あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

7/31 - 2009.07.31(ポケットの窓から)







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みんなちがってみんないい。 - 2009.07.30(未選択)


アールブリュット(生の芸術)1



アールビュット2





草間弥生





オーストラリア原住民 アボリジニの絵画





デビュッフェ1





デビュッフェ2





デクーニング





バスキア1





バスキア2





子供の絵6歳





子供の絵1

 

はる 2962

 何度も書いたけれど、私は教育学部の美術科という教員養成の専門コースを受験したために、美大の受験のためのデッサンや研究所と言われる予備校には行っていない。



 美大や音大というところは正規の学校の授業だけ受けて、また独学で勉強したとしてもほとんどというのか、絶対に現役では受からないようなシステムになっている。それなりの先生なり予備校にいって専門の指導を受けなければその門前にも立てない。



 だから難しいのだと言っているのではなく、そこに入るためにはよく言えば一定の技術を持たねばならないと言うことだし、反対にどれもこれも同じような型にはまったスタイルになってしまうという弊害もあるな。



 いわゆるそういった予備校は美大芸大出身者の就職先になっている場合が多く、要するに美大出の優秀な学生はその又優秀な?生徒を育てるという、養殖魚がそのまた養殖魚の稚魚を食っているような悪循環に陥っており、段々に血が濃くなっていることが中にいては分からないようだ。



 で、まぁ教育学部の美術などというところは作家を養成する機関ではないわけで、そういった意味では非常にゆるい試験で入ることができる。で、幸か不幸か、そこそこアカデミズム的な描き方の面白さも理解できるし、反対に元々が素人なので、ど素人のアールブリュットなどの絵の楽しさも分かると言うわけだ。絵は結局のところ独学するしかないわけだから、ちょうどよかったのかもしれない。



 人は大体自分の技量でもって他人を判断する。だからアカデミックな技術を持った人はなかなか素人の絵の面白さとかよさを認めたがらないところがある。技術というのはそういった一種有無を言わせない力があるのだけれど、間違えば大道芸の曲芸師みたいなもので、誰も真似は出来ないないけれど、ただそれだけのことだ。



 だから素人が良いといっているのではない。素人芸も一つや二つなら鑑賞にたえるのだが、素人芸が売りになってしまって何度も繰り返しているうちに、最初の初々しい震えるような感動が形だけになっても、素人ゆえにそこから抜け出す方法が見つけられないでいる作家も多い。芸能人出身の作家など反対にかわいそうで見ていられない、まぁ本人が気付かないならそれでもいいのだけれどね。



 



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アール・ブリュット( - 2009.07.29(ポケットの窓から)






 

はる 2961

 いわゆるアール・ブリュットとかアウトサイダーアートと言われる表現がある。一般に知的障害者や精神障害者の絵画や造形をさすと思われているが、全く伝統的な造形教育を受けていない表現も含めて言うらしい。



 アフリカのプリミティブアートとかオーストラリアの原住民アボリジニの描く絵画なども含まれるのかもしれない。もっと広く解釈すれば韓国の民画とか日本の祭りの仮面とかも近いかもしれない。



 ピカソがアフリカのプリミティブアートである彫刻や仮面などを見て強い衝撃をうけそれを自らの表現に取り込んだのは有名な話だ。これだけ情報が自由に行き来する現代でもあの彫刻を観ればかなりのショックを受けるのだから、当時はそれは凄いものだったと想像する。



 アール・ブリュットの命名者であるところのデビッフェなどもそのくちで、当時の残っているいい作品はほとんどそういったものから真似したものだ。その後彼の作品はその様式から変わってゆく。



 アメリカの抽象主義でもデクーニングなどはアール・ブリュットの絵画に似ている。その後出てきた全く独学というのか落書きアートから出てきたバスキアとかキースヘディングなんかもアール・ブリュットに入れてもいいかもしれないな。



 とにかくこちら側のいいとか悪いとか、芸術であるかないか、のはんちゅうに入らないところから出てきたもので、いきなり本質を見せられるような、我々からみれば一種の衝撃がある。



 子供の絵画などもそうだけれど本人からすればなんでもない普通のことなんだけれど、大人から見ればとても真似の出来ない造形だったりする。これって一体なんだろうな。



 昨日の続きみたいなものだけれど、人は社会の中で生きてゆく場合、生のままではとうてい生きては行けない。何かしらの社会的な約束とかルールを学習してゆく。まぁそれが一人前の大人になると言うことなんだけれど、そうやって行くにしたがって生のままの自分と言うものを失ってゆくわけだ。



 そのまま生のままでいられる環境であればそれはそれで幸せなんだけれど、そうはなかなかいかない。



 あちらの世界とこちらの世界、作為と無作為を自由に行き来できる能力を持ったものは一種の巫女みたいなもので、能の世界でも翁はそういった役割があるらしい。古代から芸能者はそういった能力を修行することで得たようだ。全ての人がと言うわけではなく似非の成りすましがほとんどだったようだけれどね。



 生のままの芸はうらやましいけれど、反対に持ってしまったことを意識しないまでにもってゆくのはなかなかの修行を要する。



 極普通の人間はそうやって修行するしか「生のままの自分」に出会うことはできない。それが私の立場だと思う。



 



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神は蜂のなかに - 2009.07.28(ポケットの窓から)






はる 2960

 徒然に

 最近ちらちらと頭に浮かぶことはまぁ世の中全般的なことでもいいのだけれど、何もかも何の影響もなく全くの独創などというものがあるかなということ。こうやって言葉でモノを考えること自体何らかの文化的な影響を受けているわけで、これが生まれてこの方誰にも会わず、何処からも情報が入ってこなければ人間にはならんだろうな。宇宙



 動物というのはチンパンジーのような高等なものでもどうなんだろう、自我みたいなものはあるのだろうか。自我があれば他者があるわけで、そこから時間的な過去。現在、未来みたいな概念がでてくるわな。だからまぁ彼らは今しか生きていない。経験といっても自分が体験した恐怖とか美味しかったとかの感覚は学習してゆくのだろうけれど、まぁそれだけで終了だわな。まぁだからそれ以上の記憶みたいなもの、遺伝子レベルの記憶に残してゆくには何世代もの経験が必要だろう。



 人の場合言葉があるために何世代もかけて遺伝子レベルの記憶にしなくても次世代に自分の記憶を少しは残せる。まぁだから人間は学習することで人間になるということだな。



 ところで、例えばシマウマの模様とか虎の縞模様など指紋みたいなもので全く同じモノはないらしい。でもシマウマならシマウマらしい模様に必ずなるわけで、それがヒョウ柄になったりはしない。それには何かしらの遺伝子情報があるわけで、ちょっと違うけれどフラクラル(自己相似形)みたいなものだろう。まぁちょっともう確かな理論があるようだよ。



 一番簡単な自然界の法則としてよく言われるのが1.618の黄金比だな。植物のツルのカーブとか種の並び方、貝殻や卵の形など計ってみるとそうなっていたということなんだけれど、これにもフラクタルの理論の簡単な応用だな。



 この植物の渦巻き形と宇宙の星雲の形って似ていない?多分我々の住んでいる太陽系もそんな大きな銀河のうずまきのなかにある。



 金子みすずのこの詩に感動したのだけれど、そんなことがさりげなく美しく歌われている。これってフラクタルだよな。

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蜂は花のなかに



花は庭のなかに



庭は土塀のなかに



土塀は町のなかに



町は日本のなかに



日本は世界のなかに



世界は神のなかに



そして そして



神は蜂のなかに



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 で、ここからは想像だけれど、やっぱり人の頭脳というのは宇宙を真似て出来ていると思うんだな。でなければこんなに上手い具合にちょうどいいものが出来るわけない。頭脳というと物理的な大きさを持ってしまうのだけれど、想像力とか空想力と考えてみるとこれはほぼ無限の広がりがあるわけで、過去も未来も自由に行き来できる。映画マトリックスみたいだけれど、そのうちにイメージの世界が他人共有できるようになれば、まんざら嘘のせかいでもない。



 眠くなった。また。

 




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ハウツー画家 - 2009.07.27(ポケットの窓から)






 

どうやって私のブログにやってきたのかその来歴がわかるシステムがある。みなさんもうよくご存知の何とか解析というやつですな。その中で検索の項目があるのだけれど、「画家のなる方法」などという項目で私のところに来る人がいる。



 まぁまるっきり嘘を書いているわけでもないけれど、画家などという職業はないのだ。これは仕事ではない。生き方なんだ。絵を描いて生きて行きたいというのであれば色んな方法がある。漫画家やイラストレーター、アニメーターの作画家とか、そのた色々絵を描く仕事はあると思う。けれど私がやっているのはそういったものと微妙に違うな。



 回答にまず美大に行けとかどこかの会に出品しろだとかコンクールに出して賞を狙えだとか書いてある。それもまぁまんざら嘘でもないけれど、それが画家になる方法だとすれば普通の学校へ行ってサラリーマンになった方が楽に生きてゆける。大体「・・方法」という就職活動みたいなものでなれる職業ではないだろう。多くの職業の選択肢の中の一つではない。根本的に何か違う。そんな「・・方法」などというものを捨てたところでようよう生きているのが我々のような人種なのじゃないかね。間違えてはいけない。



 



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甲子園 - 2009.07.26(ポケットの窓から)






 

 高校野球にもほとんど興味がない。ないけれど教え子がテレビに出て炎天下で汗みどろになっている姿をみれば応援したくなるのが人情だ。授業中に見せる態度と明らかに真剣度が違うわけで、眠ったようなあの本性はは、ここに来て花開く。まぁそれもまたいいだろう。結局あと一勝で甲子園に行けたのだけれど負けてしまった。残念だったね。



 ところで、明日から銀座の方では国画会のグループ展をやっている。お近くに寄りましたら是非どうぞ。ちなみに私は最後の8/1~2と当番で在郎しています。よろしくお願いします。



新しい時の会」・国画会新会員展

2009 7/27~8/2

11:00~18:30

銀座・ギャラリー向日葵

東京都中央区銀座5-19-13 2F

03-3573-1680



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退路を断つ - 2009.07.25(ポケットの窓から)






 

はる 2957

 年間に何とかそこそこの作品を50点用意しようと思えば最低でも100点ぐらい描く。恥ずかしくない作品をモノにするのは結構難しい。いいか悪いかの判断は尚難しい。



 時々学校の正規の先生を続けていたらどうなっただろうと考えることがある。まぁそこそこ仕事にも慣れ教師としての適正も確立したであろう。しかし、確かに言える事は今のような絵を描くことはなかっただろう。描けなかっただろうな。



 何事かの仕事をしようと思えば退路を断たなければ出来ないような気がする。これが上手く行かなくてもまだ他に違う生き方がある限り本物にはなれない。今の絵がいいか悪いか本当のところは分からないけれど、確実に言える事は生きた時間、命を削って描いたということだ。



 生きてゆくのはなかなかつらいものだ。ついつい楽な手っ取り早い仕事でお茶を濁してしまうのだけれど、絵描きである以上絵でなんとか食いつないでゆく方法を捨て身で考えるべきだ。そうやって初めて人は少しは親身に鑑賞してくれるのだ。



 



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遠大な計画 - 2009.07.24(今日のアトリエ)






 

はる 2956

 地元の駅前の路線価が一時の十分の一になったそうだ。100円のものが10円になったということで、まぁこれだけ落ちれば反対に何も怖くないと居直るしかないだろう。何もしないでただ眺めているだけでは多分もっと落ちるだろうな。他人事ながら寂しい。



 東京近郊の田舎というのはどうしても都会の吸引力に負けてしまう。特に活動期の若い人は地元で働くより魅力的な都会に行きたくなるのは止めようがない。かつての自分達がそうであったし、地元の街がどうなろうと知ったことではない。勝手にしてくれ、私は街に出ますということだ。



 今のここには何の魅力もない。何とかしなければという気概もない。街のお役人は自分の給料さえ確保してくれれば、街など放っておいても痛くも痒くもないようだ。まぁ役人が何とかできるものでもないかもしれないけれどね。



 さてならばどうする?



 都会と同じことを志向してはだめだと思う。都会の魅力で勝負すれば、東京にはどう頑張っても負ける。銀座通りと名づけること自体腹を見せているようなものだ。



 一昨日のスローフードの設立総会に参加して、新しい農業を試行している若い人や、ワインや醸造関係の何代目かの当主が集まって都会にはない、ここでしか実践できない生き方を試行するそんな気運が熱く感じられて面白かった。



 単に自分達の領域の利益だけを考えて、例えばワインの売上をどうすれば伸びるかとか、効率よく観光客を呼ぼうとか、そういったことだけを考えると、今までと同じような利潤追求型の便利・効率がすべてという発想と同じことになってしまう。資本は大きい方がいい、儲けは多い方がいい。確かに資本主義社会だからその通りなんだけれど、言ってみればそれで人間は幸せになれたかい?とうことだ。



 これは凄く大きい文化運動である気がしている。ゆっくり食べることはゆっくり生きることであり、食も着ることも住む事も全てひっくるめてゆっくり楽しみましょうよという文化運動でしょう。



 考えてみれば戦後日本は貧しかった。凄く物質的に豊かなアメリカにあこがれた。まぁこれに追いつくために色んなものを捨てて効率と便利を優先して駆け上がって来たんだな。その甲斐あって物は豊かになって、食い物に不自由することはなくなったのだけれど、そのかわり生活に余裕がなくなった。



 人の楽しさは何だろうか。確かにゲームやケイタイでバーチャルなコミュニケーションが成立しているようだけれど、いっせいにケイタイの画面を覗き込んでいる姿は異常ではないか。



 例えば壁に絵を掛ける習慣が無くなってしまった。昔は、そう床の間があったり玄関にちょっとしたスペースがあったりした。四季折々の花や額を飾ったものだ。今はそういった住に関しても楽しむ余裕がなくなった。絵だけ売ろうとしても生活そのものに絵を楽しむ習慣がなくなってしまったのではありえないわけだ。



 まぁ遠大な計画だけれど、意味あること、意義あることのように思うのだけれどね。



 



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7/23 - 2009.07.23(今日のアトリエ)







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路地の草刈 - 2009.07.22(ポケットの窓から)






 

 最近雨が多くすぐに草がボウボウと生える。放っておくと隣の敷地と区別がつかなくなる。まぁそれはいいのだけれど、やっぱり除草剤で冬枯れのように真黄色にしてしまうより面倒でもこうやって手で刈った方が心地いいい。路地には下草がちょろちょろ生えているものだ。こういった路地も少なくなった。みんな面倒だから舗装してしまう。舗装などしない方がいいということが分からないようだ。



 今日はスローフード(SF)の設立の集まりがあった。ワイン関係が主流だけれど、それに混ざって新しい農業を実践しているグループや日本の古い醸造屋さんなど、まぁ食に関係する人たちがほとんどだったけれど、いつも行っているカフェのオーナーが発起人なので私たちのような常連客も何人かいた。



 スローフード(SF)はNPOなんだな。それで利益を出してはいけないことになっている。この間少しそんな話をしていたら「なぜ利益をだしてはいけないのか」というような話になった。確かに何事もね、収益をあげるという利潤追求型にした方が目的は達成されやすい。地産地消で地元の食材を使って少し高く売れば利益も上がるし、目標があったほうが実行しやすい。



 だけれどもそこに大事な落とし穴がある。利潤追求ということになれば少しでも安い材料を効率よくより速く手に入れる、少々遠くても安いほうがと言うことになって、結局は目的がずれてくる。



 眠い。



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7/21 - 2009.07.21(ポケットの窓から)







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真剣勝負 - 2009.07.20(ポケットの窓から)






 

はる 2952

 千葉の山口画廊から先ほど帰って来ました。



 全く地盤もコネもないところで個展をやるのは初めてのことだ。無名の作家にとってこれほど恐ろしいことはない。それが例えば地方の大きなデパートというのであれば、そこそこのお客さんを期待することはできるのだろうが、繁華街でもない普通の住宅地にある個人の画廊ならば、たまたま通りがかった一見さんのお客さんなどは期待できないし、私が直接郵送できるDMもたかが知れたものだ。多くを全く画廊のオーナーのこれまでも活躍というのか、仕事に期待してゆだねるしかない。そのやってみないとわからない、一種の賭けのような感覚もちょっと面白いな。まぁ面白がっている場合ではないのだけれどね・・。



 銀座には200も300も画廊がある。それも雨後のたけのこのように出来ては引っ込んでまた新しく出来るといったことを繰り返している。そのほとんどが一般に貸し画廊というレンタルスペース専門の画廊とは名ばかりの展示場でしかない。



 本来画廊とは画廊のオーナーの眼力を問う場であって、金さえ出せば出来るようなレンタルスペースは意味がないとは言わないけれど、画廊とは言わないのじゃないかな。銀座みたいな場所だから経営は成り立つけれど、画廊の本来の仕事をしていない。



 私がもし画廊をやるなら、貸しスペースなどいっさいやらないな。独断と偏見で自分の好みを一方的に押し付ける。私が選んだ、私が見出した、いいと思った作家のみを扱って誰の意見も聞かない。その代わりにだめだったらその責任をとってやめる。そういったものだろう。画廊というのは。生きるか死ぬか真剣勝負の場所だ。



 山口画廊のオーナーはそんな画廊本来の仕事に情熱を傾けている。ほぼ一ヶ月に一人の企画、年間で12~3人しかやらない。これだけ聞いてもその姿勢がわかる。なんとか報いたいと切に思う。



 



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7/19 - 2009.07.19(ポケットの窓から)






オーナーの山口さん



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7/18-2 - 2009.07.18(ポケットの窓から)






 

はる 2950

 今日は千葉のホテルにいる。結構時間かかりましたね。ちょっとした旅行でした。まぁこんな地方のどさまわりもなかなか面白くはある。



 まぁ疲れました。また明日。

 



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7/18-1 - 2009.07.18(ポケットの窓から)







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明日から千葉 - 2009.07.17(ポケットの窓から)






 

はる 2949

 明日から二日ほど千葉の個展会場にいます。もし時間が取れるようならば是非いらしてくださいな。今までと違う場所で私の作品たちはどんな顔つきで並んでいるのでしょう。想像すると、とてもワクワクする場面だな。楽しみです。

 



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シルエット - 2009.07.16(ポケットの窓から)






 

 まぁ今日は凄い天気でしたね。真夏!

 



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今日は暑かった。 - 2009.07.15(ポケットの窓から)






 

はる 2947

 今日は随分と暑かった。



 こんな暑い日が続くと夏休みが恋しくなる。まだクーラーなどほとんどのところで普及していなくて、遊びに出れば汗と埃がごっちゃになって張り付いたようになったシャツを気にすることもなく、当たり前のように毎日過ごしていた。あの時と同じ時間を過ごすことはもう二度とはないけれど、なんだか妙になつかしい気がする。



 千葉では個展が始まった。こんな感じで搬入から飾り付け接客など全てをお任せした個展は初めてだ。画家と画商という分業制と考えると、こういった形もいいのかもしれないな。まぁちょっと寂しくはあるのだけれど、近くならば飛んでゆくのだけれどね。



 まだ日本には画商らしい画商は少ないのだけれど、本来画廊と言うところは絵を観覧するという目的と、もう一方で販売するという場所でもあるわけだ。画商はこれだと思った、自分が気に入った作家にターゲットを絞って展示会を企画する。それが本来の画廊の仕事であって、画商の面白さだと思うんだな。



 画廊もボランティアではないわけだから、その作家の作品が売れるかどうか、商品として力を持っているかどうかというのが大きな問題となる。是か非か、売れるか残るか。それで生きてゆくというのはだから身を切るような修行がひつようなんだな。



 例え千円でも必要ないものは誰も買わない。それはそれはシビアなものだ。そこのところをないがしろにして画商という商売はできない。画商の目というのが大切にされる所以だ。けれど多くの場合、自分の目の判断ではなく、例えば学歴、たとえば肩書き、たとえば経歴でその作品を判断して売買される。それに頼っていると楽だからだな。一般的な受けを得られるからだな。結局は自信がないからなんだな。



 画廊というところは、そのオーナーの見識を問うところだ。そういった画廊だと作家はそこにいる必要はないかもしれないな。その作家を選んだことが、とりもなおさずその画廊の目だということだからだ。



 絵は詰まるところそういった画廊で発表してゆくという方向になるのではないかな。



 



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明日から山口画廊個展 - 2009.07.14(今日のアトリエ)






 

 明日から千葉の山口画廊の個展が始まります。長丁場でオーナーは大変でしょう。私などはそのうち二三日出かけるですから、無責任なものです。作家は偉そうにしている方がそれらしくていいようですが、私は元々外見が不遜なので少しはヘコヘコした方がいいのかもしれません。



 作品はずっと飾ってありますが、私は18,19,20の午後ぐらいまでしかいません。どうかお暇をつくって訪ねてみてください。ということでまた。



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新じゃが収穫 - 2009.07.13(ポケットの窓から)






 

 新じゃがの収穫です。初めてにしては上出来ではないですか。なにせ、芽が出てしまった捨てるしかなかったジャガイモを適当に切って植えただけでこれだけの収穫ができたのです。いいかげんなものです。肥料もやらなかったし、土よせなどもやらなかった、というのか知らなかった。こんなもんで元の十倍以上になって戻ってくるわけだから、植物の力というのか生命力というのは凄いものだ。



 ルッコラなどのハーブ系の野菜などは種から育てるのだけれど、当たり前かもしれないけれどあんな1mmにも満たないような種からあっという間に1m近くの茎が生えてくるわけだ。単純に考えても1000倍以上になっている。何を今更と思うかもしれないけれど、じっくり考えると驚異的だな。でまた種をものすごい数でつける、これは1万倍ぐらいではなかろうか。植物の生命力の凄さにまったあきれる。



 それがあの小さな種の中に情報として仕組まれているわけだ。最初に水にふれると発芽する。そこからやがて花が咲いて実をつけてやがては枯れてゆく。そういったシナリオがそっくりどの種の中にも間違いなく仕組まれているということに感動する。もし今人が同じようなシステムを構築したとしたら大きなビル一つ以上のプログラムが必要なんじゃないだろうか。それでもまだ一粒の種さえ人は作り出すことはできないのだ。



 一粒の種は遺伝子の方舟だ。生命の発生から今現在の状態、そしてこれからも多分暗示されているのだろう。今現在の我々の知恵ではこれからのことは情報として取り出すことはできないかもしれないけれど、やがて何らかの形で知ることができるようになるかもしれない。



 フラクタルの理論で言えば、それは一つの宇宙の形なんだな。生命の発生から滅亡までのシナリオはそっくり宇宙の発生から終わりまでと似ている。反対に言えば我々の方が宇宙を真似たのだな。



 又段々おかしなところに入ってきた。ではまた。



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銀座の画廊 - 2009.07.12(ポケットの窓から)






 

 今回東京に行ってきたのは一つはカタログの委員会の最終的な打ち上げがあったのと、もう一つは今までお世話になった銀座の画廊が閉じてしまったので新しい画廊と話をするためだ。我々みたいな無名の作家だと一度つながりが切れてしまうと次の画廊はまた一から始めなくてはならない。貸しスペースでいいなら何処でもお金さえ払えばできるのだが、若い時ならそれでもいいのだが貸し画廊で何年やっても画家にはなれない。



 自分ひとりの関係で絵を売っていてもたかが知れたものだ。まぁ一番効率のよい方法ではあるのだが、出来るだけ多くの人の手を煩わせたほうが絵のためにはいい。多くの人を「本気」にさせることが出来れば絵描きになったということだ。どれだけの人を本気にさせるかだな。まず最初は画商さんを本気にさせなければお客さんなどつかない。



 というわけで、今回幸運なことに一つの画廊から話があった。多分長く付き合ってゆくことになるとだろう。とりあえず最初の個展

 光画廊

2011年1/6~1/15

東京都中央区銀座7-6-6

丸源ビル24(1階)



 



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7/11東京 - 2009.07.11(ポケットの窓から)






 

覚書

 光画廊個展

 2011年1/6~1/15 (9sun・10mon)休廊



 HP

 http://homepage2.nifty.com/hikarigarou/

 



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本物の絵 - 2009.07.10(ポケットの窓から)






 

はる 2942

 千葉の山口画廊のオーナーが自ら車を運転して絵を取りに来る。いままで大体梱包して送るか、軽トラックをチャーターして運んでもらうか、一番簡単なのが自らが運転して運ぶという方法だけれど、若い時は別にしてここ最近は長距離の車の運転はしていない。まぁ梱包しなくてもいいというだけでも、ありがたい話だ。



 画商と画家というのは持ちつ持たれつ、割れなべにとじ蓋、運命共同体みたいなものだろうか、ともに単体では成立しにくい仕事ではある。



 東京で個展を始めた頃、なんとかそういった画廊が見つからないだろうかと一生懸命探したものだ。しかしまぁ、自らの根性がまだ定まってもいないのに、そう簡単に胸襟を開いてくれるわけがない。相手もやっぱり様子を見るわけだ。「こいつはどこまで本気なんだろうか?」とね。最低10年はゆっくり観察される。それでやがてちょっとはいい条件を提示されるわけだな。画廊もボランティアじゃないからね。



 それにまず小さい作品が描けけない。一枚や二枚はなんとかごまかせても年間少なくとも50枚は描けなきゃ話にならない。大事なことは「売り絵」じゃない「本物の絵」がかけるかどうかだ。これがなかなか難しい。



 「本物の絵」は生きた時間を削らないと描けない。とても片手間に大作の合間にちょこちょことは描けない。小品は小さいから楽だと思うかもしれないけれど、小さくても大きくても一点は一点なんだな。そこのところがなかなか理解してもらえない。大きい絵の縮小版のような密度の薄い絵を描いて平気でいるけれど、見る人が見れば分かる。あなたのアイディアは一つしかないのがばればれだ。



 さて眠くなったので又明日。そうそう明日は東京だ。多分午前様です。更新はシャメだけかもしれません。あしからず。

 



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ダイヤル電話 - 2009.07.09(ポケットの窓から)






 

 ダイヤル電話って最近の若い人は知らないのじゃないかな。つい最近まで現役で使われていた気がするけれど、もう過去のものになってしまったか。この電話機はもう一つ古くて本体はエボナイトというプラスチックが出てくるまでよく電気製品に使われていた科学製品で出来ている。プラスチックと何処となく似ているけれど、光沢が鈍くて割とずしりと重いところが違う。最近は見かけることが少なくなった。私のうちの家電はまだこれで現役で使っている。ゆえにアナログ回線のためにファックスなど時間がかかるように思うのだがどうだろうか。



 電話こそ最近10年で驚くほど進化したものはないのじゃないかな。この調子で行けばやがて家電は淘汰されるように思う。必要ないものな。ファックスぐらいだろう、今使っているのは。昼間かかってくる電話はろくでもない勧誘の電話ばかりだ。



 携帯は電話というより昔考えていたテレパシーに近いな。今私が考えていることを個人レベルで相手に伝えることができるのだからね。しかしまぁそのために失ったものも多いな。



 さて、明日は千葉の山口画廊のオーナーが絵を取りに来る。いよいよはじめての地で個展が始まる。どんな出会いがあるのか、凄く楽しみにしている。もう一度宣伝しておこう。



2009 7/15(水)~8/3(月)

 第48回・榎並和春個展・千葉

タイトル「いつかみたところ3」

山口画廊

千葉市中央区春日 2-6-7

春日マンション 102

Tel.&Fax. 043-248-1560



 私は7/18、19、20お昼過ぎまで在廊しています。お待ちしています。



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著作権の話 - 2009.07.08(ポケットの窓から)






 

★さんへのメール転載



こんにちは。著作権のことは全くわかりません。基本的には全て表現された物には本人の著作権が存在すると考えた方がいいように思います。ですから、書かれた物は勿論、写真や出版物にも当然網がかかってくると思います。真っ当に対応するなら当然本人の承諾を得るべきでしょうな。
 

 で、ここからは全くの私見なんですが、ネットの面白いところはゲリラ的な今までの価値を無視したところにあるように思うんですね。コピーやペーストが実に簡単に出来る。まぁ言ってみれば模造改造海賊版の天下ですよ。これをイチいちチェックすることはもはや不可能ですね。

 

 無論あえて人をおとしめるとか、それで商売して利益を得るとは自己の良心にてらしてやってはいけないことだとは思うのですが、私はネット上に晒されているものは無断で使用してもいいものと解釈して使っています。反対に私の著作物も上の条件に反しない限り自由に使っていいとうたっています。著作権を放棄しているわけではありません。

 

 著作権に詳しい作家・寮美智子さんが自らの作品についての扱いにホームページで書かれています。以下転載しておきます。私は記事を引用する場合、彼女の方法を取っています。

 

寮美智子HP

http://ryomichico.net/index.html

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▼全文の無断使用は著作権法違反になります


全文を無断でコピー&ペーストして使用することは、著作権法違反になりますのでご注意下さい。引用は、必ず部分にしていただき「全文はこちらをごらんください」とリンクを張ってくださるようお願いします。引用の際は、必ず出典【*******】を明記してください。

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大事なのはやせ我慢 - 2009.07.07(ポケットの窓から)






 

 それでは絵描きとして大成しないというのであれば、それもまた仕方ないのかなと思う。それは時間がなかったからではないだろう、雑多な雑用をこなしていたからではないだろう。それだけの器量しかなかったというだけだ。そのことを言い訳にしたくない。

 



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山口画廊・画廊通信66 - 2009.07.06(未選択)


 

山口画廊・画廊通信66

許可を取って転載


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画廊通信 Vol.66           答えざるものへ



 欧州はいずこの国ぞ、長い放浪に疲れ果て、名も知ら

ぬ寒村にたどり着いた旅人がある。いつの間に中世へと

遡行したかの様に、質素な石造りの家がひっそりと連な

る街道を抜けて、彼は村はずれに最早訪ねる者もない、

崩れかけた古い会堂を見つけた。

 何者かにいざなわれるが如く、朽ちた扉の中へと足を

踏み入れた彼は、荒れ果てた堂内に屹立する風化した石

壁に、剥落してなおわずかに彩色の滲む、絵画とおぼし

き微かな筆あとを認める。おりしも黄昏が荒野に最後の

輝きを放ち、うがたれた小窓より薄暗い宙空に、突如一

閃の残光が射し込んだ刹那、茫洋と壁に浮かび上がるい

にしえの聖像。旅人は声もなくその面前にひざまずき、

暮れなずむ慈光の中で微動だにしない。

 数日の後、通りがかりに会堂を覗いた村人は、暗がり

の石壁に浮かぶ、見知らぬ旅人の姿を見つける。ひざま

ずいて祈りを捧げる彼は、あたかもつい昨日描かれたか

の様に、鮮やかな光彩を静かに湛えていた。……失礼、

冒頭からのつまらない作り話、平にご容赦を願いたいの

だが、今回初めての個展となる榎並さんの作品を見てい

たら、そんな物語が彷彿と浮かんで来てしまった。

「芸術は時代を映す鏡」とはよく言われる台詞で、確か

に榎並さんの描き出す作品にも「現代」という時代が投

影されている事に違いはないが、しかしながらその鏡に

映された世界には、風化した岩壁の様な趣を醸すマチエ

ールと相まって、何かしら遥かないにしえの香りが漂う。

 修道士・旅芸人・楽士・放浪者といった、どことなく

中世のイコンを思わせる様な作中の人物達は、喧噪を極

める目まぐるしい現代の世相に背を向けて、どこか遠く

の名も知らぬ国へと、その想いを馳せるかの様に見える。

きっとその地とは、もの静かな時間がゆったりと流れる、

私達の在るべきもう一つの国なのかも知れない。

 きっと如何なる時代であれ、その変動する表層の下に

は、時代を超えた不変の深層がある。榎並さんの絵に見

入る時、人はいつしかそんな内なる旅路への扉を、我知

らずそっと開いているのだろう。



 私は、未だ携帯電話を「電話」という機能だけで使っ

ている様な、到ってアナログ的な人間なのだが、榎並さ

んとの出会いは極めてデジタル的であった。昨年の初春、

何気なくインターネットを覗いた際に、私のホームペー

ジに対して、好意的なコメントを寄せられているブログ

を見つけたのが、そもそもの機縁である。

 アナログ的とは言え、私も世の趨勢には逆らえず、実

は簡単なホームページをこそこそと出していて、この時

に掲載していたエッセイは、絵の売買を傍観する団体作

家のスタンスを、私なりに批判した内容であったが、そ

れに対してこのブログは「絵を売るという事について、

言いにくい事をはっきり言っている」と、明確に賛同の

意を表してくれていた。

 おかげで幼少よりあまり誉められた事のない私は、す

っかり嬉しくなってしまい、一体どんな奇特な方が私な

んぞに共感してくれたのかと、早速ブログの主を見てみ

たところ、なんとその方は画家なのである。ご自身で本

格的なホームページを作られていて、どんな絵を描かれ

ているのかと興味津々、掲載されていた作品を拝見させ

て頂いたら、これがなんとも心惹かれる絵ではないか。

ウェブ上の画像ではある程度までしか分からないにせよ、

そこには紛れもなくあの「本物」の気韻がある、これは

天が与え給う巡り合わせに違いない、私はそう思った。

 それから一ヶ月近くを経て、私は「榎並和春」という

未知の画家へ、こわごわメールを送らせて頂いた。

「私の勝手な文章をブログに取り上げて頂き、ありがと

 うございます。あらためて自分の文章を読み返してみ

 ると、なんとも生意気でいけ好かない感じですね。

 実は私、失礼ながら榎並さんの事を、万年勉強不足の

 ゆえ今まで知りませんでした。早速ホームページで作

 品を見せて頂き、ある種宗教的ともいえる様な深みの

 ある作風に、心惹かれました。もし差し支えなければ

 画集や個展の資料等、お送り頂けないでしょうか」

 翌日パソコンを開けると、画家より返信が届いていた。

「ご丁寧なメール、ありがとうございます。

 どこでどうやって山口画廊さんとつながったのか、ま

 るで覚えてないのですが、確か気になる作家の企画を

 やられている画廊だと認識していました。今回の『わ

 たなべゆう』さんも好きな作家です。資料、できるだ

 け揃えてお送りしますから、ちょっと時間下さい。

 私のHPは、ほぼ私の等身大だと思います。本人が運

 営しているHPですから、確かな事でしょう。この程

 度の人間で、その程度の事しかやれていません。もし

 それでよければ、お付き合い下さい。榎並」

 きっかり一週間後、幾冊もの写真ファイルと作品見本

の入ったダンボール箱が、ありがたくも画廊へ届いたの

だが、実はその時、私は連日の腹痛で立つ事もままなら

なくなっていた。翌日、私は緊急入院のハメになり、し

ばらくは仕事の出来ない成り行きとなった、せっかく送

って頂いた沢山の資料を、画廊へ置き去りにしたまま。



「お元気になられたようで良かったですね。私の資料が

 着いて即入院だったので、何かしら見てはいけない物

 を見たせいかもしれないと、密かに危惧しておりまし

 た。でもまあ良くなったようで、ちょっと安心しまし

 た。少しゆっくりしろという暗示ではないでしょうか。

 またその内にお会いできる事を、楽しみにしています。

 ではまた、その時にでも。榎並」

 それから一ヶ月半ほど後、私はこんな心温まるお便り

をいただいた。借りっ放しだった資料を、退院してやっ

と返却させて頂いた折の、画家からのメールである。

 ちなみにお預かりした資料は、妻が画廊から病室まで

「重いのよねえ」とブーブー言いながら運んで来てくれ

て、おかげで私はベッドの上でお茶などすすりながら、

その独自の世界を心行くまで堪能する事が出来た。暗い

入院生活の中に、静かな希望が灯るのを感じながら。

 メールを頂いてから一週間程を経た午後、私は甲府の

榎並宅へ伺わせて頂いた。晩春の陽光を川面に浮かべた

穏やかな流れを渡り、川沿いの道を折れて路地を奥まっ

た所に、目指す画家のアトリエはあった。一見して簡素

なたたずまい、しかし時代の艶を湛えるかの様な古い家

具が、諸処にさりげなく置かれていて、住む人の質の高

い生活スタイルがうかがわれる。

 初めてお会いする画家は、隠遁せる一徹の哲学者とい

った風情、ご挨拶を申し上げてしばし歓談の後、制作途

中の大作が立て掛けられたアトリエに案内して頂く。

 榎並さんの制作過程は独特である。麻布や綿布を水張

りしたパネルに、ジェッソや壁土・トノコ等を塗り重ね

て下地を作り、布等のコラージュを自在に交えながら、

墨・弁柄・黄土・金泥・胡粉等々、様々な画材を用いて

幾層にも地塗りを重ねる内に、その画面は風化した岩壁

の様な独特のマチエールを帯びる。一口に言えば、「ア

クリルエマルジョンを用いたミクストメディア」とでも

呼ぶべきか、しかし画家の制作姿勢そのものが「○○技

法」という分類を、そもそも根本的に拒んでいる。たぶ

ん榎並さんにとって「技法」とは、絵を完成させるため

の手段ではなく、何かに到るための道程に他ならない。

 幾重にも絵具を塗り、滲ませ、かけ流し、たらし込み、

消しつぶし、また塗り込むという飽くなき作業の中で、

画家は来たるべき「何か」を探し、その何かが見えて来

る「時」を待つ。きっとそれが榎並さんの考える、「描

く」という行為なのだ。

 やがて「時」が来る。いつの間に天啓の如く「何か」

が画面へと降り立つ。ある時は修道士の姿を取り、ある

時は笛を吹く楽士となり、おそらくは作者自身も意識し

ないままに、それは茫洋と画面にその全容を現わす。

 画家自らに入れて頂いた、香り立つアールグレイをい

ただきながら、私は「表現」という言葉の持つ両義性を、

あらためて思い返していた。「表わす」事と「現れる」

事、つまりは「自己の」作用と「自己以外の」作用、そ

の両者が分かち難く一体となった所に、初めて真の「表

現」が成立するのではないだろうか。あらためてその制

作を省みた時、「自我の表出」という様な狭い範疇を超

えた、「表現」という言葉の広範な在り方を、榎並さん

はなんと明瞭に体現している事だろう。

 アトリエに立てられていた制作中の大作も、厚く幾重

にも塗られた地塗りの中から、まさに今何かが浮かび上

がらんとしていた。私にはそれが、何者かを真摯に希求

してやまない、画家自身の姿にも思えた。



 あれから早くも一年以上が経過して、その間榎並さん

とは昨年末に銀座の個展を訪ねた時以来、久しくお会い

出来ないでいるが、いよいよ当店の個展も目前となった。

 巷は「阿修羅展」の余熱冷めやらぬ間に、今月からは

「ゴーギャン展」が幕を開け、最高傑作の誉れ高いボス

トン美術館所蔵の名作が、本邦で初めて公開される事も

あり、やはり相当の混雑が予想される。南海の孤島にお

ける貧困と病苦の中で、死を賭して描いたとされるその

畢生の大作に、ご存じの如くゴーギャンはこう命名した。

「我々はどこから来たのか/我々は何者か/我々はどこ

へ行くのか」──思うに、不遇の大家が残したこの永遠

の問いかけは、現代の美術界に生きているだろうか。

 村上隆や奈良美智の活躍によって、近年の美術市場は

現代アート一色に塗り替えられた感があり、折からの中

国や韓国の美術投機ブームと相まって、実力も定かでは

ない若手の作家達が、一時は異常な脚光を浴びる状況と

なった。隣国の投機熱が低下すると共に、さすがに年端

も行かない学生作家の青田買い等は影を潜めつつあるが、

未だ市場では若手を優先する傾向が強い。

 むろん「若手作家」と一括りに論ずる事は、短絡に過

ぎるのかも知れないが、しかしそこにはやはり、ある共

通した傾向が散見される。まずは「発想の新奇」や「表

現の特異性」を狙う姿勢、それは元より若者の特質とも

言えようが、いつの間に現代は「アート」という軽い言

葉の下に、芸術表現の意味を履き違えてはいまいか。

 例えばジャコメッティという彫刻家がいて、周知の如

くかつてない斬新な形象を創り出したが、しかし彼は決

して新奇や特異性を求めて、あの独自のスタイルに到っ

た訳ではないだろう。一見どれも同じ様な鶏ガラの如き

人物像を、創っては壊し創っては壊し、呆れるほど執拗

に追い求めた真意は何だったのか、たぶん彼の心にあっ

たものは、たった一つの問いだけではなかったろうか。

「我々は何者か」、おそらくはそれだけを、創るという

行為を通して彼は知りたかったのだと思う。まずは「問

い」があった、やむにやまれぬ心底からの希求があった。

 優れた芸術表現の源泉には、常にその様な否応のない

衝動がある、それがあってこそ「斬新な発想」も「特異

な表現」も、豁然と生まれ得るのではないだろうか。

「私は何なのか?という問いかけは、複雑に絡み合った

糸を解きほぐすようなものだ。どんどんと下に降りて行

って、もうこれ以上行けないという所から眺めてみると

分かることもある。絵を描くとはそのための道具だ」、

今こうして榎並さんの言葉を省みた時、幾重にも絵具を

塗り重ねるその制作の意義も、ここにある事が分かる。

「こたえてください」「おおいなるもの」「いのりのか

たち」──これらの美しい言葉は、榎並さんが自らの作

品に冠したタイトルだが、これだけでも作者の想いは伝

わるだろう。それはあの始原の問いを、静かに深く希求

する人の、思索の果てに涌き上がる言葉だから。

 思えばゴーギャンもジャコメッティも、「答え」を残

してはいない。彼らは「問い」だけを残した。だから後

世の私達は、その絵を見る度に問いかけられる、「我々

はどこから来たのか」と。答えられない私達は、何者か

を仰いで呼びかける──こたえてください──、それで

もその問いの先には、底知れぬ沈黙があるだけだ。

 答えざる者への呼びかけは、いつしか祈りとなるだろ

う。元来「祈り」とは、大いなる者への呼びかけであっ

たのか。気がつけば私達は榎並さんの絵に、深い祈りの

響きを聞いている。そしてその作品に見入る時、人は画

家の内なる異郷で、遥かな巡礼へと旅立つのだ。旅人は

やはり問うだろう、「我々はどこへ行くのか」と。やが

てあのいにしえのイコン達は、沈黙の答えを語り始める。(終)



 



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今日のアトリエ - 2009.07.05(今日のアトリエ)






 

 今日は一日美術館でボランティア。このたびの受賞者の表彰や懇親会など。その前に総会があって今年度の事業などを決める。日曜日なので会の多くのメンバーが出席するかといえばそうでもなくて大体が決まった人しか会場にはやってこない。



 いつものことなんだけれどね。どうなんだろうか。絵描きは絵だけ描けばいい、余計な仕事は絵を描く邪魔になることはあっても益にはならないぞという方もいる。そこのところのいい解釈がまだ出来ないでいるのだが、勿論時間はとられるし、人間関係も煩わしいところもある、けれどねぇ全部がぜんぶ必要ないことかね。やれる人がやればいい。それもまた見識だとは思うのだけれどね。



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夏の昼下がり - 2009.07.04(ポケットの窓から)






 

 隣に借りている畑の草むしりなどをしていると、ずっと昔に同じような光景に接した感じがすることがある。私の実家は農家ではないので実際には本格的なお百姓をした憶えはないのだ。そういうことを考えると実は自分の遺伝子の中にそういった因子があるのかもしれないなぁ・・と思ったりする。



 それからもう一つは土の匂いだ。この畑にした場所は隣の爺さんが長年ほったらかしに近い花壇を作っていたところで、時々生ゴミなどを適当にばら撒いていた。そういったことで長年の枯草などが自然の堆肥になって少し掘ると土のいい匂いがする。この土の匂いは随分と懐かしい。深い山の中で落ち葉が何層にも重なった土を掘ったようなこころをやさしくくすぐるような匂いだ。



 最近の住宅は無駄がない。高気密で便利で遊びがない。それはそっくりそのまま今の日本人の生活そのものじゃないかと思うのだ。家は衣服と同じだと思う。今日何を着ていくのかどうでもいい人は、住む家もどうでもいいのだな。壁に何をかけてもどうでもいい。音楽も何がかっかっていてもどうでもいいのだ。全てがつながっている。



 庭も同じじゃないかな。小奇麗なしゃれた庭でなくてもいいと思う。どうも最近の住宅の洋風化に合わせて庭も洋風化することが多い。ガーデニングなどとこしゃれていうのだが、イングリッシュガーデンやフランス風の庭が自分の生活のスタイルにあっているのかな。もっといえば日本の風土にあっているのかな。まぁ好きに遊べばいいのだけれど、よくよく考えればおかしなものだ。



 雑草が生えないように家の周りをコンクリートで固めている家も多い。狭い上に車が出入りするからだろうけれど、そうすると庭は死んでしまっている。確かにそうすれば湿気も上がらないし、雑草を始末する手間がはぶけるのだけれどね。どうもあまり好きではない。雑草が生えていいと思うんだ。そのほうが自然だな。





 眠くなったのでまた。



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美代子阿佐ヶ谷気分 - 2009.07.03(you tube)





映画『美代子阿佐ヶ谷気分』ロードショー


映画の宣伝におつきあい願います。
 ここではおなじみの義さんの息子さん(新鋭・坪田義史)が監督しました

映画「美代子阿佐ヶ谷気分」が

いちょいよ明日7月4日(土)から

渋谷シアターイメージホーラム

ロードショウ公開されます。どうぞよろしくお願い申します。


 







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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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