あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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今日のアトリエ - 2014.08.31(ポケットの窓から)

はる 4804
 八月が終わる。昔は夏休みは八月いっぱいで二学期は九月一日から始まった。隣の餓鬼どももやっと静かになってくれるでしょう。年寄りばかりも寂しいけれど、餓鬼が多くなるとやたらとうるさいのが玉にきず。子育てに翻弄されている方々には頭が下がりますが、死んだような町に革命的な騒動を持ち込まれて、結構迷惑していますね。在宅の仕事なので余計にそう感じます。反対から見れば、隣の爺さんは口うるさい変人だということになるのかも。

 明日は恒例のボランティアで松本まで運転手です。ということでまた明日。


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今日のアトリエ - 2014.08.30(ポケットの窓から)
はる 4803
 明日で八月も終わりか。仕事は進まんなぁ・・。パソコンやってる場合ではないのだけれど、秋の個展のシーズンが近づいて来た。

10/7~10/12 西宮 ギャラリーSHIMA
11/15~11/23 甲府 ハーパーズ・ミル
12/22~12/27 銀座 ギャラリー惣

 大変だぁ・・。


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今日のアトリエ - 2014.08.29(ポケットの窓から)

はる 4802
今日も夜から雨になった。


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今日のアトリエ - 2014.08.28(ポケットの窓から)

はる 4801
 露骨に政治的な発言というのはこういう媒体ではあまり読まれない傾向があるけれど、そうだな3・11以降政府に対して批判的なメッセージを書くことが多くなったような気もするな。それはやっぱり放っては置けないという時代の警告者としての勘だと思う。この政府の言いなりになっていたら、結局昔のようにいいように誤魔化されて捨てられるのがおちだと思ったからだ。

 福島の現実は惨憺たるものだ。今なお何の罪もない多くの人が住み慣れた土地や仕事や家族と離れ離れになって、さらに放射能の恐怖にさらされている。たぶんもう昔には戻れない。これは決して他人事ではなく、今回は福島だったけれど、ひょっとすると私だったかもしれない。そう考えるとこのことは決して許してはいけない、忘れてはいけないことだということがよくわかる。この現実を棚上げして何をやっても日本はだめじゃないかと危惧する。そんな無責任な、いい加減な国が、何を大きな顔して世界に言えるんだ。だれ一人として罪に問われていない。責任をとっていない。これは日本人の大きな欠陥だ。

 戦前もかなり多くの人が戦争には反対していただろう、にもかかわらずいつの間にか大きな波に飲み込まれて破壊的な戦争に進んで行ってしまった。戦後になってあれは一部の軍部が悪いやれ軍事裁判だ縛り首だといっても始まらない。それこもこれもひっくるめて自分たちのあなた任せ体質が生んだものだ。暴走を許した責任の一端は普通の一般市民にもある。

 いったん時代がそういう風に回り出せば到底個人の力では止めることができない。それはたぶんこの間の理研のエリート集団と同じように一人一人は何だかおかしいと思っても、とても言い出せる雰囲気ではなくなってしまうのだろう。裸の王様みたいなものだな。

 今しなければならないことは、たとえ国が立ち行かなくなったとしてもわかっていることをぶちまけて、それでどうするのか国民に問いかけるべきだ。


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今日のアトリエ - 2014.08.27(ポケットの窓から)

はる 4800
 私は元来右でも左でもない。政治的にはどの政党にも属さないし、ノンポリだと自認している。リベラルに、何者にもとらわれない自由な発想を持ちたいとは考えているのだが、まぁ往々にして新聞やテレビの言う世論に左右される軽薄な一市民ではある。そのことをふまえて考えてみても最近のネットの中ではかなり右翼化しているように思うな。何の根拠もない自国の誉めそやしや他国を悪しざまに言う人々が多い。もっと怖いのがリベラルな発言が言い出しにくい状態になることだ。今ネット上ではそんな感じがしてきたな。非常に危ないなぁと思う。

 確かにどこの国でも一部の人はそう言った極端な活動家はいるのだろうけれど、決してすべての人たちではないということだ。たとえば日本でも右翼の人たちの軍艦マーチをボリュームいっぱいで流しながらアジテーションしているその映像だけを取り上げてこれが日本人の総体の意見だと思われると大違いで、彼らはごく一部の特殊な人たちだと言ってもそこだけしか知らなければなかなか信じてもらえないだろう。

 そうやって煽って何をしたいのか?まぁこれも特殊な人たちだろうけれど戦争したいんだろうな。市場の原理で言うなら、みんながみんな自給自足のような平和な世界では、欲そのものが物欲ではなくてどう工夫して生きるかという方向になってくる。そんな平和なのどかな世界では物が動かない、経済が成り立たない、儲けがでない、だからそうあってはならないのだ。いつも物欲を刺激して、欲しがらせて、欲求不満にして、いらないものを売りつけて、そのためには戦争だってなんだってする。平和なんて糞くらえ。ようするに誰かが企んでいるのだ。それにまんまとのせられている。

 マスコミというのは良くも悪くも絵になる、特殊な場面を好む傾向が大いにある。特に最近はそういったやらせ的な報道が多いように思うな。マスコミというのはまさに伝家の宝刀でどのようにでも世論を作ることができる。ナチスドイツを持ち出さなくても、時の権力者が真っ先にやることはマスコミを牛耳ることでしょうね。


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ポケットの窓から - 2014.08.26(ポケットの窓から)

はる 4799
 猫の後ろ姿さんに教えられたのだけれど、あるもので何とか工夫して暮らすというのを「ブリコラージュの実践」というそうだ。対極にあるのがエンジニアリング計画的に物事を進めるということだろうか。

 昨日の話の続きみたいなものだけれど、正確には自給自足ではないのだな。そんなに厳密に自ら作って何とかしようというのではない。もっとゆるい規制なんだな。ないものをねだるのではなく、あるものを徹底的に利用して工夫して暮らそうということじゃないかな。そこに創造性やイメージが入ってきて物を作ることが楽しくなるということのように思う。

 私たちが学生だった頃、「地球の上に生きる」というヒッピー生活の指南書があった。簡単な小屋の作り方とか家具の作り方、農作業やお金のかからない旅の仕方とか書かれていた。その中の最初の方に「満員電車に揺られて通勤するよりも森で木を切っていたい人へ」という呼びかけがある。(正確ではないかもしれません)このフレーズに結構感動したものだ。まぁあまり現実的ではないけれど、私などは憧れたものだ。あと、ソローの「森の生活」というのもあったな。

 あのヒッピーの文化もかたちを変えた「ブリコラージュの実践」ではないのかな。今ある場所で、出来うる限り、今手に入るもので何とか工夫して暮らすというのが、とにかく一番カッコいいと思うのだけどどうだろうか。

 眠くなったのでまた明日だな。


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今日のアトリエ - 2014.08.25(ポケットの窓から)

映画『ハッピー・リトル・アイランド 長寿で豊かなギリシャの島で』予告編

自給自足ほど自遊で愉快な生き方はない
頭でっかちより体で考える場所が田舎です
田舎は貧しい?とんでもなく最幸です!
外から見るのと中からみるのとでは真逆です
グローバルスタンダード崩壊の危機からローカル回帰へのWORLDSHIFT
最終的には“なんでもやっちゃう人”ありきです!
- 西口 和雄(一般社団法人上山集楽代表理事/NPO法人英田上山棚田団理事)



はる 4798
 けっこう我が国は末期的な症状なのかもしれないなぁ。経済的にはまだ少しは余裕があるみたいだけれど、ここんところの貿易赤字や国債の累積赤字などを考えるとそう安穏とはしていられない。今まで絶対的に強かった日本製の工業部門も韓国や中国にしてやられているし、そもそも老人国家になって働き手が少なくなって養っている老人が多すぎる状態だもの、ここ10年の動向をみれば国全体としてこのままではどうにもならんなぁと思うわけだ。

 他国をたたいて自国を褒めて奇妙な優越感に浸って闘争心をあおってみても、ひとつ前の時代に戻るだけで、そうなると結局後追いの新興国に負けてしまうだろう。どうあがいてもこれから我が国は老人国家になってゆくわけだ。そこのところをふまえて考える必要がある。まして戦争などしている場合じゃない。

 新しい価値観というのかもっと通俗的にいうなら「どう生きるのがカッコいいか」というそんな人生の指針が欲しい。

 個人としても、国家としても自給自足ってかっこいいと思うな。もういちどそこらあたりに戻るべきじゃないかな。そういった方向をめざそうよ。


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ポケットの窓から - 2014.08.24(ポケットの窓から)

はる 4797
 
家の湯沸しはこの鉄瓶です。これがやたらと重いのですですが、沸かしたお湯が上手いので許してあげます。後ろにあるのは近江の水屋箪笥です。実家の関西に 車で帰った時に近江八幡で値切って買ったものです。古いものはそのままでは少し使いづらいですね。適当にアレンジする必要があります。家もそうです。戦後 の安普請の家なので、こんなものでボロ隠しでもしないと格好がつきません。どう棲むかというのは、生き方と同じだと思います。

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天満敦子ヴァオリンリサイクル - 2014.08.23(ポケットの窓から)


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Atsuko Tenma - Balada Porumbescu

はる 4796
 天満敦子生「望郷のバラーダ」聴いてきた。結構感動的だった。最近は細い華奢な見目麗しい演奏家が多いなかで、天満さんは堂々とした立派なおばちゃんだ。手なんかグローブぐらいある。その大きな手から紡ぎだされる音は非常に情緒的で繊細で美しい。天満さんのこのバラーダを知ったのは何時ごろだろうか。定かには覚えていないけれど、確かラジオから流れてきた哀愁のあるメロディが心を打った。それと、彼女自身がヨーロッパを旅して望郷の念に駆られたときにこの曲と巡り合ったという逸話。
 何年か前から自分の個展では彼女の「バラーダ」を流すことが多くなった。その生バラーダを今日初めて聴いた。


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ポケットの窓から - 2014.08.22(ポケットの窓から)

猫の後ろ姿 「種まく人」の精神史 山梨県立美術館

はる 4795
 山梨県立美術館でミレーの生誕200年を祝って「ミレー展」を開催している。ミレーそのものにそれほど興味はないし、もう何度も観ているのであらためて見る気もしなかったのだが、今回知り合いが↑のお題で講演をするということで聴きに行った。

 「種をまく」という画題がどこからきているのかというような事を中心に話が展開していってわかりやすい内容で面白かった。最後の宇宙に星のタネをまくというのが、一神教などという一つの小さな教義にとらわれない、もっと大きな世界観を感じさせて東洋的な宇宙観と共通するものを感じた。

 ついでと言えば失礼ですが、企画展の方も久しぶりに拝見しました。ミレーというと「農民画家」というイメージがありますが、やっぱり農民の日常風景とか生活、それからキリスト教というより自然宗教のような大地礼賛のような原始的な信仰心を感じさせる絵画に我々にも理解できるものを感じる。まぁそれ故に日本人に異様に好まれる作家なのかなぁと思った。

 


 



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夢のつづき - 2014.08.21(作品)


夢のつづき
F8 2014 出来立てのほやほや


榎並 和春さんが金 斗鉉さんの写真をシェアしました。
金 斗鉉さん
https://www.facebook.com/kim.tougen
8月9日
その通りですね。みんな居もしないお化けを怖がっているようです。根拠のない優越感や他国を貶めることは簡単に賛同を得られますが、お化けを作るのに利用されやすいですね。同じ想像するならお化けより、レノンの「イマジン」の方がいいですね。「お化けだ
!」「鬼だ!」というアジテーションに乗らないようにしたいですね。私にもお化けを怖がるところがありますから・・。


 わたしの母は日本人です。1972年ころ入国管理事務所から親切にあなたの母は日本人なので、日本国籍が取れますと言われました。その後口けんかで
終わるのですが、その経緯は入管の方が、日本と韓国が戦争になったらどっちにつきますか?という ばかばかしい質問に若い私は切れました。とちらかに つくのではなく戦争を止めます。と答えました。

その後、国籍を変えずにいます。私の父は韓国人で母は日本人でそれがあるがままの自分です。韓国では日本人の悪口を言われると不愉快になるし、日本で韓国の悪口を言われるときも同じですね。ヘイトスピーチには胸がさけるような痛みを感じています。彼らを責める前に在日として日本を愛する気持ちを大事にすることから始めたいです。

入管の方は悪気があったわけではありません。きっと、良かれと思ってのことでしょう。

互いに信頼関係をつくらず、韓国や中国では日本がワルモノで、日本では中国や韓国がけしからんというお化けを作っている根底には、臆病でありすぎる原因もあるのでは、と思ったりします。隣人と平和を築くことのすばらしさより、相手にやられるという恐怖が人々を戦争へと駆り立てるのではと考えています。私の親友に右翼の人も多くいます。韓国の事は気にいらないらしいですが、私とは親しいのです。一人一人はやさしい方です。しかし、彼らはいいます。「敵がせめてきたら、ペンでは防げますか?」私はその都度首をかしげます。「何で敵を作りたいのですか?」私は日本国籍をもっていませんが、母の国の日本の良さも沢山しています。韓国の良さも、、、しかし、歴史認識のズレは大きいな過ちを犯します。互いに口汚くののして、すっきりしたつもりになってはいけないと思います。ひとりひとり近づいてみれば、お化けでも鬼でもない人の顔が見える筈です。


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ポケットの窓から - 2014.08.20(ポケットの窓から)

はる 4793
 今日歩きながら思った、あと50年生きたらきっと素晴らしい絵が描けるだろうけれど無理な話だな。どうも絵描きというと綺麗なねーちゃんばかりがもてるんだけど、コレクターのニーズがそこにあるからどうしても需要と供給の関係でそういった絵が求められるのかな。まぁわかりやすいと言えば一番わかりやすい。私が人物クロッキーが面白いと思って続けているのと似ているのかな。あれもいくらやっても上手くならない、切がない。

 さて、今日も暑かった。また明日。


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ポケットの窓から - 2014.08.19(ポケットの窓から)
水爆実験 60年目の真実 ~ヒロシマが迫る"埋もれ... 投稿者 tvpickup



はる 4792
 上の動画は今年(2014・8/6)の放送です。期せずしてか意図的にか、なかなか示唆に富んでいる。60年前のアメリカの核実験の被ばくの調査結果がメインの番組ですが、見方を変えると今の原発事故 被ばくと同じように見ることができます。お上は影響を極力隠します、なぜなら大変な補償をしなければならないから、責任がとれないから、もっと先を読むと アメリカの意向があるように思うな。

 これから数年後、かなりの確率で病気や他の疾病で亡くなる方が多くなるでしょう。お上はそれが原発事故と因果関係があるとは絶対に認めないでしょう。そのためには出来るだけ放射能を全国に拡散した方がいいのです。


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正しい知識? - 2014.08.18(ポケットの窓から)

http://dwl.gov-online.go.jp/video/cao/dl/public_html/gov/pdf/paper/kijishita/ph624b.pdf
はる 4791
 今日の朝日の全面をつかった政府広報。こんなんありなんだな。いよいよ大本営発表みたいな感じだな。新聞もこうやって金払えばなんだって載せられるというのはどうなんだろう。時の権力の広報宣伝に利用されちゃ「天下のご意見番」の意味ないじゃん。

 色々批評めいたこと書いたけど消しちゃった。自分で読んで判断してみてください。


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裸婦クロッキー14/8/17 - 2014.08.17(ポケットの窓から)



カテゴリ・裸婦クロッキー
今までのクロッキーをすべて見ることができます。

http://blog.yanagi.com/archives/51449556.html  より
、、、、
美術の世界であっても、お金が稼げるからとか、絵が上手だから絵描きになったという人と仕事をしても上手くいきません。命がけで伝えたい何かを持っている人でないと、後世に残る絵は描けないし、それに答えるためには、画商もその覚悟をもって仕事にあたっていくことが求められているのだと思っています。そうすれば、本気で絵を購入するお客様との出会いもあるのだと信じています・・・

はる 4790
 この柳画廊の奥さんのブログは時々読んでいる。巷に画廊と名のつくアートスペースは多いけれど、本気になって絵を売って行こう、ビジネスとして成り立たせてゆこうとする画商さんは何人いらっしゃるのでしょうか。



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今日のアトリエ - 2014.08.16(ポケットの窓から)



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ポケットの窓から - 2014.08.15(ポケットの窓から)



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はる 4788
 昨日が地域の町内会の夏祭りだったのだけれど、雨だったので今日に順延になった。私は駄菓子屋のおっさんになって三回百円の店番をする。子供相手だけれど結構人気があってひっきりなしにガキが来る。昔は子供がくれば引きつっていたけれど、最近は可愛いと思うから歳を取ったということだろう。

 今年は町内会の文化部の部長までやっていて、公民館で町民文化祭を取り仕切ることになっている。町内の人は私が絵描きであるというこなどほとんどの人は知らないし、興味もない。他を圧倒する馬鹿でかい絵も出さないし、だれでも描けるようなへたくそな絵を出品するので、趣味で絵を描いている近所の爺さんぐらいには思っているかもしれない。それでも全然かまわない。

 そんなところで絵描きの先生などと言われる方が恥ずかしい。出来るだけ目立たないで普通に暮らせればいいと思っている。


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今日のアトリエ - 2014.08.14(ポケットの窓から)

はる 4787
 数はかなりそろってきたけれど、気に入った作品はほとんどない。何回かぐるぐる回しながら気にらない作品は省いていく。だから最終的には半分くらいになる。省いた作品は潰されて上から絵の具を塗られたり、布を貼られたりしてまた戻ってくる。いままでに、気にいらなくて捨てたことはないので、いずれは気に入った作品になるはずだ。そう願いたい。

 子供の頃、歌というのは例えば小学校唱歌や流行歌のようにプロの作詞家と作曲家と歌手がいて初めて成り立つものだと思っていた。だから唱歌などは難しい昔の言葉だったりして意味不明なことがよくあった。いまでもたぶんそうだろう。

 自作自演で有名だったのは平尾昌明くらいでそれ以外にはほとんどいなかった。歌謡曲の場合、プロの作詞家が作る詩は良くも悪くも商業的で、惚れた別れた恨んだみたいな詩が多くて次から次と消費されるだけのものだという気がした。まぁそのことに特別疑問を感じてはいなかったけどね。

 そのころ盛んに聞いていたのはグループサウンズだな。彼らは若くて自分たちと年代も近く、歌っている詩も共感できる内容が多かった。今までの流行歌とは俄然違った。その中で自分たちで作詞作曲する人がぽつぽつ出てきた。そのころビートルズがやってきた。そんなに好きで聴いていた訳ではないけれど、自作自演で毎回実験的なアルバムを出してゆくという、「表現者」としての歌を初めて聞いた気がする。

 今ではシンガーソングライターは極普通にいる。自分で自分の気持ちを歌うのだから気持ちはダイレクトに表現されるわけだけれど、表現者として生き様を投影している歌手はどれくらいいいるだろうか。

 学生で絵を描いていたころ感じた疑問はこのことだ。なぜ自分の気持ちをストレートに表現できないんだ。してはいけないのか?ということだな。まぁ歌で言うなら、上の小学校の唱歌とかもうすでにある古今東西のすぐれた歌を復習しているみたいなものだ。むろんそこにも十分な表現の要素は存在するのですが、微妙は違いはなかなか分からない。

 眠くなったので結論を書くと、絵描きはもっと自分の気持ちを表現することを考えるべきだ。未だにプロの作詞家や作曲家の作品をなぞっているだけの作品が多い。気が付かないならそのままでいてください。競争相手は少ない方がいいのでね。


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今日のアトリエ - 2014.08.13(ポケットの窓から)

はる 4786
 広島の原爆の日に、どこかでサトウサンペイさんの四コマ漫画をみた。これがなかなか鋭い着眼だったので、あぁこれをブログに書こうと思って忘れてしまっていた。で、何気に今日思い出したのはいいが、どうも半分しか覚えていなくて気になって仕方ない。

 「リメンバー パールハーバー」だけ覚えていたので、「さとうさんぺいリメンバーパールハーバー」で検索したら出てきた。これもすごいな。内容は下のリンクで読んでくださいな。
http://d.hatena.ne.jp/panojikara/20110806/1312594765

 英語の教養が薄いので間違えているかもしれませんが、お上が民を戦争に引きずり込もうとする場合に世論をそちらの方に持って行くやり方としてよく使われるのがこの「リメンバーパールハーバー的」なことだ。嘘か本当かまことの事はわからないけれど、太平洋戦争にアメリカ国民を巻き込むために事前に情報は知っていたけれど、真珠湾の攻撃を利用したという話を聞く。

 かの国でも未だによく使われる。日清戦争の屈辱を忘れるな。韓国併合を忘れるな。臥薪嘗胆(屈辱をわすれないために苦い胆をなめてその思いを新たにすること)。確かにやった方は簡単に忘れてやられた方は憎さ百倍で忘れることなんかできないというのはよくわかるし、確かに我々は相当悪いことをしてきたことは確かなことだろう。その責任を問うことは別問題として。

 イスラエルとパレスチナの争いも負の連鎖は人類が存在する限り続くのではないかとさえ思う。あれが悪い、これが悪い、お前のやったことは忘れない、子々孫々まで恨んでやる。皆殺しだ、、とやれば同じことの繰り返しなんだな。人間とはなんと罪深い生き物だ。なさけない。

 日本が戦争に負けた時「あぁもう戦争はこりごりだ。二度と戦争はしたくない」という気持ちが憲法九条を産んだ。たぶんすべての国民がもろ手を挙げて賛成したと思うんだ。ノーモア戦争だったんだ。これは理想なんだと思う。かなわないかもしれないが、恒久の平和を希求する世界中の人々が心の底から叫ぶべきだ。

「ノーモア広島」「ノーモア原発」「ノーモア戦争」


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今日のアトリエ - 2014.08.12(ポケットの窓から)

はる 4785
 一昨日かな台風が西日本を縦断して大雨を降らせた。こちらは今回はそんなに大きな被害はなかったけれど、けっこう雨は降った。少し前に二階の屋根にテラスをのせた部分から雨漏りして、大変だったことを書いた。雨漏りはそのメカニズムがまるっきりわからない。瓦が割れてそこから雨がしみ込んでというのであれば簡単なのだが、古いトタンぶきの場合よくわからない雨の漏り方をする。

 風呂に入ろうとして床がぬれているのに気が付いた。よく地下鉄の構内で雨漏りの処置をしてあるのを見かける。こういったものも気が付く人とつかない人がいると思うのだが、あれなんかも原因を探って元を断つなどというようなことはできない。ひたすら雨水を集めて一定の場所に流す処置をするしかない。家の雨漏りの場合はそれほど複雑ではないが、簡単ではない。

 古い家はいずれ何処からか雨が漏る。どう対処するか。屋根屋さんを頼むとたぶんもうすべて葺きなおすということになるのじゃないだろうか。そんな余裕はもちろんないわけで、お得意の自分で何とかするしかない。家などというものは自分で何とかできるものだ。そうやって対処しながら生きてゆくしかない。

 昨日屋根に上って何年か前に同じように雨漏りした部分のコーキングをすべて外して新しくコーキングしなおした。とりあえずバケツ一杯の水をぶっかけても漏れなかったのでそれで様子を見ることにした。正確には実際に雨が降るまでわからない。

 今日の明け方雨音で目が覚めた。急いで現場検証する。とりあえず雨漏りは止まっているようだ。安心してまた寝た。

 


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今日のアトリエ - 2014.08.10(ポケットの窓から)


被爆者代表・城臺美彌子(じょうだいみやこ)スピーチ 【平和への誓い】 長崎被爆体験者

後半のくだりはアドリブだそうです。この人はすごいなぁ。堂々と自分の意見を言い切った。最後まで聴いてみてください。昨年のコピペの誰かさんとはあきらかに根性が違う。誰かを敵に仕立て上げることで戦争は作られる。

イマジン ジョンレノン
You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one

「僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
そして世界はきっとひとつになるんだ」

◆被爆者代表「平和への誓い」全文

1945年6月半ばになると、一日に何度も警戒警報や空襲警報のサイレンが鳴り始め、当時六歳だった私は、防空頭巾がそばにないと安心して眠ることができなくなっていました。
8月9日朝、ようやく目が覚めたころ、魔のサイレンが鳴りました。
「空襲警報よ!」「今日は山までいかんば!」緊迫した祖母の声で、立山町の防空壕(ごう)へ行きました。爆心地から二・四キロ地点、金毘羅山中腹にある現在の長崎中学校校舎の真裏でした。しかし敵機は来ず、「空襲警報解除!」の声で多くの市民や子どもたちは「今のうちー」と防空壕を飛び出しました。
そのころ、原爆搭載機B29が、長崎上空へ深く侵入して来たのです。
私も、山の防空壕からちょうど家に戻った時でした。お隣のトミちゃんが「みやちゃーん、あそぼー」と外から呼びました。その瞬間空がキラッと光りました。その後、何が起こったのか、自分がどうなったのか、何も覚えていません。しばらくたって、私は家の床下から助け出されました。外から私を呼んでいたトミちゃんはそのときけがもしていなかったのに、お母さんになってから、突然亡くなりました。
たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなり、たとえその時を生き延びたとしても、突然に現れる原爆症で多くの被爆者が命を落としていきました。私自身には何もなかったのですが、被爆三世である幼い孫娘を亡くしました。わたしが被爆者でなかったら、こんなことにならなかったのではないかと、悲しみ、苦しみました。原爆がもたらした目に見えない放射線の恐ろしさは人間の力ではどうすることもできません。今強く思うことは、この恐ろしい非人道的な核兵器を世界中から一刻も早くなくすことです。
そのためには、核兵器禁止条約の早期実現が必要です。被爆国である日本は、世界のリーダーとなって、先頭に立つ義務があります。しかし、現在の日本政府は、その役割を果たしているのでしょうか。今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじる暴挙です。日本が戦争できるようになり、武力で守ろうと言うのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではないですか。日本の未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください。
福島には、原発事故の放射能汚染でいまだ故郷に戻れず、仮設住宅暮らしや、よそへ避難を余儀なくされている方々がおられます。小児甲状腺がんの宣告を受けておびえ苦しんでいる親子もいます。このような状況の中で、原発再稼働等を行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未知数です。早急に廃炉を含め検討すべきです。
被爆者はサバイバーとして、残された時間を命がけで、語り継ごうとしています。小学一年生も保育園生も私たちの言葉をじっと聴いてくれます。この子どもたちを戦場に送ったり、戦禍に巻き込ませてはならないという、思いいっぱいで語っています。
長崎市民の皆さん、いいえ、世界中の皆さん、再び愚かな行為を繰り返さないために、被爆者の心に寄り添い、被爆の実相を語り継いでください。日本の真の平和を求めて共に歩みましょう。私も被爆者の一人として、力の続くかぎり被爆体験を伝え残していく決意を皆様にお伝えし、私の平和への誓いといたします。
平成二十六年八月九日
被爆者代表 城台美弥子

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今日のアトリエ - 2014.08.09(ポケットの窓から)

はる 4782
 最初に貼った綺麗な布はもうすっかり絵の具などに覆われてその面影もない。何のためにきれいな色味の布を探して貼りこんだのか意味不明。しかし、ここまで汚してこないと何となく自分でないような気がするんだなぁ。だからといって綺麗な色が嫌いなのではない。

 一つ一つは汚れたドドメ色なんだけれど、全体というのかトータルで観れば色んな色味の調和を感じてもらえると思う。どういうことかと言えば、三原色を適当に混ぜれば色味は消えて暗いグレーになる。このグレーはただのグレーではなくて、すべての色を含んだグレーである。故に白と黒で作ったグレートは全く深さにおいて違う。そういったことじゃないかとかってに慰めている。

 ちなみに絵の具の色味は極力少なく抑えている。なぜかと言えば色気がおおいと混乱してしまうからで、これもなかなか意味が深いなぁ。理論的には三原色と白と黒ですべての色が出来ている。実際はそんなに単純ではないのだけれど、せっかく絵の中に一つの宇宙を創るのであれば、物事の最初に戻って基本通りのこれ以上細かく分けられないオリジン(源泉)から始めたいと思うからだ。

 ここからは少し飛躍する。ビックバンが終了して原始の世界が現れる。何の意味もないただの素粒子が集まって原始的な元素を作る。そんな元素がぶつかったりくっついたりしていくつかの意味ある分子が出来る。けれどもまだ何ごとも起きない。やがてそんな分子が溜まって濃縮されたスープができる。これでもまだ何事も起きない。何万年もそんな状態が続いて、ある時どこかの星が爆発して突然変異的な素粒子が天から降ってきてその濃縮されたスープに降り注ぐ。偶然と偶然が重なってたまたま一つの有機的な細胞が生まれる。やがてそれは爆発的に増殖して生命体が生まれる。命がうまれる。


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今日のアトリエ - 2014.08.08(ポケットの窓から)

はる 4781
 何だかおかしいな。朝日の慰安婦の件。この問題にはあまり首を突っ込みたくないけれど、ネット上では慰安婦そのものがでっち上げ、嘘八百のような騒ぎよう。強制されたかどうかは知らないけれど、戦前の軍隊のやっていたことは今の常識では考えられない野蛮な組織だったことは疑いようがない。それは日本がというより、軍隊という組織、戦争という極限では人間は何でもしてしまう、平時のモラルなど簡単に消し飛んでしまう恐ろしい事なんだということを、くれぐれも後世に伝えておかなくてはならない。我々はそんなに高尚な意志強固な人間ではない。命を脅かされれば簡単に踏み絵を踏んでしまうのだ。

 それよりも何よりも怖いのは、わからないことをいいことに何でもかんでも正当化することだ、根拠のない優越感や、他国を貶めることだ。確かにその方が気持ちいいし、勇ましかったりする、ある意味連帯感も得られやすいけれど、これほど危ないものはない。戦前の大本営や今の隣国をみれば分かるだろう。それを利用して一気に世論を誘導して行く。今回の件がそんな新聞たたきに利用されなければいいと思うのだ。


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今日のアトリエ - 2014.08.07(ポケットの窓から)

はる 4780
 私が使う道具類は画材店で購入するものは少なく、ホームセンターあたりをうろついてこれは使えそうだと思ったら値段と相談して購入する。大体が使い捨てになってしまうので、そんなに高級な道具や画材はない。

 今回も画面を荒らすサンドペーパーに代わるようなものを探していた。サンドペーパーでは目が細かすぎて目詰まりする。アルミのタワシはこれまた強すぎてせっかくコラージュした布がはがれてしまう。ちょうどいいのがスポンジにスチールが織り込まれているタワシだった。これだとちょうどいい。

 ところが家にあったものがボロボロになってきて新しいものを購入するつもりで色んなホームセンターを物色したけれど、同じものがない。ならばネットで購入すればいいやとおもって早速家に帰ってネットで検索してみた。

 間違いは誰にでもあるけれど、私はネットショッピングには懐疑的で今までほとんど使ってこなかった。お金のやり取りがカード決済というのも気に食わないし、代引きにすれば350円、それに別途送料が600円ほどかかる。まぁ1000円上乗せと考えればいいことなんだけれど、それ以下の品物ではもったいないよな。タワシは一個400円ぐらいだし。

 ということで、色々探してみたところ「送料無料」というのを見つけた。これはいいと飛びついたのが敗因だな。結論を言えば詐欺に引っかかったということだ。ちらっと詐欺でもいいか、安いもんだしと思ったところが原因だ。何でもただ安いというだけではないのだ。振り込み先の名前が日本人ではなかったので、あぁやばいかなと思ったんだけど、後の祭りだな。

 それにしても、引っかかる方も馬鹿だけど、どうしてそんなことで稼ごうとするかな。人をだましても何でも稼げばいいというのは人格が崩壊していないか。世界的にみる、みんなが好きなグローバル化で観るなら、我々のような性善説で世の中を見る方が甘いのかもしれないが、人を疑ってかかる方がスタンダードなのかもしれないが、だから日本人はガラパゴスなどと言われるのかもしれないが、「日本人はちょいもんだ」とほくそ笑んでいる奴らを想像すると頭に血が上る。けっして彼らがすべてそんな奴らだとはいわないけれど、多くの詐欺サイトは中国人のサイトらしい。調べてみて初めて知った。

 このサイトを晒しておきます。同じような被害にあわないように、注意してください。なかなか巧妙に出来ています。本家本元のサイトは新潟のまっとうな通販サイトです。それと同じようなダミー詐欺サイトになっています。閲覧するだけなら何事もおきません。飛んで比べてみてください。

 本家本元サイト
 http://store.shopping.yahoo.co.jp/kitchenmarket/

 ダミー詐欺サイト
  http://ouzhoubeiquanxunzhibo.nsylc88.com/


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今日のアトリエ - 2014.08.06(ポケットの窓から)

はる 4779
 六十を過ぎると色んなものが見えてくる。寂しいけれど、たぶんもうとんでもない成功とか大化けするというような事が期待できないというようなことと関係しているのだろうか。自分の限界みたいなものが見えてくる。失ってしまったものの大きさにも気が付く。時間がない。

 それと引き換えに、見えなかったことが段々に見えてくる。絵に関していえば、自分の絵以外は一目見るといいか悪いか分かる。多くの人は何を間違えているのだろうと不思議に思う。

 今日も暑かった。仕事ははかどらない。


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汚染地図 - 2014.08.05(原発)
anone2s.jpg

「あのネ」 2013 f6
福島第一原発からの放射性物質の拡散・汚染がよくわかる汚染地図である。
この汚染地図を見て、居住や食品の摂取などで注意しよう
政府は、国民を汚染させ放題なので、自分で自己・家族が被曝しないように気をつけるしかない
政府の言う「当面安全」、「風評被害」は危険の裏返しだ
放射能汚染地図-群馬大学早川教授作成
http://www.kananet.com/fukushima-osenmap/fukushima-osenmap2.htm






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今日のアトリエ - 2014.08.04(ポケットの窓から)

はる 4777
 子供の頃、日本はまだまだバンカラ(封建的)な雰囲気が残っていて、変に武勇を誇る輩も多かった。いつの頃か段々に軟派が増えてきて、草食系などといって羊の顔を臆面もなく晒していますが、たぶん一皮むけば昔のオオカミが出てくるのだと思う。世界中で一番強かった軍隊というのは言い方を変えると一番野蛮で冷徹だった軍隊だったということでしょう。上の者には絶対服従、そうでなければ軍隊などいう単純な組織は成り立たない。

 この「自分より下の者は無視する」という目線は今でもそこかしこに見かける。たぶん戦争の悲惨さを上手く伝えてこなかった、何事も先送りにする本質的な解決をしてこなかった弊害がこんなところにも出てきているのでしょう。
 今のお上は戦争をしたくて仕方ないようですが、軍隊は人民のためには動かない、犠牲にするだけだということを肝に銘じておかなくてはならない。

 先の戦争で亡くなった多くの人は敵との戦闘で亡くなったのではなく、飢えと病気で亡くなった方が大半だということ。そのことの意味は凄く重い。要するに戦争になれば国民の命などほとんど考慮しないということだな。日本人を救うためになどと綺麗ごといってた人がいたけれど、まるっきりの嘘だ。

 もう一つは、侵略戦争、敗戦、高度成長、バブルの崩壊、震災、原発の崩壊、憲法の解釈、みんなつながっているように思いますね。結局だれも責任を取ってこなかった。罪というのかそれを変な感情的な苦労話とか美談みたいなものに転化してしまって、本当にどうしてこんなバカげた自殺行為に国民全体が巻き込まれてしまったのか、そのことをしっかり検証してこなかった。

 だからまた同じような原発の事故が起きても誰も責任をとらず、うやむやにしてしまうことになる。国民はほとんど馬鹿にされて無視して捨てられるのだな。だめなことはわかっているのに止められない、どんどん深みに入ってしまう、行き着くとこまでいかなければ止まらないというのは先の戦争と似ている。似ているけれど決定的に違うのは行き着くところは人類の滅亡でしかない。

 人類が少しでも長く生き残るために戦いは止めよう。武器は捨てよう。原発は廃棄しよう。



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山梨へ引っ越しませんか - 2014.08.03(ポケットの窓から)

はる 4776
 今日は絵の仲間が河口湖に画廊をオープンしたというハガキがきたので、お祝いを兼ねて行ってみることにした。山梨に住んでもう40年近くなるなるけれど、自分の住んでいる周り以外はほとんど知らない。大体が出不精だな。出かけないで済むならそれにこしたことはないという主義なので、興味も薄い。

 ここだけなのか、どうやっても地元びいきみたいなところがあって、出身の中学校や高校を聞かれたりする。大学に入学して最初に聞かれたのがそのことだったので驚いた。まぁそれだけ地元に密着した学校で仲間意識が強いということで、悪くすれば身びいきにつながる。徒党を組みやすい体質がある、良くも悪くも田舎とはそんなところだ。

 さて

 三年前、原発が爆発して都内で小さな子供さんを育てている方からこちらに移住したいから住宅を紹介してほしいという連絡があった。普通私はそれほど親切でもないし、知らない人のお世話をするほどおせっかいでもないのだが、あの時は切羽詰まった時期でもあったし、どこか共鳴することろがあって、県の施設や知り合いのアパートを何件かあたって紹介した。

 でまぁちょうどいい物件が見つかって引っ越しすることになって、その後色々とお付き合いすることになるのだが、旦那さんが通勤しないでも自宅での仕事が主流であるということ、月に何回かは東京に出かけなければならないということ、そして大事なのは山梨が東京近郊のわりには比較的に放射能の汚染が少ないということ。そんなことが移住の決め手になったのだと思う。

 今そんなことを言えば他人の不幸を逆手にとってと怒られるかもしれませんが、いろんな条件を考えると子育ての時期だけでも山梨に移住するというのもいい方法じゃないかと思う。東京にも近いので条件さえそろえば通勤は無理かもしれませんが、家族をこちらに避難させて、自分は週末に帰るというようなこともできるのではないでしょうか。人口減に悩んでいる地方の活性化にもなるきがするが、考えてはみませんか?


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今日のアトリエ - 2014.08.02(ポケットの窓から)

はる 4775
 下地がほぼ出来上がってきたので、すこし形を見つける仕事に変わってきた。物として存在としてもうすでに美しいように思うが、どうでしょう?


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- 2014.08.01(作品)


「あのネ」 F6 2013

はる 4774
 八月になった。
 
 月初めに雑感としてこのブログのテキスト部分だけを一か月分抜き出してメールで配信している。今日配信した雑感が雑感215号で、もう12年続いている。ちなみにどんな感じなのか最初の部分だけ載せます。

 一か月分まとめて読むことができます。もちろん無料です。受信希望するかたは下記に名前とメルアド「メルマガ希望」とだけ書いて送ってください。

http://enami.sakura.ne.jp/osirase.htm

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
雑感215
 こんばんは。もう今年も八月になってしまいました。お盆さんの迎え火だとか送り火などの風習がいつからあったのか知りませんが、亡くなった人をしのぶという風習はどんな民族にもあるのでしょう。お盆さんが何となく身近に感じられる今日この頃です。

 さて、今回も雑文を送ります。何だか同じようなことを書いてと叱られるかもしれませんが、まぁそれもこれも私の生き様ということで勘弁してください。

 八月九月は個展がありません。少し集中して作品を作ります。秋以降の発表をお楽しみに。では。


7月31日 (木)
はる 4773
 今日はこれを書こうと思っていたのだが、まるっきり忘れてしまった。何だったけなぁ、、。まぁいいやまた思い出したら書くことにいする。

http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2011/08/post-3529.html

 このきっこのブログを読んで欲しい。・・・・・・・・・・


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