あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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TAO展のご案内 - 2013.01.31(ポケットの窓から)


「TAO」展
2/15~21
山梨県立美術館ギャラリーC
はる4227
 TAOは本国の人が発音するとDAOに近いそうです。日本語ではDOUですね。「道」の意味で老荘思想の道教はタオイズムっていうらしいです。くわしい事はわかりませんが・・。私の教室の発表展です。カッコつけて、それぞれの道を行くという意味で「TAO」としました。


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古典的な日記スタイル - 2013.01.30(ポケットの窓から)
今現在のアトリエ
はる 4226
 少し前にも書いたが、ネットの世界も随分と変ってきている。ここ10年のことだ。

 私が日記をネットに晒し出した時はHPのコンテンツの一部の掲示板に書き始めたのが最初でだ。(この「はる○○○」というのはその時から続いているトータル番号だ)それから始まって、スタイルはどんどん変化して五六年前にブログというスタイルができた。ブログの書き手にも色々なスターが出て、ブログから本を出版したりする人もいる。

 たくさんあったブログもほとんどが有名無実というのか、最初の勢いは次第に薄れてほとんどが廃墟同然になっているのが現実だろう。ネタに困って、毎日の食い物や出来事をシャメを使って克明に報告するスタイルが多くなった。そういった流れてゆくような情報は今のツイッターやフェイスブックに受け継がれて、今に至っている。多分これからもカタチはどんどん変ってゆくのだろうと想像する。

 しかし、私は基本的になんだかんだと書きながら考えて行く日記というスタイルが好きだ。情報としては何も真新しいことはなく、陳腐な独白に過ぎないけれど、そういった昔ながらのアナログな書き手にとっては日記スタイルやブログぐらいがちょうどいいように思うな。多分こういった古典的な日記スタイルも根強く残ってゆくと思う。

 ツイッターやフェイスブックの記事というのはどんどん流れてゆく。まるでデジタルな掲示板かニュースのようで、情報としてすぐに古くなって消えてしまう。まぁそれがいいところでもあるのだが。


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ゴミ屋敷 - 2013.01.29(ポケットの窓から)

はる 4225
 なんだかんだで今年も一ヶ月が過ぎようとしている。昨年度末は10,11,12月の怒涛の個展を無事にこなして、何となく一息ついてしまった。

 上は今日のアトリエの様子。画材や本が山積みになって「ゴミ屋敷」のようだ。


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古い携帯でフェイスブックにシャメを送る方法 - 2013.01.28(ポケットの窓から)

はる 4224
 フェイスブックに登録して一週間ぐらい経ったか。その間、パソコンの無料セキュリティの期限がこの一月で切れるという予期せぬ警告が立ち上がって、どうしたものかと迷っていた。今あるアンチウイルスソフトは元々このパソを購入した時に付いていた無料ソフトで、少々CMが邪魔になるけれど便利に使わせてもらっていた。

 無料というのは何事においてもそれなりの負の面もあるわけで、この際だから今あるソフトを捨てて新しいものを購入するか、それとも引き続き推薦されている同じメーカーのソフトを無料で使わせてもらうか、元々がリサイクルパソなので何も新しい大容量のアンチウイルスソフトを入れることもないかと思った。同じメーカーの新作版なら相性もいいだろう、他のソフトを入れたために動かなくなったら元も子もない。

 ということで、今あるアンチウイルスを抜いて新しいバージョンをインストールした。これがなかなかすんなりとは行ってくれなかった。途中で止まってしまったものだから、パソコンの動きがぎこちなくなった。このまま動かなくなるのではないかと一瞬嫌な予感に冷や汗をかいた。よぼよぼと動くパソをじっと我慢して一旦入れたソフトをもう一度抜いて入れなおすことにした。どうやらそれでスムースに動くようにはなったが、危ないところだったな。それで一日使った。

 次に、やりたかったことは携帯電話でフェイスブックに画像を貼り付ける、ということだ。私の携帯は今時のアイホンではなく,昔ながらの極普通の携帯電話だ。アイホン、スマートホンなら多分簡単に画像を貼り付けることができるのだろう。元々フェイスブックそのものがアイホンであることを前提に作られているようなところがあるかな。

 まず最初にやったのが携帯からインターネットに接続してフェイスブックに登録する事だと思った。でもこれが大きな間違いだ。この方法で登録すると携帯のフェイスブックのアカウントとパソコンのアカウントとダブルブッキングすることになってしまった。携帯でアップしたつもりの画像がパソコンからは見ることが出来ないという情けないことになった。

 正しくは携帯からパソコンのアドレスとパスワードで入ればよかったのだ。そうすれば二重に登録する間違いも起こさなかった。そのことは正式には書かれていないからね。いろいろ調べて見つけた方法だ。

 それから写真という項目をクリックすると携帯からパソコンにダイレクトに送れる個人のメールアドレスが提示されている。そこに写真を送ればパソコンのページにアップされるというわけだ。

 分ってしまえばブログにシャメを送るのとそう変りはないのだけれど、何分外国のシステムだから日本人の我々にははちと不親切であるように思う。分りにくい。 


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行ったり来たり - 2013.01.27(ポケットの窓から)

はる 4223
 時々上のような無意味な絵の具のしみのようなものをアップする。実はこれは絵を描く時の試し描き及び絵の具の捨て場、要するに落書きのようなものだ。しかし、これが実にいい作品になっている場合がある。前衛絵画などのオートマチズムのようなものか、作ろうと思って作ってしまえばそれはもう無意識ではない。

 絵を描くという行為は極度に作為的な行為ではある。それを出来るだけ感じさせないようにする方は二つあって、一つは徹底的に描写する。描いて描いて描き込むことで没我の境地に至る。アカデミックな写生画や細密描写。

 もう一つは何も考えずにただ描く。先ほどのオートマチズムに近いかな。アールブリュットなどのやたら細かく同じような形を繰り返す手法。極度に装飾的な絵。禅で言うところの「 只管打座」無念無想、なかなかすんなりとはその境地には至れない。

 一つはいわゆる学校などがすすめるアカデミックな美術教育で、まぁ普通に画家になろうとするとそういったコースを勧められるし、一応社会的に認められているので大きく崩れる事もない。間違ってもカルチャーの講師とか学校の先生や画熟の先生になれるので、路頭に迷う事はない。

 もう一方の方は、たぶんに病的であるな。私が良く言う「あちらの世界」の』住人が多い。またはそれを克服するための治療法として使われることもある。

 芸事は難しい。こちらの世界だけにいたのではなかなか本当の所は分らない。時に『あちらの世界」を覗いて「こちらの世界」に戻ってくる。行ったり来たりがある程度自らの意思で出来なければ、本物にはなれないのではないかとも思う。ときどき「あちら」に行きっぱなしになる人がいるので恐ろしい。

 まぁ歳とって自然に『あちらの世界」も住人になる人もいるからね。色々だ。


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はる 4222 - 2013.01.26(ポケットの窓から)

はる 4222
 


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今頃になってそんなことを思い出した。 - 2013.01.25(ポケットの窓から)

はる 4221
 子供の頃のはなし。

 あれは幼稚園に通っていたころだ。幼稚園などというところはたぶん当時も今もあまり変らないのじゃないだろうか、お話を聞いたり、お絵かきしたり、お遊戯したり、お歌を唄ったり、そんなことで一日が過ぎてゆく。

 年に一度の学芸会のようなものがあって、秋の虫の音楽会というふうなテーマだった。それぞれが何か虫の被り物をしてカスタネットやタンバリンを叩いてがしゃがしゃやっていたのだ。そのバックに大きな模造紙で色々な虫の絵を描いた。

 女の子だったけれど、カマキリの絵を模造紙いっぱいに大きく描いた。みんなはそれはそれ幼児っぽい何かを描いていたのだろうけれど覚えていない。それを見て私は子供心に度肝を抜かれた。というのか、こんなやり方があったのかと非常にショックを覚えたのを未だに良く覚えている。

 子供ながら、絵は上手いと自負していたのかもしれない。それを根底から覆すようなどえらい才能をみせられて、上には上がいるものだと人生の初めての挫折を感じた。

 中学生の頃のはなし。

 当時流行っていた漫画に横山光輝の「鉄人28号」があった。結構仲の良かったY君はあまり頭は良くなかったけれど、漫画を描かせればそれこそスーパースターだった。鉄人が空を飛ぶ様子を上から下から斜め横から自由自在に描く事ができた。それだけではなく、鉄人を解体して半分スクラップになったような透視図のようなものも、短い鉛筆を転がすように使ってスラスラと描けた。これもまた大いなるカルチャーショックだったな。
 
 K君は大人しい頭のいい子だった。卒業する時の文集の表紙か中のカットかどうか覚えていないのだけれど、美術の先生に頼まれて学校の周りのスケッチを描いていた。それがそんなに上手くはないのだけれど、独特のナイーブな線で表現されていていいなぁと思った。実はそれがうらやましくて仕方なかったのだ。だからよく覚えている。

 まぁ今頃になってそんなことを思い出した。


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上手くない。 - 2013.01.24(ポケットの窓から)


moblog_f225c67a.jpg 
はる 4220
 あまりよくはない。どこかに上手く描こうという気が見え隠れする。もっとすらっと何も囚われない下手くそでいいのに、壊したくないというスケベ根性が透けて見える。あぁいやだいやだ。このン十年進歩していない。むしろ後退しているよな。どうする!


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だからどうした。 - 2013.01.23(ポケットの窓から)

はる 4219
 フェイスブック(FB)とツイッター(TW)良く似ているけれどけっこう違う。FBの方が何かと使い勝手がいいし、機能が充実しているように思う。TWはあくまで短いつぶやきのみに特化したツールのようだな。まだちょっと詳しいことが分らないのだけれどね。HPやブログのほうはかなり前から参加していたけれど、このツールに関してはかなり遅くなったのは、基本的に日記形式にこだわりがあったことと、携帯がアイホンでないからだな。

 HPを持ったのは1999年だからこういった私のような分野では結構早いほうだったろう。まぁ世の中がインターネットの時代になってみんなが争ってHPを持ち始めた頃だ。自分のページを持つことで一人前の画家であることを世の中に知らし召す事が出来るんだと本気に考えていた。千客万来引きも切らずに多くの人が訪ねてきて対応に忙殺されるのではないかtp、幸せに考えたりもした。

 結果は、訪ねてくれる人をただ待つという従来のHPのカタチはもう既に有名で名前が通っているひとならいざ知らず、無名の市井の人などほとんど訪問されることはない。多くのHPはそうやって消えていった。

 次に現れたのはミクシーなどのSNSで仲間内でワイワイともりあがるようなサイトだな。これもけっこう流行ったけれど、私はほとんど参加しなかった。仲間内の話題が多く面白みにかけたというのか、まぁ面倒だというのが本当のところか。

 私がウエブ日記を始めたのはもう10年も前の事になる。元々何かしら書き付けてものを考える習慣があったので、日記のようなブログにはほとんど抵抗感はなかった。ブログにも色んな道具がついていて、トラックバックとかリンクとかコメントとか多くの人とつながれるようには考えられてはいるけれど、これもまぁあまり利用していない。

 基本的にHPにしろブログにしても訪問者を待つというスタイルだ。これだと何かしらの検索項目で訪ねてきてくれるひとはいるけれど、それでも私という個人を知らない人にはなかなか訪ねてきてもらえないといううらみがある。どんなに素晴らしいことを書いても、どんなに感動的な文章でも、誰も読んでもらえないなら、存在しないと同じなんだな。無論自分のためには充分なんるのだけれどね。

 表現というのは自分からでて他人に受け止められて初めて完成する。自分だけの身のうちで終わっているものは大きく成長する事はないし、それは表現とは言わない。

 FBやTWというのはそこのところが全く違う。積極的に出て行って人様のページに堂々と意見を書くということが出来る。この積極的に出てゆくというスタイルが今までの待つという受身にスタイルと大きく違うところだ。

 さて、それがどうなるのかはこれから分る事だ。
 


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試し - 2013.01.22(未分類)
アー本日は晴天なり。アーテステス・・試し記事です。

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こだまみたいなものだ。 - 2013.01.22(ポケットの窓から)


はる 4218
 フェイスブックもツイッターも訳が分らないながらこのブログと連動させた。だからブログを更新すれば自動的に両方に更新されたことが伝わる。リンク先が表示されるので、元記事が読みたければそこをクリックすればいい。ツイッターの場合文字数が140文字と限定されているので、私のようにだらだらと書き込む人にはむかないのかもしれない。基本的に日記形式の文章はツイッターにはむかない。やっぱりつぶやき程度だな。

 面白いのは両方同じようなツールだけれど微妙に違うようだ。まだあまり分っていない。友達になればその友達がつぶやいたことがどんどん自分のページに割り込んでくる。割り込んでくると考えるのは違うのかもしれないな、私のつぶやきも反対に友達のページに割り込んでいっているわけだから、お互い様というわけか。友達が多くなればそれだけ拡散してゆくということなんだな。ようするに忍者の分身の術、こだまみたいなものだ。
 
 しかしまぁ、色んなことを考えるものだね。マスコミとは全く違って個人のつぶやきがどんどん広がってゆく、今まではそこで消えていたものが、アッというまに世界中に広まってゆくわけだから、デマや嘘もつき放題って訳だ。ちょっとまぁおそろしいことでもあるな。あんまり信用しない方がいいね。 
 


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なだらかな山 - 2013.01.21(ポケットの窓から)
はる 4217
 こういう形はどうなんだろう。日本の障壁画などを見ると日本人の山のイメージがこんな感じであったのが良く分る。ところがジョットなどの風景画をみると、かの地の山のイメージは「もっとごつごつした岩山であることがわかる。それにしても眠たい。つづきは書けたら書きます。


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望月 澄子展・菊池 知恵子展 - 2013.01.20(ポケットの窓から)

望月 澄子展、、版画
甲府市丸の内 ギャラリーイノセント・・・28日(月)マデ・



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菊池 知恵子展
甲府市貢川 ギャラリー三彩洞・・27日(日)マデ・

はる 4216

 


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情報の漏えい - 2013.01.19(ポケットの窓から)


鉄塔の右
小さく富士山が見えます。
はる 4215
 FACEBOOKに登録したら、友達候補なるものが何人か提示された。まだどことも連絡さえ取っていないのに、どうして私の知り合いである事が分ったのか?不思議に思った。情報として書いたのはほとんど当たり障りのないことばかりなのに、そこから私の知り合いを見つけ出してくるのは、どういうまじないを使っているのか知りたい。

 で、考え着いたのは、一度なりともメールのやり取りをしたことがある相手だという事がわかった。どこかでそのデーターが使われているわけだな。本人が知らないうちにそういったことをやっているわけだ。そんな事をやっていいのかね。例えば私が誰かさんと頃にはがきを出した。その住所を控えておいて何かの時に使うわけだ。無論他の事で使うわけではないが、いざという時には私が誰とだれに連絡を取ったかということが証拠として使われる可能性もある。これはかなり恐ろしいことだな。
 


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春が待遠しい。 - 2013.01.18(ポケットの窓から)

はる 4214
 雪もかなり解けたけれど、家の前の畑はこんな具合で夕暮れはひときは寒そうだ。鍋底の甲府盆地は零下5度6度の極寒の地でもある。今年は例年になく寒い日が続く。もうそろそろ寒いのにも飽きてきた。春が待遠しい。


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絵の具の話 - 2013.01.17(ポケットの窓から)

はる 4213
 今日は二回目の歯医者の予約。親知らずが段々伸びてきてグラグラしてきた。それをどうするか、いずれは抜いてしまうのだろうけれど、私がかかっているドクターは最後まで歯は抜かない主義のようだ。メンテにメンテを重ねて最後まで自分の歯を使い切るのが理想と考えているようだな、聞いたことはないのだけれど。

 それはいいのだけれど、今日はその周りの歯にも虫歯が見つかって大幅に削られてしまった。被せてあった金属の下がどうやら見えないことをいいことに徐々に蝕まれてしまったようだ。どんどん削られて私のオリジナルな歯は根本とまわり少しだけになってしまった。もう一回いって金属を被せて終了らしいけれど、歯は弱くなったものだ。

 帰りに画材店によって、久しぶりに絵の具を購入。絵の具といっても地塗り材のカラージェッソがほとんど。チューブ入りの普通の絵の具はここ最近ほとんど買ったことがない。好みの色は混ぜたり重ねたりすることで作るものだと思っている。三原色に白と黒があれば原則的にはすべての色が出来るはずだ。

 ミクストメディアに移行した頃は、そんな基本色さえ顔料から作っていた。色の粉とアクリルのジェルメジュームさえあれば絵の具は出来るのだが、水を混ぜるためにたくさん作って保存しておくとカビたり腐敗したりする。保存剤をかって混ぜたりしたのだが、それだと何のためにわざわざ自家製の絵の具を作っているのか意味がなくなってしまう。

 既成のカラージェッソの成分を調べると,私が使っている顔料とほぼ同じものが使われていることがわかった。長く保存したり耐久性や対光性、それから人体に対する影響などを考えると、基本の三原色は既成の絵の具を使うことにした。

 それ以外の例えば胡粉とか砥粉とか弁ガラとか金粉とか壁土、その他土製の顔料は他に代用する事が出来ないオリジナルな絵の具なので未だに自家製で作っている。夏場は腐敗するためにたくさんは作り置きはできない。基本的に冷蔵庫に保存している。


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生のままの人間が見たい - 2013.01.16(ポケットの窓から)

はる 4212
 画家といっても色んな種類があって、今をときめく奈良美智や村上隆や会田誠のような作家にはまるで興味がわかない。美術雑誌をみればこの三人のうち必ず一人は出ている。ある種のスターだな。

 漫画家やイラストレータやアニメータなどにも興味がない。アニメを見るのは嫌いではないけれど、あれは一種の映画ととしてみているところがある。アニメーションが好きなわけではない。

 スーパーリアルな奇麗なヌードなど私には到底描けないし、パソコンがこれだけ普及した世の中で、その技術に対しては賞賛を惜しまないけれど、リアルに描けると言う事にどれだけに存在価値があるのか凄く疑問に思うなぁ。フォトショップを使えば素人でもかなりのことが出来る。

 松田正平の「犬馬難鬼魅易」というのを知っているか?見たこともないような鬼や変ったものを描くのは意外に簡単なんだ、そこら当たりに入る犬や猫を描く方が難しいのだよ。ということらしい。そこからもう少し進んで、本物らしく上手く描くのは修行すれば誰でも描けるのだよ、そんな後から学んで身につけた技術を見たいのじゃなく、本来持っている生のままの人間が見たい。見せたい。

 今は流行らんようだけれど、必ずまたここに戻ってくるように思うのだ。

 


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二十歳ごろの話を書こうか。 - 2013.01.15(ポケットの窓から)

はる 4211
 やっぱり今朝はバリバリに凍っていた。

 二十歳ごろの話を書こうか。子供の頃から何か物を作るのが好きだった。自分に何が出来るのか?と考えた時に、真っ先に考えたのがこのことだった。物を作ることを仕事にするといえば職人ということになるのだが、具体的にどうすればいいのか何も思い浮かばなかった。自分の周りにそういった人がいれば想像もつくのだが、家系的にそういった人が見当たらない場合、なかなか思い浮かべることさえ難しい。

 でもまぁなりたかったのは職人でもないんだな。同じ職人でもどちらかといえば装飾工芸とか手工芸とかそういったアート系に憧れていた。夏休みに皮とビーズを組み合わせて首飾りみたいなものを作って路上で売ったりしていた。そんなものでも幾つかは売れたし、褒められもしたけれど、そんなものじゃ仕事にはならんだろう。

 絵は描いていたけれど、絵描きなど仕事になるわけはないから最初から除外されていた。

 で、次に考えたのが陶芸工房の職人としての仕事だ。このことは何回か書いたな。まぁいいか。最初は絵付けの仕事として募集されていたのでそれにアルバイトとして入った。今から考えるとまるで考えのない不埒な動機だが、それでも仕事はそれなりにこなしたし、面白くはあった。毎日同じような図柄の絵を100も200も描いていてば、そこそこ上手くはなるし、食うだけならやってゆけそうだ。

 仕事が終わった後、土練りやろくろの練習も出来たし、何よりもこうやって、兎に角筆一本で生きてゆけるんだという実感が嬉しかった。

 という事で、つづきは気が向いたら書きましょう。では

 


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洗脳 - 2013.01.14(ポケットの窓から)

はる 4210
 まぁ大変な雪でした。明日がまた困るだろうなぁ。

 どこかでこんな事を聞いた。西欧型の民主主義は万能ではない。ドイツのファシズム・ナチを生んだし、日本の軍国主義も生んだ。だから我々は西欧型ではない新しい公平主義を目指す。言葉は正しくないかもしれないが。

 この間朝日新聞のインタビュー記事にサッカーチームの指導をしている岡田監督の話が出ていた。あまり多くのことを覚えていないのだけれど、一番気になったところは、日本に居て日本の新聞や雑誌を観たり読んだりしていると、かの国は何と嫌な国なんだと普通に思う。けれど現地に行って多くの選手などと一緒に生活していると、まぁ嫌な奴もいるけれどそれは日本人でも同じだ。と、まぁいかに我々はマスコミによって上手い具合に洗脳されているかということだな。

 今回の原発の話でも、今頃になって当時の風向きがなんだかんだ詳しい分析が出てきたようだけれど、それで何がいいたいのか。なんの役に立つのか。大衆の風見鶏のようで、マスコミは社会の公器のような顔をして平然と。嘘をつく。一番無難な居心地のいい意見を載せる。それで自分の正義を守ったつもりでいる。

 テレビを批判するのも簡単だ。こんな記事も載っていた。
 「ドイツの哲学者テオドール・アドルノは刺激的だった。なにせ、何となくテレビを漫然と見ている退化した視聴者は、かつて全体主義を信捧していた人々と極めて良く似ている」

 正月番組をリモコン片手にわははわははとみながら、なんてテレビはつまんないことをやっているんだ。とつぶやいていた自分に心痛い思いがする。


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あれから40年 - 2013.01.13(ポケットの窓から)

はる 4209
 成人の日か。私が二十歳の頃は、とても成人をお祝いする雰囲気ではなかった。いや多くの人は今と同じように公の場で成人式をお祝いしていたのかもしれないが、何だろう私は皮肉れていたのか、お上から祝ってもらう義理もなしと、今から考えると何を突っ張っていたのか、妙に斜に構えていた。かといって、馬鹿騒ぎして鬱憤をはらすなどということもしなかったが。そんな事より、これからの人生どう生きたらいいのか、そのことのほうがもっと切実な悩み事ではあった。

 どこかでも書いたが、二十歳の誕生日にお袋から油絵の道具をプレゼントしてもらった。というのか何が欲しいと聞かれて、そう答えたのかもしれない。

 神戸大丸の通りをはさんだ向い側の画材店で、真新しい油絵のセットを買った。家に帰ってうきうきと道具を広げて、最初に書いたのが舞子の浜に建つ孫文の別荘移情角・通称六角堂であった。あれはどこにやったのか、記念すべき一作目の作品だ。かなりゴッホの教会の絵を意識したナイフで圧塗りした赤い絵だった。

 あれから40年経った。


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はる 4208 - 2013.01.12(ポケットの窓から)

はる 4208
 部屋の模様替えをしたのは、冷蔵庫が壊れて新しいものに買い替えなければならなくなったためだ。今まで使っていたものはもう20年も前に買ったもので、まぁ何のトラブルもなくノンストップで今まで働いてくれたものだから、けっこう優秀なものだったのだろう。最近はコンプレッサーの音が少し大きくなっていたので、替え時ではあったのだ。

 我々の子供の頃は冷蔵庫など当然なかった。叔母さんの家に小さな氷を入れて冷やすタイプの冷蔵庫があって、夏休みなどにゆくとカキ氷を作ってくれたのを覚えている。この叔母の家は大体何でも新し物好きで、我が家より一歩も二歩も先に新しいものがあった。それがこども心にうらやましかった。

 真冬に夏の話もおかしなものだが、まぁ事のついでということで許してください。最初に電気冷蔵庫が来たのは何時頃だったのか、良く覚えていないが、小学校の低学年のころだろう。東京オリンピックが小学5,6年生だったから、それより少し前だ。西岸良平の「三丁目の夕陽」と同じような善き昭和の時代だ。妙になつかしいレトロな時代だ。

 そうそう、今頃の夕陽は空気が澄んでいるせいか、透明ですっきりしている。夕暮れ時のちょうど夕陽が山の端にかかるその頃は「三丁目の夕陽」を思い出すな。しみじみ懐かしいというのか、尋常な気分でいられない少し寂しいセンチメンタルな気持ちになる。この気分は未だに変らないなぁ・・。

 画家の遠藤彰子さんが「太陽さん沈まないでと、夕陽を追いかけてゆきたい気持ち」と書いていたけれど、その気持ちがよくわかる。あれからもう50年近く経ってしまったけれど、あのへんの物悲しいセンチな気持ちというのが私に絵を描かせている基本にあるような気がする。死ぬまで変らないものなんだろう。今は人生の夕暮れ時にかかってきたからな・・。


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はる 4207 - 2013.01.11(ポケットの窓から)

はる 4207
 午前中歯医者にゆく。この歳になると何かと医者にかかることが多い。昔は保険書などどこにあったか忘れるほど使う事がなかったものなのに、今じゃ使用頻度がハンパじゃない。歯もあまり丈夫ではないけれど、まぁ全部自前の歯だからよしとせねば。



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西沢武徳・紅伽 彫炎展 - 2013.01.10(ポケットの窓から)

 
西沢 武徳・紅伽
彫炎展
2013 1/6~1/13
甲府・三彩洞
055-226-8393
はる 4206
 「道絶えずば、また」松井今朝子より
「たとえ人から見捨てられても、けっして諦めずにひとつの道をずっと歩み続けていれば、かならずやまた浮かびあがる時節もあろうというものさ」p130

『現世がいかに汚辱に満ち、憂き艱難が重なるとも、それに耐えて生を全うするのが御仏の道成り」p179

「嘘を真実に変えてくれるのが正直な役者で、不正直な役者は、自分でもそれを嘘と思うからか、こちらが見ていてちっとも信じられず、気持ちがさめてしまいます」p208

「常にわが身のことばかりを思い、己の損得勘定だけを考えていれば、むしろ人の心は苦しくなるだけではないのか」p253

「法華経の信解品とやらのお話を前に伺いました、辛い旅路の果てに帰ってきた息子を父がやさしく迎えてくれるというお話」
p294

 本を読んでほとんどの場合、そのまま捨ててしまう。まぁそんな毒でも薬でもない本しか読まないということか。そんな本でも必ず一箇所か二箇所こころに残る言葉がある。書き写すことはないけれど、そっとそのページをおり込んで置く。でまぁ読み終わってからその場所をもう一度開いてみるのだが、おかしなもので、読み進んでいるときにはあれほど心に突き刺さっていたフレーズがまったくピンとはずれということがある。それが不思議だな。松井さんのこのシリーズはなかなか面白かった。芸道に生きる役者の話。


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もう10年以上になる。 - 2013.01.09(ポケットの窓から)

はる 4205
 ツイッターのことは今ひとつ分らないところがある。誰でも彼でも、友達の友達は皆友達だと仲間を増やしてゆけばいいのか、そうやって自分のことも仲間に入れてもらうことで読者を増やしてゆく・・まぁ簡単にいえばそういうことだろう。相手が受け入れてくれるかどうか、ただの爺さんのつぶやきだからなぁ、興味を持ってくれるかどうか、読者のために書いているわけでもないしね。まぁもう少し様子をみてみましょう。

 こうやって日記をさらしてもう10年以上にはなるわけで、毎日何かしら記事をアップしている。これはもう意地になって死ぬまでやり続けるつもりにはなっている。しかし、今ひとつ残念なのは読者が増えない事だ。私のことを個人的に知っている人は名前でも何でも検索してHPにたどり着く事はできるだろう。

 けれど、日本全国で言えば個人を知っている人など極限られた範囲で、何かしらの関わりがなければ知りえるはずもないわけだ。その中で個展に足を運んでくれる機会となればもっと少なくなる。まぁあえてそうやってアナログな出会いを大事にするというのも大事にことだけれど、何とかもう少し私のことを知ってもらいたい。

 HPが出始めた頃、色んな企業なども争ってHPを立ち上げた。HPさえ立ち上げれば千客万来、多くの人が日々たずねてくれるだろと甘い予感に酔いしれていたのだが、あにはからん良くて一度たずねてくれても二度目はない。リピータを呼び込むためにはそれはそれ、かなりの努力を必要とする。面白くないHPには二度と人は訪ねてくれないのだな。

 SEO対策などお金を偽りのヒットをねらう策略もあったけれど、それもこれも元々のコンテンツが面白くなければ、書いた文章が人の心をつかまなければ、描いた絵が心に届かなければ、人はどんどん離れてゆく。そういったものだろう。

 まぁ一度でも訪ねて来てもらってそれで心を掴めないなら諦めもつく、知りえない、そんな機会がないというのが一番悲しい。まぁどうなるかな、分らないけれどやってみただけのことはあるかもしれないな。


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あしからず - 2013.01.08(ポケットの窓から)

はる 4204
 ツイッターとの連携をどうすればいいのか思案中。携帯から記事を書くつもりはないし、つぶやきを書くつもりもない。だから純粋なツイッターの使用者ではない。ブログの記事をそのまま載せるわけにもいかない。140文字という制限があるからね。長い文章は書いても意味ないし、どう使いこなせばいいのかな。実はこの記事も試し記事です。あしからず。


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no title - 2013.01.07(ポケットの窓から)



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試し - 2013.01.07(未分類)
 お試し記事です。

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はる 4203 - 2013.01.07(ポケットの窓から)

はる 4203
 ツイッターに登録した。使い方がよく分からない。とりあえずブログと連携したのだがどうなるか。


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傲慢不遜 - 2013.01.06(ポケットの窓から)


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はる 4202
 今日まで部屋の模様替えで遊んでいる。今週から学校も始まる。といっても週一度のまだら勤務だけれどね。仕事があるだけ緊張感も多少あるわけで、もう少し続けるつもりではいる。

 学校の先生などもそうだが、長くそういった仕事についていると意外に無神経に言葉を使って人を傷つけている場合がある。パワハラなのかドクハラなのか、分らないけれど力のあるもの、強い者は小さい者弱いものに対しての配慮に欠ける場合がある。私なども気がつかずに余計な言葉を使っているのだろう、家人にそれとなく注意されて、あぁ又やってしまったと後悔することが多い。

 人のブログを読んでいてもどんなにお洒落なレイアウトや写真や文章を載せていても、本質が見え隠れしてげんなりすることがある。文は人なりとはよく言ったもので、特に写真は気をつけたほうがいい。その人の興味の対象が写真を通して透けて見えてくる。多分本人は何も気付いていないだろう。


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大工仕事、本棚を作る。 - 2013.01.05(ポケットの窓から)

はる 4201
 今年の東京の個展では団体展関係を除けばネットがらみのお客さんが多くなった気がする。昔から長く見てくれている人も多いけれど、まぁDMが来てから確認の意味でHPを見たり、ブログを読んだりするのだろうか。そういうことも含めて、いよいよネットは大きな武器になってきたのかもなぁ。フェイスブックとかツイッターなんかもやった方がいいのか、効果が今ひとつ分らないからちゅうちょしている。それほど不特定な多くの人に観て貰わなくてもいいかなとも思う。

 今日も部屋の模様替え続行中。やり出せば大工仕事は夢中になってやる。大体が自分のアトリエ周辺にあるもので何とか工夫してこしらえる。今日は前から頼まれていた台所の本を置く棚を作った。棚板は昔使った暑い集積材を使うことにする。台所は本を置くスペースがないので、ちょうど二階に上る階段の天井部分に空間があったのでそこを利用する。

 階段の幅に棚板をカット。次にその棚板を乗せる足は見てお分かりかな、F6号の木枠をそのまま転用する事にした。上は塗装して乾かしているところ。下は設置して本を並べたところ。まずまずの出来かな。

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あそびべのはる

Author:あそびべのはる
画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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