あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

今日のアトリエ - 2016.06.30(ポケットの窓から)
はる 5550
 今回の個展で自作の額で展示したところ同じような額の青のバージョンを注文された。普通はそんな注文には応じないのだけれど、無下に断れないコレクターからの注文だったので嫌々ながら今回だけ応じることにした。もっとも私がそんな展示をしたからで責任の一端は私にある。お客さんからすれば既成のありきたりの額よりは作家が作品に合わせて作った額の方がいいに決まっている。

 それも有るけれど、イージーオーダーのような既成の額を自分なりにアレンジして作ってみたいという欲求もあったからだ。早速画材屋さんに出かけて木地で出来た加工しやすい額を購入してくる。本当はその写真を撮っておくべきだったが忘れてしまった。

 まず金やすりで全体的に塗装を取った。それから適当にゆがめて自然な流木のような加工をする。そして今日はコバルトブルーにモデリングペーストを混ぜてやすりの跡を消す。絵を描きながらだけど、ここまででほぼ一週間だな。


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今日のアトリエ - 2016.06.29(ポケットの窓から)
はる 5549
 何だか疲れたな。今日は定時制だけの授業でした。今の彼らはとても大人しいいい子なんだけれど、反対に抵抗感がなくつまらなく思える。彼らはたぶん中学校時代ほとんど学校には行っていないだろう。高校に入って初めて学生らしい生活ができたのだろう。それはそれで結構なことなのだが、ここでは何となくみんながもてなしてお客さん扱いだからやって行けるのだが、社会に出でたらまた引きこもってしまうのではないかと思う。私が考えることではないのかもしれないが。。

 ところで今回の選挙は分水嶺だ。与党に勝たせてしまうと憲法が変えられてしまう。UKどころか身近な足元から崩れてゆく。あの憲法草案を読んでみた?自分たちだけが選ばれた人間だと思っているようだ。


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今日のアトリエ - 2016.06.28(ポケットの窓から)
はる 5548
 一日ははやい。昨日記事を書いてもう今日になった。毎日何かをやるというのは大変なことだ。大変だけれどこれをやり続けることで何かが出来る。たぶんそう思う。一年や二年ではだめ。少なくとも三年やり続ければ何かを得ることが出来る。

 自分しか出来ないことなどない。たぶんそう思いたい気持ちはよくわかる。オンリーワンでありたいと思うのと同じだろう。でもオンリーワンを狙って出来ることなどほとんどない。ごく限られた才能がある人だけなんだろうな。その他大勢は似たり寄ったりだ。自分しかできないことを狙っている限りいつまでたっても見つける事は出来んだろうな。それが目的でじゃないのだよ。

 誰でもできる極ありふれたことをやり続けることが大事なんだとおもうな。


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今日のアトリエ - 2016.06.27(ポケットの窓から)
はる 5547
 さて今日は何を書こうか。個展が終わって今日で一週間経った。あの梅田での個展が一週間前だとは思えないな。もうずっと前のような気がする。

 自分の中で一番テンパっていた個展は銀座松屋の第一回目の展覧会だ。知っている人も多いだろうけれど、昔のあそこのスペースは政治家や文化勲章受章者がお披露目を兼ねてやるような、まぁ何というのかとても敷居の高い場所なんだな。とてもとても無名の絵描きがやれるような場所ではない。借りてやったらそれこそ何百万の請求が来るような場所だ。

 知らないという事は最強の力を持っている。たとえこの展覧会が大失敗に終わっても何も失う物がない。それどころか自分の経歴に銀座松屋の大画廊で個展をやったという勲章がつく。その時はそんなことも考えなかったのだから、幸せなものだ。

 精一杯はったりで国画会に出した大きな作品を何枚もまとめて展示した。地元の回顧展もまだやっていなかった頃の話で、海の者とも山の者ともわからん無名の絵描きがそんなことをやれたのは無論私の力ではない。ビビる私を何でも好きにやれ、上層部の交渉を仕切ってくれた画商さんのおかげだ。

 そんな画期的な展覧会だったはずなんだけれど、やっぱり企画的には失敗だったようにおもうな。まるで話題にならなかったし、その後の反応がまるでなかったことがそれを物語っている。孤軍奮闘、自己満足。まぁ楽しかったのだからそれでよしとしよう。


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2016/6/26 裸婦クロッキー - 2016.06.26(裸婦クロッキー)


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ポケットの窓から - 2016.06.25(ポケットの窓から)
はる 5545
 我が家の洗面場です。最近こういったレトロな流しがブームらしい。50年ほどたって一周遅れのトップランナーってわけだ。そういえばこういったタイル張りの流しは昔はほとんどがこんな流しだった。いつの間にか無くなってしまったけれどね。

 イギリスがEUから離脱するらしい。昨日のトップニュース。円相場が円高になって株が安くなった。経済の事は全くわからん素人だからなんでそうなるのかわからん。まぁ世界市場が連動して不安定になったということは理解できるけれどね。

 グローバル化が伝家の宝刀で何でも自由化、世界規模で何でも動いて来たけれどここにきてちょっと待ってくれよということかな。便利が全て、経済が全て、金儲けが全て、と動いてきた市場経済だけどまぁ逆に歯車が回ることはないと思うけれど、個人の趣味というのか何でもグローバルでなくていいと言い出したのじゃないかね。

 まぁよくわからん。選挙にどう影響するのか。安定を取るという事で保守勢力に有利に働くのかね。自民党の改憲草案をみたけどめちゃくちゃだ。誰のための国なんだ。上層部だけがこの国を代表する国民なのか。あとはじっと我慢しろと言っているようだ。


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今日のアトリエ - 2016.06.24(ポケットの窓から)
はる 5544
 今回もブログから文章を抜き出して会場に展示した。これは毎回けっこう反響があって写してゆく人も結構いる。絵を描いたり物を作ったり表現することを考えている人には共感することがあるようだ。あまり難しい言葉は知らないし、もちろん使えない。これも自分の身の回りの身体感覚で語られる言葉だからアマチュアの人にも分かりやすいのじゃないだろうか。絵を観に来て文章に感動して写してゆくというのも本末転倒なんじゃないかとも思うのだけれどね。

 文章をひねり出す作業と絵のアイディアを考えるという行為はよく似ている。こうやって何も考えないで書き始めるわけだ。それがだんだん形になって自分が何を考えているのか輪郭が次第にはっきりして行く。あぁ私は今こんなことを考えていたのかと気が付くことも多いのだ。それって何もない所から絵を描いてゆく行為とそっくりだ。

 観に来られらなかった人にためにその文章だけ載せておきましょう。
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はる 5525
 風のおとづれ
「風は姿かたちが見えません。梢が揺れる様子やひゅーひゅー鳴る音を聞いて、人はその存在を知ります。
 絵や音楽や言の葉はこの風に似ています。見えない心のかたちをそのざわめきで見せてくれます。絵を描くとはそのための道具だと思います。何処まで深く掘ることが出来るか、絵を描く事で探ってみたいと思います」

はる 5523
 鑑賞とは作家の力を借りて鑑賞者の心の中をみるというのが本来の姿だろう。そうでなければありがたく作家の意見を拝聴するだけで終わってしまう。それだけだと自分の心の中を豊かに耕したことにはならない。

はる 5522
 料理は素材で八割が決まるそうだ。絵の場合はどうだろう。今身近にあって手っ取り早く手に入れることができて、使いまわすことが出来るものをどう使ったか?素材を選ぶところから絵作りが始まっているわけで、画材という固定概念から自由になることが私の方法ということが出来る。

はる 5512
 下手くそは徹底して努力して下手くそを覚られないところまで努力するしかない。デッサンを意識しない無意識の領域までデッサンしなくてはならない。デッサン力のないデフォルメはただのイビツにすぎない。下手はデッサンを忘れるためにデッサンするのだな。

はる 5511
 よく聞かれるのは絵だけで食べているのですか?ということだ。絵を描くのはけっして目的ではない。絵を描くために私はこの人生を生きているとは思っていない。そんな人生はつまらない。あくまでも絵を描くのは手段だろうな。

はる 5459
 反対に物を描写しない絵というのはどうやってかくのか。簡単に言ってしまえば描くのではなく見つけるんだな。ほとんど他力本願だけれど、絵が出てくるのを待つ、見つけるということ。だから自分の形や色を見つけるわけで、すなわち自分自身を見つけるという事になるわけだ。

はる 5457
 「人と比べないこと」簡単な事なんだけれど、意外に勇気がいる。「自分の人生だから、好きなように生きていいんだ」とは思うのだけど、何かしら大きなプレシャーがかかるんだな。好きな事で生きるにはそれしかない。

5444
 私はミクストメディアをやりたいと思って始めたわけではない。自分が作りたい物をつくったらそれが今でいうミクストメディアというものだったというのが正確な言い方のように思う。

はる 5416
絵を見るというのは、作者の提示した世界だけを観たのじゃ片手落ちだな。最も大事なのは、それを仲立ちにして自分の心の中を見るきっかけにすることだ。そうでなければ芸術など意味がない。

はる 5404
 大事なのはあなた自身であることだ。一生かけて貴方自身を見つけることだ。それがすなわちあなたの絵であり、あなたの表現であり、あなたの生き方なんだろう。

はる 5374
 人間のたしなみとか教養としての美術というのじゃ弱いんだよな、結局あってもなくてもいいものとして淘汰されてしまう。表現する立場からいってもっと切実に人の感情に訴える物であってほしいと思うわけだ。音楽みたいにね。ダイレクトに心をゆさぶりたい。

はる 5401
 ものを描くという行為はあくまでも抽象的な行為で、写真のように何の解釈もなくそっくりそのまま描いても絵らしくはみえるけれど本当の意味での表現にはなっていない。表現とは「私はこう見えました、こう解釈しました」という自己報告だと思う。


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2016阪急個展報告 - 2016.06.23(写真)
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はる 5543
 こんな個展を繰り返している。好き勝手な絵を描いて、何か考えているふりしてしゃべって誤魔化している。私なんかが偉そうにこんなところで個展やっておまけに買ってもらったりしている。ただただ好きな事やっているだけなんだけど、何だかちらっと後ろめたい。まぁしかし、そんなに儲けるわけでもないから、やっと生きているだけのお布施を貰っているだけだから許してもらえるのだろうかね。

 だんだん絵が分かりやすくなっている。と言われるのだけれど、自分ではあまり感じないな。昔から変わらんように思うのだけれど、そうなんだろうか。しかしまぁ、昔は何を描いていいのか本当に分からなかった。でたらめに筆を動かしていただけで、雰囲気だけで絵を作っていたように思うな。今もそこのところはあまり変わらんと思うのだけど。

 小品など本当に描けんかったな。ゼロ号やSMみたいなものは本当に難しい。適当にスケッチすれいいと思っているなら大きな勘違い。いつまでたってもスケッチから抜け切れない。自分の作品にするには命賭けて10年はかかるな。

 「才能は関係ない覚悟ができているかどうかだ」そんなことどこかで聞いた。そう思うな。

 ある作家の言葉「私はこう読んで欲しいとは願わない。ページを繰る内に読み手の人生とつながり合う瞬間があれば、それこそが書き手にとっての幸福だ」これってこの間言っていたことそのままだな。


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ポケットの窓から - 2016.06.22(ポケットの窓から)



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個展楽日 - 2016.06.21(ポケットの窓から)
はる 5541
 今さっき無事終了と連絡が入りました。何だか最後の片づけまでいなかったので申し訳ないような感じ。お忙しい中お出かけ下さった方、どうもありがとうございました。


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個展6日目 - 2016.06.20(ポケットの窓から)







はる 5540
 帰宅しました。個展は明日まで開催中。

 個展は楽しい。作家によっては会場にいるのが苦痛だという人も多いけれど、私は昔から自分の個展会場に居るのが好きだった。自分のお客さんとの唯一の接点がここになるわけで、普段アトリエにある作品はゴミだか物だか判然としない状態であるわけだけれど、額に入ってそれなりの場に置かれると作品となり、言葉は適当ではないけれど錬金術師の手にかかるとお宝にかわる。

 私は質問されると何一つ隠すことなく洗いざらいしゃべってしまう。いいことも隠しておいた方が無難だと思われることもしゃべってしまう。作家がそこまでしゃべってしまえば興ざめなのかもしれないが、隠しておくことが出来ない性分だ。何とか分かってもらおうとする。これって自分の作品と同じだな。何とか伝えたい熱い想いがあるからだ。

 今回もブログから適当な文章を抜粋して会場に展示した。これも私の表現の一部で絵を観る時の何かの足しになればという思いからだ。これも使えるものは何でも使うというミクストメディアの一部ではなかろうか。



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東寺 - 2016.06.20(ポケットの窓から)



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個展5日目 - 2016.06.19(ポケットの窓から)








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個展4日目 - 2016.06.18(ポケットの窓から)




後半に入りました。私は今日、明日まで在ロウします。お待ちしています。


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個展3日目 - 2016.06.17(ポケットの窓から)

同窓会です。


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2日目 - 2016.06.16(ポケットの窓から)



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個展1日目 - 2016.06.15(ポケットの窓から)



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個展前夜 - 2016.06.14(ポケットの窓から)






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実家にいます。 - 2016.06.13(ポケットの窓から)



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移動中 - 2016.06.12(ポケットの窓から)



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移動中ー高速バスナウ - 2016.06.12(ポケットの窓から)

京都に向かってます。


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今日のアトリエ - 2016.06.11(ポケットの窓から)
はる 5541
 今日からスクエア展が始まりました。ぜひとも観てやってください。私は今日一日当番で在ろうしましたが、明日からしばらく個展のために不在です。更新も写メだけになりますがあしからず。


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2016年「雨あがる」 F3 No1868 混成技法 未発表 - 2016.06.10(作品)
2016年「雨あがる」 F3 No1868 混成技法

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はる 5540
 明日からスクエア展が始まります。私は明日しか在ろうできません。明後日からは私はまた旅暮らしになります。

 



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今日のアトリエ - 2016.06.09(ポケットの窓から)
はる 5539
 この春から電力が自由化になって供給会社を選べるようになった。まぁ今までが独占されて選択の余地のない親方日の丸的な準公務員的な経営体質だったので会社を選べるのはいいことだ。例えば電話が電電公社しかなかったときはサービスなど考える必要などなくて嫌なら使うなという横柄な会社だった。機種もほとんど変わることなく半世紀もそのままだったのじゃないかな。民営化されたらあっというまに機種も増えたし値下げもした。今じゃどこがサービスなのか分からん状態だけどな。

 東電の独占は当然よくない。会社だけが悪い訳じゃないけどな。それを許した政府、薄々感じながらも声を上げなかった国民すべてのせきにんでもあるんだけど、独占はよくない。色々選択できる方がいい。という訳で面倒だけどこの際ガス会社に電話して話を聞くことにした。

 コンビニやスーパーマーケットや電話会社が電気も売りまっせと参加しているけど、それって可笑しくないか。自分たちは電気創ってないでしょ。明らかに東電から電気買って横流しする、そいで利ざやを得るという商売でしょう。それじゃ東電儲けさせるだけじゃん。少なくとも少しでも電気つくっている会社と契約したい。まぁ話聞いてもホンマかいなと半信半疑だけど、コンビニよりはましでしょう。

 というわけで我が家は来月あたりから電気も瓦斯やさんから買う事にした。


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今日のアトリエ - 2016.06.08(ポケットの窓から)
はる 5538
 今日大阪展の荷物を送りました。ある意味もう何も打つ手はありません。という訳で展覧会はまだ始まっていませんがもう終わったみたいなものです。これからは次の個展の準備です。次は来月の終わりから八月にかけて長期ランの山口画廊です。

 大阪の個展は梅田の大きなターミナルビルの七階にある大きな美術画廊です。阪急デパートには画廊が三つから四つあります。創業者の小林一三の趣味趣向が大きく反映していてデパートの中の骨董店などもなかなか面白いです。そういった意味では他のデパートとは少し趣が違うように感じますね。

 本来私などが恐れ多くて出来るような画廊ではありませんが、今から十年ほど前にまだデパートが改装している最中で、画廊もどこかの売り場を間借りして仮にやっているという感じでした。全面改装終了が五年後ぐらいというスタンスで、本当に大規模な建て替え工事でした。

 それで、改装が終わった時にどうしても新しい目新しい作家を発掘したいという希望があったのではないでしょうか。具体的に聴いた訳ではありませんが、そんな気がします。まぁそれで期待の添えたかどうかはよくわかりませんが、何となく今まで続いています。

 まぁデパートは結果が全てだとは聞いていますが、私の場合すこし甘々でやってもらっている気がしますね。すべて画商さんのHさんのおかげだと感謝しています。たぶん是を見ていないと思いますのでこっそり書いておきます。


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西へ行く - 2016.06.07(作品)
⑦西へ行く榎並

はる 5537
 昔お袋がテレビを観て泣いているのがおかしくて笑ったことがある。歳をとると誰でもが体力が落ちるように涙腺が弱くなって自然に泣くんだと思っていた。感動とか共感ではなく肉体的な衰え、ある種の感覚のボケからくるのかと解釈していた。まぁ当たらずとも遠からずかもしれないけれど、この部分ははっきり違うのではないか。

 例えば一枚の絵を観る。そこで何か心の中で引っかかりを覚える。それは今まで見た、経験した、本で読んだ、映画で観た光景だったりするわけだ。若い時はそこのところが薄っぺらだ。実際の人生経験もない。どんなにおませな子供であったとしても50年生きてきた経験とは雲泥の差だわな。

 人が感動したり、共感したりして泣いたり、喜んだりするのは、もちろん直接的な経験や体験が大きいのだけれど、段々に歳をとってそういった目新しい経験が少なくなってくると、昔のことを想いだして泣けてくるのだな。歳を取っていいことは少ないのだけれど、これだけは言える。


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日々礼賛 - 2016.06.06(ポケットの窓から)


はる 5536
 この古い竹でできた何ていうのか、短冊をかける道具をいただいた。お茶室でもあって床の間でもあれば似合いそうな代物。私などがもらっても宝の持ち腐れになるのではないかとお断りしたのですが、お年寄りの友だちがこれまた断捨離を兼ねて捨てるのも忍びないという事で拙宅に持ってこられた。飾れる場所はいつも私の絵が掛けてある玄関のこの場所しかありません。

 それで掛けてみて何となく上手くマッチしたのですが、そこに飾る短冊がない。というわけでいつものように自分で書くことにする。何を書くかだな。色々考えた。お客さんが来て一番最初に目に触れる場所。それなりに自分の今の心情とか感覚、できたら生き方や哲学みたいなものもにじませたい。絵のタイトル、個展のテーマを考えるのと似ているな。皆さんだったら、今の自分の心情を一言でといわれると何を書きます?

 ありふれた四文字熟語じゃつまらんじゃない。で何年か前の個展のテーマである「日々礼賛」とした。何気ない日常がいとおしいという気持ちを込めて。

 ところで下のスイカは本物じゃありませんよ。松田百合子さんの陶器のオブジェです。毎年この時期に出てきます。


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ポケットの窓から - 2016.06.05(ポケットの窓から)

はる 5535
 久しぶりに美術館の企画をみた「ミケランジェロ展」 日曜日ということもあってけっこう混んでいた。さて内容はといえばやはり思ってた通り「羊頭狗肉」だな。どんなに素晴らしい作品が来ているのかと大いに期待したのだが、やっぱり何も来てなかった。入ってすぐにミケランジェロ最後の「ピエタ」があったので、へぇピエタが来たのかこれを観るだけでも来たかいがあったと思ったのだけれど、やっぱり本物ではなかった。石膏のレプリカをあんな展覧会に飾って恥ずかしくないか?それをお金を払って観る人は気の毒だ。レプリカと気付いた人は何人いただろう?

 常設の最後の部屋に私の「平均律」があった。なんだか嬉しかったな。

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2015年 「さがしもの」 F0 No1772 - 2016.06.04(作品)
③榎並さがしもの
2015年 「さがしもの」 F0 No1772
はる 5534
 今日はお休み、また明日。


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2016年「庭掃除」 SM No1850 混成技法 未発表 - 2016.06.03(作品)
2016年「庭掃除」 SM No1850 混成技法
はる 5533
 イタリアにお世話になっていたのはもう20年も前の話だ。けれど感覚的にはつい最近のことのように思える。たった一年だったけれどここでの経験はその後の私の生き方に大いに影響を与えている。

 今でも思うのだけれど、彼らは楽しむために生きている、働いている。確かに経済的にはEUの中では劣等生かもしれないが、その割には実に楽しげに生きている。家ひとつ比べてみても日本の我々の感覚では考えられない充実したものだ。

 まぁ一概にだか彼らは素晴らしいとばかりは言えないのだろうけれど、こうやって日本が大きく傾いて若い人たちが小さくまとまって行くのをみていると、そんな生き方だけではないのだよと言ってあげたくなる。

 日本の教育が戦後大きく変わったにもかかわらず、本質的に他人との差異を良しとしない横並びを是とする教育から脱却しない限り、ひとり一人の自尊独立は難しいだろうな。そんな人間を育てようとは考えていないからな。国家社会に役立つ人間を育てるための公教育としているからだ。今後ますます不景気になればそういった狭い意味の道徳や人間教育が幅を利かせそうで恐ろしい。

 人並みにとか皆やっているという「人と比べる」価値観をやめることだ。極論だけれどやりたいことも、したいことも見つからないのならとりあえず農業をすることだ。自分の口を自分で養うこれが独立国家の最低限の気概じゃないかな。

 なんだか支離滅裂になってしまったが。。また明日。



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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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