あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

1999年「ねがいごと」 S100 No430 混成技法 - 2016.03.31(作品)
1999年「ねがいごと」 S100 No430 混成技法
はる 5470
 非常に分かりやすい絵だ。これがテルテル坊主に明日の天気を頼んでいる図だとするなら分かりやすい。絵図らは確かにそんなふうに見えるし、見えるように描いたものだ。しかい、自分の子供の頃を考えてそんな可愛い子供だったか疑問だ。

 誰でも経験があるのかな、もう時効だと思うので告白する。小学生のころ親の財布からお金を盗んだことある。幸いにもばれなかったか、ばれていたけれど親はそれを黙認していたのかもしれない。何に使ったのかよく覚えていないのだけれど、それは自分にとって凄い罪を背負ってしまった。

 ずっと自責の念に駆られていた。負い目を感じていた。これを許してしまえば自分はダメになるのではないかと、子供ごころに思ったんだな。ある時に、思いついて小さな手に持てるくらいの木のお守りを作ってそれに約束する形で許してもらうことにした。その時すごく安堵したことを未だによく覚えている。そうやって見るとまたこの絵は違って見えるだろう。


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ポケットの窓から - 2016.03.30(ポケットの窓から)
はる 5469
 まだ三分咲きだな。小瀬スポーツ公園。

 桜など昔は興味がなかった。何でみんなが騒いで見に行くのか、遠くでながめていただけだったけれど、段々に興味が湧いてきた。なんだろうな。一斉に咲いて一斉に散る。よく言われるけれど、その潔さというのか儚さみたいなものに惹かれるのだろうな。

 大病で入院した時がちょうど桜の時期と重なった。あぁこれで見納めかなと思って眺めたのがきっかけかな。それから毎年桜は見に出かけている。


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今日のアトリエ - 2016.03.29(ポケットの窓から)
はる 5468
 この季節はいつも小品を描いている。もうすぐ国立美術館で大作の展覧会があるけれど、ほとんどの出品者はそれに向けてしゃかりきにやっている時期だと思いますが、私は大体秋の個展の時にこの大きな作品を仕上げてしまいます。もう25年ぐらい出品していますが、このスタンスは変わりません。公募展に出していない人には何のことかわかりませんね。失礼しました。

 


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2011年「天文学」F3 no1356 混成技法 個人蔵(60) - 2016.03.28(作品)
2011年「天文学」F3 no1356 混成技法
はる 5467
 今年も新年度がそろそろ始まる。非常勤講師というのは一年契約になっていて、三月の年度末でその年の契約は終わる。形式上、次の年のことは基本的には未定で、新しい体制になってからそれぞれ依頼されるという形になる。だから履歴書や健康診断書、免許書の写しなどがそのたびに必要になる。それから自宅までの地図とかごたごたした手続きを毎年更新しなければならない。面倒くさい。

 35年も同じところで勤めると、私より古い職員はだれもいない。大体公務員は同じ場所に何年もいることが出来ないで移動することが多い。五六年勤めて移動して行く。何年かして再び帰ってくる先生もいるにはいるけれど、数少ないな。

 まぁ収入は不安定で、計画が立たないとか、長い休みに収入が無くなるとか、年金は期待できないとか、そんな普通の事を考えるとやってられない仕事だな。それを承知でこの仕事を選んだわけで、何の不満もない。当たり前のことだけれど、私は普通の社会のシステムの外にいる。カッコよく言えばアウトサイダーだな。

 前に「どうやって食べて行くのですか?」というような質問があったけれど、そういう問題ではないんだろうな。絵描きは職業ではありません。ですから「どうやって食ってもいいのです」というのが回答でしょう。好きな事をして生きて行ければそれでいいのです。それが職業であるか趣味であるか道楽であるか知ったことではありません。

 職業にするということを目標にしてしまうと、楽しいことがつらくなってしまいます。まぁどこか矛盾がありますが、何か?



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2015年「つがい」F6 No1763  - 2016.03.27(作品)
2015年「つがい」F6 No1763 混成技法
はる 5466
 最近の風潮を見ていると、やっぱりそうなんだなと思うことがある。どういうことかというと、マスコミなどの極端なご都合主義だ。戦前軍部からの圧力で偏向的な記事を書いた、我々は被害者だというようなふりをしているけれど、実際は勧んで戦争を煽る記事を書いていた。というのもマスコミというのは社会の公器、正義の味方のふりをしているけれど、実は大衆の総意なんだな。大衆が欲しい情報を喜ぶ情報をそれなりの脚色して広めているのだな。何故ならその方が売れるからだ。一企業としては売れる利潤を追求するというのは至上命令なんだな。だからマスコミの報道というのはよくよく疑ってかからないと、とんでもないところに持って行かれてしまう。

 それから自主規制という魔物だ。案外これが自分たちの首を絞めていることに気が付いていない。自主規制することが正義だとおもって強要する強力な見えない力がある。一時のkyなどという言葉もそうだが、今のいじめや村八なんかの血が我々の中の脈々と流れているなぁ。だれも表だって規制していないのに、それがいつのまにかタブーになって物凄い力になって覆いかぶさって来る。

 戦争はヒトラーのような極端な独裁者によって無理やり民衆を駆り立てたのではなく、民衆のこの暗黙の了解という無言の圧力によってブラックホールのように自らのめりこんでいったのではないかな。たしかにヒトラーは分かりやすい象徴ではあるけれど、それだけを見ていると見間違う恐れがあるように思う。われわれ一般大衆のなかにある事なかれ主義、大勢に迎合する日和見的な態度が、いつの間にかヒトラーを生んでしまうのだ。たぶん今がその時だろう。



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はる 5465 - 2016.03.26(写真)
取ってのとれた急須に応急の持ち手をつけたもの。53235の写真から
はる 5465
 さてさて、なんだか疲れました。また明日。


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1965年頃 多色木版 20x15cm - 2016.03.25(作品)
1965版画t

1965年頃 多色木版 20x15cm
はる 5464
 唯一残っている中学一年の時の版画。これしか残っていない貴重なもの。誰にも見せたことない作品。笑ってください。しかし、50年前の作品ですから、実家から持ってきたということでしょう。いつ持ってきたか、記憶にはありません。残っている方が奇跡みたいなものですね。

 何でこんな風景なのかもよくわかりません。どことなく今住んでいる所の田舎の方の風景に似ています。今住んでいる地元の人にはほとんど違和感は感じないでしょうが、これを作った当時住んでいた場所からするととんでもなく飛躍した風景なんです。昔といっても神戸ですから、こんな藁葺屋根はないし、当然こんな里山に囲まれた牧歌的な風景などないのです。どこか本や写真で観た田舎の風景なんでしょうな。そういった田舎の暮らしにほのかな憧れを持っていたというのはあるでしょうね。

 長じて私が今ここに住んでいるのは、潜在的な意識があったという事じゃないかな。おもしろいですね。

 


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2015年「老いた山羊」F0 No1783  - 2016.03.24(作品)
2015年「老いた山羊」F0 No1783 混成技法
個人蔵(78回)
はる 5463
 昨日の画像と今日の画像では36年の年月のひらきがある。こういった個人の画像はほとんど外にでることなく消えてしまうものだったが、ネットという環境が出来たために、こうやって公の場所に晒されることになった。特に学生時代の習作などは巨匠でもない限りよの中に出るkとはない。幸か不幸か今の世の中は凄く簡単に発表できてしまう。まぁ私にとっては今のところ何の弊害も感じませんが、ひょっとすると将来何かしらの弊害があるかもしれないな。まぁいいか。


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1979年 習作 F50 番外 油彩 - 2016.03.23(作品)

1979年 習作 F50 番外 油彩
個人蔵
はる 5462
 もう一丁古い作品から。風景や静物はいつでも描ける。でも人物を描く機会はなかなかない。という訳で学内でモデルさんを探して頼んでみるということをやりだした。夜暇にしている仲間を募って少しばかりの小遣いを出し合ってモデルになってもらった。ナンパするわけではないが、意外に快く受けてくれる人が多かったな。

 夜集まって絵を描いていると、一人の教授が「夜絵を描くもんじゃないですよ、ヨタカみたい生活をして!」と注意されたことから、会の名前を「夜鷹の会」とした。こんなことも懐かしい。これはずっと卒業するまで続けた。

 このモデルさんは、当時もう一つの活動していた劇団のマドンナでSさんにモデルを頼んで描かせてもらったものだ。当時は二十歳くらいの綺麗なお嬢さんでした。卒業してから会ってはいませんが、もういいおば様でしょうな。ちょっと悲しいなぁ。。

 たぶん描き上げたあと彼女にプレゼントした記憶がありますが、持っているかどうか定かではありません。



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1977年 習作 F50  - 2016.03.23(作品)


1977年 習作 F50 番外 油彩 本人蔵
もっと古い油彩画です。まじめにセザンヌをやってます。


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1982年「ゼラニューム」F3  - 2016.03.22(作品)
1982年「ゼラニューム」F3 No24 油彩
絵描き初仕事
はる 5461
 古い作品を残っている画像から掘り起こしていると、タイムスリップして懐かしい。この絵は仕事辞めて山梨に帰ってきて初めて人からオーダーされて描いた作品だ。家を新築したのでその記念に花の絵を描いてくれと頼まれたものだ。まぁ普通にスケッチするしか技術がなかったので、花屋さんからゼラニュームを買ってきて即席で描いたものだ。ゼラニュームが安かったのだろう。高くて切り花は買えなかったはずだ。

 後にも先にもオーダーされて花を描いたことはこれ一回限りだな。学生時代は毎日手当たり次第に絵を描いていた。キャンバスが買えなかったのでべニア板を買ってきて色々なサイズに切りそろえて何枚も地塗りしてストックしておいた。教育学部の美術は絵を描くだけではなく、色々な事を片寄りなくやるので、絵をやろうと思う人間には授業が数が少なすぎたから、独自にカリキュラムを作ってやるしかなかった。バイトをすると時間が取られるので、長い休みの時しかバイトもしなかった。学校のアトリエは当時は夜中でも出入り自由だったので、ほとんどアトリエに住んでいた。ものすごい量の習作を描いたが残っているものは少ない。

 夏休みは前半農家の住み込みのバイトして後半は大学の八ヶ岳の寮にバイクで出かけて一人合宿をしていた。食事とベットがついて300円とか500円ぐらいだった気がするが忘れてしまった。とにかくお金はなかったけれど、徹底して絵を描いた。まぁあんなことはできないな。
 


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海と私と六角堂 - 2016.03.21(作品)
1993年「海と私と六角堂」F100 No223油彩
神戸市蔵(第一回印象・神戸展)
はる 5460

この絵についてのブログ
「はる 4472
子供の頃に住んだ街はどこか?という個人を認定するパスワードの設定があった。子供頃といっても住んだ場所は一つではない。かすかに記憶に残っている街もあれば、大部分過ごした街もある。多くの人がそうなんだろとおもったけれど、意外に生まれてからずっと同じ町で過ごした人もいるようだな。

私のように生まれ育った町から遠く離れて暮している人間にとって、子供の頃に住んだ町の名前はすこぶる懐かしい。懐かしいのだけれどいつかは卒業しなければならない大きな課題でもあった。

神戸といっても私が住んでいた町はごく普通のどこにでもある田舎町だった。とくに外国の人が隣近所に住んでいるハイカラな町ではない。こともの頃はすぐ近くに畑もあったし、ときどき牛や馬もみかけた。道はまだほとんどほそうもされていなくて、雨が振ればぬかるみになって、はねをあげずに歩くのに苦労した。

ただ海が近くにあったので、海岸までゆけば広々とした空間があり、鬱屈した気分も多少解消されるところもあったな。お金もなかったから、学生の頃は何かといえば海岸までよくいったものだ。

ずいぶん昔のはなし。バブル経済が全盛のころに神戸市が絵画コンクールを企画した。幸か不幸か例の震災があったので、後にも先にもあれ一回限りのまぼろしのコンクールになってしまったのだけれど、当時のコンクールでは最高の賞金を掲げていた。当時は色んな自治体や企業が冠のコンクールをしゅさいしはじめたころで、バブルがはじけて一気にしぼんでしまったけれど、それはそれで面白かった。

神戸の印象ーというテーマだったので、何も考えなくても描くことができる。故郷を離れていたので思い入れも大きかった。そこで描いたのは自画像と海と近くにあった建物という組み合わせにした。一番考えたのはタイトルかもしれない。その絵にピッタリとあったタイトルを付ければ最高賞も夢じゃない自信があった。

タイトルは「海と私と六角堂」というものでした。このタイトルを見ればあそこ住んだことがある人間にはすべてが分かる。海が自分たちにとってどういうものか、六角堂が何を意味するのか、そうした諸々のことがすべて含まれている気がした。結果はどちらでもいい。そうやって育った町を形にして卒業できたことが嬉しかった」
榎並 和春さんの写真


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2014年「ララバイ」 F3 No1619  - 2016.03.20(作品)
2014年「ララバイ」 F3 No1619 混成技法
はる 5459
 今日は裸婦クロッキーの日だった。ものを観て描くことはほとんどないのだけれど、月に一度このクロッキーだけは続けている。続けている理由は面白いからだ。何か勉強のために描いているように見えるけれど、基本は楽しいからだ。見えたものを見えた通り描くのではなく、自分はどう見えたか、どう省略してどこを強調したか、それを報告するように描く。ここにも表現の基本がきっちりある。毎回同じように見えるけれど、日によってまるっきり違うから不思議だ。

 絵を描くとは見えたものを見えたように描くものだと思っていた。それはもう絵を描くことが他の事より得意だった子供の頃からの習慣で、リアルに物が表現できることが取りも直さず絵を描くことだと思っていた。それがそうではないと気付いたのはつい最近のことだ。

 色々なパターンの絵があるから一概には言えないのだけれど、そう描写することが得意であるならそれを自らの持ち味にすればいい。けれど物を描写するだけの絵はいくら続けても、今以上に上手くはなるけれどそれ以上には絶対になれない。それはそれ以上になることを望んでいないからだ。だからまぁそれでいいと言われればそうなんだけれどね。

 反対に物を描写しない絵というのはどうやってかくのだ。描かないで描く。まるで禅問答のようでなおさら難しい。簡単に言ってしまえば絵の中に絵を見つけるという事かな。描くのではなく見つけるんだな。ほとんど他力本願だけれど、自ら進んで描いてゆくのではなく、絵が出てくるのを待つ、見つけるということ。だから私の形や色を見つけるわけで、すなわち自分自身を見つけるという事になるわけだ。上手くものが描写されていなくてもいいのだな。

 言葉で説明しようとすると難しいね。


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2006年 「忘我」F3 No983 混成技法 - 2016.03.19(作品)
2006年 「忘我」F3 No983 混成技法
はる 5458



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1999年 「説法」 S100 No428 - 2016.03.18(作品)
1999年 「説法」 S100 No428 混成技法
はる 5457
 昨日の話の続き。
 そうだな、学校というのはある種の社会訓練の場であって、野放図に自分勝手に育っていた子供たちをある一定のルールに従わせて社会生活という箱に従わせる機関だというふうに規定するなら今の学校の制度は正しいかもしれない。その場合個人というのは全体の中では小さな存在で、常に社会とか国家とかを意識しなくてはいけないことになる。社会まだ貧しくて個人の意識も食べる事だけに集中しているような段階ではそういった封建的な社会のルールは有効かもしれない。

 ほんの一部のエリートたちがこの世の中をリードしていて、一部分のお金持ちが大半の富を持っているような社会では、出来るだけ個人の生き方とか幸福などというものは無視してないものとして気づかないようにそっとしておく方が都合がいい。今の義務教育から公教育というのはそういった愚民教育を前提にしているように思われる。立派な企業戦士、もしくは本当の兵隊をつくるにはとても都合がいい方法だろう。

 個人は出来るだけ覚醒しない方が望ましい。だからまず必要ないものは生き方の「哲学」であり、よりよく生きるための「宗教」であり、美しさを考える「芸術」が無駄ということになる。大学からそういった文系を排除しようという雰囲気があるのは肯けるな。

 たまたま私はとりあえず好きな事をする生き方を選んだ。今ではそう言えるけれど、そう決心するにはそれなりの覚悟が必要だな。簡単な事なんだけれど、意外に勇気がいる。「自分の人生だから、好きなように生きていいんだ」とは思うのだけど、何かしら大きなプレシャーがかかるんだな。本当にそれでいいのか?人生棒に振るよ!その言葉が重くのしかかってくる。

 ルールは簡単な事なんだ「人と比べないこと」それだけだ。



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2013年「三千世界」F3  - 2016.03.17(作品)

2013年「三千世界」F3 No1592 混成技法
はる 5456
 ある人のブログが紹介されていて面白く読んだ。「日本の好きなことがやれないサイクルがやばい」というコラム
http://nikki.kzkz-ozn.com/entry/2016/02/10/080000

 あぁ私と同じような事を考えている人がいるんだなと思った。まぁある意味少数派だとは思うのだけれど、何かこう人生楽しく好きな事をやって生きてはいけないという暗黙の了解のようなものがあって、そういう生き方をするとどこかで罰が当たる、人生棒に振るぞという奇妙なプレッシャーがかかるようになっている。事実若い時にそういって諭されたものだ。

 生きるという事は好きでもない事を我慢してやって辛酸なめて初めて一人前だというような、なんだろう処世訓が大手を振ってまかり通っている。だから「好きな事」など仕事にしてはいけないぞ、夢だのなんだのというのは青年時代に終わりにしとけ、と言われて大きくなるのだな。

 これはこの人の言うように、何も文句を言わないで働くサラリーマンや兵隊を量産するための都合のいい教育という気もする。とりわけそういった「自己探求」がなおざりにされてきたこの国の義務教育では、「自分の好きな事」に気付かないように、わき目もふらないように目の前の目的だけを直視するように仕向けているようにさえ思うな。学校の先生自身も何も疑問におもっていないものな。

 例えば一定のレールの上を外れると色んなレッテルを貼られる。「適応障害」だとか「アスペルガー」だとか「発達障害」だとか、しかし本当にそうなのかな、自分について考えることはそんなに悪い事じゃないと思う。反対にそちらの方がまともじゃないかとさえ思うのだな。

 一番の問題は「人生の目的」かな。例えばそういったことを自律的に考えることが教育の目的であり、取りも直さず人生を豊かにする、楽しく充実して生きられる方法だと思うのだが、今の教育はそういった考えることを出来るだけしないように、無駄を出来るだけ省くように、効率ばかりを考えているように思うな。個々の人生のの充実、楽しみなどどうでもいいのだ。そういったことの総体が、国への忠誠だとか、まず国があってこその個人だなどということにつながって行く。本当は逆だろう、個人があってその総体が国になるわけだ。まだまだ日本の民度は低い。


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1992年 「方舟」 F80  - 2016.03.16(作品)


1992年 「方舟」 F80 No192 油彩
本人蔵 (第一回小磯良平展)

はる 5455
 古い作品を整理しているとなかなか面白い。この作品も描いていた当時を思い出すとすごくまじめに仕事していたんだなと思う。同じような作品を並べて描いていたからな。何故かと言えば多くのコンクールに出品するためには同じテーマでも枚数描かねばならなかったからだ。この方舟のシリーズも5,6枚ある内の一つだ。それが良かったのかどうかは分からないけれど、とにかく量産していたことは確かだ。

 しかしこの頃の絵には何か今の私にはない真実があるな。心打つものがある気がする。見習わなければ。。




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1994年「彼岸花」F3 No286 油彩 - 2016.03.15(作品)

1994年「彼岸花」F3 No286 油彩
個人蔵
はる 5454
 今日は忙しかったので、もう寝ます。おやすみなさい。


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2006年「電波塔」 F0 No965 混成技法 - 2016.03.14(作品)

2006年「電波塔」 F0 No965 混成技法
はる 5453
 昨日の続き。今は各家庭に一台以上のパソコンがあるわけで、まぁ最近はスマホやタブレットに置き換わっているかもしれないが、情報をみるだけなら調べるだけならスマホやタブレットで充分なんですが、いざ使って行こうとすると道具としてパソコンは必要だな。特に私などのように作品を整理したり顧客の管理を含めてパソコンは重要なツールだ。

 使う場合必要なのがソフトなんですが、これがバージョンがあって古くなったものをそのまま使えるかというと、これがだめで上手い具合にパソのバージョンと共にかい買えないとダメなように作ってある。この間のXPのように誰も頼んでいないのに勝手に使えなくしてしまう。企業も儲けなきゃならないからどんどん新しく開発して古いものは使えなくして買い替えてもらわないと困るというのは分かるのだけれど、あまりにも身勝手だなと思うな。

 昔から機械遊びみたいなものがすきな工作少年だった。ラジオを分解したり鉱石ラジオを組み立てたり、時計を分解して何かと組み合わせて自動装置を作ったりそんなことが一日の大半だったした。今のパソコンは分解するのはとてもできない。そんな知識もない。それと工作とは違う分野だな。

 しかし、ただ与えられたおもちゃを与えられただけの遊び方で遊ぶのは能がない。与えられた道具や条件でどうにか試しながらやって行くというところに遊びの、生きて行く知恵というのか、遊びの醍醐味があるのだな。それってこうやって日記帳にかわってブログを書いてゆくことや、クラッシュしそうなパソコンをパソコンのもっとも得意な検索機能を使って復活させてゆくということと似ている。すべて人生のダイナミックな面白さはさらっと与えられたことだけやっていれば味わうことができない。寄り道、道草することで得られる面白さが人生の醍醐味だろうな。


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パソコン(応答なし)が頻発 - 2016.03.13(作品)


2006年 「立体駐車場」F0 No952 混成技法
個人蔵(41回展)


はる 5452
 (応答なし)が頻繁に出て、パソがフリーズする。

 同じような症状が出る人がいると思うので、解決策を書いておきます。結果的にはウィンドウズのバグということでしょう。声高に言えばリコール問題になる可能性があるので、おおっぴらにはしていないのではないかと思う。普通はアップデートで知らないうちに解消されているはずなんですが、何かの都合でこの修正アップデートをしなかったか、もともとスルーしていたのかもしれません。パソのメモリーが今は4GBが普通なのであまり問題にならないのかもしれません。私の中古PCのようにメモリーが2GBの場合この症状が出ます。

 そういえばここ一か月ぐらいパソの調子が良くなかった。動画など大きな容量を消費する画面を観ていると突然画面が動かなくなって(応答なし)と出ます。フリーズ状態です。最初はワイファイで複数のネットを観ているせいと楽観していたのだけど、段々と無視できない状態になってきた。

 いよいよパソがクラッシュしたから買い替えか?と半分あきらめたのだけれど何とかならないかとネットで調べる。うがった見方をすれば買い替えさせるために、これをおおっぴらにしていないのではないかと思ってしまうのだな。普通はここで諦めるよな。

 この症状は色んな場合にでるようです。だからこれですべてが解決するわけではありませんので、その内の一つだと思ってみてください。

 まず、自分のパソのメモリーの使用状態を確認します。これはパソの一番下タスクバーを右クリックしてタスクマネージャーを表示させます。その中でパフォーマンスをクリックすると今現在のCPUの使用状態が分かります。刻一刻と変化しているのが普通なんですが、私の場合100%使用中になっていました。ということはもうメモリーに余裕が全くない状態だということです。これではパソがフリーズして当然です。唖然としました。

 それで(CPU100%使用でフリーズ)と検索すると
 http://zacodesign.net/blog/?p=773
 ここで、svchost.exe(netsvcs)という項目がメモリーをいっぱい使っていることを発見。これを減らさないとメモリを確保できません。でこいつは何だ!ということになる。いらないものなら削除すればいいのですが、素人がそんなことしてかえってパソをだめにしそうで恐ろしい。本当はOS本来の問題ですから、マイクロソフトの方から何かしらの対処法がアップデートされて当然だとおもったわけです。それでまた探しました。

 (svchost)で検索
http://www.tokai-fs.jp/index.php?QBlog-20150626-1
このなかで、
「メモリ搭載量の少ないPCについては、メモリ増設でとりあえずの対応は可能ですが、OS自身の問題である可能性が高いので、原因の解決には修正プログラムの提供を待つしかありませんでした。
そして、この問題の解決策として2015年06月に修正プログラム KB3050265 がリリースされました。WindowsUpdateに失敗するPCでは以下のリンクから直接ダウンロード・インストールすることができます。」

 これです。Windows 7 用更新プログラム (KB3050265)
https://www.microsoft.com/ja-jp/download/details.aspx?id=47352

 これをダウンロード、再起動してOKです。試してください。


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- 2016.03.12(作品)
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1989年「からくれないに」M150 No120 油彩
本人蔵
はる 5451
 いよいよパソがだめだ。 


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隠された事 - 2016.03.11(作品)
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2011年「隠された事」F6 No1361 混成技法
本人蔵

 
はる 5450
 五年前の今日の記事です。

・・・・・・・・・・・・
はる 3547 2011.03.11(原発)

 凄い地震だった。私が今まで初めて味わったでかい地震かもしれん。原発が心配だ。それにしてもこういった事態は想定しているべきことで、考えを越えていたというのはただの怠慢だな。親方日の丸的な役人根性だと、こういった非常事態に対処できないだろう。どうするんだろ。


はる 3548 2011.03.12 (メルトダウン)

 心配していたように結構怖いことになってきた。政府は「心配ない、安全だ」をくりかえしているけど、本当にそうなのか?反対に考えて「大変だ、すぐに非難しろ」とは言えないからな。

 何だか昔読んだ「渚にて」を思い出す。これもそうならないことを祈るしかないな。 で、不幸にも事故が起きてしまったら、速やかに情報を開示して被害を最小限度に食い止めるようなシュミレーションを考えておくべきだ。

はる 3549 2011.03.13

 明日から計画停電が始まる。どうなるのか全く予測がつかないので、やや不安な気持ちでみている。それではろうそくが必需品と思って買いに出掛けたが、どこも売り切れでさすがに気がつくのが遅すぎた。まぁこれも仕方ない。ないときは寝るしかない。戦時中みたいな話だな。昼間はいいけれど、夜は困る。四月一杯までということだが、定時制の学校はどうなるのだろうか。

 なんだか切ないね。

はる 3550 2011.03.14

 明日の計画停電のこと

 毎日少し変化するのでわかりづらい。それにしても、前もって新聞で発表するならいざ知らず、夜の10時ごろにこっそりと発表してだれが分かるのか。こんな告知の仕方でわかる奴はいない。選挙の開票速報なみに大々的に告知すべきことではないのか。被災した様子など何回も繰り返して発表してもしかたがない。マスコミの使命を果たしていない。一番必要な情報は明日の予定jyないか、今の原発の様子じゃないのか。しっかりしてくれ。

高級官僚 - 2011.03.15(原発
はる 3551
 一生懸命生きている人がいる。精一杯やってくれている人がいる。私などが暖かい部屋で何もしないで批判するすることは控えるべきだと思って書かなかったけれど、あまりにも無責任で腹が立ったので書く。 

 原子力安全・保安院などといういかめしい団体が国の中央官庁の出先機関で東電などの監督官庁ということになるのだろうか。(東電などは半官半民のような企業で、形は民間だけれど実際は公のものだろう)

 この人たちは何も仕事をしていない。役人として淡々と机の上の書類を見ているだけだ。質問されてもなんら自分たちの言葉で答えることができない。一番大事な専門職でありながら、現場のことは何も知らない。事故が起きたらどうするのか、現場を知らなければ想像することはできないだろうな。

 このやりとりがそれを物語っている。

http://gigazine.net/news/20110315_nisa_interview/

 東電なども昔の国鉄とか専売公社みたいなもので、体質的には親方日の丸の役人的な体質があるのかな。今回の計画停電などという暴挙は普通の企業からは絶対に出てこないだろう。もし仮にそれを実施しなければならない状態になったとしたら、民間ならばもっと消費者の側に立った計画を立てるだろうし、何よりも広報にもっと力をいれるだろう。こんなお上の伝令みたいな発想にはならんだろう。人をなめてるなぁ・・。何とか対応しようとするのはある意味日本人のまじめさと、今回被災された方たちへの愛情だろう。それをいいことにこんな無計画を押し付ける東電という会社はとんでもない会社だ。

 無論前線で命を張って仕事をしている人たちには頭が下がる。でも多分その人たちは正規の人でなかったりするんだな。お前らが命張って最前線で仕事しろよと言いたい。





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ここらあたりの一連の作品は、 - 2016.03.10(作品)


2006年「踏切」SM No940 混成技法
個人蔵 39
はる 5449
 ここらあたりの一連の作品は、神戸で個展を始めて描いたものだ。自分の子供の頃を思い出しながらこんな風景があったなぁ、とか夏休みのけだるい午後の風景だとか、カゲロウの立つ線路際の光景だとかを思い出して、懐かしく楽しい時間だった。あのころもそれなりに悩みはあったのだが、今から考えると楽しかったことしか覚えていない。そんなものか。

 それにしても、どうつくろっても原発は止めなきゃならんだろう。たとえ電気が止まると言われてもしかたない。それ相当の覚悟して生きて行かなくてはならんと覚悟したはずだ。それがまたいつの間にか再稼働だと。どの面下げて安全だなどと言えるのだ。金じゃないだろう。仕事なんかなくてもいいじゃねえか。イモ食ってでも生きて居さえいればいいのじゃねえか。他の事はみんなあんたに譲るよ。だから原発だけは勘弁してくれ。



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パソがおかしい - 2016.03.09(作品)


2005年 「貨物船」 F3 混成技法
はる 5448
 何だかパソコンの反応が鈍くなった気がする。再起動してしばらくはすいすい行くのだが、そのうちに反応が鈍くなって止まってしまう。これってなんという症状なんでしょう。しばらく様子を見るしかないか。新しく購入なんてことにならねばいいがな。。

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2005年「クラス写真」 - 2016.03.08(作品)


2005年「クラス写真」 F0 No831 混成技法
個人蔵(35回)
はる 5447
 絵を発表し始めて約40年ほどになる。その間の情報のストックや伝達の方法の違いは本当に陳腐なたとえだけれど、天と地ほどの差がある。今のネット社会が来る、もち運び自由なスマホのような情報機器が世界中を一瞬に繋ぐことなど誰が予想しただろう。

 最初の頃は無論アナログのカメラで撮ったものだ。アナログの場合現像しなければどんなふうに撮れたのか分からない訳で、ピントがボケたり、変なところに光が入ったりしてもそれはそれで仕方なかった。フィルム代や現像代も馬鹿に出来なかった。それでもかなりの作品を撮影しておいたのは良かった。

 2000年ころからネットにアップする関係でデジカメになったけれど、そのころはまだ画素数が低くて紙焼きすると荒がめだった。今では考えられないくらいの精度の低いものだったな。レンタルサーバーの容量自体も100メガぐらいだったのじゃないだろうか。今じゃ一つの画像が10メガぐらいあるのもある。私のHPはその頃に作ったものだから画像が小さなサムネイルぐらいしか置けなかった。本当は作り直せばいいのだけれど、なかなかその気になれないでいる。

 そのかわりに今やっているのはフェイスブックに昔の作品を徐々にアップしている。一度にやろうとするととんでもない時間がかかるので、楽しみながら暇を見つけてやっている。まぁ一日一枚ずつくらいならブログにもアップできるかな。あてにしないで気長に待っていて下さいな。

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貧困層 - 2016.03.07(作品)


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2006年 「音楽の楽しみ」F3 No981 混成技法
個人蔵(39)


はる 5446
 国会の中継を聞きながら仕事をしているとこの「貧困層」という言葉がよく使われて気になる。まぁ裕福層ではないことは当然なんだけれど、国会議員さんたちが上から目線で「ヒンコンソウ、ひんこんそう」と言われると、あんたたちに言われたくないと反発を感じるな。与党も野党もこの貧しい人たちの動向が気になるようで、如何にすればこの人たちの票を勝ち取れるかが今度の選挙の分水嶺だと思っているようだ。それが見え隠れするから、あんたらの思うようにはならんと思うのだ。

 好きなことで貧乏するのは当たり前のことで、それをお他人さんに何とかしてもらおうなんてこれっぽっちも考えていない。堂々と貧乏しているわけで、恥じることも威張ることもない。放って置いてほしいと思うのだ。その代りあんたらのいう事は聞かんぜ。

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- 2016.03.06(作品)

1994年「夜明け」F3 No291 油彩
個人蔵(13)
はる 5445
 94年というとイタリアに出かける前で、何とか資金を集めたいという切羽ゆまった状況で遮二無二小品を作っていた。私の作品はこうやってネット上で観ると何だか味気ないものになってしまうな。ざらざらした素焼きの陶器のような絵肌が好きで、それが一つの魅力になっているとおもうのだが、こうやって全くフラットになってしまうと物足りないな。今から見るとひょろひょろした周りの線もいらない。まぁその時にはこれが精いっぱいだったのだろう。

 これを餞別代わりに購入してくれたのは私の大学の後輩で、その後小さな子供を残して亡くなってしまった。これはショックだったな。その後大きくなった子供が私の教える高校に入学してきたのには不思議な縁を感じた。そろそろ二十年になるか。

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- 2016.03.05(作品)



1990年「からくれない」F10 No151 油彩
個人蔵(5)

はる 5443
 さて、昔の作品を整理している関係でこんなものをアップした。なんだか気恥ずかしい作品だけれど、こんな作品も描いていた時期があった。いや、私の中ではこの頃がある意味一番評価された時期でもあった。県立の美術館に入っている作品もこの延長上にあるわけで、これを続けていたらけっこう大御所になったかもしれん。そうはしなかったところが私の生き方なんだろうな。もう後には戻れない。


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志願制 - 2016.03.04(ポケットの窓から)

はる 5442
 昼間作業しながら国会中継を聴いた。いろいろ腹の立つことがあるのだけれど、とても気になった言葉が聞こえてきた。中谷防衛大臣の答弁の中で繰り返して言われた言葉の中にこの「志願制」という耳障りのいい言葉があった。

 どこでその言葉が使われたかと言えば、
http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/c33813368b6b838cec9cc686bceae1eb
・・防衛省は海上自衛隊の人員も予算も不足しているとして、民間のフェリーを自衛隊の物資や隊員の輸送手段として活用しようと準備を進めているほか、2017年度には、海上自衛隊が民間の船会社の乗組員を予備自衛官補として採用する制度の導入を目指している」この部分です。

 どうも戦時中の話だけれど有事の際には軍は民間の船を優先的に徴用する権利があったようです。まぁ本国が戦争状態に入ったらこれは民間だから手を付けないでくださいなどとは言えないわけだ。それこそ非国民になるわけだから当然「お国のためならば」という大義名分で徴用されてしまうわけだ。戦後そうやってなし崩し的に戦争協力した反省から船員組合は真っ向反対してきた。

 しかし、今またそれが復活しそうになっている。フェリーなどの民間の船を人員不足をカバーするために予備自衛官として採用するように仕向けている。中谷防衛大臣はさかんに「これは強制ではなく、あくまでも志願制ですから」と繰り返して述べていたけれど、そんなものは何のツッパリにもならないことを十分踏まえての発言だとおもうな。

 この間の「永遠のゼロ」のなかで語られていた大事なメッセージは、一度流れが出来てしまうと誰にも止められないということだ。好むと好まざるにかかわらず、強制であろうが志願であろうが個人の意思では止められないという事だ。10人の内5人が志願と言えばもう「否」とは言えない雰囲気になってしまうのだ。特に日本の「空気を読む」という暗黙の強制力は「嫌だ」という意思を言えなくしてしまう。


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総カタログ - 2016.03.03(未分類)


はる 5441
 今のところ画像が残っているのが1463点、トータルナンバーが1828だから350点ぐらいが画像が残っていない。所在不明ではなくて潰してしまったや、描きかけのために空ナンバーの場合もある。ちょうど八割ということでまぁ自分で管理していてもこんなもんだから仕方ない。


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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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