あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

帰宅しました。 - 2015.03.31(ポケットの窓から)


はる 5017
 随分留守にしました。京都に約10日滞在しました。こんなに長く一所に滞在したことはなかったですね。まぁ今回は結婚30周年ということもあって少しお祝いもかねていいホテルには泊まれませんが長逗留という事にしました。そういう意味では私も相方も楽しめたのではないでしょうか。私は仕事が主体でしたが。。

 新しい場所というのは当然新しい人間関係ができて、それがとても楽しい。また京都の町中というのは東京などの大都会とはかなり違って、本当に細かいところが繊細でおしゃれだと思います。小さな町の八百屋さんとか魚屋さんや肉屋さんが昔のままでそのまま仕事が出来ているというのは凄いなと思う。活気があって生き生きとした雑踏があって楽しい。できたら京都に住みたいなぁという願望がまた出てきた。たぶん無理だけれどね。

 また再来年2017年の同じ頃にまたお世話になることになりました。京都の人たちにまたお会いできるのを楽しみにしております。それではまた。



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散策 - 2015.03.30(ポケットの窓から)





春爛漫です。


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個展楽日 - 2015.03.29(ポケットの窓から)



いよいよオーラスです。あいにくの雨です。5時までです、お早めに来てくださいな。


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個展5日目 - 2015.03.28(ポケットの窓から)





個展もいよいよラスマエになりました。明日は雨の予報なのでお早めに来てくださいな。


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個展4日目 - 2015.03.27(ポケットの窓から)

はる 5013
いよいよ後半になりました。今日からはかなり春らしくなるそうです。お出掛け下さい。お待ちいたします。


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no title - 2015.03.26(ポケットの窓から)





個展3日目
はる 5012
もう今日で中日、楽しいことは時間もはやく過ぎるきがするな。つかれましたが、がんばります。お早めに来てくださいな。


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境町ご門 画廊の二階から - 2015.03.25(ポケットの窓から)



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個展2日目 - 2015.03.25(ポケットの窓から)

寒のもどりで真冬なみの寒気がおりてきている。まけずにがんばりましょぅ。詳しい記事は書けたらコメント欄にかきます。


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個展1日目 - 2015.03.24(ポケットの窓から)

はる 5010
個展1日目
どうやら、オープンにこぎつけた。後は多くの人に来てもらうだけです。お待ちしています。


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個展イブ - 2015.03.23(ポケットの窓から)

何とかまにあった。


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個展イブイブ - 2015.03.22(ポケットの窓から)

ブログのトラブルで携帯でしかログインできません。京都の個展の報告は写メとこの短文だけになります。あしからず。


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ポケットの窓から - 2015.03.22(ポケットの窓から)



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挿絵1 - 2015.03.21(「山峡」挿絵)

挿絵 1
やまなし文学賞受賞作
「山峡」
山梨日日新聞 3/21掲載分 

https://www.sannichi.co.jp/article/2015/03/21/00040909

はる 5007
 山梨日日新聞の新小説の連載が始まった。購読していない不届きものなので今日の分はコンビニで購入しました。最初の一枚を見れば大体わかると思うので、まぁまぁこんなものでしょう。そんなに大きなものではないので細かいものは出ないというのは分かっていましたので、仕方ないです。明日からは私は個展のため京都に滞在します。というわけでこの連載の掲載はたぶん帰宅してからになるでしょう。ちょっとお持ちくださいな。

 京都の個展の方は24日の火曜日からです。もう一度案内を載せておきます。
2015年 3月24(火)~3月29(日) 
 期間中作家在廊
第74回・榎並和春個展
個展タイトル「あるがままに3

京都・ギャラリーCreate洛
604-0077 
京都市中京区丸太町通堺町通鍵屋町69

075-708-7898
rakus.jpg



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ポケットの窓から - 2015.03.20(ポケットの窓から)

はる 5006
 新聞の切り抜き。どこかの爺さんが載っていました。すっかり水戸黄門さんのようで、自分じゃない人です。明日から掲載されるようですよ。まぁあくまでも私の絵しか描けませんのでほどほどに期待してください。それから内緒ですが、この新聞を購読していないので、M君取っておいてください。よろしくお願いします。


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野良犬 - 2015.03.19(ポケットの窓から)
moblog_85abbc5c.jpg

はる 5005
 高校の卒業生がお祝いにやってきた。大学生になってどうするのか、卒業して出来たらいい会社に就職して・・と言ってた。何だか私などとは違うな。世の中は不景気なんだろうかね。

 私が高校を卒業した当時など、ほとんど野良犬のような馬鹿者だった。今も馬鹿には違いはないが、多少なりとも分別を持ったように思うけれどね。そんな当時を振り返ると今の若者は随分と丸くなったなぁと思う。良くも悪くも。まぁこれは個人的な個性もあるから一概にはいえないのだろうけれどね。

 


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今日のアトリエ - 2015.03.18(ポケットの窓から)

はる 5004
 自慢じゃないがお金はない。大の大人がほとんど毎日、日がな一日中家に居るわけだからお金がないわけである。稼いでないもの、収入があるはずもない。個展以外で得られる収入は限られたものだ、学校に行って少しばかり授業をする。これも時間講師なのでパートタイマーの微々たる収入にしかならない。教室を持っているのでそこで教えて謝礼を貰っている。あとは時々今回の挿絵の様な臨時収入がある。それ以外にはない。

 お金はない代わりに時間はたっぷりある。だからほとんどなんでも自分で工夫して考えて作る。遊ぶ。絵ばかり描いているわけではない。絵描きと言えば絵の虫のように思うかもしれませんが、私に関してはそうではありませんね。まぁそれが仕事と言えば仕事になっている。それなりに幸せだなと思うことにしている。

 世の中多くの人が、こうであらねばならないと思っていることが実はどうでもよくて、他の人と同じようにと思うことで自分の首を絞めていることが多いのではなかろうか。本当は毎日コンスタントに働くなくてもいいのかもしれないし、学校なんか行かずにすめば行かなくてもいいのかもしれない。その代り人と同じというのをやめなくてはならない。諦めるのではない。やめるのだ。

 幸せというのは千差万別、色々だ。

 


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今日のアトリエ - 2015.03.17(ポケットの窓から)

はる 5003
 いよいよ荷物を送った。私の場合展覧会直前まで絵を描いているなどということはめったにない。締め切りに追われて仕事をしたくないので、大体の仕事は一か月前には終わっている。今かかっているのは次の展覧会の準備だったりする。そうでなければ年に何回も個展は出来ない。それがいいのか悪いのかわかりませんが。

 展覧会が始まってしまえばもう終わったみたいなものだ。後はどういう結果であれ仕方がない。雨が降ったり、台風が来たり、大雪だったり、色んなことがあったけど、それもまぁ楽しかったな。今回は新しい場所なのでそれがとても楽しみだ。どんな出会いがあるか、どんな人が来てくれるのか、反応はどうなのか、京都の町に私の作品はなじむのだろうか、などなど。いっぱいいっぱい楽しみたいと思う。

 お時間があれば、都合をつけておいでください。
2015年 3月24(火)~3月29(日) 
 期間中作家在廊
第74回・榎並和春個展
個展タイトル「あるがままに3

京都・ギャラリーCreate洛
604-0077 
京都市中京区丸太町通堺町通鍵屋町69

075-708-7898


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我儘な遺伝子 - 2015.03.15(you tube)


Gaza strip has been destroyed by israelis terrorists
夏のイスラエルの爆撃の後のにガ
ザ地区


 中東のことは本当は何もわかっていない。歴史も宗教も、よって半端な感想は何も言えないのだけれど、70年前に広島や長崎に原爆が落とされ、日本中の大都 市はほとんど壊滅した経験から、どうにか戦わずここまで来た。それも何だか怪しくなってきた。21世紀になっても人類はお互いに恨みが消えず一つの街をこ れほどまでに破壊してしまう負のエネルギーは一体何処からくるのだろう?これも人類に組み込まれた「わがままな遺伝子」のせいなのでしょう。それにして も、この一つ一つに家族がいて生活があったわけで、そう考えると無性に悲しくなる。死ぬまで、滅亡するまでやってろ!と叫びたくなるな。

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新たな一歩 - 2015.03.15(ポケットの窓から)


はる 5001
 新たに出発です。仮に10000カウントという事になれば76歳後です。その時は生きているのかどうか確かなことは分かりませんね。そうやって考えるとこのカウントというのは非常に意味のある数字ということになるな。一日一日が確実に刻まれてゆく。そんな当たり前のことに気付かされる。同じように見える毎日が実は後戻りできない、掛替えのない一日だということだ。

 来週には作品を梱包して京都に送り出します。そして週末にはまた旅暮らしが始まります。みなさん時間があれば京都でお会いしましょう。


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花束を持つ人 - 2015.03.14(作品)
17-86-hanatabas.jpg

花束を持つ人」F80 1986 油彩
祝はる 5000
 おめでとうございます。無事5000のカウントを打つことができました。どんな絵を持ってこようかと考えましたが、この絵にしました。約30年も前のえになりますが、結婚して初めて公の公募展で受賞した記念すべき作品です。県の所蔵になってしばらく所在不明だったのですが、昨日県の生涯学習課というところから連絡がありまして、あるところに展示しましたという報告でした。まぁそういうわけで何かの縁でしょう。

 お待ちかねのプレゼントの方は厳選なる抽選の結果5名様が当選いたしました。結果は報告しましませんが、物が届いたら当選したということで黙って喜んでください。シートで送りますので、自分で額装なりなんなりして飾って楽しんで下さい。次回は3年後の6000です。又のご応募をお待ちしております。ありがとうございました。


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さいわいびと - 2015.03.13(作品)


「さいわいびと」 2002 F0

はる 4999 (残すところ後1)
 いよいよ明日が5000です。何のことはない夢のように過ぎて行きます。↑の絵は一番最初の「さいわいびと」です。これは私のシンボルマークにもなっているものですね。羽の生えた人間は天使とか妖精と呼ばれますけれど、私は「さいわいびと」という言葉を作りました。たぶんどこにもない言葉だと思うのですが、どうでしょう。元々は「さいわいすむとひとのいう・・」から何となく取ったものです。5000のイヴを祝ってこの「さいわいびと」を飾りましょう。

2005年たりたさんの「さいわいびと8」のブログです。
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=17826&pg=20051229


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無制限 - 2015.03.12(作品)


「無制限」F10
2013

はる 4998 (あと2)
 公募展を観ている人からなぜ大作ばかりなのかという感想があった。たしかにそうだよなぁと描いている私も思う。大きな会場だからそれに似合う大作でないとというのも一つの理由か、大きな絵でないとその作家の本当の実力が分からないから、というのもあるか。年に一回大作を描いて団体展に出品して会場に飾られることを自分のレーゾンデートルにしている作家も多いだろう。

 しかし、私なんかが見ても団体展の展覧会は面白くないし、だいたい疲れる。全部をまんべんなく観るなどという鑑賞者を見たことがない。またそのことに意味があるともおもえない。

 まぁ大きな存在理由はカルチャーなどの文化啓蒙の事業の一環かな。人と競うことで実力もつくし、やりがいというのか生きがいにもなるわけだ。それが直接の本質だとは思わないけれど、芸事を理解するのはそれに染まってみることで分かることも多い。だから公募展の作品展は展覧会ではない。自分の成果の発表の場で、人と比べて自分の絵を鑑みるきっかけになる場と考える分かりやすい。絵を描かない人、部外者には面白くない。そういう人たちを相手にしていないから。絵を描く仲間内だけ完結している身内の展覧会なのだな。そのためにはまぁ手始めに100号クラスの絵が描けなきゃ話にならんというわけか。

 作家で生きようとおもえば、個展をするしかない。団体展に出品する必要もない。団体展の大きな作品が売れたなどという幸せな話を聞いたことがない。もし仮にあったとしてもたまたまラッキーだっただけで、それをあてにして生活するわけにはいかない。口を開けて上を向いて歩いていたらたまたま牡丹餅が落ちてきたみたいなものだから。

 何度も何度も繰り返して個展を開催するしかない。どんな絵でも必ずファンはいる。諦めないで続けることだ、それしかないとわたしは思う。


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- 2015.03.11(未分類)


Mahler Symphony No.5, 4th Mvt "Adagietto".
World Orchestra for Peace - Valery Gergiev

いや本当に美しい映像と音でした。またこの指揮者知りませんでしたが、奇奇怪怪の催眠術師のように演奏家をあちらの世界に引きずり込んで、聴くもの観るものを魅了します。こんな演奏始めてみました。紹介ありがとうございました。



F8「丘の家」 1988

はる 4997 (残り3)
3・11あの震災から丸四年ですね。あの日も寒かった。ところであの当時をブログで振り返ってみましょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・
忘れないために
2011 3月11日 (金)

はる 3547
凄い地震だった。私が今まで初めて味わったでかい地震かもしれん。原発が心配だ。それにしてもこういった事 態は想定しているべきことで、考えを越えていたというのはただの怠慢だな。親方日の丸的な役人根性だと、こういった非常事態に対処できないだろう。どうす るんだろ。
3月12日(土)
はる 3548
心配していたように結構怖いことになってきた。政府は「心配ない、安全だ」をくりかえしているけど、本当にそうなのか?反対に考えて「大変だ、すぐに非難しろ」とは言えないからな。

こうならないことを祈るしかない。

何だか昔読んだ「渚にて」を思い出す。これもそうならないことを祈るしかないな。未曾有の地震があってその結果原発が想定外の被害を受けて、最悪の放射能を大気中にばら撒いた。天災だから仕方ない?そうかな。

地震は天災だ。これはもう防ぎようがない。けれど原発の事故は人災だな。素人考えで、間違っているかもしれないが、そんな風に思う な。確かに電力は水力や火力だけではもうまかなえないところにまでなっている。でもね、それも電力会社を一つの企業としてみた場合であって、どんどん使っ てもらった方が企業としては儲かるわけだ。

節電やエコなどと言っているけれど、本気で節電をしたら自らの首を絞めることになるわけで、文字通り矛盾になる。電力会社はまぁ言ってみれば優良企業なわけで、特に原発のトップあたりは官僚などの有力な天下り先になっている。

本当にエコを考えるならば、年中どこにでもある清涼飲料水の自販機や、24時間煌々と明かりのついているコンビニなどを少しでも減 らすように呼びかけすればいい。街の明かりを半分にすればいい。テレビの放送を夜の12時までにすればいい。などなど、やれることはいっぱいある。それを しないで、消費をあおっておいて電力が足らないから原発を増やしますというのは、ちょっと違うかなと思う。

百歩譲って原発を許したとする。もしそうなら「原発はクリーンな燃料だ」「エコだ」「省エネだ」「未来の燃料だ」などというキャン ペーンを第一にするのではなく。考えられる最悪のパターンをシュミレーションして、第一段階、第二段階、第三段階、・・と言う風にハザードを考えておかね ばならんだろう。

例えば、緊急停止装置が働いて原子炉が止まった。とまったらそれを冷却する装置が自動で働いて炉心を冷やすから大丈夫だ、というの は安易な考えだ。緊急に装置が止まるのは今回のように地震である場合、それも考えられないような大地震かもしれない。だとするなら津波が来ることも想定し なければならないし、停電になる可能性も大きい。自動的にポンプが働いてというふうにはならないことは想定していなければならんだろう。確かに原子炉その ものは相当な強度で作られているかもしれないが、それをサポートするインフラはものすごく脆弱なのではないか、ポンプが動かないとか、パイプが破損したと か、今までもそうだった。それをしないのは想像力が足らないと言われても仕方ない。

で、不幸にも事故が起きてしまったら、速やかに情報を開示して被害を最小限度に食い止めるようなシュミレーションを考えておくべきだ。
・・・・・・・・・・・・・・・
誰も責任を取らない。
3月31日 (木)

はる 3567
どうもいつも心の片隅にあって放射能のチリのように積もって、いっこうにスカッと晴れない。本当ならこの時 期は桜も咲いてどこかうきうきとする季節なのに、もやもやとして鬱っぽい。私が何かしてもあまり意味がないのだけれどね。たぶん、今度のことは百年に一度 の転換期なのじゃないだろうか。

明治維新の頃、欧米が開国を迫って軍艦を港にこれ見よがしに停泊させて、開国しなきゃ武力も辞さないと脅迫してきた。今まで眠った ような300年を過ごしてきた日本社会は、そりゃ驚いただろう。武士などは泰平楽の世の中を過ごしてきて,何の役にもたたないようになってしまった。

太平洋戦争でそれこそ日本全部が何もかもすっかり失って、ここから始めるといった時もやっぱり大いに血を流した。本気になったと言 うことかな。それと比べるのはお門違いと言われるかもしれないが、やっぱりどこか血を流さなければ気がつかなかったのかもしれない。大いなる犠牲だけれ ど、国は半分失うかも知れないが、そこまでやらないと気がつかなかったのかもなぁ。

国の力はこの一年半分になるやもしれん。三等国、四等国になるかもしれん。でもこれがなければ未だに消費が一番、享楽が一番、使い 捨てや便利や効率が一番の品のない国で終わっていたかもしれん。多くの人が気がつき始めていた。この国はこのまま目標のない、指針のない、状態でいいのか しらとね。

まだ目が覚めていない人も多いけれど、今が絶好のチャンスだろう。

 


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今日のアトリエ - 2015.03.10(ポケットの窓から)

はる 4996(残り4)
 明日でまる四年経つということだな。状況は何も変わっていないというのか、より悪くなっている気がするのは私だけかな。誰が考えてもこのまま原発を進めて行けばどうにもならないことが分かっているのに止められないというのはどういう事だろう。今までと同じように電力が必要だから、エネルギーが必要だから、今の状態を維持するということを前提に話を進めるから可笑しくなってしまうのではないかな。

 自分自身が今までと同じような生活をしながらいうのも説得力がないのだけれど、何か違うよなぁという感覚がある。人類が経験したこともないような大事故を経験して、あぁこのままじゃダメなんだと大方の人は思ったと思うんだな。じゃどうするのか?何か大きな価値観の変換みたいなもの、共通認識が作られてもいいのじゃないかな。

 現実離れしているのかもしれないが、もっと基本的なことに立ち返って考えてみるというような運動がおきないかな。たとえば我々の今の生活もどこかおかしくないか、物が壊れて修理した方が高くて新しく購入した方が安い、それなら誰も修理して長く使おうとしないわな。量販店というのは物を安く買うのには適しているけれど、修理とか部品の交換などという物には対応が冷たい。さも新しいものを買えというふうに押し付けてくる。

 物を考えて作るより、安いものを買った方が手っ取り早く効率的だと考える。これもおかしい。バブルの頃に物を作るよりトレーダーで稼いだ方が儲かるとといった工場主を思い出す。いま彼はどうしているのだろうか。

 資本主義というのかな。市場原理主義というのか。とにかく人の欲というものを原動力にして消費する、消費させること、物を必要以上に多量に生産してやたらとネネルギーを使い倒して、無駄でもい何でもとにかく消費することを前提に世の中が回っている。

 とにかくお金なんだろうか。人の欲を刺激して物を売る。そして消費して捨てる。破壊して壊して捨てる。一番消費するのは戦争だろうな。一番お金が動くのは戦争なんだろうな。人の支配欲、恐怖心、を煽って戦争に駆り立てる。そうやって誰かが儲けるわけだ。

 小さく少なくという生き方じゃだめかな。そう世界に先駆けて発表してもいいのじゃないか。


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後残り5 - 2015.03.09(未分類)
はる 4995 (後残り5)
 以前どこかで買ってもらった作品が知らないうちにマイナーなオークションに出されていて、さらにがっかりしたのは値段が何千円とついていたことだ。それでも売れていなかったのでさらにがっかりした。

 現存している作家の作品をオークションにかけるのは作家の生活を脅かす暴挙だな。たとえそこで売れても作家には関係ないのだし、確実に値崩れを起こすわけだ。売った時の値段を越える現存作家などいるのだろうか。

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今日のアトリエ - 2015.03.08(ポケットの窓から)

はる 4994(残り6)
 挿絵はこれまでも何回か描いている。自費出版の挿絵を描いたこともあるので全部合わせれば10回ぐらいになるだろうか。連載の新聞小説も今回で三度目になる。

 最初の頃に頼まれた自費出版の挿絵は資料を渡されてこんなものを描いてくれというものだった。写真から絵を起こすような仕事で私でなくてもよかったのだろうけれど、今ならたぶん断るだろうな。

 挿絵は慣れてくると結構面白い。割り当てられた文章を読んでそこからどこか絵になりそうな場面を想像するわけだ。普通の挿絵というのは映画の絵コンテみたいな場面の説明画を要求されるのだけれど、最近はもっと自由度が高くてやや抽象的な表現でも許されるようだ。発想の元がその小説からであるならいいということだろうか。

 私の場合はそれほど抽象化することもないのだけれど、何となく場面を感じさせるには如何するかということに苦心する。普段の絵はテーマは後付で考えるのだけれど、挿絵の場合は初めにテーマが与えられている。そこからどれだけ自由に発想できるか、そんなところが面白い。


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今日のアトリエ - 2015.03.07(ポケットの窓から)

はる 4993 (残り7)
 何だかまた版画の下塗りのようなかんじですね。今度は挿絵の地塗りです。どれを使うかは内容を読んで決めます。一応のラフは出来ているのですが、それを採用するかどうかはまだわかりません。二十日には京都に発つのでそれまでに何とか仕上げなくてはなりません。二週間あれば余裕だとおもうのですが、やって見なければわかりません。

 ところでカウントはあと一週間になりました。そろそろ締切もちかいので、もう駆け込みはありませんか?前回よりもかなり増えましたので当選は5名に増やします。お楽しみに。


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今日のアトリエ - 2015.03.06(ポケットの窓から)


はる 4992 (残り8)
 県立文学館の文学賞の挿絵を今回描かせてもらうことになりました。もう何回か描かせてもらっているので、一応辞退したのですが時間が押し詰まってのことで経験のある作家で進めようという事になったらしい。まぁそういった候補に選んでもらえるだけでありがたい話です。精一杯やりますが、自分の絵を描くしかないのでそこのところは認めてもらうしかありません。まぁ楽しみにしておいてください。具体的な話はまだオフレコなので、発表がありましたらまた載せます。


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雛人形 - 2015.03.05(ポケットの窓から)

はる 4991 (残り9)
 いよいよ残り9となりましたね。こうなると何だかわくわくします。自分で決めたことなのに、おかしなものです。

 ↑は家のひな祭りです。ウサギのぬいぐるみで誰かからのもらい物だと思いますが、毎年うちの玄関を飾ります。玄関先のコーナーは私の家では唯一の遊びの空間で、床の間のような機能も兼ね備えています。出来立ての自分の絵を飾るのもこの場所ですし、お正月にはお供えも飾ります。クリスマスのデコレーションもここです。お客さんが入ってきて一番最初に目に付く場所で、はっきり言ってここしか飾るスペースはないのです。

 三月のひな祭りが過ぎれば五月のに向けて兜が出てきます。六月に入るとそろそろ夏向きの金魚、七月は七夕で星型のオブジェ、八月は陶器の松田百合子さんのスイカのオブジェが出てきたりします。これを考えるの結構楽しい。


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今日のアトリエ - 2015.03.04(ポケットの窓から)

はる 4990 (残り10)
 学校で美術を教えていますというと、あぁ絵の先生ですねと言われる。簡単に言えば確かにそうなんだけれど、私は絵など一切教えていない。

 絵を教えるというと、何かしら技法というのかこうやれば上手く絵が描けますよといったハウツーがあって、そういった技法を伝授するといった感覚があるけれど、受験勉強じゃないので傾向と対策はあまり意味がない。

 そういった技術みたいなものは長くやっていれば自然に身につくものだし、分かってくるものだ。むろん技術も物事を知る大事な方法の一つではあるけれど、本当に大事なことはそこにはない。

 物事はその人の度量というのか器でしか見れないし分からない。どんなに美しい高等数学でも小学生には分からないのと同様に、物事はその人に応じたレベルでした人は理解できないのだ。

 眠い。。
 


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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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