あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

かしこい夏のすごし方 - 2012.07.31(ポケットの窓から)

はる 4052
 松井今朝子の「一の富」から
「神仏の目から見れば、実の親子とて、所詮この世の仮の契りにすぎぬ。親子であれ、兄弟であれ、夫婦であれ、人の縁はなべてこの世の作り事でしかないのじゃ」

 読む本がなくなると、古本屋で一冊百円の文庫本を10冊ほどまとめ買いする。どの道読んでしまった後はまた同じ本屋に持ってゆくわけだから、貸本に近いのかもしれないな。ほとんど中味を吟味することなく、ためらう事も無く、時代小説なら何でもOKという選び方をする。

 上の松井さんも作家として知っていたわけではない。たまたま手に取った中の一冊だったわけだ。時代小説、大衆小説といっても侮る事無かれ、どんな本にも何かしら心に引っかかるフレーズがあるものだ。それは人それぞれなんだけれど、引っ掛かりを感じたそこに私の心の中味が見え隠れするというわけだな。だからまぁ面白い。

 暑い夏場は、午後からは風の通る廊下でひっくり返って文庫本を読む。これが省エネなかしこい夏のすごし方だ。


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Ennio Morricone - The Mission Medley - 2012.07.31(you tube)


Ennio Morricone -
The Mission Medley (Live In Venice 2007)(HD).avi


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そこらと繋がってみたい - 2012.07.30(ポケットの窓から)

はる 4051
 あっという間に四千から50日も過ぎたということだな。こうやって毎日というのが何事にも効くんだよな。毎日30分でも何か考える、書く、描くそのことが何か大事な表現につながってゆく、そんな気がする。

 まぁこんな時代になって、絵なんか描いて何の役に立っているのかなぁとふとしたときに疑問が湧いてくる。美大や芸大に必死になって受験勉強して何年も浪人して入学しても、絵を描く事は職業になりにくいので、まぁほとんどが止めてしまう。続けることはなかなか難しい。芸術家などといっているが、そんなものじゃ食べては行けない。

 下のアフリカなどの場合、まだというのかかなり日常生活といわゆる芸術(仮にそうよぶ)と同じ目線で暮らしている。生活の中にリズムがあって音楽が生き生きと流れている。ダンスなどを見てもまぁ自己表現のパフォーマンスとして最高レベルだよな。装飾的な飾りなどを見てもしっかり日常の中に美術的なものが生きている。

 宗教的ではあるけれど、信仰そのもではないきがするなぁ。何かが我々の意識とは違うところでつながっている。我々は文明化することで失ってしまったけれど、彼らにはまだ残っていて何も考えなくてもダイレクトにつながる事が出来るようだ。

 何かを具体的に再現するということは考えていない。美とか醜の範疇ではない。

 何とかそこらあたりとつながってみたい。


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no title - 2012.07.29(ポケットの窓から)

はる 4050
 何だろうね、やたらと暑いんだけれど。この前まで少し涼しいかと思っていたから、こたえるねこの暑さは。

 暑いと言えば、下のアフリカの動画は偶然見つけたのだけれど、何だか凄くいい。彼らももう少し前の何も知らないアフリカの原住民ではない、西欧の文化が否応なしに入ってきて影響されているんだろうけれど、自然に混血されて新しいものになっている。勿論アフリカの息吹を残しながら。

 日本の祭囃子のような動画を探していたら、偶然にこの動画に行き当たった。まぁ日本の太鼓もいいのだけれど、アフリカの音楽というのは同じリズムを繰り返す事でどんどん高揚してゆく、現代音楽で使われるミニマルミュージックと若干似ている。ダンスがまたいい。彼らの先天的な運動能力とリズム感が見ている者を引き込まずにおれない。

 美術で言えば自分たちの体などに直接ペイントとか、装飾的なお祭りの衣装などは現代のデザイナーに凄く影響を与えていると思うな。ピカソなどがアフリカのお面とか彫刻に凄く影響を受けてあの独特なスタイルを作ったと言うのは有名なはなしだけれど、確かにこうバイタリティがあるよな、生命感というのか、生きている歓びを直接表現しているような躍動感fが、何とも魅力的だ。

 西欧化した我々の価値の判断の範疇とは違うものを感じる、まぁそれと共に凄く共通な親近感、全く違うものだけれどどこか深いところでつながっているものを感じるのだな。我々の価値の中にある「いい悪い」「美と醜」「善と悪」そういった価値観をもう一度見直すと言うような事かな。

 まぁすこぶる違うものだけれど、近いものを感じるのだな。


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アフリカ - 2012.07.28(ポケットの窓から)

RHYTHM "FOLI" THERE IS NO MOVEMENT WITHOUT RHYTHM, ORIGINAL VERSION.





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暑かった。 - 2012.07.27(ポケットの窓から)

はる 4048
 昨日の犯人がわからない。まぁくだらな一律の文章だったので個人的に書き込んだわけではないと思う。だから私の個人的なパスワードやアドレスが漏れたわけではなく、このFCブログ全体をターゲットにしたものだろう。しかしまぁこういったネットというのは個人情報がじゃじゃ漏れ状態だということだな。だからクレジットカードで決済はしないようにしている。セキュリティに不安があるからね。

 昼間は暑くて昼寝もできない。


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誰だ! - 2012.07.26(ポケットの窓から)

はる 4047 
  今日は異常に暑かった。真夏と言えばそうそうこんな感じだったなぁ、何をしていても汗がふきだしてくる。昔はクーラーなど無かったからね。昼間は比較的涼しい廊下で昼寝するくらいしかなかった。上は我が家の畑になるトマトです。赤くなるまではけっこう時間がかかるものですね。スーパーで売っているトマトはみんな大きくきれいに赤くなっているけれど、実際に育てるのはけっこう手間隙がかかる。買えば簡単に手に入る完熟トマトも自分で作るとなると、そう簡単ではない。

 ところで、私のブログの管理ページに誰かが入って勝手に記事を書き込んだ形跡があった。一般公開になっていなかったので、だれも見ることは無かったのだけれど、もしそんな事が簡単に出来るようであれば、これは見逃せない問題だな。

 どういう理由があったとしても誰かが私に成り代わって勝手に記事が書けるようなサイトは信用が置けない。もしこれからも続くようであればこのブログは閉じます。


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求道者 - 2012.07.25(ポケットの窓から)

はる 4046
 普段あまり具体的な顔など描かない、描けない。でも時々描いてみたいなぁと思わせる顔がある。この顔のモデルは何回か私の絵に登場している。ノーベル生理学、医学賞受賞者のROGER W.SPERRY(ロジャーWスペリー)という人ですな。特に有名でよく知られているというわけではないと思うのだが、何かの雑誌か新聞にこの人のポートレイトが載っていて切り抜いてあったものだ。晩年のゴッホの自画像にもよく似ている。何処と無く求心的な求道者を思わせる,鋭いまなざしが印象的だな。

 ゴッホという作家ほど分りやすい絵描きはいないな。まぁそんなことをつらつら書いてみようかと思ったのだが、もう眠くなりました。すんません。又明日。


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- 2012.07.24(未分類)
東電 
 
はる 4045
 全部金になると思ったのだけれど、そうではなくて99%は遊んでいたんだね。それで儲かっていたわけだから、止められないよな。


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no title - 2012.07.23(ポケットの窓から)



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発表会 - 2012.07.22(ポケットの窓から)

はる 4043
 今日はチェロの教室の発表会でした。先生にレッスンを受けているミニチュアのチェロを持ったかわいい女の子から順番に始めるのだが、なんとアンカーが私である。最後の〆は上手な人がカッコよく決めるのが普通なのだが、単に歳の順ということだろう。それにしても普段の練習ではそこそこ弾けるつもりになっているのだが、こういった人様の前で弾くというのはまったく異なるという事がよく分る。

 今回は、今回もまったくへろへろ、よれよれになってしまった。あぁ情けない。穴が有ったら入りたい心境です。いつの日かバッハの無伴奏組曲をこの場所で披露できるよになれるのかしら。

 閑話休題
 まぁ自己保身というのは誰でも自分がかわいい訳だから分らないわけではないけれど、個人のレベルではまぁ目をつぶったとしても、社会的に影響の大きい企業の自己保身はへたすれば国を滅ぼすな。それでも自分たちは間違ったことをしている、自己保身に走っていると分っているならまだ許せるのだけれど、まるっきり自分たちは悪くないと思っているから腹が立つ。

 郵便を含む流通などもヤマトのような民間の流通業者が認可されなかったら、未だに郵便が独占してトロくてノロくてサービスの悪い郵便小包状態だったろう。電電公社も同じだ。NTTになっても体質はそんなには変らないけれど、民間のソフトバンクなどが出てこなければ未だに黒電話だったかもしれん。携帯化でまず電話線がいらなくなったのが大きいな。電力も独占事業だな。申し訳程度に「節電」なんていってるけど、まともに節電すれば自分たちの首を絞めるわけで、そんなことするわけが無い。出来るだけどんどん無駄遣いしてもらってオール電化、システム化してもらったほうが自分たちは肥えるわけだもの。

 電力は悪だな。こんな企業は分解したほうがいい。未だになんの責任も取らないでのうのうと値上げなどと言っている企業は潰した方がいい。水俣の窒素よりひどい。きっと長い目でみれば電力は弾劾されてもいい企業だ。そのトップは刑事責任を受けるべきだ。会社を潰しても保障するべきだ。何処まで保障できるかわからないけれど。このシステムをそのまま海外に輸出すれば「死の商人」といわれても仕方ない。

 デモが各地で盛り上がりを見せているが、いつまで続けても馬耳東風かもしれんな。いまだかつて民衆の力で何かが変ったことはないからな。日本にこういった市民運動で事が変ったら、それこそ大きな事件だ。一つの革命といっていかも。権力側は最終的な実力行使の奥の手を持っているからな。不穏な奴らを紛れ込ませて騒ぎに持っていって安全のためという名目で実力行使にでてくる。そうならないためにはガンジーで行く。徹底して非暴力でゆく。それしかない。

 もう一つ今回の事でわかったのが、マスコミの無責任さだな。マスコミというのは社会の公器」というような顔をして平然と権力側にたっている。世論の最前線にいるのかと思ったら、最後尾にいるんだな。もう既に分っている、当然となっていることしか発表しない。今回の件でも最初はおっかなびっくりで本の少ししか取り上げない。世論が盛り上がってきてやっと少しニュースに取り上げる。電力から金を貰っているからというだけではないね。基本的に独立した意見がかけない体質なんだ。だから絶対に戦争は止められなかっただろうな。社会が右に傾いた時は右よりの意見で、左に傾けば左よりの意見しか書けない。今回の件でよく分かった。

 だから個人のブログとかツイッターとかそういった情報の方がこれからは世の中を変えるね。武器になるね。 
 


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和春の脳内 - 2012.07.21(未分類)
CFD5~1 
http://nounaimaker.com/
はる 4042
 このでたらめな遊びにもなかなか真実があるように思える。どういうシステムになっているのか分かりませんが、なかなか興味深い結果となった。私の脳内は『嘘と遊び」が半々ですと。

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座職の職人 - 2012.07.20(ポケットの窓から)

はる 4041
 大きな作品は立って描くが、小さな作品は座椅子に座ってすることが多い。だから仕事をするスタイルは座職の職人のようだ。この座食の職人という呼び方を知ったのも時代小説からだ。実際江戸時代の花のお江戸は職人の町だった。ありとあらゆる物が職人の手仕事でなされていたわけで、簡単に考えても今の安物の代名詞であるプラスチック製の量販品はなかったわけで、生活雑貨、身のまわりのもの全てが職人の手作りだったのだろう。この町にも色んな当時の職人仕事をほうふつさせる町名がある。例えば紺屋町、魚町、鍛冶屋町、大工町・・など。


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つまらない話 - 2012.07.19(ポケットの窓から)

はる 4040
 今日は暑かった。ほぼ毎日が休みのような日々を過ごしているが、完全休養の夏休みはそれはそれで嬉しかったりする。パートタイム扱いの我々非常勤講師はこの長いお休みは無給になる。

 もうかれこれ30年以上こんな生活をしているわけで、今更どうしようもないのだが、これだけで食べてゆく事は多分できないだろう。色んなこと、例えば安定した将来の設計とか、そういったことをあきらめるなら不可能ではないけれど、そんな事は誰にも強要できないし、強要されてやるものでもない。

 前にも書いたけれど、だからといってどこかから援助を貰うとか、アメリカあたりでは芸術家としてある程度認められば助成金がでるそうだけれど、まぁ要するに特定の芸術家ではない公のパトロンというわけだろうけれど、どうもそういった助成制度はありがたいけれどあまり賛成できない。

 公共事業的になればなるほど、言っていることは正しいしありがたい話なんだけれど、目線がどちらかといえば親方に向いていてね、始めに助成有りき、援助金めあて、そのための活動というふうになれば、どんどん生気がなくなって腐ってゆく。社会主義の最後みたいに、国家的芸術家集団になって、目線はそういった官僚とか利権を持っている人に向いてゆく。援助金目当てに活動するようになれば本末転倒じゃないだろうか。

 生活保護も理想は分る。最低限の保障だからね。けれど、どうすればもらえるか、努力してがんばって、何とか生活保護の資格を取るというものではない。

 何だかつまらん話を書いたな。だんだんめいってきた。止めた。


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はる 4039 - 2012.07.18(ポケットの窓から)

はる 4039
 


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超絶技巧 パガニーニ - 2012.07.18(you tube)

Sterling Elliott Performs Paganini Variations on A String


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暑中お見舞い申し上げます。 - 2012.07.17(ポケットの窓から)

はる 4038
 今日は暑かった。このところ、わりと過ごしやすかったのでこたえたな。久方ぶりの学校、一学期最後の授業というわけで、雨でお流れになっていた風景スケッチに出かける。この暑いさなかグロッキーでしたね。でも彼らは楽しそうでした。見上げると真夏の空に鬱蒼としたケヤキの梢のコントラストが美しい。

 


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夏日 - 2012.07.16(ポケットの窓から)

はる 4037
 スイカのオブジェ
風は姿かたちが見えません。

梢が揺れる様子やひゅーひゅーなる音を聞いて、人はその存在を知ります。

絵や音楽や言の葉はこの風音に似ています。見えない心のかたちをそのざわめきで見せてくれます。

絵を描くとはそのための道具だと思います。

何処まで深く掘ることが出来るか、絵を描く事で探ってみたいと思います。




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裸婦クロッキー12/07/15 - 2012.07.15(裸婦クロッキー)
 

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全体を一つに - 2012.07.14(ポケットの窓から)

はる 4036
 少しずつ形づいてきましたね。これでもう二周りぐらいしたでしょうか。面白くないものはどんどん壊して新しいカタチを模索してゆきます。一気に一つの作品を最後まで仕上げてしまうというようなことはしません。みんな少しずつ手が入ります。50枚あるなら50枚すべてに少しずつ手を入れてゆきます。

 何故かな?理由はよくわかりません。一つの事に集中できない性格なのかもしれませんね。パラノイヤ的にこだわると鬱になる。そんな気がしません?


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田中佳子展 - 2012.07.13(ポケットの窓から)


田中佳子展
7/9~7/14
銀座・ギャラリー惣
03-6228-5507
はる 4035
 まだブログなどなかった頃にネットで知り合った絵描きさんの個展に出かけた。実際には絶対に知り合うことがない人どうしが、こうやってリアルなつながりになってゆくのは面白いなと思う。まぁしかし、思っている以上につながりは膨らんで行かないように思う。私だけかな。

 帰りに時間が取れればデモに参加するつまりで勢い込んで出かけたのだが、帰りのバスの予約が満杯で6:00しか取れなかったので首相官邸を横目でみて小さく『原発反対」と一人シュプレヒコールして帰ってきた。またあらためて行きたい。


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無名の人として - 2012.07.12(ポケットの窓から)

はる 4034
 何事もそうなんだけれど、全面的におんぶに抱っこという状態はあまり好ましくない。それは企業なんかで言えば独占企業、国で言えば独裁みたいなもので、誰も文句が言えない批判できないという状態は長く続くと自然に内部から腐ってゆく。利権や賄賂のようなものが大手を振ってまかり通る「無理が通れば道理が引っ込む」『長いものには巻かれろ」「もの言えば唇寒し秋の空」となる。

 就職している限りあまり身近に感じないかもしれないが、商売をしている場合大口の取引だけで成り立っている関係というのはとても危ないような気がする。例えば何かのトラブルで明日から取引は止めにするといわれる、これはすぐに死活問題となる。なりふりかまわず取りすがって何でも致しますという醜態をみせることになる。

 これは原発の話ではないのだ。よくよく考える私のような全くの個人商店でも同じような事が言える。例えばデパートの画廊は普通の街中の画廊に比べて大口である。デパート側からすれば作家は『先生」で何かと持ち上げてくれるのだが、あくまでこれは立場上だけである程度の成績があってはじめて成り立つ事である。売れなくなったら次の契約は無い。だから必死になって売れそうな絵を描くということになって、本末転倒サラリーマン作家と成り下がるのである。

 そうならないためには、内緒の話だけれど教えてしまおう。出来るだけたくさんの自分のお客さんを持つことだ。発表はする場所はどこでもいい,都会の有名なデパートでも街中の小さな画廊でも、地方の名も知らないような画廊でもいい。展覧会には出来るだけ顔を出して、顔つなぎするのがいい。作家ととして表現者として一人の人間として、誠心誠意まことをつくすことだ。これが私のような無名の作家が生き残る方法だと思う。


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no title - 2012.07.11(ポケットの窓から)

はる 4033
 一日の仕事が終わると大体こんな状態に片付けるようにしている。というのはアトリエは独立した部屋ではなく通路も兼ねているからで、道具類を出しっぱなしにすると夜中にトイレに行く時に引っ掛ける可能性があるからだな。まぁそれはそれでいつも整理する習慣になっていいように思う。

 アメリカの現代美術作家のように、例えば誰もにも邪魔されない大きな空間が持ったとしたら、私の絵も今とはかなり変ったものになったであろう。それがいいか悪いかは別としてね。ただ私のような描き方は大きな作品には向いていないので、このぐらいの空間がちょうどいいのだけれどね。

 こんな事が書かれていた。一つの事をどういった言葉で言い換えることができるか、それが新しいアイディアを生む。極々ありふれた事でもその言葉を使わなかったら、他人にどうやってそれを説明するか、そんなことが表現する上で随分と役に立つように思う。

 今日はこのことを少し突き詰めて考えてみようとメモしておいたのだが、もはや眠くて考えられなくなった。又明日。


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はる 4032 - 2012.07.10(ポケットの窓から)

はる 4032
 千葉の山口画廊の個展が一応終了したようだ。展示は16日の連休明けまでされています。見逃された方はどうぞ。


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no title - 2012.07.09(ポケットの窓から)



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原子力はもういらねぇ! - 2012.07.08(原発)
これを彷彿させるけれど、これとは全く違う


SUMMER TIME BLUES (原子力はもういらねぇ!)
どちらかと言えば、こちらに近いイェイ!
はる 4030
 国会の事故調査委員会の報告がなかなか素晴らしい。この委員会は国会に属しているところが面白い。ロッキード事件なんかでも初めて議員喚問がテレビ中継された時は、いままで絶対に世の中に晒されなかった闇の部分が暴き出されて、一気に清浄化するように感じられたものだが、次第に元の木阿弥になってしまった。それでもあの証人喚問はショッキングなできごとだった。今回のこの報告もそれに匹敵するくらいの正義感あふれるいい報告だ。何事も最初はいい仕事をするけれど、やがてそれも慣れてきて、うやむやになってしまう。そうなる前になんとかして欲しい。

 日本人はよく飼いならされた民衆だ。あまり大きな声で怒鳴る事も、自己主張することも得意ではない。まぁそんな風に教育されてきたのかもしれないし、島国で他国から侵略された事が無く、何十年も大きな争いごとも無く平和に暮らしてゆけたからかもしれないが、それをいい事に何でも自分たちの想いのままに好き勝手にやっていいと勘違いしている人がいる。

 まぁいまだかつて民衆が動いて何事かが変ったということがない国民だから、今度もまたそのまま黙って時間がたてば忘れてしまうだろうと、高をくくっているところがある。とにかく無視する。ないことにすると決めたようだ。

 随分昔に学生運動が華々しき頃、暴力的なデモや一部の過激な運動家によって、まぁ世界的な風潮に流されたということもあるのだろうけれど、そんな政治的な時代もあったんだよな。だけど今のデモはカタチも意味も主張も大きく違う。もっと自分たちに身近な『健康と安全」が脅かされたための拒絶反応だ。政治的なセクトやイデオロギーの話ではない広く多くの一般市民を巻き込んだものだ。

 これは絶対に止めなければならない。一回でも止める事が出来れば、そのことで世の中が変るのだ。


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no title - 2012.07.07(ポケットの窓から)



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国会事故調 記者会見(原発事故調査報告書) - 2012.07.07(原発)
国会事故調 記者会見(原発事故調査報告書)
初めてまともな報告を聞いた。
これを何とか生かすようにしたいものだ。
「虜」だと


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ポートレート - 2012.07.06(未分類)
ガンジー 
ガンジー
はる 4028
 意味も無くガンジーのポートレートがあったので借りてきた。偉人のポートレートはたくさんあるけれど、裸の偉人はそういないだろう。彼の人生の事をよく知っているわけではないが、虚飾のない実にシンプルでいいポートレートだと思う。

 子供と言うのはまず親からの自立を目指すものだ。動物を見ても子育ての完成は子供を巣立てることで終わる。ある程度大きくなれば親は強制的に子供を巣から追い出す。まぁ普通に考えればそれが自然の摂理だわな。そこがクリアーできなければ生物としていずれは淘汰されてしまうのだろう。

 子供の方から考えても兎に角親の影響下から抜け出すというのが、何としても最初の難関だった。大学に入学して合法的に家を出られるのは、心情的にもお互いに一番良かったわけだ。ところで、当然だが家を出てもまだ自活しているわけではないので、親の影響下から完全に抜け出した事にはならない。それでも学生生活は擬似的な独立、執行猶予期間ということができる。

 ほとんど場合、学生生活を適当にクリアーして次の本格的な自活、独立した生活に入ってゆく。ここで親からの影響はほぼ完全に切れるわけだ。人並みに恋をして家庭でももてば今度は親の立場で子育てをしてゆくということになる。

 ところで今私の周りを見ても結婚していない人が多い。まぁいらぬお節介で放っておいてくれと言われればその通りなんだけれど、どこかで何かが違ってきているなぁ。若い人がどうも夢をもてないでいるような気がしている。確かに結婚すれば今の生活レベルが落ちるわけだし、親元から通って生活すれば働いたお金は全部自分の自由になるわけだから、あえて不自由な苦労が見えている世界に踏み込めないというのはわかるのだけれど、何かが違うな。

 人生と言うものは損得では計れないものだ。うれしかったのは初めての給金で自分の稼ぎでメシが食えた時だった。これで親の影響下からなんとか抜けられると思ったときだった。

 少し違うかもしれないが、例えば何とか民生委員をだまして生活保護を貰う。何とか苦労してどこからか補助金をもらって豊かに生活してゆこうとする。ねずみ講のようなカネがカネを生むようなマネーゲーム感覚でお金を稼ぐ。どこか大きな企業から法外な報酬をもらって平気な顔をして暮らしてゆく。下請け企業に恥ずかしげも無く天下って、何重にもお金を貰う。

 そう何でもそうやって暮らした方が利口で、得で、効率もいい生活なんだけれど、自分の足と手で汗水たらして働いて、実際に稼いだお金で生きてゆくということが、自尊独立して生きる事が、兎にも角にも一番カッコよくて尊くて楽しいことなんだということを声を大にして言っておかなくてはならない。

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自尊独立 - 2012.07.05(ポケットの窓から)

はる 4027
 子供の頃自分の自転車が欲しかった。家には黒い荷台の大きな大人用の自転車はあったけれど、子供用の手ごろなものは買ってもらえなかった。ではどうやって自転車が乗れるようになったかと言えば、近所のガキが乗っている自転車を借りて練習したのだな。今でこそ自転車などごくありふれたおもちゃみたいな物だけど、私の子供の頃は子供用の自転車は貴重なものだった気がする。

 自分の自転車がある者は補助輪をつけてもらって練習する、やがて一方を外しそのうちに全ての補助輪が外れる。人の自転車を借りて練習する場合、最初っから補助輪などないのでばたばたと倒れることになる。多少の擦り傷やけがは覚悟しなければならない。そうやってやっと自転車に乗れるようになったのだ。

 子供の数が少ない家は親が子供の成長を楽しむ一つの過程としてそんな絵があったように思うけれど、五人も兄弟がいれば下のほうは子育ても随分と適当で、子供はこどもでサバイバルで生きてゆかねばならない。それはそれで今でも自立心だけは有り難いことにしっかり植えつけられた。

 最低限人様に迷惑をかけないでも自分の口と家族の口は何とかしのぐというのは自分の中での最低限のルールだな。確かに今まででも病気をしたり色々あったので、全く親や兄弟に迷惑をかけなかったかといえば大きな口は叩けないのだけれど、まぁそこそこ自立してやってこれたのではないだろうか。カッコよく言えば、自尊独立というのが何となく暗黙のルールのような気がする。まぁそれは一個人だけではなく、社会人としても、国民としても、国家としてもそうあるべきだと思う。


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