あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

そうやって私は今ここに居るのだ。 - 2013.09.30(ポケットの窓から)

はる 4468
 ニ三日前から在庫調べと新作のナンバリングなど個展のための準備にかかる。このトータルナンバーというのがけっこういい加減なもので、私の場合昔の絵に少し手を加えると、それはもう今の作品としてナンバーを振る事にしている。

 昔は幾ら描き直しても元の絵のナンバーを使っていたのだけれど、そうすると非常に複雑になって何が何だか分らなくなってしまう。正確には新作ではないけれど、リメイクされた作品は新作として扱う事にしている。

 こういった事務的な仕事は他人にとってはどうでもいい、絵描きの仕事ではないと思われるかもしれないけれど、自分の仕事をトータルなものとして把握しておくことは重要なことのように思うな。日々毎日変ってゆく、生まれては消えてゆくそんなことの繰り返しだから、このブログのカウントのように確実に一つずつ積み上げてゆく記憶、記録のようなものは大事なものの一つではなかろうか。

 作品は一つ一つすべて違うナンバーがつけられている。それがその絵の履歴でもある。1000番のものは999よりも確実に若い。そうやって私は今ここに居るのだ。


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ポケットの窓から - 2013.09.29(ポケットの窓から)

はる 4467
 どうも私には還暦を過ぎた老人であるという自覚が少ない。ふつう定年退職という歴然とした区切りがあるので、否が応でも自分の歳を自覚するのかもしれないが、幸か不幸か私に定年という設定がもともとない。加えて私たちには子供が居ないので、その成長によってお父さんになったり父兄になったり、おじいさんになったりという役割を演じる機会もなかった。ゆえに客観的に歳を自覚する機会がなかった。

 でまぁ肉体的に例えば目が悪くなったとか、歯の具合が悪いとか、腰が痛い、ひざが悪いなどということで、直接的に自分の歳を知ることになる。いままで自覚がなかったので、突然やってくるという感じがする。その時がきてもおたおたしないように、こころの準備だけはしておいた方がいいようにも思うな。


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ポケットの窓から - 2013.09.28(ポケットの窓から)

はる 4466
 風景が秋っぽくなってきた。土曜日の夕暮れ時、ひぐれにはまだちょっと早い時刻。岸辺にサギが何羽か渡ってきて羽を休めていた。


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今日のアトリエ - 2013.09.27(ポケットの窓から)

はる 4465
 大仏さんのような大きな顔を描きたいと思っている。ところがこれがなかなか難しい。どこかの誰かの顔をみてスケッチしてそれを元に顔を描くというわけには行かない。そういったリアルな似せ絵を描くとどことなく胡散臭いというのか、明治の初期に西洋画風に観音さんを描いた作家が居たけれど、リアルな肉を持った観音さんなど生臭くて見られたものじゃない。

 じゃあ、どう描けばいいのかということなんだけれど、色々と探してみたけれどこれだと思うものがなかなかない。辛うじていいなぁと思うのはもう既に千年以上経っている敦煌のバッコウ窟の壁画とか、西欧で言えばこれもまた約五百年ぐらい経っているイコンや壁画のマリア像や聖人たちかなぁ。

 どちらにも言えるのは「いのりのため」の絵であって、自己表現などという我がままの実現のために描かれたものではない。どちらかといえば専門家というより素人が自分の命を削って祈りのために描いたものだ。それゆえに上手く描こうとか、それで何かしらの報酬を得ようとか、という下世話な目的や作為がまるで感じられない。

 上手いなら徹底して上手くなければならない。適当に上手いから嫌味に感じる。子供の絵のように描けないだろうか。


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ポケットの窓から - 2013.09.27(ポケットの窓から)



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猫町古本市のご案内 - 2013.09.26(写真)
 
9/27~29
11:00~18:00
甲府市丸の内1-19-21
cocochi2F
http://ameblo.jp/e-no4765/entry-11622302728.html


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ポケットの窓から - 2013.09.26(ポケットの窓から)


はる 4464
気を取り直して、昨日消えてしまった記事を思い出しながら書いてみようかな。

土曜日の午前中にゴンチチのFM番組がありますね。「世界の快適音楽なんたらかんたら、、」彼らの独自の切り口で世界の色々な音楽を聴かせてくれるので、非常に面白く聴いている。時に今まで聞いたことがない音楽もきかせてくれる。

先日の放送でとても気になった解説があった。テーマがたぶん「月」だったのでしょう、ドビッシーの「月の光」がかかって、相方がこんなことを言っていた。ドビッシーという方は月の光というテーマでこれしかないという音楽をよく作れましたね。すごい才能です、、。一方の方が、これはうがった意見ですけどと断りながら、たぶんこれは音楽が先にあったのではないか、それで最後にこれしかないというタイトルをつけたのじゃないか、、。

まぁ本当のところはわかりませんが、もの作っているとこういったことをよく経験する。こういったブログを毎日書いていると、先日の誰かさんが書いていましたが、最初にネタありきで書き進めることなどまれなんですね。ネタで書いているといずれネタが尽きてくる。何かしら書いているうちに次のネタが浮かんでくる、そうやってあぁ自分は今こんなことをかんがえていたのか?と後追いで知ることが多い。テーマが後からついて来るというのか、タイトルは最後に決める。それまでは何処に着地するのか、本人さえ知らないことが多い。

自分の分かり得る範疇で考えてものを作っている内は、ある意味素人ではっきりいって自分を超えたものにはならないだろう。本当のホンモノというのは、知らず識らずに自分を超えた何者かによって書かれたり、作られたものじゃないかな。とそんな風に思う。

自分がいいなぁと思った作品は自分が描いたにもかかわらず、自分の意思というのか、作為みたいなものはほとんど抜け落ちている場合が多い。同じものを描こうととしても、絶対にそこまでのレベルには行かない。天才というのは寿命は短いけれど、そういった状態を自分ではコントロールできる人間をいうのではなかろうか。



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憂鬱ですね。 - 2013.09.25(ポケットの窓から)

はる 4463
  何だか書いた記事があっという間に消えてしまって、もう一度書く気になれません。

 奇麗な虹が出ていた。見ましたか?あまりにも奇麗だと虹も少々神々しい感じがして、天変地異の前触れではないかと勘ぐったりします。今日は何だか疲れました。

 今日は欝っぽいですね。気分が晴れません。天候のせいでしょうか。

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今日のアトリエ - 2013.09.24(ポケットの窓から)

はる 4462

 勝手引用
http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20130206#p1
小田嶋隆
「ネタは、出し続けることで生まれる。
 ウソだと思うかもしれないが、これは本当だ。
 三ヵ月何も書かずにいると、さぞや書くことがたまっているはずだ、と、そう思う人もあるだろうが、そんなことはない。
 三ヵ月間、何も書かずにいたら、おそらくアタマが空っぽになって、再起動が困難になる。
 つまり、たくさんアイディアを出すと、アイディアの在庫が減ると思うのは素人で、実のところ、ひとつのアイディアを思いついてそれを原稿の形にする過程の中で、むしろ新しいアイディアの三つや四つは出てくるものなのだ。
 ネタは、何もせずに寝転がっているときに、天啓のようにひらめくものではない。歩いているときに唐突に訪れるものでもない。多くの場合、書くためのアイディアは、書いている最中に生まれてくる。というよりも、実態としては、アイディアAを書き起こしているときに、派生的にアイディアA’が枝分かれしてくる。だから、原稿を書けば書くほど、持ちネタは増えるものなのである」
 


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ポケットの窓から - 2013.09.23(ポケットの窓から)

はる 4461
 この大野?さんのブログは時々すごく共感することが書かれていておもしろい。今回の「粘土と言葉」にもすこぶるきょうかんした。以下にリンクしときますので読んでみて下さいな。
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20130922/p1
特にこの最後の部分勝手引用
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・彫刻でも文章でも私の場合、後で中心が見えてくる。手と頭を動かしているうちに、「私はこれが言いたかったんだ」ということがわかってくる。それが作品として提出される時には、あたかも最初にきっちり骨組みがあってから、順当に肉付けがされていったように見えるだろう。でも、本当は違うのだ。本人も半分くらいしかわからないまま、始めている。「私はこれが言いたかったのか」と、自分で自分に驚けるようなところまで行きたいものだ。・・・」
引用終り
・・・・・・・・・・・・・・・
 さて、いよいよ秋も本番か。今日はお彼岸だ。この間の猛暑が嘘のような朝夕に驚いている。明日は高校生を相手に教師の仮面をつける日だ。いつも自堕落に暮らしている私にとっては一週間に一度、社会人に戻る日だ。あと何年できるだろうか。


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ポケットの窓から - 2013.09.22(ポケットの窓から)

小林 宏 個展
9/22~29
甲府・イノセント
甲府市丸の内2-12-3
はる 4460
 こういったブログのような誰が見ているのか分らない公の掲示板のようなツールでは、ネガティブな発言はけっこう嫌われて、有名人などは一気に炎上したりするようだ。まぁ私などはほとんど知っている人ぐらいしか読んでいないと思うので、思ったことを書く。まさか検閲が入ってダメだしが出ることもないだろう。

 あんな大嘘をついて、そのまま何事もなく通ってしまう国民って信用できないよな。原発がどうのオリンピックがどうの、そんなことよりも目的によっては「うそをついてもいい」という、その倫理観のなさが問題だ。いや放射能がというよりその嘘が国を滅ぼすだろう。嘘をついても、間違いを犯しても、謝りもしないで、誰も責任を取らず、うやむやにしてただ時が過ぎればみんな忘れてしまうだろうという、神をも恐れぬ傲慢が国を滅ぼすだろう。将来の子供たちに何と言う。正直者は馬鹿を見る。長いものには巻かれろ。嘘も方便。臭いものには蓋と教えるのか。

 かの国は好きではないけれど、あのウォーターゲート事件というのは大統領が嘘をついたということがきっかけとなったと聞いた。それは宗教の影響が少なくなったとはいえ国のベースにあるからではないか。それに比べると我々の倫理観のなさは情けない。もともとお上が決めたことが絶対で反対するのはお上に逆らう不届き者ということになるのかな。

 どんな宗教もおかしてはならない戒めというのがある。その一番にたぶん嘘をつくなというのがあるのじゃないかな。都合によっては嘘をついてもいいなどという宗教なり道徳律など多分ないだろう。
 


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スーパーカブライダー - 2013.09.21(写真)
 
19歳のスーパーカブライダー
はる 4459
 二日ほど前に北海道へのツーリングの話を書いた。その時の写真を探したらでて来たので証拠写真としてアップしておきましょう。場所はよく覚えていませんが、多分北陸の富山駅の近くだったように思います。まだ髪の毛もふさふさとありまして、暑苦しい、見苦しい、姿ですな。ご勘弁を!


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ポケットの窓から - 2013.09.20(ポケットの窓から)


はる 4458
毎年同じ時期、お彼岸が近づくと決められたように彼岸花が咲く。子供の頃は何となく墓場とか鬱蒼と繁った森の下生えに群生しているのを見かけたが、そんな関係かちょっと不気味な花というイメージがあった。線香花火を逆さまにしたような花びらはうつくしい。彼岸花とはよく言ったものだ。

苦労して毎年個展を何とか開催するまでにもちこんでも、最初のうちはなかなか作品が出来なくて困った。スケッチしてアイディアを練ってなんとか作品を描こうとするのだが、ただのスケッチの焼き直しのような作品しかできない。一つのスケッチを縦にしたり横にしたりしていろいろ変化を加えても、スケッチの面白さ以上にはならないことい気付いてがっかりした。

それに、こういう描き方をしていたのでは10点や20点はかけるかもしれないが、どのみち煮詰まってかけなくなるのが見えていた。材料をやネタをストックしておいて少しずつ小出しにして何かを作るような描き方は、何か新しい発見や意外な面白みに欠けイメージがひろがってこない。かと言って他どんなほうほうがあるのか、何を探しても書いてはいない。試行錯誤して自分で探して行くしかなかった。

油彩画から離れた時に、大きく変わったのは色々な色のプリント模様の布をコラージュした下地をつくることができたことだ。油彩でも紙を貼ったり布を貼ったり遠慮がちに試みてはいたのだけれど、今のようにほとんど絵の具の代わりのようにコラージュすることは出来なかった。

コラージュすることで自分では考えなかった色や形が偶然に画面に現れてきて、そこから何かあたらしいイメージが出て来ることがうれしかった。出来るか出来ないかギリギリのところで何とか絵を作ってゆくことの面白さにワクワクした。外から絵を形作るのではなく、内から絵を見つけて行くことで、バリエーションが幾らでも出て来るのだ。

まぁこれからどうなってゆくのか、まるっきり分からないけれど、 十人いれば十通りの生き方があるように、絵の描き方も一様ではないように思う。それもこれも試行錯誤しながら自分では見つけてゆくものだ。「・・の描き方」というのはない。



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今日のアトリエ - 2013.09.19(ポケットの窓から)


はる 4457
今日は中秋の名月というわけで、夜空を見上げると大きな満月が出ていましたね。どれだけの人がこの月を見上げたでしょう。

もう二年半前になりますが、計画停電とかいって一つの地域が信号も含めて停電したことがありましたね。あれは一体なんだったんでしょう。はっきり言って無茶苦茶な話ですよ。それでもほとんど誰も文句も言わないで、従っていましたから我々はどうも大人しすぎるのかもしれませんね。話しがそれましたが、あの時に見た月は綺麗だった。何となく、AKIRAじゃないけれど、日本もこれで終わりかなぁ、、などと感傷的な気持ちにもなりました。

AKIRAで思い出しましたけれど、あの中で東京オリンピックが2020年に開催される話しがでてくるそうだ。予言ではないけれど、日本の漫画は本当に凄い。手塚治虫の鉄腕アトムや火の鳥の話も現代を予想していてびっくりすることがある。人型のロボットに対して違和感を持たないのはアトムがいたからだという話もあるしな。ホンダがアシモの開発に一生懸命なのもそんなところから来ているように思う。

ホンダといえば、連想ゲームのようだけれど、高校卒業してすぐの夏休みにホンダのスパーカブで神戸から北海道まで一人でツーリングしたことがある。荷台に寝袋と少しの自炊道具をつんで、泊まったのは駅の待合とか、無人の物置ごやや、 にもぐりこんだ。風呂は銭湯に毎日入ったけれど、朝の洗面は公園だった。ほとんどというのか、まるっきりあこがれのホームレスのような生活を半月ほど続けた。

お金が底をついて来たので、札幌で仕事を探した。ちょうどサッポロオリンピックの前だったので道路工事の土方仕事がうまい具合にみつかって、一週間ほど住み込みの飯場に連れていかれた。そのころは全国からヒッピーのような季節労働者が多くたむろしていて、駅前にいると仕事の斡旋に引っ掛かった。まぁ命までは取られないだろう、何でもやってみたれみたいな、若いとなんでも許されると思い込んでいた。ハタチ前だからな、45年も前の話だから時効だろう。

まだまだあるけど、また今度だな。



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ポケットの窓から - 2013.09.18(ポケットの窓から)


はる 4456
どう考えても、原発は廃棄すべきだ。これだけ痛めつけられているにもかかわらず、それでもなお原発を再稼働しようとしている今の日本のお偉方が信じられない。小さな子供に聞いても同じことをいうと思う。絶対安全だと嘘をついていたことがばれちゃったわけだから、どう取り繕っても福島これから何十年も人が住めないのだし、今も全く人が制御できる状態ではないわけで、そんなハチャメチャな状態で世界からお客さんを呼んでお祭りをしょうってんだからなに考えいるんだか。楽しめるわけないじゃん。チェルノブイリのそばでオリンピックやらんだろう。だれも来ないのじゃないか。日本は本気で福島の原発をどうにかせんと、世界中からふくろだだきに合うだろう。

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新しい音楽 - 2013.09.17(you tube)


三宅洋平 ライブ
はる 4455
 三宅洋平というのはこういう人だったのね。政治家として立候補して初めてその存在を知ったのだが、彼の音楽は面白いな。レゲーなのかラテンなのか、はたまたその両方を兼ね備えているのか、とにかく初めて聞いた。 清志郎のように政治的なメッセージを唄っても政治家にはならない方がいいかな。

 若い人と付き合っていると、絵や音楽では食べてゆけないと初めっから諦めていることが多い。まぁ純粋に自己表現だけを考えれば確かに一握りの特別な人だけがメジャーになって食べてゆけるということになるのだろうけれど。でも彼らを見ていると「売れないこと」が純粋である、高尚なことであると勘違いしているようなところがある。

 メジャーになるかならないかは後からついてくることで、ある意味どうでもいいことなのだな。例えば歌を唄ってゆくと決めたら死ぬまで唄い続けるその覚悟を決めるということだ。そうすれば自ずから生き方が決まる。売れるとか売れないという他人の判断にうろたえる事もない。たぶん、人が応援するするのはその生き方でしょう。無論、唄が上手いに越した事はありませんが・・。

 そこのところはみんな悩むところだ。だからよく分る。デパートなどで個展をやっていると、最初っから職人として画家を生業にしているように思われるかもいしれませんが、私は絵描きという職業に就職したかったわけではない。これこれこんな風な絵を描を20点用意してください、ハイハイ注文承りました。というような仕事をしたかったわけではないのだ。

 私が旅芸人や放浪者、宗教者や音楽家などをよく題材に選ぶのは、自分の生き方がそのまま投影されているように思えるからだ。日々生きて考えて暮らしてゆく、何も特別な事ではなく、毎日の暮らしのなかから浮かんでくる諸々の事を題材にして、今年はこんな事を考えました、どうでしょうと報告するように展覧会をして、少しばかり応援してもらう。そうやって死ぬまでやると決めた。

 そうできれば最高の人生だ。


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旅芸人 - 2013.09.16(ポケットの窓から)
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旅芸人 F20部分 2013
はる 4454
 不思議に思うかもしれませんが、最初の下地は上の状態です。辛うじてロバの頭と耳の部分が見えるかな、それと芸人のニッカボッカのしたの縞模様の靴下が見えます。何も決めていないでやたらと絵の具を垂らしたり、壁土を塗り込んだりしてかなり分厚くなっています。ここから想像力を働かせます。どこに行くのか絵に聞いてくれ。

 私の場合、この下地をみて大体上手く行くかどうか分ります。ただし、途中に何度も壁にぶち当たりますが、最初の予感を心の支えにして必ずこれでしかありえないという色と形を見つけに行きます。何度か水もくぐりましたので、ボロボロになって剥がしてしまったところもあります。それをまたボンドで修復しながら進んでゆきます。これは絵を描いているというより壁の中から絵を掘り出しているという表現に近いかもしれませんね。

 人物も最初は女性だった。だからスカートをはいていた。足の靴下の部分が面白いので最後まで残したいと思ったので、オッさんになってもニッカボッカにして靴下を見せる事にした。人物は布を貼りこんで一からやり直したので最初の下地とは全く違うものになっています。

 最初のイメージはロバの耳です。これだけが見えていました。ロバは何度も私の絵に登場するなじみの動物です。何故ロバかといえば、馬は戦いの道具として人類の歴史上出てきました。勇猛果敢な騎士の相棒として古今東西色んなシーンに出てきます。しかし、戦いの道具としてロバほど似合わない動物もいません。馬によく似ているにも関わらず、どうにも間抜け面ですね。それにあの兎のような耳が可愛いのです。

 自分の体ほどもある荷物を担がされて荒れた山道をとことこと文句も言わずに歩くのです。頑丈です、働き者です。まことに平和なふうけいではありませんかね。だから私の絵には山羊や羊と同じくらいロバが出てくるのです。


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ポケットの窓から - 2013.09.15(ポケットの窓から)

はる 4453
 写真は真実を写すものと思っている見ている方も多いと思うのですが、写真はけっこう嘘つきだ。というのもどういったアングルでどの部分をトリミングするか、で同じものが全く違うものに見える。もちろんそういう風に見える一瞬もあることはあるのですが、それは真実の一部でしかない。写真家とか映画監督とかまぁ画家なんかもそうだけれど、表現することを生業にしているものはそういった嘘を上手くつくすべをいつの間にか身につける。

 写真など機械はほとんど場合すべての物にピントが合ってしまう。だから普通に何も考えないでシャッターを押すと作者の意図が何も感じられない平板な「なまな絵」になってしまう。ところが例えば風景を見ても『この風景のここが奇麗だ」と意識するとそれなりのアングルとかトリミングを考えて強調する。作為が入るわけだ。

 何気なく撮っているシャメでも、これが毎日ほとんど仕事のように撮りつづけていると何となくそのポイントみたいなものを学習してゆく。物を見る場合でもカメラを向けてどこをどうとれば私のメッセージを伝える事ができるかと考えるようになる。これも学習のひとつだなぁ。


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今日のアトリエ - 2013.09.14(ポケットの窓から)

はる 4452
 パソコンの記憶媒体の容量の拡大はもうここに来てほぼ無限大に近いものになってきた。CDは650MBか700MBぐらいだったのが、DVDになると一気に5GB近くなる。1Gというのは1000Mであるから簡単に言えばDVD一枚はCD7枚ぐらい、フラッシュメモリーも色々だけど5Gぐらいは普通にあるからな。

 私がHPを立ち上げたころはレンタルサーバーの容量が100MBぐらいしかなかった。だから画像をたくさん載せるためには出来るだけが画素数を小さくするという処理をする必要があった。いまあるHPのギャラリーの画像が粗いのはそのためだ。今レンタルしているサーバの容量は10Gまでということなので、少しぐらい大きい画像を載せても全く問題ない。しかし、もう一度あらためて載せ直すと言う根性はないなぁ。

 今じゃ無料のブログでさえ容量無制限になってきたからね。画像などのレンタルサーバーとして使っても問題ないのじゃないかな。まぁ突然消えてしまう恐れがあるので、あまりお薦めは出来ませんが・・。

 パソコンは未だに中古のXPを使っている。今後どうするのか今のところ白紙だな。いずれ新しいパソを購入する必要はあるのだろうけれど、ほとんど今はネットを見るというだけならアイパッドで充分だし、パソは自分のHPの管理と個展などのデーターの管理、メールのチェックだけにしか使わなくなってきている。ネットにつなげないならxpで充分使えるのだし、どういったものかな。


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ポケットの窓から - 2013.09.13(ポケットの窓から)

はる 4451
最初にワープロを買ったのは10年以上前の事だった。個展を始めて住所録の編集やコメント印刷の必要に迫られて、今のチョットしたパソコンより高かった。

当時の記録媒体はフロッピーしかなく、ワープロを動かす方法もシステムフロッピーといって、それをひんぱんに差し入れすることで、何と無く動いていた。分厚いマニュアルがありそれをそばに置いて参照しながらやるしかなかった。

便利なところもあって、ワープロには印刷機能が着いていて原稿をそのまますぐに印刷する事が出来た。まぁそれでも今のジェットとかトナーインクではなくカセットテープのようなものにカーボン紙のようなインクが着いているもので、すぐに使えなくなった。

 感熱紙というのもあって、これは昔のコピー機の青焼きみたいなものかな。しばらくすると印刷が薄くなって消えてしまうのが欠点だった。

 フロッピーの記録容量などというものは1MBぐらいしかなく、ワープロの原稿なども50枚も記録できなかったような気がする。無論今の画像などは到底無理だろう。それでも当時はそういった原稿を簡単に記録できるツールはそれしかなく、なんと便利なものだと思ったものだ。

 随分ながくフロッピーの時代が続いたが、次にでて来たのがCDだ。最初に買ったパソコンにはCDドライバーが着いていなくて別売りで購入した。CD一枚にはフロッピー700枚ぐらいの容量があり、値段も安くこれは画期的な発明だと思った。しかし、フロッピーのように書き込んだり消したりが今ひとつ不自由でもう少し便利なものはないかと、みんな考えていたんだろうな、すごいものがでてきた。フラッシュメモリーだ。

 眠くなったのでつづきは又だな・・。



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今日のアトリエ - 2013.09.12(ポケットの窓から)

はる 4450
 夜は虫の音が快い季節になった。


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等身大の度量 - 2013.09.11(ポケットの窓から)

はる 4449
 この歳になると自分の度量というのがどのくらいのものかだいたい分る。人は生きてきたように死んでゆくということを聞いた。今以上でもこれ以下でもない、等身大のわたしの度量というのが今の私を取り巻く状況なんだと思う。

 いまさら嘆いていても始まらない。しっかり居直って甘んじてそれを受け入れよう。


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ベルリンオリンピック - 2013.09.10(未分類)
 Berliinin_olympialaiset.jpg
minnzoku.jpg 

ベルリンオリンピック

はる 4448
 「風立ちぬ」とはそういうことだったのか。そんな風が吹き始めたぞという警告だった気もする。

 段々に反対が言えなくなる雰囲気だな。反対といえば「空気が読めない」とか「大人じゃない」とかヘタすれば「非国民」扱いになるやもしれん。みんなが諸手を上げて喜んでいるのだから、あえて水さすこともないじゃないの、もっと大人にならなきゃ・・とね。

 私も一人の日本人として心から歓迎して喜びたい。そういったお祭り騒ぎがもともと好きなんだものね。二度目のオリンピックを見ることが出来るなんて、それに今度は生でこの目で見ることが出来る場所にいるのだから、なおさらだ。

 みんな感じているんだ、彼が言ったように「完全に管理下」にあればどんなにいいだろう。「全く健康に影響がない」ならばどれだけいいだろう。あんなに世界の目が集まっている場所で堂々といえるのだから、ひょっとして本当かもしれない、ホントだったらいいのに、いや本当に違いない。そんな三段論法で次第に洗脳されてしまうのだ。希望がやがて確信に変ってしまう。

 五輪は昔から政治に利用されてきた。国民の意識をまとめるのに一番いいプロジェクトだし、何かの問題から目を逸らさせるにはもってこいの催しだ。

「ベルリンオリンピック」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF

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今日のアトリエ - 2013.09.09(ポケットの窓から)

はる 4447
 DM発送の準備。これが結構面倒な仕事ですね。私のところにも一日に何通も展覧会の案内がくる。で、ぐっと私の心をくすぐるDMというものは案外少ないものだ。ぐっでなく、ささやかでもいい見た人がこころ動かされるようなDMにしたいとは常々考えていることだ。少なくともダイレクトにゴミ箱に捨てられるDMにならないように心掛けたい。

 そのためには何が必要か?ということですね。一番はやはり魅力的な絵ということなんでしょう。出来ればそのまま小さな額縁にでも入れて飾って置けるくらいのグレードがあれば一番いい。そうやって毎回のDMをブロマイドのようにコレクションしてもらえたら作家冥利に尽きる。

 さらに何が必要か?単に住所のシール貼ってそれだけというのはどうにも味気がない。本当は一枚一枚心込めて手書きするというのが一番いいことは分っているのだけれど、枚数が多くなるとそれも限界がある。まぁだから何か一つ手書きの跡を残すという意味で、一枚一枚下手くそなサインを入れることにした。これでダイレクトにゴミ箱ということは避けられるのではないかというささやかな希望だな。

 一ヶ月も先のことですのでまだまだ出しませんが、DM希望があればお知らせ下さい。

 http://enami.sakura.ne.jp/mailform.htm



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オリンピック? - 2013.09.08(原発)

はる 4446
 ほとんどマスコミは見ていないので2020年のオリンピックの事などこんなに騒いでいる事さえ知らなかった。前の2016年の時も大騒ぎして空振りに終わったから、今回は当然世界の人は選ばないだろう、ヘタすれば日本も辞退する事になるのじゃないかと思っていたら、何のことはない朝起きてネットのニュースを見たら東京が選択されたということでお祭り騒ぎで驚いた。

 原発は完全にコントロールされて安全だそうだ。健康には全く問題がないそうだ。どこからそんな嘘がぺらぺらとでてくるのだろう。いまはそれオリンピックではしゃいでいいる場合じゃないと思うのだ。関係者の努力には頭が下がるし、普通の事態なら大いに盛り上がる感動的なシーンなんだが、素直に喜べないなぁ。そういうしこりを残した対応にしてしまった、今尚明らかになかったことにしようとしている東電と政府に怒りを感じる。

 これで益々、うわべだけ奇麗な雰囲気を作って事故はなかったことにする、見ないようにするプロジェクトがスタートするだろうな。そういうの我々は得意だかなぁ。きっちり原因を追求して誰の責任かをはっきりさせて責任を取らせる、そうでなければ結局だれも悪くないという事になって、またぞろ同じような過ちを犯してしまうのだ。

 今は恥も外聞もなく全面的に原発の後始末にまい進すべきだ。日本だけで出来ないのであれば、世界中から頭脳を集めてプロジェクトを組むべきだ。ある意味人類の危機なわけで、このまま放射能をまき散らかして無事で済むはずがない。悪いけれど地震や津波はこれはもう仕方のないことだ。日本はそういう立地にあるわけで、過去にもそういった災害にはあってきた訳で、それで国が滅びるという事はない。けれど原発は人が作った機械ではっきり言って人災だ。これを放っておいて誰も責任を取らない天災と同じように仕方ないとしてしまったら、間違えば国を滅ぼすだろう。

 オリンピック誘致に誰が賛成したのだろう。いま国民投票でもすれば五分五分で反対派も多いような気がするな。どうするんだろう。棄権する国や個人も現われるかもしれないな。しっかり見とどけよう。


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今日のアトリエ - 2013.09.07(ポケットの窓から)

はる 4445
 私の画面にはよく馬とかロバ、山羊、羊などが出てくる。実際に乗ったことも触った事もない動物たちですが、私の絵の中ではお馴染みの動物です。こういった動物がいったい何時頃から出てきたのか、それは何故なのかを少し考えてみたい。例によって書きながら考えるので辻褄が合わないことがあっても見逃してください。

 29t2_thumb.jpg
1992 方舟 F130

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1993 牧歌 F130 

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2001 まれびと S100
今調べてみると、最初に羊の頭部が出てきたのが方舟でした。これはアンモナイトとか葉っぱの化石のようなものが大きな方舟の周りにあるというような物語絵ですね。ここで何故羊の頭が出てきたのかよく分らないのですが。ネットのない時代ですから図書室から動物の図鑑を借りた覚えがありますから、明らかに意識して羊を描いたのです。

 前にも描いたけれど、羊というのは草原を移動する人々にとっては衣食住すべてに関わる重要な生き物なんですね。その羊が大きいとかいて「美」になり、よいことが「善」になる訳です。まぁ日本人には馴染みの薄い動物かもしれませんが、西欧でも羊というのは「善良な」とか「犠牲」そんな意味があるようです。そこのところが不思議ですね。

 というわけで全面的に羊さんが出てくるのは「まれびと」からですね。「まれびと」も私の造語ではありません。歴とした日本語で興味がある人は調べてみてください。面白いですよ。
「まれびと」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BE%E3%82%8C%E3%81%B3%E3%81%A8


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ポケットの窓から - 2013.09.06(ポケットの窓から)

はる 4444
 きれいに4がそろいました。次は5555で約三年と半年ぐらい。健康でいれば私は65歳になっている予定。年金などほぼないに等しい。もともと年金など当てにはしていなかった。死ぬまで現役で働いて、食っていけなくなれば食わないでいる。それが自然の摂理だろう。そう多くは望まない。

 今日は重装備して路地の草取りをする。今年は野菜の生育も悪かったが雑草もあまり生えなかった。あまりにも雨が少なく、暑かったせいかな。それでも蚊はうるさく攻撃してくる。それでもやっと朝晩が涼しくなってきた。


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今日のアトリエ - 2013.09.05(ポケットの窓から)

はる 4443
 おぉ、明日はぞろ目の4ですな。1111とか2222とか3333もあったのでしょうがまるで覚えていないですね。だいたい三年以上前のことですからね。私が決めた私の記念日ですから、面白いですね。

 小さい作品が大体そろってきてこれから少し大きめの作品にかかります。出来れば甲府の個展には新作の大作130号を出したい。後二ヶ月近くあるからなんとか間に合うのじゃないかと思うのですが、分りません。具体的に目の前にどんとキャンバスが置かれない限り何も見えてこないのです。頭の中には何かこんな風なものという気持ちはあるのですが、キャンバスが置かれたら、全く違ったものになる可能性もある。

 昨年の秋以降小品ばかり何点も描いていたから、河岸を変えて大作というのも少し新鮮でいいかもしれないな。ただ小品は飽きてくると次の作品に逃げる事ができるのですが、大きい作品は逃げ場がないので煮詰まってくると辛い。

 若い頃は世の中で絵描きとして認められる方法はコンクールしかないと思っていたから、大きな作品をけっこう量産していた。全く同じテーマで何点か並べて描いた事もある。そうしないと同時に開催されるようなコンクールに絵が追いつかないからだ。まぁそうやって出品したコンクールの結果はあまりかんばしいものではなかった。今から考えると「何故絵を描くか」という問いとかかけ離れた本末転倒だけれど、若い頃はそういった馬鹿げたことも許されるきがする。いいところも少しはある、何が何でも作品を期日までに仕上げるという腕力がつくことかな。

 


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おとづれる - 2013.09.04(ポケットの窓から)

はる 4442
 白川静によると「門」というのは明らかに象形文字だ。けれど今我々が考えている家の門とは違う。そりゃそうだろう、考えてみれば分るけれど、何千年も前に普通の庶民の家に門があるはずがない。この門は神がおわす神殿の門だそうだ。

 「問」とはどういうことか?実はこの神殿の門前に蓋つきの入れ物(これを口サイという)に願い事を書いて神のご神託を待った、これを「問う」という。

 神はそれに答えて音を連れてくる。それを「おとづれる」という。神経を研ぎ澄ますために光があってはならないそれを「闇」という。そしてその音を「聞く」のである。

 これって目からうろこの凄い事じゃね。


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「生活の柄」高田渡 - 2013.09.03(you tube)

高田渡 生活の柄

はる 4441
 この高田渡の唄は漂う人の気持ちがよく現われている。けっして上手く唄おうとかしていない自然な姿勢が好きだな。ごく近くに居たのにこの人のライブを一度も観なかったことが悔やまれる。

 私が高校生だった頃にフォークブームがあった。ギター一本持って昼休みの中庭でフォークを唄っている奴もいた。はじめて岡林信康の「手紙」とか高田渡の「自衛隊に入ろう」などという唄を聴いた時はけっこうショックを受けた。それまでは歌は作曲家と作詞家がつくり、歌手が歌うもの、それが常識だったからだ。社会の不条理とか反体制のメッセージを歌にして唄ってもいいのだというのが、その理由だ。本来歌は商業的に売れるとか売れないよりも、自分の気持ちを感情をメッセージを表現するものだ。

 高田渡の生き方を見ているとこの人は本来の風来坊、芸人だと思うな。風のように漂ってそのままどこかに行ってしまった。 


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