あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ポケットの窓から - 2014.04.29(ポケットの窓から)

Angelina Jordan - Fly Me To The Moon - Norway - 2014


Amazing seven year old sings Billie Holiday/I'm A Fool To Want Y

はる 4680
明日はまた朝から東京です。しかし、困ったことに連休のため、いつもの割引券が使えません。通常の料金で往復すると1.5倍ほど料金がかかります。ですから仕方ないので高速バスで往復します。バスもたまにはいいのだけれど、時間がかかるしということと、交通事情によって到着時間が読めない時がある。確実性がないので少々不安。しかし、そんなことも言っていられないからね。そろそろギャラリートークの準備もしなきゃね。

明日はまた朝から雨のようだ。

上の動画のジャズヴォーカルはすごい。昔、ビリーホリディーのヴォーカルを聴いたときと同じ感動がある。彼女は七歳だというから恐ろしい才能だ。


comment(0)

ポケットの窓から - 2014.04.28(ポケットの窓から)
はる 4678
 こういった地方都市に住んでいると、車がないとほとんど生活ができない。どこに行くにも車で出かける。それ故に広い駐車場があるコンビニかファミレス以外はなかなか繁盛しない。郊外型の広大な敷地に広大な駐車スペースをとって集客するイーオンみたいな疑似的な街が好まれるようだ。

 私の住んでいる町に「ココリ」という鳴り物入りで県と市が町中活性の目玉としてぶち上げたビルがある。このビルの前にはそこそこ流行っていたファッションショップがテナントとして入っていたのだけれど、県と市は活性化のためにあえてそのビルを壊して新しい20階建てぐらいの上層階はマンションにして中ほどに県の宝石関係の学校をわざわざ持ってきて、地下と一階と二階の部分にテナントを募集したのだけれどほとんどだれも入らず、オープン当時から場末感、スラム化が案じられた。

 この新築の廃墟ビルをぶったてた行政の責任は大変重い。だれが計画してどのように運営して行くのかという計画もなく、ただただ机上の空論でこんなとんでもないお荷物を又しても作ってしまった。だれが責任を取るのだろう。たぶんこのままだれも責任を取らないでそのまま終わってしまうのだろうな。だれも文句も言わない県民性も問題だな。これはここだけの話ではないね。日本全国同じようなことが行われているのではないかな。

 原発なんかもこんなどうしようもない、親方日の丸会社とよく似ている。作るために作る。そうやって予算が立てられて、多くの人がそれによって食べてゆく。生活がかかってくるから止められない。昔はそんなものなくても自立して生活できていたはずなのに、百姓は農業して漁師は魚を取って生活していたはずなのに、いつの間にか関連の施設からお金をもらってそれで生きてゆくことになる。骨抜きになってしまう。だれも止められない。

 補助金とか何とか予算とか財団とか機構とか、バブルの頃に作られたそんな組織もみんな皆アジャパーなんちゃって組織だ。ただでお金が入ってくる組織なんていうのはシャブ中みたいなものだ。だれも自立できなくなって捨てられておしまいだ。

 今日ココリに用事で出かけて何も変わっていないのに唖然とした。幸せな日々だ。


comment(0)

ポケットの窓から - 2014.04.27(ポケットの窓から)
山口画廊個展DM
はる 4678
 今日は午前中に山口さんが絵を取りに来た。普通地元以外で展覧会をする場合、かなりしっかり梱包して宅急便で送る。絵の額装も面倒だけれど、入れ替えて梱包して送るという手順もなかなか面倒だ。山口画廊の場合、彼が直接取りに来てくれて送り返してくれる。梱包しないでそのまま渡せるのですごくありがたい。大御所ならいざ知らず、こんな画廊は他にない。何とかそれに報いたいと思う。いい絵を描くそれしかないのだけれど。
 
■2014年 5/3(土)~5/23(金) 火曜日休廊
  5/10,11作家在廊
第69回・榎並和春個展
個展タイトル「いったりきたり4」
千葉・山口画廊

千葉市中央区春日 2-6-7 春日マンション 102
Tel.&Fax. 043-248-1560

comment(0)

イメージの力 - 2014.04.26(ポケットの窓から)

はる 4677
 帰宅しました。今回は審査が主で、あと諸々の雑用が年一回全国から会員が集まってくるのでそれに合わせて執り行われる。

 団体展に出品している以上、是が非でも成員になりたかった。構成員と非構成員とでは気分的にまるで違う。なったからと言って何の特典もないのだけれど、自分の中に一つの確信ができるということかな。絵描きなど明日からでもなれる。「私は絵描きです」と言ってしまえばそれで済むことだ。何の規定もルールもない。だからこそ何か自分の中で納得できるものが欲しいのかもしれんな。情けない話だけれど。多くの人はそうだと思う。

 後はオープンの前日に4/30に陳列のお手伝いに出る。これもまぁ誰かがやらなきゃならんわけで、出品料出してるから当然飾ってもらえるというわけではないのだ。誰かが儲けているわけではないのでね。

 上のポスターの展覧会をたまたま国立美術館でやっていた。国展みたらその帰りに是非とも見て欲しい企画展だな。面白かった。そのことについてはまた書けたら書きます。


comment(0)

no title - 2014.04.25(ポケットの窓から)

ポケットの窓から
はる 4676
東京3日目


comment(0)

ポケットの窓から - 2014.04.24(ポケットの窓から)



はる4675
東京二日目です。

二日の審査が終わった。二日で千点以上の作品を見るわけで、それだけでもけっこうなハードワークだ。基本的に会員の挙手の数だけで決まる。公明正大なものだ。そうやって我々も審査されてきたということだ。

団体展は今回の日展のことなどもあって、色々と取り沙汰されているけれど、どんどん淘汰されてゆくだろうけれど、日本の場合なくなることはないと思うな。何というのかな、お茶とかお花のようなお稽古事感覚で、ほそぼそと続いてゆくのじゃないだろうか。一発勝負のコンクールなどと違って、同好会や倶楽部のように純粋に仲間内で楽しんでいるからね。まぁそれはそれで楽しいものだ。

構成員になるとよくわかるのだが、要するに団体展というのは利潤を追求する企業ではないわけで、どこからも補助などでていない、純粋な同じ志をもった人の集まりなんだな。当然ながら、すべて自分たちの会費で賄われている。だから構成員でない内はお客さんなんだな。すべて自分の有志が会を動かしているわけで、公募して作品を集めて整理して審査して展示する、そして撤去する。当たり前のことだが、我々会員が手弁当で働いている、細かいことだが賞金も我々の会費から出ている。そのことをはっきりわきまえて置かないと、大きな勘違いする。

明日で大体が決まる。もう少し楽しもう。

comment(0)

ポケットの窓から - 2014.04.23(ポケットの窓から)


はる 4674
東京にいます。また書けたら書きます。


comment(0)

今日のアトリエ - 2014.04.22(ポケットの窓から)
はる 4673
 明日から少しまた留守にします。何度も書いていますが、今回は個展ではありません。絵描きのお祭りのためです。

 隣の国では大きな災害が起きた。高校生を教えているということもあるけれど、心が痛む。若い人たちが犠牲になったというだけで、泣けてくる。彼らは大人に動くなと言われると動けないのだ。

 しかし、ネットを見るとそれをいいことに隣の国の悪口をさもそれ見たことかというふうな口調であげつらう輩がいる。そうやって煽って他を貶めることで自分が優位に立とうとするのは子供と同じだということがどうしてわからないのだろう。分かりやすいから、徒党を組みやすい。変なナショナリズムが台頭しているようで怖いな。

 別に一つの政党なり組織に肩入れしているわけではない。私自身の心情は常にリベラルでありたいと思っている。なぜかと言えばどちらに属したとしても自由にものが言えなくなるのが怖いからだ。本当にどちらも極端に走ると自由ではなくなる。根っこの部分は怖いからだろうな。

 勇敢だったり勇ましい話は、かっこいいけど間違えば怖いことになる。自分たちは決して勇ましくありたいと思わないし、人様を傷つけたくもない。ただそれだけなのだ。自由にものが言えなくなるのは怖いのだ。そうならないようにしなければならない。


comment(0)

神隠しされた街   若松丈太郎 - 2014.04.21(you tube)


2008年8/6NHK視点論点
はる 4672
分かっていたんだな。見える人には見えていたんだ。だけど、止めることができなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
神隠しされた街   若松丈太郎 1994年

四万五千の人びとが二時間のあいだに消えた
サッカーゲームが終わって競技場から立ち去ったのではない
人びとの暮らしがひとつの都市からそっくり消えたのだ
ラジオで避難警報があって
「三日分の食料を準備してください」
多くの人は三日たてば帰れると思って
ちいさな手提げ袋をもって
なかには仔猫だけを抱いた老婆も
入院加療中の病人も
千百台のバスに乗って
四万五千の人びとが二時間のあいだに消えた
鬼ごっこする子どもたちの歓声が
隣人との垣根ごしのあいさつが
郵便配達夫の自転車のベル音が
ボルシチを煮るにおいが
家々の窓の夜のあかりが
人びとの暮らしが
地図のうえからプリピャチ市が消えた
チェルノブイリ事故発生四十時間後のことである
千百台のバスに乗って
プリピャチ市民が二時間のあいだにちりぢりに
近隣三村あわせて四万九千人が消えた
四万九千人といえば
私の住む原町市の人口にひとしい
さらに
原子力発電所中心半径三〇㎞ゾーンは危険地帯とされ
十一日目の五月六日から三日のあいだに九万二千人が
あわせて約十五万人
人びとは一〇〇㎞や一五〇㎞先の農村にちりぢりに消えた
半径三〇㎞ゾーンといえば
東京電力福島原子力発電所を中心に据えると
双葉町 大熊町
富岡町 楢葉町
浪江町 広野町
川内村 都路村 葛尾村
小高町 いわき市北部
そして私の住む原町市がふくまれる
こちらもあわせて約十五万人
私たちが消えるべき先はどこか
私たちはどこに姿を消せばいいのか
事故六年のちに避難命令が出た村さえもある
事故八年のちの旧プリピャチ市に
私たちは入った
亀裂がはいったペーヴメントの
亀裂をひろげて雑草がたけだけしい
ツバメが飛んでいる
ハトが胸をふくらませている
チョウが草花に羽をやすめている
ハエがおちつきなく動いている
蚊柱が回転している
街路樹の葉が風に身をゆだねている
それなのに
人声のしない都市
人の歩いていない都市
四万五千の人びとがかくれんぼしている都市
鬼の私は捜しまわる
幼稚園のホールに投げ捨てられた玩具
台所のこんろにかけられたシチュー鍋
オフィスの机上のひろげたままの書類
ついさっきまで人がいた気配はどこにもあるのに
日がもう暮れる
鬼の私はとほうに暮れる
友だちがみんな神隠しにあってしまって
私は広場にひとり立ちつくす
デパートもホテルも
文化会館も学校も
集合住宅も
崩れはじめている
すべてはほろびへと向かう
人びとのいのちと
人びとがつくった都市と
ほろびをきそいあう
ストロンチウム九〇 半減期   二七.七年
セシウム一三七   半減期      三〇年
プルトニウム二三九 半減期 二四四〇〇年
セシウムの放射線量が八分の一に減るまでに九十年
致死量八倍のセシウムは九十年後も生きものを殺しつづける
人は百年後のことに自分の手を下せないということであれば
人がプルトニウムを扱うのは不遜というべきか
捨てられた幼稚園の広場を歩く
雑草に踏み入れる
雑草に付着していた核種が舞いあがったにちがいない
肺は核種のまじった空気をとりこんだにちがいない
神隠しの街は地上にいっそうふえるにちがいない
私たちの神隠しはきょうかもしれない
うしろで子どもの声がした気がする
ふりむいてもだれもいない
なにかが背筋をぞくっと襲う
広場にひとり立ちつくす




comment(0)

ポケットの窓から - 2014.04.20(ポケットの窓から)
はる 4671
 もうすぐ五月だというのにまだストーブが仕舞えない。寒いのだよ。

 昨日団体展用の作品を取りに来てもらった。組作品で横幅が3m以上あって家のアトリエでは組んだ状態では見ることができない。だから仕上がった状態は美術館で初めて観るということになる。これは何号というのか私にはわからないけれど、これ以上の作品は描けない。これでも会場に持って行くと全然大きく感じない、というのかまだ小さいのだな。

 毎年こうやって自分にとって大作を描いてゆくという生活をもう30年も続けている。公募展用の大作と個展用の小品という描き分けをやっているわけで、いまのところ破たんなくやっているつもりだ。

 大きい絵の面白さは、学生時代からの純粋な気持ちというのか、それを純粋というのかは別にして、自分が表現したいのは何なのかみたいなことを真剣に考える場になっているところかな。まぁ反対に言えば、自分の事しか考えていない訳で、そこら辺りが弱いところかもしれない。とにかく一点、全力でぶつかる面白さというのはある。

 今週の後半から週末まで泊まり込みで審査や撮影やら飾り付けなど、全国から人が集まってワイワイとやる。これが結構面白いからやっているわけで、反対に言えば負担に思うならやるべきではないだろうな。もともと絵描きは集団でやることではないからね。たった一人でやれる仕事ではある。

 今年はゴールデンウィークの五月五日にギャラリートークといって自分の絵の前で自分のことをしゃべる機会をもらった。もともとしゃべることは得意ではないのだけれど、それでも昔に比べるとおしゃべりにはなったと言われる。上手くしゃべることはできないだろうけれど、何か想うところを伝えられたいいかなと思う。


comment(0)

あわい - 2014.04.19(ポケットの窓から)
はる 4670
 山口画廊のオーナーから画廊通信の原稿を送ってきた。毎回何が書かれているのか楽しみにしているのだが、いつもかなり持ち上げてもらって冷や汗ものだ。今回は特にあの鬼才ベーコンからの引用で、これまたひやひやものだけれど、これも一つの山口ワールドのフィクション、創作物語、話のタネ、私のことに関しては笑い話として読んでくれれば楽しいかなとも思う。
               山口画廊 / 山口雄一郎
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

画廊通信 Vol.127 画家の歩き方

 ちょうど一年前の事になるが、東京国立近代美術館で「フランシス・ベーコン展」が催され、新聞や美術誌・テレビ等でも取り上げられて随分と話題になったが、例によって私は、遂に行けず仕舞いだった。何だか良く分らないけれど、あるいは別に好きな訳では無いのだけれど、何故かしら気になる作家というのが誰にでも在ると思うが、私にとってベーコンとは、ピカソと並んで正にそういう存在だった。だから是非作品を間近に観て、画集や写真では決して分らない事を、自分の眼で確かめてみたかったのだが、結局日々の慌ただしさにかまけて足を運べずに終ってしまった事、未だに後悔している。

 つい先日、あるお客様にベーコンのインタヴュー集をお借りする機会があり、興味津々で読ませて頂いたのだが、その作風から察するに、たぶん暗鬱な狂乱を生きたのだろう画家の、それは実にストレートな真摯とも云える証言であった。その人生は、確かに絶望と狂気を伴うものであったのかも知れない、しかし表現という行為に向き合った時だけは、誠に正直な偽りの無い姿勢をベー
コンは貫いたのだろう。共感できる部分多々あったが、その一部をここに抜粋させて頂きたい。

 ≪絵を描く際に「偶然」は最も重要な側面で、創造力の 源泉になっていると思います。例えば、無意識でカン ヴァスに付けた筆の跡から、非常に深みのある示唆を 受けて、描きたかったイメージが明確になる事があります。あるいは、作品がありふれたものになってしまい、怒りと絶望から絵をバラバラにしてしまった時、突然そこに直観的なイメージが浮ぶ事もあります。 そう考えてみると、私の仕事が旨くいくのは、いったい自分が何をやっているのか、意識のレベルでは分らなくなった瞬間からなのでしょう。だからいい絵が描けた時は、それは自分が描いたのではなく、たまたま「授かった」ものだと、私には思えるのです。

 自分の絵の事が、分らないのです。どうやってあのようなフォルムが生まれるのか、本当に分りません。何だか他人の作品のような気がして、それがどうやって出来たのかも分らないし、カンヴァス上の筆の跡が、何故あんなフォルムになったのかも理解出来ません。どういう作品にしたいのかは自覚しているのですが、そのためにはどうすれば良いのかを知らないのです。 ピカソだって、あのキュビスムの作品をどうしたら描けるのか、分らなかったのではないでしょうか。

 私の制作過程の半分は、すらすら出来る事を中断する作業です。制作に取りかかった途端、筆がひとりで動いて調子よく作業が進む日もあるのですが、そういう状況が挫折や絶望から何かが生じる時と比べて、必ずしも良いと言えるかどうかは分りません。むしろ作業が旨くいかない時の方が、調子のいい時より失敗を恐れないし、開き直る事が出来るからです。だから、絶望は役に立つと言えるでしょう。絶望していると、一か八かでより過激な描き方が出来るし、それによって突発的な偶然が、予期しない何かをもたらしてくれるかも知れません。偶然から湧き上がるイメージは、より純粋で生き生きとしているのです。≫

 このような言葉を聞いていると、ベーコンの語る「偶然」という概念は、即ち「偶然から何かを見出す直観」に他ならない事が分る。研ぎ澄まされた直観があるからこそ、偶然から予期しない何かを引き出す事が出来るのだろう。私は常々、芸術家とはそのような人達なのだと考えている。日々を生きるため、私達が否応なく理性的な思考を強いられ、本来それと同じように重要であった筈の直観という能力を、いつの間に曇らせ鈍らせている間に、芸術家はその直観を磨き上げて研ぎ澄ます。だからそれは、ゆくりなくも訪れる何かを、曇りなき内奥の鏡となって映し出すのだ。おそらくは直観とは、私達には気付く事の出来ない何かを捕え、明瞭に映し出す鏡に他ならない。換言すれば、それは外から訪れる何らかの微細な送信を、確かに受信する能力とも言えるのではないか。美術に限らず、音楽であれ文学であれ、何かを創造する作業に携わる人は、おしなべてその直観という高度な受信機を、我知らず心に秘めている。逆に言うのなら、一つの芸術を成せるか否かの多くは、その受信機能に掛かっているとさえ、言えるのではないだろうか。そ
れはたぶん芸術家にとって、表現の技術や方法論を云々するよりも、遥かに根源的な問題なのだと思う。

 前項にベーコンの言葉を取り上げたのは、そこに榎並和春という画家の制作姿勢が、そのまま語られているように感じたからである。事実、先述の抜粋には、きっとご本人も驚かれるのではないかと思えるほど、榎並さんの言葉と似通ったものがある。榎並さんはかねてよりご自身でホームページを立ち上げられており、特にブログでは時事評から芸術論に到るまで、飾らないユニークな
発言を連日掲載され、中でも原発問題に到っては歯に衣着せぬ舌鋒鋭い持論を展開されて、堂々と例の電力会社及び癒着行政を糾弾されているものだから、いずれ刺客を放たれて暗殺されてしまうのではないかと危惧しているのだが、まあそれはさておき、ブログの中に自らの制作を語った一節があるので、試みに抜粋してみたい。

 ≪制作に当っては何も決めないで、やたらと絵具を垂らしたり壁土を塗り込んだりするので、かなり下地が分厚くなったりします。ここから想像力を働かせる事になるのですが、何処に行くのかは絵に聞いてもらう他ありません。私自身は、この下地を見て大体旨く行くかどうかが分ります。それでも途中、何度も壁にぶち当たるのですが、最初の予感を心の支えにして、これでしか有り得ないという形を見つけに行く訳です。 時には水をくぐらせて剝がしたり、それをまた修復しながら進んだり……という作業を振り返ってみると、これは「絵を描く」と言うよりは、壁の中から「絵を掘り出す」と言った方が、近いのかも知れませんね。

 何かしら描いている内に、テーマが浮んで来る。そうやって、ああ、自分はこんな事を考えていたのか……と知る事になる。テーマは後から付いて来る、それまでは何処に着地するのか、本人でさえ知らない事が多い。自分の分り得る範疇でものを作っている内は、ある意味素人であり、決して自分を超えたものにはならないだろう。本物というものは、知らず識らずに自分を超えた何者かによって描かれたり、作られたものではないだろうか。旨くいったと思える作品は、自分が描いたにもかかわらず、自分の意志というか、作為といったものが、ほとんど抜け落ちているものだ。≫

 片やフランシス・ベーコンという破滅型・背徳の無神論者、片や榎並和春という肯定型・時に宗教的なるものにも近接する芸術家、この全く相容れる所の無いであろう二人が、こと「制作」という一点に関しては、どちらの発言なのか分らないほどに奇妙な一致を見せる。未知なるものへ向けて、手探りで歩み往く事 ── おそらくはそれが二人にとっての「表現」という行為に他ならない。一般に芸術表現と言われるものは、まず作家の中に確たる完成予想図があり、それを具現化して何らかの形にしたものだと思われる方が多いのではないだろうか。それはあたかも、設計図通りに建物を造る「建築」という作業の如くである。完成形という確固とした目的地が
あって、そこへ向けて一直線に伸びた明瞭な道、それは安定した穏やかな道で、一切の破綻はそこから排除されている。ところがこの世には、極めて稀にではあるけれど、あえて危険な悪路を好きこのんで選ぶ人種がある。

 「芸術家」と呼ばれる人達だ。真の芸術家かどうかは、その歩いている道を見れば分る。もし舗装された安全な道を歩いていたとしたら、その人は優れた「建築家」ではあるかも知れないが、決して「芸術家」ではない。一方、着くべき目的地も分らない、その道が何処へ向うのかさえ判然としない、足下を見れば舗装もされていない泥濘の道で、その先にはたぶん、得体の知れない破綻が待ち構えている。そんな悪路をあえて選択したあげく、旨く歩けなくては勝手に絶望し、途中で思わぬ何かに出逢っては元気を取り戻し、あっちへよろよろ、こっちへそろそろ、誠に能率の悪い歩行を、飽かず弛まず続けている人が居たとしたら、その人は間違いなく「芸術家」
である。以前にも引いた事のある私の大好きな一節なのだが、今一度この場を借りて掲載させて頂きたく思う。以下、小林秀雄「モオツァルト」から。

≪芸術や思想の世界では、目的や企図は、科学の世界に 於ける仮定のように有益なものでも有効なものでもな い。それは当人の目を眩(くら)ます。或る事を成就したいという野心や虚栄、いや真率な希望さえ、実際に成就した実際の仕事について、人を盲目にするものである。大切なのは目的地ではない、現に歩いているその歩き方である。≫

 この一節を読む度に、私は榎並さんの来し方を思う。榎並さんは正に、自分の「歩き方」を貫いて来た人だ。道なき道を往く──などと言うと、それは遥かな荒野を歩むかのイメージがあるが、榎並さんにとっての道はそんな大仰なものではない、道なき道はありふれた日常の中にこそ伸びている。むろん生活を共にした事がないので、詳しい日常は分らないけれど、起床して軽い朝食の後、アトリエに入ってしばし制作に専念し、気分転換に読書をしたり畑を耕したり、時にチェロを弾いたり雑用がてら散歩に出たり、またアトリエに戻って作品に手を加えたり──という日常の中に、道は細く長く曲がりくねりながら、時には消えかかったりしながらも、何処へ
向うでもなく伸びている。日々の中を、日々を糧としながら、日々と共に、ひたすら止まる事なく歩き続ける、それが榎並和春という画家の貫いて来た「歩き方」だ。

 日常とは、平凡なものかも知れない。しかし榎並さんは、平凡なものにこそ非凡を見つける人だ。もはや日々の暮しと一体になった制作の中で、それはほんの小さな筆の痕跡から、コラージュされた布の紋様から、掻き落された壁土の中から、あるいは消し去られたフォルムの中から、ある時ふっと、あたかも最初からそこに在ったかの如く立ち現れる。それは非凡が何かの「形」と成って、思いもかけずに降り立った瞬間だ。ベーコンならそれを「偶然」と呼ぶだろう。榎並さんならその現象を、「絵を掘り出す」と言うだろう。いずれにせよそれは、画家の直観が見出したものに他ならない。やがてそれは明確な形を取って、ある時は旅芸人となり、あるいは道
化師となり、楽師となり修道士となり、時に何か大いなるものを孕みながら、榎並さん独自の世界を形成する。詰まるところ彼らは、榎並さんの「歩き方」が生み出した者達だ。そして私達も彼らと共に、当の作家ですら思いもしなかった時空へと、いつしか歩み入るのである。  (14.04.18)


comment(0)

ポケットの窓から - 2014.04.18(ポケットの窓から)


Kseniya Simonova - Sand Animation
はる 4669
 上の動画は面白い。昔大道でやっていた砂絵みたいな感じで、それが音楽に合わせてどんどん変化して行くアニメーションになっている。まだうら若いきれいな娘さんがやるからよけいに興味深い。ただ単に面白いだけではなく、ベースに流れているのは反戦思想だ。イタリアの「ニューシネマパラダイス」のトルナトーレ監督の「らいふイズビューティフル」などにも何気なく反戦の考え方がベースになっている。それが強烈な主張でなくやわらかに表現されているところがおしゃれだ。

 清志郎じゃないけれど、絵描きは絵の事だけ言っていればよくて、社会的な政治的メッセージなどよくわからないくせ偉そうに言うものじゃないというかもしれないが、今を生きている人間としてやっぱり感じるところは言ってゆかなきゃいけないと思うんだな。原発の事ももちろん専門家じゃないから、ネットや新聞など何が信頼できるのやらわからんようなところから情報をとっていいるので、間違うことも多々あると思うのだけれど、やっぱり駄目だと思うことは言ってゆかなきゃならないと思うな。

 原発のことはどう考えてもおかしいよ。あの事故が起きるまでの基準と起きてからの基準が明らかに違って来ているわけだから、どこかで国民を分からないように、本当のことを知らせないように、情報を操作しているよな。原爆を二発受けて、もう戦争は二度と嫌だ、したくないという気持ちが戦争の放棄という理想的な憲法を作った。当時はそれを誇りにさえ思っていたし、小学校で世界に先駆けて平和憲法を持ったことを誇らしげに自慢していたところがあった。

 原発の話と憲法の話は違う話じゃないんだような。これは反戦の話なんだ。憲法ってどうなんだろう。その国がこれからそうでありたいという理想を歌ってもいいのじゃないかな。学校にも建学の精神ってあるじゃない、あれと同じようなもので、我々はこれこれを理想としてこんな学校にしたいんだ。みたいなものでいいのじゃないか。細かいことは抜きにしてね。


comment(0)

もしも、羽が生えてたら - 2014.04.17(ポケットの窓から)
はる 4668
 関西フォークの大御所的なグループにに西岡たかし率いる「五つの赤い風船」というグループがあったのをご存知の方もおおいでしょう。ちょうど私が高校生だった頃に盛んに活動していたグループだ。

 この西岡たかしというシンガーは今も時々懐メロ的にテレビに出るけれど、変わった人物が多い関西グループの中でも飛び言い抜けて変わったセンスをもっていると私は思う。シンガーというより彼の場合詩人だろうな。

 何を隠そう一番最初に買ったLPは「五つの赤い風船」の何枚目かのアルバムで「もしも私の背中に羽が生えていたら」という歌が入っていた。ギターコードが三つか四つ押さえられれば弾くことができる簡単な歌で、「遠い世界に」とともに私の十八番だった。とても懐かしい。


comment(0)

今日のアトリエ - 2014.04.16(ポケットの窓から)

■忌野清志郎
この国の憲法を見直す必然性がどこにあるのでしょう?イマジンのように簡単でわかりやすいこの考え方を世界中の人々にもっと知らしめるべきではないでしょうか。広島や長崎を忘れないように。人類の歴史上はじめて原子爆弾がこの国に落ちたという事を忘れないでください。「永久に戦争を放棄する。人間は平等である。 世界の平和のために国として貢献する」。日本の憲法第9条はまるでジョン・レノンの イマジンと同じことをうたっているのです。
(ぼくの自転車のうしろに乗りなよ/TVBros/第33回/2002年8月31日号)

はる 4667
 このマリア像の話は面白い。まださわりの部分しか読んでいないのだけれど、まぁこういう事らしい。キリスト教が世界宗教になった大きな大きな理由は聖母マリア信仰と各地の土着の原始的な母子像への信仰とうまく合体したからだという説だ。

 生きる物にとって一番神秘的で、なおかつ神々しくて、恐れ多いことは母性なるものが新しい生命を産み、次世代に命をつないでゆくということだろう。あの縄文時代の埴輪や焼き物にもそういった母性に対する信仰が表現されている。ありとあらゆる生命がそうやって命をつないでゆくのだけれど、そのことは誰でもが一番納得できる信仰対ではないだろうか。

 絶対神であるキリストだけであったら、たぶん世界宗教にはならなかっただろう。マリア信仰をうまく利用することで世界中に布教することができたのだろう。日本で言えばそれは観音さんになってゆくわけで、どうも私は女神像に対する憧れというのがあるな。

 というわけで日本の古い仏像を調べてみると、どういう由来でそんな像があるのか知らないけれどけっこう各地に女神像があるんだな。 昨年は「大地の聖母」で今年は「音を観る」要するに観音さんだな。どうだろう。


comment(0)

今日のアトリエ - 2014.04.15(ポケットの窓から)
はる 4666
 新学期が始まって、今日初めて生徒の前に立った。春休みは夏休み以上に長い。三十何年もこんなことを繰り返している。彼らにとっては年取った爺さんなんだろうなと想像する。まぁそれもいいかなとも思う。どこまで教壇に立てるのか、あともう少しやってみたい。


comment(0)

はる 4665 - 2014.04.14(未分類)


はる 4665
 今日は写真を撮り忘れたので、昔取った写真から転載した。

 あと一週間ほどで今年の春の陣が始まる。今年はトークインで自作の前で何かしゃべらなければならない。そのパンフの原稿を考えている。下書きを載せます。

―なぜ絵を描くか?―

今回の絵のタイトルは「音を観る」としました。普通、音は聴くもので見えるものではありませんね。このタイトルの意味するところは「見えないもの観る」から、人の心の中を探るというようなことです。

 これも最初から絵柄が決まっていたものではありません。描いているうちに何となく絵の中から出てきたものです。もうすでに分かっていることを描くことにあまり興味がわきません。絵の中に知らなかった自分を発見するのが面白いのです。

 表現されたものは、表面的には全く個人的な出来事を描いているように見えますが、それだけだがすべてではありません。心の奥底の、そのまた奥底に何が隠れているのか、そんなことが知りたいのです。誰にでもある共通の記憶、源泉(オリジン)にまで掘り進んでいけたらなぁと思います。

そんなことのを知りたくて絵を描いているように思います。



comment(2)

今日のアトリエ - 2014.04.13(ポケットの窓から)
はる 4664
 ガラクタ置き場のような現在進行形のアトリエです。

 しかし、すごいよなぁ、無名の作家とはいえ一応絵描きのその日の今のアトリエの状態を見ることができるなんてね。考え方によれば作品よりこちらの方がより臨場感があって面白いかもしれないな。そうなってくると何を表現とするか?だな。


comment(0)

夜桜 - 2014.04.12(ポケットの窓から)
はる 4663
 結婚して今年で30年になる。真珠婚というらしい。お金がなかったから式など挙げていない。指輪は自分で作った。こんな貧乏くさい話は彼女が嫌うので今まで書かなかった。30年持ったからもう時効だろう。

 いつの間にか、お互いの誕生日には花を贈ることになっている。彼女の誕生日は真冬のクリスマスの頃なので真っ赤なバラを贈る。これも気恥ずかしいので、今まで書かなかった。還暦越えたのでこれも時効にしてくれ。私は春なので桜の枝ものを玄関先に飾る。

 花は毎年頼むのでお任せにしている。今年はしだれ桜だった。それが上の写真です。夜桜はなかなか雰囲気があるなぁ。


comment(2)

ポケットの窓か - 2014.04.11(ポケットの窓から)
はる 4662
 小学生の低学年だったころに、隣のお兄さんが鉄道マニアというのか、今でいうとジオラマみたいな模型をつくって遊んでいた。小さな電車の模型を買ってくるのではなくて自分でつくって綺麗に着彩して、どこまでもリアルに再現するというようなことに凝っている子供だった。今でいうなら完全に模型オタクだな。

 私は模型みたいなものに全く興味が持てなかったということもあるけれど、大きな理由は模型を作るのにはかなりお小遣いが必要だということだった気がする。で、そのお兄さんと色々必要なおもちゃをこしらえて遊んだ記憶がある。

 一番印象に残っているのは電磁石を使った電信かな。今と違って携帯電話などないわけで、子供同士がもちろん電話でやり取りなどできるわけもない。というわけで理科の勉強でならった電磁石の電信機をを使って遠く離れた友達とモールス信号で話をするということに燃えた。

 このモールス信号というのがなかなか難しくて、日本語では五十四文字が長短の連続した音(トン・ツー)に対応するように割り振られているのだけれど、送られてきた信号(・・・---・・・、・・・・----、・-)を読めるように変換するのは並大抵のことではない。

 その次にやったのが、鉱石ラジオに使われているイヤホンをつかった電話だ。これはあまり知られていないのだけれど、イヤホンはマイクにもなるのだよ。計4つあれば電気も使わず結構遠くまで電話として使えるのだ。その後同じ学年の近所の友達のところまで有線の電話として利用した経験がある。毎日時間を決めて交信した。これはいまのインターネットとやや似ている。

 


comment(0)

バースデイケーキ - 2014.04.10(ポケットの窓から)
moblog_9bf2360e.jpg

はる 4661
 こんなバースデイケーキを貰った。世界で一つしかない人面ケーキです。元になったのが、上の私のお面です。何だか食べるのが怖いようなケーキです。でも食べました。おいしかったです。どうもありがとう。

 小保方さんの会見をちらっと見た。どうもな、見ない方が印象はよかった。へたくそな芸能人の言い訳のようで、科学者なら泣くな。事実だけで勝負しなさい。そうエールを送ろう。


comment(4)

ポケットの窓から - 2014.04.09(ポケットの窓から)

はる 4660
 ちなみに明日は誕生日だ。62歳になるらしい。全然まったく相応の自覚がないのは困ったものだ。



comment(3)

スタップ細胞 - 2014.04.08(ポケットの窓から)
はる 4659
 明日、記者会見だそうだけれど、その前に書いておく。
 
 どうもまぁ小保方さんの件はわからんな。世間は三文週刊誌みたいなもので、上げといて落とす快感が好きで、面白おかしくさわぎたてているけれど、佐村河内のおっさんと同じような扱いだけれど、本質的に違うだろう。

 芸術みたいな絶対的な評価など口先三寸で変わってしまうものと、科学的な実証だけが正義とする世界とでは自ずから違うのではないかな。痛いのは我々にそれを理解する能力がない点で、あれこれ言うのもはばかれる。私の勘だけでいうなら、彼女は白でスタップ細胞はあるような気がする。あってほしいということかな。

 しかしまぁ理研の官僚的な体質がばれてしまってかっこわりぃ。同じような事なかれ主義、自らの保身ばかりで、身内をどうして盾となって庇ってやらないのか、福島の原発事故とおなじですべてを一人の弱い立場の人に押し付けて自らは言い逃れして、かっこ悪いなと思う。こうなればいっそ是が非でも社運賭けてスタップ細胞見つけてやるぜ!ぐらい言ってもいいじゃん。もし、あれが本当だったら、坊主丸儲けだったんだから、そのくらいの張ったりかましてもいいじゃねーか。・・・おれはやくざか!


comment(0)

ポケットの窓から - 2014.04.07(ポケットの窓から)
はる 4658
 野暮用で信州松本までドライブ。途中の山里の風景美しい。


comment(0)

春の嵐に舞う桜吹雪を追いかける餓鬼 - 2014.04.06(未分類)
  201404061313002.jpg

201404061313001.jpg   201404061313000.jpg

はる 4657
 今日は朝から町内会の花見だ。昨晩遅く冷たい雨が降り出して、今日の花見は出来ないかと危ぶんだが、朝になってきれいに晴れた。町内総出でブルーシートを運んだり、テーブルや座布団を運んで準備をする。じいさんばあさんばかりの町内なので、こういった協力体制はしっかりしている。足腰はよわっているけれどね。

 子供たちはカラオケには関心はない。ちょうど午後から冷たい風が吹き出して、そこら一面に花吹雪をまき散らす。雪のように舞い散る花弁に子供たちはおおよろこび。ほうきを持ち出して集めてはもう一度空に放り上げて花吹雪を楽しんでいた。一人の子供は魔法使いの弟子のように、ほうきを逆手に持って桜の枝をたたいて散らすことに余念がない。無心に遊ぶ子供たちを見て、こんな光景に目が行くのは年を取ったということだろう。まぁ悪いことではない。



comment(0)

ポケットの窓から - 2014.04.05(ポケットの窓から)
はる 4656
 午前中スポーツ公園まで桜を見に出かける。天気が良かったせいか、多くの人がすでに花見の場所取りをしていて、日本人は桜が好きなんだなぁと改めて感じた。けっこう若者や若い夫婦ものが子供づれで来ていたりして、花見など自分が若い時はやったっけと昔を思わず振り返った。とてもそんな余裕はなかったな。

 最近マイルドヤンキーなる言葉をきいた。なかなか命名がうまい。暴走族から暴力性を抜いたものらしいけれど、内向きな家族主義、身内身びいきみたいな。身内で遊ぶ傾向が強くなっているようだな。その延長上には排他主義とか民族主義のようなものが匂うなぁ。日本は右翼化しているのかな。ちょっとそんな気がした。

 明日は町内会のお花見だ。


comment(0)

ポケットの窓から - 2014.04.04(ポケットの窓から)
はる 4655
 いよいよ、春の陣が始まる。ここまでもけっこう忙しかったけれど、ここまでは自分の個展だけであった。この四月の後半から尋常じゃない忙しさに巻き込まれる。一つは大きな絵画団体に属している関係で年に一度の展覧会が始まればその運営のお手伝いに東京に何回が泊りがけで行かなくてはならない。

 絵描きにも色んなタイプがいる。大きな団体に属してい活動する人と、全く無所属で個展を中心に活動するタイプに分けられる。団体中心に活動すれば個展で作品を売って生活することに疎くなるし、反対に個展を中心に活動すると団体など無用の長物に見えてくる。特に画壇といわれるヒエラルキーに違和感を覚えるのだろう。

 私はその両方に属しているので、その両方の良さも悪さもわかる立場にいる。以前団体の若い仲間に「どうして団体に属しているのか?」と聞かれたことがあった。明快に答えることは私にはできないのだけれど、簡単に言えば面白いからだろうな。

 普通個展を中心に活動していると、どうしてもこれは避けられないのだけれど、結果がすべてみたいなところが出てくる。はっきりしているのはそれを生業にしているということは、私だけでなく他の人もかかわってきているわけで、そこで結果が出せないと責任を問われることになってくる。具体的には、隔年のものが三年にいちどになるとか、企画そのものが下されるとか、シビアだけれど仕事だからそれは仕方がない。それが生業にしているということで、作家の本来の生様だろう。

 団体展の仲間というのはある意味損得勘定で付き合っていない。反対に言えばすごくアマチュア的なんだけれど、そこのところがいいところじゃないかな。純粋に絵の仲間として、同じ釜の飯を食った仲間みたいなところがある。なかなか全国的に活躍する、同じ志を持った実力のある作家と知り合うきっかけはないからな。いろいろあるけれど、いまだに団体の末席を汚している大きな理由だと思う。大いに楽しみたい。


comment(0)

今日のアトリエ - 2014.04.03(ポケットの窓から)



comment(0)

メルマガ - 2014.04.02(ポケットの窓から)
はる 4653
 四月になった。もう雪は降らないだろうな。

 HPにも歴史があって、長く続けているとその歴史が年輪のように積み重なってくるから面白い。たとえば私のHPにも掲示板などという機能がメニューの中にある。今ではほとんど使わないツールだが、できた当時はこれかメールでしか外とつながるツールはなかった。今じゃ、だれも見やしないし、まして書きこむこともない。メールにしても当時は大胆に晒してあった。今じゃとても考えられないけれどね。

 メルマガというのもある。私ももう長い間月に一回このブログをまとめて無料配信している。ヤフーにメーリングリストというグループ配信システムがあって、それを利用して配信していた。2002年に第一回配信だからもう12年になる。先日200回をこえた。そのメール配信システムが終了すという連絡があった。利用者が少なくなってメリットがなくなったということだろう。むろん個人的に読んでくれている人も何人かいます。

 まぁこのブログを読んでいれば改めて読む必要もないのだけれど、読み忘れることもあるかもしれませんね。というわけで、メルマガ配信希望を募ります。

 ここにメールアドレスと「メルマガ希望」と書いて送ってください。来月から配信します。
  http://enami.sakura.ne.jp/mailform.htm

comment(0)

自転車に乗って - 2014.04.01(作品)

「自転車に乗って」F3 1992

はる 4652
 木村忠太にはいちころでやられた。パッと見て飛びついた。多くの人が未だにあそこから抜け出せないでいる。日本人の心をくすぐる何かが彼の絵にはあるのだ。色なのか形なのか、ヨーロッパのうきうきする様なオシャレな色感と禅とか書のような筆遣いが一緒になったような、何とも魅力的な作品たちだ。

 木村忠太の絵に出会ったのは学校を卒業して間もない頃で、埼玉の所沢で新卒の中学校の先生をやっていた。色々なことがあったけれど、彼の絵を見てガツンときた。まぁそれだけで学校を辞めたわけではないけれど、あぁこんな絵もあったんだ、こういう絵でもいいんだ。そう思ったら絵に一生かけたくなったことは確かなことだ。

 それまではね、けっこうウジウジ考えていた。教職を選んだというのも方便でね。食べてゆくためには仕方ないじゃないかと無理やり自分を納得させていたところがあったからな。どこかに自己矛盾があったのだけど、それをごまかしていたところが確かにあった。

 彼の絵をみて、スカーンとぶっ飛んだ。とにかく二束のわらじは辞めた。絵をかいてゆくそれだけを決めた。そのきっかけになった。



comment(0)


カテゴリ
アーカイブ
月別アーカイブ
プロフィール

あそびべのはる

Author:あそびべのはる
画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

リンク
このブログをリンクに追加する
カテゴリ
ポケットの窓から (3368)
未分類 (203)
日記 (935)
ベッドの上の王国 (13)
裸婦クロッキー (144)
作品 (130)
写真 (44)
今日のアトリエ (79)
「家族ごっこ」挿絵 (10)
未選択 (45)
ブログ (14)
you tube (96)
原発 (73)
イタリアスケッチ (7)
画集「こたえてください」1 (24)
「こたえてください」2 (6)
「山峡」挿絵 (7)
動画 (1)
フリーエリア

designed by まて