あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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大掃除 - 2013.12.31(ポケットの窓から)


はる4561
大晦日。今の時刻は7:45いまだ大掃除の最中です。ことしはけっこう真面目にやっています。もうあきた。


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今日のアトリエ - 2013.12.30(ポケットの窓から)

はる 4560
 アトリエの大掃除。普段は軽く床に掃除機をかける程度。気に入った画集や切抜きがどんどんたまって来て、そこら中に置くから次第に収拾がつかなくなる。道具類もそうだな。少し使った小道具をまた使うかもしれないということで、そこに置くと一ヶ月でアトリエは足の踏み場もない状態になる。

 ある画家のアトリエは実にすっきり精密機械の工場のようだ。無駄なものがほとんどないように見える。まぁこれも自分自身を投影しているわけだからしかたない。自分の絵とそっくりだ。無駄なものがいっぱいあって、混沌とした中から何かが生まれるのを待つ。

 自分の人生もそのまま無駄ばっかりだ。あっちにふらふら、こっちにふらふら、ちょっと面白そうだと道草してなかなか本道に戻れない。結局あれもこれも私の分身だ。絵だけが私を表しているわけではない。

 作詞家という職業はあるけれど詩人という職業はない。同じように芸人という職業はあるけれど芸術家という職業はないな。作詞家は職業だけれど、詩人は生き方の問題だ。同じように芸術家という生き方なんだろうか。


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ポケットの窓から - 2013.12.29(ポケットの窓から)

はる 4559
 数ある銀座の画廊の中でも企画専門のYの画廊通信を読んだ。この画廊がどこにあるのか行ったこともないのだけれど、画廊のオーナーが直接ブログを書いているので珍しいので随分昔から知っていた。
http://blog.yanagi.com/archives/51422481.html

 今の画壇の重鎮の話が出ているけれどどうも今ひとつしっくりこないな。画壇の元になっている団体がもうほとんど趣味で絵を描いている人たちの集まりになっているからな。「売り絵描かないで、団体展に出して勉強しろ」という話はまるで説得力がない。絵で何とかしようと思う今の若い人たちはどちらかというと海外のアートフェアや、そういった物を扱う画商に見つけられたい、売り込みたいと思っているようだな。村上隆ではないけれど、芸術家企業説に近いかもしれない。

 まず一番大事なことは教育ということだろうな。日々の生活の中で何かを感受することが楽しいことだということ。人生は楽しいことや悲しいことに満ちあふれているけれど、それでも生きることは楽しいことで、芸術はその楽しみ方感受の仕方を教えてくれるものなんだ。それは多分放って置かれると気づかないものなんだな。それぞれ各自がそれぞれの身の丈で発見する、気づくことなんだな。

 これまた、眠くなった。


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Baidu IMEをアンインストール・削除する方法 - 2013.12.28(ポケットの窓から)

はる 4558
 昨日パソコンを立ち上げると「Baidu IME」の日本語変換ソフトにしませんか?というメッセージがポップアップされた。何のことやら分からなかったので勿論何にも許可しなかったのだけれど、調べてみると二三日前のNHKのネットニュースにこんなことが書かれていた。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131226/k10014117561000.html
 
 これを知らないでこのソフトを利用すると、打ち込んだ情報がそのままかの国のどこかに送信されてしまうという恐ろしいソフトだ。で、何気なく調べてみると私のパソのアプリケーションの中にはいっているじゃありませんか。何でこんなものが私のソフトに入っているのか、と考えると思い当たることがある。とりあえず

Baidu IMEをアンインストール・削除する方法
http://yossense.com/baidu-ime/

 元々わたしのパソは再生パソで入っていたソフトはキングソフトというかの国のものだった。これがなかなかの曲者で、いろんなところで悪さをする。キングソフトのオフィス2000というやつは知らないうちにマイクロソフトのオフィスに取って代わるように設定されていた。それも簡単に優先をはずすことが出来るのだけど、今回の件もそうだな。

キングソフトの優先をはずす方法
http://asobibe.blog.fc2.com/blog-entry-2351.html

 パソをやっているといろんなことにぶち当たる。少しずつ学習してゆくしかない。


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フェリーニの「道」 - 2013.12.27(ポケットの窓から)

Nino Rota 映画「道」 La Strada ~ Gelsomina



はる 4557
 午前中に滞在した宿からダンボール箱が返ってくる。大急ぎであけて洗濯物を出す。滞在中も勿論コインランドリーで洗濯はするのだけれど、最後に着た物は乾かないのでもって帰るか、荷物と一緒に送り返す。いったり帰ったりこのダンボールはなかなか働き者である。

 世の中の単身赴任のお父さん方もこんな感じなんだろうか。なぜか昔観たフェリーニの「道」を思い出した。観てない人は是非観て下さいな。泣けます。


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旅芸人家族 - 2013.12.26(作品)
 
新しい家族 f3 2013
はる 4556
 毎年新年にその年の計画をたてて一覧表にする。まず個展の日にちを書き込む。それからグループ展、団体展やそれに付随する賛助出品の大きさや点数を書き込む。一つの展覧会までにどのくらいの大きさの作品が、どれくらいの量必要か、把握しておかないと間近になっておたおたすることになる。

 私の場合、地元の秋の個展から一年が始まる。個展のタイトルも地元が一番でその後各地を回っても変わらない。小さい作品は夏場にアトリエにこもって一気に百点ぐらい同時進行で描いて行く。その作品をメインに一年回してゆく、もちろん途中で何点かは描き加えたり、描き足したりはするけれど、メインはそこで描いたものだ。

 年末のクリスマスに発表することが多いのでそれにあわせて描いているように思う方もいるようですが、ほとんどの場合真夏の灼熱のアトリエで描いているのだ。それもまた面白いなぁ。

 今年は個展を四箇所で開催した。それが多いのかどうか、あっちでほいほい、こっちでほいほいと、大きな荷物を開封しては梱包している。絵を描くより荷物を作るのが上手くなって、まるでドサ周りの旅芸人のようだと自嘲している。


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個展六日目 - 2013.12.25(ポケットの窓から)

はる 4555
 楽日です。4時30分まで

 無事終了しました。ありがとうございました。

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個展五日目 - 2013.12.24(ポケットの窓から)


はる4554
街中はクリスマスイブです。ミキモトのイルミネーションです。

いよいよ、明日4:30で終了です。


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個展四日目 - 2013.12.23(ポケットの窓から)


はる4553
こうやって期間限定で他の街の住人になるのは楽しいものだ。あらゆることやものから離れて一時でも自由人になれたような気がする。それもあと二日になってしまった。何だか名残惜しい。



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ポケットの窓から - 2013.12.22(ポケットの窓から)


moblog_0196d14f.jpg

はる4552
今日は中日でギャラリーはお休み。危惧していたように画廊に立ち寄った方から電話が入った。すみません、きょうはおやすみでした。絶好の行楽日和、画廊に来るよりどこか遊びに行ってください。

私たちは久しぶりに上野公園の西欧美術館にスペインのソフィア美術館にあるタピエスをみに出かけた。期待したタピエスは数点しかなかった。しかし、一昔前に西欧を旅したおり、タピエスをみて油彩をやめてミクストメディアにする決心をしたことをおもいだした。感覚的には東洋の書などに近いものを感じる。私は随分と遠回りして、やっと少し足元が見えて来たように思う。

上野の藪蕎麦で昼飯をくって、そもも銀座線で浅草のオーガ君の個展を観る。彼とはFBで知り合った。いい絵を描きます。時間が取れれば見てやって下さい。
オーガフミヒロパステル画展
12/19--12/28
ギャラリーアビアント
墨田区吾妻橋1-23-30-101
03-3621-0278

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個展三日目 - 2013.12.21(ポケットの窓から)


はる4551
今日で中日、明日はお休みですのでお間違えのないよにおねがいします。

多くのグループ展も今日で終了のところが多く、搬出がてら駆け込んで来てくれた人も多かった。月曜日からあらためて出発です。お待ちしております。

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個展二日目 - 2013.12.20(ポケットの窓から)


はる4550
夜の新橋付近は昼間のような雑踏だった。田舎に住んでいるとこんな光景を見るのは正月の初詣以来だ。

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個展一日目 - 2013.12.19(ポケットの窓から)


はる 4549
雪こそ降らなかったけれど一日冷たい雨が降っていた。雨が振れば客足はばたりと落ちる。それはまぁはっきりしたものだ。まぁ文句をいうマイ。明日からを期待しよう。





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年賀状 - 2013.12.18(ポケットの窓から)

はる 4548
 雪が降ってきた。今回は雪ですか。何でも有りだな。

 明日から東京銀座で個展です。


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頭陀袋 - 2013.12.17(ポケットの窓から)

はる 4547
 半年ほど前に麻布製の柿渋染めで肩掛けバッグを知り合いの作家にオーダーした。私がイメージしたのは坊さんの頭陀袋だ。
 頭陀袋とは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%AD%E9%99%80%E8%A2%8B
「・・頭陀”(ずだ)とは、梵語のDhūta(ドゥータ、意味:払い落とす、棄捨)の漢訳音写であり、仏教僧侶が行う修行(頭陀行、乞食の行)のことである。したがって、頭陀袋とは、本来この頭陀行を行う僧侶が、携行用に用いた袋のことであった」

 飾り気のないシンプルな布の袋が仕上がってきた。どこにでもあるようで、実は同じものはどこにもない。オーダーした者の自己満足かもしれないが、何となくうれしい。


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今日のアトリエ - 2013.12.16(ポケットの窓から)

はる 4546
 今日は胃カメラでした。本当のことを言えば胃はないわけだから「胃カメラ」ではなく「食道カメラ」ということになる。胃を切ってからもう13年にもなるわけだから、転移ということはほとんど考えられない。今一番心配なのは食道と腸をつないだジョイント部分で、そこに何かしら癒着や炎症がおきて癌化する可能性があるだろうということ。

 でもまあ、結論を言えばすんなりとOKだったので、一安心だな。

 前回胃カメラをやったのは六年前らしい。私の場合いろいろ説明するのが面倒なので同じお医者さんにかかっている。実は癌の告知をされたのもこの先生でその後のケアーもこの先生にお願いしている。ただ当時はまだ大きな病院に勤務されていたのですが、今は開業されて個人病院になっている。まぁ主治医は追っかけにならざるを終えないところがあるな。

 まぁこれで食道の方は三年ぐらい大丈夫だろう。


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今日のアトリエ - 2013.12.15(ポケットの窓から)

 両手で受ける
はる 4545
 来年のグループ展スクエアでの「回顧展」は諸事情のため一年延期します。ちょっと忙しすぎるため、自分の仕事を回顧する心の余裕がありません。2015年もたぶん同じくらい忙しいのだろうけれど、これ以上は伸ばせません。体がついて行かないでしょうから。

 今日は久しぶりにクロッキーに出かける。このところ個展が続けてあったりしてクロッキーに出る機会がつぶれていた。二ヶ月ぶりになるかな。最初は全く手が動かないのだけれど、やりだすとそこそこ動くようになる。午後からはけっこう面白い線が引けたのではないかな。いずれアップしよう。

 夜はここらあたりの自治会の組会議。今年は組長といって自治会の世話役をやっている。周りは年寄りばかりなので、段々面倒な役が毎年回ってくるようになった。都会に住んでいる人にはなじみが薄いかもしれないが、まぁわずらわしいけれど、悪いことではないように思う。自治会で花見もするし、運動会、お盆祭りなど、今年は結構活躍した。私のように元々が地元出身ではない人間が組長をやることで仲間意識を共有してゆくことになる。

 明日は胃カメラの検査だ。これまた面倒くさい。


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自己啓発 - 2013.12.14(未分類)
 
はる 4543
 すごく寒い。

 事情があって東京の個展の作品を今日発送した。

 私のようにネットに毎日ブログをさらしている作家はどれぐらいいるのだろうか?日記のようで実はこれは日記ではない。人に読まれることを前提に書いている訳で、ある意味作家の表現活動の一環の一部であるように思う。作家は作品だけで表現すればいいことでこんな風に自己の内実を日々垂れ流していることは益にならないという人もいるだろうな。表現したいという欲求を小出しにすることで、本当に言いたいことが逃げてゆくのではないか、という人もいるかもしれない。

 私は宝くじを買わないようにしている。なぜなら人の運の総量というのが決まっていて、例えば宝くじで人もうらやむ幸運を引き当ててしまったら、自分の本当に運が欲しいときに手に入らないのじゃないかと思うからだ。人生は決して悪い事ばかりではない。悪いことの裏にはいいことが隠れている。反対にいい事ばかりでもないのだな。

 その考えで云うなら、確かに小出しにこうやって自己表現していることはマイナスだ。どうしてもこれだけは言いたいという根源からの飢えがなくなってしまう。充足してしまうと考えるわけだ。

 少し前にどこかで書いてあった事と関係するのだが、日記のネタ探しとよく似ている。問題意識、書きたくなる欲求というのはためる事が出来ない、なま物だ。だからネタというのだ。ネタには旬というものがある。それをはずせばネタは腐ってしまう。

 それからもっと大事なのは、問題意識、表現したいという欲求、というものは使わないと枯れる泉のようなものなんだ。これは通俗的な幸福の総量とは根本的に違うものだ。

 一週間使わないでいるとはっきり言って問題意識は消えかかって風前の灯になる。一ヶ月使わないでいると、さぞかし欲求不満でダムは満タンになっていると思いきや、綺麗さっぱり何もなくなってしまう。

 多分私にとってはこうやってブログに何かしら書き込んでゆくことは、問題意識の継続、ネタの発掘、アイディアの蓄積、何よりも表現したいという欲求の啓発になっているような気がする。
 


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辻均油彩画展 - 2013.12.13(ポケットの窓から)


辻均油彩画展
「心の色とかたち」
12/11~12/16
11:00~18:00
司画廊
国分市本町4-14-1
042-325-5300


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ポケットの窓から - 2013.12.12(ポケットの窓から)


家内の誕生日でした。
はる 4541
 来年で結婚30周年になります。25周年の銀婚式や50周年の金婚式はメジャーですが、他は何婚式というのか知らなかった。調べてみると真珠婚式というらしい。ごろが悪い。なんだか後からとって付けたような、宝石屋の仕掛けじゃないかと疑ってしまう。まぁそんなものはどうでもいい。とにかくよく続いたものだ、それだけで目出度い話だ。

 


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Imagine - 2013.12.11(ポケットの窓から)


はる4540
ジョンレノンのイマジンの詩の和訳を読んでその通りだな、夢想家というかもしれないけれどやはり、彼が歌っていることは正しいよな。そういう風になるにはいったい人類は何年かかるのだろうか。隣の国どうしなのにどうしていがみ合っているんだろう。にくみあっているんだろう。一触即発だなんてなんて馬鹿げた話なんだ。

無論我々が昔しでかしたことが許されないことだということはわかるけれ、むしのいいはなしかもしれないが、そこばかりに囚われて憎しみを新たにして忘れないで何かいいことがあるのだろうか。憎しみは報復をうみ新たな憎しみを生むだけだ。

我々もうまい具合にしらず知らずのうちに情報操作されている。戦いたい人が戦いやすいような世論を作っている。訳の分からん隣国がさもいますぐいでも攻め込んでくるような妄想を掻き立てる。相手も同じようにそう思っているわけだ。憶測が憶測を生んでお互いを憎み合ったり牽制しあったりしている。まるで滑稽なドン・キホーテのようだ。

結局一部の人の利権や名誉や権利を守るために名もない下々のものは利用されているだけだということをしらなければならない。よくよく考えて見ることだ。

Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
No Hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today...

Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people
Sharing all the world

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one

想像してごらん 天国なんて無いんだと
ほら、簡単でしょう?
地面の下に地獄なんて無いし
僕たちの上には ただ空があるだけ
さあ想像してごらん みんなが
ただ今を生きているって...

想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く
そして宗教も無い
さあ想像してごらん みんなが
ただ平和に生きているって...

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
きっと世界はひとつになるんだ

想像してごらん 何も所有しないって
あなたなら出来ると思うよ
欲張ったり飢えることも無い
人はみんな兄弟なんだって
想像してごらん みんなが
世界を分かち合うんだって...

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
そして世界はきっとひとつになるんだ


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ポケットの窓から - 2013.12.10(ポケットの窓から)

はる 4539
 絵を描く最初の動機は何だったんだろう。母親が少し絵を描いていたというくらいで、親類や縁者を見ても特に絵を描いている人などいない。芸術に造詣の深い家系でもない。どちらかといえば理工系の実利の家系で文科系の尻尾などどこを探しても出てこない。 小さい頃から絵が好きでというようなこともない。特に絵が上手だったという記憶もない。だた何となくある物を工夫して工作するのは好きだった。

 親戚にどうしようもない鼻つまみ者がいた。何をやっても長続きせず。どこかで借金しては親戚に迷惑をかけた。小さい頃に母親から呪文のように言われたのが、どうか彼のようにはならないでおくれということだった。それが耳に残っていたいたのか、反対に暗示にかかったのか、仕事は長続きしなかった。元々就職する気がなかったように思う。

 学校を卒業してブラブラしていると、自分でも段々落伍者になってゆくようで怖かった。反面こじきやホームレスのようになって社会からドロップアウトしたいという欲求もあった。かっこよく言えばこの厭世観というのは自分のベースにあるもののように思う。だからなのか未だに私の絵のテーマはそこらあたりをウロウロしている。

 眠くなったので、今日はここまで。


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今日のアトリエ - 2013.12.09(ポケットの窓から)

はる 4538
 暮れに個展があって年賀状を印刷する時間がない。そういうわけで、早々と年賀状を印刷した。ご覧のプリント道具は昔ながらのプリントゴッコという便利な印刷機。版の種類で言うならシルクスクリーンで穴版という。一つの版で多色刷りができるし、微妙に一枚一枚色が違うのでこれまた非常に面白い。

 最近はパソコンの普及で簡単に綺麗な印刷ができるため、すこし面倒な手順が必要なこういった昔ながらの機械がお払い箱になっていくようだ。機械のほうはまだ十分使えるのだが、会社のほうではもう製造していないらしい。よって消耗品が次第に手に入らなくなって来た。

 ネットで注文できなくはないが、品薄のため昔に比べて非常に高いものになっている。一年に一回しか使わないものなのでそれほど使用頻度は高くないのだけれど、使っているいる人がいるわけだから、企業の責任として最後まで消耗品は安価に提供するべきだと思う。今回は知り合いから消耗品の寄付があったのであと何年かはこれで行けそうだ。

 数年前に一度賀状はやめるようにする決心をしたのだけれど、来るものだから礼を失することを案じて返信しているうちにまた次第に量が増えてきた。商売柄あまり非礼に当たることはしたくないのだが、まぁ徐々に少なくしてゆくつもりです。そのつもりなので失礼があったらすみません。


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反戦歌 - 2013.12.08(未分類)
 

甲府イノセント2F展示



♪死んだ男の残したものは

はる 4537
 反戦歌を唄わなくてはならない。

 むかしむかし、フォークソング華やかしき頃。岡林信康や中川五郎など関西ホークの草分け的な存在の連中がアメリカのベトナム戦争を批判して反戦歌を唄っていた。それがなんともかっこよく反戦のスタイルそのものが、一種のファッションだったような気がするな。当時の連中がどれだけベトナム戦争に身を切られるほどの親近感を感じていたかを考えると疑問だ
な。

 もともと我々はアメリカさんの真似をするのがなんとなくかっこいいと考える軽薄なところがある。徴兵制もないのにロングヘヤーにしてヒッピーを気取ってみて反戦を訴えてもそりゃ意味ないよな。まぁ世界中がカウンターカルチャー(アメリカ文化)に毒されていたのだから、まんざら日本だけの傾向ではないのかもしれん。

  大手の新聞やマスコミなどまったく当てにはならない。台風の予測は四六時中寝てもさめても報道するくせに、放射能の拡散予報や風の方向はまったく報道しなかった。報道すればパニックに陥るからなのかもしれないが、それを決めるのもこちら側のことであなた達は真実を告げなければならない義務がある。

 今、機密法や国家安全保障会議(日本版NSC)が整って日本はどこへ向かっているのか、明らかにひとつの方向が見えてくる。

 今FMでジョンレノン「イマジン」の話を聞いて思ったんだな、戦争の危機感のない平和な時代に反戦歌唄ってもまったく意味ない。今いろいろな意味でじわじわと戦争の足音が聞こえてくる時に反戦を唄わなきゃ本当じゃない。それを唄うことはひょっとするとかっこ悪い、周りから浮いた、勇気の要ることだったりするのだ。それでも「戦わない」という選択ができるかどうかだ。

Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
No Hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today...

Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people
Sharing all the world

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one
想像してごらん 天国なんて無いんだと
ほら、簡単でしょう?
地面の下に地獄なんて無いし
僕たちの上には ただ空があるだけ
さあ想像してごらん みんなが
ただ今を生きているって...

想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く
そして宗教も無い
さあ想像してごらん みんなが
ただ平和に生きているって...

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
きっと世界はひとつになるんだ

想像してごらん 何も所有しないって
あなたなら出来ると思うよ
欲張ったり飢えることも無い
人はみんな兄弟なんだって
想像してごらん みんなが
世界を分かち合うんだって...

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
そして世界はきっとひとつになるんだ





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ちょっと怖くなってきた - 2013.12.07(ポケットの窓から)

はる 4536
 「機密法」が通ってしまったけれど、まぁこれが知らず知らずのうちに自分たちの首を絞めるようにならないことを祈るばかりだ。たぶん相手も馬鹿ではないので具体的に目に見えるような形では迫っては来ないだろう、見えないように気づかれないようにじわじわと確実に迫ってくる、そして気づいたときにはもうにっちもさっちもいかないようになっている、そうなるのが怖いのだな。

 それから気をつけなければならないのはある種の熱狂だな。興奮して正義を振りかざしてシュプレヒコールを繰り返す。そのうちに脳内麻薬でそのことに陶酔してしまう。群集心理ではないけれど、みんなが賛成している意見や好みは危ないな。我々はまだ真に独立した自我を持っていない。問題はそこなんだけれど、自ら考えるという風には教育されてこなかった。

 テレビやラジオや新聞で言われている意見を自分の意見と勘違いしていることが多い。彼らはけっして大衆の反対の意見は言わない。彼らもまた正々堂々自分たちの意見を言っていない。正義の味方ではない。そのことは先の原発の報道で分かったはずだ。その時々の大衆の意見を代表して述べているだけだ。

 マスコミだけの責任ではない。残念なことに、その国のレベルに応じたマスコミしか持てないし、政治もまた同様なのだ。

 ナチの政権だけではない、我々の国も同じような間違いをおかして来た。決して軍部だけが突出して暴走したわけではない。その時の国民が選んで熱狂的に受け入れられた、望まれて出てきた政権だということを忘れてはならない。

 たぶん、私が危惧していることは隣との衝突だ。勇ましい話には用心だぞ。くれぐれも・・。


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ポケットの窓から - 2013.12.06(ポケットの窓から)

はる 4535
 お正月には前の晩から寝る前に、お正月用の下着と新しいジャンバーなどを枕元において寝た。今のように昔はお正月には開いているお店などまったくなかったので、童謡のように遊ぶといえば本当に凧揚げとかこま回ししかなかった。

 凧揚げは好きだったから毎年新しい凧を買ってきてあげたものだ。凧も買ってきたそのままじゃすぐに壊れてしまうので、新聞紙でそこそこ補強しなければならなかったし、長い足をつけるのだけれどそれも何かしらの秘密があったのだ。

 冬場は田んぼも水が枯れて自由に入ることができたので、それがにわかに凧揚げの会場になった。凧揚げというと正月のうららかな日差しを思い出す。けっこう平和な風景だ。
 

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ポケットの窓から - 2013.12.05(ポケットの窓から)

はる 4534
 私ほど個人で郵便を出す人もそう多くはないと思っている。大体一箇所の個展で400枚から500枚ぐらい毎回出す。画廊の方からも出すのでかなり郵便局にはかなり貢献している方だと思う。しかし、それで感謝状をもらった事もないし、何の割引もなく50円のものは何枚出しても50円だ。サービスするという考えがない。何万円も使っているのに小さなティッシュをくれるくらいだ。未だお上の仕事の発想だな。

 毎回この人たちは効率というのを考えているのだろうかと疑問に思う。民営化しても本質的には何も変わらない。手作業でゆっくりカウントされると急いでいるときは腹が立つ。何年やってるんだ!と怒鳴りたくなる。機械化すれば簡単じゃないか。ロボットの国だろう。それとどうも見ていると機械も年代物だな。動作がトロイ。

 それから郵便料金値上げするらしいけど、それじゃもう少し利用者のこと考えてくれてもいいのじゃないかな。昔ながらの場所にポストがあるのだけど、人口の推移を考えてポストの場所をもっと変えてもいいのじゃない。郵便出すときにいつも思う。今すんでいる場所は結構人口が増えたのにポストがない。宅急便などコンビニで預かるわけだからコンビニで郵便も預かればいいじゃない。駐車場もあるから便利だ。そういった臨機応変に変化する姿勢がない。

  


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ポケットの窓から - 2013.12.04(ポケットの窓から)

はる 4533
 かの国は戦略において何から何まで我が国より上手だ。私たちは浅はかだから目の前にある上辺のことだけにとらわれてわぁーわぁー騒いでいるだけにすぎない。それもまた一時のことですぐに忘れてしまって、その時目の前にあることだけに翻弄されている。今騒いでいることも一ヶ月も過ぎればだれも騒がなくなっているのだ。なさけないなぁ。

 かの国は国の将来を百年単位で考えている。たとえばあの小さな島のことも「今はまだいい解決策はないから棚上げにして、将来に任せよう。それよりも今は国を富増すことを手伝って欲しい」といったのはかの大人(たいじん)だ。確かにそれで国交の正常化はしたのだが、その結果は今の通りだ。

 今回の防空識別圏にしてもすんなりと通るとは考えていないはずだ。わが国はミーハーでばかだから、他のことでわぁーわぁー騒いでいて、大事なことを見失なってしまっている。そのうちにすぐに忘れて、違うことに夢中になっているだろう。それをいいことに十年後には確実に既成事実として防空権を主張してくるだろう。戦略的に一枚も二枚も上手だ。世の中を知っているというのか、どうやって戦ってゆくのか、百年先をみて戦っている。確実に後手後てだ。

 かの国は次に沖縄の独立を言い出した。沖縄は琉球王国で独立した国だったそれを日本は奪って自分達のものにしたわけだから、本来の独立国に戻そうなどと虫のいいことをいいだした。やがてかの国のものだといいだすであろう。

 やり方はどれもよく似ている。最初にとんでもない大風呂敷を広げる。非難や中傷は当然あるものという前提で大法螺を吹く。それが十年たてば既成事実となって満更嘘でもなくなってくるから不思議だ。これが戦略というものだ。くやしいけれどまんまとはまってしまっている。ああいった大人(たいじん)にかかれば赤子の手をひねるようなものだ。

 あめちゃんなど信じちゃだめだな。だれも自国のことが一番大事さ。死ぬ気で面倒など見てくれるなどと考えるのは世の中を知らないあまちゃんだけだ。本当の政治家なんてそれこそ百年たっても出てきやしないね。なさけないな。

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ポケットの窓から - 2013.12.03(ポケットの窓から)

はる 4532
 どうも私がやっていることはアートといわれるようなものではない気がしている。違いが今ひとつわからないのだけれど、少し考えながら書いてみる。例によって書きなぐりですから間違えているかもしれませんよ。

 例えば美術手帳などで特集されるような作家の作品がある。センセーショナルで話題性があって新しいということかな。今話題の現代美術を扱う大きなギャラリーで外国の人などが高額のお金で買い上げてゆく作品。嗅覚の鋭い美術館のキュレーターがよだれをたらしそうな目新しい表現。私にはまるっきりよさが分からないのだ。あれが先進的アートならば私などがやっているものはあまりにも下等で愚鈍なものだ。

 何が違うのか考えてみた。ひょっとすると彼らの目線の先には美術館の学芸員とか新しい美術雑誌とか投機的なコレクターなど美術業界の人がいるのじゃないか。ひとつの時代を作る。時代の空気というのかそんなものを嗅ぎ分けたいと思っている。だから美術作品もひとつの消耗品にすぎない、常に時代の最先端でなくてはならない、そんな気概が自分たちの誇りになっているのかな。

 絵描きにも二通りあるな。私のように徹底的に個展を中心に地方を回って行商して歩く芸人タイプと、団体展を中心に活躍することに生きがいを感じるタイプがある。私はどうやってもドサ回りの芸人でしかない。

 何だかまとまらない。


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冬の旅 - 2013.12.02(ポケットの窓から)

はる 4531
 美しい風景ですね。晩秋の高原の寂しい感じがよく出ています。シューベルトの歌曲集を知り合いが出しました。寒い冬の夜は部屋を暖かくして熱いココアでも飲みながら、シューベルトでも聴いてください。こちらで視聴できます。
http://ototoy.jp/feature/20131127

 

 


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あそびべのはる

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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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