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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

今日のアトリエ - 2018.02.28(ポケットの窓から)


はる 6145
 昨日今年度の最後の授業だった。作品を提出の際に一年間の感想を書かせるのがこのところの恒例にしているのだが、高校生とはいえ男子は幼くて感想を読んで面白いと思ったことは少ない。「面白かった」「よかった」「勉強になった」そんな感想しか書けんのかと悲しくなる。

 ところが女子生徒が何人か混ざっているのだが、彼女らの感想はけっこう面白い。ちょっと内緒で紹介しよう。たぶんにごますりも入っているかもと思いますが、それを考慮してくださいな。

「私は美術が好きなので授業はとても楽しかった。・・・外の出て絵を描くのが一番思い出に残りました。サインペンで一発本番だったのでよく見ながら描いたら普通に見ている所とは違うように感じられ、新しい発見が出来ました。絵を描いている時は自分の心が完全にひらいている時なので心が軽くなります。・・・自分の言葉では表せないことを絵にして伝えることはとても楽しくて気持ちのいいものだと思いました。・・・」

 こんな感想ばかりだと嬉しくなるね。しかし、この男女の差はどこまで続くのかね。

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一日の終わり - 2018.02.27(作品)

2018「一日の終わり」F8部分
はる 6144
 物を観て描かなくなって何年も経つ。最初は描くということはそこのあるモノを具体的に描写することと理解していた。だから物を観ないで描くという事がどういう事なのかなかなか分からなかった。絵を描くことが好きな人には二通りあるかもしれん。一つは優れたデッサン家ともう一つは空想家。前者はまるで写真を撮るように見えた物を切るとることが出来る。後者はイメージを形に出来る。どちらも天性のものだ。私は残念なことにどちらの才能も持ち合わせていない。

 デッサン家はたくさんいいる。それこそキラ星のごとく優れた作家が居る。たぶんに天性のものがあって俄かには対抗できない。まぁそれは空想系でも同じだけどね。夢見る夢子さんではないからなぁ。

 物を観ないで描くにはどうしたらいいのか、そこのところ手探りで探して行くことになる。布をコラージュしたり絵の具をたらし込んだり画面を痛めつけることで見えてくる何やら楽しげな形や色、それが何故心惹かれるのか問いかけることで見えてくる私という人間。奇しくもそうやって探して行く過程がそのまま自分のイメージの根底を探って行くことと同じだという事に気がついた。

 今はまだ旅の途中だけれど、旅そのものが目的になりつつあるな。


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チェロ - 2018.02.26(ポケットの窓から)


はる 6143
 絵の事に関してはかなりのことに自分の言葉として身のある話が出来る自信がある。いままで考えたことがないような事でも何かしら臨場感を持って話が展開できる。それは小さな子供からかなり専門的な立場の人の質問にも対応できると思っている。ところがそれ以外にの事はすべて言い訳じみて格好がわるい。潔くないな。

 絵の事に関してはいままでずっと考え続けてきたから、専門的な言葉は知らないかもしれないが自分の言葉で話が出来る。そういう自信は結構大事な事のようにおもうな。

 もう今日は眠いので寝ます。

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2018/2/25裸婦クロッキー - 2018.02.25(裸婦クロッキー)


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瓢箪鯰 - 2018.02.24(ブログ)

 如拙「瓢箪鮎図」

 
はる 6141
 今朝の新聞にこのことが書いてあって長年の謎がやっと解けた。なるほどと思ったのだな。教科書などの解説にはぬめぬめナマズを形の丸い瓢箪で取り押さえることの難しさ、不可能な事、こっけいな事のたとえ話とたぶん書いてあった。高校生の時にこりゃなんじゃと思いながらもそうなんだと納得していた。しかし、今日の解説を読んで全く違う話じゃないか。

 発想の転換。瓢箪の中に自分の意識をいれる。今あなたは瓢箪の中にいる。そして靴下をひっくり返すように瓢箪の内と外をひっくり返すとどうなる。今まで外と思っていたもの、ナマズを含めた宇宙全体が内になって外が瓢箪の中に入ってくる。なんと壮大な話じゃないか。

 何とも分かったような分からん話だ。おもしろい。この発想の転換、何に着目するか、私はどう見たのか考えたのかというのが芸術の要ですね。普通に何気に見ていたら気づかないものが、そのアイディアでもって全く新しく見えてくる。

 解釈が間違えているかもしれませんが、ちょっと考えてみました。Aは瓢箪のなかに私の意識をおきました。ナマズを含めた全宇宙が外の世界です。Bは瓢箪を靴下のようにひっくり返しました。そうするとナマズを含めた全宇宙(外の世界)が瓢箪の中に入ってきます。裏かえった瓢箪の中は今まで見ていた瓢箪の皮が接していた空間です。瓢箪の形をした摩訶不思議な空間ですね。面白い。


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今日のアトリエ - 2018.02.23(ポケットの窓から)


はる 6140
 長い間高校で美術の非常勤講師として全日制が一日、定時制が一日、都合二回教壇に立っている。もう来年で35年になる。私より古い先生はいないから校長先生でも怖くない。結構居心地がいい。ここで仕事を貰っているのは無論生活の為というのが大きい。絵描きなどという不安定な収入ではなかなか暮らしは立てにくい。かといって正規の学校の先生になるつもりはなかった。安定した収入を取るか、不安定でも自由気ままな生活を取るかだな。

 この間大学の先生の話が載っていたけれど、数字は定かではありませんが、正規の大学の先生の年収は1500万で、同じような仕事を非常勤にやってもらうと年間150万だとか書いてあった。だから当然大学からすれば非常勤をたくさん雇った方が安上がりとなる。

 私が学校を出た頃1975年頃だっけ、オイルショックがあって日本経済が大きな痛手を受けた。オリンピックを挟んで万博、ゆけゆけドンドンで経済成長してきた日本が石油一つでこれほどつまずいてしまう、もろいものだと気付いた時だ。私はまともに就職するつもりもなかったので仕事など何でもよかった。その場しのぎのアルバイトでも気にしなかった。

 非常勤の仕事を始めた頃に組合を作ろうという話があった。立場の弱い非常勤は一人では戦えないからね。学校側も非常勤がいなきゃ実際困るだろうからね。徒党を組んで自分たちの要求をアピールしようという話だ。まぁ理解はできますがね、私は参加しなかった。私は好きでこの仕事を選んだわけで、絵を描く片手間に先生をやっているわけだから、何処か心苦しいところがあるわけで、立場が弱いぐらいがちょうどいいと思っていた。先生としては最低の教師だ。

 何でこんな話を書くかと言えば、派遣法が出てきた85年頃の話で、今からは働き方が自由に選べる。自分のライフスタイルにあわせて時間も職種も自由に選べるなどとほざいていた。その結果いまの労働者の非正規の割合、過労の度合いはどうだ。自分が進んで非正規を選んだのなら仕方ないけれど、まともに就職できない若い人たちは結婚も家庭も子供も持てない。少子高齢化と言われているのに未だに決定的な策が打たれないのは怠慢だな。それに今回の裁量性って何。まともに考えているとは思えんな。革命が起きてもいいくらいだ。

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今日のアトリエ - 2018.02.22(ポケットの窓から)


はる 6139
 二匹目のどじょうではないけれど、この間の話の前(写生から)の話をしましょう。違うという人はスルーしてください。

 もちろん写生にも自己表現があります。でも比較的にその割合が少ないし意識するようにとは教わりません。何も考えずに頭をからっぽにしてモチーフに向かう事で比較的に簡単に無意識の領域に入ることが出来るのですね。まぁ要するにもうここで結論が出ていますが、如何にして無意識のというのか天然の状態になるかという事になるのでしょう。最初から天然の人もいますが、普通の人はかなり練習しないとそこまではいけません。

 話がまたそれてしまいました。絵を描く人が誤解していることが一つあります。発達段階ではありませんが、最初は写生から始まって段階を踏むと自然に造形の段階に入って行けると思っていることです。これははっきり言いますが、写生は表現の前段階ではありません。写生は写生で一つの大きな領域なんです。写生で画道を全うしようと思うならそれも一つの生き方だとおもうのです。ただ写生をいくら繰り返しても造形的な絵にはならないということです。造形的な絵にしようと思ったら意識を変えなければなりません。反対に言えば何かを意識することから始まるのです。絵で何が出来るか、何をしようとするのかを意識することです。

 ここでセザンヌの話を書いたものを載せます。
はる 5791
 画面をどうして平面化するのか?という質問を受けた。そうだな凄く当たり前にそう信じて絵を描いてきたけれど、あらためて聞かれると上手い具合に答えることが出来なかった。何故なんだろう、考えながら書いてみる。

 画面の平面化を意識したのは、学校に入って毎日絵だけを描いていればいいという環境になってからだな。静物を並べてそれをそのまま描いていた。ところが何枚も描いている内に段々飽きてくる。どう描いてもそんなにかわり映えしないからね。受験勉強のようなテクニックだけの絵を描いても仕方ない訳だ。がりがりの具象をやるならそれでもいいのだけれど、そちらの方には興味が向かなかった。

 具象でありながらどこか新しい解釈で絵を描く方法がないかと模索しているときにセザンヌと出会う。むろん昔からセザンヌは知っていたけれど、それほど臨場感はなかった。ところがその時にセザンヌの方法が道しるべのように立って私に方向を指し示してくれた。取っ掛かりを与えてくれた。そこから近代の美術史が目の前に開けたような気がして嬉しかったな。ピカソ、ブラック、などのキュピズムの巨匠たちの方法徹底的に真似した。

 なぜ平面化なのかという問いだな。ここらあたりにヒントがあるきがするな。絵画の再現性みたいなことだけれど、写真が出来るまではリアルな三次元空間を再現するというのが絵画の一つの大きな役割だったわけだ。ところが写真が発明されて視覚的なリアリティはカメラに負けてしまう。それを追及したところで叶うはずもない。

 もう一つは作家の表現ということになるか。職人としてよりも作家として自己の表現ということを第一とするようになってくるわけだ。そうなってくると反対に絵画の再現性みたいなものが反対に邪魔になってくる。そこに縛られていたのでは表現の枠が狭く感じられるようになってきたのではないかな。絵画の本質はそこにはない。作家の表現を第一に考えるならば絵画の再現性という枠から出る方が自由になるという事かな。

 セザンヌがやった重要なことは絵画をリアルな再現性というところから解き放ったことだ。時間経過を多視点という方法でとらえてあらためて自分の意思で組み直して構築したという今までの絵画ではまったく考えられなかったことをやったことだ。これで絵画は閉じられた空間の中である一定の理で並び替えられた色と形の集合体であるという理論に行き着くのだな。

 何故平面化か?という問いの答えは、絵画を再現性から解き放つことにある。再現性から自由になることでダイレクトに自己の表現に向かえるからだ。そのことのために絵を描くのだからね。


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今日のアトリエ - 2018.02.21(ポケットの窓から)


はる 6138
 昨日の文章をFBで発表したら結構波紋を呼んだ。適当に書いた文章なのにな。でも無視されるよりはうれしい。やはりというのか今ブームになっている人形さんのようなブロマイドのような絵に対して疑問を持っている人は多いようだな。そりゃそうだろ。可笑しいもの。

 絵が分かる」っていったってそれが花であることが分かるというのじゃ絵を描く意味ないじゃんなんて思ってしまう。綺麗なねーちゃんを綺麗になめるように描いてそれが何んだ。趣味悪いじゃんなんて思う。

 よく思うのは欧米の作家と日本の作家の違いです。どちらがいいかという話ではないのですが、例えばスペインの具象の巨匠ガルシアなど近くで観ればそんなに細かくは描写していません。反対に日本の今はやりの具象画は明らかに説明画です。描写とは私はどう見たか見えたかの表出だと思うのですね。写真を見てそのまま説明するのであればパソコンで充分なんでしょう。やはりそこに発見がなければ、解釈がなければとおもうのですが、そんなことを感じました。

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今日のアトリエ - 2018.02.20(ポケットの窓から)


はる 6137
 何か変な文章だけど、そのままアップします。

 学生時代によく思った。例えば花を一生懸命写生するとする。初期の目的は美しいものを出来るだけ忠実に描写しようとする。でもまぁどれだけ頑張っても実際の花よりは劣るのは仕方ない。自分の目を通したある種の美しさを表現するという事になる。絵画には絵画の言語があってそれを学ぶことである程度描写することはできる。デッサン、陰影、色のハーモニーとか形のリズムとかムーブマンとか。画材特有の技術の習得。

 でも今感じている気持ち、不安とか焦燥感とか苛立ちとか幸福感など、今ここで感じていることとはまったく関係のないことだ。今を表現しなくて何が表現なんだ。確かにそりゃ確かに何か感情的なものを描きこむことはできたとしても、ここで花を描写してもあまり意味ないわなぁ。今やっていることと実際に表現したいことの間には凄いギャップがある。

 例えば文学や音楽は直接感情に訴えてストレートに心打つ。いい歌を聴けば実際泣けてくるし、映像なんかもそうだ。いい映画を見ると感動で震える。絵でもそれくらいの感動や共感を見る人に与えたい。それには綺麗な花をそのまま上手に描いただけじゃダメなんだな。ただ綺麗な花がある、お上手ですねで終わってしまう。そんなことのために一生を費やすのじゃつまらない。

 絵を観ることで観た人の人生を振り返ることができなければ、フラッシュバックできなければ共感することはありえない。作家はそれ以上に自分の心の中を覗き込むのだ。そうやって吐露することで観た人の共感を呼ぶのじゃないだろうかな。


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はる 6136 - 2018.02.19(ポケットの窓から)

はる 6136
 大阪の学校を卒業して焼き物の絵付けの仕事をしていた。当時考えていたことははっきりとは覚えていないけれど、何をやっても何処にいても生きて行ける自信はあった。でもそれは時限爆弾のようにタイムリミットがあっていつまでもとはいかないのは分かっていた。しかし、日々の忙しさにかまけて、出来るだけ見ないように考えないようにしていたんだな。

 私は職人になりたかった訳じゃない。ただ流されるように髪を切って小奇麗にして就職するという気には到底なれなかった。学校卒業すればどこか適当な就職口を見つけて、どこかで自分と折り合いをつけて満員電車に揺られて会社勤めをする。何の特技もない人間はそうやって他人様の釜の飯を食うしか方法はないじゃないか、そうそれは頭では分かっていたのだけれどどうしても「いやだ」。兵隊のように良く見えない敵に向かってがむしゃらに戦うのはどうしても「いやだ」。その考えはいつごろから有ったのだろう。

 それだったら大型の免許でも取ってダンプの運転手でもなった方がいいと真剣に考えていた。使われることに変わりはないのだけど、何か自由がある気がした。もっと好きなように生きてみたい。学校卒業するまでは親の言いなりでも仕方ないだろう。学費やその他いろいろ世話になっているのだから、そこからは例え野垂れ死にしてもいいから好きに生きて行きたい。何だろうこれは、表面上には表れない心の奥底にある願望だな。

 仕事と収入、自分の生き方、何をしたいのか、何が出来るのか、そこら辺りは本当に良く考えた。二十歳そこらの若造じゃ絶対に結論などやしない。収入を得る方法は何処かで身を売って、時間を売って得るしかないのだからね。結局何もしたいことなどなかったのだ。絵描きになりたかった訳じゃない。たまたま最後に残ったのが絵を描くということだっただけだな。

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1971年神戸から北海道 - 2018.02.18(写真)

はる 6135
 馬鹿をやる体質は変わらんな。関西ではイチビリという。何と言うのかな、お調子者。目立ちたがり。そんなところか。ほとんどホームレスのごとく駅や空屋に忍び込んで野宿のごとく寝ていた訳だから高田渡の「ところ構わず寝たのです」そのままです。そんなのでも生きて行けたのですな。若いという事だ。

 ある意味で放浪者というのか浮浪者というのか、何処でも何をやっても生きて行けるそんな人間になりたいと思っていたな。でもそれって何処から来ていたのかな。ある種時代の傾向だと思うのだけれどね。ビートルズから始まった反体制的なスタイルというのか、そんなものにどっぷりと浸ってしまったようだな。今もあまり変わらんけど、当時はもっとそんな傾向が強かった。就職したくないとも思っていたな。

 何だろうな世捨て人的な生き方が憧れだったな。まだこの頃は絵を描いてなかったからな。模索していた時期だろう。
 


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天使の門 - 2018.02.17(ベッドの上の王国)
天使の門_

捧げもの_

復活_

孤島の王_

再生1_

再生2_

はないちもんめ_


ダイナミックなもの、生命力_

いつものはる_
はる 6134
「天使の門」 大学ノートに万年筆 ボールペン 2000 4/15

2000年の4/12から約一ヶ月間、生涯で始めての入院生活を経験しました。治療は胃の全摘出。ここでの生活は今まで以上に「いま、このとき」を大切にしなければという思いにかられました。

 この「天使の門」はその時に、ベットの上で落書きしたものです。人様に見せられるようなものでもないのですが、「悲しい人にしか見えない」何かが描かれているようにおもいます。一度ブログで発表したものですが、もう一度載せることにしました。


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今日のアトリエ - 2018.02.16(ポケットの窓から)


はる 6143
 さて何を書くか?そう思って何も浮かばない日もあるな。そういった時は何か目の前にあるものを取り上げる。例えば今目の前にあるのは万年筆だ。でこれについて何か思い出しながら書いてみよう。

 私が小学生の頃はまだ文具は鉛筆と消しゴムだったな。シャープペンが出てきたのは中学生の頃だったか。それでも今のノック式ではなく、ぐるぐるとネジのように巻いてゆくタイプだった。これは故障が多くてね。学生の文具というのはまだ開発途上だったな。高校受験の頃にはノック式のシャープンが出てきたかな。これで一気に鉛筆が筆箱から消えた。

 中学生の最終学年だったか、東京から転入してきた男子H君が万年筆を胸にさしていてカッコいいなぁと思ったことをよく覚えている。夏服になった時にさりげなく見えかくれしてこいつは何てオシャレなんだとおもった。まぁけっこう問題の多い生徒だったけど、私とは割と仲が良かった。今から考えると東京で問題を起こしていられなくなって関西の親戚に預けられたんだな。ギターで「禁じられた遊び」を上手に弾いた。そんなのも他の生徒と違ってたな。高校が違ったので自然に合わなくなったけど、噂ではヤクザになったと聞いたな。

 高校になって日記をつけるようになって筆記用具は万年筆、インクはブルーブラックと決めていた。あの万年筆はそんなに凝ったものではなかっただろう。たぶんスペア―インクが出始めた頃で、パイロットじゃなかったかな。万年筆は他の筆記用具と比べて何か特別感があって好きだな。今でも手紙とかハガキなどを書くときにボールペンより高級感があって使う。貰った場合も万年筆のインクの味は他とは断然違うように思うな。面倒だけれどね。

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haru 6142 - 2018.02.15(作品)

はる 6142
 私のネット環境はケーブルテレビのプロバイダーと契約している。最初の頃は電話回線を利用した環境で、まだ常備接続ではなく深夜11過ぎにならないと普通の電話料金を取られるスタイルだった。だから出来るだけ簡単に必要な検索や自分のメールをチェックするくらいだったな。

 この春からこのケーブルもやっと光ファイバーになるそうで、二三日前にその工事の日程やらの相談にきた。料金は変わらないにしても結構っ面倒な工事をやるらしい。どれだけメリットがあるのか分からないのだけど、一応光にしないという選択はないようだからしかたない。

 この際だからという訳ではないが、いままでバラバラだった電話とテレビとネットを一緒にすれば少しは割安になるという説明だったのでそうすることにしたのだけれど、私のところは電話がアナログ回線の黒電話だからどうなんだろうな。

 しかし、音声も画像もテレビ電波も何もかも光で送れるってどういうことだ。デジタルというのは何でもかんでも0と1のパルスに変えてしまう。もう人間の理解できる信号ではない。


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ペルソナ - 2018.02.14(作品)

はる 6141
 


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静岡懐山のお面 - 2018.02.13(ブログ)
無題
静岡懐山のお面
はる 6140
 2000年の三月に胃を原発とする悪性リンパ腫を告知された。治療方法は胃の全摘しかなく五年生存率が何パーセントとか言われた。告知された一週間は強烈に落ち込んだ。今では治療方法もかなりオープンにされていますが、当時癌の告知は「死の宣告」のように思ったものだ。

 当時読んだ新聞の投稿に「悲しい人しか見えない」というエッセイが載っていた。癌を告知された若いお母さんの話で、満開の桜がはらはら散る様子はこの世のものとは思えないほど美しく感動したという話。これを読んで泣けたなぁ。泣けた。あれほど美しい桜はもう見ることはないだろうな。

 学生時代の友人のお姉さんが癌になった。もう治療方法はなく、これからは緩和ケア―しかないという話だ。後数か月の余命だから、最後に桜の花見をして温泉にでも行きたいと言っていた。それだけの覚悟はなかなか出来ないよ。あぁ思い出して泣けてきた。いずれ我々も行く道だけれどもね。

 今は完治して悲しい桜は見えません。



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仮面 - 2018.02.12(ポケットの窓から)


はる 6139
アフリカのお面
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 何年か前、東京の民芸館におじゃました時に古い民芸の雑誌があった。そこの表紙絵に使われているお面の写真が素晴らしかったのでむさぼるように読んだ。アフリカの仮面のようにも見えるし、古い壊れかけのお面のようにも見える。実はこれは静岡県の懐山に伝わる土着のお祭り「おくない」に使われるお面だった。

 普通お面と言えば誰かそれを専門にした職人が技巧的にも技術的にも粋を集めた、例えば舞楽面とかお能のお面を思い浮かべるが、このお面はもっと土俗的な今までお面など作ったことがないようなお百姓さんがその年の豊穣を願う舞のために精魂込めて作ったというようなお面なんだな。この下手臭な無作為さがいい。

タオ展tao展


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今日のアトリエ - 2018.02.11(ポケットの窓から)


はる 6138
 なぜ仮面を作ったのだろうか?そんなところを探りながら書いてみます。つじつまが合わないところがあるかもしれませんが突っ込まないでください。

 元々お面は好きだった。家にはアフリカの仮面をはじめバリ島のガムランのお面とかその他いろいろコレクションしている。このお面を作ったのはある画廊の個展の企画で何か新しいことをやってみないかという話があったので、それでは前に一度作ったことのあるお面に挑戦してみようと思ったのだな。

 さて、お面が好きだと書いた。この好きというのがどこから来ているのかなんだな。好きに理由はないというかもしれませんが、それで終わってははなしが続きませんな。どこかにその糸口があるはずだ。

 アフリカのお面を始めてみたのは銀座の個展会場の目の前にあるアフリカのいろいろなグッズを展示販売している「かんかん」というお店だった。そこにドゴン族などのアフリカの民族の仮面が所狭しと展示されていた。その後いろんな美術館で同じようなグッズを見ることになるのだが、とにかく一番最初に見た仮面は衝撃的だった。

 アフリカングッズのすごいところはアールブリュットなどと同じように西欧的な美術教育を受けていない生の表現だからだな。専門家でさえない、そこら辺のおっさんが自分たちのお祭りなどのために日常生活の合間に鼻歌でも歌いながら作るわけだ。時間はたっぷりあるわけだから、特に急ぐ必要もない。お金儲けのためでもない。芸術のためでもない、美しいとかきれいだという概念もないわけだ。あるのはなんだろうな、大いなるものへの畏敬の念とか、畏怖とかおののきなどだろうか。そういう無作為な「いのりのかたち」みたいなもの、人間の奥底にある源泉を表現したかったのではないかな。

 この「いい」と感じる何ものかを自分の手で作ってみたかったということになるのかな。

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はる 6137 - 2018.02.10(今日のアトリエ)

はる 6137
  すみません、言語化は出来ません。絵画的な感動に修正しました。思ったことをよく吟味もせず垂れ流しているので間違えることも多々あります。それを踏まえて少し書き加えます。仮に一枚の絵を鑑賞したとします。何も考えないで心を無にして只観る。まぁ今までは鑑賞とはそういったものだと教えられていました。でもそれで済ましてしまえば鑑賞した人間にはほとんど何も残らないのですね。そこから始まって、上にも書きましたけれど「何が心に引っ掛かりをおぼえたのか」「何がいいと思ったのか」そこのところをしっかり言葉にすることでより深く心の中を探ることが出来るように思うのですね。表現しようと思った場合も同じですね。どうでしょう。


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ペルソナ9 - 2018.02.09(作品)

はる 6136
「この白い面を言語化していただきたい。どのように言語に置き換え、客観化し他者に伝えられるのか見てみたい」

ちょっと考えたので、載せてみます。やっぱり見た物を直接言語化などできないわけだ。どれだけ言い繕っても見えた物以上は嘘になる。ただ言いたかったことは何が自分にとって引っ掛かりを感じたのか、何がいいと思ったのか、なぜこれを作ろうと思ったのかそんなことを自分の中でもう一度フィードバックすることが相手に対して客観的に説明する手助けになるのではないかと思った。そのことを言っているように思う。どうでしょう。

「それについては概ね賛成です☺絵や彫刻を干渉する側に鑑賞の方向を伝える意味ではそうでしょう。ただ、作者と言えど言葉に出来ぬ思いは伝えられないでしょう。だからこそ絵や彫刻などの芸術があるのだし、文学があるのだと思います。榎並さんの言葉より、榎並さんの作品こそ多弁に語りかけていると思います」

 そこのところなのですが、鑑賞者にとっても同じことが言えると思うのです。「いい」と思った自分がそこにいます。なぜいいと思ったのか、何に魅力を感じたのか、言葉では言い表せないその「何ものか」が自分の「分身」なんでしょうね。そこにところを言語化して確認することは鑑賞者にとって無駄ではないと思います。

「作品に感じる何かとは、自分と言うより自分を含めた人を感じる事だと思っています。人という概念は、今そこにいる生身の人ではなく、そこに至る時間を内在した人・人物だと思います。単純に「白い面」更には「面長の白い肌には焦点を持たぬ二つの闇と、問い掛ける事を恐れるような口元が少し歪んで見える」幾分かは陰影も浮かぶが、この作品に近づけるとは思えない。文章に置き換える事が意識を整理する事にはなるが表層でしかなく心許ない。言葉ではなく、文章に置き換える行為は、自らを掘り下げるという意味で良いことだとは思います」
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 ネットのやり取りは基本やりません。言葉の掛け合いはきりが有りません。ここだけにします。しかし、最後の文章は内容がない気がします。言葉は多いですが、あまり意味が有りませんな。

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ポケットの窓から - 2018.02.08(ポケットの窓から)


はる 6135
 昨日の記事にこんなコメントがついた。
「意思を込めて描くということは案外容易いように思う。よく稚拙な絵というけどこの稚拙って言うのがよくわかりません」

 コメントをくれた方は退職後趣味で絵を描かれる方の様です。あまり上から目線で答えるのも失礼にあたるので答えるのは難しい。こんなふうに答えた。
「気持ちを込めて描くことは容易ですが、それを人様に伝えることは容易ではありませんね。無意識に出てしまうのが稚拙さで、意識して出すのが表現(技術)だと思います」

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はる - 2018.02.07(ブログ)
はる 6134
 今日は画像なし。たまにはいいか。

 この間ある人のブログを読んでいてアぁそうだなと思ったことがある。その美術の批評についてだけど、まぁ自分勝手な解釈でかなり飛躍しているようにも思うのだけどまぁ勘弁してくれ。

 我々はある意味で絵画というのは言語化できないものであって、言葉に出来ないから絵にしているんだ、絵にするんだという考え方が根強くある。だからという訳ではないが目の前にあるものを出来るだけ忠実に写生すること、または見えなかったものを見えるように具現化する事が絵画の重要な使命だと考えているふしがある。

 そうではなくて我々が見たり聞いたり考えたりすることは一度客観的に言語化することで、より一層明確に表現として人様に伝えることが出来るのではないか。言葉に出来ない感動というはなかなか人様に伝えることが出来ないのではないか。

 まぁちょっと飛躍するけれど、表現するということをあまり重要に考えていないのではないかな。どうだろう。とにかくむやみに感情表現が不得意で、できるだけしゃべらない説明しないのが男らしいカッコいいと考えられていた社会だからなぁ。むやみに余計な事をだらだらおしゃべりするのは軽薄だなどと思われたようだ。

 絵など言うものは美しいものをただ美しく表現すればいいのであって、それで何かメッセージを表現するなどという事は不可能だとかんがえてはいないかな。そんなふうには教えてもらわなかったな。

 むろん絵画には絵画の言葉があるから、言語のように説明は出来ないのだけど、言語よりダイレクトに伝えることができることもあるように思う。

 とにかく一番大事なのは表現ということであって、何かをメッセージとして伝えるということで、でなければ絵を描く意味は半減するだろうな。海外の人たちのこの自己を表現するという貪欲な姿勢は少しは見習ってもいいかもしれんな。同じ絵画を並べた場合、日本人の作品は小奇麗だけで何も伝わってこない。海外の作家の作品は不器用だけれど何かがガンガンと伝わってくる。これは表現という意味の違いのように思うな。

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タオ展  - 2018.02.06(ポケットの窓から)


TAO展 2018 2/8~2/13 甲府・ハーパーズ・ミル
はる  6133
 絵を描いて生きて行こうとは決めていたけれど、絵描きという職業に就きたかったのかどうか、大体なりたいと言って成れるものでもないだろうし。昔の徒弟制度のようにどこか親方について修業すればいつかは独立できるというような仕事ではないだろう。

 例えば、風景写生が好きで得意で旅に出て絵になるような場所を探して何枚かスケッチする。それを何枚か集めて展示会をするとする。まぁ場所を変えることで何枚でもバリエーションは描けるわな。そうやって少しずつお客さんを増やして知名度も上がってくればそこそこ仕事として職業としての「絵描き」はやって行けるかもしれん。最初は二束三文でもどこそこの団体で受賞したり、会員になったりすれば知名度も単価も上がってきて裕福ではないが食べては行けるかもしれん。でもそんなことをやりたいのかなぁ、確かにサラリーマンやってるより自由はあるし、気楽には見えるけど、高級だけどそこらの街の似顔絵かきと基本変わらん。これが一生かけてやりたいことかなと思ったわけだ。

 それでも人様に観てくれた人に感動を与えることはできるわな。例えばあぁここに行ったことがあるだとか、絵のように綺麗だねとか、ここを知っているだとか。でもそれだけだな。それ以上は難しい。

 私がやりたかったことは、出来るかどうかは別にして、まず何よりも絵に自分の生き方を乗せたかった。自分の生きざまをそっくりそのまま乗せて、私が人様に伝えたかったこと、感じたこと、人生の儚さや楽しさ面白さを絵の中に乗せてみた人が同じように楽しんでもらいたい。私があーだ、こーだと考えたことを、見た人も同じようにあーだこーだ考えて心の中を旅してもらいたい。絵が仲立ちをして共に時間旅行して欲しい。

 それは何だろな、絵描きというより表現者。かっこつければ詩人とか夢想家とか思索家とかその方が断然に楽しいしやりがいもある。そうやって生きて行ければ本望だな。

 

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今日のアトリエ - 2018.02.05(ポケットの窓から)


はる 6132
 自分は絵が得意であると自負したのはそれよりずっと前、幼稚園に上がる前の事だったきがするな。ある日外から家に帰ってくると真新しいクレヨンとスケッチブックがちゃぶ台の上に置いてあった。当時の我が家の家庭事情で食べる事以外に子供に小遣いをあてる余裕はなかったはずだ、にもかかわらず新品のクレヨンが私のために買われていたという事が画期的なことだったのだな。後にも先にもこれ以外覚えていない。今の子供たちはある意味かわいそうだな、物があふれているのでどれが自分にとって大切なものか判断ができにくい。

 そこから想いでは飛ぶ。幼稚園の学芸会の話。これは前に書いたので再掲載する。
はる 4221
 あれは幼稚園に通っていたころだ。幼稚園などというところはたぶん当時も今もあまり変らないのじゃないだろうか、お話を聞いたり、お絵かきしたり、お遊戯したり、お歌を唄ったり、そんなことで一日が過ぎてゆく。

 年に一度の学芸会のようなものがあって、秋の虫の音楽会というふうなテーマだった。それぞれが何か虫の被り物をしてカスタネットやタンバリンを叩いてがしゃがしゃやっていたのだ。そのバックに大きな模造紙で色々な虫の絵を描いた。

 女の子だったけれど、カマキリの絵を模造紙いっぱいに大きく描いた。みんなはそれはそれ幼児っぽい何かを描いていたのだろうけれど覚えていない。それを見て私は子供心に度肝を抜かれた。というのか、こんなやり方があったのかと非常にショックを覚えたのを未だに良く覚えている。

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ささげもの - 2018.02.04(ポケットの窓から)


はる 6131
 小学校に美術の専科の先生がいるのは神戸と東京だけだと聞いたことがある。嘘か本当か調べてもいないけれど、確かに私の小学校には美術と音楽の専科の先生がいた。子供ながら芸術は特別なんだという意識が芽生えたのは当然のことだな。どういった訳でそんな採用がされたのかは知らない。あらゆる教育の中で役に立つ、便利だ、是非とも必要だといった即戦力として利用できる学習だけを優先しないという心掛けがうれしい。

 まぁそんなことを書こうとしたわけではない。その時の美術の専科の先生は大西先生といった。そうだな子供から見るとおじさんだったけど、今から考えるちょうど脂ののった40代ぐらいの先生ではなかったか。小学校の低学年では担任が美術を教えていた。高学年の4年生ぐらいから専門の先生がついたように思う。

 なぜそんなことをよく覚えているかというと、大西先生はとにかく私の作品を褒めてくれた。他に私から見てとてもかなわないと思った作品を差し置いて私の作品をとにかく見本に選んでくれた。だからわたしも其れに答えるように精一杯の作品を作った。そうなると美術はほんとうに待ち遠しい授業になる。隣のクラスで今週はこんなことをやったという情報が入ると、家に帰ってそのシュミレーションをして如何に先生を驚かすアイディアを考えるか、そんなふうに待ち構えていた。運動会や何かで授業がつぶれるとほんとうに悔しい思いをした。待って待ってやっとその授業がまわってきた時はワクワクが最高潮で先生の説明など上の空、それもそのはず、何日も前からシュミレーションしていたからね。

 全校写生大会が年一回あった。これは今もやっているのだろうか?全校生徒がスケッチ道具と画板と弁当や水筒をもって近場の公園などに一日掛けで出かける。校外学習、遠足と写生を兼ねたような全校授業だった。これも嬉しかったな。自分では失敗作だと思った作品でも上位入賞した。他の科目はさておいて美術だけは得意だと勘違いしても仕方ないだろう。

 兎にも角にも私の人生の中で私の作品を「いい」と言ってくれた最初の大人は大西先生だった。私から見て上手な他の作品を出し抜いて私の作品を「いい」といってくれた、その理由はいまも分からないのだけど、なんだろう。何かわからないけれど何かあると勘違いしても仕方ないな。そう、そうやって今の私がある。先生の責任は大きい。


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今日のアトリエ - 2018.02.03(ポケットの窓から)


はる 6130
 「弘法筆を選ばず」ではないですが、私の道具はほんとうにボロイです。基本的に道具には凝りません。道具だけではないかもしれませんね。ほとんどの物にこだわりが有りません。身近にあるもので道具になるような物があればそれを使います。筆は生徒が残していったあまりもんで充分です。そしてちびてボロボロになるまで捨てません。絵の具を溶く皿は紙皿でこれも何年も使っていますから、余った絵の具がそのまま皿の形で固まっています。かなりの無精もんです。その代り筆は必ず毎回洗って干します。そうしないと長く使えないからからですが、それだけですかね。

 絵を描くことが好きな人は絵描きには向いていないのかもしれんな。最近そんなふうに思う。道具に凝って技法に凝って下地に凝って細部の描写に凝る。日本人の絵描きのほとんどが凝り固まった唯我独尊の世界に入り込んでいる。またそれをありがたがって周りが誉めそやすから余計にそんな絵ばかりになる。まぁこりこりに凝り固まる気持ちもわからんではないが、どうだ俺の凄さをみてくれ!みたいなものばかりだとげぇーとなってしまう。人が観て入り込める余地がない。完璧なんだな。私には無理。

 私のはすべてにおいていい加減である。出来るだけ何事にもこだわらない。絵も最後まで完璧には仕上げない。途中で飽きてしまうからだけど、綺麗に塗りこむことはしない。セザンヌの塗り残しなどとほざいてはいるがその実は飽きっぽいのかもしれん。そんなんでいいのかな。。

 とりあえずこのブログは毎日続いている。これだけはマメだな。

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今日のアトリエ - 2018.02.02(ポケットの窓から)


はる 6129
 何だかよくわからない熱が最近でます。インフルかなと思ったのですが、次の日には比較的元気になるのでそうでもないみたいです。二か月に一回は定期検診受けているので大それた病気ではないとは思っているのですが、ちょっと気になりますな。新しくした薬が合わないのかもしれませんね。

 今日は確定申告に行きました。毎年の事ですがそこに行くまでが大変です。収支が合いません。どうやって暮らしているのやら。。

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今日のアトリエ - 2018.02.01(ポケットの窓から)

一日寝ていました。明日は大丈夫でしょう。

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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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