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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ポケットの窓 - 2018.10.31(ポケットの窓から)


はる 6391
 ジャーナリズムについて全く認識があまかった。私は民主主義の根本を知らないということを教えられた。安全な場からの報道、自分の目と耳を使わない報道が如何に危険であるか、独立した報道がいかに大切か、命の保証のない紛争地に何故行くのか、そのことの意味をもっと知ってもらう必要がある。日本が平和で先進国であるというなら、この憲法の精神を大切に思うなら「自己責任」で切ってすまされることではない。

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ポケットの窓 - 2018.10.30(ポケットの窓から)



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ポケットの窓 - 2018.10.29(ポケットの窓から)


はる 6389
 昔夜の台所は怖かった。薄暗い隅っこに何かがいるような気配がした。それはそうだな、一人で留守番している時に家鳴りがすることも多かった。きっと何かが動いているんだ。そう思って座布団を頭からかぶっていたこともあったな。あれはなんだったんだろう。アニミズムと簡単に言うけれど、子供の頃はそういった気配を感じることができたんだな。隣のトトロではないけれど、いつの間にかそんなもの見えも聞こえもしなくなってしまった。

 この台所は昔の家の台所に若干似ている。一回りして昔に戻っているのかもしれんな。

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ポケットの窓 - 2018.10.28(ポケットの窓から)


はる 6388
 今日は県展の審査。昨年と比べて総数は随分と減った。このまま減り続けるといずれは成立が難しくなるかもしれん。それもあるけど、名前が県芸術祭から県民文化祭となって質が文化祭レベルになったのかもしれんな。たとえば盆栽みたいな変なものが出品されてくる。まぁ其れでいいと言えばそうなんだろうけどね。審査の仕様がない。文化祭でいいなら審査などせず、ぜんぶ展示すればいい。

 県の事業は往々にしてなおざりだ。やればいい、やったという実績だけつくればいいと思っている。それは県だけじゃなく、国もそうだな、国民文化祭など何年かまえにここでやったけど、何にも残っていない。もっと県民に広報するなり、イベントとして楽しめるようにすることだ。まぁその程度の意識なんだとおもう。文化国家とか文化人とか一流の国のふりをしているけど、中身は恐ろしく貧しい。あぁなさけない。

 

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ポケットの窓から - 2018.10.28(ポケットの窓から)



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ポケットの窓 - 2018.10.27(ポケットの窓から)


はる 6387
 美術館から文学館を見た風景。ここの風景はいつ来ても癒される、最高の場だな。ここの森は人工的に作った森だ。山梨など山に囲まれた自然いっぱいの県だけれど、放って置いて自然に出来る森林ではない。こういった発想が出来るのであれば、もっと町中にも森を作ることが出来ると思うのだが、そうでもないのだな。

 駅前の開発をしているけれど、長年工事している割には大したものでない。どのみち田舎の町なんだから、都会と同じような事をするのではなく、田舎町の特徴を生かした町を創ればいい。駅前広場は大きな森にするとか、駅舎は昔ながらの木造のままとか、いろいろ考えられる。とくに大きな無料の駐車場を作って街中は歩くか、公共のバスしか入れないようにする。そんなふうなことが出来ないのかな。これが私の町だと自慢できるような町をつくってほしい。そうすれば若い人たちも移住してくるだろう。

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今日のアトリエ - 2018.10.26(ポケットの窓から)


はる 6386
 額入れをする。もう90回以上の個展を開催しているので手順はほぼ決まっている。心配事という訳ではないが、心にあるのは今年の作品が観る人に受け入れられるだろうか、そんなことだな。それとあと何年こんなことをやれるのだろうか。まぁ心配事は尽きることはない。なにをやってもね。

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ひょうげもの - 2018.10.25(作品)

はる 6385
2018「ひょうげもの」F0部分 No2112 混成技法
未発表
絵なんて嘘っぱちでいいですよ。結局私の中から出てきたものですからね。「うそ、うそ、みーんなうそ」
・・・・・・
 昨日定時制の授業があって夕方出かけた。全日の方はもうすでに放課後で生徒たちが部活動に一生懸命に取り組んでいる。放課後には放課後独特の一種解放されたような雰囲気がある。自分の高校時代はもう50年も前の話で、はるか遠くなってしまったけれど、こうやって彼らと付き合っていると何となくあの時代の雰囲気に浸ることが出来る。

 ただあの頃を振り返ると今のように感傷に浸っている余裕はなくて、ただ大きな将来の不安だとか、ふられた彼女の事など色んなことが渦巻いていて一杯いっぱいだったな。とにかく勉強の事や進路のことが大きかったかな。

 ラジオからオフコースの「さよなら」が上手い具合に流れてきて、車から降りることが出来なかった。私たちの同時代の歌で、とても切ない気持ちになった。爺さんになってもあまり変わらんな。

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今日のアトリエ - 2018.10.25(ポケットの窓から)



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ポケットの窓 - 2018.10.24(ポケットの窓から)



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今日のアトリエ - 2018.10.23(ポケットの窓から)


はる 6383
 フェイスブックの友達をFBFというのだけれど、今1000人を越えた。最初は積極的にには申請していなかった。すると当たり前だけれど、ほとんど友達が増えないのだな。こんなおっさんだし。そうすると記事をアップしても反応がほとんどない状態だった。そうやって5年ぐらいすぎたかな。今年になってこれじゃだめだという事で、とりあえず1000人の友達を作ろうと絵を描く人を中心に申請していった。プロもアマチュアも含めて今のところ1000人近くの物を造る人のFBFがいる。

 そうやって最近は100人ぐらいの反応がすぐに返ってくるようにはなった。

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同行二人 - 2018.10.22(ポケットの窓から)


はる 6382
 同行二人は四国お遍路の話。似た話がキリストの逸話の中にもある。
「足跡」 (高知・土佐・キリスト教会(日本同盟基督教団)・聖書)
*************************************************************
ある晩、ひとりの男が夢をみた。夢の中で彼は、神と並んで浜辺を歩いていた。 そして空の向こうには、彼のこれまでの人生がパノラマのように映し出されては消えていった。 どの場面でも、砂の上にはふたりの足跡が残されていた。 ひとつは彼自身のもの、もうひとつは神のものだった。 人生の最後の場面が映し出され目の前から消えていくと、彼はふりかえり、砂の上の足跡を眺めた。 すると彼の人生の道程には、ひとりの足跡しか残っていない場所が、いくつもあることに気がついた。 しかもそれは、彼の人生の中でも、最もつらく、悲しいときに・・であった。 すっかり悩んでしまった彼は、神にそのことをたずねてみた。
  「神よ、私があなたに従って生きると決めたとき、あなたはずっと私とともに歩いてくださるとおっしゃられた。 しかし、私の人生のもっとも困難なときには、いつもひとりの足跡しか残っていないではありませんか。 私が一番にあなたを必要としたときに、なぜあなたは私を見捨てられたのですか」
 神は答えられた。
  「わが子よ。 私の大切な子よ。  私はあなたを愛している。 私はあなたを見捨てはしなかった。 わたしは、いつもあなたと共にいた。 あなたの試練と苦しみのときに、ひと組の足跡しか残されていないのは、・・・その時、わたしがあなたを背負って歩いていたのだ。」

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今日のアトリエ - 2018.10.21(ポケットの窓から)


はる 6381
 冬支度。ストーブを出した。つい最近まで暑かったけどな。もう朝晩は寒い。この冬が始まる頃の雰囲気は好きだな。冬の寒さも悪いばかりじゃないと思うな。暖かい部屋で熱いコーヒーを飲む。そんな雰囲気も捨てたもんじゃない。60年も生きて未だにそんなことを思う。

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今日のアトリエ - 2018.10.20(ポケットの窓から)


はる 6380
 今日は午前中に眼科の定期検診。もう5年ぐらい定期に健診を受けている。特に不具合があって健診を受けるようになったわけではないが、老化の一端として白内障とか視やが狭くなったり、飛蚊症があったりして少し心配があって健診を受けている。いまのところ特に症状が進行している訳ではない。絵描きにとって目は大事だけど、老化といわれればもうどうしようもない。

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今日のアトリエ - 2018.10.19(ポケットの窓から)


はる 6379
 大きい作品の人物の顔。顔は難しい。しかし、顔が決まらなければすべてダメになる。それほど絵にとって顔の存在は大きい。具体的に描写するならそれはそれでどんどん描きこんでゆけばそのうちに何とか存在感のあるモノになるだろう。よくモデルさんを呼んで一生懸命画面とにらめっこしながらデッサンしたりスケッチしたりする会があるけれど、それはそれで意味あることだけれどね。それをいくら積み重ねてもこの顔は出てこない。

 描写する訓練を積み重ねるとその先には自分のカタチが自然に出来るか?といえばそれは出来ません。描写が上手くなるだけです。自分のカタチを創ろうと思えばどこかでそれを意識しなければ出てこないのです。そこからが長い長い旅が始まるのですな。ほぼ永遠に続きます。

 この顔は比較的に上手く行った。ただこれももうだめかと思うところまで壊した先に出てきたもので、ほぼ偶然の産物です。目の表情が難しい。あくまでも描写にならないように、尚且つ作為的にならないようにというのは本当に難しい。最後にえいやと居直って引いた線がたまたまよかったというだけに過ぎない。もう一回やれと言われてもたぶん描けない。

 これは能面とか仏さんの顔とかアフリカの仮面とかそんな表情のある顔です。出来れば壊さないように全体が仕上がればいいのですがね。

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今日のアトリエ - 2018.10.18(ポケットの窓から)


はる 6378


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城跡 - 2018.10.17(未分類)

はる 6377
2018「城跡」F4 No2148 混成技法
未発表
・・・・・・・・・・・
 甲府の駅を降りるとに石垣だけ残した城跡がドンと控えているのがみえる。この台形のかたちがなんともかわいらしい。お城などなくてもいいように思うな。どうなんだろうか。月がなければほとんど抽象画。抽象と具象の中間が私の仕事だと考えている。ちなみにこの月は下弦の月。上に玄が見えるから上弦だと勘違いする。上弦・下弦は月が沈む時の向きで判断するらしい。

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ポケットの窓 - 2018.10.16(ポケットの窓から)


はる 6376
 一週間ぶりの学校。生徒は大人しいけれど、あまり面白くないな。自分自身もう飽きてきているんだろう。そろそろ辞めた方がいいのかもしれんな。バイトと考えればそれなりなんだけれど、バイト感覚でやられる生徒が迷惑か。

 個展のDMが毎日結構な量配達される。期日が過ぎればほとんどダイレクトにゴミ箱に捨ててしまう。自分のDMもそんな憂き目にあっているのかとおもうと結構むなしいものだ。これだと思う、目に留まるDMというのは少ない。本当は捨てるのが忍びないほどのDMを作らなければ意味がない。そうやってコレクションされるくらいのグレードが欲しいな。


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ポケットの窓 - 2018.10.15(ポケットの窓から)


はる 6375
 このバックは元々は嫁の物だった。それを譲り受けて使い出してからもう35年はたっている。元々のバンドの部分も皮だったのだけれど、これはあまりにもボロになって使えなくなったのでとりあえず布のもので代用している。本体のバッグの部分もかなり修理して使いまわしている。皮も長年使っていると劣化して穴が開くということがわかった。

 こういう長年使い込んだ物というのは愛着があって捨てることができない。本来ものというのはそこまで使い込まなくてはいけないのではないかとおもうな。たぶん死ぬまで自分は使うと思う。

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今日のアトリエ - 2018.10.14(ポケットの窓から)


はる 6374
 忠孝」「清く正しく美しく」「愛国心」など他人から強要される物ではない。そのこと自体は美しい言葉だけれど、目的化するとこころを縛り他を認めないファシズムになる。だからそれを大上段に持ち出す人は疑ったほうがいい。

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DM2 - 2018.10.13(ブログ)

はる 6373
 今年は甲府のDMを二種類作った。というのもちょっとしたミスがあったので、まぁそれじゃ同じ作品を使うのもなんだし、せっかく作るのであれば違う画像を使えば絵葉書のように使えるのではないかと思った次第。DMとしてはこちらの方が分かりやすいかもしれないな。風景をDMにすることも少ないので、いいかもしれない。

 相変わらず右耳の調子がよくないな。のぼせたように詰まった感じがする。しばらくすると忘れたように気にならなくなる。また思い出したように具合が悪くなる。気になりだすと集中して考えられなくなってしまう。年取ると色んなところの具合が悪くなるらしいけれど、これもそのはしりだろうか。調べるとストレスが原因とか、更年期障害などと書いてあるけれど、そうなのか。あまり症例はない。こまったものだ。このまま収まるといいのだけれど。

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いたりあスケッチ - 2018.10.12(イタリアスケッチ)

はる 6372
 今日は知り合いの個展を見に出かけた。残念なことに作家は不在だったけれど、作品は素晴らしいものだった。今回は小さな作品が多かったけれど、それでも細部まで神経が行き届いていてさすがにこの人だと思わせるものがあった。これを見てしまうと自分の作品のチャランポランさ、いい加減さが良くわかる。反省する事しきりだ。

 何でもそうだけれど、過去の仕事の延長上に今の仕事がある。そして今の仕事の延長上にこれからの仕事がある。今を生きている我々は今一生懸命120%の仕事をしなければならないと思った次第。

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甲府DM - 2018.10.11(ブログ)

はる 6371
 甲府の個展のDMです。まだまだ先の話で11月になりましたら郵送します。お待ちください。

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今日のアトリエ - 2018.10.10(ポケットの窓から)


はる 6370
 大きい作品に四苦八苦している。約一年ぶりに大きい作品にとりかかる。大きい作品はここ10年ほどうまくいっていない。何かが違う。そうだな。会員になったときから、目標を見失ってしまったようにおもうな。自分のために描いているにもかかわらず、何かむなしさを感じていたのかもしれん。

 大体いつも描いている時はいいと思うのだが、一年経つと良くないのがわかる。何とかもう何年もないのだからいい作品を残したい。若い時のようにがむしゃらに後先考えずにやってみたい。がんばろ。

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今日のアトリエ - 2018.10.09(ポケットの窓から)



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イタリアスケッチNo126 - 2018.10.08(イタリアスケッチ)

はる 6368
26 カピトーネ村・冬 '96/1/17

 ナルニからカピトーネ村に向かう裏道、モレリノ通りの入口にこの農家がある。

 この頃 は寒いので、不精して車の中からスケッチする。別の場所だが、家の入口近くに車を停め て描いてると追っ払われた苦い経験があるので、今回は親父が出てきた時に、絵描きであ って不審人物でないことをアピールしておいた。

 それでも何回か様子をうかがいに来た。 よほど怪しい人物に見えたようだ。そう言えばこのところ何十年かぶりの泥棒がでたそう で、用心しているのも頷ける。

 しかしイタリアの泥棒はすごい、車で乗り付けてあらいざらい持っていく。ブレーシア の手塚さんの家も、山荘に置いてあった家具や絵画をごっそりやられたそうだ。さすがに やることが豪快だ。

 ちょっと信じがたい話だけれど、車を離れる時、カーステレオを外し てハンドバックのように手に持って歩く。下手に鍵をしておくとフロントガラスを割られ て、盗まれるそうだ。最初は冗談だと思ったが、まんざら嘘でもないらしい。

 日本の旅行 者がよく、置き引きやスリの被害にあうというが、世界一豊かで安全な国にいれば、さも ありなん。




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ポケットの窓 - 2018.10.07(ポケットの窓から)


はる 6367
 さて、今年も十月になってしまいました。65を過ぎて一年がますますはやく感じます。しかし、自分がいつの間にか老人の部類に入ってしまっていることに驚きだな。ついこの間大学を卒業したように思うのだけれどあれからすでに30年以上は経ったということだ。もう後ろから数えた方がはやい歳になってしまった。周りの連中も同じように歳を取っていって、これがまた面白い。

 絵で飯を食える奴は百万人に一人だという。今日本の人口は一億二千万だから120人ぐらいしかいないということだな。それでいうと。そんなもんかな。東京には一千万人いるから10人ぐらいか。そんなことはないだろう。飯を食う事だけ考えたら絵描きなどやるべきではないね。さっさと辞めて勤め人にでもなるか、商売でもやった方が身のためだ。絵描きなど職業ではないね。だから誰にも勧められない。やりたいと思って成れるものでもない。奇妙な仕事だ。

 飯を食うといったところで、人によってレベルが違う訳で一概には言えない。年収100万で食って行ける人もいれば1000万ぐらい平気で稼ぐ人もいるわけだから、飯を食っているということが基準にはならない。どの程度をいうのかわからん。まぁ兎に角他人とくらべてどうだとはいえんな。はっきり言えることは普通に暮らしたいなら止めた方がいいということだけだ。

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冬がれた丘No125 - 2018.10.06(イタリアスケッチ)

はる 6366
 このスケッチは今回初めて出すのではないだろうか。似たようなスケッチがたくさんあって出さずにいたものだ。今回FBでイタリア滞在記をアップしているのでその影響ですね。
・・・・・・・・・・・
25 冬枯れた丘(カピトーネ村) '96/1/12

 ミラノからブレーシアの小さな旅に出た。北へ向かう列車の窓からの風景は、白一色の 雪景色だった。

 ブレーシアには手塚さん夫婦が、私たちが来るのを待っていてくれた。手 塚さんは海外生活二十年を越すベテランだ。

 あいにくの雪で缶詰状態だったが、天井の高 い古い宮廷のような家には度肝を抜かれた。ブレーシアは文化的にもドイツに影響を受け 整然としていかにも寒い地方を感じさせた。

 イタリア国内でも北と南では、国民性がかな り違う、よく言われるラテン的な底抜けに明るく陽気で、ちょっとルーズでそれでも憎め ない、イタリアのイメージは南の地方で、北の人達にはとにもかくにも、今のイタリアの 経済全般を担っているという自負がある。放蕩息子と孝行息子ほどの差だろうか。

 カピトーネ村に帰ってきて、久ぶりに丘を眺めた。天気のせいもあるのだが、すっかり 様子も変わり、どことなく憂鬱で寂しい冬枯れの風情。暮れから少し体調を崩していたこ とも加えて、気分的に落ち込んでいる。

 風景に四季があるように人の気持ちにも変化があ る。牧草は一足早く春を見つけて、うっすらと黄緑色に萌えて来た。落ち込んでばかりい ないで、新たな活動を開始しよう。


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日本会議 - 2018.10.05(日記)

はる 6365
 政治はわからんな。ある種狂信的な宗教にちかいのかもしれんな。私からみれば、この人たちのやっていることは無茶苦茶だ。自分の事は棚に上げてよく言うよ。

 日本会議なる公になっていない集団が日本の政治を牛耳っているということじたいおかしくないか。もしようなら政党としてしっかり主張すればいい。陰でこそこそやっているから始末が悪い。それとも表に云えない悪い事しているのか。


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まちぼうけSM部分 - 2018.10.04(作品)

はる 6364
 半年前の京都のホテルの予約を夜中の12時過ぎに取る。毎日一泊ずつでないと連泊ではとれない。それも5分遅れるともうとれない。ちょうど桜のシーズンだからというわけかもしれないが、普通のビジネスホテルでも予約がとれない。かえって直前の方がキャンセルが出てとれるかもしれんが、もしとれないと痛いのでやはり半年前の12時きっかりにとることになる。

 さすがに京都は観光地だな。たぶん外国人ばかりであろう。ちなみに私の個展は2019年3月26~31までです。
 


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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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