あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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祝6000カウントプレゼント裸婦クロッキーを3点選んで送ります。ご希望者はメールホームに、お名前、ご住所をご記入の上お送りください。メールホーム

ポケットの窓から - 2015.02.28(ポケットの窓から)

はる 4986 (残り14)
 若い人と付き合って想うことは、人は生き方が定まらずふらふらしている時は、やっぱりそれが分かるってしまうようで、誰も真剣に付き合ってくれないし、観てもくれない。本当にこれしかない、これでだめなら死んでもいいと根性が決まると、不思議と誰かが観ていてくれて、そっと援助してくれる。そういうものだ。

 私などもまだまだどうなるものか、目も鼻も定かでない、今見ても大した絵でもなかったけれど、気持ちだけは誰にも負けないものを持っていた。そんな無謀な若造を大いに励まして、そっと援助してくれた当時の大人の人たちには頭が下がる。そういった人たちがいたから続けて来れたのだ。

 振り返って、今真剣に取り組んでいる若い人たちに自分はどう映っているのだろうか。当時私にしてくれた優しさの十分の一も返せてはいないな。もちろん金銭的には全く頼りにはならない。どうにか少しでも彼ら若い人のために、何かしら頼りになる大人になりたいとは思うのだ。


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ポケットの窓から - 2015.02.27(ポケットの窓から)
カフェなう。
はる 4985
 いよいよ5000カウントまで15です。もう一度告知しておきましょう。まだ遅くないですよ。

 祝5000カウント企画 小さな版画を抽選の上3名にプレゼントいたしま す。↓のメールホームにお名前とご住所を書いて「5000カウント記念プレゼント欲しい」と書いて送ってください。募集期限は5000カウントを打つまで とします。どんどんご応募してください。なお、発表は発送をもってかえさせてもらいます。
http://enami.sakura.ne.jp/mailform.htm

 そろそろ春の怒涛の展覧会シーズンがやってくる。参加している展覧会は七月ごろまで続く。
 ①3/24~29の京都 ギャラリー洛の個展 075-708-7898
 ②4/27~5/3 国展の関係のグループ展 sterne展 美岳画廊 八丁堀4-13-5 03-3551-2263
 ③4/29~5/11 国画会展 六本木国立新美術館
 ④5/7~5/17 町田・シャギードッグギャラリーの個展 町田市玉川学園5-2-11 042-720-840
 ⑤6/9~6/14 スクエア展 山梨県立美術館
 ⑥7/22~8/10 千葉 山口画廊個展  043-248-1560
 考えると嫌になる。


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- 2015.02.26(未分類)
はる 4984
戦後一番の超過激改革派はこの人だ。何のために?明らかに見えてくるものがある。危ねーぞ!
以下はNoa Smithさんニューヨーク州立大学Stony Brook 校の准教授の要約
内田樹 研究室より
http://blog.tatsuru.com/2015/02/25_1234.php
・・・・・・・・・・・・・・
自民党改憲草案では、国は「公益及び公の秩序に違背する場合」には、言論の自由、表現の自由を規制することができる。また、政教分離原則が放棄される。
国民が従うべき六つの「義務」をあらたに付け加えた。
「憲法擁護義務」や家族扶養義務のようにあいまいで無害なものもあるが、「国家国旗に敬意を払う義務」他の三つの「義務」はあきらかに反自由主義と独裁制を目指している。「国民は責任と義務は自由と権利の代償であるということを自覚せねばならない」「国民は公益および公の秩序に従わねばならない」「国民は緊急事態においては国家あるいはその下部機構の命令に従わねばならない」

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今日のアトリエ - 2015.02.25(ポケットの窓から)



はる 4983
 いよいよカウントダウンが始まりますね。後17カウントいですぞ。凄い。


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Amazing Mongolian Song;POWER FOR THE SOUL - 2015.02.24(you tube)



これはいい。


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ポケットの窓から - 2015.02.23(ポケットの窓から)


はる 4981
 モンゴルのホーミーって知ってます?若い人は面白い。彼はこの楽器なんて言ったのか忘れてしまったけれど、馬頭琴かな、オリジナルはもちろんあるのだけれど真似して自作で作ってしまった。それだけではなく、ホーミーを始めて間近で聴いた。ちょうど二三日前に下のモンゴルの馬頭琴とホーミーをユーチューブで聴いたばかりだったので驚いた。

 今じゃモンゴルは相撲の本場で横綱はみんなモンゴル出身になってしまったけれど、ここらあたりをルーツにしている人は案外に多いのじゃないかな。顔なんかみても全く違和感ないし、ほとんどの日本人は赤ん坊のころお尻にモンゴルはんがある。

 遊牧民みたいなものに憧れる。一つの選択として成長しない幸せというのもあるのじゃないかな。

 少し話はずれるけれど、子供の頃色んなものを捨てないで再利用していた。大きな包み紙なんかはきれいに剥がして折りたたんでしまっておいた。色んなひもも捨てなかったな。もったいないという言葉が日常生活でしみこんでいた。あらゆるものをリサイクルしていた。

 いつから我々はどんどん物を捨てるようになったのだろう。もし帰るとすればどこらあたりまで帰ればいいのだろうか。そんなことをふと考えた。


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ポケットの窓から - 2015.02.22(ポケットの窓から)


はる 4980
 県立図書館で山梨のアールブリットの作品展があったので観にでかけた。この手の展覧会は美術館でも何度もみているので珍しくもないのだけれど、知り合いが関係していることもあってあらためて出かけた。

 アールブリットは障害者の美術のことを総称して言うのだが、日本ではねむの木学園が有名かな。どれを見ても結構感動する。我々には絶対に真似のできない色彩感覚だったり細かい作業の繰り返しによる表現だったり、まちまちだけれどそれが結構ツボにはまる。普通の美術教育を受けた人間にはあそこまで行くことは難しいだろうな。

 たぶん一番難しいのはその作業を指導することだろう。


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ポケットの窓から - 2015.02.21(ポケットの窓から)

はる 4979
 毎日この寝る前の一時間ぐらいパソコンの前でブログに何を書くか考えている。そうだ、今日はこれを書こうと考え着いた場合は割とすんなりとっかかりができる。今日のように何も考え着かない場合はどうするか?たった今頭によぎったことを書いてみる、最初の一言が出てくると意外にそれが引き金になって次々と出てくるものです。

 写真がある場合はそれについて、なぜこの写真を撮ったのか、何が面白いと思ったのか、興味を持ったのか、そんなことから描いてゆけばいい。しかしまぁ、こういった写メを載せることができるブログという機能はよくできている。

 ↑の写真は駐車場に行く手前の畑の写真。少し前までは田んぼや畑だった周りの風景も次第に宅地に替わってきた。この畑も一年中何も植えられないただの空き地になっている。世話をする人が高齢化して管理できないのだろう。全国にこういった農地がいっぱいあるのだろうな。

 買った方が安い。安い農作物を輸入した方が安くつくのだろう。単純に考えてそうすれば農業は確実につぶれる。市場の原理というのか市場経済、グローバル化そんなもので考えたら誰もまじめに農業やらないだろう。

 安ければいいのか、お金がすべてか、金儲けが全てか、物を消費しない、捨てない、使いまわす、成長しない、増やさない、買わない、競わない、戦わない、そんな完全な0成長型社会を作ったら世界中が驚くだろうな。老子の小国寡民もう一度考えてみようぜ。


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今日のアトリエ - 2015.02.20(ポケットの窓から)

はる 4978
 今日は暖かだったな。このまま春になればと思うのだが、そうもゆかないかな。また明日。

 日本は昔から簡単に国民を捨てよる。この間の戦争でもほとんどの兵隊が飢えて死んだ。簡単に補給路を断たれて食料は現地調達といえば聞こえはいいが、略奪 ということだ。

 今回の東電福島原発事故では東電も政府もだれも責任取らん。にもかかわらず国民の財産と命を守るためなどとほざいている。汚してしまった大 地は元には戻らん。責任なんて誰も取れん。二枚舌にもほどがある。めちゃくちゃだ。

 自然災害だけではない、全国に50基以上ある原発は恰好のテロの標的に なる。オウンゴールで自滅もありえるな。こんな国は一回落ちるとこまで落ちんとわからんのやないやろか。情けないのう。滅茶はらたつ。生き残る道はただ一 つ、すべての武器を捨てることだ。国が敗れても山河は残る。この山河とは自然の山川という意味ではなく、日本的な文明、文化という事だ。


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ポケットの窓から - 2015.02.19(ポケットの窓から)
はる 4977
 学校は一年契約で毎年履歴書を提出させられる。何も変わらないのだけれど、健康診断書と教員免許証と履歴書という三点セットを提出する。免許と履歴は只だけど健康診断書はお金がかかる。必要経費だから仕方ないけど、昔は経費を負担してくれた。今は自費で賄う。こんなところも世知辛くなった。 

 ひまに任せて自分の履歴を生れてから10年退位で書いてみた。箇条書きでその年にあった大事なことを書き込んでみた。60年なんて夢のごときだ。若い頃はそれなりに色んなことがあった。覚えていることも多い。私の場合その年の公募展に何を出品したのかというのが結構目安になった。でもそれ以外にはこのところ10年はほとんど覚えていない。まずいなぁ、、。

 5000はカウントダウンに入りました。目標は10000カウントを是非とも目指したいと思います。


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- 2015.02.18(未分類)
「猫の後ろ姿」さんより
http://ameblo.jp/e-no4765/entry-11991379412.html
なかにし礼 作
『平和の申し子たちへ! 泣きながら抵抗を始めよう』
                  
二〇一四年七月一日火曜日
集団的自衛権が閣議決定された
この日 日本の誇るべき
たった一つの宝物
平和憲法は粉砕された
つまり君たち若者もまた
圧殺されたのである
こんな憲法違反にたいして
最高裁はなんの文句も言わない
かくして君たちの日本は
その長い歴史の中の
どんな時代よりも禍々(まがまが)しい
暗黒時代へともどっていく
そしてまたあの
醜悪と愚劣 残酷と恐怖の
戦争が始まるだろう
ああ、若き友たちよ!
巨大な歯車がひとたびぐらっと
回りはじめたら最後
君もその中に巻き込まれる
いやがおうでも巻き込まれる
しかし君に戦う理由などあるのか
国のため? 大義のため?
そんなもののために
君は銃で人を狙えるのか
君は銃剣で人を刺せるのか
君は人々の上に爆弾を落とせるのか
若き友たちよ!
君は戦場に行ってはならない
なぜなら君は戦争にむいてないからだ
世界史上類例のない
六十九年間も平和がつづいた
理想の国に生まれたんだもの
平和しか知らないんだ
平和の申し子なんだ
平和こそが君の故郷であり
生活であり存在理由なんだ
平和ぼけ? なんとでも言わしておけ
戦争なんか真っ平ごめんだ
人殺しどころか喧嘩(けんか)もしたくない
たとえ国家といえども
俺の人生にかまわないでくれ
俺は臆病なんだ
俺は弱虫なんだ
卑怯者? そうかもしれない
しかし俺は平和が好きなんだ
それのどこが悪い?
弱くあることも
勇気のいることなんだぜ
そう言って胸をはれば
なにか清々(すがすが)しい風が吹くじゃないか
怖(おそ)れるものはなにもない
愛する平和の申し子たちよ
この世に生まれ出た時
君は命の歓喜の産声をあげた
君の命よりも大切なものはない
生き抜かなければならない
死んではならない
が 殺してもいけない
だから今こそ!
もっともか弱きものとして
産声をあげる赤児のように
泣きながら抵抗を始めよう
泣きながら抵抗をしつづけるのだ
泣くことを一生やめてはならない
平和のために!

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- 2015.02.17(未分類)



はる 4975
 そう、愛国心いついて少し考えてみたい。例によって考えながら書き込んでゆくので間違いや、行き過ぎもあるかもしれません。あまり気にしすぎると自由に書き込めないので、そこのところ考慮して勘弁してくださいな。

 自分にとってまぁ一番かわいいのは自分でしょう。それがまぁ生物としての本能だわな。そしてその次は自分の血筋というのか同じDNAをもつ身内ということになる。基本的に生きているものは自分のコピーというのか、DNAを残そうという本能があるので、そうなる。

 そしてその次、その次と次元が下がってゆく。徒党というのか、自分の関係した党派、仲間を少しでも関係の濃い仲間を残しておきたいというのは、少なくとも自分を覚えておいて欲しいという切なる願いから出てきたものかもしれないな。

 愛国心というのも、結局はそんな身びいきな「遺伝子のわがまま」からでているのだろう。

  そういった意味では、当然ほかの人と同じくらいの愛国心はもちろんある。けれど、そのくらいにとどめておいてほしいな。特に愛国心を強要されるとちょっと 待ってほしいと思うのだ。よく引き合いに出されるのが、母を愛するように国を愛せといった考え方だな。何一つ文句は言えないのだけれど、その分わかりやす くて簡単に洗脳されてしまう。

 国と言えば実感として理解しにくいけれど、母とか父、兄弟、我が子といえば自分の分身としてすこぶるリア ルに実感できる。それらの延長上にある同朋のために、我が祖国のためにと言われれば命を賭してもいいかとなってしまう。忠君愛国みたいな考え方はわかりや すいし、美談にもなりやすい。愛国無罪などという方便もあったけれど、わかりやすいだけに簡単に右翼化してしまう。思考することを止めてしまう。

  やくざの世界を持ち出すとヒンシュクをかうかもしれないが、彼らの世界はある種の仁義で成り立っている。忠義を尽くす代わりに安全と安心をかう。親子の愛 情は無償だから尊いなどと言われる。まぁいちおうそうなんだけれど、そこにはまぁ形を変えた我がまま、自己愛なんだよな。我が身をかえりみずというけれど、結局のところ自己愛の延長上にあるのじゃないかな。ナルシステックなどというと怒られるかもしれないけれどね。

 だから、ことさら愛国心を強調するところに何かしら胡散臭いものを感じるのだな。結局は身びいきみたいなもんなんだから、そこそこにしとけよ。見苦しいよと思ってしまうのだ。愛国心などというと主義主張のある硬派な憂国の師を想像するけれど、実は自己愛の延長上にあると思えば何ことはない、当たり前のことだ。ことさら大声でアジテーションすることでもないだろう。ほどほどでいいのだ。それと同じように自国の事を必要以上に褒めるとか、他国を貶めるのは同じことなんだな。

 こんなこと言えばすぐに愛国心のない、国を危うくしている売国奴などと言われるかもしれないが、私も他の人と同じくらいにこの国が好きだよ。
 


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ポケットの窓から - 2015.02.16(ポケットの窓から)

はる 4974
愛国心について(覚書)

"愛国心とは、道理を超えた自国崇拝である。"

出典ジョージ・ジーン・ネイサン


"愛国心とは、自分がそこに生まれたという理由で、その国が他より優っているとする信念のことだ。"

出典ジョージ・バーナード・ショウ


国民を戦争に参加させるのは、つねに簡単なことだ。(中略)とても単純だ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に 欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ。

ゲーリック


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ポケットの窓から - 2015.02.15(ポケットの窓から)
はる 4973
 小学校の頃に望遠鏡づくりに燃えたことがある。虫眼鏡を組み合わせることで遠くのものが近くに見えるという事に驚嘆した。色んな虫眼鏡を用意して、経験的に倍率が少ない方を前にして後ろは大きくする方が望遠鏡として倍率が高いことを知っていた。しかし、それだとどうやっても物 がさかさまにしか見えない。

 こういうことは何故か一生懸命に調べる。学校の図書館あたりを利用したのでしょうね。ケプラーとかガリレオなどという人類最初の望遠鏡制作の歴史を勉強したりいする。姿をさかさまにならないようにするためには凹レンズが必要らしい、身の回りに凹レンズなるものは見当たらない。仕方ないので、学校の理科の先生に相談すると望遠鏡のキットを買ってくれた。先生 は大嫌いだったけれど、そのことには感謝した。後の担任になってさらにがっくりきた。

 それはさておいて、一生懸命手作りした望遠鏡は4倍という倍率で私の 求めていた天体望遠鏡は80倍から100倍というもので、まったく役には立たなかった。私が欲しがっていたような天体望遠鏡を幼馴染のSちゃんが親父さん に買ってもらって、家に訪ねて何度もみせてもらった。その後小さいながらも小遣いをためて30倍の望遠鏡を手に入れた時は本当にうれしかったが、もうその 頃には月の表面のクレーターをみるという試みには興味を失っていた。何にでもその旬というものがあるのだな。


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ポケットの窓から - 2015.02.14(ポケットの窓から)

はる 4972
 5000まであと28日ですね。ここまで来るとけっこう速いものです。まだ間に合いますよ、プレゼント企画に申し込んで下さい。今回は知り合いでも友達でもどうぞ遠慮なく。ただし当たるかどうかは神のみぞ知るです。年賀はがきの切手シートの確率は1/50ですね。それに比べれば格段にいい確立だと思います。

 昨日は町の文化役員の新旧の交代の会議でした。風邪の具合もほどほどだったので、中止にしませんでした。特に会議などやる必要もないのですが、それも恒例の行事なので例年、新旧役員が集まって顔合わせします。私は昨年度の部長だったのでその司会進行というわけです。

 問題は誰が今年度の部長をやるか、要するに文化祭を仕切るかという事ですね。我が町も高齢化がすすんで、若い人がほとんどいない。それ故にこういった会議に集まってくる人たちもジジババばかり、話はあちこちが痛いや転んだとか病気の話ばかり、それに爺さんが出席すれば部長をやらされる確率が高くなるので、なぜかこの日はババばかりが集合することになる。

 全部で8組ほどの集まりで、三役を決めるわけだから当たる確率はべらぼうに高い。みんな必死に自分のマイナスの要素あげ奉るわけで、それを聞く私は精神科医か牧師のような心境だ。文化祭などやらなくてもいいわけで、今年度の役員の総意でやらないという事になれば、それはそれで了承されるでしょう。しかしその場合も部長を決めなくてはならない訳で、私が止めますとは決められない。

 すったもんだあって、さて決まらないのであれば抽選になりますが,どうしますか?こういうのは困るよなぁ。昨年は私が無理やり押し付けられた経緯があるから、抽選にはしたくない。

 困っていたら、一番若い女性が引き受けてくれた。よって三役はすべて女性です。よかった。これで私はお役御免です。めでたしめでたし。


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今日のアトリエ - 2015.02.13(ポケットの窓から)

はる 4971
 やっとインフルエンザが終わったようだ。毎年秋の個展の前には予防接種を打つのだが、今年はきかなかったようだな。そんなにひどくならなかったのは接種をうけていたからなのかどうか。どうもいつもの風邪とは様子が違うと感じていた。

 大体私の場合のどから来る。のどが痛くなって鼻の周りがむずがゆくなる。それがだんだん下に降りてくる。気管支にに炎症が広がってしまえばもう手遅れで、熱が高くなって収まるまで一週間はかかる。のどの炎症でくい止めることができれば大事には至らずに済む。

 今回の風邪はいきなり咳が出た。熱はない。のども痛くなかった。ので風邪ではないと思った。そのうちに急に熱が8.5分まで上がった。そうなると肺炎とかの可能性が出てくるので、夜だったが病院に行く。いつもの病院の救急の方で診てもらう。病歴がカルテにすべて残っているので色々説明しなくて済むだけ面倒でない。検査の結果インフルエンザAということでびっくり。初めての事かな。

 それから三日ほど寝て暮らす。素晴らしい休養にはなった。


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インフルエンザ - 2015.02.12(作品)


[忘我」 2006

はる 4970
 ここ3日ほどインフルエンザで寝ていました。今日は少し回復。でもまた寝ます。


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- 2015.02.10(未分類)
宮尾節子」http://bit.ly/1lDC9xw





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- 2015.02.09(未分類)
はる 4967
 どうやら風邪を引いたようだ。もう寝ます。

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今日のアトリエ - 2015.02.08(ポケットの窓から)

はる 4966
 この間普通にある高校生と話をしていて唖然としたのは、ヒトラーを知らなかったことだ。これはまぁ常識の分野なのかもしれないが、彼を知らなければ戦前戦後のヨーロッパのありとあらゆる歴史が分かっていないということだ。いや特に私が歴史に詳しいというわけではないよ。歴史だけではないね、思想や「哲学、宗教、芸術そんなものみんなにかかわってくる。

 ひょっとすると試験に出てくるヒトラーは知っているかもしれないが、自分の言葉でしゃべる日常生活の話の中で出てくるヒトラーは知らないのかもしれない。それはどういう事かといえば、知識として知ってはいるけれど、身にはついていないということかな。

 昨日の続きになるけれど、我々はどうやらそのことを避けていたように思うな。


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常識だ。 - 2015.02.07(ポケットの窓から)

はる 4965
 いよいよあの人が改憲を「常識」だと言った。あんたにとって常識かもしれないが、私にとってはとんでもない非常識なんですけど。選挙権を18歳まで認めてファン投票などのノリで改憲まで突っ走ろうという考えだな。

 この間のサザンの「ピースとハイライト」の歌詞にあったけれど、学校で教えられる日本史は現代になると大体時間切れで終わってしまうのだな。それはまぁ試験に出る確率が少ないのでという事もあるのだろうけれど、やっぱり微妙な問題が隠されているからなんだろうな。高校時代には分からなかったけれど、いまなら確実にそう思うね。

 戦争責任の話もまったくうやむやだ。自分たちも痛い思いをしたけれど、それは自業自得のところもある。それより、あれだけご近所さんに迷惑をかけて反省してますというだけではやっぱり済まないね。お隣の国がやっぱり怒るのは無理ないと思うもの。今じゃとても考えられないけれど、50年前は日本は野蛮で物騒な国だったよ。主義主張のためには命も捧げる武骨な蛮勇を誇ったところなど、今のイスラム国を非難できないよ。世界の嫌われ者だったと思う。

 保障問題とかそういうことを言っているのではなく、もっと根本的な問題として如何にして戦争になったか?そのことをしっかり検証して繰り返さないための処方を講じなければならなかったのじゃないかな。たぶんその処方は痛みを感じる大手術になったろうが、我々はそれをやってこなかった。責任を深く追求できる国民性がないんだな。たぶんお隣の国が言っているのはそのことではないかと思う。

 そのことは今回の東電福島原発事故でも同じだ。責任者である東電と政府は全く他人ごとのように責任を取らない。この事故ではだれも逮捕されていない。未だに多くの国民が不自由な生活を強いられている避難民生活を送らされているにも関わらず、保障さえすれば事足りるとおもっている。そうではないのだ。凝り返さないためにはどうするのか、どうすればいいのかということが講じられていない。だからまた同じことが起きるのだ。確実にそうなる。

 ナチのヒトラーの参謀、ゲーリングの言葉をもう一度載せておこう。

「もちろん、普通の人間は戦争を望まない。(中略)しかし最終的には、政策を決めるのは国の指導者であって、民主主義であれファシスト独裁であれ議会であ れ共産主義独裁であれ、国民を戦争に参加させるのは、つねに簡単なことだ。(中略)とても単純だ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に 欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ。」


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ポケットの窓から - 2015.02.06(ポケットの窓から)




大道芸人



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イワシの頭 - 2015.02.05(ポケットの窓から)

はる 4963
 一昨日は節分で何やら毎年豆まきをする。子供もいないのに結婚以来続けているのではなかろうか。「鬼は外」と窓を開けて豆をまいて「福は内」と籠の中に豆をまく。そうしないと後で色んなところか豆が出てきて困ったことになるからだ。

 ↑の写真はイワシの頭と柊。こんなことも飽きもせず毎年やっている。玄関にさしておくと猫が来ていつの間にやら無くなっているので、食われないように少し離れた高い所にした。まぁ猫の餌になってもかまわないけれど。

 関西の実家ではこんなことやらなかったな、これは関東の風習だろうか。よくわからんけど、毎年やる行事のひとつだ。クリスマスやハロウィンを宗教も関係なくかっこだけ真似するのであれば、これの方がまだ多少意味あるだろう。「イワシの頭も信心から」そんなもんだ。


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確定申告 - 2015.02.04(ポケットの窓から)

はる 4962
 今日は確定申告に行ってきた。本来は13日からの受付だと思うが、私はいつも税理士の相談窓口というところに行くので早くても受け付けてもらえる。あまりこまないうちに面倒なことはやっつけてしまいたいという私のせっかちな気持ちもある。

 職業欄に「画家」と書くのはちょっとホンマかいなと思うけれど、まぁそれ以外の表記の仕方はないのでそう書くようにしている。少ないけれど学校の給料もある。全部まじめに報告しても高が知れている。恥ずかしくてここでは言えないくらいだ。これが済むと何はともあれ一年無事終わったんだなと思う。


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TAO展初日 - 2015.02.03(ポケットの窓から)

はる 4961
 こういった絵を描く教室そのものがもう古いのかもしれない。たぶん今の子供たちが大人になった時には存在しないかもしれないな。絵を描きたいという想いは誰にでもあると思うのだけれど、今の高校の美術部の生徒はゲームやアニメには夢中になるけれど、こういった絵には興味を示さない。

 まぁ分からない訳ではないけれどね。たぶん公募展などに発表する100号クラスの絵をうんうん唸りながら、あーでもないこーでもないと苦労して描くことが面白いと思うようになるまでたぶん我慢できないのだろうね。何なんだろうね、自分を訪ねてみても玉ねぎの皮のように最後にはなにもないことが分かっているのに、それでも探さずにはおれない性のようなもの。その奥深さの醍醐味が分かるようになるには人間50年ぐらいやらないと分からんのだな。

  


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- 2015.02.02(未分類)




はる 4960
ヘルマン・ヴィルヘルム・ゲーリング(Hermann Wilhelm Göring、1893年‐1946年)は、ドイツの政治家、軍人。ナチ党政権下のドイツにおいて、ヒトラーの後継者に指名されるなど高い政治的地位を占めた
出典ナンバー31:Gustave M. Gilbert著ISBN 978-3596218851(ドイツ語)

「もちろん、普通の人間は戦争を望まない。(中略)しかし最終的には、政策を決めるのは国の指導者であって、民主主義であれファシスト独裁であれ議会であ れ共産主義独裁であれ、国民を戦争に参加させるのは、つねに簡単なことだ。(中略)とても単純だ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に 欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ。」

 今でも盛んにこの手法が使われていますね。やたら自国を褒めるのも他国を貶めるのも根は同じことですね。どうしてそのことに気が付かないのでしょう?

 「目を閉じて、じっと我慢。怒ったら、怒鳴ったら、終わり。それは祈りに近い。憎むは人の業にあらず、裁きは神の領域。-そう教えてくれたのはアラブの兄弟たちだった」後藤健二 

 彼の事は全く知らないので、ネットで見る情報しかないから半端な事は書かない方がいいのだろう。危惧することはこの悲劇的な殺人を国民感情に訴えて危機感を演出し、好戦的な国と結託してさらに無益な戦いに進むことだ。杞憂に終わらんことを切に願う。

 


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TAO展のお知らせ - 2015.02.01(ポケットの窓から)
tao.jpg
TAO展
2/3~2/8
山梨県立美術館C
私がお手伝いする教室の発表展です。
会員一同お待ちしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
はる 4959
 また今年もTAO展のシーズンになりました。展覧会は毎年開催していますが、隔年で大作と小品を交互に展示します。今年は二年分の大作を集めて美術館で展示致します。初めて筆を持った初心者から、このところ東京の公募展でも受賞するほどの実力になったベテランまで、数は少ないけれどピリリと刺激の強い作品が並ぶ予定です。どうかご覧になって刺激を受けてください。会員一同首を長くしてお待ちしております。

 TAOは「道」の意味。それぞれ自分の道を見つけるという意味で名づけました。もともとは中国語のDAOが転じて日本語のDOUになったらしい。TAOは老子の道教という意味もある。宇宙の真理、原理、源泉につながっていそうで私の生涯のテーマでもあります。


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