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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

今日のアトリエ - 2017.09.30(ポケットの窓から)


はる 6005
 明日からしばらく更新は写メだけになります。あしからず。

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今日のアトリエ - 2017.09.29(ポケットの窓から)


はる 6004
 FBやっていると色々な人が友達申請してくる。もちろん私の方から申請する場合もある。多くは同じように絵を描いているか、何か表現活動をしている人たちで、普通に作品を晒している人とはフリーでつながることにしている。まぁあまりが外国の人とはコミュニケーションが上手くいかないので断ることが多いけどね。

 素人であるかそこそこの人物かというのは絵を一目見ると分かる。どんなに一生懸命描いても、どれほど上手に描かれていても素人の絵は我々それを生業にしている人間の絵とはちがうのだな。上手いとか下手くその範疇ではない。上手い人は素人でもたくさんいる。プロと間違うようなテクニックを持っている人もたくさんいるだろう。けれど、判断の基準はそこではないのだな。

 ようするに素人の人たちの絵には責任がない。ある種余裕があるんだな。我々の絵には強い責任がある。責任を負っている。言葉を替えると命を賭けているというのかな。だから絵がたって訴えるものがあるんだな。これだけは伝えたい、そんな気構えが絵の中にある。

 

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今日のアトリエ - 2017.09.28(ポケットの窓から)


はる 6003
 急速に朝晩冷えてきたぞ。もう10月だものな。西宮の個展まえに今描いている小品をすべて終わらせるつもりだったがちと無理かな。帰ってきて一か月で甲府の個展がある。これには大きい作品も用意したいのだが、ちょっとごたごたがあって間に合わないかもしれん。来年はデパートの個展が二つ。ある程度結果を出さないと次がない。正念場かもしれん。でもなぁ、やれることは限られている。今やっていることを淡々とやるしかない。急激に何かが変わるわけでもないだろう。

 自分の今までの年表を作った。10代はまだ何ものでもなかった。当たり前だけれど。20代の後半から絵を描いて行こうと思った。学校を出て。30代で絵描きとしてやっていこうと決意。40代は自分にとって結構華々しい活躍をした時期だ。後半イタリアに一年遊びに出る。帰ってきて大きな病気になる。50代はその結果色んなところから個展の話が来る。そして60代の今だ。こうやって視覚化すると残された時間というのがどれだけ少ないのかよくわかる。あと何年絵を描いていられるのか。プラスに大きく動くと、マイナスも大きい。結局プラスマイナス0だな。今はもう淡々と日々の生活を楽しむ方向でいいのかなと思っている。

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ポケットの窓から - 2017.09.27(ポケットの窓から)

はる 6002
 何だかちょっとやばい雰囲気だな。小池さんが新しく新党を立ち上げた。この人は頭がいいので怖いな。前からバリバリの右翼だし。民進党がこれと選挙協力するらしい。もうオール与党。体制翼賛になってきた。小池新党が勝っても自民亜流なので結局は改憲勢力が大半を占めるということになる。これで大手を振って改憲してアメリカをたきつけて戦争する気だな。どうしてそんなに戦争したいのかな。よわからんな。どういう思考回路してるんだろ。

希望の党」の12年前の映像が予言的で秀逸。そのままだよ。これもっと広めるんだな。

「12年前に総務省が制作した短編映像「希望の党」が発掘され、その予見性が話題に・・・」
前篇

後編



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ポケットの窓から - 2017.09.27(ポケットの窓から)



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今日のアトリエ - 2017.09.26(ポケットの窓から)


はる 6001
 今日は眠い。また明日。

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祝6000カウント - 2017.09.25(作品)

ねむれない夜」 F3部分 2017
はる 6000
 おぉ~6000カウントだ。おめでとうございます。ということで、プレゼント応募締め切らせてもらいました。

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2017/9/24裸婦クロッキー - 2017.09.24(裸婦クロッキー)


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はる 5999
 いよいよ明日6000カウントを打つ。めでたいのかなぁ。よくわからんけれど。

 今日はいろいろあった。午前中まず文化祭の会場のカギを開けて放送の準備をする。放送は当番を決めたので私は原稿を書いただけ。その後クロッキー会場へ。久しぶりに自分たちの会に参加した。このところ身内に不幸が有ったりして参加できなかった。やっぱりあまり多くの人がいると動けないのでやりづらい。絵がやって行けるなら10人ぐらいが一番やりいいな。

 午後はバタバタとクロッキー会場をでて文化祭の会場へ。もう片付けの準備だ。パネルを借りてきたのでトラックを手配して公民館にパネルを返却にゆく。午後二時には放送を入れて作品を取りに来てもらってその後会場で反省会。まぁそんな感じであわただしく一日が終わってしまった。

 文化教養部という自治会の部署だけれど、名前の割には活動はこれだけ。後は何もしない。

 クロッキーは面白いな。筆で描くことにもだいぶ慣れてきた。



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文化祭 - 2017.09.23(ポケットの窓から)


はる 5998
 文化祭の展示風景。誰も私が絵描きであることなど気にもしない。私の絵の下は三歳児の「おばあさんのかお」完全に負けている。これはこれで一つの世界だろう。

 昨日奇妙な事があった。カミさんを迎えに行った帰り道、ふと前の車のナンバーを見た。いつもはそんなことほとんど気にしない。呼ばれるようにナンバーを見たんだな。それが2727だった。昭和27年というのは私の生まれ年で、色んな意味で自分のラッキーナンバー的なところがある。単に偶然だとおもうのだが、ケイタイの番号もこの27が基調になっている。あぁ27なんだと思った右側の車のナンバーを見たら3737だった。へぇ偶然もここまでくれば大したもんだと思って、これで4747が来たら地震でも起きるかとおもって左側を一台の車が追い抜いて行ったナンバーは4747だった。なんだか怖くないですか?偶然はまだ続いて今朝近くの道の駅に買い物にいった帰り道に前を走っていた車が1717だった。今年は年末の宝くじでも買うかな。。これ本当の話だからな。怖いよ。

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今日のアトリエ - 2017.09.22(ポケットの窓から)


はる 5997
 地域の文化祭の委員長をやっているため、今日と明日明後日と取られてしまう。近所の爺さんや婆さんが手芸やら盆栽や何だかわけがわからんものを持ち込んでくる。お茶菓子を買ってだべって帰って行く。まぁそれで楽しければいいんじゃないの。誰も芸術など語る人もいないし、そんなもの念仏みたいなもんだ。屁の役にも立たん。

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- 2017.09.21(ポケットの窓から)


はる 5996
 いよいよ後四日で6000だぞ。
いいのか、このままじゃあべ君のやりたいようになってしまう。何度もなんども繰り返すことで、それが当たり前になって、次第に慣らされてゆく。もちろん、他国に向かってミサイルを打ったと子供じみた威嚇は非難されるべきだと思うけれど。 素人考えだけれど、仮にミサイルだとしてもそれが失敗して落下して航空機にあたる確率と流れ星が当たる確率と同じようなものじゃないかな。日本のロケットの場合とどう違うのか。それに成功して宇宙空間まで出てしまうとたぶん再突入すれば燃えてしまうだろう。落下して着地する方向が台風より予想しやすい訳だから広範囲に警報出す必要はない。核弾頭が積まれていれば核シェルターでもない限り防ぐことはできない。避難訓練だというなら、原発こそそれに値することはもう実証ずみだ。訓練だということでいたずらに不安を煽りたてて一致団結して国民をある方向にすすめようという意図がありありと分かる。お上にとって主権は民にあったことなどない。
ナチスのゲーリングの言葉
「…… もちろん、一般市民は戦争を望んでいない。貧しい農民にとって、戦争から得られる最善の結果といえば、自分の農場に五体満足で戻ることなのだから、わざわざ自分の命を危険に晒したいと考えるはずがない。当然、普通の市民は戦争が嫌いだ。ロシア人だろうと、イギリス人だろうと、アメリカ人だろうと、その点についてはドイツ人だろうと同じだ。それはわかっている。しかし、結局、政策を決定するのは国の指導者達であり、国民をそれに巻き込むのは、民主主義だろうと、ファシスト的独裁制だろうと、議会制だろうと共産主義的独裁制だろうと、常に簡単なことだ。」
――民主主義体制では国民は代表を通じて意見出来るしアメリカでは議会だけが宣戦する権利がある 
「それはそれで結構だが、意見を言おうと言うまいと、国民は常に指導者たちの意のままになるものだ。簡単なことだ。自分達が外国から攻撃されていると説明するだけでいい。そして、平和主義者については、彼らは愛国心がなく国家を危険に曝す人々だと公然と非難すればいいだけのことだ。この方法はどの国でも同じように通用するものだ。・・・」

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彼岸花 - 2017.09.20(ポケットの窓から)


はる 5995
 彼岸花は不思議な花だな。最初に花だけにゅっきりと出てきて真赤な花をつける。後で葉っぱの部分が伸びてくる。何だか毒々しい色味をしている。綺麗だけれどね。彼岸に忘れずに咲くのは凄いな。

 クロッキーしている時にぼそりと誰かが言った、どうやってもアングルやラファエロにはなれない。彼らの描写力は努力して獲得できるものではない。天性の物で我々のような俗物とは違う訳だ。別にラファエロになろうとしている訳ではないけれど、長年クロッキーやデッサンをやっていると限界というものを感じる。どうやっても天性の才というものがある。そりゃそうだ。天才的に頭のいい奴もいるし、音楽の才能がある奴もいるわけだからな。

 画家というなら天才的に上手な絵が描ける、描写力がある、上手だ、そんな人間だけが生き残って行けばいい。まぁそうなんだけれどね。そうやって考えると私などとても絵描きだなどとは言えないことになる。なぜ下手くそなのにえなどかいているのかなぁ。そんなことを考えてみたい。

 けど今日はもう眠いのでまた。

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エスターテ - 2017.09.19(ポケットの窓から)


はる 5994
 非常勤などという仕事を35年もやっていると、管理職という先生たちがいかにつまらない人たちかという事がよくわかる。未だかつて素晴らしい、尊敬するにあたいする管理職などみたことがない。

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そんなもんだ - 2017.09.18(作品)

F0「そんなもんだ」部分 混成技法 2017
はる 5993


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今日のアトリエ - 2017.09.17(ポケットの窓から)


はる 5992
 親戚に不幸があって今日は四十九日。何だかんだでこの一か月はそんなことで謀殺された。台風が来ていて危ぶまれたけれど、なんとが午前中は小降りで済んだ。長靴をはいて傘さしての墓参りは結構メンドクサイといえば罰当たりか。

 いずれ自分達の事を考えるきっかけになった。墓などつくっても墓守がいない。親戚に自分たちの墓守を頼むのも気が引けるし、「千の風」ではないけれど、私はそこにはいないのだよ。仮にそこにいたとしてもあんな墓石ばかりの殺風景なところに閉じ込められたくはない。まぁ科学的にいえばバラバラの元素になってこの空間にいることは確かだろうけれど。

 神戸の個展が近づいています。お近くの方はよろしくお願いいたします。

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2017/9/16クロッキー - 2017.09.16(裸婦クロッキー)


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はる 5991
 今日は美術協会のデッサン会だった。最初いつものように墨でクロッキーを始めたのだが、人数が多すぎて動くことが難しいので途中から鉛筆に戻った。鉛筆は久しぶりだったので上手手が動かなかった。サボるとてきめんにだめだな。最初の墨の方がまだよかったのでそれをアップしとこ。



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今日のアトリエ - 2017.09.15(ポケットの窓から)


はる 5990
 きょうも忙しかったな。小さい絵をちょこっと触っただけで終わってしまった。それでもまったく絵に触れないと一週間遅れるという強迫観念があるな、昔から。なんだろう誰に対して、いつに対して遅れるというのか。もう充分出遅れているではないかというのは天の声。

 カウントが後10で6000だぞ。そろそろカウントダウンだ。もういいのかなしめ切って。


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今日のアトリエ - 2017.09.14(ポケットの窓から)


はる  5989
 私には年金が少ししかない。なぜなら就職していた期間があまりにも少ないからだ。お上や企業など体制側の人に助けてもらおうととは考えてこなかったし、そのことに別に不満はない。何とかなるだろうと思っている。死ぬまで働くそのことに異存はない。働けなくなったらその時は覚悟するだけの事だ。だれだって同じだろう。いずれは行く道だからね。

 新規の事業や地方の活性化などのために公が補助金や奨励金を出すことがある。一時バブルの頃に日本中の至る所で公共団体が余ったお金をそんなプロジェクトにばらまきをやっていた。田んぼの真ん中に驚くほど立派なコンサートホールを作ったり、何かにかこつけたテーマパークもどきで多くの野山が切り開かれた。夢のような宣伝文句で皆そんなことに群がった。お金の匂いがしたのだろうね。

 多くの田舎のリゾート地は今は廃墟になった大きな施設にうんざりしている。もう取り返しがつかない。浅はかな夢をばらまいた方も悪いけれど、それにまんまと乗ってしまった方もどっこいどっこいだな。

 奨学金や補助金、賞金などそんなもので世の中は活性化しない。一時の夢は見られるかもしれないけれど、しょせん只貰ったものなんだな。身を切ったお金じゃないんだな。生きたお金じゃないんだ。年金もそんな匂いがする。有難いけれどね。

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牛飼い - 2017.09.13(作品)

牛飼い F8部分
はる 5988
 この牛がなぜ出てきたのか自分でもわからない。実際に何かを見て描いた訳でもないし、当然身近に牛がいる生活でもない。反対に今の私の生活からは遠い存在だわな。それに実際の動物をデッサンして描けばこんな風には描けないし描かないだろう。いつもはこうはいかない。たまたま上手くいったと思う。
次回のテーマの下書き

  「ありふれた日々」

 オブジェというのはどう訳すのが一番しっくりくるのだろう。彫刻でもないし装飾品でもないしインテリアでもない。わたくし的に解釈すれば何かシンボリックな造形物というのがぴったり当てはまるような気がするな。

 私の作品たちは「美しいもの」を美しく表現したものは少ない。日々の生活の中で浮かんでは消えて行くうたかたのような想いを忘れないために描きとどめたオブジェのようなものではないだろうか。どちらかと言えば独り言のような一人芝居のようなものか。それがいいのか悪いのか私には分からない。言えることはこうしか表現できないということだ。

 何気ない日々のかけらを拾い集めて今年もまた展示致します。


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ポケットの窓から - 2017.09.12(ポケットの窓から)


はる 5987
 やっと写真が飛んだ。しかも同時に同じ写真が3枚添付されて。どうにもオカシイな。

 

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今日のアトリエ - 2017.09.11(今日のアトリエ)

はる 5986
 画像が直接ブログに飛んでくれないので、面倒だ。どうした理由なのかさっぱりわからない。


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- 2017.09.10(作品)

はる 5985
 祝6000カウントプレゼント裸婦クロッキーを3点選んで送ります。ご希望者はメールホームに、お名前、ご住所をご記入の上お送りください。メールホーム

 ・・・・・・・・・
さていよいよ6000カウントが間近になってきましたね。毎日コツコツと積み重ねてゆく仕事というのはけっこうききますね。それこそ雨の日も風の日も一日も休まずに続けるのですから凄い事です。簡単に6000といいますが、一年が365日ですから、単純に計算しても16年以上かかります。最初の記事が2000年からですからほぼそっくりそのまま毎日書いているという事になります。たぶんこれだけ続けているブログというのも他にはあまりないのではないかな。まぁ自慢話はここまでにしとこ。他に自慢することもないので許してください。


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収穫 - 2017.09.09(作品)

収穫 F6部分
はる 5984
 

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今日のアトリエ - 2017.09.08(今日のアトリエ)

 はる 5983
 どうも写真が上手く送れないな。これはFBのメッセンジャーに送った物を転用したものです。

 千葉の山口画廊さんの個展が無事終了しました。今回もまぁ成績的には満足のいく結果ではありませんでしたが、嬉しかったのは半分以上が新しいお客さんだったということ。もちろん常連さんが毎回見てくれるというのは非常に励みになるのですが、それにもまして新しいお客さんがコレクションしてくれるのはうれしいなぁ。やっていて人生満更捨てたもんじゃねぇ。。などと思ってしまう。

 もともと絵などというものはなくても生きて行けるもので、生きるか死ぬかの瀬戸際では真っ先に捨てられるものだな。食えるモノではないし、特に私の絵など飾って美しい綺麗なえでもないわけだからね。下世話な話で言えば10万あれば結構な冷蔵庫が買えたり、クーラーが買える。中古なら車だって買える。一か月それだけで充分食って行ける額だよな。それを一枚の絵に替えてしまうというのは凄い事だよな。自分の生活考えてみても10万は大金だ。有難い話だな。

 これを生業にしている以上、責任があるよな。買ってもらった人に対して、自分の人生で返して行かねばと思うな。まぁいまさら辞めるわけにはいかんけれど、どうしてもやり通すぞというのか、まぁ見ててくださいみたいな。見事やり通してみせますみたいな。

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今日も元気だ。 - 2017.09.07(ブログ)
 写メが上手く送れないようです。
はる 5982
 よって今日は写真が有りません。昔ネットを始めた頃は、HPの掲示板というところでこの日記のようなものを書きはじめた。そのころは当然携帯など普及していなかったわけで、当然写メなどという高級な技は使えなかった。いまでは当たり前に携帯から写真を送れるのだが、これは画期的なことなんだよな。

 今現在ここのいることを世界中の人が同じ目線で確認できるという事で、考えてみると非常に恐ろしい事だ。今は位置情報を入力することでその人がどこにいるのか、今日何をしたのかを知ることが出来るという事だ。こわいな。

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ドビッシー「月の光」 - 2017.09.06(you tube)

はる 5981
 これをシェアするかどうか迷ったけれど、問題解決の今が瀬戸際のような気がする。間違えると人類は滅亡しないまでも大きな打撃を受けるだろう。右も左も私もあなたも関係ない。すべてが終わるかもしれないのだよ。そんな選択肢を愚かな二人が握っていることのバカバカしさ。ITを含め高度に進化したとはいえ、所詮命運はこんな人たちに左右されるのだ。日本を含め韓国など周辺国が命を賭けるようなことなのかなぁ。北の雰囲気は70年前の我が国と似ている。リメンバーグァムになるまに打つ手はないのか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
市民よ、大戦を回避せよ (2017.9.6配信)

戦争になれば、おびただしい数の犠牲者と難民が出る。電気、住宅、水道、トイレ、道路、橋等あらゆる社会資本が破壊される(図A,B)。したがって、真の指導者は挑発に乗ってはならない。“挑発する者”の真の狙い目は、相手国と自国民の両方の死滅である。片方ではない。両方である。
自国と他国の両方の市民の死滅を狙う心が、サタン(魔)でなくて何であろうか。 大悪でなくて何であろうか。
 目覚めよ! 市民。あなたは最高権力の主権者である(主権在民、民主主義)。今こそ、“一切市民への慈悲心”を発動し、全市民の生命と財産を守る時である。慈悲の心が確立すれば、知恵も忍耐力も、その他の力も全部従ってくる。慈悲の方向に働いてくる。慈悲とは愛情であり、同時に人々が抱える苦しみや生活に配慮し、それらを処置しようとする心である。 
 たとえば、国連安全保障理事会は8月5日、北朝鮮の2度にわたる弾道ミサイル(ICBM)の発射を受け ”過去最大級の制裁決議案” を採択した。中国・ ソ連を含む全会一致である。(制裁は年30億ドルの北の輸出総額による収入を3分の1まで削減できる) その後、8月29日の北による弾道ミサイル発射(日本上空を通過)、9月4日、6回目の核実験の強行を受けて、国連安保理では北へのさらなる制裁強化が検討されている。これらの決議案は、悪行を止めるための"人類の英知の結集"といえる。
 しかし、世界の人々はその英知の背後で「一切市民を慈悲する心」を働かせた方がよい。援護射撃を送るのである。その方が制裁を科す側を勝利に導く。慈悲の心は、サタンや悪の心とは対極にある心である。そうすることで、自国民と相手国民の両方の市民を死に追いやろうとする者と、両国市民の繁栄と幸福を望む者の「対立構図」が出来上がる。そして最後は後者の勝利となる。なぜなら、北朝鮮人民を含め、世界の市民は誰もが後者の勝利を望むからである。

通常、サタン(Satan)とは「魔王」と訳す。
基本的に、それは「誤った対象への強い執着心」を表す。その誤った対象の中でも、核兵器は人類全体を死滅させる能力を有するため、最悪の対象となる。故に、それをその目的のために用いた心は、サタンなのである。
世の中の指導者、王、最高権力者は、時折、それに対して強い執著心を起こし、取り憑(つ)かれる。その様子は魔王の配下に降った様相となる。しかし、「核への執着心」さえ取れれば、善の指導者に生まれ変わることもある。
今回の作業は「誤った対象への執着心」を取り除く”大手術”といえる。善の指導者となれば、彼は自国を平和な国際社会、国際国家へと導くことであろう。

日本語版Twitter URL: https://twitter.com/ALAMIWADATE

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秋の月 - 2017.09.05(写真)

はる 5980
 いい月だな。こういったおぼろ月が気持ち的にはしっくりくる。例えばドビッシーの「月の光」だとこうではないだろう。キンキンに凍りついた空に突き刺さるような光が落ちてくる。それを孤独に眺めているという光景が浮かぶ。ところが日本の場合空にも全体を包む空気も湿潤で柔らかだ。ぽやぽやとしてあいまいだ。輪郭も確かではない。

 写生したとしたらたぶんつまらない絵になるだろう。メリハリのない抑揚のないものになってしまう。高山辰雄の絵に似ているな。彼の絵は写生ではない。写生ではないけれど自然観察から離れているか?といえばあくまでも自然を描いている。ある種の理からは離れていない。だから多くの人の心の中に入って行けるのだろう。

 そんな絵を私も描きたいと思う。

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阪急夙川ギャラリーSHIMA個展のご案内 - 2017.09.04(写真)

はる 5979
 次の個展の案内です。つぎは関西西宮の阪急夙川です。


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つまみな SM部分 - 2017.09.02(作品)

2017 「つまみな」SM部分 No1993 混成技法
はる 5977
 再掲載
 「はる 5911
 二転三転して上のような絵になった。正確さで言えばまったく正しくはない。右手が長すぎるし、足先の方向もオカシイ。左の指はすべてくっついている。ずんぐりむっくりの体も丸い大きなあたまも何だかおかしいのだが、全体としてみると奇妙にバランスが取れているように思う。かわいい婆さんが腰をかがめて朝の食卓に並べるサラダ菜を摘み取っている図になった。

 前回ここで紹介したブログ

 この「つまみな」のことを書いてくれました。ブログリンクしておきます。

 Gre[Kappa Sigure]のつれづれなること。

 実はサラダ菜を摘み取っているのは私なんですがね。私の日常生活にそんなシーンがなければ出てこない絵でしょう。だからある意味リアリティがあるのだと思う。まぁ別に嘘でもいいのですがね。けっこう気に入った作品になった」

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帰り道 - 2017.09.01(作品)

はる 5976


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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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