あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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- 2014.09.30(未分類)
ky

はる 4834
 今日は学校、疲れたのでまた明日。


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今日のアトリエ - 2014.09.29(ポケットの窓から)

はる 4833
 デパートで個展をやらないかと誘いがあった時には思いっきり葛藤があった。今でもそうだけれど、自分の絵が不特定多数のデパートのお客さんに受け入れられるのか、もう一つは結局は「売り絵」ではないのかという生き方の問題だ。

 絵を描く人間にはちょっと微妙な問題なんだけれど「売るための絵」を描くことを良しとしないところがある。今誰でも知っている高名な作家も、生きている時は評価されなかったという逸話から、「売れない」ことが世間に迎合しない孤高の芸術家、自分の信念を曲げない芸術家、立派な人という三段論法になる。

 売れないのはただ単に才能がないだけなのかもしれないが、ひょっとしてこの人はとてつもない才能があって今認められないけれど、そのうちに大化けするのではないかというマヤカシを含んでいる。

 スーパーリアルな具象であれ、わけがわからん抽象であれ、デパートであれ個人の画廊であれ、通販(カタログ販売)であれ、ネット販売であれ、結局は売れなければスタッフは動いてくれないし、絵描きは食べては行けない。小さい作品は売るために描いている訳だから「売り絵」には違いはない。

 どうも、結局は自分で決めればいい。奨学金や補助金を貰って生きるよりずっと上等だ。

 


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ポケットの窓から - 2014.09.28(ポケットの窓から)


町民文化祭の様子

はる 4832
 毎年竹を横に切っただけの一輪挿しを10点も出品する爺さんがいる。それに花が活けてあるのだが、すべて安物の造花である。もっと驚いたのは毎年同じ作品を何点か出品してくることだ。まぁわざわざ私の家に出品したいという希望をいいにくるのだから、だめだともいえないわな。

 今年は受け持ちの役員になった人は何かしら一点作品を出してくださいと言ったら、大きなモノクロの高校野球の優勝旗を受け取るパネルを持ってきて、「どう考えても家にはこれしかない」というので「いいじゃないですか」と承諾した。未だかつて自身の写っている写真を文化祭に出品した人物はいないだろう。これも町内文化祭だから許されることだ。こんな自慢大会でもいいのじゃないかとおもっている。来年はもっと増えればいい。

 ここでも私は最新作を出品する。全力投球した未発表作を出す。三歳児が描いた「アナと雪の女王」に負けないようにしたい。


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今日のアトリエ - 2014.09.27(ポケットの窓から)

はる 4831
 出来るだけ自分の目で見たもの、直接体験したことだけでものを考えたいと思うのだが、いずれにしろ何かしらの情報が必要になるし、入ってくる。報道されたものはどうやっても報道したものの、編集したものの意思が入ってくるわけで。真っ新な情報だけのソースなどという物はない。誰かが言ったことを「そうだって」という形で書けばそれがやがてデマや嘘に育ってしまう。世論などは簡単にそうやって作られる。

 特に我々は「私はこう考える」と思考する習慣がない。そういったことを徹底して教えられてきていない。みんな右へならえ方式の「自らを深く考えない」ことを何度もなんども繰り返し教え込まされる。自ら何も考えないロボットのような人格が日本人として最高のあり方のように教えられる。為政者にとってはその方が都合がいいからだ。

 もし本当に自分でものを考えられる人間なら、原発が地震の多いこの国で如何に不安定な存在か、危ない存在か、テロに合えばこの国はすぐに終わってしまうだろう。それなのに戦争に加担しようとしていることに黙っているのか、国民を犠牲にしてアメリカのいうことを聞くのか、そんなことに黙っていられるわけがないと思うのだ。

 もう一つ二つ爆発すれば分かるかもしれませんが、その時はもう日本は人が住めませんよ。そんなぎりぎりのところに今いるのですよ。


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ポケットの窓から - 2014.09.26(ポケットの窓から)
はる 4830
 今日は町内の文化祭ということで一日会場づくりで終わってしまった。絵を描いたり刺繍をしたり工作したりを趣味にしている人にとっては待ち遠しい文化祭なんだろうな。お年寄りたちがいそいそと作品を持ってくるのをみると、やってよかったかなと思う。実際に動ける人が少ないのでどうしても動けるひとの負担が多くなるのが気になるな。

 この国の常識というのか良心というのか道徳というのか善意というのか、そういったものはあくまでも「ひとに迷惑をかけない」ということなんだな。人と違うということ異色であるということを極力嫌うところがある。異分子は徹底的にいじめて排除するという方向にゆく。同じであるということが、一緒になにかをやるということが兎にも角にも一番大事だと教えられる。それ以外は無視されるか、排除される。

 中学校の教師をしていた時に運動会の行進の練習を見学していて、気持ち悪くなってきた。こうやって軍隊のように一糸乱れず行進することを教えられてこの子たちは何を身に着けるのだろうか。公教育というのは無償だといわれる。国からお金が出ている。国からお金が出るということは、この国にとって都合のいい子供たちを育てるから無償になるわけだ。そう考えると、ただほど怖いものはない。私ならお金を払っても「自主独立」の精神を学びたい。自由な批判精神を勉強したい。

 ある新聞がお手付きをした。スクープというのはある種新聞の命で、記者たちはそれを他社より早くものにしたい。特ダネの記事は一生に一度あるかどうか、それにしのぎを削っているといっても過言ではない。しかし、往々にしてお手付きをする、やりすぎてしまう、マスコミに生きる者の宿命かもしれん。けっしてそれでいいとは言わないけれど、それで自分の目や嗅覚で取材する姿勢が鈍くなって政府発表の提灯記事ばかりになってしまうことの方が恐ろしい。

 いまっ徹底して一つの新聞がたたかれている。まるで慰安婦そのものの存在や、戦争における野蛮な行為そのものもなかったかのように、嘘やでっち上げかのように言っているがそりゃ自分たちの身を綺麗に言い過ぎだろう。時代が違うとはいえ蛮勇が賛美された時代だったのだよ。そういうことを言うことが愛国心がない非国民のようにいうけれど、それは違う。味噌もくそも同じにしてはいけない。

 私だってかの国のやりたい放題には腹が立つし、何考えてやがるとぶーぶー言っている。けれど、あくまでも最後までどうあってもそれがすべてではないと言い続けるつもりだ。けっして同調して勇ましいことを言ってはいけないのだ。


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ポケットの窓から - 2014.09.25(ポケットの窓から)

横田裕子ちゃんが
期間限定のご飯やをやっています

パタゴニア南喫茶の素敵な空間で美味しい時間をご一緒に。

9/24(水) - 10/5(日)
11:30-5:00
休: 月.火

住所: パタゴニアの南喫茶店 山梨県甲府市大手2−3−11


メニュー(予定)

秋晴れサンドウィッチ
陽だまりスープ
p!cnic! ランチプレート

木の実のタルト
秋色のムース

コーヒー
ハーブティー
レモネード



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今日のアトリエ - 2014.09.24(ポケットの窓から)
はる 4828
 今日は疲れました。なのでブログはお休み。また明日。
 
 


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今日のアトリエ - 2014.09.23(ポケットの窓から)


アンバランス F6部分 2014
はる 4827
 作品の中に文字を書きこんだ。サインなんかもそうだけれど、文字も作品の一部として見てもらえるといいか。しかし、字には意味が出てくるので難しいところもある。イメージがそれによって阻害されるされるということにもなりかねない。だからほとんど意味のない文字の方がいい。

 白川静の漢字学を少しかじると、そこから発想できるイメージはそれこそまるで一つの物語のようだ。それに影響されて随分絵にしたこともあるけれど、あくまでもそれは白川さんが考えた、または古代の人がイメージした漢字の世界で、私のように生半可な人間が太刀打ちできるものではない。

 中国の古代の甲骨文字や古いエジプトの文字、ケルトの文様、日本の装飾古墳の文様など面白い。


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今日のアトリエ - 2014.09.22(ポケットの窓から)


ちょっと音が悪いけどね、臨場感はあるよ

はる 4826
町中の芸術祭というイベントが今年で五回目かな。私も最初の一二回は町中のカフェで個展というスタイルで参加していた。基本は町中の活性化というコンセプトで、若い人たちが企画実行していてまぁそこそこ成果もあげているようだけれど、今一つ盛り上がりにかけるなぁとは思っていた。お祭りというのは参加しないと面白くないもんなんだな。

その一環として昨年あたりから計画していたことに、駅前広場での盆踊りというのかみんなで集まって踊ろうという企画を進めていた。盆踊りというと、笛や太鼓の伴奏で、みんな輪になって同じような振り付けで踊るイメージがあるけれど、彼らがやっていることはもっと自由で、ギターとかサックストロンボーンなんかが自由にアドリブを吹いて、どちらかと言えばレゲーに近いようなラップ音楽だった。

で、この土曜日がお初のお披露目で、行ってきましたよ。寒かったのですが、踊っているうちに暖かくなって、楽しかったですね。


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ポケットの窓から - 2014.09.20(ポケットの窓から)

はる 4824
 彼岸花が咲きました。忘れずに、けなげなものです。


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反戦・反原発 - 2014.09.19(未分類)


朝日新聞のこの政府広報のもお驚いたけれど

moblog_2d265dec.jpg

2014 9//18 これにはもっと驚いた。

はる 4823
 もともと日本のマスコミは信じられないなぁと思ったのは、原発事故が起きた時からだ。その前まではそれなりに公平な意見を載せているのだろうと期待もしていたし、そう考えていた。ところが事故が起きたときにテレビもラジオも新聞もすべてが見事に政府の発表をそのまま報じていた。危機を報道したのは外国のマスコミやネットの口コミだった。

 ネットの情報は確かに嘘や無責任なでたらめな煽り記事もおおいけれど、そんな中にも一部の真実もある。それをまぁ自分のフィルターで濾して読まなければならないというところはあるけれど、まぁ↑のようなまじめな顔して偏向した意見を載せるよりはいい。金出せばどんな意見でも載せてしまうのか、この新聞は。開いた口がふさがらん。

 あったのか、なかったのか私はよく知らないしわからない。分からないことを人の意見を聞いてさも自分の意見のようにはいいたくない。基本は何かと言えばそんなことで他国の人を悪しざまに言ったり、反対に自国のことを何の根拠もないのに誉めそやすのは、明らかに何らかの意向が働いて、戦前の鬼畜米英とか神国日本というのと同じだということだ。

 誰かが大声を上げれば、それ以上の声を出して叫ぼうとする。あいつが悪い、こいつが悪い。そのことで負のスパイラルに陥ってしまう。そして誰かさんのお望みのように勇ましく戦いののろしを上げてしまうのだ。

 今言わなければいけないことは、お互いの悪口を言い合うことではない。その行き先には決して楽しいことは待ってはいないのだ。声を大にして言わなければならない「私は誰も恨んでいないし、殺したくない」

 
magine there's no Heaven
It's easy if you try
No Hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today...

Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people
Sharing all the world

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one
想像してごらん 天国なんて無いんだと
ほら、簡単でしょう?
地面の下に地獄なんて無いし
僕たちの上には ただ空があるだけ
さあ想像してごらん みんなが
ただ今を生きているって...

想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く
そして宗教も無い
さあ想像してごらん みんなが
ただ平和に生きているって...

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
きっと世界はひとつになるんだ

想像してごらん 何も所有しないって
あなたなら出来ると思うよ
欲張ったり飢えることも無い
人はみんな兄弟なんだって
想像してごらん みんなが
世界を分かち合うんだって...

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
そして世界はきっとひとつになるんだ



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今日のアトリエ - 2014.09.18(ポケットの窓から)

「旅人」 部分 2014 
はる 4822
 少し前のブログを読んでいたらどっきとするようなことが書かれていた。自分が書いたものだけれどまるっきり忘れていた。人の書いたものを下地にして書き直したものだろう。あしからず。
 はる 4696
 才能には二種類あって、普通日常生活で才能があ るというのは現世御利益的に何分かのその人の特技を今の体制に生かすことが出来て、例えば大きく人に認められるとか、社会的に知名度があがるとか、大儲け できた時に世の人が称して「あの人は才能がある」という。多くの場合、今の社会では指導者的な立場にいて、なんやかやと今の社会を担っていると考えられて いる。

 もう一方の才能は、そういった平時の時に何にも役には立たないもので、あわよくば自らの特技をこの世の中の尺度に合わせて一儲けしようなどとはいっこうに考えない、むしろそういったところとは対極にいるような平時では愚鈍で役立たずのような人間をいう。

  思想とか哲学とか宗教、芸術などというものが必要だとされるときは、平和で秩序正しく貧富の差がなくてクリーンでさわやかな環境からは出てこない。それが 必要とされるのはたぶん今ある社会の秩序が乱れて、大きく傾いて不正がはびこって逃げ出さなくては生きてゆけないような社会に落ちぶれた時に、「どう生き ればよいか」などという思想なり哲学が生まれる。

 社会はいつか必ず瓦解する。今もその兆候が顕著にある。原発、放射能、嘘やごまかし、 それに気が付いた人はそろそろこの日本から逃げ始めている。そういったカオスの中逃げ出さないでその場に踏みとどまって人々に安心や心の拠り所を与えるこ とが出来る大いなる志を持った人がいる。そういった非常に何かしら有益なことが出来る人を「真の才能」を持っているという。

 決してかの隣国を笑えない。この国はいま崩れ始めている。これは風評被害か?




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今日のアトリエ - 2014.09.17(ポケットの窓から)


ひぐらし部分 2014

はる 4821
 覚書2 「あるがままに」
  還暦とは子供に返ることらしいが、いつの間にかとうに過ぎてしまった。平均寿命が延びたとはいえ60歳は老人の部類に入るのだろうな。自分の中では40代の後半ぐらいの意識しかないので、巷で言われているように八掛けぐらいの感覚だろうか。

 絵の方も次第に落書きのような、子供の絵に近いものに惹かれるようになった。あまりきっちり描きこんだものには食傷気味だ。これも年取ったせいなのかもしれない。
 
 憧れるのは日常生活も含めて、何にもとらわれない自然体でいられれることなんだけれど、凡人である私には(あるがまま)というのはなかなか難しいように思う。

 「あそぶ」というのは自己を離れた忘我の境地を言うらしい。もしそうであるなら子供に戻って遊び呆けてみたい。そんなところから自己の核になる源泉に触れることができたらもうけものだ。

 さて、今回も色と形で遊んでみました。愉しんでもらえると幸いです。


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今日のアトリエ - 2014.09.16(ポケットの窓から)


「カッチーニ・アベマリア」部分 F8 2014
はる 4820
 覚書「あるがままに」
 受験勉強から離れると数学の中にもなかなか興味深い事柄も多い。よく知られているものに素数がある。1と自分自身でしか割れない数を言うのだが、それの現れ方がどうやっても規則的ではない。古今東西の天才数学者たちが命を削ってその規則性の証明を試みたのだが、いまだにそれは証明されていない。円周率という永遠に続く数というのも不思議だ。案外永遠という概念そのものが数学からきているのかもしれない。
 
 「あるがまま」「自由に」というのが一番難しい。何を持って己とするのか、そのことが実にあいまいだ。普通に暮らしている人間にとって「あるがまま」などという状態はありえないのじゃないかな。必ず何かしらの制約を受けている訳で、正真正銘これが無垢の私ですなどということはない。

 つづく
 
 


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今日のアトリエ - 2014.09.15(ポケットの窓から)

子守唄 部分 F3 2014

はる 4819
 今回の西宮の個展で一回りする。まぁ順次新作を入れているので、どこが起点になっている分からない。サブテーマを決めてすべて描き下ろしなら意味あるのだけれど、年に数か所で個展を開催して順次補充しているので、私の場合あまり意味はない。むろん同じ場所で同じ作品を展示することはないので、一か所で観ればすべて新作ということになる。

 それでも一応の区切りとして今回のテーマである「いったりきたり」は今回でお終いになり、新しいテーマになる。毎年夏にその年のメインになる作品を描いてゆき、そこから今回のテーマを決めてゆく。さて今年何にしようかなと毎年悩むところだ。

 何でもいいと言えば語弊があるのだけれど、例えば個展を紹介するときにただ■■個展というだけでは知らない人には何の印象も残らない。これはまぁ長年個展をやってきた経験から言えることなんだけれど、一言で個展の内容を紹介できる言葉なりキャッチコピーのようなものがあると、すごく印象に残りやすいということだな。作品さえよければいいというのは確かな事なんだけれど、それを見てもらわなきゃ話しにならないわけで、それにはマスコミでも口コミでもDMでも印象に残ること、目に留まることが最低限必要なことのように思うな。

 それともう一つはそういったことを考えたということが大事なんだな。表現というのはそんなことも含めて表現であって、ただ上手に絵を描きました観てくださいでは素人の展覧会でしかないということだ。


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- 2014.09.14(未分類)

DM3.jpg


 西宮のDMできました。関西の個展に一度来られた方は10月になりましたら郵送いたします。少々お待ちください。それ以外の方でご希望の方は下記にお名前とご住所を書いてお知らせください。DMがある限りお送りいたします。尚個人情報は私の個展以外利用いたしませんので、ご安心ください。
http://enami.sakura.ne.jp/mailform.htm
■2014年 10/7(火)~10/12(日)
  期間中作家在廊
第71回・榎並和春個展
個展タイトル「いったりきたり6」
 西宮・ギャラリーSHIMA
〒662-0036
兵庫県西宮市大井手町7番地15号
TEL:0798-70-7000

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今日のアトリエ - 2014.09.13(ポケットの窓から)

はる 4817
 さて、この子の顔も面白い。目鼻立ちがすっきりした可愛い子だけれど、別に何かを参考に観て描いたわけではない。これもまたたまたまそれらしき人が画面の中からあらわれてきたわけで、描けと言われて描くとどうしても嘘くさい顔になって見られたもんじゃない。イラストや漫画のようになってしまう。いや別にまんがでもいいのだけれどね。

 どこからこんな少年が現れたのだろう。自分の中にこんな人物が入っていたことに驚いている。他人ごとのようだけれど本当の事だ。昔から落書きのような、自由な線が好きだった。なんとかそんな線が引きたいとは考えていた。 木村忠太の線を見た時はたまげた。こんな自由な線でもいいのだ。あんな線は常人では引けない。どこかあちらの世界に行った人しか引けないだろうと思った。うらやましいけど自分には無理だな。国画の先輩の松田正平や須田剋太の線も好きだ。書家の井上有一の線もいいな。

 なんとか行けるとこまで行く。


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今日のアトリエ - 2014.09.12(ポケットの窓から)


moblog_6d4e4c7a.jpg

サーカス・サーカス部分 2014

はる 4816
 全くでたらめに描き進めて、途中でにっちもさっちも行かなくなった。で思い切って真ん中の人物(少女)を消したら反対に面白いおば様が出てきた。白い襟のあるシャツを着こんだ鞭をもった調教師のようなおば様で、流し目でこちらを見ている。少し寸足らずだがサーカスには見世物小屋があっても不思議じゃないので、デッサンの狂いなど知ったこっちゃない。かえって面白いぐらいだ。

 まぁ今のところは面白いと思えるから良しとしよう。
 

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ポケットの窓から - 2014.09.11(ポケットの窓から)

 はる 4815
 なんだかブログの調子が悪い。上手く反映されるのか。

 時間が取られるということもあって新聞は丁寧には読まない。時々気になる記事はよむけれど、どちらかと言えば情報はネットから得ることが多い。テレビもラジオもほとんど見ないし聞かないから考え方はかなり偏っているかもしれないな。

 見たこともないし、実際に深く調べたわけでもないから、適当なことを書いてはいけないのかもしれないが、世論はどんどん右翼化していると感じる。こうやって少しずつ感じたことが言いにくくなって行くのかなぁと危惧する。

 色々書いたけど、むなしくなって消してしまった。これだけ多くの人が反対しているのにどんどん反動かしているのはどうしてだろう。自民党に入れた人が責任取ってくれよな。お前の目先の利益を優先するからこんなことになってしまったのだ。


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今日のアトリエ - 2014.09.10(ポケットの窓から)

はる 4814
 何か表彰してくれるらしい。しかし、何という上から目線で物事を見るのだろうか。そんなもんじゃ辞退しても構わない。欲しくはないぞそんな表彰など。


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今日のアトリエ - 2014.09.08(ポケットの窓から)

はる 4812
 この土日は裸婦デッサン会があって私などが大して役にも立たないと思うのだがかり出されて一日だけお手伝いする。裸婦クロッキーは随分と長くやっていていつまでたっても飽きるということがない。反対に言えばいつまでたっても上手くならないということだろう。

 へたくそだから教えるのは上手いかもしれないな。下手さ加減がよくわかるから。上手い人はどうやったらいいかということに悩まない、だから下手の悩みがわからない。これは勉強でもそうだな。あまり頭のいい人は教師には向いていない。どうすれば理解できるか悩んだことがないからだ。

 見て描くのは面白い。無心に描けるからね。


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ポケットの窓から - 2014.09.07(ポケットの窓から)

はる 4811
 そうだなぁ、絵を描いて生きてゆきたいと思ったけれど、絵を売って生きたいとは考えていなかった。凄く矛盾があることはわかっている。絵を描くことが生業になればいいとは夢見ていたけれど、もう一方でそんなことは無理だろうと否定する自分がいた。

 絵を生業にする方法は結構あるように思う。たとえばイラストレーターとかデザイナー。漫画家、アニメーター、今でも看板や何てあるのだろうか。まぁ一番商業的に成り立ちやすいのはデザイナーだろうな。要するに人が作ったものはすべて誰かが絵を描いたものだ。身の回りにあるもの自然以外はすべて誰かが絵を描いたと考えてもいい。今でもこれからも需要は限りなくある。

 それに比べると私がやろうとしていた事は、あまり役に立つといったものではない。真似して描こうと思えば小学生でも描けるぐらいのテクニックしかない。もっと言えば描かれた絵にあまり意味もないのかもな。何だろうそこに確かに存在したという「印」みたいなものだろうか。

 芸術をやろうといういしきもないなぁ。新しい表現を考えるとかは、頭のいい人にやってもえばいい。私は日々暮らしの中で見つけたことを足掛かりに何らかの「印」をつけてゆく。そうだ、この日記に似ている。


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今日のアトリエ - 2014.09.06(ポケットの窓から)

はる 4810
  小間物製造販売業かな。まぁそうはいってもこれだけに30年もかけてきたし、もう他には何もできないのでこれをやり通すしかない。知り合いの画廊主さんにそういったまやかしが嫌になって長野で百姓になったご夫婦がいるけれど、そこまでの度胸もない。


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ポケットの窓から - 2014.09.05(ポケットの窓から)

はる 4809
 何を書こうか。昨日町内会の会計さんから電話があって、文化祭の告知が徹底されていなくて盛り上がりに欠けているという連絡があった。まぁもともとそんなに盛り上がったイベントではないことは確かなんだけれど、期日が一週間早まったということも関係しているのか、誰も知らないらしい。出品者が数人程度のものなら確実にこの催しは終了ということになる。というわけで、告知のためのポスターを作って掲示することにした。これで少しは出品者が増えればいいのだが、、。

 夕方そのポスターを持って自転車で町内を回る。何か所かに掲示板があって、祭りの告知や色んなポスターが貼られている。いつもはほとんど気にしない掲示板だが、いざその気になって探すとなかなか見つからないものだ。確実に誰かが貼って終われば取り除いているわけだ、自分がやってみると地味な作業だな。

 ここらあたりは随分古い町で、戦後すぐ大陸の引揚者に分譲されたものだということを聞いた。少しずつ最近の新建材の味気ない建物に替わってきているけれど、年寄りだけの家はまだ昔のレトロな昭和の雰囲気が残っている。昔の古民家のような堂々とした家ではなく、軒の低い平屋の家に小さな庭が付いているような、かわいらしい小さな家だ。まるで向田邦子か西岸良平が描く家族が住んでいるような雰囲気があってなかなか良い。

 住んでみると使い勝手が悪く、熱効率も悪いのでどんどん建て替えられて行くのだろうけれど、是非ともトトロが棲みそうな雰囲気は残しておいてほしいなと思う。


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今日のアトリエ - 2014.09.04(ポケットの窓から)



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ポケットの窓から - 2014.09.03(ポケットの窓から)

はる 4807
 この間天満敦子さんのバイオリンを聴いたホールというのが、なかなか立派なもので、会社名義にはなっていますがほとんど個人の趣味でつくったものでしょう。一時期バブル全盛の頃いろんな地方で有り余ったお金の使い道として贅を尽くしたコンサートホールや美術館を作ったりする地方都市が多かったけれど、それも今はほとんど廃墟のようになっているでしょう。箱モノを作るのは簡単ですが、それを維持管理するのは難しい。需要がないホールなどそんなにたくさんはいらないのだ。本当に音楽が好きなら駅の待合室でも構わないのだ。贅を尽くしたホールなど猫に小判だ。

 本格的なイングリッシュガーデンということでHPを見ると何も無い所から庭を作っている様子がアップされているけれど、やればやるほど底の浅さが露呈するように思える。大体日本の温暖な雨の多いこんなところにイングリッシュガーデンを作ること自体がおかしい。どうやっても借り物、偽物、ハウステンボスかディズニーランドのようで満足しているのは作った本人だけだろう。

 おいてある彫刻などもよくある石膏のレプリカで、こんなものをみせて何が嬉しいのか、この人の見る目のなさを晒しているようなものではないか。いまだに舶来物をありがたがる日本人の典型を見せられたようで恥ずかしくなった。莫大な財力があるのもかかわらず、成金趣味そのもので私がみても浅はかに思える。

 ホールの壁にコレクションした絵画が飾られているのだけれど、これがまたとんでもないもので、素人の作品だけを集めているならそれはそれで趣味が統一されていれば許せるなだけれど、どこかのデパートの売り絵のようなものや素人の描いたバラの絵みたいなものの中に嘘か本当か鴨居玲の油絵があった。このごちゃまぜがこの人の人格でしょう。

 いずれ近いうちに、この庭とホールの管理と維持も難しくなるでしょうね。

 


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考えるヒント - 2014.09.02(写真)


はる 4806
 友達がアトリエの写真を撮ってくれた。実際は地べたに座り込んで次々と手元に運んで描いている。とても優雅にパイプをくゆらせてという感じではない。イーゼルさえない。いつも思うけれどこういう絵の描き方、スタイルがあるわけではない。やっているうちにそうなってしまったというのが本当のところ。

 一応教室を持っていて教えてはいるけれど、何か技術的なことを教えているわけではない。特に秘密にしている技法もないから、私がやっている方法をすべて公開している。画法は生き方、考え方だと思っているので、スタイルだけ真似してもあまり意味はない。私のスタイルをヒントにしてどんどん変えて行けばいいと思っている。そういう意味では反対に難しいかもしれない。

 たとえばリンゴを描く技術は教えることは出来るだろうし、デッサンにしろ色の付け方や、技術的なことはいくらでもあってそういうことを教えてくれるところはいくらでもある。そう学校にしろそういった各種教室は技術や考え方を教えるところだ。反対に技術しか教えられないといってもいい。

 レンブラントのように描きたいとか、ラファエロはこうこう描いた、フェルメールの描き方とかそんな技術がたぶんあるのだろう。そういう風に描こうと思うならそういった訓練をする必要があるだろうな。たぶん学校や研究所はそういった仕事を主にしているのだろう。私にはそんな技術はない。

 私の考える絵は勉強して訓練して学ぶものではない。反対に勉強して得られる技術など見えない方がいい。極力忘れてしまいたい。自分の中にある形や色や好みがどこからきているのか、なぜこんな形が出てきたのか、どうしてこの色が好きなのか、この形から何をイメージするのか、したのか、何を表現したいのか、私は何者かを知りたい。私の考える絵は描くにしても観るにしても、その人自身を考えるヒントになればいいと思っている。


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雨の日のドライブ - 2014.09.01(未分類)


はる 4805
 朝早くに家を出て松本まで用事を済ませに行く。今日は間が悪いことに天気が悪い。山の方は結構降っていた。高速運転は天気が良くても気を使うので好きではないが、雨降りだともっと嫌だな。月曜日は休み明けで比較的に道が混むんだよな。まぁ何のトラブルもなく松本について用事を済ませて帰路についた。

 ところが、とんだ伏兵ではないけれど帰りが事故渋滞に巻き込まれて、高速を降りる一キロ手前で動かなくなってしまった。まぁ用事が済んだ後なので、待っていればそのうち動くだろうと達観していたのだが、まずいことにトイレに行きたくなって来た。高速で渋滞に巻き込まれてトイレに行きたくなったら困るなぁと思えばどんどん我慢できなくなってくる。外は雨だし・・。気が付けば隣の車線のおっさんは車外に出て傘さしてタチションベンしている。まぁいざとなればそれも有りだとは思うけれど、私だけではないしなぁ。。

 ラッキーなことに少し行けばパーキングエリアがある。前の車はどんどん抜けてそこに入ってゆく。渋滞は動かないのだが、車が減って前に詰めて行くのでパーキングがどんどん近づいてくる。ということで無事パーキングに入ることができた。

 しかし、今年の大雪の時に高速で閉じ込められた人は困っただろうな。事故と違って待っていてもすぐには対応できないだろうし、燃料はなくなるは、腹は減るは、寒いはトイレは困るは、パニックだな。そんな時のための準備は必要かもなぁと思ったしだい。


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Author:あそびべのはる
画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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