あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

「私を見て」は見飽きた。 - 2013.02.28(ポケットの窓から)

はる 4255
 昨日書いた記事に対応するようなことが書かれていたのでびっくりだ。面白いので勝手に引用する。
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20130227/p1#c
より

「・・ブログという手軽なツールが出現してから、それまで見えなかった「書く人」が大量に出現した。誰もが「どうしても書きたいことがある」「表現したいことがある」と思っていたのでしょうか。そういう人はネットに参入する前から自分で日記や雑文を書いたり、ミニコミ的な内輪のメディアを作って書いていたりしている。大半はそうではなく、目の前にツールがあってみんなが書いているから書くようになったのです(その証拠にブログよりさらに手軽なツイッターが行き渡って、「書く人」が「呟く人」に移行する現象が見られました)。

 目の前にツールがあったから書いた。それは裏返せば、その機会、手段に出会わなかったら、その人々は何も書かなかったかもしれないということです。とすると、その「書く人」たちは、ブログやツイッターというツールに「書かされている人」になるでしょうか。ただ、たとえ「書かされて」いたとしても、それが誰でももっているささやかな被承認欲を手軽に満たせるツールだったことが大きかったのだと思います。キーボードを叩けばネット上に自分のモノローグが活字となって現れ、全世界に公開される。そしてどこかの誰かがそれを読みに来て、この自分の極私的つぶやきに共感してくれたりする。なんと魅惑的なシステムか。そこで「私のことをわかって」と思って書くのは極めて当たり前の振る舞いでしょう。まさにそれは自意識のセーフティ・ネットです。

 アートも同じことになってきているのではないか。しかしアウトサイダー・アーティストが「(普通ではない)私のことをわかって」という表現をし、それが「個性的」なために注目されるということはあるかもしれませんが、自分の居場所を求めてアート方面に来る人はありふれた存在です。ありふれた存在の「私のことをわかって」表現が人を動かすのは難しい。その「私」の欲望が、「私」自身の存在基盤を問い返すところまで探求されているのでない限り・・・・」

**************
 この記事に対してのコメントもなかなか面白い。
これも勝手に引用しときます。
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20130227/p1#c

「・・・・個人的なイメージ過ぎないですが、
『私をみて』の人と
『自己を掘り下げる』人
は段階を経て発展していく過程ではなくて、最初から最後まで平行線な気がしています。

自己を掘り下げるには自身に対してクリティカルな物の見方をしていく必要があり、それは受け入れがたい苦痛を伴うこともおおいでしょうから。

しかし『私を見て』というタイプの人は『注目される自分が好き』(自己肯定が高いとは限らないでしょうが)どこまでも『見られること』や『評価されること』が目的なので、この二つは永遠に交わらないような気がするんですよね・・・」




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義務では続かない。 - 2013.02.27(ポケットの窓から)

はる 4254
 私が日記を書き始めたのは中学生の頃だった。当時は何を考えて日記を始めたのかその内容も覚えてはいないのだけれど、誰かから貰った小さな手帳の備忘録のようなものだった。今から考えると日々そんなに忙しくはなかったとは思うのだけれど、何をつけていたいたのか見て見たい気もする。

 意識的に日記を書き始めたのは高校に入ってからだ。その頃の事はよく覚えている。誰でもが通る青い時だけれど、当時の事は恥ずかしくてあまり思い出したくもない。日記はそんな事もあって、ある時に全部まとめて捨ててしまった。いまでも後悔はしていない。このブログなどもそうだけれど、日記など読み返すことはない。こういった雑文は日々生きて考えていることの過程みたいなもので、書いたそばから消えてゆく陽炎のようなものだ。

 今でもそうだけれどものを考える時にメモを取る。メモといった奇麗に清書されたものではないけれど、自分だけが読めるような速記のようなものだろうか。そうやって書きながら考えないと同じ事を堂々巡りで考えが深くならない、まとまらないからだ。これは長い間の習慣のようなもので、そうやって溜まったメモは読み返すことはなく捨ててしまう。思考のカスのようなものかな。

 こうやって毎日書くブログなどもそういったものに近いものだろうけれど、これはある程度人様に見られるという事を前提に書いているので、少しは他者を意識したものだ。

 ブログの更新がよく続きますね、大変でしょうと聞かれることがあるのだけれど、今日は何を書こうか、何を考えようか、というのが私にとって一つの楽しみでもあるわけで、多分楽しくなければ、義務では続かないと思う。


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最後の授業 - 2013.02.26(ポケットの窓から)

はる 4253
 何だかパソがおかしい。壊れる前の症状なのだろうか。ちょっとおっかなびっくり。

 今日は試験前の今年度最後の授業。課題の提出日でもある。美術は試験をしない。作品を出せば一応合格点をだすことにはしている。そういうと適当に出す奴がいるので、まぁけっこうなんだかんだ脅かしてはいる。美術など全員がやるべき教科でもないし、好き嫌いがあるわけだから本当は選択制にすればいいのだけれど、非常勤の先生の確保が難しいのだろうか。

 テストをしないので、兎に角、課題を提出させることを第一にしている。仕上がらないと放課後居残りで出来るまで付き合う。たぶん中学校までは美術の課題など適当にこなしてきたであろう彼らにとって、美術で居残りしてまでやらされる課題というのは初めてではないだろうか。まぁこれは私のやり方だから真似する必要はないのだけれど、この居残りに付き合う、最後までやらせるというのが結構生徒にとっては、先輩から「美術は手抜きが出来ない」と伝わっていい伝統になっているようだ。私は一日だけの二クラス見るだけだから出来るのかもしれないが。

 最後の授業だったので、一年間の授業の感想を書いてもらった。最初は感想などほとんどなおざりにしか書かないのだろうと思っていたのだが、けっこうまじめに書いていて反対にびっくりした。大体の生徒は私の第一印象が怖い先生だなと思うらしい。そのうちにそうでもないことが分ってくるようだが、まぁその第一印象のインパクトは大事だな。

 後は好きでなかった教科だったが、好きになった、面白かった、興味が湧いたと書かれていて、話半分だとしても嬉しい感想だな。センセイ喜ばすには何もいらない、簡単なことだ、たったそれだけの言葉でいいわけだから。


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作家はどう生きたかだろう。 - 2013.02.25(ポケットの窓から)

はる 4252
 時々訪れるブログに昔アーチストを目指していたが、今は大学で美術に関係することを教えている女性のところがある。この人の文章は我々表現を目指している人間にどこかリンクするところがあって、なるほどなぁと納得することがある。

 今回の話は「学歴と絵の才能は関係があるか?」という陳腐な話で、まぁ美大や芸大を目指して一生懸命絵を描いている人達には大いにそそられる話題かもしれない。今ちょうど美大などの卒業制作展などやっているし、入試のど真ん中でもあるからなぁ。

http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20130224/p1
ここから引用
 「・・入試レベルの絵の上手さは、一定のレベルまではトレーニングの賜物であり、クリアすべき内容をよく理解し、目標を立て日々努力するという学科の勉強に通じるところがあるので、そういう意味での「頭の良さ」は必要になる。予備校講師をしていた時に感じたが、学科の勉強で成果を上げたことのない人は、デッサンも少し練習して上手くならないと諦めてしまう傾向はある(一方、ほとんど勉強しなくても学科の点が取れるタイプの人にとって、デッサンのトレーニングは辛いものがあるかもしれない)。

デザイン専門学校でマンガコースやイラストコースの基礎デッサンを何度か担当したが、自分の好きな既存の絵を真似るのは上手くても、どういう絵がデッサン力に裏打ちされているか、どういう線が美しく気持ちの良い線なのかを的確に判断できる学生は少ない。

難しいのは、どんなにデッサン力をつけ技術的に上手い絵が描けるようになったとしても、それが他人から見て「おいしそうな絵」「ソソる絵」「欲しい絵」であるかどうかは、また別ということ。それはたぶん同人誌業界でもアート業界でも同じだと思う。そしてこれは、努力だけではどうしようもないことなのだ。」・・引用終り

 結局作品の魅力というのはどんな学校に入ったか、卒業したか、何々会の会員であるとか、どこそこで賞を取ったとか、どうたらこうたらは関係がないということだな。作家はどう生きたかだと思う。



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裸婦クロッキー13/2/23 - 2013.02.23(裸婦クロッキー)
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カテゴリ・裸婦クロッキー
今までのクロッキーをすべて見ることができます。

はる 4250
 今日は裸婦クロッキーだったけれど、カメラの電池が切れたため一点しかアップできない。残りは後日ということで勘弁してくださいな。

 長年クロッキーはやっているけれど、今回は描き方を少し変えてみた。いつも同じようなクロッキーが並んでも面白くないだろうということもあるけれど、自分自身マンネリだなと思うところがあったからだ。まぁあまり変り映えしないといわれればそうかもしれないが・・。

 無論実際にモデルを見ながらだからそこから外れることはないのだけれど、いつもは大体一本の線で決めるつもりで描くようにしていた。そうするとかなり慎重に一本の線を選ぶことになる。言わば研ぎ澄まされた剣豪の一太刀のように狙い済ませてサッと筆を走らせるというようなところがある。即興的でやり直しがきかない。それはそれで結構面白い仕事なんだが、間違うといやらしい技を見せる芸人のようになる。

 どこかでそれは貴方の絵ではないだろうという声が聞こえた。もっといい加減に間違いだらけで自動筆記のような自由な線を描きたくなった。そんな滅茶苦茶な線の中からこれだと思う線を見つける、そんな即興的な、わくわくする線を描きたくなった。カタチは狂うかもしれない。それでもいいから、画面いっぱいに落書きしてみたらどんなに気持ちがいいだろう。

 どうかな。

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マグダラのマリア - 2013.02.22(未分類)
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F10 2012 「マグダラのマリア」
はる 4249
 TAO展報告
「猫の後ろ姿」さん
http://ameblo.jp/e-no4765/entry-11475979635.html

 フランチェスコの逸話からヒントを得た「なにもいらない」というタイトルの絵も上の絵に似ている。この物語はよく知られてるアッシジのジョットの壁画にある話で、無一文になる、親から貰ったものは衣類さえ返したという話から来ている。裸になって衣服を差し出している図柄だ。勿論挿絵を描くつもりはないし、場面を忠実に描写しようとも考えていない。何となくそんな高貴な決心みたいな雰囲気が出てくれればいいと思った。

 絵を描いていると時々どこかで見た風景や物語を思い出す。このマグダラのマリアの物語も何回か描いた。最初は特別これを描こうと思って始めたわけではない。

 マグダラのマリアは娼婦だ。一説によるとキリストの奥さんだという話もある。彼を最後まで看取ったのも彼女だ。ある時にキリストは問い詰められる。娼婦という一番下層の穢れた女性を貴方は許せますか?で彼は答える「この中に罪を犯したことがない人はいますか?」だれも答えられなかったという話。

 

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TAO展が終了 - 2013.02.21(ポケットの窓から)

はる 4248
 TAO展が無事終了した。入場者数は前回は1000人に一人足らなかったそうだが今回は150人ほど減って850人ほど。それでもやはり美術館で開催すると弱小のグループでもかなりの人数が観てくれる。ありがたいことだ。

 多くの人に感想を聞いたわけではないが、おおむね好評だった。作家が集まって一つのグループを作って発表しているわけではなく、教室の発表展というのは一人の指導者がいてそれにあわせて日々研究研鑽しているわけだから、当然指導者のカラーというのがにじみ出てくるわけで、実際に筆を入れなくても何かしら似たところ、感覚が出てくるのは仕方ないだろうな。それでも出来るだけ色んなスタイル、その人に合ったスガタ、カタチを勧めてはいるつもりだが、まったく違うというわけにはいかないだろうな。感化を受ける、指導を受けるというにはそういうことだろう。

 今ちょうど下町のデパートと町のギャラリーを借りて100人ぐらいの県内のいわゆる、現代美術の作家の展覧会を開催していて、その流れで多くの人が美術館を訪れてくれた。こんな小さな街でも現代美術作家といわれる表現者がたくさんいて、今までも色んなところで、機会を作って発表していた。

 それはそれで結構凄い事で、いままでてんでに各自が好き勝手に発表していたものが、どうにか一同に会してお互いに確認しあったということは、画期的なことだったのじゃないかな。

 まぁ一概に若い人というわけではなかったけれど、そういう人たちのアートと今私たちがやっている平面の絵画、額縁の絵というのは対極にあるのだろうなと感じた。いい悪いは別にしてね。


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日常の風景 - 2013.02.20(ポケットの窓から)

はる 4247
TAO展の紹介

 「オヤジのダイアリー」さん
http://hnasake.blog60.fc2.com/blog-entry-329.html

「猫の後ろ姿」さん
http://ameblo.jp/e-no4765/entry-11472543031.html


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TAO展の展示の様子 - 2013.02.19(ポケットの窓から)
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はる 4246
 昨日のカウントは4245です。100ほど飛ばしてしまいました。

 上は今開催中のTAO展の展示の様子です。教室展といいながら、ちまちました小品が並ぶ展覧会ではなく、堂々130号以下100号が20点近く並ぶグループ展でもあります。年齢は上は85歳、後は還暦のセンセが一番年下であるわけだから推して知るべし。自画自賛、なかなか立派な展覧会だと自負しています。明日と明後日でお仕舞いです。是非ご覧下さい。


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関東と関西の違い - 2013.02.18(ポケットの窓から)

はる 4345
 今日は冷たい雨が降っています。二月ももう後半になってしまいました。早いものですね。

 昨日夜遅く関西から帰ってきまして、こちらの寒さに震えておりました。関西に帰るたびに不思議に思うのはエスカレータの立つ位置の関東と関西の違いです。関東は左側に立って右側は急ぐ人のために空けるでしょ、ところが関西は逆なんですね。これがまったく何年経っても変らないのが不思議。どこから変るのか、調べた事がないのでよく分らないのですが、京都あたりは観光客が多いのでごっちゃですね。これほど色んな情報が行き交っているにも関わらず、生活習慣みたいなものはなかなか変らないのが不思議だ。

 ということで、くしゃみが止まらない。花粉かな?


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帰宅しました。 - 2013.02.17(ポケットの窓から)


明石城跡公園
はる 4344
 帰って来ました。疲れた。
 TAO展紹介してもらいました。
「猫の後ろ姿」さん
http://ameblo.jp/e-no4765/entry-11472543031.html


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no title - 2013.02.16(ポケットの窓から)



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TAO展が始まりました。 - 2013.02.15(ポケットの窓から)

はる 4242
 技芸天」という女神だそうです。唯一の芸能の神ということで、立ち姿が美しいですな。奈良の秋篠寺にあるそうでです。顔は何となくギリシャ彫刻のようですね。実際に見ていないのでなんともいえませんが、芸能の神と言うのであれば、一度は拝みに行かねばならないでしょう。

 さて、私は今日から関西の実家に法事のために帰省しています。ですからTAO展には最終日にしか顔を出せませんが、メンバーはほとんど全員出席していると思いますので、是非観てやって下さいね。

2月21日まで山梨県立美術館C室


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明日からTAO展が始まります。 - 2013.02.14(未分類)
TAO 
TAO展
2013 2/15~2/21
山梨県立美術館ギャラリーC
はる 4241
 毎年当番があって、DMの作品には「道」をテーマに描いてもらっている。この絵のタイトルは「南の島のつり場」という。写真が悪いのでよく見えないが、実際の作品を見れば上のほうに人が釣り糸を垂れているところが描かれている。本人はこれまた毎年春になると花粉症を避けて南の石垣島近くまで非難するという。その時の日常を描いた作品だ。釣った魚はその夜の酒の肴になる。

 物を見ないで描く私の教室は、つまるところ自分の心の中を見るしかない。ああでもないこうでもないといたずらにあちこちつついて、何か出てくるのを待っている。絵を描くとは自分にころころの中を覗く一つの道具に過ぎないと思っている。ためらいながらもみんなそこそこの絵を描いてくるから凄い。

 ここで私は試されているような気もする。どこまで行けるのか、一か八かの最前線でもある。


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生き方を変えないというのが大事だ。 - 2013.02.13(ポケットの窓から)

はる 4240
 最初はそんなつもりはなかったものだから固辞していた。私には合わないからと辞退していた、しかし、人は弱いものだから何回も誘われると段々その気になって承諾してしまう。で次第にそれが当たり前になってしまうから恐ろしいな。今度はそれがなくなってしまうことが怖くなってしまう。何とも人というのはなさけないものだ。

 スタンスを変えない。生き方を変えないというのが大事だろうな。そこのところさえしっかりしていれば後は何とでもなる。ここのところがふらふらしていると惑わされて後悔するのだ。


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旅芸人魂 - 2013.02.12(ポケットの窓から)

はる 4239
 最近仮面にこってるいるのは商売替えしたわけではなくて、今年の年末の個展に少し並べるつもりでいるからで、やり始めるとこれもなかなか面白い。元々こういった造形遊びは好きなのでやり始めると時間を忘れる。画用紙一枚でどれだけ変化がつけられるか、水に漬けたり、もんでみたり、この上に一枚薄い紙を貼って張子ができる。そこから墨をぬったり泥をつけたり、やっていることは今の絵とさして変わらない。当分こんなことで遊んでいる。

 我々の仕事はいつも不安定であることが前提で成り立っている。もしそれが嫌ならちゃんとした会社に就職をして給料をもらうなり、自分で起業するなりすればいい。ただ今の状態ではそれも安定しているとは言いがたいところがあるけれどね。

 個展をやって、欲しいというお客さんにコレクションしてもらう。それだけのことだ。ところが私一人がいくらがんばってもたかが知れている。そんなものじゃとても食べては行けない。で、それに関わってもらう画廊と画商さんがどうしても必要になってくるわけだ。

 ある程度名前が通ってくると放っておいても色んなところから声がかかるのだろうけれど、若くて無名の作家はこのスタート時が難しい。最初は地元の小さな貸し画廊ぐらいから始めるのだが、これだと大体一巡すると終わってしまう。それでもなんとか懲りずに続けているとどこからともなく色んな話が聞こえてくる。誰と組んでやってゆくのか、ここのところがなかなか難しい。やってみないと分らないからなぁ。

 基本的な考え方として、私のような仕事は旅芸人みたいなものかと思っている。どこかに常設の小屋があって、また臨時の小屋が建ってお客さんを呼んで観てもらう。どこかでお呼びがかかれば大体どこでも出かけて精一杯のパフォーマンスを演じる。その小屋が大きいか小さいか、名前が通っているのか無名なのか、そんなのはどうでもいい事だ。私はお客さんがいればどこだって最高の仕事をしてみせようと思う。それだけのことだ。


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流れ者、旅人、異邦人 - 2013.02.11(ポケットの窓から)

はる 4238
 この町に来てもう30年以上経ってしまったけれど、最初に驚いた事の一つは「組」という自治組織が生きていることだった。組というと戦前の隣組をほうふつさせるのでどんな強制力があるのか、最初に聞いたときは思いっきり引いたけれど、まぁ早く言えばどこにでもある自治会のことなので心配する事はなかった。それでも春には花見があるし、夏には夏祭り盆踊り、運動会に文化祭とけっこう活動している方ではないだろうかな。葬儀が出ると面倒だけど、来年度は組長が順番でまわってくる。結構憂鬱だ。

 若い頃に地元を出てしまったので分らないのだが、例えば今だに小学校の頃の幼馴染と同じ地域に住んでいるというのはどんな感じなんだろう。実家も当時住んでいたところから引っ越してしまったので、たまに帰省しても近所に幼馴染が住んでいるということはない。個展などでたまに同級生に会うとタイムスリップしたような凄く不思議な感覚に陥る。

 私など何年住んでも何だろう、やっぱりここの人間ではない。だから意識の上では地元の作家にはならない。どこからかやって来て、どこかに消えて行くそんな人間の一人として認識されている。

 流れ者、旅人、異邦人、そんないいものでもないけれど、田舎に住んだ事のある人は多分そんなちょっとした疎外感のようなものを感じるだろう。まぁそんなしがらみのなさというのを求めてここに来たのだがね。


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そろそろ見るだけかな。 - 2013.02.10(ポケットの窓から)
はる 4237
 真央ちゃんが優勝した。彼女のスケートは確かに美しいけれど優等生すぎて面白くない。別に彼女が嫌いなわけではないので、誤解しないでほしいのだが、なんだろうフィギアーがスポーツだというならあれだけ演技が出来れば満点にちかいのだろうけれど、表現だというのなら彼女のスケートはただ上手なだけで何も感じない。持って生まれた資質だけではどうにもならないものがあるように思う。ごめんなさい、素人のたわごとです。

 FBを始めて二週間ぐらいたったろうか。昔ブログなどをはじめたころにネットで知り合った多くの人が再びここで再会した。みんな早々に古いブログなどに見切りをつけてツイッターやフェイスブックに進んだようだ。なるほどやってみると反応がすばやくてまぁそれだけとっても面白いなと思う。これからどう進化してゆくのか、どこまでついてゆけるのか分らないなぁ。

 基本的には私のものは昔ながらの日記のようなものなので、新しいスタイルはとっているけれど内容は変らない。ブログにも『拍手」とか「いいね」の機能はあったけれど、ツイッターやFBはもっとダイレクトにそれが反応する。確かにおもしろい機能ではあるが、ボタンを押すのが段々に面倒になってきた。だからそろそろ見るだけになるかもしれん。

 眠い。


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仮面だらけ - 2013.02.09(ポケットの窓から)


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自己嫌悪 - 2013.02.08(ポケットの窓から)

はる 4235
 寒いとなぁこころまで寒くなる気がする。あぁ少し自己嫌悪だな。何とか復活しなければ・・。


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迷いのふちに立つ - 2013.02.07(ポケットの窓から)

はる 4234
 相手に対してある種の尊敬とか畏敬の念というのか、そんな大げさなものでなくても一目置いているというのでもいい、とにかく自分にはないない何かを持った人に対してのリスペクトがなくなれば我々のしごとは意味がなくなる。



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敵は我が心の中にいる - 2013.02.06(ポケットの窓から)

はる 4233
 新聞にしろテレビにしろ今日の一面はかの国のレーザー照準の話だった。ついこのあいだも何気なく新聞を読んでいたら、わが国の自衛隊の装備も充実しているので、短期勝負なら勝つだろうなどという記事がまことしやかに書かれていた。えっと驚く。ここだけ見れば明らかに煽っているだろう。新聞は公器のような、中立のような顔をして世論を煽ってどこかきな臭いところへ持ってゆこうとしている。

 確かに事実かもしれないけれど、その部分だけ大げさに書きたてればクローズアップされて、事実がゆがんで見える。そのことは百も承知で,明らかに何かの意図を持って書きたてる。あたかもそれは多くの人が知らなければならない事実のようにね。

 絵を描いたり、写真を撮ったり、デザインや音楽など表現することを少しでもかじった者なら、表現されたものには意図があることを知っているはずだ。反対に意図のない物は表現とは言わない。何気に自然にさりげなく見えて、その奥には表現者のしたたかな意図が隠れている。

 今回のこの一連の報道の意図はどこにあるのか充分に考えなくてはならない。簡単にその報道に乗せられてはいけない。敵は我が心の中にいるのだ。


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明日はまた雪だそうだ。 - 2013.02.05(ポケットの窓から)

はる 4232
 ちょっと嫌な事があった。少し書きかけたけれど、止めた。

 このところ暖かだったけれど、明日はまた雪だそうだ。このあいだ降った雪がせっかく解けたのになぁ。今日は疲れたのでここまで。又明日。


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作家の確定申告 - 2013.02.04(ポケットの窓から)

はる 4231
 またこのシーズンがやってきた。大げさに言えば、フリーで生きているとこれをクリアーしないと一年が終わった気がしない。勤めている人にはほとんど関係がない。私などは少しパートの勤めがあるので、うまくすれば源泉徴収されている税金が戻ってくる。まぁ微々たる物だけれど、ゼロではない。返ってくるだけで、もらうわけではない。

 今回初めて「画家」で申告した。今までは非常勤の講師の方を優先させていた、色々説明するのが面倒だと思ったのでね。でも、まぁ還暦もすんでこれから他の仕事に就くこともないだろうと思ってね。やっとというのか、いよいよというのか、画家でございますと社会に対して見得を切ったという気がする。自覚するのが何と遅いのだと思うかもしれないが、作家活動が仕事だという自覚はあまりない。

 作家として生きてゆく人のために少しアドバイス。
 画家で申告するなら、申告用紙はBというやつです。Aはどこからか給与や年金が発生する人用。Bは事業所得がある人用なのですが、作家活動で得た所得も営業所得ということになる。どうも言葉になじまないのですが。便宜上そうなるらしい。

 後は基本的にその収入を得るために必要な経費としてどこまで認められるのかということなんだけれど、まぁ内緒だけれど我々程度の収入であるなら、ドンブリ勘定でもほとんどの場合文句をつけられる事はないと思う。それでも出来るだけ領収書を取っておくことだ。画材に始まって梱包、運送、それから滞在交通費などなど、なんでも取っておく事だ。それを明細書に書き込んで添付する。これで終了。でもまぁ、後々大家になる予定の人はこの限りではないので、ちゃんとプロにやってもらった方がいいだろう。


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やまなしアートミーティング2013 - 2013.02.03(ポケットの窓から)

やまなしアートミーティング2013
2013 2/16~2/22
第一会場・山交百貨店F5フロアー
第二会場・元麻布ギャラリー甲府
はる 4230
 山梨美術協会の75周年記念事業の一環としてまぁいわゆる現代美術といわれる分野の招待展が企画される。今日はその招待作家を交えたシンポジュウムが美術館で開かれた。

 私のように昔ながらの絵画を唯一の表現手段として既成の団体や団体展に参加して、会員になって発表するという作家は段々に少なくなってきた。若い人の表現手段はもっと多様であって、この空間と時間というものを表現の手段に取り込んでいる。てんでに勝手に場所や時間を設定して表現する。だから何々会の会員などという肩書きは全く必要としていないのだな。

 現代美術というのは分らないの代表みたいなところがある。本当のところ私自身何も分っていない。けれど、少なくともそういった彼らの存在を認めてはいるつもりだ。話をする機会も多い。



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加島 査展 - 2013.02.02(ポケットの窓から)

加島 査展
2/2~2/11
甲府・三彩洞
055-226-8393
はる 4229
 今日は春のように暖かだった。このまま温かくなればいいのだけれど、そうはいかないだろう。

 午前中絵画教室の授業だと思って出かけたら、今日は午後からだった。最近は時々こんなポカをする。慎重なようで間が抜けている。帰るつもりでいると知り合いが通りかかった。大きなコントラバスを持っている。今日はこれからマンドリンクラブの練習だというので、一時間ほど見学させてもらうことにする。

 公民館活動は結構盛んだな。我々がやっている絵画教室以外にもニ三絵の教室があるようだし、ハングル教室だとか、ヨガ教室とか、まぁてんでに楽しんでいるようだ。いい年のおじさんやおばさんがいそいそと楽しんでいる様子は見ていても楽しい。

 マンドリンクラブを覗いたのは初めてだが、定期演奏会が近いそうで結構多くの人が出席していた。マンドリンだけではなく、管楽器や金管楽器。それにギターやパーカッションなどもあってなかなか楽しい。今回やっていた楽曲がケテルビーの「ペルシャの市場にて」で、私が中学校のブラスバンドで始めてコンクールで演奏した曲だ。懐かしい。

 見学させてもらったついでに宣伝しておこう。

マンドリン・グランド・オーケストラ
オルケスタ・フェニックス 第8回定期演奏会
2013 2/10 13:00~
甲府市県民文化ホール
入場無料


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朝風呂?? - 2013.02.01(ポケットの窓から)

山梨美術協会会員展
2/1~2/7
山梨県立美術館
はる 4228 
 町中に、ここでは老舗のホテルがある。一階が今まで駐車場だったのだけれど、色んなお店が閉店するなかで、何を思ったのか急に改装を始めて、つい一月ほど前にオープンした。まぁそれは活性化のためには一つでもお店が増える事はありがたい話だ。

 で、何が出来るのかオープンする前から大いに楽しみにしていた。車の中から窓越しに、扉のガラス戸のロゴが見えた。ASABUROと読める。「朝風呂」??そうか、ホテルだから、朝お風呂に入ってここからビジネスに出かける、そういうコンセプトでお店を始めたのだと解釈した。

 しかし、それにしてはお店がお洒落なんだな。とても町中の銭湯の感じではない。ロゴを良く見ると最初のWが抜けていた。「WASABURO」「和三郎」というレストランらしい。笑い話のような本当の話。


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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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