あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ポケットの窓から - 2014.01.31(ポケットの窓から)



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IEの下の広告の非表示 - 2014.01.30(ポケットの窓から)

はる 4591
 大体5日前ぐらいには梱包して発送することにしている。不安神経症ぎみのところがあるので、なんでもぎりぎりということが出来ない。最後の最後まで筆を持って描いていたということを自慢げに話をする作家が多いけれど、私にかぎってそういうことはまずない。そこまで追い詰められるとパニックになってしまうだろう。観る人はそこらあたりを見たいのかもしれないけれどね。私にとって何気ない日常がテーマだ。

 タスクバーという一番下のバーの上に広告が出るようになったというのか、このパソコンを買った時から出ていた。キングソフトの無料のアンチウィルスが入っていたからだけど、それを半年で更新してから出るようになった気がする。いずれにしろ無料と言うのは恐ろしいもので、勝手にCMがどんどん入ってくる。無料のブログならブログだけですむのだが、パソコン自体が汚染されたきがする。これって体のいいウィルスじゃん。

 だんだんはらがったって、なんとか消せないかと色々調べるとやっぱりあった。

IEの下に広告がでる

http://kosukety.org/2012/01/10/delete-navinow-web-tool-when-show-ad-under-the-i-e/

「プログラムの追加と削除から「NaviNow Web Tool」というソフトウェアを探し出してアンインストールしよう。これでIEの下に広告が表示されないようになるはずだ」

 このアプリケーションが勝手にインストールされていたというわけだ。皆さんお試しあれ。


 
 


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今日のアトリエ - 2014.01.29(ポケットの窓から)

はる 4590
 なんだかんだと忙しい。一日じっくりものを考えている暇がない。傍から観れば随分と暇そうに見えるのかもしれないが、本人の感覚では暇がないと思っている。時間の感覚と言うのは人によってかなり違うのかもしれない。

 今から考えると、小学校に上がる前くらいの時間の感覚は随分とゆったりと流れていた。一日がとても長かったな。一日が今の一ヶ月ぐらいの感覚だろうか。初めて経験することが多かったということもあるけれど、脳細胞が盛んに分裂して多くのことを記憶していったからだろう。

 それに比べると今の生活というものは実に単調に十年一日がごとくにすごしている。誰かさんがブログに書いていたけれど、これからは初めて経験することを期待するのではなく、ひょっとするとこれが最後と思って日々を丁寧に生きることだな。


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今日のアトリエ - 2014.01.28(ポケットの窓から)

はる 4589
 昨日の朝、近くの公園のいつものように散歩しているとゲートボールに興じている老人クラブのメンバーに声をかけられた。「どうですか、いっしょにやりませんか」そうか、朝から暇そうに散歩などなどしているから、悠々自適の退職した爺さんに見られたのかな。まぁあまりにも自然に声をかけられたので、彼らにとっては当然な親切心からでしょう。あまりにむげに断るわけにはいかないので、まぁそのうちにと返事を濁しておいた。

 電車に乗っていて座席を代わりませんかと言われるのはそんなに遠いことでないのかもしれないな。そのときは結構ショックかもしれない。生涯現役のバリバリの絵描きですと、そんなところで声を大にしていってみたところでせん無いことだ。それならそれでいいかなとも思う。極自然に振舞おうと思う。

 ゲートボール一緒にどうですかと声をかけられた今日は老人記念日


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ポケットの窓から - 2014.01.27(ポケットの窓から)

はる 4588
 パソコンをどうするか考えている。この前に今のXPにしたときからもう五年が過ぎてしまった。その当時はXPが2014年にサポートが終了することなど考えていなかった。最近のようにうるさくなっても、企業に踊らせられたくないのでそのまま使ってゆくつもりであった。けれどこうやって不具合が起きてくると、替え買え時なのかと思うわけだ。メモリーが少ないので動画などを見ると極端に遅くなるし、止まってしまうこともある。ハードディスクが36Gしかないので、いつも余計なものを溜め込まないように気にしておく必要がある。

 色々勉強してゆくとこの際だからみんな新しくしようかなどと思うのだけれど、ホームページビルダーがバージョン6だからな。これを18にバージョンアップするのは大変だ。住所録のソフトも平成12年度版だし、肝心のオフィスは2000だ。マイクロソフトのオフィス2000で充分使えている。新しくする必要などないではないか。フォトショップも古いバージョンだ。これを全て新しくすることなどできないなぁ。

 セブンにするなら中古でもいい。セブンだとXPモードで古いソフトが起動できて使えるそうだ。まぁこれもサポートはオリンピックの2020年まで、エイトにしても2023年までだそうだ。その頃には私は古希を超えている。そのころになって新しいOSになっても対応できないな。面倒だ。だからホームページの更新はそこまでだな。ブログはタブレットでも更新できるので、パソコンはなくてもいい。観るだけで簡単なブログの更新だけならpCはいらない。


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今日のアトリエ - 2014.01.26(ポケットの窓から)



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今日のアトリエ - 2014.01.25(ポケットの窓から)

はる 4586
 いよいよパソコンのライン抜けが10cm近くに伸びてきた。多分来週中には下まで到達するだろう。その後それで止まってくれればそれでもいいのだが、いずれにしろパソの買い替えは避けがたいかな。どういったものにするかそこが思案のしどころだ。前のように中古のパソを買ってきて自分で色々工夫するというのもなかなか面白いことはいいのだけれど、例のキングソフト(中国製)の件もあるから知っていて使うのはいいのだけれど、知らないうちにトラブルに巻き込まれてしまうのは避けたい。

 絵描きだからアナログでいいと思うかも知れないが、こうやってブログ書くのもデジタルな作業だ。そうは言っても、住所録をはじめとしてかなりの情報をパソコンに頼っているわけで、これがないとかなり困ることになる。作業は何も出来ないだろう。

 今日は午前中に電気器具の量販店のはしごをする。普通に最新のバージョンで日本製のものなら最低でも10万はする。これが日本製にこだわらないなら半分ぐらいになる。どう考えても性能がそう変わらないなら日本製以外のものを選ぶだろうな。外国製のものにはやっぱりキングソフトオフィスが入っていた。マイクロソフトオフィス(米国製)にしても結局は情報は漏れているのは変わらないとおもうのだ。漏れている国が違うだけだ。

 日本のジャストシステムの一太郎や花子(日本製)がなぜなくなってしまったのだろう。昔学校で使っていたワープロの漢字変換ソフトは一太郎だった。日本語の特徴から考えるとこちらの方が数段優れたソフトであるはずだ。まぜなら開発した人が日本人であるからだ。マイクロソフトのワードを使っていると少しおかしいなぁ、変だなぁと思うことがある。特に縦書きしたときはそうだ。

 日本人が開発した優秀なソフトがありながら販売戦略に負けたがために、シェアーが少なすぎて一太郎で書いた文章が読めないという不都合が生じる。そのためにわざわざパテントを払って使いにくい外国製のソフトを使わざるを得ないということになってしまった。これもある意味文化的な侵略みたいなものだな。いいものを持っていても販売戦略に負けると企業として失敗するという例だろう。

 こういったところで戦うには企業としてのグローバル化がどうしても必要だ。日本では「男は黙って仕事する」ものだけれど、世界では黙っていたのでは居ないと同じことなのだ。
 
 


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ポケットの窓から - 2014.01.24(ポケットの窓から)

はる 4585
 パソコンにライン抜けという症状が出てきた。不気味なことにじわりじわりと大きくなっているようだ。最初は5mmぐらいの傷に見えていたものが、今は8cmくらいになった。調べてみると液晶の不具合だそうで、徐々に増えてゆく場合が多いそうだ。どうする。いよいよ新しいバージョンに買い換えるときなのかな。

 それはいいとしてもホームページビルダー6も相当古いから新しいパソに対応していないだろう、相当面倒くさい。しばらく様子を見るか。オフィスも2000だからな相当な骨董品OSを使っている。XPでは問題なく使えたのだが、それもこの4月で終了するというしな。住所録の筆王というソフトも平成12年度版だからこれもだめかもしれん。いまさら不慣れな新しいソフトを練習したくもない。昔ながらの古いソフトがどうして使えないんだ。古いバージョンでも対応できるようにするべきだ。


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ポケットの窓から - 2014.01.23(ポケットの窓から)

はる 4584
 年末は忙しくて手がつかなかった台所とアトリエの間の障子を旧正月前ということで張り替えた。障子の張替えなど随分久しくやっていない。

 私たちが小学生だった頃は、まだ年中行事として大掃除とかが家族の行事として組み込まれていて家族総出でやった覚えがある、窓のガラス拭きなども分担が決まっていてサボるとかなり怒られた。

 大掃除も箪笥を庭に出して畳まで上げて山形に組んでパンパンとたたいていた。後、床板に新聞紙を敷いてDDTをまいていた。天気のいい日曜日に方々から畳をたたく音が聞こえてきた。そうやって大掃除していたから随分と平和な風景として記憶に残っている。いまどきそんな本格的な大掃除などやっている家はないな。

 障子の張替えはお袋が一人でやっていた。何枚も家の障子を全部はずして水かけて古い障子をはがして、桟を拭いてのりを付ける。そののりもメリケン粉から自分で作っていたな。でんぷんのりだ。

 お袋の年代は大体なんでもできるものは自分でやっていた。例えば古い毛糸のセーターを解いて、湯気を当てて伸ばしてもう一度染め直す。それでもう一度編みなおすなどという手間隙をかけていた。だから小学校の頃のセーターなどは兄弟のお古を編みなおした物だったりしたな。どことなく見た目にしまりがなくていやだった。未だにそのセーターのデザインはよく覚えている。

 今じゃそんなことするより買ってきたほうがどれだけ簡単か。なんでもそうだ。信じられないぐらいの値段でそこそこのものが手に入る。でもな、そういった生活というのは実に薄っぺらなそこそこの生活だなという気がする。人生は毎日の何気ない日常の繰り返しの中にこそある。そこをいい加減にして本当の幸せはないのだ。

 後残された時間は今まで経てきた時間より絶対に少ない。であるならば日々の生活を丁寧に愉しみながら生きて行けたらなと思う。


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大きな作品 - 2014.01.22(未分類)

はる 4583
 どうにもやっぱり大きな作品はうまくない。ここ何年かの作品はすべて残しておきたくない作品ばかりだ。
国画初出品からタイトルだけ書くと
○90 F100「若い音楽家」 初出品
○91 F130「平均律
○92 F130「方舟」?
○93 F130「牧歌」 新人賞
 94 F130「人懐い月冷し」
 95 S100「ガード下のホームレス」
○96 S100「祈りのかたち96」 奨励賞
○97 S100「聖なる丘」
○98 S100「こたえてください98」
○99 S100「みちをきく」
○00 S100「いのりのかたち00」 準会員推挙
×01 F130「かぜをきく」
×02 F130[まれびと」
×03 F130「麒麟」
×04 F130[こたえてください04
 05 F130「おおいなるもの05」
○06 F130「かぜのおとづれ」
 07 F130「おおいなるもの07」 会員推挙
×08 F130「旅芸人」巡回  F130「長い旅」
×09 F130「こたえてください09」巡回  F100「こころのとびら」
 10 組み作品  F100「祝人(再生)」巡回  F130「祝人(祭り)」
×11 組み作品  F100「時分の花1」 F130「時分の花2」巡回
 12 組み作品  S100「負の遺産1」 S100「負の遺産2」巡回
○13 組み作品  F100「大地の聖母1」 F130「大地の聖母2」巡回

○は残しておいてもいい作品
×はつぶした作品


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今日のアトリエ - 2014.01.21(ポケットの窓から)

はる 4582
 せっかく綺麗な布を貼ったにもかかわらず、けっきょくここまで色を押さえ込まないと落ち着かない。ほとんど単色のモノクロームに近くなる。ここまで来てやっと仕事がひと段落したと思えるのだ。ここから何が出てくるか分からないのだけれど・・。私の意志というより絵に聞いてくれといった他力本願だな。私は出てくるの待っているだけだ。

 絵を描くのは私にとって何なんだろう。勿論仕事だということが一番大きいのだけれど、これって仕事なのかな?いつも疑問に思いつつ展覧会が近づくとあたふたと準備に追われてばたばたとそれなりに済ませてしまう。生業にしているわけだから仕事なんだろうけど、普通の日常で必ず必要というものでもない。だからなのか、どことなく絵描きにしてもそれを扱う画商にしても胡散臭い。割り切ってはいるつもりでも、自分でもちょっと心苦しい。

 サラリーマンにはなりたくなかった。というのか毎日定期に出勤して勤めるということが多分出来ない。けっして不真面目というわけではない。そういった意味では他の人と比べても私は小心者でまじめだと思う。憂鬱になるのだ。まじめだからこそ苦痛になる。登校拒否になる人の気持ちがわかる。

 その原因は何なんだろう。甘いといわれればその通りなんだけれど、ここら辺に私が絵を描いている根本的な事柄が隠れているきがするな。

 絶対的な孤独というのかな、人は意思を持ってしまった唯一の動物だ。他の動物も持っているかもしれないけれど、多分そうではないだろう。私は唯一ここにいる私しかいない。そこのところに気づいてしまったら、それを埋めるのはたぶん祈るしかないんだな。宗教でなくてもいいのだけれど。自分を忘れる、忘我の境地に持って行ってくれるものであるならばね。その深遠を覗いてしまったらやっぱり怖いのかな。絵を描くのは私にとって祈りのかたちなのではないかと思っている。 


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今日のアトリエ - 2014.01.20(ポケットの窓から)

はる 4581
 少し前の文章「はる 4567」の最後の部分を以下のように追加します。というのかほとんど新しいものに書き換えたといったほうがいいかな。

 絵を売ることにちゅうちょする作家がいるけれどそれは違う。売れないのは魅力がないからだけれど、売れることで大いに自信になるし、お客さんの側から言えば、作品を買うことは自分の価値観、人生観を肯定して人生を豊かにできる。そのことは大いに啓蒙すべきだ。

 話は少し飛ぶけれど、日本の昔の生活はむろん今に比べて貧しかった。けれど例えば床の間とか、坪庭とか、庭がなければ盆栽とか、もっと身近では玄関の下駄箱の上のスペースなどなど、四季折々の草木や掛け軸や書や歌を飾って日常の生活を肯定的に愉しんだ。今の生活は確かに物質的には豊かにはなったけれど、そういった余裕みたいなものを失くしてしまった様におもうな。

 作家の一つの仕事は作品を制作することであるけれど、もう一つの仕事はおこがましいけれど、そうやって絵を買ってもらって多くの人にその歓びを知ってもらうこともあるようにおもう。

 日本人は売れないのを自慢する傾向があるけれど、あまり売れることを自慢するのも考え物だけど、絵描きとして絵で何とか食べて行く、自立するという気持ちがなければ逆説的だけど、絵では食べてゆけない。



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盆地暮色 - 2014.01.19(未分類)
 

はる 4580
 寒そうな夕暮れの荒川堤防道路。私の住んでいる町からは何故か富士山は頭しか見えない。ぐるりと周りを取り巻いているのは盆地の外輪山?っていうのかな。ここにはじめて来たときは意外に広い平地にびっくりした。新宿からあずさに乗って信州に向かう列車から見える風景は山また山の森の中のイメージ。笹子トンネルを抜けるとバッと広がる風景とぶどうの丘に目を奪われる。夏は日本一暑くて冬は北海道並に寒い。

 「もっとも品があるからだめと申しているのではございません。細田さまが、狩野派には倦きたと申されましたとき、あたくしが錦絵をすすめましたのは、むしろそこが狙いでございましたからな。五百石のお殿様、しかも長年狩野派の絵で鍛えてこられた方の絵に、品があるのは当然でございます」「ただ、それがいまのところ、まだおもてにでていなさる。形は、まさに錦絵をつかまえるところまで来なすったが、狩野派とお旗本がまだ画面にちらついて、絵柄なり、女子の顔なり、ちょっとしたところに堅苦しいものがでる。このお品が、絵のうしろにひっこむようでございますと、これは本物ということになりましょうな」藤沢周平「闇の傀儡師」より
 

 


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今日のアトリエ - 2014.01.18(ポケットの窓から)

はる 4579
 初めて海外に旅行したのは21の時だった。今から40年も前の話。今調べてみると円が固定相場一ドル=360円から変動相場制になったのが1973年だから、円はまだ随分と安くて一ドルが300円前後だったようにおもうなぁ、あまり覚えていない。学生の集団バス旅行のようなもので、ヨーロッパ10カ国20都市ぐらいを20日間くらいかけてゆっくり周るといったものだった。学生でお金もなかったから多分随分と貧乏旅行だったように思う。

 何を観たのか何をしたのかこれもまたほとんど覚えていないのだけれど、映画「ローマの休日」を観ていたのでスペイン階段でアイスクリームを食べたのと、トレビの泉でコインを投げたとか、「モンマルトルの灯」のサクレクール寺院の階段から眺めたパリの街ぐらいしか覚えていないな。二十歳前後のミーハーな学生などそんなものだ。

 まだ本格的に絵を勉強しようなどと考えていない頃だったので、美術館も行ったけれどただの観光客程度にしか鑑賞していない。それよりもどちらかと言えば町の様子などのほうに興味があって、自由時間はふらふら自分の足で歩いたように思う。フィレンツェの古い橋の上から見た夕陽が綺麗だったことはよく覚えている。

 その後20年ぐらい後で同じ場所にたったときは、トレビの泉のいわれを思い出して嬉しかった。


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今日のアトリエ - 2014.01.17(ポケットの窓から)

 


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今日のアトリエ - 2014.01.16(ポケットの窓から)

はる 4577
 個展のDMにどの程度の履歴をいれるのか迷うところだ。会社員なら○○会社平社員ですむのだが、フリーで活動している作家などの場合どこまで書けばいいのだろうか悩むところだ。無論何も書かないでいいほど名前が通っているならそれが一番いいのだが、それほどでもないのに何も書かないというのもちょっとどうかな。

 若くてこれから世の中に知ってもらいたいという活動期なら、いろいろ探してべたべたと経歴を並べ立てても嫌味ではない。むしろがんばっているんだなと、少々はったりをかますくらいが微笑ましく好印象を与えることもある。

 我々ぐらいの年代が一番難しい。一番生臭いのは何を考えているのか、大したことないのに経歴だけべたべたと並び立てるそんな輩だな。絵描きなら絵を観てもらえばいいわけだから、その時の鑑賞の手助けになるくらいの控えめな経歴が好ましい。

 そんなことを考えたのは、個展の際に渡す経歴を整理してたからだ。整理して気がついたのは97年以降の経歴は個展しかない。褒められることもない代わりにけなされることもない。まぁ一介の絵描きとしては、死ぬまでそうやって暮らしてゆければこれまた本望かな。


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今日のアトリエ - 2014.01.15(ポケットの窓から)


2008年 松屋銀座 榎並和春個展
 はる 4576
 昨日の銀座松屋の個展の動画です。少しレトロに加工してあるので実際とはかなり違います。すでに何回かアップしたもので珍しくもありませんが、雰囲気だけ楽しんでくださいな。


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ポケットの窓から - 2014.01.14(ポケットの窓から)

はる 4575
 銀座の松屋で個展をやらないかと声をかけてもらった時は驚いた。当時七階の画廊は何回か行った事があったけれど、そこで開催される展覧会はもうすで名が通っている作家、例えば文化勲章受賞者や芸術院会員クラスの大御所が何かの記念にお披露目的な展覧会をしたり、大きな団体の精鋭的な若手や日本画のこれもまたそうそうたるメンバーが売れそうな作品を並べて展示したりする場所で、またスペースが小さな体育館ぐらいある大きな場所で、それを見ただけでもけっこう怖気づいてしまうくらいの広さでね、若くはないけど無名の作家がおいそれと個展が出来る場所ではなかった。

 間に入ってくれた画商さんが、売り上げのノルマなどまるで考えなくていいという事だったので、銀座のこんなスペースで個展が出来るだけ儲けものだ、一回で終わってもいいという破れかぶれで、私は意気揚々と今まで倉庫に眠っていた売れそうにもない大きな作品を何枚も持って、入り口を家から持ち込んだオブジェで飾ったり、ビデオレコーダーを持ち込んでインタビューをながしたり、展覧会を自分なりに演出して面白く遊んだ。こういう展示をデパートらしくないと反対の人もいたようだけれど、私自身はしてやったりと内心うれしかったね。
 
展覧会の様子
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 ある意味デパートの展覧会らしくないことが、自分なりには成功だったと思ったのだけれど、それはそれ無名の悲しさで、誰もどこも何の評判も聞かなかった。明らかに世間的には無視された状態だったな。その後二年後にももう一度同じようなチャンスが来たけれど、一度目ほどの高揚感はなかった。何度も出来る場所ではないので、その後この大きな画廊は閉じられてしまったけれど私的にはちょうどよかったのじゃないかと思っている。あれが最後のチャンスだったのだろう。

 松屋の個展は今度で4回目になる。今回は同じ七階のギャラリーでも小さな多目的な画廊で、前のように大上段に構えた展覧会ではないので観やすく親しみやすいと思います。お近くにお寄りの際は遊びに来てください。私は連日会場に詰めております。お待ちしております。
■2014年 2月5日(水)~2月11日(火)  
 
期間中作家在廊

第68回・榎並和春個展
個展タイトル「いったりきたり 3」

松屋銀座7階 遊びのギャラリー
104-8130 東京都中央区銀座
3-6-1
03-3567-1211




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初めての個展 - 2014.01.13(未分類)
 
はる 4574
 一番最初の個展は今から約30年前だ。県民会館という県営の施設だった。当時美術館がなかったので多くの展覧会がその展示場で行われた。規模的には県展などもそこで開催していたから、県下では一番大きな展示場だったのかもしれない。

 そこを借りるには半年ぐらい前に希望者が集まって調整するという今の美術館と同じような方法だった。大体がグループ展かカルチャーの教室展がほとんどで、そんなに広いスペースを個展でかりるという人はいなかった。今考えるとかなり無謀だと思うのだが、当時は大きい作品を年間に5,6点描いていたから、大体三年ごとに個展を開催したいと考えていた。DMも自作の原稿をプリントゴッコで印刷した簡単なものだった。

 その二年後初めて銀座で個展を開催した。きっかけは学生の頃から出品していた公募展に落ちたからだ。当時はそれなりに悲壮な覚悟でもう団体展には出品しないで個展でやってゆくつもりでいた。よく分からないながらも団体展に出品し続けていても絵描きになれるとは思えなかったからだな。地元で個展を開催しても知り合いしか来てくれないわけで、打開策として花の都で個展をするということがいいように思えたからだ。特に確信があったわけではない。何のツテもコネもカネもなかった。

 ほんの少しの予算で出来る画廊を探した。貸し画廊と企画画廊の区別もよく知らなかったので資料もって手当たり次第に画廊に当た。今から考えると赤面モノだけど、知らないというのは怖いもの知らずでいいところもある。老舗の画廊によってトイレを貸してくださいというと、「ここは公衆トイレではありません」と断られたこともあったな。お客になりそうもない男にトイレを貸す義理はないと考えたのかな。

 くたびれて最後にたどり着いたのが並木通りのT画廊だった。今から考えると貸し画廊だからお金さえあればどこだった借りることは出来たんだな。まぁ予算が格別少なかったので苦労した。それが1988年のことです。




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今日のアトリエ - 2014.01.12(ポケットの窓から)

はる 4573
 今日もまた一日が過ぎました。同じような毎日ですが、昨日とは確実に違う時が過ぎて行きます。今日はこのまま眠ります。おやすみなさい。また明日。


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冬の庭 - 2014.01.11(未分類)
 
はる 4572
 こうやって毎日ブログに記事を書く。いつの間にか、これが一日の終わりのスタイルとして定着してきた。何かあった日も、なかった日も何事か書いてゆく。そうやって毎日毎日刻み込むように繰り返しているとよく分かることがある。人の一生は単純な毎日の繰り返しなんだということだな。

 HPを立ち上げた頃はブログなどという便利なツールはなかった。デジカメもなかったので、写真をアップすることはかなり面倒な手順が必要だった。まず現像して紙に焼いてそれからスキャナーで取り込むそんな苦労をしてHPに画像をアップしたものだ。今は携帯のカメラから直接ブログなどにアップできるので、この件に関しては苦労しなくなった。これはもう隔せの感です。毎日アップしている画像はいわゆるガラ系の携帯から投稿したものだ。

 ブログに日記を書くことを基本にして、同じ記事を自分の日記帳にコピーしている。なぜならブログは便利だけれど、無料の借り物なのでいつか消えてしまう恐れがあるからです。ちゃんと自分のハードディスクバックアップしておく必要がある。

 最近参加している道具にツイッターやフェイスブックがあるけれど、どちらもブログからの転載機能を利用していて、オリジナルな記事はほとんど書いていない。私的にはこうやってじっくり記事を書くブログが一番あっている気がしている。


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クーラント - 2014.01.10(ポケットの窓から)

はる 4571
 四千五百もの記事を書いていると、もう前に書いた記事のことを忘れている。いや正確にいうとほとんど忘れている。どこかにチラッと残ってはいるので、書きながらあぁこれはどこかで書いたなぁと思い出すわけだ。

 今描いている大きな絵のタイトルのこと。私はどこかで読んだことがあるうろ覚えの尾崎放哉さんの「入れ物が無い両手で受ける」から「両手で受ける」をタイトルにすることにしたのだが、もうすでに有名な芸能人がそれで本を書いていることが発覚した。まぁ気持ちとして避けたいところだが、俳句そのものに強烈なインパクトがあるのでそれでも言いかと思う。

 前にも少し書いたけれど、私は街中の画廊やデパートで個展だけやっている絵描きではなくて、大きな団体にも属している作家です。団体展というのは普通に生活しているとほとんど見ることも聞くこともない存在ですが、絵を描く人間にとっては今尚けっこう大きな存在価値を持っている。年一度の絵描きのお祭りみたいなものだな。それでもまぁ昔に比べると随分と少なくなってきていると思うけれどね。個展を中心に活動している作家は無所属の人が多い。

 で団体展の作家は一年に一度大きな作品を描かねばならない。なぜなら年一回全国から作品を公募して審査して展覧会を開催することになっているからだ。その時に賛助出品として自分たちも作品を出品する。大きなグループ展みたいなものかな。年中行事だけれど、それがないとなかなか大きな作品を描くきっかけがない。

 その展覧会が五月の連休のシーズンに六本木の国立美術館である。「第88回国画会展」だ。まぁ私がやる個展などとはおもむきがまるで違って、そりゃ物凄いものです。量も質も半端じゃないですね。今年はその中で自分の絵についてしゃべります。興味がありましたら観てやってくださいな。またそのときにはお知らせします。


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千体仏像 - 2014.01.09(ポケットの窓から)

はる 4570
 明日は零下七度になるという。水道が凍らなければいいがなぁ、、。

 今日は一日家にいて、一歩も外に出なかった。個展前の雑用を片付ける。もう何度もやっていることなので手馴れてはいるのだけれど、それでもけっこう面倒なことがたくさんある。絵描きは絵だけ描けばいいというものでもない。ある意味個人商店、絵画製造販売業なので、基本的にはそういったことも楽しむことだ。

 パネルを買ってきて下地の布を張るところから、最後は額そうして着飾ってお嫁に行くところまで見送る。そこのところに全部かかわっていることが楽しいわけだ。全て人任せにしたらきっと楽にはなるだろうけれど、楽しむという気持ちにはなれないのじゃないだろうか。

 年に何回も個展をして、ぼちぼちながら何とか絵でやってゆけそうだなと思ったのはここ最近のことだ。それでもこの仕事は水モノでね、常に考えた通りには行かない。行かないのが当たり前なんだな。だから一つ一つの個展の結果には一喜一憂しないんだ。そこのところにつかまっているとこんな浮き草稼業のような生き方はできない。望んでいたとはいえ、ある意味ヤクザな家業だぜ。


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ソーダ水 - 2014.01.08(ポケットの窓から)

はる 4569
 今若い作家が何とかやってゆこうと考えた場合どんな方法があるのだろう。私などが考えるのだからもうすでに古いのかもしれないが、一番の方法は今一番メジャーなコンクール(VOCAなど)で受賞することだろうな。ただ美術界ではメジャーであっても世間一般ではほとんど知られないわけだから、それでメジャーといえるかどうかだな。それよりも手っ取り早いのはテレビにでもでて名前を売るほうが速いかもしれない。本末転倒だけれど一つの方法ではある。昔村上隆がメジャーになる前にそんなことを言っていたな。

 今勢いのある画廊というのは海外のアートフェアーなどに盛んに参加している画廊だ。アートフェアーというのは画廊の見本市みたいなもので何十、何百の画廊が一箇所に集まってその画廊の推す作家の展覧会をやって見せるという実に経営的な戦略なんだな。そこで売買されるのは何だろう、私などが考える絵画とはちょっと違って投機的なにおいがするビジネスの世界だ。絵画のグローバル化が叫ばれるのはそういった投機的なミテクレに耐える作家が欲しいということじゃないかと思うんだな。

 私たちが個人的に絵が欲しいとか、もっと身近でコレクションしたいといったことは、もっと個人的なレベルの話であって、そこらあたりとはまった違う話だ。もっとも絵の楽しみというものはそういった個人の楽しみから一歩も出ないものであって、グローバル化するようなものではない気がするな。


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イコン・ - 2014.01.07(ポケットの窓から)

はる 4568
 普通、画廊と言えばまぁよく分からない、それらしい絵が並んでいて、画廊のオーナーかそれまた似つかわしいような小奇麗に着飾った女性が微笑んで待ち構えているようなイメージがある。そんなところにのこのこ出かけて行っては、飛んで火にいる夏の虫のごとく欲しくもない高額の絵を売りつけられるのじゃないかと、心静かに絵を見るどころの話ではないと言った話も聞く。

 まぁ未だにそんなキャッチセールスのような胡散臭い名ばかりのギャラリーもあるけれど、ほとんど場合画廊とはいえないような貸しスペース屋さんばかりだ。そこで展示されている絵は当然売ることなど考えないノンプロの絵ばかりだ。それはまぁそれでいいのだけれど、それを生業にしている我々とは似ているけれど、根本的に全く違うものだ。

 普通に絵を描いて展示して招待状出して来てもらっても、そうそう絵など売れるものではない。日常生活に全く必要ない余計なもので、それに例えば5万でも自分の財布から出して買いますか。何かしら人間関係があって例えば親戚とか同級生とか知り合いなどであったら、付き合いに一点くらい買うかもしれませんが、それを期待しているとまぁ人間関係が悪くなるし、長くは続かない。

 今でもそうなのか、日本画の古い師弟関係などの場合、名のある師匠に付けば引きもあって段々に値段が上がってやがては老舗のデパートなんかで大々的に展覧会をやれるようになる、そんな夢物語があったような気もするけれど、今はどうなんだろう。日本独特の職人的な徒弟制度だけれど、それを期待して投機感覚で先物買いする人もいたようだけれどね。なんでもグローバル化の影響でそんな世界はもうないのかな。

 全国区で通用する名前、ブランドがあればそれで充分なのだが、無名の作家は一発勝負というのか絵にどれだけの自分の想いを注ぎ込めるかに尽きる、一瞬で決まってしまうわけだからね。どこかやっぱり共通する、共感する想いみたいなものを分かりやすくメッセージとして埋め込んでおかなくてはならない。それと波長が合えば感動してもらえるわけだ。それが全てかな。


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回り道 - 2014.01.06(ポケットの窓から)

はる 4567
 欧米のことはよく知らないのだけれど、多分デパートでは展覧会のようなものはやらないのではないかと思う。私がデパートで個展を始めたのは2007年からだからそんなに古いことではない。話があるまでデパートで展覧会をするなどとはまるで考えていなかったので、思考の外にあったわけだ。今でこそデパートで個展をすることにほとんど抵抗感はなくなったけれど、最初はすごくちゅうちょした。そのことは何度も書いたけれど、まぁいいやな。嫌なら、飛ばしてください。

 「デパートの絵」と言えば思い浮かぶスタイルがあるでしょう。一般に「綺麗、分かりやすい、細かい」と言われる。お客さんは一見さんのお客様がほとんどで、絵に対して一家言を持つとか、趣味があるという人はまれだ。それが街中の画廊とはまるで違うところだな。そもそも最初の目的からして違う。絵を見に来たのではなく、たまたま近くを通ったら展覧会をやっていたから、寄ってみたというお客さんがほとんどだ。むるん私の名前を知っている人などいないわけで、私の絵がそういった一見さんに受け入れられるのかどうか、そのことも心配の一つだった。

 もう一つは、デパートで展示されたものは作品ではなく商品になる。奇麗事を言うわけではないが、絵を商品として描いてはこなかった。売れないと困るのだけれど、売るためには描いてこなかった。あくまでも自分の作品を描いてきたしこれからもそうするつもりだ。だから、売れないと私はクビになるだけですむけれど、間に入って私を見つけて紹介してくれた人に申し訳ない。

 一昔前はデパートの美術部というものがあって、専門に画商的なこともやっていたようだが、今は二三の老舗のデパートしか専門の画商さんはいない。ほとんどが他の独立した画商さんが企画で入っている。私もそういった画商さんと組んで個展をやらせてもらっている。どうやってそういったチャンスがあったのか、それはまぁめぐり合わせのようなものだ。やりたいと積極的に立候補したわけではない。全て天の采配で機が熟せばチャンスは向こうからやってくる。

 絵を売ることにちゅうちょする作家がいるけれどそれは違う。売れないのは魅力がないからだけれど、売れることで大いに自信になるし、お客さんの側から言えば、作品を買うことは自分の価値観、人生観を肯定して人生を豊かにできる。そのことは大いに啓蒙すべきだ。

  話は少し飛ぶけれど、日本の昔の生活はむろん今に比べて貧しかった。けれど例えば床の間とか、坪庭とか、庭がなければ盆栽とか、もっと下世話では玄関の下駄箱の上のスペースなどなど、四季折々の草木や掛け軸や書や歌を飾って日常の生活を肯定的に愉しんだ。今の生活は確かに物質的には豊かにはなったけれど、そういった心の余裕みたいなものを失くしてしまった様におもうな。

 作家の一つの仕事は作品を制作することであるけれど、もう一つの仕事はおこがましいけれど、そうやって絵を買ってもらって多くの人にその歓びを知ってもらうこともあるようにおもう。

 日本人は売れないのを自慢する傾向があるけれど、あまり売れることを自慢するのも考え物だけど、絵描きとして絵で何とか食べて行く、自立するという気持ちがなければ逆説的だけど、絵では食べてゆけない。


 
 


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さいわいびと - 2014.01.05(ポケットの窓から)

はる 4566
  車の補修のことは私がいろいろ言うよりここにすばらしいページがあるので載せておきます。
 http://www.99kobo.jp/repair/index.html
 
 ただ、こういった手仕事は慣れというのが大きなポイントで、最初から納得のいく仕上がりになるかと言えば、なかなかそうはいかない。もう一回同じことをやればもう少しうまく行くと思うのだが、出来ればそんな機会がない方がいいわけで、贅沢は言わずにまぁ今回はこんな程度で我慢しよう。

 


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今日のアトリエ - 2014.01.04(ポケットの窓から)

はる 4565
 アトリエが片付くとやっぱり気持ちのいいものだ。今年は絶対このままと年の始めは思うのだけれど、一ヶ月もすれば元の木阿弥だ。けれどそれはそんなに嫌いじゃない。へそ曲がりだな・・。

 正月の二日にはなじみの神社さんに初詣に出かける。決して氏子というわけではないのだが、引越しのときもそうだったけれど、盆暮れ、個展の前など、何かあれば必ずお参りするし結果の報告にも出かける。まぁ迷信といってしまえばその通りで、お参りしようがサボろうが何かが影響するとは考えていないのだけれど。

 こころの拠り所みたいなものかな。宗教というのとも少し違う。お天道様にお願いするみたいな、思想性のない原始的などんな民族にもある「いのりのかたち」なんだろうな。それってやっぱり否定できないだろう。

 で、正月早々車のバンパーを神社の駐車場でこすってしまった。人に止められないように何か障害物が置いてあったようだ。前の車は山道を行くような4WDの車高の高い車だったので、多少の障害物など乗り越えて行ったのだが、今回乗用車にしたものだから、やたらと底をすることが多くなった。途中で車の様子を替えるのはよくないね。慣れるのに時間がかかる。

 で、自分で修理できないかネットで調べる。まぁバンパーはもともと傷ついてもいいようには出来ているのだけれど、今の車は何でバンパーにあんなに柔らかい物を使っているのかな。基本的にはあれはプラスチックの飾り物でしかない。障害を食い止める機能はないな。いっそ共に壊れてショックを吸収するためのものだな。そのことも今回初めて気がついた。

 まぁ本格的には多分無理だろうけれど、基本的にはキズをパテで埋めて、水ヤスリで研ぎだして、塗装するわけだから私にできる範ちゅうではあるわけだ。綺麗に行くかどうかは別にしてね。

 まずホームセンターに出かけて、同じ塗料があるかどうかを調べる。これがなければ全てチャラになる。これがけっこう多くの種類があって分かりにくい。同じ赤でもメーカーによってまるで違うし、同じメーカーの中でも車種によって違うわけだから、難しい。しかし、カタログが有り注意深く探せば同じ塗料があった。吹き付けのエアーとパテと水やすりを一緒に購入。

 まず、傷ついた部分にヤスリをかける。・・眠くなったので続きは明日かな。


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ポケットの窓から - 2014.01.03(ポケットの窓から)



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今日のアトリエ - 2014.01.02(ポケットの窓から)

はる 4563
 アートビジネスの世界ではグローバル化が叫ばれている。今までの日本の旧態依然とした画壇の美術では、世界の市場から取り残されるばかではなく、今後も世界で通用するアーティストが育たないだろう。アートの世界でもガラパゴス化していると尻たたかれる。そんなことを言われるものだから、その気になってアートマネージメント、アートでビジネスをなどとおたおたと始めるオタクが出てくる。

 学校でたての若い作家たちはさもそれが最前線でかっこいいかのようにかぶれて、就活する感覚で海外のアートフェアなどに積極的に挑戦している画廊に自己アピールしたりするらしい。それで食えるかどうかというのは大事にことだけれど、どこか何か違和感を感じるのだな。

 そもそもアートなどグローバル化する必要があるのかということだ。もともとアートなどは極限られた人だけをターゲットにしているわけで、そのことだけを考えてもガラパゴス化は必然みたいなものだ。ある人にとってはお宝であっても他の人にとってはゴミみたいなものというのがある意味我々の共通認識だ。

 その良さを見つけた発見したということがとても大切なことなんだな。だれもみんなが持っているものだけど、いままで見過ごしていた、気がつかなかったことを気づかせるというのがアートの醍醐味のような気がする。けっして特化してブームを作っておしつけるという類のものではない気がする。


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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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