あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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今日のアトリエ - 2017.04.30(ポケットの窓から)

はる 5853
 午前中に夏野菜の苗を植える。いつものようにきゅうりに茄子にトマト、あとオクラとピーマン、バジル、かぼちゃなど。どんどん暖かくなってぐんぐんと大きくなって行く。これが結構楽しみだ。そのあと庭木の剪定をする。といっても自己流の定石を知らないバリカンなので木にとっては迷惑かもしれんな。

 大体雑木林が好きなので基本的に木は切らない。好き放題にのばしている。隣の家があるのでそれでも一年に一回は剪定しないとまずいことになる。私が死んだら木はすべて切ってしまうしかないだろうな。だれも世話をしなくなると凄いことになるだろう。

 
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裏庭のナニワノイバラも花をつけ出した。(これは今年の写真ではありません)





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- 2017.04.29(未分類)

はる 5852
 今日は午前中畑の整理をする。耕して肥料を入れて灰をまいて寝かせた。連休はまた東京なので合間を縫って夏野菜を植えるつもりだ。まぁたいして家計の足しにはならないが、自家栽培の野菜は気分的に気持ちがいい。田舎に暮らしている特権だろう。東京ではこうはいかない。

 しかし、東京に出ていつも思う事はこの町はまるで仮想の都市のようだ。どこに行こうと地下鉄が張り巡らされていて、数分ごとにやってくる。雨が降ってもほとんど目的地近くまで濡れることはない。巨大なビルが所狭しと樹立してたくさんの人々が働いて生活している。食べ物屋は世界中の美味しいものを提供して、これでもかと次から次に新しいブームを駆り立てる。美しいファッションが街を彩っている。汚い人間臭いどろどろとしたものは隠され、見えない。

 食べ物はどこか知らないところ作られて輸入され加工されて都会に運ばれて消費される。都会は何も作らない。考えて指示するだけだ。巨大な人工知能のようなモノだな。すごくあやふやで危ういものを感じるな。一旦機能が停止してしまえば恐ろしいことになるだろうな。人口が密集しているだけに怖いという気がする。田舎者の杞憂かもしれないが。。


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ポケットの窓から - 2017.04.28(ポケットの窓から)

東京に来ています。
はる 5851
 国画の審査で東京に行ってきました。この週末からまた飾り付けに行ってきます。毎年の事ですがご苦労だなと思います。今ちょうどミッシャと草間 彌生をやっていて凄い人出だ。水玉の変人だけど、ここにきてのブレイクは尋常じゃない。芸能人を見るような雰囲気だな。もう彼女の芸から離れて一つの社会現象になってしまっている。彼女を担ぎ出すことで儲け仕事になっているんだろうな。あぁなってしまえば誰も止められない。日本人はブームに乗りやすく、良い悪いは関係なく人が行くから私もゆくみたいなことで美術館はラッシュアワーのようだ。

 


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今日のアトリエ - 2017.04.26(ポケットの窓から)


はる 5849
 詭弁「戦争しないために戦争する」ってオカシイと思う。世論を戦争へと向かわせるのは「簡単な事だ、自分達が外国に攻撃されていると説明すればいい、そして、平和主義者については、彼らは愛国心がなく国家を危険に晒す人々だと公然と非難すればいいだけのことだ。この方法はどの国でも同じように通用するものだ。」ナチスの国家元帥ゲーリング

 あらゆる生物は遺伝子の舟だということを思います。それぞれが自分の遺伝子を出来るだけ遠くまで運ぼうと互いにつぶし合うようにプログラミングされているのでしょうね。シェアするという発想はないのかもしれません。悲し!

 政治家など我欲の強い遺伝子を持った者が世の中を支配するようですね。しかし、ダーウィンによれば必ずしも強い者だけが生き残る訳ではないようです。心優しき哺乳類も生き残るチャンスはあります。したたかに生き残ること、でしょうね。

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今日のアトリエ - 2017.04.25(ポケットの窓から)


はる 5848
 東京に行っていました。今日は授業で帰って来ましたがまた明後日東京に行きます。団体展の審査などの用事ですね。団体展は営利団体ではないのですべて会員のボランティアで成り立っています。一般で出品している時にはあまり感じていませんでしたが、会員になってしまえばひしひしとそれが分かります。年一回のお祭りだと思えば楽しいところもあります。

 さて、最近は何だか戦争前夜のような不穏な空気感があるな。テレビやラジオを聴いている限りそんなに臨場感はないのだが、アメリカは着々と戦争の準備をしているようだ。いつ本格的な先制攻撃が起きても不思議ではない、そんな感じだ。日本はもろ手を挙げて賛成しているようだが、そんなことして大丈夫なの。誰がそんなこと許したの?アメリカと合同の軍事訓練ってもうほとんど戦争準備ジャン。日本の憲法はどうなったの。誰が止められるの。もう憲法などあって無きがごとき扱いジャン。なし崩しかよ。

 これで戦争でも実際に始まってしまえば、世論は一気に憲法改正になるだろうな。徴兵制まですぐに行く。馬鹿だなぁ。。本当にばかだ。何でこの間の教訓を生かせないのか。すぐに忖度してしまうんだ。アベサンだけが悪いのじゃないけど、そうやってすぐに昔の事を忘れてしまう、無きものにしてしまうのは我々の最も悪いところだろうな。徹底して反省しないからだな、だから同じことをまた繰り返してしまう。

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ポケットの窓から - 2017.04.24(ポケットの窓から)



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ポケットの窓から - 2017.04.23(ポケットの窓から)



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今日のアトリエ - 2017.04.22(ポケットの窓から)


はる 5845
 明日は東京の団体展の搬入のお手伝いで泊まりです。疲れていなければ何か観てきます。たぶん銀座に出て国画のなかまの個展でしょう。こういった機会でもなければわざわざ出かけることは少なくなりました。

 「ほかいびと」・・ほかい〉は,元来は神を祝福することを意味した。神を祝福することはこの世に幸福を招くことになる,と考えられたのである。転じて,祭りや酒宴のときの祝いごとをも指すようになり,古くより大殿祭(おおとのほかい),酒楽(さかほかい)之歌などの語が見える。他方,門ごとに祝言(しゆうげん)を述べて歩き,報酬として米や物を得る人々も〈ほかいびと〉といわれた。《万葉集》巻十六には乞食者詠(ほかいひとのうた)があって,これは天皇を寿(ことほ)ぐ歌だが,神や精霊に対する祝言は身分の低い者が身分の高い者に対して行う寿詞(よごと)奏上の形式をとったものと推測させる。…(世界大百科事典内)より

 「ほいと」・・ほいど(ほいと) - 祝人(ほぎ人)が転訛したもの。神楽、獅子舞などの縁起者が物乞いも行っていた事から言われるとされる。  (Wikipedia)より

 「あそびべ」・・・遊部(あそびべ)のアソビは、命をふって(ゆりうごかして)活発化することであり、神霊や霊魂を鎮めるものであり、放浪(遊行遍歴)の意味を含む。遊部の人々のような、原始的な民俗信仰、呪術の系譜にある女系の巫女集団はあちこちにいた。京都の時代祭にも登場する名の知られている桂女もその典型と思われる。遊びの人々は、戦や出産のように、命を活気づけたり鎮めたり、霊威をふるわせたい時に招かれて出向く。時代が下り、仏教のような新しい思想が広まり、原始的な古来の民俗信仰の権威が落ちると、遊びの人々に呪術的宗教的な芸能を求められることも減り、遊びの人々は、それに代わって遍歴しながらの物品の売買や、現代的な意味での遊女の側面も強めた。  (森へ行くmoriheiku.exblog.jp)より

 役者にしろ舞踊家とか音楽師もそうかな辻説法する人とか旅芸人など、一か所に留まってそこで田畑を耕したりお店を持って商売したり、何かを作って売るそういったある種社会に組み込まれて生活するのではない人々のことを総称して旅人ということにする。旅人と旅行者とは言葉は似ているが根本的に違う。旅行はいつか終わりがあってまた普通の日常に戻って行く、しかし旅は日常が旅であって戻れる場所はない。一種死出の旅を覚悟している。

 65歳を過ぎてなんとなくバラモン教の最後の「遊行期」を身近に感じる。



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- 2017.04.21(未分類)

はる 5844
 「治安維持法は伝家の宝刀にすぎぬ、社会運動が同法案の為抑制せられることはない」「純真な活動を傷つけはせぬ」

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今日のアトリエ - 2017.04.20(ポケットの窓から)


はる 5843
 スイス人のアーチストが訪ねてきた。日本に三か月滞在して作品を作って帰国する、国からそんな奨学金を貰っているそうだ。私なんかもそうだったけれど、若い頃に海外に出ようと思ったならどこかで奨学金を貰うか賞金をあてにするしか方法がない。仕事を一時中断して長い旅に出る。いう事は簡単だけれど、なかなか出来ることではない。地道に貯金してとやっていると時間は待ってはくれない。国や自治体や企業はそんなやる気のある若い人にどんどんチャンスを与えるべきだとは思う。

 海外に出て一番の収穫は日本を外から眺めることが出来たことだな。すぐには結果は出ないけれど、長い間には血肉になって今の私を形作っていることは確かな事だ。無駄になることはなにもない。もうン十年も前のことだけれどね。思い切って旅に出てよかったと思っている。

 

 

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今日のアトリエ - 2017.04.19(ポケットの窓から)


はる 5842
 どんどん書きたいことが浮かぶことがあれば、全く何も書くことが浮かばない時もある。じっとパソコンの画面をにらんでいても何も浮かばない。いっぱしの作家のようだな。

 たぶん絵も同じだろうな。何かを絵にしようと思ったら、自分の中に問いかけるしかない。天下国家を論じるような大きな野望があるわけでもない。すこぶる他人とは違う感覚があるわけでもない。あらゆる分野に興味があって万巻の書物を読んでいるわけでもない。そうやって考えるとよくここまでやってきたものだと思う。

 もう少し深く掘り進んでみるしかないか。

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ポケットの窓から - 2017.04.18(ポケットの窓から)


はる 5841
 新学期が始まった。と言っても私は一週間に二度教壇に立つだけだから、特にプレッシャーもないのだけれどね。いつものように自己紹介する。生涯現役というのは生き方として誇りを持っている、しかし最近は何だか少し恥ずかしくなったな。あまりにも年が離れすぎているからなのかな。こんな爺さんが居るというだけでも彼らに何かしらメッセージを伝えることができるかしらね。。

 今日は夏日に近かった。

 

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- 2017.04.17(未分類)


はる 5840
 新しい試み。
 愛国心「簡単な事だ、自分達が外国に攻撃されていると説明すればいい、そして、平和主義者については、彼らは愛国心がなく国家を危険に晒す人々だと公然と非難すればいいだけのことだ。この方法はどの国でも同じように通用するものだ。」ナチスの国家元帥ゲーリング
メモ これを聴いていて思わず笑ってしまった。本気か。「衆院決算監委。金田法務大臣「山に生えているキノコやタケノコ等を勝手に採って売ればテロ組織の資金源となる。だから #共謀罪 に含めた」 しかし、これが日本の法務大臣だ。この人のハンコひとつで死刑は執行されるわけだ。それほどの力を持っている。にもかかわらず、行っていることはアホの坂田と同じレベルだ。共謀罪がこの人の元で制定される。今の我々は戦前と同じ歯がゆさを感じている。テロ防止ならそれもいい、こんな政治家の元で方が決まって仕舞うのが悲しいのだ。

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2017/04/16裸婦クロッキー - 2017.04.16(裸婦クロッキー)
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筆でクロッキーしてみた。


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- 2017.04.15(未分類)

2017 F6「ほかいびと」
はる 5838
 そんなことを思ったのは、例えば私の字はすごい癖字だ。よく言えば個性的、普通に言えば下手くそ。どんなに丁寧に書いても、いや丁寧に書けばかくほど小学生の低学年のような字になる。

 子供の頃から通知表に字が汚いと毎年書かれていた。そんなことで夏休みには私にだけ硬筆の宿題を出されたことがある。まぁ真似してゆっくり書けばそうでもないけれど、どのみち終わってしまえば元に戻ってしまう。

 書画一致ということばがあるけれど、結局のところ手先の癖というのはこういった部分に現れるのじゃないか。無理してオリジンを探らなくても実は自分の下手くその源泉はここにあるのではないか。字を書くように絵を描けばいいのじゃないか。そんなふうに思う。

 というわけで、このところ習字の筆を持ち出して墨汁で字を書くように絵を描いてみた。どうだろう。



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ポケットの窓から - 2017.04.14(ポケットの窓から)


はる 5837
 この間書いたことの続きになるかな。持って生まれた天分という物があって、天才的に頭のいい人というのが必ずいるように、絵の上手なひとがいる。この人たちは大して努力しなくてもすらすらと描けけてしまうのだな。どこかで観たことがあるけれど、以一度観た光景をカメラが写し取るように覚えていて、なにも見ないですらすらと描いている人がいたけれど、これなんかも持って生まれた天分だろう。努力して得られた才能ではない。

 自己弁護になるかもしれないが、反対にどんなに努力しても上手にならないというのも一つの天分ではないだろうか。チョロをやっていてそんなふうに思うことがある。まぁかける時間も努力もそこそこだから一概には言えないかもしれないが、まぁもしヨーヨーマーと同じ時間と努力をしてみたところで、絶対に彼と同じにはならない。根本的に何かが違う。それを天分というのだろう。当たり前だけどね、今更。。

 絵の話に戻ると誰かが書いていたけれど、例えば一流になるならそこそこ上手いじゃ通用しない。徹底して、他を圧倒するくらい、度肝を抜くくらい、上手くなければ一流にはなれないだろう。だけどもプロになりたいだけなら方法はそれだけではない。どうやっても上手くならないというのも一つの才能で、そこの部分を強調するすることで克服することでそれを一つの芸として食って行くことは出来ると思う。ただしそれが幸せかどうかは本人次第でしょう。

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今日のアトリエ - 2017.04.13(ポケットの窓から)


はる 5836
 町内の自治会の役がまわってきた。自治会はどこにでもあるのだろうか。河川の清掃だとか、有価物の収集、花見だとか夏祭りや文化祭をやったりする。前は集まってカラオケをやったり、絵を描いたり、大正琴の合奏をやったりしてたな。今はゲートボールが盛んだ。

 町内はご多分にもれずかなりの高齢化で、私などがけっこう若手という事になる。自治会組織もだんだんと低調になってきて、いずれは行事が出来なくなってくるだろうな。今はまだ団塊の世代が頑張っているのでなんとかまわっているけれど、それでも若い人や、子供たちがいないので何となく張り合いがない。

 今年も文化祭をやるそうだ。というのかやらされるはめになった。紅白の幕をはってパネルを立ててそこに色々なものを展示する。小学生から爺さんバーさんまで、種々雑多ものが展示される。文化祭ってこんなものだっけなぁ。

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- 2017.04.12(未分類)

はる 5835
2017 「ほかいびと」F8 No1958 混成技法
未発表
・・・・・・・・
世界大百科事典内のほかい人の言及
【乞食】より
…いずれも第2の場合と同じく,もともとこじきだったわけではない。むしろ季節を定めて祝福に訪れてくる神々への信仰に源流をもち,神の姿をした祝福芸人〈ほかい人〉の末裔にほかならなかった。だから,《万葉集》巻十六に〈ほかひびと〉の歌がおさめられていることからもわかるように,その起源はきわめて古いといってよい。…
自動代替テキストはありません。

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今日のアトリエ - 2017.04.12(ポケットの窓から)



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ポケットの窓から - 2017.04.11(ポケットの窓から)


はる 5834
 何かすごくやばいところに居るのじゃないかと最近思うな。正義何ていうものは見る立場によって何とでも言い換えられるわけで、戦争はいつの時代も聖戦なんだな。侵略しましょうといって始まる戦争などない。正義の御旗のもとに駆り立てられるわけで、時の為政者(時代が選んだ大衆の空気)によって戦争は始められる。

 かの国はいつも戦いを始める。大国のエゴだな。自分たちは正しい、相手が間違っているという信念で余計なおせっかいを始める。正義何て何もないじゃないかと思うのは私だけじゃないだろう。でも力を持っているものが正義になってしまうのだ。

 戦争が近いうちに始まるのではないか?と不安に駆りたてられる。それをいいことに一気に軍備や法律が進んでしまいそうで怖いな。杞憂に終わればいいのだけれど。。

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今日のアトリエ - 2017.04.10(ポケットの窓から)


はる 5833
 65歳か。高齢者というのだ。まだまだひよっこだけどな。

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- 2017.04.09(未分類)

2017 F8 「帰宅」
はる 5832
 全く何も考えないで色を置くというのはなかなか難しい。普通に考えると簡単に思えるけれど、やってみるとこれが出来ない。例えば塗り絵のように決まった形があってそこをはみ出さないように塗るという作業は、普通の意識ある人間には一番やりやすい。子供でも小学校の高学年ぐらいからはこんなことに夢中になるかもしれん。単純作業というのは一種の麻薬作用があって、忘我の境地に至る一つの方法でもある。

 子供の絵のように全くランダムに色を塗りたくるという事には限界があって、これまたなかなか続けることは出来ない。何かしらの規則性があれば人はそれに従うのは簡単だ。普通の大人がオートマチックに色を置いたとしたらどう見えるかという事なんだけれど、たぶん何かしらの作為が入ってきて自然には見えないのだな。

 自然というのは無作為の出来ている。当たり前の事だが、風景のどこをとってもある一定の理で成り立っているわけで、それが自然という事だろう。そこに破たんが生じているという事であれば時空の壁が崩れているという訳で、そんなことがあれば反対にみてみたい。

 ただ絵にした場合それを出来るだけ忠実に写したとしても、それは自然のごく一部であって全体を表してはいない。だからもともと自然の一部を切り取っただけでは破たんしているのだな。それを閉じた世界にするには、それだけで完結した世界にするには何かしら一定のルールを示さなくてはならない。私はそれが絵画する。絵を作るという事だと思っている。そのルールに従っていればどんな描き方をしてもいい。

 良くわからないことをぐだぐだ書いてみた。無視して結構。


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ポケットの窓から - 2017.04.08(ポケットの窓から)


はる 5831
 まだ少しはやいけれど、4/10は誕生日です。いよいよ老人と言われる年齢になります。この私が65歳だからな。誰の事やねん?と突っ込みを入れたくなります。

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今日のアトリエ - 2017.04.07(ポケットの窓から)


はる 5830
 昨日言っていたことが現実味をおびてきたな。ジョーカーが引き金を引いた。この先どうなって行くのか、このままでは終わらんだろうな。いつもいつも戦争を起こすのはあいつらだ。しっぽふったおっさんはすぐさま支持を表明。だれがそんなことに賛成した。そのことがどれだけ国民を危険にさらすことになるか分かっているのだろうか。武力では何も解決しないぐらいのこと、世界に先駆けて言ってみろ。

 それにしても我が国の政治家はどちらも信用ならんな。もともと政治家を志す輩そのものがどこか不純なものを含んでいるのだろうか。本当に世のため人のため私利私欲抜きに身を捨てて働こうと思って政治家を目指すのだろうかな。今の政治家を見ていると親がそうだったから、何となく権力を振りかざして人を操ってみたいだとか、お金を儲けたいとかそんな動機で政治をやっているように見えて仕方ない。腹黒い=政治家って悲しくないか。

 今の政治のシステムを見ていると、政治=力だよな。どんなに理想掲げても現実的に数を集めないと何もできない。力になってことを動かすことはできない。だから自分たちの有利に働けるように何かと便利をはかってもらえるように、一局に集中した力を集める。どんなに不純な動機でも、数を集めれば正義になってことが進んでしまう。数のないものは何を言っても負け犬なんだな。マイノリティは無視される。民主主義というのは多数決かい?もしそうならとんでもない奴らに票を与えすぎたね。

 

 

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ドンキホーテ - 2017.04.06(作品)

「相棒3」F6 No1956 混成技法
・・・・・・・・・・・
 ドンキホーテは400年も前のスペインの風刺小説だそうだ。実際には読んでいないので詳しい事は知りません。妄想にふけった男が騎士道よろしく相棒のサンチョを引き連れてよれよれのロバにまたがって滑稽を繰り広げる話だそうだ。

 現代の誰かさんに読んでもらい話だな。恐ろしい事に、ジョーカーがいよいよ刈り上げ君と戦争を始めそうだ。緊急事態ということで憲法やあらゆる法律が停止され、反対するものは共謀罪でぶち込んで、「うるさい」「だまれ」と恫喝して巻き込んでゆく。巻き込まれるのは自己責任、わしは知らんというわけだ。

 平和な時代しか知らない我々は、戦前の人たちはどうして戦争を止めることが出来なかったのか分からなかった。嫌ならいやだといえばいいのに、逃げてしまえばいいじゃないか、などと真剣に考えていたのだけれど、平和な頭ではそんなことしか考えられんのだな。

 実際はこうやって段々と真綿で首を絞めるように時代の空気を作って行く。気が付いた時にはもう選択の余地は残っていない。独裁者は民主的な選挙で選ばれてでてくるのだな。ちょうど今の誰かのように、どうどうと嘘をついて。

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ポケットの窓から - 2017.04.06(ポケットの窓から)



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- 2017.04.05(未分類)

はる 5828
 歴史は繰り返す。出来るだけ事実だけを載せるつもりだ。変に煽り立てるつもりはない。しかし、未来に禍根を残す可能性がおおきいこんな法律を黙ってみているわけにはいかない。もし仮に共謀罪関係の法律を作るのであればこの政府でないときにお願いしたい。この人たちはまるっきり信用できないからだ。


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古い習作 - 2017.04.04(作品)
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1978年頃 人物習作 油彩
はる 5827
 もう40年も前の人物の習作です。まぁそれでもこういった描き方はそれなりに魅力はあるな。今からみるとこういった描き方はしなくなったので懐かしく客観的にみることができる。たぶん今も見て描くならこういった描き方しか出来ないだろう。今はやりのスーパーリアリズム的な描き方はできないなぁ。あれはあれで凄いテクニックだとは思うのだけれどね。

 最近分かったことがある。前にも少し書いたことがあるけれど、持って生まれた天分というのは変わらないということだ。努力でカバーできるものはもちろんあるのだけれど、それでも持って生まれた天分は変えることはできないなぁ。いいとか悪いとか言うのじゃなくてね。それを天分と言うのだろう。小学校の頃天才的に努力せずに頭のいい奴が一つの学校に一人や二人いた。あれって努力じゃないよな。持って生まれた天分でしょう。

 人の魅力とか風格とかそういったモノは後から努力していくらでも追加できるものだと思うし、人の値打ちというものはそうやって作って行くものだとも思う。しかし、そうだなそんなものとは関係なしに持って生まれた生のままの才能、それを天分というのかな、それが他を寄せ付けないほど優れているという人というのが居ると思うな。どうやってもそういう人には敵わない。特に技術的な才能というのは天分というのが大きいと思う。誰でも努力すればラファエロやアングルやダビンチになれるかと言えばこれは絶対になれない。これはいいとか悪いとかではない。違うものなのだな。そこのところの見極めがとても大事だな。

 ならば自分の天分はというのか、人より抜きんでたものは何なのかということを見極めるのも一つの才能かも知れない。極端な話ラファエロになれないなら自分はどんな絵描きになるのか、そんなことだろうか。

 この古い習作を見てそんなことを思った。




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移動中 - 2017.04.03(ポケットの窓から)

帰宅しました。
 はる 5826
 無事京都の個展が終了しました。まぁ個展そのものはすこぶる楽しかったですね。毎度のことながら。終わりに近くなればなるほど寂しくなってくる。お祭りみたいなもんだな。ただ私の場合仕事なので楽しいと言うだけでは無論ありませんね。次に繋げなくてはなりません。これからどう展開して行くのか反省すべき点も多々ありました。

 今回強く思ったのは、ネットの力です。フェイスブックをはじめこのブログを見ている方も多く、実際に実物を観たいと思って結構遠くからやってこられた方も多い。無名の作家にとってネットは結構使える武器だという気がした。今後ますますそういったことが起こるような気がする。だからと言って私はネット販売はこれからもするつもりはありませんが、そうやって仕事に結び付けて行くやり方もありかなとも思う。

 しかし、ネットはある意味両刃の剣で、使い方によってはかなり不気味なものだということを肝に銘じておく必要がある。


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楽日 - 2017.04.02(ポケットの窓から)

いよいよ最終日5時までだよ。


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