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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

- 2017.12.31(ポケットの窓から)


はる6097
体力もかなり回復して、今朝は暖かくなってから散歩に出かけた。この冬はまだ、凍っていません。

 ところで、携帯で文章を打っている途中何かのひょうしに突然文字ばんが小さくなってしまった。これがどうしてももどらない。もともと携帯は得意ではないのだけれど、こうなってしまうと手も足もでない。しかし、これだけ小さな機械でありながらほとんどパソコンと同じ機能を持っている。

 さてどうするか?できることはグーグルで検索することだけだ。検索するには一番大切なのはどんな言葉を選ぶかなんだな。ドコモの携帯文字盤が小さくなった」と放り込んだら同じような症状で困っている人ってやっぱりいるもんだな。

 結論を言ってしまえば文字盤の左右の上隅に・・・・がありそれをスライドすると画面をそのまま拡大できる。知ってしまえばかんたんなことだけど、しらないと絶対にできないんだな。たまたまこんなことだけども知らないこといっぱいあるだろうな。

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飾り付け - 2017.12.30(ポケットの窓から)


はる 6096
 だいぶ回復しました。寝正月にはならずに済みそうです。よいお年をお迎えください。

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夕日 - 2017.12.29(ポケットの窓から)


はる 6095
 昨日ぐらいから少し体調不良で寝たり起きたりしています。昨日の夜は八度五分まで体温が上がりまして節々も痛むのでてっきりインフルエンザだと思っていました。今日は起きて具合が悪ければ病院に行くつもりでしたが、体温も平熱以下に戻りましてなんとか起きている状態です。

 節々が痛むのは久しぶりに朝散歩してストレッチを腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットそれぞれ50回ずつやったせいでしょう。体を十分温めてからでないとかえって筋肉を傷めることになりますね。凍えるような寒風のなかを散歩するのはとても気持ちいいのですが、起きるのがなかなか苦痛ですな。

 ということで今日は失礼します。

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今日のアトリエ - 2017.12.28(ポケットの窓から)



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ささげもの - 2017.12.27(作品)

はる 6093
 大きな作品は難しい。このところどうも落ち着かない気持ちでいた。そのことを書いてみよう。独り言なのでとばして下さい。

 大きい作品を描いているといつもそんな気持ちにさいなまれる。部分的に上手くいくとどうしてもその部分に手が入らなくなる。そうすると全体のバランスが崩れてくる。何とかしようとあがけばあがくほど迷いの縁に落ち込んでしまう。

 抽象であれ具象であれ、作品のかなめは全体に同じ理で出来ているということであってその他の事は無視してもいいことなんだ。ここにきてどうも落ち着かないのは部分ばかり気にするからなんだな。人間の性でどうしようもないけど、どうしても保身にまわってしまう。今ある形を何とか最低限維持しようと考えてしまう。そうすると腕が縮んで上手く描けない。

 顔の部分というのはどうしても細かい描写になりがちだ。いつも思う事だけれど、顔かたちが上手くいったと思ったらそれは間違いの始まりだ。そこだけがとんでしまっている。全体がみえていない。何回も潰したけれどどうしても顔が上手く行かない。結局また振出しに戻って洗い流してしまった。全部きれいに洗い流して最初からやり直し。どうせ壊れるんだからと思って一気呵成に描いたら上手くいった。というのか全体の中の部分が描けた。これがなかなか難しい技なんだな。

 書に似ているかもしれんな。上手くやろうとすると失敗する。もうどうでもいいやと退路を断つと上手くいく。これは極意だな。生きる事も同じだ。保身にまわるとすべからくダメになる。すべてがばらばらに見えてくる。絵を描いても消化不良で何となく落ち着かない。面白くないのだな。ところが何かのきっかけで退路断つ、身を捨てる、とどこか普遍とつながるんだな。宇宙の理とつながる。そうなると何をやっても上手くいく瞬間がある。これはやった人間にしか分からんだろうな。


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銀座松屋DM - 2017.12.26(日記)

はる 6092
 今日ラジオでビートルズのゲットバックがかかっていた。私にとってビートルズはそんなに近い存在ではなかったけどな。当時鉱石ラジオが流行っていてね。トランジスタラジオなどとても持てる時代じゃなかったからな。自分一人で独占できるラジオというのが魅力的だった。学校の理科か技術の授業で組み立てをやったきもするな。ハンダゴテ使って半田付けした覚えがある。

 その鉱石ラジオから民放じゃ須磨のラジオ関西の電話リクエストをよく聴いていた。この番組は伝説的な番組ででね、あのフォークルが「帰ってきた酔っぱらい」で爆発的にブレイクした番組でね。まぁ洋楽が主流で日本の歌謡曲が流れることはほとんどなかったんだけど、それでまぁ一躍有名になったという訳だ。

 また話が横道にそれた。そこでビートルズがよくかかっていて何気なく聴いていた。中学二年生のころにビートルズが来日したそyだけれど、自分の生活にはほとんど入ってはこなかった。まぁ中防じゃ無理もないけどね。

 高校になって学園祭でとっぽい奴らがバンド組んでビートルズのコピーやってたな。その頃は岡林や加川良や西岡たかしにはまっていたからな。こてこての関西フォークですわ。みんな昼休みにギター一本持って輪になって歌っていたな。なにか懐かしい。

 学園祭で教室暗くして今でいうディスコの真似事をやっていてね。そこでさっきのバンドがゲットバックをやっていた。みんな汗だくで踊っていてね。ダンスなんて初めてだったから滅茶苦茶楽しかったのをよく覚えている。これが高校時代だから、なかなか自由だったんだな。煙草も社会研究室という同好会の部室では平気で吸っていたしな。今じゃ考えられんな。

 そんな諸々の事思い出した。またあした。



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ラフクロッキー17/12/24 - 2017.12.25(裸婦クロッキー)


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はる 6091
 墨のクロッキーもだいぶ慣れてきた。不思議なものでまだ初めてのころの不安定な筆さばきのころのほうが面白い線が引けた気がする。技術的にはうまくなっているはずなんだけれど、結果はあまりおもしろくない。

 三回四回やるとそこそこ慣れてきて、今度はマンネリになってくる。芸事というのはそこでどれだけ我慢できるか、突っ込んでゆけるかだと」おもいのだ。まぁもう少しやってみよう。
 

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クロッキー - 2017.12.24(ポケットの窓から)



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今日のアトリエ - 2017.12.23(ポケットの窓から)


はる 6089
 明日はクリスマスイブということでクリスマスの想いででも思いだしながら書いてみるか。

 そうやってあらためて想いだしてみるとあまりないなぁ。昨日書いたシーンが殆どすべてじゃないかなぁ。。私たちの頃は他の家庭の事は分からないが、クリスマスを祝うという習慣がなかった。だからプレゼントを親からもらったという経験もない。物心ついて兄弟で何かプレゼント交換のようなことをやった気もするが、何分自由になる小遣いがなかったからな。五人兄弟の末っ子だったのでそれでもかわいそうに思って兄貴が何かくれたかもしれん。その程度だな。

 そうだ唯一クリスマスのプレゼントらしいものを貰ったのは、叔母さんが一時同居していた時期があって、その叔母さんからオモチャのトラックを貰ったな。後にも先にもこれっきり。そのトラックの色は真っ青のブリキで出来ていて新品のオモチャは塗料がてらてらと光っていた。そんなオモチャは私の今まで生きてきた中では存在さえしてなかったから、貰っていいのかどうか躊躇したな。お袋はあまりいい顔はしなかったように思う。今から考える、買ってやれないおもちゃを叔母さんとはいえ家族でない人が勝手に買い与えていい気になっているというのが嫌だったのかもしれんな。あまりそんなことを顔に出すタイプのお袋ではなかったからな。

 おもちゃと言えばこんな思いでもある。いつも一緒に遊ぶ隣の家に同級生が住んでいて、彼の家はお爺さんも同居しているような結構な旧家だった。俺たち子供にとっては旧家だろうが、借家のアパート暮らしだろうが関係ない訳で、同級生は同級生で仲良くやっていた。大人の思惑など何にも知らない。

 しかし、そいつの家には爺さんや婆さんから買ってもらったオモチャがわんさかあるわけだ。それが別に欲しい訳じゃない。一緒になって遊んでいるのだから、それが誰の物でもいいわけだな。遊び終われば返してそれでお終いになる。ところがたくさん持っている奴というのはモノを大事にしない。そこらじゅうにほっぽり置いてあるわけだ。ある時家の外のゴミ箱のそばに捨ててあった。私にはそう思えた。だからもらって帰った。

 ところが世の中はそんなふうには解釈してくれない。兄貴たちに殴られそうなくらいにこっぴどく怒られた。返してこい。そんなものを拾ってくる奴は兄弟の縁を切るぐらいのことを言われた。私はまだ幼稚園にも行っていない頃のはなしだよ。あぁそうなんだ。人の物を手にするとこんなに怒られるんだと学習したんだろうな。

 さて、明日はクリスマスイブだな。25日は我々の結婚記念日でもある。メリークリスマス。

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2017「凍れる月」SM部分 - 2017.12.22(作品)

はる 6088
 「どう生きるか」という漫画本を借りて読んだ。この命題に一番敏感だった頃は高校生ぐらいのときだろうな。今凄く流行っているそうだけれど、何かすごく懐かしい感じがしたな。ただし、だからといってもうすでに解決した問題だという訳ではないな。未だに考えてづけているいる命題だな。ただ一つ言えることは色々やれる時間はもうあまりないという事だけだ。今までやってきたことをやり続けるしか方法はない。

 進路を選択するとき。簡単に言えば何大学の何学部を受けるのか、生涯何をしてどう生きたらいいのか、何でもできる、何にでもなれるということは、反対に何も選べないという事なんだな。20やそこらで何かこれからの人生すべてを見通せるわけない。考えても答えなどでてこない。だから悩むわけだな。

 私が一番悩んだのは学校の先生を続けるかどうか決めなきゃならない時だな。人生の選択であれほど悩ましい選択はたぶんこれからもないだろうな。あの選択があって今がある。それ以降はもう前に進むしかないわけだから、どんなに苦労があったとしてもそういった意味で悩むことは無くなった。

 ある種の居直りだけれど、好きな事をやって生きると決めたら貧乏はさして苦にはならない。有名になろうが無名で終わろうが野垂れ死にしようが、「どう生きるか」には関係がない。
 


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- 2017.12.21(ポケットの窓から)



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クリスマス - 2017.12.20(ポケットの窓から)


はる 6086
 クリスマスの飾り付けは物心ついたころからやっていたのじゃないだろうか。子供の頃は小さなモミの樹に似たヒバの枝を切ってきて見よう見まねでツリーを作って何処からか綿を取ってきて雪にた。当時は日本全体が貧乏だったからケーキなど日常で口にしたこともなく、クリスマスだけ特別ででっかいケーキを駅前で売っていた。小さなサンタやチョコレートが乗っていたりして、まぁ疑似的な西欧文化だけど何だか幸福な気持ちになったものだ。

 近くにキリスト教系の日曜学校があって、親はあまりいい顔はしなかったけれど行けばいつもおやつをくれるのと楽しい話や遊んでくれるので毎週行っていたよ。そのころ覚えた讃美歌は今でもよく覚えているな。「シュハキマセリ」「モロビトコゾリテ」など懐かしい。「シュハキマセリ」というのは言葉の意味は理解していなくて音的に覚えていただけだ。クリスマスにはサンタからのプレゼントといってお菓子をくれたりした。今考えると子供騙しの勧誘だけれど、それでも何か特別な世界があると感じていた。

 ある時のクリスマスに隣町のすこし大きな教会に連れていってもらった。細かい事はほとんど忘れてしまったけれど、真っ暗でとんでもない雰囲気だったことはうっすらと覚えている。あそらあたりのことは今でも自分を形作った大事な頃だったんだと思う。

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- 2017.12.19(ポケットの窓から)


はる 6085
 今日は何を書こうか。毎日となるとけっこう煮詰まってくるな。新鮮な話題などあまりないしな。こう一日というのは実にはやく過ぎて行くものだ。

 絵描きなどといっているけれど、毎日の生活は絵ばかり描いている訳ではない。実にそれ以外の日常的な雑用の方が大半を占めているのだな。じっくり毎日アトリエにこもって絵を描いていると想像していらっしゃる方には大変申し訳ないのですが、そういうことです。まぁそうでない方もいらっしゃるかもしれないので私個人という事にしておきましょう。

 何が好きかとつらつら考えると、こうやってくだらない事をあーでもないこーでもないと考えている時間というのが好きなんだな。一日の内で寝るまでの一時間ぐらいパソの前に座って考え事をしている時が至福の時かもしれんな。そうだな、こういうのは日記を書いていた高校時代からの習慣かもしれんな。

 また明日。

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夕日 - 2017.12.18(ポケットの窓から)


はる 6084
 私だけではないと思うのだが、仕事柄大きな組織に属していないの仕事上の付き合いとというものがない。酒が飲めないということもあるのか特に飲み会や忘年会とか新年会もほとんど出席しない。知り合いはけっこう多いと思うのだが特に親しくして人間は二三人しかいないだろうか。それで特に不自由はないし、寂しいとも思わない。どちらかと言えば若い友達と話をする機会の方が多いかな。

 カミさんなどをみていると随分と頻繁に友達と連絡を取り合ったり、何処かに出かけたり楽しそうに交友関係を保っているように思う。そういった意味では私は一般的ではないのかもしれん。

 同世代の人間が集まると何が話題になるかと言えばまずは健康だな。どこが痛い何処そこが不具合だ、どこの病院がいいそんなことか。病気自慢もあるな。その次は年金の話かこれにはあまり付き合えないな。けっこう寂しい話題だな。やめた。

 

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クートラス - 2017.12.17(ポケットの窓から)


はる 6083
 カミさんがケイタイの機種変更をした。随分前から言われていたことは機種変更するのでデーターの取り込みをパソコンでやって欲しいということだ。新しい機種になってもデーターを入れなければただのオモチャでしかない。電話はかかるようだけれどね。お店の人になんとかやってもらえないかと頼んでも個人情報漏洩の問題があるので会社の方針で出来ないということだ。確かにこれはやろうと思えば個人の交友関係の電話からメールアドレスその他いろいろ取り放題という事になってしまう。規制がかかるのは理解できるのだけれど、素人にはたいへんハードルが高い。

 まず、グーグルで「アイホンの機種変更のためのデーター移行」と検索する。アップルのサイトに行ってケイタイのデーターを取りこめるソフトをダウンロードする。これは簡単にダウンロードすることが出来た。古いアイホンとパソをつないでデーターを取り込む。これは一時間以上かかった。その後新しい携帯につないでデーターを移行する。そこまでは意外に簡単に出来た。

 次にメールの設定をする。これがまた面倒だ。元々ドコモの携帯だったのでアドレスがドコモなんだな。これをソフトバンクに変えれば事は簡単なんだけれど、今更アドレスを変えたくない。それでまた「アイホンにドコモからめーる移動」と検索掛けて何とか設定が済んだ。ほぼ一日がかりだ。こんなものはパソコンが使えるという前提で売られているわけで、パソコンが使えない年寄りは機種変更が出来ないという事だな。

 こんなことはやたらとあるな。今はまだいいけれど、たぶんこれからいろんなことについて行けなくて置き去りにされてゆくのじゃないだろうか。出来て当たり前、出来ない人はサービスを受ける資格がない。そんな冷たい社会になってきているように思うな。お店の対応も機種さえ売れればこちらは関係ないという雰囲気だった。何かおかしくない。

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作品 - 2017.12.16(作品)

2017「風のない夜」F3 No2033 混成技法
はる 6082
 最初に借りていたプロバイダーのHPの容量が10Mだった。10Mといえば今じゃ大きな写真一枚ぐらいしかなく、画像を出来るだけ縮小するしか方法はなかった。というわけで最初の頃の画像はかなり小さくて荒いものになっていた。

 こういう記録媒体の進歩は凄まじいものでね。今じゃ小さなメモリーに10Gぐらい簡単に入れられるからな。10Gって言えば10000Mだよ。今使っているパソコンの横には別に2テラのハードディスクを付けている。1テラは1000Gだよ。もうほとんど人間の感覚じゃ無限大にちかい。


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今日のアトリエ - 2017.12.15(ポケットの窓から)


はる 6081
 小さいPCというのはそれなりに便利なものだな。HDの容量が少ないのでデータをため込んだり加工したりはできないのだが、こうやってどこにでも持ち運んで仕事ができるのは便利だな。それにしてもHDの空き容量が5Gしかないというのはふあんていだな。

 1999年にHPを立ち上げてもらった。当時はまだそれほどインターネットも普及していなくて私自身もパソコンは持っていなかった。一番最初は人に借りた1998年製アイマックでHPの更新を始めた。最初に買ったPCはNECのVALUESTARかな。まだCDドライブがついてないもので別売りで買った覚えがある。OSはウィンドウズ98だったのだろう。当時は電話回線接続で3分10円かかったので今のようにネットを自由に閲覧するというわけにはいかなかった。

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夜景 - 2017.12.14(ポケットの窓から)


はる 6080
 ふたご座の流星群が降ってくるというので、夜中に武田神社の裏あたりまで出かけたけれど、今日は雲がかかっていてよく見えなかった。その時に撮った甲府の夜景。

 流星といえば昔、夏休みは淡路島の親の実家に毎年出かけた。当時は扇風機さえなかったな。夜は庭に床几をだして蚊やりをたいて寝転がって夜空を見ていた。一晩に本当にいくらでも流れ星をみた。空は恐ろしいくらい星が瞬いていた。

 小学生の頃かな「いけやせき彗星」というのが日本でも見えるというので、明け方まで起きて見に行ったことがある。その頃は天文の観察にけっこうはまっていた頃で、自分で天体望遠鏡を作ったりして遊んでいた。明石に有名な天文台があってプラネタリウムのはしりじゃないかな。

 明石の天文台と言えば、今でもそうなのかな午後十時になると時報のかわりにドボルザークの「家路」のピアノが流れていた。これが流れるともう寝なきゃならないので何だかいつもさみしいなぁと思っていた。

 取り留めもないはなしですみません。

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- 2017.12.13(ポケットの窓から)


はる 6079
 太平洋側と日本海側ではこれほど天気が違う。分水嶺はどこらあたりなんだろう。狭い日本だけれどけっこう色んな風土があるものだ。

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旅10 - 2017.12.12(ポケットの窓から)


はる 6078
 冬の北陸は初めてだったな。初日はいい天気だったけれど、二日目以降は雪で吹雪いていた。どんより曇って何となく憂鬱な空模様。宿からほとんど出ないで温泉につかって、いいもの食って、持って行った本を読んで過ごしていた。それもまた楽し。

 帰りは長野から松本を通って甲府まで、途中各駅停車で「姨捨」でスイッチバック。何となく恐ろしい名前だな。そういう風習もあったかもなぁ。各駅停車の旅もまた楽し。明日からは仕事にもどろう。

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旅9 - 2017.12.12(ポケットの窓から)



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旅8 - 2017.12.12(ポケットの窓から)



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旅7 - 2017.12.12(ポケットの窓から)



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旅6 - 2017.12.11(ポケットの窓から)



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旅5 - 2017.12.10(ポケットの窓から)



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旅4 - 2017.12.10(ポケットの窓から)



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旅3 - 2017.12.10(ポケットの窓から)



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旅2 - 2017.12.10(ポケットの窓から)



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旅1 - 2017.12.10(ポケットの窓から)



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dellから - 2017.12.09(日記)
はる 6075
 新しいパソからコタツでこの記事を書いている。こんなことができるのはモバイルだからだな。でもまぁぐうたらにはなる。

 DELLを買ってみて驚いたことは、取説みたいなものが何も入ってないということだ。まぁ携帯を買ってもはいってないけどね。電化製品はスイッチを入れると使えるというのが普通だったけれど、パソコンや携帯などそのままでは使えない。まぁ一応ガイダンスは入っていて日本語のリードについてゆけばスタートアップまではできるようにはなっているけれど、細かいところはわからない。

 一方でほかのパソを開いてわからないところを検索しながら設定してゆくしかない。例えばメールの設定など何も説明がないと絶対にできない。それから何でもかんでもリードされるままだと、よけいなものまで拾ってしまう。個人情報を簡単に教えてしまうことになるのでちょっと怖いのだ。

 たぶん相当慣れた人でないとセットアップはやってもらった方がいいだろうな。

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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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