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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

個展4日目 - 2018.06.30(ポケットの窓から)

大阪は快晴です。おにぎり持って頑張ろう。

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個展3日目 - 2018.06.29(ポケットの窓から)

花金です。がんばろう。

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旅6 - 2018.06.28(ポケットの窓から)

個展2日目

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旅5 - 2018.06.27(ポケットの窓から)

初日です。

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旅4 - 2018.06.26(ポケットの窓から)

今日搬入飾り付けです。

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旅3 - 2018.06.25(ポケットの窓から)



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旅2 - 2018.06.24(ポケットの窓から)



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移動中 - 2018.06.23(ポケットの窓から)



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今日のアトリエ - 2018.06.22(ポケットの窓から)


はる 6260
 私は明日でかけますので、また更新が写メだけになることが多いと思います。まぁそんなに楽しみにしている人も少ないとはおもいますが。一応ねんのために断っておきましょう。

 

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ポケットの窓から - 2018.06.21(ポケットの窓から)


はる 6259
 今年はイチジクが豊作だ。しかし、ここから出かけてしまうのでちょうどいい頃にはいないという事になる。とてもとても残念。上手くは行かないモノだ。

 明後日から私は大阪に出張です。またしばらくは更新は写メだけになるかもしれませんね。

 大阪は前の学生だった頃に何年か過ごした町だ。ちょうど二十歳かそこいらの頃で、あまりいい思いではありません。何をやっても上手くは行かなかったし、何かすべての事に腹が立っていたように思うな。若いという事はそういう事かな。

 だから大阪という町にも個人的にいい思いではありません。すごく人が多くてそれこそ猥雑ですっきりしていないという当時の自分を思い出します。何か面白いことがないか?と町中を野良犬のように這い回っていたようなそんな感覚だな。アルバイトばかりに明け暮れていて、学校にもほとんど顔も出さず、どうやったら言い訳しないで学校を辞められるかそんなことも考えていたな。下宿のおじさんに辞めるのはいつでもできるから今は卒業することを考えた方がいいと留意されたことをおもいだした。まぁ結局は何とか卒業したのだけれど、卒業式にも出なかったし、卒業できたかどうかもあとから電話して聞いた。卒業証書は随分後から取りに行った。どうでもよかった。卒業論文は「技術革新と人間性疎外」などという作文だった。その中で述べていたことは、結局仕事とは何かという当時考えていたことだな。今もあまり変わらない。

 仕事をするなら農業か職人しごとしかないという結論になった。とんでもない話だけれど本気で牧場で働こうと考えて北海道の牧場に手紙を書いたこともあったな。返事も来なかった。浅はかな野郎に本気で答える気にもならなかったのだろう。という事で京都で焼き物の絵付の仕事をすることにした。これもまた適当な成り行きでたまたま新聞で職人募集の広告があったからだ。どうしても焼き物の絵付けをやりたいと思った訳ではない。これもまた浅はかだ。その時に大工の募集があれば大工になったかもしれん。そうやって私の人生は偶然に支配されている。馬鹿を絵に描いたような人間だ。「絵など描いていると人生棒に振るぞ」と言われたのもその頃だな。ドキリとした。けれど、そいつはその後すぐに死んでしまった。死ぬなら棒に振ってもいいじゃないかと思ったな。

 二年ほど焼き物をやった。面白かったけどな。覚えは早かったとおもう。元来そういう手先のしごは得意だからな。京都の土産物の焼き物程度の物なら一年もあればマスターできる。そこからが問題なんだろう。如何に本物になるかは、でもそこでは土産物程度の物しかつくってなかった。当たり前だな新聞広告で募集する作業員だもの。嫌になって辞めた。その後の話は又だな。

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スクエア展 - 2018.06.20(ポケットの窓から)


はる 6258
 今年のスクエア展の様子。

 グループ展も長く続けるとだんだんにマンネリになってパワーが落ちてくる。本当はそこで解散して新しくやり直すか、メンバーを入れ替えるかした方が活性化するのはたしかだろうな。この会はもう30年近くやっているので、生き残りをかけてメンバーを新しく入れたりしている。さて個展形式も二巡めになった。個展を併設するのはいいことだな。個人の刺激にもなるし。
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新しいエッセイ原稿
絵と言葉にいついて
表現において技術は見えてはいけないと書かれていた。確かにな。技術が見えないようにまで技術を磨かなくてはならないと。下手くそであれ上手であれ技術が見えるとそればかりが気になるんだな。で、本当に見せなくてはならないこと、ものが見えなくなってしまう。

 絵でも同じだな。デッサンがくるっていても全く気にならない場合とデッサンがくるっていると全く話にならない場合がある。わざと下手くそに描いてもわざとらしさがあると嫌らしく見える。技術がたって見えるようじゃまだまだだ。苦なく観ることができるまで、技術を磨くということだ。

 それからもう一つ。気になった言葉。「言葉で説明できるなら言葉で表せばいい」でもね、絵を言葉だけで説明すればイメージがどんどん痩せてくる。言葉は凄く大事。自分で意識を確認するためにも言葉にする必要がある。確認することでメッセージとして発した時により強いものになる。しかし、言葉だけで説明すれば事足りるかといえばそうじゃない気がする。

 例えば絵をみてタイトルを考える。描いた時には何のイメージもない。こういう感じを表現したいということもない。ただ漠然と人だったり物だったりする。で、何となく仕上がってくる途中で気がつくんだな。あぁこんな感じに仕上げたいな。憂いを含んだおばあさんが上向いて涙こらえている。これってなんだ。この婆さんなんで泣いてるだ。自分の親の事をちらっと考えたりする。誰でも年取って行くわけだ。まぁそれが悲しい訳じゃないけれど、色んなことがあったなぁ。大きな病気もしたし。大好きな人との別れもあったなとか。そんなことを漠然と思い出す。いいタイトルないかなぁ。「悲しい人にしか見えない」というタイトルが浮かぶ。そうするともうそれ以外にはありえないように思えてくる。

 絵によってイメージが喚起され、言葉によってさらに深めることが出来る。絵は言葉の説明じゃないからな。相互にからみあって探って行くものじゃないだろうか。


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食堂 - 2018.06.19(写真)

はる 6257
 早めに大阪の作品を今日送った。こんな時に被災地の大阪で個展をするのも心苦しいが、ある女流作家は終戦の45年焼け野原の銀座で個展をしている。比べるのはおこがましいけれど、今私ができることをやるだけだな。作家とはそれだけのことだ。

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今日のアトリエ - 2018.06.18(ポケットの窓から)


はる 6256
 また地震だな。地震には結構縁がある。というのか大事なところで邪魔をしてくれる。最初は阪神淡路だ。93年に神戸大賞で受賞してイタリア行きの切符を手にした。意気揚々と準備万端に整えていざ出発となった時に震災があった。展覧会をした博物館もレセプションをしたホテルもすべてつぶれた。主催した神戸市役所は特にひどかった。買い上げの作品はどうなったのか行方が分からない。(後日友達が探してくれた。どこかのコンテナに入っているそうだけどね、飾ってくれなきゃないと同じだよ)

 イタリアに出かけた大事な目的はアッシジのジョットに出会うためだったのだが、帰国してほっとしていたら今度はアッシジのフランチェスコ教会が地震で被災してジョットの絵もかなり壊れたときいた。

 東北の震災の時はお袋の法事だったかな。原発が爆発して関東は放射能が凄くてしばらく神戸の実家にいたとおもうな。それで今回だ。まぁ単に偶然だとは思うのだけれど、それにしても私が何かしようと始めるとそれを阻止するように天災が起きる。やらん方がいいとうことか。

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ポケットの窓から - 2018.06.17(ポケットの窓から)


はる 6255
 まぁすごく傲慢な事を書きますが、フェイスブックなどみていても画家、アーティスなどと書かれているのをみて、そのサイトに並んでいる絵や作品をみるとがっくりとくる。ほぼ90%は素人に毛が生えた程度の絵で、これで画家とかアーティストと自称であれ良く描けるなぁと感心する。まぁ自称するのは簡単な事で、誰でもアーティストと称することはできるからな。

 後の10%は今はやりの美人画系統の絵描きで、展覧会をすればかなりの確率で完売するようだ。まぁやっかみも含めて羨ましい限りだ。しかし、なんだろうな。あんな間違えばマネキンかエロ画像のような絵をどこに飾っておくのだろう。コレクションのためのコレクションかな。死蔵するのだろうか。それだけでもきもいものだ。日本人の美意識というのは特殊であることは認めるけれど、未だに浮世絵の枕絵に近いものが珍重されるようだな。まぁそれもいいか。

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今日のアトリエ - 2018.06.17(ポケットの窓から)



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ポケットの窓から - 2018.06.16(ポケットの窓から)


はる 6254
 韮崎の駅前のカフェ・ボンシィク。なかなかいい感じのお店だった。しかし、人口密度の少ない地方の田舎町でお客さんを維持するのは大変だろと老婆心。

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ポケットの窓から - 2018.06.16(ポケットの窓から)



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2018「バラーダ」F3部分 No2089 混成技法 - 2018.06.15(作品)

2018「バラーダ」F3部分 No2089 混成技法
はる 6253
 「あるモノで何とかする」というのは日本語の表現として的確ではあるけれど、カッコウはよくないよな。プリコラージュというそうだ。

 絵画表現の中でそれが出てきたのはそんなに古い事ではない。例えばピカソなどが新聞紙をコラージュしてそれにグラスの形を描きこんだり、トロンプルイユといってだまし絵的に大理石模様のプリントをそのまま代用したり、自転車のサドルを何か動物の顔に見立てるとか。初めは単に効果的に面白かったりしたからそのまま使ったりしたんだろうな。

 身近にあるモノをそのまま他の意味に転用することの面白さ、新しく意味を発見する、見立てるということに大きな価値を見出したという事かな。

 考えてみるとこの「見立てる」という価値の変換に意味を見出したのはたぶん千利休の頃の茶道からではないだろうか。このあたりのことはそんなに詳しくはないのだけれど、何でもない日常雑器であった朝鮮の井戸茶碗に「無作為」の価値を見出した。「見立てる」という価値を作り上げたわけだから。

 現代アートのコンセプトというのはこの「見立て」という事じゃないかと思っている。


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今日のアトリエ - 2018.06.14(ポケットの窓から)


はる 6252
 今日もまた忙しくしていた。何だろうな、暇人のはずが雑用が結構多い。午前中は個展ためのパソコン仕事。DMの住所録整理もパソコンがなければ出来ない煩雑なしごと。昔はすべて手書きだったからな。大変だ。

 物を観て描くことは嫌いではないな。人体デッサンやクロッキーはどちらかといえば好きなんじゃないかな。いっこうに上手く行かないから次はもっと上手くなってやるとやる気になるわけだ。しかしなぁどんなに頑張っても持って生まれた才能というのか、根性というのかラファエロやダビンチにはなれないな。あの人たちのモノの見え方は異常だな。どう頑張ってもあんな風には見えない。見えないから描けない。

 ある意味絵が描ける人はその部分で満足してしまうのだろうな。だから私から言わせると工夫がない。自分の技術だけ、才能だけを見せようとする。どうだ、上手いだろうというのが見え隠れする。観る人はそんなもん見たくはない。

 自分はどんな時に一番面白いと思うのか?そこに自分のカケラが残っている。それを見つけ出すのだな。私はそうだな、出来るだけ不自由な方が興味がわく。「あるモノで何とかする」そういった状態をあえて作り出すわけだ。

 眠くなった。続きはまた。
書道家の山本 尚さんの志投稿
記録に残したいので無断転載します。ごめんなさい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昨日 13:32

現代アートの世界で、あなたの作品が勝ち残るためのアドバイス

◆ポイントその①
〜作品クオリティを獲得するためには、現代アートの作品を見ておくこと〜

まず、作品にはクオリティの高さが求められます。相手は井上有一のコレクターだったり、下手をすると、リヒターのコレクターだったりもしますから。そうした、すでに市場にあるものを可能な限り見ておくことがポイントだと思っています。

つまり、あなたのアトリエがただの密室であるなら、それは叶わないわけです。

彼らの画集が置いてあるか?外に出て美術館やギャラリーで、そのホンモノを見ているか?という、いわゆる「目利き」に、まずアーティスト本人がなっていなければなりません。

このハードルを越えてないケースが、ここまで拝見していて、とても多いですね。

◆ポイントその②
〜アーティストは目利きであることが必須(目利きになるには?良し悪しの判断基準とは?)〜

目利きになることは、すぐにでも出来ます。見て、なるほどなと思う。これだけ。

良い悪いは、作品を見て、さらには解説を読んでも、ピンと来なければ「悪い」、ピンと来たら「良い」か、「自分は嫌いだけど、アーティストが努力した結果であり、見方を変えたら良い作品なのはわかる」、これでしょうか?

だから、良い作品とは好き嫌いだけではなく、見方を変えたら、なるほどそんなものかとわかるレベルなものも、良い作品なわけです。

◆ポイントその③
〜作品点数を貯める〜

「量は質を作る」という言葉の通り、毎日アトリエに入って、作品を作ることが大切です。そうしていくうちに、自分の作品とはこうである、とか、この後に続く作品とは、こんなものだろう、などという、作家としての心構え的なものに必ず成長があるはず。

もし、そうではないなら、自分自身の目的が、プロのアーティストではないのかもしれません。売名、金銭、ただの趣味、など、プロのアーティストに相応しくない、当てはまらない要素があなたの中での比重を占めている可能性があります。

色々なものに振り回されて、作品が一向に増えていかないなら、アーティストにはなれないと思います。

とにかく、作品を作って作って、そのうち数百点以上、クオリティのあるものがストックされれば、ギャラリーやコレクターが注目するに決まってます。

前回のART SHODO TOKYOでも、何人かのアーティストはギャラリストやコレクターが声をかけられていましたし、今現在も問い合わせがあります。なければ、それはクオリティが不足しているのです。

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ポケットの窓から - 2018.06.13(ポケットの窓から)



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ポケットの窓から - 2018.06.13(ポケットの窓から)



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2018「しまかげ」SM部分 No2080 混成技法 - 2018.06.12(作品)

はる 6250
 2018「しまかげ」SM部分 No2080 混成技法
 今日は学校だった。風景スケッチに出した。しかし、最近は風景スケッチなど面倒な事はやらないみたいだな。それとも二時間続きの授業が取れないのだろうか。まぁ一番簡単な授業だと思うのだけどな。ただ指導するのは結構大変かもしれんな。興味のある生徒ならいいけどな。興味のない生徒を如何にして一生懸命に取り組ませるか、こいつがなかなか難しい。美術などみんなが興味がなくてもいいのだけどね。ほんの少しでも面白いと思ってくれれば、やった甲斐があるというものだ。

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ポケットの窓から - 2018.06.11(ポケットの窓から)


はる 6249
 友人の家を訪問した。素晴らしいロケーション。羨ましいが、老人には維持管理が大変かもな。山に住むのを仙人というが、私は谷に降りて俗人か。

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ポケットの窓から - 2018.06.10(ポケットの窓から)


はる 6248
 今日は裸婦クロッキーだった。画像はまた明日にでもアップしましょう。そのあと「万引き家族」を例のイーオンモールに出かけて観た。感想はこれもまた後だな。まぁ日本の映画じゃ面白い方かもしれんな。リリーフランキーはいい役者だな。あと安藤さくらもなかなかふてぶてしいいい女優だ。役者は面白いしごとだな。

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ポケットの窓から - 2018.06.09(ポケットの窓から)


はる 6247
 今年の我が家の梅です。一本しか木がないのでこんなものでしょう。春先に剪定して若干消毒するようになって毎年実がなるようになった。何もしなければ茫々になるだけで、後はアブラムシが枝先にについて葉っぱがやられてしまう。そのために実は一つもつかなくなってしまった。ネットで調べてどうにか実がつくようになった。完全無農薬という訳にはいかないようだな。方法はあるのかもしれないがね。

 額入れも今日で終わるかな。結構時間がかかった。

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2018「子守歌」F6部分 No2086 混成技法 - 2018.06.08(作品)

はる 6246
 2018「子守歌」F6部分 No2086 混成技法


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ポケットの窓から - 2018.06.07(ポケットの窓から)


はる 6245
 ちょっと息抜き。飯を食いに出かけた。

 額入れはまだ続行中。意外に時間がかかる。今回は新しい額に入れるのと量が他の展覧会の倍近くある。会場が広いからねぇ。初めて会場を見た時は「あぁ失敗した」と思った。こんな立派なデカい会場でやって元取れるのか?間に入った画商さんに恥かかせるのじゃないか?そんなことばかり心配した。オープン前からかなりブルーなモードだったな。

 今でも思い出すのは松屋の広い会場を私の作品だけでいっぱいにしたことだ。これは本当にビビったね。あれをやりきったことを考える阪急の会場は半分くらいだから何でもないはずなんだけどね。しかし、阪急には関西人特有な思い入れがあるからな。会場はまぶしい。

 

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今日のアトリエ - 2018.06.06(ポケットの窓から)


はる 6244
 今日は額入れをした。というのかまだ終わっていない。リストアップがけっこう時間がかかる。気に入った作品だけで展覧会をすると同じような作品が並ぶことになる。できたらそれは避けたい。赤の横にはそれ以外の作品を持ってきたい。そう考えると一旦全部並べてみるしか方法がない。また現場でいろんな条件を考慮して組み立てるのだが、アトリエで出来るだけ変化があるようなセレクトをしたい。本来は新作だけで展覧会を組みたいのだが、どうしても違う色が欲しかったりすると、古い作品を持ってきたりする。むろん同じ場所で同じ作品を出すことはない。今回は50点ぐらい用意するつもりだ。どの作品をいつどこで出したのか、作品一つ一つの履歴を作っておかないとダブってしまうことになる。面倒だといえばこれが一番めんどうかもしれんな。

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2018「古い手紙」F0部分  - 2018.06.05(作品)

はる 6243
 2018「古い手紙」F0部分 No未定 混成画法
阪急で展示予定


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今日のアトリエ - 2018.06.04(ポケットの窓から)


はる 6242
 今日は写真の撮影をした。まだ少し描き足りない作品もあるけど、いつまでも触っていると次の作業が出来ないので、今回はここまでとした。後は作品を選んでリストを作って額装かな。新しい作品は半分くらい後は旧作かな。

 よく年に何回も個展をやれますねと言われるけれど、個展もこうやって順繰りに各地で開催していると負担はそれほど感じない。かえって何年に一回しかやらない方が手順が出来ていないので大変かもしれない。全部新作でという事になると難しいかもしれないがね。むろん同じ場所では同じ作品は出さないのは当たり前だが、それ以外であれば新旧織り交ぜてもいいと思っている。

 こうやって各地を回る手順を作りあげるまでが大変だな。私に関していえば、関西出身であるというのが、けっこう有利に働いているきがするな。ベースになるところが二か所あるというのは有難い事だ。自分がいっぱいいっぱいにならない程度の巡回がどの程度なのかその見極めがむつかしいかもしれん。これも相手(画廊)があることだし、自分だけ良けりゃいいという訳にはいかない。生業にするということはそういうことだ。

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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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