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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

お世話になりました。 - 2018.12.31(ポケットの窓から)

来年もよろしくお願いして

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モチバナ - 2018.12.30(ポケットの窓から)

寒いよ。

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寒そう - 2018.12.29(ポケットの窓から)


はる 6450
  人物には目も鼻も口もない。右側の人物は男か女さえわからない。それでもこの絵には観る人を巻き込む力があるのだろうか。こうやって各地で個展を開催して、気に入ったら購入してもらうそんなことを毎年繰り返している。ドサマワリの旅芸人のようだ。売れたからいいとは思っていない。まして自分の作品を芸術作品だとも考えていない。市井の名もない人々が、自分の身の回りを飾るため、心の拠り所として身近に置いてくれる。もうそれだけで充分幸せな気分にさせてくれる。本来絵画には単に壁の飾りではない、護符とかイコンのようにそんな意味もあったのだろう。絵は鏡のようだ。観る人の心のなかを写します。


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作品も帰宅 - 2018.12.28(ポケットの窓から)


はる 6449
 2019個展情報更新

■2019年 3/26(火)~3/31(日) 
  期間中作家在廊予定
第94回・榎並和春個展
個展タイトル「永遠のゆくえ3」
京都・Create洛
604-0801 京都市中京区丸太町通堺町鍵屋町69
075-708-7898

■2019年 5/4(土)~5/24(金) 
  作家在廊予定5/11.12
第95回・榎並和春個展
個展タイトル「永遠のゆくえ4」
千葉・山口画廊
〒260-0033
千葉市中央区春日 2-6-7 春日マンション 102
Tel.&Fax.0432481560                           
■2019年 10/1(火)~10/6(日)
  期間中作家在廊予定
第96回・榎並和春個展
個展タイトル「永遠のゆくえ5」
ギャラリーSHIMA
662-0036
西宮市大井手町7-15
0798-70-7000

■2019年 11月16(土)~11月24(日) 
   期間中休みなし
第97回・榎並和春個展
個展タイトル「未定」

甲府・ハーパーズ・ミル
400-0808 甲府市東光寺町1346
055-233-3157

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はる 6448 - 2018.12.27(作品)

はる 6448
 蔵出し

はる 5760
 自分なりの解釈なので間違えているかもしれません。あしからず。
 親鸞の「悪人正機説」というのは有名ですね。善人はいい人なんだから当然救われ手当たり前、そこで終わったんじゃ仏さんも度量が狭いじゃないか、俺たちのような悪人でさえ救われるというのでなきゃ本当の信仰じゃない。まぁ一つの心理だわな。人間なんて間違いを犯す動物なんだから、そんなに聖人のようにはいかんわな。皆がどこかで嘘や方便を垂れ流しているわけで、他人は騙せても自分自身は騙せない。そんなことだろうと解釈している。

 それとキリスト教の「心の貧しいものは幸いである」とか「放蕩息子の帰宅」などとどことなく似ているな。放蕩息子の帰宅ってそれだけじゃ何も意味はない。でもその逸話を読むと何となく理解できる。兄弟が居て親は財産を等分に分けるわけだ。兄は真面目で優秀で親父の跡を継いで仕事を続ける。出来の悪い弟は旅に出て全財産を使い果たしてしまう。それで最後には親父を頼って帰るしかなくなってしまう。そこまでなら「アリとキリギリス」の話みたいだけれど、そうじゃない。親父はその出来の悪い息子をあたたかく迎えるんだな。出来の悪い人間ほど本当は救いが必要なんだ。出来のいい人間は放って置いても何とかなる。そうやって信仰の必要性を語っている。

 昨日の「沈黙」の話もどことなくつながる。人格的に優れた人間とか、正直で真っ当な人間はもちろんこの社会では称賛されるし信頼も厚い。優等生なわけだ。信心で言うなら全く疑いもせず、それ一筋に信じ切るそんな人間の方が人間として優れているとされる。ゆるぎない信仰心は人間としても格が上なわけだ。だけどね、人間てそんなに上等な人ばかりだっけ、もっとこうカッコ悪くて嘘つきでだらしなくてでたらめでいい加減なんかじゃないか。例えばキリスト教徒なら踏み絵を踏めと言われればひょいひょいふんでしまうような、とりあえず嘘をついて言い逃れしてしまうようなそんな弱い人間の方がまともじゃないのか。でもそれでも救ってくれるのが信仰なんじゃないか。というのが大きなテーマだという気がする。弱い人間はけっして美しくもないし、かっこよくもない。そんなことを言ってる気がした。

 それから結局は神は何も言ってはくれない。すべてはその人の心の中にあるのだよということかな。

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はる 6447 - 2018.12.26(作品)

はる 6447
 根源的な問題は、自国の防衛をどうするのかということだろうな。日米安保を盾にしてアメリカさんに守ってもらおうという魂胆が今の政権をのさばらせている原因の一つだろうな。戦争の放棄。この憲法の精神で生きるなら、すべての人、国、民族と友好関係を結ぶしかない。それは最も勇気を必要とすることのように思うな。

 今回の個展ではそう成績が良かったわけではない。それでもけっこう満足できたのはこんなことがあったからだ。

 一つの作品「帰宅」という作品がある。F6号だから家に飾るには、そこそこ大きな作品と言えるかもしれない。一人の老夫人が姪御さんを連れてやってきた。本人はもう手押し車でないとまっすぐには歩けないような状態だった。私の作品はもう何回かご覧になっていて初めてではない。

 このくらいの御歳になると身辺整理、今はやりの終活というわけで、新しい作品を購入するということはほとんどない。だから今回も多分ご覧になるだけでほとんど購入することは期待していなかった。

 しかし、ご覧になる姿勢は普通の絵を観るという感じではない。どうしても欲しい。自分の身近に置いておきたい。そんな感じで絵をご覧になっている。長年こうやって個展をやっているとそれが分かる。欲しいというオーラ―が出ているのだな。

 しかし、最後になって迷ってしまった。あれもいい、これもいい、どれにしようか?ということで姪御さんは一旦家に帰って頭を冷やして考え直すことを提案。私たちはそれを妨げることはもちろんできない。あぁゆっくり考えて最終日までお待ちしておりますと送り出した。むろん心の中ではもう帰ってくることはないだろうと踏んでいた。こういったほとんどの場合帰ってくることはない。

 一時間ほどして突然帰ってこられて、もう迷ったふうではなく一直線に「帰宅」のまえで「これください」と宣言された。

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帰宅しました - 2018.12.25(ポケットの窓から)


はる 6446
 帰宅しました。毎日会場に詰めているのは見た目以上にハードな日々ですね。私は自分の個展に立ち会うのは結構好きなんですが、怠惰な日々を送っている身には段々と辛くなっていくのが分かりますね。こうやっていつまで会場に詰めていることが出来るでしょうか。

 今年はこれで仕事は終わりです。まだ色々と残務整理が有りますが、ここからは一気に年末モードになります。正月気分ですね。これもまた好きなんですよ。

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楽日 - 2018.12.24(ポケットの窓から)



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個展7日目 - 2018.12.23(ポケットの窓から)



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個展6日目 - 2018.12.22(ポケットの窓から)



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個展5日目 - 2018.12.21(ポケットの窓から)



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個展4日目 - 2018.12.20(ポケットの窓から)



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個展3日目 - 2018.12.19(ポケットの窓から)



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個展2日目 - 2018.12.18(ポケットの窓から)



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個展初日 - 2018.12.17(ポケットの窓から)



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ボナール - 2018.12.16(ポケットの窓から)



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また。 - 2018.12.15(作品)
無題
はる 6436
 それでは、明日からしばらく私は留守にします。また会う日まで。。

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今日のアトリエ - 2018.12.14(ポケットの窓から)


はる 6435
 この自宅のパソコンの環境をみると思い出すことがある。

 中学生の頃、近所の同級生の自宅と私設の電話線をひいたことがある。確か直線でいっても5、60mぐらい離れていた。そこをどうやって電話線をはるのか、一番の難関は途中に道があることだ。そこをどうやって通すのか?もう一つは空中を直線でつなぐのではなく、隣との境界をうまい具合にはわせてゆくのだけれど、約5軒の承諾を得ることが出来るかどうか?

 一番の問題は予算が全くなかった事。これは友達の親父さんが全面的に協力してくれて、隣近所の承諾を得られたなら電線は100m買ってくれることになった。この時は飛び上がるくらいに嬉しかった。大人も満更捨てたもんじゃないなぁと思った次第。私の親父では全く考えられなかったことだ。その時に思ったのは親というのは子供の考えを規制するだけではないのだな、否親というのは千差万別色々いるんだなと思った。

 後は電線をはわせてもらう許可をえることだけ。たぶん今の時代じゃご近所さんとはいえ訳の分からん電線を敷地内をはわせることなど許可しないだろうな。しかし、当時中学生の男子二人ががん首揃えて頼みに行ったら、簡単にいいですよと言ってくれた。これには驚いたな。案ずるより産むがやすし、とはよく言った。これでほとんどの懸案事項はクリアした。あとは道の部分をどうするか?

 昔の路地はまだほとんど舗装されていなかった。それが幸いした。とにかく地中深く掘りこんで道幅のビニールホースを埋め込んだ。その中を電線を通したのだな。これで無事、私設電話が開通した。

 しかし、ここまでが楽しかったわけで、開通してしまうとそれほど話しすることもない。いつの間にか途切れで無くなってしまった。

 

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ポケットの窓 - 2018.12.13(ポケットの窓から)


はる 6434
 さて今年も残り少なくなってきた。来週から銀座で個展です。毎年の事ですがこの時期に個展をすると本当にいそがしい。それもあるけど、もう年賀状を止めることにした。数年前からあまり意味もないしなと思っていた。活動の報告は年に何枚も出す個展の案内状でしているからな。それここれは別だと言われればその通りなんだけどね。不義理を承知で年賀状やめにします。あしからず。

 88年からほぼ毎年東京で個展を開催している。ということは今年で30年目ということになる。トータルの個展の回数も今回の銀座で93回かな。だから平均年三回以上個展をしている。これってすごい回数だよな。いつのまにかというのが本当のところ。プロだからな趣味で見せるだけの展覧会じゃないので、あまり自慢できることじゃないけどね。まぁそれでも回数だけは大したものだ。まだまだこれからも続けます。よろしくお願いいたします。

 日曜から出発しますので、また更新が写メだけになりますが、あしからず。

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ポケットの窓 - 2018.12.12(ポケットの窓から)


はる 6433
 フランスの市民運動の伝統を読んでいると羨ましくおもうことが多々ある。根本的に我々仏教系のアジアの人種と違うのだなぁと思う。彼らは自然というものは克服して行くものだ。天然のまま置いておくのが自然だとは考えていない。あくまでも人間に従わせるというのか、対峙して拓いてゆくものとして自然を捉えている。対して我々は自然は天然のまま、そのままを良しとするところがある。

 こと人権に関しても、人権は天から与えられたものだとは考えていない。あくまでも権力を持った者から奪い取ったものだ。そうしなければ権力者は絶対に人権など分け与えてはくれないものだ。そうだな、そういわれてみればその通りだ。何も好き好んで面倒な人権など他人には与えたくはない。西欧の歴史はそうやって権力者から不断の努力によって人権を勝ち取ってきたれきしでもあるんだな。

 我々は戦後、幸せな事に進駐軍から人権をいただいた。だからそれほどありがたみを感じていない部分がある。基本的人権は人類の長い歴史の中から紡ぎ出してきた至宝の宝なんだな。それをよく知らない馬鹿が「みじめな憲法」などといって変えようとしている。彼らにとっては主権在民などあってはならないたわごとなんだろう。少しずつ少しずつ人権をなし崩しにしようとしている。

 

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プロペラ - 2018.12.11(作品)

はる 6432
2018「プロペラ」F3部分 No2144 混成技法
この個展で展示予定
・・・・・・・・
絵は嘘っぱちでいいのだな。でも本当らしい嘘をつくのと、いかにも嘘ですよという嘘をつくのでは本質的に違う。前者は技術の問題で、後者は生き方の問題だ。さてどちらが本当なんでしょう。


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今日のアトリエ - 2018.12.10(ポケットの窓から)


はる 6431
 今日荷物を出した。故にアトリエには作品がちらほら。後はまた帰ってきてからの仕事になります。大体私は春に向かって団体展用の大きな作品を描きます。その後夏休みに小品の地塗りとか、コラージュとか、秋ごろから小品にとりかかって秋の終わりごろに甲府の個展で新作を発表します。その間に作品にならなかった小品に手を加えて蘇らせたりします。で、大体年間で百点ぐらい描くだろうか。その中でモノになるのは半分くらいかな。それで実際に手元から離れて行くのはもう半分の20から25点ぐらいだろうか。

 それでも、こうやって生きて行けたらなぁと思っていたことが、実際に出来るなんて何とも不思議に思う。すごくちゃらんぽらんで、今でも画家の一日などというヴィデオでも撮られたら、とても人様にみせられたものじゃない。ある目的に向かって必死に努力してきたか?と問われるとけっしてはいそうですとは言えないなぁ。たまたま偶然にそうなったというのが正直なところだろうか。こんなこと書けば、努力している人に怒られそうだけどな。

 まぁ自己弁護すれば、そいう一生懸命さが売りではなく、適当な脱力系というスタイルが私に合っていたのかもしれないな。まぁそれでも若い頃はそれなりに努力はしたとは思うけどな。このままこうやって死ぬまでやれたら本望だな。

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これは - 2018.12.09(ポケットの窓から)


はる 6430
 このところフランスのデモの様子をネットで見ることが多い。テレビではどの程度報道されているのだろう。ネットで観る限りパリ市内もうほとんど内乱状態で、黄色い服を着た暴徒が手当たり次第に車やバスストップを破壊しまくっている。車は炎上してころがっている。何かにおびえるようにそして怒っている。日本のデモのように大人しい行儀のいい後進ではないな。

 それがいいとは思わないけれど、これくらいしなければ権力者は気がつかないのかもしれん。持たない者は団結して持つものに対抗しなければひねりつぶされてしまうだろう。フランス人は革命を経験している。これはある意味で血なんだろうな。俺たちも頑張らなきゃ。という気にさせられる。









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ポケットの窓 - 2018.12.08(ポケットの窓から)


はる 6429
 もう何でもなりふり構わず、強行採決だ。国会審議など茶番でしかない。既得権と富を握った者の天下だ。原発も五輪もリニアも軍拡もみんな下世話な儲け話。若い奴も外国人も使い捨て、後の事は知ったこっちゃない。まさに戦前と同じ道をまい進中。

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はなことば - 2018.12.07(作品)

はる 6428
 2018「はなことば」F8部分 No2161 混成技法
今回の個展で展示予定
・・・・・
音楽師、修行僧、旅芸人、道化師、役に立たない思索家、共通するのは根無し草。


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吟遊詩人 - 2018.12.06(作品)

はる 6427
■2018年 12月17(月)~12月24(月) 
   期間中休みなし
第93回・榎並和春個展
個展タイトル「永遠のゆくえ2」
銀座・ギャラリー惣
104-0061 東京都中央区銀座7-11--6徳島新聞ビル3F
03-6228-5507
・・・・・・・・・・・
作詞家という仕事はあるけれど、「詩人」などという職業はない。芸人という仕事はあるけれど、芸術家などという職業はない。考えたり、描いたり、思索したことをカタチにする思索家というのもいいな。そんな仕事はないか。



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分解掃除 - 2018.12.05(ポケットの窓から)


はる 6426
 今日はピアノの分解掃除に来てもらった。30年も放ってあったわけだから、弾くひかないにかかわらず調律してもらわない訳にはいかない。ピアノの微妙な部分は未だにアナログ的な部分が多い。例えばハンマーは置いてあるだけでてこの応用でピアノ線を打つようになっている。それを伝えるのは細い凧糸のようなものだ。オルゴールのようにゼンマイや歯車で動力を伝えるようにはなっていない。出来るだけ音が出ないように、そしてスムースに指の動きが伝わるように、無理なく、無駄な力を必要としないように、上手く作られている。基本的な部分というのはもう何百年も変わらないのだろうな。機械のようだけれど、ピアノは超アナログな楽器だと思った。
まぁこれを弾けるようになるとはおもえないけれど、ピアノが来たおかげでアトリエが何だかしまりが出来たようだ。

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ピアノ運送 - 2018.12.04(ポケットの窓から)


はる 6425
 そんなことで個展以外の雑用でアバチャバしている。しかし、この暖かさはなんだ。今日は20度を超えた。もう12月にはいったというのに、車のなかはエアコンが必要だ。それなのに来週は一気に寒くなって雪が降るかもしれないという予報。タイヤ交換も東京に行く前に済ましておかなくてはならないし、今日は四月の団体展のホテルの予約も忘れていてあわてて予約した。

 団体展もなぁ、もうあまり意味もないのだけれど、個展で小品だけちまちま描いているというのも何だか味気ないきがしてね。年に一度のお祭りだと思うから、参加している。仲間に会うのも楽しい。

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ポケットの窓 - 2018.12.03(ポケットの窓から)


はる 6424
 今日ピアノの引っ越しをした。実家によって移動の無事を祈ってお酒と塩をまいて少しふき掃除をする。私の非力ではびくともしない。ピアノって重いんだな。業者さんがやってきて何と、簡単に持ち上げるではないか!まったくあ然とした。プロはやはり違う。まぁ体格も違うけどね。そしてバンドのようなもので吊り下げて二人でえっちらほっちら持ち上げて行くんだな。まぁたまげた。あんな人と喧嘩したらあっという間にのされてしまうだろう。

 さてクレーンで二階に上げるのが無理だという事になって、一階のアトリエに据えることにした。運送の業者さんは地元の人ではないらしい。そこのところが分からないのだが、まぁ特殊な車も必要だから誰でもできるという訳ではなさそうだ。今回頼んだ業者さんは長野の方から来ている。何軒か同じような仕事をして回って最後に私のところに回ってもらった。来てくれたのがもう夕方の4時ころ。あたりはもう暗くなり始めている。家の方では色んなところを片付けて路地には灯りも付けた。

 アトリエに入るまでもなかなか難しい。九十度のクランクが二度ある。台所を通るところが一段と狭くなっている。そうだなぎりぎりいっぱい通るかなという幅しかない。そこを九十度に折れ曲がるのは至難の業だ。なんせ200キロ近くある幅が60cm、長さが160cm高さが130cmある。どうやるか見ていると一間半の廊下で一旦ピアノを立てる、そこから一気に90度回してアトリエに入れた。屈強な男3人の素晴らしい技だった。

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ピアノ - 2018.12.02(作品)

はる 6423
 ピアノは俺たちバブル世代の女子の憧れの楽器だったんだな。子供頃近所の女の子はこぞってピアノのレッスンをしていた。当時の安普請の家ではもちろん防音などしていなかったし、当然空調など普及していなかった訳だから、ピアノの練習の音はじゃじゃ漏れだったな。同じような個所の繰り返しでうんざりしたものだ。

 まぁ御嬢さんぶりっこの一つのグッズだったのかな。中学高校となって続ける人は稀だな。殆どが中学校に入ったら部活やなんかで辞めてしまう。その後ピアノはオブジェになって応接間のお飾りになってしまう。ピアノを引き取ってもらおうと業者に見積もりを頼むと、ほとんど二束三文にしかならない。何故なら動かすのに専門の業者を頼む、何年もそのままの状態ならメンテナンスが必要だ。もちろん調律も必要。などなど色々費用が掛かる。でもって引き取ってもらっても幾らにもならないということだ。買えば相当の買い物なのにな。当時のお嬢さま方がお年を召して場所ふさぎになっていることが多いらしい。それも分かるけどな。何だかピアノがかわいそうだ。

 という訳で実家にあったピアノを引き取ることになった。これが凄くメンドクサイ。私はもういらないなら引き取ってもらえと言ったのだが、やっぱい思い入れがある人には無理なようだ。といってもなぁ家のボロ家のどこにピアノが入るスペースがあるのだ。玄関に置くわけにはいかないし、そこそこのスペースがあるのはアトリエしかないのだ。困ったものだ。こうなったらピアノも習うか。
 

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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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