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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

三文会 - 2018.07.31(ポケットの窓から)


はる 6299
 早起きは三文の得」ということから「三文会」なるものをやっているよということは知っていた。朝7時から一時間ぐらい近隣から集まって何やら話をしている。今回は知り合いがプゼンテーションするということで、出かけた。

 驚いたことにけっこうたくさんの人が行列していて、甲府にはこれだけ熱心に勉強する人たちがいたんだと認識を新たにした。内容は今甲府には色んな外国の人たちが滞在していて、その人たちはベジタリアンだったりアレルギーが有ったり、イスラム信者だったりするので食べる物に制限がある。日本人ならまだ会話が出来るからいいけれど、外国の人たちは困っている人たちが多かったようだ。今までは割とそういった少数派は無視されていて、少数派は多数派に遠慮していたところがある。日本という風土は私も含めて異なった人たちには冷たいわな。

 そんなところから外国人に向けた、主に食事をメインにしたマップを作ろうということでほとんどボランティアで活動しているグループがある。彼らは他に仕事を持ちながら、子育てしながらこういうことに積極的に参加している。偉いなぁと頭が下がる。

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今日のアトリエ - 2018.07.30(ポケットの窓から)


はる 6298
 ネットで作画の工程を晒している人がいて興味深くみた。まぁ私もそれに近い事やっているのだけれど、根がいいかげんなもので枯れのようにはいかない。結局その人の人となりがそのまま出るようだな。

 彼の場合古典画法を酷使してまったくイコンと同じように石膏下地を作って金箔を貼りこんで、メノウ棒で磨きこんでという工程を見事なスタイルで再現していた。この黄金背景のテンペラ画というのはちょうど我々が学生だったころに俄かに注目された技法で、西欧の伝統的な油彩画に移行する前に完成された技法だ。ご多分に漏れず非常に興奮して真似したものだ。

 油彩画にも色んな技法があってそれほど詳しい訳ではないが、基本的には一度描きはじめた構図は動かせない。上からどんどん塗り重ねてゆくという工程を繰り返すことで奥深い油彩独特の描写が可能となる。印象派の作家たちはそれを嫌って生乾きの上にどんどん荒描きする即興的な描き方は油彩独特の構築的な、科学的な、リアルな空間の表現からは遠ざかってしまった。

 我々日本人が好きな印象派の作家たちは反アカデミズムの作家集団であって、けっして主流ではなかった。黒田清輝などがヨーロッパに留学した頃にこの印象派が派手に注目されていてアカデミックなヤニ派に対して紫派などといってもてはやされていて、それをそっくり日本に持って帰ってきた。故に日本のアカデミックは黒田たちの紫派が主流となって西欧とは反対になってしまったわけだ。

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- 2018.07.29(ポケットの窓から)


はる 6297
 今日は法事。午前中は台風の影響で時々強い雨。礼服を着て傘をさして、墓参り。晴れたらはれたで暑いのだけど、まぁ雨の方がいいか。合掌

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今日のアトリエ - 2018.07.28(ポケットの窓から)


はる 6296
 この祖先返りのような発想の元はどこから来ているのかといえば、結局は少し前のオリジンを問うということと共通する。今あることに気がついたとする。で、それは何処から来たのか?とひとつ前を問いかける。一つ一つ前に戻って考えて行くと最後にもうそこより前に戻れないアイディの芯のようなものが見つかるはずだ。

 

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今日のアトリエ - 2018.07.27(ポケットの窓から)


はる 6295
 材料を疑うといのは何も絵画だけではないね。前にも書いたけれどカレーを作るのに出来合いのルーを買ってきてそれに、チキンを入れたらチキンカレーで、キノコを入れたらきのこカレー、ビーフカレーといくらでもバリエーションは出来るけれど、本質的な違いはない。そこから得られるものは何もない。何もないから新しい事に気づくこともない、次の展開も出来ない。ところが、もっと前材料に戻ってルーから作るという事になれば、少なくとも5種類ぐらいのスパイス(ターメリック,コリアンダー、クミンなどなど)を組み合わせて練りこまなければならない。そこから数えきれないくらいのバリエーションを得ることが出来る。

 話を絵画の方に移せば、絵は描かれる物と描くものに分けることが出来る。描かれる物は紙だったり布だったり板だったりする。描くものは元に戻れば色の粉を何かしらの糊状のもので画面に定着したものだ。この糊の成分によって膠だと日本画になるし、植物性の乾性油だと油絵、その中間で両方の性質を持っているのがテンペラ(水でも油でも溶くことが出来る)水性の糊のものは水彩画となり、テンペラというのはテンペラ―レという混ぜるというイタリア語テンペラ―レから来ているらしい。マヨネーズのごとく卵の黄身を媒介すると水でも油でも混ぜることが出来る。その水と油が白濁した状態で混ざった状態をエマルジョンという。乾くと耐水性になる。今私が使っているのはアクリルの糊を使った水と合成樹脂のアクリルテンペラといってもいい。

 絵を描く材料を疑い出すと自分が油彩画を描いていることがどうにもおさまりが悪い事にきがつく。本来表現する行為はもっと身近で素朴な行為だったはずだ。根源的なもの何々画というものでない、今自分が手に入れることが出来る材料で描いたもの、そんな絵を描きたいと思った。

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今日のアトリエ - 2018.07.26(ポケットの窓から)


はる 6294
 地塗りは三原色で塗り分ける。最初はほとんど赤ばかりだったけれど、最近はほぼ同数になってきた。まぁそれぞれが引き立てあってくれればいいのじゃないかと思っている。

 なぜ三原色かといえば、すべての色はほぼ三原色に分解できるからだ。世界の始まりはビッグバンからだといわれている。その一番最初の世界の塊にはすべての物が詰まっている。時間や空間さえ一つの塊の中にあるのだから想像する事さえできない。画家は神に代って一つの閉じられた世界を構築する。絵画は色と形のバランスなのだけれど、まず最初にすべての色の元になる三原色から始める。誰に習った訳でもないけれど、いつの間にかそれが自分のスタイルになった。

 パネルに綿布を水張りする。このやり方もいつからそういうスタイルを取ったのか、よく覚えていない。気がついた時にはこのスタイルになっていた。綿布を水張りする意味は、パネルに直接絵を描くと下からパネルの地のベニヤから灰汁がでるから、それから次に貼りこむ麻布との肌合いの違いが出せるからだ。この上からジェッソを塗り重ねるのだが、これは西欧のイコンの作り方とやや似たところがある。イコンは白亜のジェッソを塗り重ねるのだが、私は既成のアクリルジェッソを使う。何度も塗り重ねることで下地と布が一体となって、かなり強固な造形物となる。物としての存在感がかなり強くなる。

 このスタイルは私の学生時代の一種の流行から出てきたものだ。流行といってしまえば軽いけれど、かなり本質的な物作りの問いかけだったようなきがする。日本に油彩画が入ってきて約百年とすこしぐらいか。当時は西欧の文化を否応なく真似することで必死で、絵画もご多分に漏れず何の疑いもなくキャンバスに油絵、たぶんすべで輸入ものだったんだろうな。それでも当時の人は勤勉だからそこそこの油彩画を描けるようにはなってきたと思うだな。

 でまぁ百年経って生意気にも西欧と拮抗できる経済力も科学も持ってきた訳だ。そこでなぜ我々は油彩画など描いているのだと疑問に思う人が出てきた。はっきり言って油彩画は西欧の風土の中から出てきた絵画技術で、モンスーンの日本の風土の中では今一つしっくりこない画材なんだな。で、すこし考えてみようという風潮になってきた訳だ。

 絵画の材料学というのが注目され始めたのが我々の学生だったころだ。そこで今の既成のキャンバスや絵の具を画材店に買いに走るのではなく、その部分から疑ってみよう。自分達で作ってみようという流れが出来てきたんだな。

 そうやって考えると、下地は別にキャンバスでなくていい訳だ。麻布を買ってきて自分で地塗り塗料をつくって塗ればもっと自分に合った安いキャンバスができる。絵の具も顔料から作って仕舞えとなってきた訳だ。

 

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今日のアトリエ - 2018.07.25(ポケットの窓から)


はる 6293
 三岸節子は終戦の年、焼け野原の銀座のど真ん中で個展をしています。どんな時代でも、絵が欲しいという人はいると思っています。それは、心の糧拠り所だからだです。お金があるから絵を買う訳ではありませんね。いい絵を描けば需要はあると信じています。そのためには作家はいつも真剣勝負でなくてはいけませんね。コレクターはお金持ちじゃなくていいのです。普通の人が少し無理すればコレクションできる、楽しめる、そんなのでいいのじゃないかな。いつも感心するのですが、身銭を切る人も真剣勝負ですね。丁々発止、自然に眼力が着きます。それが絵をコレクションする醍醐味じゃないかな。

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今日のアトリエ - 2018.07.24(ポケットの窓から)


はる 6292
 オリジナルについて
「ナンバーワンよりオンリーワン」という歌があったけれど、何かにつけて、オンリーワンのオリジナリティが問題にされる。表現活動に関わっているとどうしてもその問題に行きつく。

 オリジナルという意味は普通、「独創の」とか「唯一の」という意味で使われることが多いけれど、本来の意味はどういうものだったのだろうか。まぁ普通に考えて(only one ただ一つの)ということは、掛け替えのない唯一のもの、そんじょそこらに同じ物があってはならない、ただ一つのもの、貴重なもの、という意味が込められているね。

 しかし、オリジナルの語源であるオリジンを調べてみると「起源 根源」とあった。独創的な物、ユニークな物という意味はない。「源泉」ということであるなら、些細な違いではなく誰にでも共通の源という意味じゃないだろうか。

 絵を描くことは自分の個性をのばすことだ、いかに人と違うユニークな存在であるかそのことを確認する、そのことが一番大切なことだというふうに考えていた。独創性、オリジナリティが作家の生命線だと考えていた。

 しかし、ただ一人の存在であることは当たり前のことなんだな。他と違うことを競うことが最も大切なテーマである仕事など大した仕事ではないのではないか。

 自分のスタイルを作って喜んでいても、そんなものはいずれは真似されるかただの流行で終わってしまう。すぐにもっと目新しい作品に取って代わられてしまう。AのものをBにした程度の違いで個性だユニークだと主張するのもおかしなものだ。本質的に違いはない。

 「オリジンがある」とは全く正反対のことだ。自分にしかないただ一つのものを探して、小さな違いをあげつらって喜んでいたんだけれど、そうではない、みんなに共通の何か、どこにでもある何かを見つけるんだよと言われた気がした。

 これは目からうろこだな。このことは大事な自分の進むべき方向を教えられた。


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憲法前文 - 2018.07.23(ブログ)



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人の家 - 2018.07.22(ポケットの窓から)


はる 6290
 「民主主義というのは分かりやすく云えば、どんな人間も自由に生きる権利があるし、反対に他人の自由に生きる権利を奪ってはいけないという事ではないか」

 どうであれ人が人を殺していいという理由にはならない。他人の自由を奪ってはならない。という前提で話を進めて行くと自然に分かることだが、戦争というのはまさに国家間の殺し合いであり、他人の生きる権利を奪っている行為だわな。これをしてはならないという憲法の理念と同じことを言っていることになるな。

 ナチスがやったユダヤ人の迫害や虐殺というのは、彼らは生きる権利がない、悪だから当然この世から抹殺してもよいという考えだな。旧日本の軍隊も同じようなものだ、昔の日本人は中国人や朝鮮人をすごく馬鹿にしていた。理由はなにもない、馬鹿だとかチョンだからなどといって差別した。同じ民族でも例えば部落の人たちを「よつあし」「エタ」「ひにん」などとこれまた差別した。彼らは人間じゃないから死んでもいいとさえ教育していた。今でもそれはところどころ残っている。人間とは浅はかで、差別されるのが嫌なくせに自分がそうでないことが分かると今度は差別する側にまわる。徒党を組む、つまはじきする、村八分にする、いじめる。

 今の日本人から考えるととても考えられないのだけれど、戦争とはそういうものだ。他民族や他国人、意見の合わない者、気に食わない者、少数派、マイノリティをことごとく差別化して抹殺する。人を何人殺したかが自慢になる世界だものね、異常だよ。しかし、それがついこの間までの日本だったんだな。ねつ造だ、虐殺などなかった、嘘つきだ、などといってるがあったに決まっている。戦争だもの、他国人は丸太なんだよ。人間じゃないと教えられるんだもの。それを無きことにしちゃいけないのだ。

 虐殺があったとかなかったそんなことはある意味どうでもいい。それが戦争だから、戦争とはそれが日常になる異常な事態だから。だからそうあってはいけない、そうなってはいけない。そうならないでほしい。そういう切実な願いから今の日本国憲法ができた。何百万人のとうとう犠牲の上に今の憲法がある。それをまた昔のように戻そうという馬鹿がいる。馬鹿がトップに立っている、国民はまた誰も反対しない。流されてあいつが悪い、時代がそうだったと人のせいにしようとしている。あんたが悪いんだよ。今声を上げるんだよ。

 やられたらやり返せ。これは凄く理解しやすい理屈だな。個人の感情で判断すればその通りだよ。オウムなど殺人者集団だ。死刑は当然だ。これは誰も反対しにくい。感情的には賛成だよ。殺してしまえ!けれどな、そこに大きな明らかな洗脳があるな。誘導があるな。

 基本的に人は人を殺してはいけない。正義は凄く曖昧なものだ。今の感情に流されて簡単に人を亡き者にしてはいけない。誰もそんな権利はない。それを許すと結局は自分たちの自由に生きる権利を奪われることになるのだな。そこのところは微妙だ。殺人者は殺してしまえは感情だ。しかし、理念として殺してはいけない。そこのところを間違えてはいけない。

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今日のアトリエ - 2018.07.21(ポケットの窓から)


はる 6289
 昨日のつづき
 「民主主義というのは分かりやすく云えば、どんな人間も自由に生きる権利があるし、反対に他人の自由に生きる権利を奪ってはいけないという事ではないか」

 仮にこんなふうに分類したとする。
生きていい人間                        生きてはいけない人間
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・            ・・・・・・・・・・・・・
権力を持っている人々                    少数意見者
今正しいとされる宗教に帰依している           異端とされている宗教に帰依している
大多数の民族                         少数民族
普通に教育を受けた者                    教育をうけていない者
主流の意見に賛成の者                   反対の者
今の法律遵守する者                     犯罪者
大企業に従事する者                     個人営業者
健常者                             障害者
健康な者                            病気がちな人
役に立つ人                           役立たず
有能な人                            無能な人
明るい人                            暗い人
若い人                             年寄り
お金持ち                            貧乏人
力の強い人                          弱い人
声の大きな人                         小さい人
自分の意見がない人                    自分の意見を言う人

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 一部の強権の意見をセーブできなくなったことから戦争と大きな犠牲をはらって、何百万人という命を犠牲にして、あぁこういうふうに権力をのさばらせると戦争になるんだなという教訓から「基本的人権の尊重、戦争の放棄」という考えが出来た。基本的人権の尊重というのはまさに上で言った「どんな人間も自由に生きる権利があるし、反対に他人の自由に生きる権利を奪ってはいけないという事」だな。

 戦争の放棄というのはその考えの延長線上に必然的に出てくる考え方だ。どの民族も国家も人民も、死んでいい、いなくなっていい人や民族はいない。

 

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クートラスト - 2018.07.20(ポケットの窓から)


はる 6288
 死刑の話。自分自身まだよくわかっていない。今日質問されたので少し考えてみたい。正しいかどうかではなく、思考の過程を晒しておく。

 私自身つい最近まで死刑の事など何も考えていなかった。皆と同じように極悪人は社会に必要ない人間だから死刑になって当然だと考えていた。心情的にはそのことは今も変わらない。例えばよく言われることは身内の人間が通り魔殺人にあって「誰でもよかった、人を殺してみたかった」などとほざかれると、この野郎死んじまえと考えるのは普通だわな。

 そのことと、社会のシステムとして「どんな人間でもたとえ極悪非道な犯罪者であっても排除してはならない」ということを同列で考えてはいけないような気がするんだな。その根拠だけれど、社会的な正義というのは時代やその権力を持っている者にとって変わってしまうというのが前提なんだな。排除するのは最も簡単な方法だけれどね。いらないモノ、気に入らないモノ、意見の違うモノを排除すればいいということになれば、綺麗な独裁となる。

 例えば戦争もそうだ。戦争は戦う相手を「死んで当然の極悪非道の人間だ」としなければ成り立たない。戦う我々は正義の味方、聖戦となる。そうやって戦争は始まる。勝てば官軍になって相手方を裁くことが出来る。裁かれる方は戦争犯罪人となる。戦前は「鬼畜米英」で彼らは悪魔の化身で我々は神の軍隊であったわけだな。ところが敗戦後は軍部はどうしようもない腐れ外道の集団のように言われる。何食わぬ顔をしているけれど、戦前と戦後は正義が百八十度変わってしまった典型的な例だ。もし、日本が勝っていれば軍部は神のように崇め奉られたであろう。負けたから戦争犯罪人として処刑された。

 大衆というのは流されやすい。というのか本当のところ空気のごとくただただ流されているだけなんだな。大きな力が働けばすぐにそちらになびいてしまう。正義などどうでもいいのだな。時代の風潮みたいなものでどうとでもなるし、すぐさま忘れてしまう。だれも百年先の正義のことなど考えはしない。その時代の空気、権力を持っている者の意向に従ってしまうものなんだな。かなしいけれど。絶対の正義などない。だから誰も殺してはいけないのだ。

 犯罪者は社会に対して悪をなしたのだから当然罰を受けるべきたというのはその通り。私もそれを反対するものでは当然ない。でなければ社会の秩序が成り立たなくなるからね。だけれども殺していいという理由にはならない。どんな人間でも排除してはならないという共通認識を育てることが民主主義の根幹ではないかと思う。

 民主主義というのは分かりやすく云えば、どんな人間も自由に生きる権利があるし、反対に他人の自由に生きる権利を奪ってはいけないという事につながるのではないか。そのことを大事な共通認識とすることが教育の最も大事すべき事柄のように思う。

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41度 - 2018.07.19(写真)
無題
はる 6287
 車に乗り込もうと思ってちらりと外気温を確認すると何と41度だった。いままでこんな温度は見たことがない。少し走って二度ほど下がったけれど、もう殺人的な気温だな。



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今日のアトリエ - 2018.07.18(ポケットの窓から)


はる 6286
 自分が古いのか今各地で開催されているアートフェアみたいなものをみてもどうもピンとこないな。今最新のアートだと言われてもなんか違うんじゃないのと思ってしまう。大体現代美術全体が私にはピンとこない。たぶん古いんだろうな。あのようなものをいくらお金が有るからといって買って帰って家に飾って置こうという気がしない。

 この間ある記事を読んでいたら、アートは投資だというふうなことが書かれていた。そうか、投資なんだ。そうやって眺めてみると、新興の中国やアジアの若手の起業家が触手を伸ばしているのが理解できる。マネーゲームの一種で絵画の価値などどうでもいいわけで単にブームというのか流れ、そうだなネットの仮想通貨と似てるな。あれも真のところは全く理解できないのだが、バブルの頃の投機みたいなものかな。誰かが100万といえばそれ以上で流通して行く。右肩上がりで値が上がっている時は誰も損はしないのだが、何処かで嘘がばれてしまう。そんな危なっかしい博打のようなにおいがするな。全部がぜんぶとは言わないけれど、オークションが絡んでくるとどうも眉唾だ。誰かが仕組んでいる。乗り遅れたら破綻する。

 私の絵の購入者をみていると、そんな人種とは別物だということが良くわかる。基本自分が気に入ったから、手元に置いておきたいから、コレクションしたいから、それだけの理由だ。私の絵が将来高く売れるからと思って投資の対象として購入する人は多分いない。本来こういった嗜好のあるものは、ただ好きだというだけでいいのだと思う。それ以外の理由はない。買った人がそれだけの価値を見出したということで、結局はまわりまわって自分の価値観を買ったのだと思うんだな。他人が何と言ってもいい。私はこれこれにこれだけの価値を見出した。そこのところが重要だ。

 骨董の青山二郎の名言だけれど「美は発見である」というのがある。結局、他人はどうでもいいのである。私はこれこれにこれだけの美を見つけた、価値を見つけたというのが美の王道、醍醐味だと思うな。

 

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暑い - 2018.07.17(ポケットの窓から)


はる 6285
 何であいつはデパートなんかで個展をやっているのか?そう思う人も多いだろうな。デパートの絵=商品という図式が成り立つ。どう弁解しても明らかに「売り絵」なんだな。大家の中にはいわゆる「売り絵」など一枚も描いたことがないという人もいるらしい。そうであるなら、莫大な資産家の御曹司か、パトロンがいなければ絵だけを描いて生きて行くことなど出来はしない。

 町場とデパートの画廊では同じ画廊でも寄って立つ位置が大きく違う。町場のギャラリーは一見みんな同じように見えるけれど内容は全く違う二種類のシステムで成り立っている。一つは画家がレンタル料を払って自ら企画する貸画廊と画廊のオーナーがめぼしい作家に声をかけて展覧会をする企画画廊だ。企画の場合条件は人によってまちまちだけれど、画廊代は必要ないけれどマージンが発生する。画廊も商売なので赤字になる作家には声をかけてくれない。デパートの画廊の場合は多分100%企画じゃないだろうか。デパートを借りて個展をしたなどという話を聞いたことがない。

 それからまぁここだけの話だけれど、私のようなほぼ無名のどこの馬の骨かわからんような作家を取り上げて個展をするなどということはデパートの画廊ではほぼ見たことがない。それまでの「デパートの絵」のイメージはインテリアとしての絵画であって、もうすでに有名な大家の版画という名のプリントとか、良くても邪魔にならない花鳥風月、若手の女体画のグループ展今でもだいたいがその傾向と一致する。

 私がデパートで個展を開催するキッカケはHさんとの邂逅による。彼との出会いがなければ私など一生デパートで個展をすることなどなかっただろう。

 彼は元々画商ではなく、デパートに企画を売り込むプロデューサー的な仕事をしていた。だから扱うものも絵画に限らず自分の感覚にあったものならなんでも企画した。例えば机とかステンドグラス、織物、陶器、それら手で作られたもの、作家を大事に育ててきたようだ。

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ポケットの窓から - 2018.07.16(ポケットの窓から)


はる 6284
 昼間は死ぬほど暑い。クーラーがあるのでなんとかこらえることができるが、扇風機だけだとちょっと無理かな。日本の夏はこんなに暑かったけ。

 明日は今学期最後の授業だな。暑いからビデオでも見せて終わりにしよう。

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2018/7/15裸婦クロッキー - 2018.07.15(裸婦クロッキー)


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はる 6283
 フェイスブックフレンドでがん患者であった知り合いが亡くなった。私とは一度個展会場であったきりだったが、つい最近までFB上ではやり取りしていた。私の大阪の個展が震災で影響を受けるのではないかなど配慮したコメントをいただいたりした。もっとも凄いなと思ったのは一週間前に痛み止めを打ちながらも友達を招待してコンサートをやったことだ。そのライブの様子も配信されている。

 積極的な治療はもうすでに止めていて、後はゆっくりと最期を迎えたいとはっきり明言していた。その潔さはカッコいいなと思った。なかなか出来ないのではないかな。

 SNSの使い方もこれからは多少変わってくるかもしれんな。例えばこういうふうに自分の最後を友達限定で公にしてゆくことで、最後まで孤立することなくコミニケーションして行くことができる。スマホさえあればそれも可能なわけだ。老人ホームに入って気に入らない人たちと暮すよりその方が何倍も充実しているのではないかな。

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ポケットの窓から - 2018.07.14(ポケットの窓から)


はる 6282
 個展をして楽しいのは色んな会ったこともないお客さんが来てくれることで、今はネット経由で知り合いになった人も多い。ネットの画面だけだと私の絵の場合半分も面白さを伝えることができない。だから初めて実際の作品に接してその時の生の感想を聞くことはそこでしか聞けない。

 学校の先生をしながら絵を描いているという人の奥さんがやってきて「主人はどうも悩んでいるようだ。もっと自由に描きたい。それを上手く言葉にできないようだ。。」人生相談ではないので上手くは答えられないのだが、もうすでに相当の腕前で認められている作家でもある。まぁ私ごときが何かを言って何の足しにもならないのだろうけれど、絵の事に関してなら私の言葉で答えることはできる。それが正しいとか、ためになったということではなく、同じ道を歩む者として参考程度の意見は言えるだろう。

 絵を描きつづけるということは簡単にみえるけれど、実に難しい。身を切るような連続だ。特にある程度のレベル以上になると自分の生き方、人生観みたいなものを乗せてゆかなければ、小手先の騙しで納得できるものではない。まして他人を巻き込んで共感し感動させることなど出来ないのだ。

 人はそう簡単に生き方を変えることはできない。自分の性格は生まれてこの方徐々に作られてきたもので、まぁ人格を変えてしまうくらい大きな出来事があれば性格もかわるかもしれないが、それは決して幸せな事ではない。日々いというのはほとんど変化もなく、淡々と過ぎて行く、それが普通なんだな。日常なんだ。生活なんだ。

 もうお分かりかもしれませんが、絵だけ変化させる。日常から切り離した大冒険をする。そういったことを望むのは違うということだな。今ある与えられた環境で精一杯のことをすればいいのであって、日常生活と全く違う事をやろうとしてもどこかに破たんが来る。悪くすれば人格的に破たんする。そんなことを言ったように思う。ひょっとするこのブログを読んでいるかもしれません。間違えていたらすみません。生意気を言いました。勘弁してください。

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ポケットの窓から - 2018.07.13(ポケットの窓から)


はる 6281
  そうですね。感情的には死刑にしてしまえ!とは思います。凄く分かりやすいのです。しかし、それとどんな異端者であれ( たとえそれが凶悪犯であっても )少数派の存在を認める、尊重する、少なくとも抹殺しないというコンセサスを作り上げることとは別にしないと民主主義は成り立たなくなるきがしますね。異端をとりあえず取り除いてしまえばとりあえずは安心できるのですが、やがて刃は自分に向けられることを覚悟しなければなりません。なぜなら誰の心の中にも異端な部分をもっているからです。偉そうなことを書きましたが、私も今知ったところです。
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 「邪魔者は消せ」というのは独裁の始まりかも。ちょうど多くの人のコンセサスが一番得やすい彼らを選んで執行したとしたなら、バックには相当な切れ者が隠れているなぁ。誰の中にもオウム的なものが少しはあっていつ我々にその刃が向かってくるのか、怯えながら暮らすのも違う気がする。

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ポケットの窓から - 2018.07.12(ポケットの窓から)


はる 6280
 あぁ長い文章を書いたのにアップするときに消してしまった。もう今日は書かん。もう馬鹿野郎だ。

 他人の文章だけれど、 何故死刑はいけないのか、そのことを私にも分かりやすく書いている。「ただ一人の少数派でも認め、多数派の暴走を防ぐという制約を掲げる」そうでなければ個人はいつか消されてしまうという恐怖にいつも晒されていることになる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
転載引用
https://www.facebook.com/kinichi.ueda/posts/1260587350743836

上田 欽一
7月7日 22:31

刑罰は人類の歴史の中でずっと、権力者が自分を脅かすものを弾圧するために使われてきました。
では民主主義社会になれば、そういうことは無くなるのか、というとそうではありません。民主主義社会でも、刑罰は多数決によって、多数派が少数派を弾圧するために使われてきました。イスラエルは立派な民主主義国家ですが、少数派のパレスチナ人を弾圧することを多数決で決定しています。
刑罰は常に、多数派が少数派を弾圧するための方法である、という認識を持つ必要があります。そして、多数派が少数派を弾圧するための論理基盤が「正義」なのです。正義が暴走すれば、少数派を粛清し皆殺しにするのです。仏教国家日本の正義は、キリスト教徒を皆殺しにしました。
西欧的な人権思想、犯罪者に人権を認めて、死刑を否定する思想は、刑罰は常に多数派が少数派を弾圧するための方法である、という認識に基づいています。少数派を弾圧しないためには、犯罪者という少数派にも人権を認めて、その犯罪者がどんな凶悪犯でも、これを社会から抹殺しない、というルールが必要なのです。正義が暴走し、少数派を弾圧、抹殺しないためには、犯罪者にすら人権を認める必要があるのです。

私たち日本の社会は、えてして、少数派を「迷惑な人たち」として非難したり、疎外したりして、すべての人が多数派に従属することを強要しがちな社会です。こんな日本の社会では、犯罪者という少数派から人権を奪い、抹殺することを「当然」と考えます。私たちの社会は、多数派にとっての正義が絶対の倫理として君臨している社会なのです。
しかし、このような極度に多数派への同調圧力が強い社会は息苦しく、実際には多くの人にとって生きづらい社会でもあります。もっと多様な価値観を認めあい、少数派が多数派への同調圧力にさらされる事無く、自分らしく生きられる社会の方が、本当はみんなにとって幸せな社会なのではないか。だって人はみんなひとりひとり、他の誰とも違う一人だけの「少数派」なのですから。
そういう社会を目指すためには、犯罪者という少数派を含めたすべての人の人権を認め、死刑を否定し、多数派の正義が暴走することの無いよう制約をかける必要があるのです。私たちは誰の人権も否定せず、誰も抹殺しない、この強い決意が無ければ、真に多様性を尊ぶ社会は作れない、という事です。

これに対し、私たちの社会に根強いのが、「被害者の家族の身になって考えてみろ」という情緒論。だから死刑にしろ。これについてははっきり言います。これは偽善者の発言です。
他者の立場になって考えるのであれば、被害者や被害者の家族の身になるだけではなく、加害者や加害者の家族の身になったっていいはずです。その他にも、もっといろいろな立場の人の身になってみてよいのです。そうやっていろいろな人の身になって考えるのなら、それは大変有益でしょう。
しかし、みんな揃いも揃って、全員、被害者の家族の身にしかなりたがらない。何でですか?
それは、被害者の家族の身になるのが「楽しくて面白い」からじゃないですか?被害者や被害者の家族に同情し、加害者を断罪する、自分がそうやって安心して正義を行使出来る存在になれるのが爽快だからじゃないですか?
そしてこういう人たちは、被害者や被害者の家族が、自分たちに都合がいい存在であるうちは被害者の家族に寄り添うような事を言っていますが、いざ被害者の家族が、正義の行使を楽しみたい自分たちに都合の悪い存在になったら、あっという間に、被害者の家族バッシングを始める人たちなのです。これまで、被害者の家族が手のひらを返したバッシングに遭うのを、どれだけたくさん見てきたでしょうか?
こういう人たちの正義が、今までどれだけの人を傷つけ、社会を毒してきたか。私たちは自分の中にあるこんな正義を、見つめ直す必要があります。
多数派の正義を疑う、これはとても大切な事だと思います。

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ポケットの窓から - 2018.07.11(ポケットの窓から)


はる 6279
 絵を売ることについて、結構いろいろ考えて文章にしたのだけれど、アップする時間がありません。また明日だな。

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シアンクレール F20 2017 - 2018.07.10(作品)

はる 6278
 夏風邪をひいた。久しぶりだな。夏風邪はつらいね。地熱なのか体温なのかわからない。家内がひいていたので時間の問題とは思っていたが、きっちりはまってしまった。

 最初に銀座で個展を始めたのが88年だと書いた。それから今年でちょうど30年になるわけだ。自慢できるものは何もないけれど、日本に居なかった95,6以外は休まずに続けたということかな。自分一人だけでは続けられなかったわけで、協力してくれた家内がいたからだとは思います。面と向かってお礼を言ったことはありませんが、不平も言わずに良く付き合ってくれたと思います。

 今だからこそ言えますが、当時は本当に皿をなめるような貧乏でした。今では少しはましになりましたが、一家の大黒柱が定職を持たない生活というのは今から考えても戻りたくはないですな。しかし、そうやって生き残ってゆけば必ず助けてくれる人があらわれるのです。捨てる神あれば拾う神ありで、なんとかなってゆくものだなぁというのが、実感です。

 援助者の一番最初は身内です。親や兄弟です。そのうちに近しい友達や関係のある人たち、そしてやがては見も知らないお客さんという事になって行く。身の回りの人たちが援助してくれている間に新しい本当のファンを獲得して行くことです。

 それから絵を売ることが芸術家のなれの果て、というイメージでいる人が多い。高尚な芸術は大衆には理解できなくて死後にようやっと認められれば御の字だ。ゴッホの例にあるようにそれが伝説化しているのだけれどね。私は自分の絵を芸術作品だとはおもっていないな。今ここで同時代を生きている人々に何かを感じて、共感してもらえれば充分だ。それが何年か後にはゴミ同然となって瓦礫に捨てられたとしても、それを買ってくれた人がその時に慰められ、心の糧になったなら充分その存在価値はあったのではにだろうか。私にはそれ以上の事はいえない。絵などそれ以上でも以下でもない。真にその人の心の持ちようだ。

 

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2018阪急うめだ個展 - 2018.07.09(you tube)

はる 6277


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コンサート - 2018.07.08(ポケットの窓から)



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ポケットの窓から - 2018.07.07(ポケットの窓から)


はる 6275
 今日は地元の団体展の懇親会。大人になって初めて受賞したのもこの会だった。今までで一番印象に残っている受賞といえば、この会からいただいた賞ではないかな。晴天の霹靂というのか、全く持って考えていなかったので飛び上がるくらい嬉しかったことを覚えている。まぁもう35年も前の話だ。

 団体展というのはどこも存続の危機にひんしている。高齢化がここでも進んで、若い人が出品してこない。新人の会員が5、60代というのを見てもこういった会の将来性に不安を感じる。まぁしかし、私はそれでいいと思っている。無理に若い人を入れる必要はないのではないか。老人の会のままいずれ自然に消滅するならそれは寿命というものではないかとおもうな。社会的な役割をもう十分果たしてきたのだから、消えるならそれでご苦労さんでいいのじゃないか。

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ポケットの窓から - 2018.07.06(ポケットの窓から)


はる 6274
 「就職しないで生きる」という本があった。内容は全く覚えていないけれど、自分のその時の心情を上手く言い当てているなぁ。本を書く人というのは人が一番求めていることを的確な言葉で表現できる人なんだな。

 まぁそのことはさておいて、人は働かないで生きる事はできない。よっぽど資産家か悪人でなければ無理だろうな。でも就職しないで生きる事はできる。大事な事は他人と比べないことだ。人と同じようにと考えるなら、さっさと就職して働いた方がいい。いや就職することは悪い事ではないし、そうやって多くの人が世の中を支えている訳だから。私もその恩恵を受けている。

 それでも自分の人生を引き替えにしても「就職したくない」というならば、その方法はある。一生働くことだ。社会保障も年金も自己責任だな。死ぬまで働く、国や企業のお世話にはならない。その覚悟があるなら可能だな。ただ地位も名誉もお金もない。ただの人でいいという覚悟がいる。まぁ自由業というのは不自由なものだ。

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コンサートが近い - 2018.07.05(ポケットの窓から)


はる 6273
 個展をしても絵などほとんど売れなかったけれど、それはそれでけっこう充実していたな。それでも知り合いが絵を買ってくれたりした。まぁそれは絵がいいからというのではなく「頑張れよ、応援しているから」という励ましみたいなもので、とても生活の足しになるものではない。それでも飛び上がるくらい嬉しい事だったけれどね。世の中満更捨てたもんじゃないね。頑張っていれば援助してくれる人もいるんだと感謝した。

 そんなことで少しお金をためて東京で発表することにした。それが88年、36歳の時だ。それからほぼ毎年地元と銀座で個展を開催している。この話をするといつも思い出すことがある。キリストについて来た弟子たちが一緒に旅をしていた。たくさんの人が彼に惹かれてぞろぞろとついて来た。食べる物がない。けれど彼は何ら心配することなく一片のパンと葡萄酒を用意した。それをみんなに少しずつ回して食べたら、不思議な事にみんなが満腹になったという奇跡の話。

 最初に用意した資金は一回展覧会が出来るかどうかぎりぎりのお金だった。まして有名で多くのファンがいて次から次と売れたという訳でもないのに、どうしたことかそれから毎年飢えることなく個展を開催している。できている。もうあれから30年経ったんだ。ある意味奇跡だよな。とても不思議なんだよ。

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- 2018.07.04(ポケットの窓から)


はる 6272
 帰宅して早速色々な仕事が予定されていて、結構疲れました。この日曜日はチェロの発表会がありますが、一週間ほどまったくチェロから離れていました。昨日ちょこっと弾いてみたら指がつりました。大丈夫でしょうか。まぁこれで恥をかく分には仕方ないでしょうな。身から出たさびということで。

 芸術家というのか夢追う人には憧れていた。実際、芸術家などという職業はない。悪くすると「あいつは芸術家だからな」というのは非難めいたニュアンスが含まれている。それでも「売れない絵描き」だとか「無名の音楽家」に憧れたりする。いまでもミュージシャンといえば若い女の子は憧れの対象ではないだろうか。しかし、実際にそのまま売れないで40,50まで夢追い人でいるわけにはいかないだろう。どこかで「もう若くないからな・・」という言葉をはいて夢を断念する。でなければ普通に暮らしては行けない。

 仕事というのか、生活の糧を得ることを他に求めて純粋に絵を描くことだけに専念しようと学校の先生を辞めてしまった。辞めた動機はそれだけではけっしてないのだが、もう後には引けない背水の陣をひく、そんな気持ちでいたことは確かだな。だからといって絵で何とかなるとは考えていなかったよ。そんなに甘くはないだろうなとは思っていた。ただこうなってしまった以上もう二度と就職はしないと決めていた。何かやってしまった。人生の落伍者、そんな暗いイメージもなきにしもあらず。あの頃が一番悲壮感があったな。

 正直どんな人生設計をしていたのか分からん。兎に角30にして学校の先生を辞めてしまった。もう後にはひけません。勇気がないのでそうやって自分を追い込めないと絵に人生を掛けるなど出来ない気がしていた。ややもすればひよってしまいそうになる自分をそうやって追い込んだようにも思うな。でもまぁ最悪でも絵を描く人生を貫いたという満足は得られるんじゃないか、それでいい。落としどころはそれしかなかった。

 絵を売るとか売れるとかは全く考えていなかった。それが目的でこの人生を選択したわけではない。結果的には絵を売って生業にしているけれど、それを目標にしてきた訳ではない。

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泣くことはない・部分 - 2018.07.03(作品)

はる 6271
 昨日無事帰って来ました。地震が有ったりして少し危ぶんではいましたが、天候もそう崩れることなく無事終了することが出来てほっとしています。さすがに地震直後だったのでお客さんの数は少ないように感じました。夕方は音もなくスーといなくなるようです。やっぱり帰宅できなくなるのは避けたいですものね。しかたないでしょう。

 大阪の雑踏はいつものようで、東京と似ているけれどやっぱり関西独特の雰囲気は健在です。いい意味でバイタリティがあるようにおもいますね。東京はオシャレですけど、スマしている感じがしますね。私が関西人だからでしょうかね。

 デパートで個展を開催するということは明らかに「売る」という意識がないとできないし、そこそこ売れるという算段ができないと企画してもらえない。町場で場所を借りてやる場合責任は自分だけ持てばいい、しかしデパートという事になれば多くのスタッフが動いているわけで、DMだけでも2000枚近く配られる。個人でこれをやればたぶん元が取れないだろうな。ノルマなどないけれど、売れないとなるとその場にいたたまれなくなる。今までそんなことはよくあった。

 売るとか売れるというのは微妙な問題だな。私は絵を描いて生きて行こうと考えていたけれど、絵を売って生きて行こうとは考えていなかった。凄く矛盾するけれどね。それならアマチュアではないか?そうなんだけれどね。絵など売れるものだとは考えていなかったと言った方がいいかな。だから最初の頃お金を払って買ってくれる人がいるんだと本当に驚いた。それってなんだろう。普通の労働の対価にしては高額になるわけで、心苦しいわけだ。例えば器があってそれで用途として使えるわけだ、けれど絵画などは用途が殆どない。純粋にその人にしか価値のないものだ。その人が10万なら10万の価値をそれに見出したということだな。

 ここらあたりもう少し考えてみたい。今日はねる。


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帰宅途中 - 2018.07.02(ポケットの窓から)

夜には帰宅します。

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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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