昔から思っていたことなんだけれど、例えばダリのように豊かなイメージを、見たこともないような奇抜なイメージをその筆先からあふれるように描き連ねる。ボッシュなどもそうだな、新しいところではルドンなどもそうかもしれん。クレーなどもそんなところあるな。あまり色を使わないで、モノクロームのデッサンなどを得意とする。すこし心が病んでいて精神的に病的な作家が多いかもしれん。それでも描くことで作家自身は救われているのかな。見えないものを見えるようにするという意味では絵描きとして本道のようにも思う。シュールリアリズムの作家としよう。

 もう一つはピカソのように、絵の中に絵を見つけるというような。見えないものを描くというより、絵画を造形物として解体したり、組み立てたりして遊ぶというのかな。セザンヌなどもそうだけど、絵画をイメージの再現性みたいなものにこだわらないタイプというのかな。自分の持っている五感すべてを使って表現することに意義を感じるタイプというのかな。どちらかといえば陽気で人生を謳歌するボヘミアンかな。どちらがいいというのではなく、なんとなく絵描きに二通りある気がするな。

 自分はどういったタイプなのか、ということを早めに知っておくことはとても大事だな。


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今日のアトリエ - 2019.10.24(ポケットの窓から)






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今日のアトリエ - 2019.10.22(ポケットの窓から)


はる 6746
 上手くゆかないので潰すかもしれん。あぁ~。



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今日のアトリエ - 2019.10.21(ポケットの窓から)


はる 6745
 私の描き方は見えないものは描けないのだな。作家によっては見えないものをどんどん書ける人がいる。それはうらやましいような才能だな。しかし、いまさらない才能をうらやましがっても始まらない。もう残された時間はそんなにないのだからね。ある能力を再断言に使って作品を書いてゆくしかない。

 自由に線が引けるのはこれもまた誰でもが引けるわけでもない。確かにでたらめに自由気ままに線を引くことはできるがそれも限界がある。面白がれる量というのがきまっている。例えばクロッキーのように対象を見ながらならいくらでも自由な線は引ける。それは見る対象があるからだな。何もない真っ白な画面に自由に線を引いてみろと言われてもこれが引けない。自由というのはものすごく難しいものだということがわかる。子供たちに自由に書いてみろというのと同じだな。規制があるから自由になれるわけで、何もないというのはすごくふ自由だ。

 ある程度何か下地があって、そこから何か形を見つけることはできる。私の描き方はそんなかきかただな。文章も似ているけれど、書くことで出てくる。何もない原稿用紙からは何も生まれない。だから出来るだけ何か下にあるほうがいい。色んなものを下に隠しておくのだ。そうすることで何か形が見え隠れして、わたしの潜在意識のなかから何かが出てくる。それが面白い。そんな書き方しかできない。

 今回のこの角の生えた大きな顔も、四苦八苦しているうちに自然に画面の中から出てきた。こうなってくると最初からここにいたような顔になるから不思議だ。こんなおっさん知らん。でこのおっさんは何をしようとしているのか、画面の中で考えるわけだ。最初は女の人がいたから、聖母子像かなとも思っていた。でもそうすると、画面の中に大きな人物が二人いることになって喧嘩するんだな。メインになる人物は母子像ではない。どちらかといえばこのおっさんが面白い。牧人のようだな。左のところにウシかロバもいるし。ということでだんだん牧神に傾いてきた。私の中では牧神というのは何回か出てきている。今のところこんなところかな。



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今日のアトリエ - 2019.10.19(ポケットの窓から)



はる 6743
 山梨新報来週の原稿

イタリア旅行記3 
イタリア旅行記も今回で終わりにします。夏の疲れは秋口の今頃に出てくるようですね。旅行から帰ってくると、日常的な雑事が怒涛のごとく襲ってきて、暇人なりの忙しさが戻ってきた。本当にリラックス、リクリエイトするには旅はまたとないチャンスだったようです。

 今日はイタリア人全般の生き方について。思いついたことを書きます。それは違うよ、と思っても聞き流してください。さて、イタリアにはコンビニがない。どんな田舎町でもコンビニが一軒あればそれですべてのことが事足りてしまう。便利なようでいて、実際の話多くの個人商店がやって行けなくなって困っている。どこの町でもメインストリートはゴーストタウンのようになってしまった。便利は不便を駆逐する。自然の摂理でいけばその通りなんだろうな。そうやって町が町として機能してゆかなくなったのが今の私たちの現状だ。

 何をいまさら青臭いことをと思うかもしれないが、大多数が良しとしたもの、便利であるもの、儲かるものがすべてに優先する社会というのは世知辛。昔はもっと貧乏ではあったけれど、人間そのものがもう少し余裕があったように思うなぁ。野菜は八百屋、魚は魚屋、乾物屋に荒物屋に味噌屋に煙草屋。自動販売機さえない。市場では店主との掛け合い、話ができなきゃ何も買えない。

 街並みも人もほとんど20年前とほとんど変わらなかった。たぶん何百年もかわらないだろう。変わらない事は変わることよりむつかしい。町のあちこちで修復がなされている。たとえ石造りの建物にしても放っておけば、やがて崩壊してゆく。自然なままに見えて実は見えないところで努力しているのだな。

 その根底にあるものは「いいものはいつまでたってもいい」という自国の文化への愛着と自信と誇りなんだろうな。老いも若きも生まれ育った町で、同じ広場や公園でおしゃべりして共有の時間を過ごす。子供たちはお年寄りに自分たちの将来を見る。そう考えるは、ちょっとひいきしすぎだろうか。

 町は人がいてそこで生活し、学校や広場、公共の病院や美術館があり人々が集まる商店街や市場があってカフェやバーがある。それらが有機的にバランスよく配置されて子供も若者も年寄りも男も女も、健常者も障碍者も分け隔てなく楽しく暮らしてゆけるのが理想だな。スクラップアンドビルドを繰り返して、十年たったら町が全く変わってしまったというような、大きな理想のない街づくりは、長い目で見ればとんでもなく無駄で理想や哲学がないように思う。

 自を客観的にながめられるのは旅人の特権だな。文字通りロングバケーション、いい旅をした。人生もここらで再出発だな。行けるところまで・・。


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今日のアトリエ - 2019.10.17(ポケットの窓から)



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はる 6741
(画像は山梨日日新聞より)
先日の台風で甲府は比較的被害は少なかったが、いつものように陸の孤島となってしまった。中央線・中央道が使えないので、東名に迂回して新宿までの路線です。現場で先着順だそうですよ。詳しくは山交7の営業所におたずねください。
甲府 新宿間のバス時刻表



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今日のアトリエ - 2019.10.16(作品)

はる 6740
「はるか」SM部分
 かなり寒くなってきた。

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ドレミ - 2019.10.15(ポケットの窓から)


はる 6739
 パソコンを新しくした。前のパソは古い中古のパソコンを買って中身をほとんど昔から使っていたソフトを入れたものだ。マイクロソフトのオフィスはたぶん2000ではなかろうか。ホームページビルダーも買取でパテント料金を払うものではなかった。住所録は仕方ないので新しく買ったけれど、ほとんどが昔のソフトでも動いた。しかし、新しいテンになって昔のソフトは一切使えなくなった。フォトショップは毎年パテント料金を3万近く払うらしい。ということで無料の画像編集ソフトgimpを使うことにした。これなかなかいいな。フォトショップでできることはほとんどできるみたいだ。

 新しいパソは立ち上がりがすばやい。今までのパソが遅すぎたのだけど。本当に立ち上がりに10分くらいかかっていた。メモリーが2gしかなかったからね。無理もない。今度のは8gあるから余裕だ。

 しかし、難点もある。 設定がなかなかの難物で、もはやこれは一般の人が購入してすぐに使える家電の範疇をはるかに超えてしまっている。この一週間もちろん個展の準備をしながら、ネットで検索しながらほぼこれにかかりっきりになってしまった。皆さんはこれをどうやって立ち上げたのでしょう。

 まず最初にひかったのは、マイクロソフトのオフィスのプロダクトキーという使用承諾書。一台に一つ必ずついていてこれがないと文字も打てない。今までも一発で登録できたから何も問題はないはずだった。しかし、何回やってもミスとでてくる。登録できない。これは販売店にもっていって文句を言うべきだ。最悪の場合取り換えてもらうという勢いでもっていった。最初は係の人も分からなかった。おかしいなぁ・・などと言いながら業者に電話などしていた。写真を拡大するとわかるのだが、普段アルファベットを使わない人間には違いがよくわからないところがある。どこだとおもいますか? 誰が読んでも(GW606-)によめるでしょう。正しいコードナンバーは(GW6Q6)なんですよ。

次にメールのデータを移行する方法が難しすぎる。今使っているライブメールとの互換性がない。そんあことってあるのか。マイクロソフト指定のoutlookではないけれど、あれってマイクロソフト社のメールソフトでしょう。それもそうだけれど立ち上げてすぐにマイクロソフトのアカウントを作らされる。これがないと今持っているメールも移行できないというシステムなんだな。なんだか、使わせてやるから言うことを聞けみたいな大名商売のようで腹が立つ。それにとても複雑で使いづらい。メールなど送受信できればいい。それで他のメールシステムを使うことにした。探せばいろいろある。サンダーバードというメールシステムを使うことにした。

サンダーバードは見た目がライブメールとよく似ている。だから簡単に移せると思たのが大きな間違い。ネットで検索してほぼその通りにやったつもりだったが、細かなところで引っかかる。ネットで探し当てた情報はすこしづつ古い、最新バージョンはもっと進化しているということだな。でもまぁやっとのことで古いメールを移動したのだが、今度はメールの量が多すぎて容量オーバーになってしまった。なんせ2000年ごろからのメールがあって3000を超えていた。送信済みは7000オーバーだ。結局古いメールの大半は移せないことになった。労多くして益が少ない。くたびれもうけともいう。

徐々に分かってきたことだが、こういうことらしい。ライブメールからダイレクトに新しいpcのoutlook には移せないので、一旦古いpsのoutlook に情報をあげてそれからなら同じoutlook 同士なので簡単に移せら。ところが古いパソコンなのでoutlook のアカウントが中止になっていた。ネットで調べたらアカウントを取らずにパソコンの中だけで移動する方法が分かった。その後その情報が記録してある場所を探して移した。そのメモリだけで2gもあった。サンダーバードの容量がパンクしたのも仕方ないかな?。新しいパソコンのメールの容量は20gほどあるので古いメールのバックアップは新しいパソコンにした。




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ナルニアメリア協会の壁画 - 2019.10.14(写真)

はる 6738
 アメリアの古い教会の壁画


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おおいなるもの - 2019.10.13(写真)


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はる 6737
 男か女か定かではないが、この生花のピアスはどこの誰より素晴らしいものだ。本当におしゃれをしたいならこのくらいの斬新なピアスをすればいいだろう。

 顔に一筋の白い線を入れたのがまたこれが効いている。顔全面に塗り込んだ泥がこれまた効果的だ。視線もいい。肌が黒いのでまた美しい。

 しかし、彼ら、彼女らは美しく身を飾ろうと意識はあるのだろうか。色んな動物が地球上には生息するけれど、自らの体を飾り立てる生物はいないな。人類独特の行為なんだろうな。






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台風 - 2019.10.12(ポケットの窓から)



はる 6736
 6時頃から7時ごろまでがピークだったな。テレビのニュースを見るとかなり脅かされる。「命に係わる」などと繰り返し叫ばれると怖くなるな。実際そうかもしれないけれど。ちょっと同じことを繰り返しすぎるようにもうな。かえって不安をあおっている。

 最近はネットで情報を得ることができるので、テレビよりもリアルタイムでピンポイントの情報を得ることができる。川が近くなのでその水位というのが気になるのだけど、10分ごとの水位の情報を得ることができる。氾濫水位までどのくらいあるのか、刻一刻リアルな情報を知ることができるのはありがたい。世の中はずいぶんと変わった。

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ポケットの窓 - 2019.10.11(ポケットの窓から)



はる 6735
 なんだか、馬鹿でかい台風が来る。少しずれるとど真ん中になる。ぼろい家が持ちこたえるのかそれが心配だな。今は嵐の前の静けさでしょぼしょぼ雨が降っるだけだけどね。台風の恐ろしさを知っている人間にとっては戦々恐々だ。

 今日は台風対策ということで、カインズに電池と養生テープなど買いに行ったけど、もうすでに売り切れだった。


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ポケットの窓 - 2019.10.10(ポケットの窓から)


はる 6734
 嵐の前の静けさかな。ちょっと怖い。
        夢のつづき(下書き)
 いつものようにパネルに布をコラージュして下地を作る。これだけで何か心地の作品のようなものが生まれてくるから不思議なものだ。これから現れてくる有象無象のかたちを受け入れる準備が整ったわけだ。

 何もないところからは何も生まれない。何かどこかひっかかるところからイメージがわいてくる、かたちになって行く。それは夢のかたちとよく似ている。

 コンピュータの出現は人の記憶のあり方を大きく変えた。つい最近まで電話番号は少なくとも、3,4つは覚えていたけれど、今ではもうケイタイの住所録の中にしかない。私たちの記憶のかなりの量をICチップに依存している。イメージもそうだ。

 イメージは潜在意識の中から生まれるのだとすれば、バーチャルなゲーム世代のみる夢は我々アナログ世代とは違っているのだろうか。

 我々は何処に向かっているのか?そんなことを考えながら、今夜も夢のつづきを楽しみたいと思う。





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今日のアトリエ - 2019.10.08(ポケットの窓から)


はる 6732
 西宮のギャラリー島の個展が無事終了した。帰ってきて早々に風邪ぎみになってしまった。今日は学校もあってやすむことがでず、まぁ年を取るとけっこういろいろあるなぁ。今回の「永遠のゆくえ」はこれでおしまい。次の個展から新しいテーマで一年また全国をまわります。何にするか今考えているところ。



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今日のアトリエ - 2019.10.07(ポケットの窓から)



はる 6731
 どうやら風邪ひいた。


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終了しました。ありがとうございました。 - 2019.10.06(ポケットの窓から)



絵描きの事務屋さん の記事です。

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個展5日目 - 2019.10.05(ポケットの窓から)






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個展4日目 - 2019.10.04(ポケットの窓から)






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個展3日目 - 2019.10.03(ポケットの窓から)



はる 6727
個展3日目




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はる6726 - 2019.10.02(ポケットの窓から)






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個展1日目 - 2019.10.01(ポケットの窓から)



はる 6725
始まりました。いい展示になったと思います。是非。

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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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