あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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小切手は難しい - 2009.03.31(ポケットの窓から)






 

はる 2842

 小切手というのを始めてもらってどうやって換金するのか分からなかった。ということでその金融機関に電話をかける。私の頭が鈍いのだとおもうのだが、相手はわかりきっているものとしてマニュアル通りに答えるので、いっこうに理解できない。何か日本語をしゃべってはいるのだが、理解できないということがあるのだということが分かった。あまりしつこく聞くのもノータリンのようなので聞けなかった。実際アホなんですが・・。



 ということでその金融機関の何とか支店までその小切手をもって行く。実はその支店はこの町には無くて隣町ににある。車で30分くらい。大した金額でもないのでいつか近くに寄ったときでいいのだけれど、一番憂慮するのは不渡りだったらどうしようということだな。



 で、まぁ場所を探して出かけたわけだ。窓口で小切手を提示して見せると、これが裏書がないと普通は現金かできないそうだ。よくみると左上にBANKと書かれている。これは銀行振込専用だそうで、その銀行に口座があればそこに振り込まれるし、そうでない場合当然手数料がかかる。そういえば電話で聞いたときにそんなことを言っていたような気もする。



 通帳など持っていなかったので、また自宅に帰って自分の銀行の通帳を持って再び出かける。知らないということは手間隙がかかるということだ。でまぁ電信扱いで振込み手数料が440円かかる。でおまけに実際に振り込まれたかどうかは二日後にしか確認できないらしい。なんと面倒なシステムなんだろう。現金でくれよ。

 



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人のいない街中 - 2009.03.30(ポケットの窓から)






 

今日は午前様ですた。



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町内の花見 - 2009.03.29(ポケットの窓から)






 

 今日は昼間は町内の花見。若者は一人もいない老人ホームの花見のようでとてもさびしい風景だ。こういったところではカラオケが定番らしい。気が付いたけれど、最近は流行っている歌も知らない、これもまたさびしい。どこに行っても場違いな、浮いた感じは免れない。少し寒かった。



 明日はまた国画会の仕事で東京です。更新は出来ないかもしれません。ではでは。



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クレーム、その後4 - 2009.03.28(ポケットの窓から)






 

はる 2839

 敷石その後4

 どこまで書いたかね。修理が終わったことを伝える。その後かかった経費を支払うということで決着がつく。で今日小切手が送られてきた。これで一件落着とあいなったわけだが、私が修理してお金を請求するという形となった。最悪の結果は避けられたけれど、これでよかったのだろうか。



 基本的にお金はどうでもよくて、一番伝えたかったのは個人の苦情を簡単に握りつぶしてはいけないということを言いたかったわけで、そのことはあまり明確には伝わっていないようだ。まずい五月蝿い相手につかまったと感じていたなら、また同じことをやるだろう。



 大体工事が終わって現状復帰した時に割れた様子がわかっていたにもかかわらず、それを黙って報告にこなかったこと自体罪がある。もう一つは連絡をとってもなかなか動かなかったこと、県や市の苦情係りに言ってもらってやっと少し動き出した経緯など、誠意ある対応が見えなかったことなど。



 というわけでこの会社はまた同じ過ちをおかすだろう。そんなことで、この件は終了とします。



以下にその経緯



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今日は寒い - 2009.03.27(ポケットの窓から)







 今日は一日アトリエにいた。格別仕事が進んだわけではない。アトリエに居たというだけだ。



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覚悟を決めて生きてゆく - 2009.03.26(ポケットの窓から)






 

はる 2837

 今日の新聞に投資の話が出ていた。幸いなるかな、今のところ今日生きるのに精一杯で、投資を考える余裕も無いのだけれど、だからこそ何とか上手い話はないのかという気持ちも分かる。



 銀行にしても、証券会社にしてもサラ金と同じようにお金を回して利息を稼ぐというのは変わらない。何か物をやサービスを提供して利益を得るというのと根本的に違う。



 昔から効率よくお金を稼ぐ方法は「お金に働いてもらう」ことだというのは常識になっている。小商いで小銭を稼いでいたのでは大きく化けることはないのだろう。



 資本主義社会というのは最終的なかたちは「お金に働いてもらう」投資経済ではないかと思うのだ。資本を持っているものが、何かしらのデーターをもとにこれから伸びるであろう企業家や起業家に投資する、で上手くすればその利益を配当というかたち得るわけだ。



 その情報をどこから得て、どう分析するのか、そこがその博打に似た面白いところでもあるし、怖いところでもある。まぁ多くの健康な市井の人々は遊びの感覚でトレーダーとして市場に参加しているわけで、その限りにおいてはお楽しみの範囲であるし、怪我することも少ない。



 我々はというのか、今は非常に不安定なところにいる。定職を持っていてもいつリストラにあって職を失うかもしれないし、老後の年金も大して期待できない。老後のために今持っているなけなしの資金を「少しでもよい投資をしたい」というのは人情として当たり前だわな。



 何故か時代の気分として手軽に手堅く投資することが当たり前で、格好がいいという雰囲気がある。まぁそれが先ほども書いたように遊びの範疇であるなら何にも問題は無いのだが、人は段々に欲をかくものだからね、問題もある。



 アメリカ資本主義世界の優等生だからね日本は、どうしても「投資はいい事である」という前提がなければ成り立たない社会を作りたいわけだ。でもなぁ、今回の件(大きな証券会社の破綻、アフガニスタン侵攻など)をみてもかの国はあまり信じてはいけないような気がするなぁ。どこも自国が火の車になれば他国のことなど構っちゃいられないよ。



 で、いつもの結論になるのだけれど、おたおたしないで覚悟を決めて生きてゆくことだな。地道に今ある生をゆっくり楽しんで、食べれなくなったら静かに生を閉じる。それでOKだ。

 



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満を持してと - 2009.03.25(ポケットの窓から)






 

はる 2836

 昨日の続き

 仮にあの10回の場面で、韓国バッテリーが敬遠策を選んでいたら、今回のWBCは違うものになっていただろう。それは日本が勝つとか韓国が逆転したという話ではなく、多分さらりとした日韓の試合をほめる形で済んでいしまったように思う。ある意味盛り上がりが今ひとつ欠けたものになっただろう。



 あの場面で韓国バッテリーが敬遠せずに勝負することを選んだことで、今回のWBCの全試合の中で特出すべき目玉というのか、最高に緊張感のある場面が演出されたのだ。



 損得ということで考えるなら、韓国にとって敬遠策が一番得策だったわけだ。けれどその選択をすることで、この世界大会という真剣勝負の場がいっきにつまらない、思惑だらけのショーになってしまっていただろう。



 多分あの場面はイチローしかありえないシーンだった。彼以外の選手であれば韓国バッテリーも敬遠策を選んだに違いない。世界大会などの大きな舞台を見ていると、時にこの場面でしか登場できないヒーローやヒロインが出てくる。満を持してと表現されるけれど、選ばれし者というのは時と場所をぴったり合わせて出てくる。多分そういうのを天才というのだろうな。



 



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WBC日本の野球 - 2009.03.24(ポケットの窓から)






 

はる 2835

 WBCをテレビ観戦した。日韓の決勝戦だ。最近はサッカー人気に押されて野球人気はやや衰えが見えるし、どちらかといえば日本のプロ野球はアメリカのマイナー球団のような感じさえする。そんなこともあってプロ野球などほとんど観ないので、選手の名前さえ知らないありさまだ。



 サッカーはどちらかといえば狩人的な狩猟民族のスポーツだ。チームで追い込んでいって、ここぞと思うところでシュートする。頭で考えていろいろイメージしていると、一手遅れてしまうわけで、とにかく身体能力がほぼ全てのスポーツだ。



 それに比べて野球は農耕民族のスポーツだ。どこか武道に似ているところがある。よく管理された自己統制された人格を求められるところがある。まぁこういったイメージは日本野球の作られたイメージなのかもしれないがね。



 野球の本場のアメリカやキューバの野球を観ていると、明らかに日本の野球とは違うわけで、彼らの野球はパワーのある個人競技だなと感じる。今回日本がキューバに2連勝したのは、荒い個人のパワーだけで勝負するベースボールが日本的な野球に負けたということだろう。



 それぞれの国に独特の野球のかたちが出来る。そうなって初めて野球が世界のスポーツになったわけで、本家のアメリカ野球だけがいつもかつというのであれば、世界のスポーツにはなれない。



 アジアの野球といっても韓国の野球のレベルも凄く高いと思う。まぁ同じアジアの人間として似ているだけにやりにくい相手ではある。今回特に思ったのは、最後の場面でイチローとの勝負になった時、日本の野球なら一塁が開いているわけだから敬遠する。負けない野球のそれが定石なんだな。



 ところが、韓国のバッテリーは他の走者は関係なく、打者イチローとの勝負を選んだ。例えそれで負けても勝負しないで負けたらくいが残ると考えたのだろう。ここのところがその国民性がよく現れている。



 これはバッテリーと打者だけの話ではない。要するに国を代表しているということは、ほとんど大多数の総意であるということだな。意識しているかどうかは分からないけれど、あそこで逃げないで攻めるのをよしとする国民性というのがあるのだろう。同じアジアの野球でさえもその国民性によって微妙に変化する。そんなところが面白いと思った。 



 余談だけれど、清原はそういった韓国野球の素晴らしさ、国民性を踏まえてよく伝えていた。他の解説者は敬遠せずイチローと勝負するのは馬鹿ですねみたいなことを言っていたけれど、馬鹿はどっちだろう。清原自身は好きなキャラクターではなかったのでよく知らないで、ただの野球馬鹿と思っていたけれど、彼はやっぱり一流の役者だと思った。みなおした。私に見直されても何ほどでもないけどね。



 



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HP立ち上げてた頃 - 2009.03.23(ポケットの窓から)






 

 はる 2834 

 カウンターは別にして、訪問者の数を知る方法がある。それによると私のブログを訪問してくれるお客さんはほぼ40~50人で日によってほとんど変動が無い。これが多いのか少ないのか、よく分からないのだけれど、カウントを稼ぐ色んな対策をまったくしていない、無名の作家のブログにしてはそこそこ健闘しているほうかもしれない。



 それにしても、ネットデビューはこの年にしては早いほうだと思う。HPを立ち上げたのは1999年の中ごろだ。なぜうろ覚えかといえば、最初は人様に立ち上げてもらったからだな。パソコンさえなかった。その頃のHPというのは実にのんきなもので、皆さんものめずらしくやたらとハデハデなページが多かった。最初の頃のHPは、むろん動かない、更新されない、家族写真みたいなもので、人様には全く面白いものではなかった。



 その後、自分でパソコンを買って更新できるようになると、がぜん面白くなって自分の作品集も兼ねた、今のスタイルに落ち着いてきた。2000年過ぎには掲示板に日記をつけはじた。やがて独立した日記「絵描きのぼやき」になる。2005年あたりからブログに参加、現在にいたる。



 



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枝垂桜 - 2009.03.22(ポケットの窓から)






しだれ桜が満開だ



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歯医者に行く - 2009.03.21(ポケットの窓から)






 

 さて、今日は何もない日かと思っていたら、昨夜気が付いたのだが、奥歯の詰め物が取れていた。これは神戸で応急処置をした歯ではなく、新たに歯が欠けたもので段々に歯ももろくなって来たようだ。歯と目は比較的に大事にしているつもりなんだけれど、これもまた次第に老化しているようだ。こんなことは聞きたくも無いだろうな。でもまぁこれも日常なので勘弁してくれ。



 明日からまた雨らしい。少し夜になって冷えてきたようだ。

 



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私の絵の完成形 - 2009.03.20(ポケットの窓から)






手前が新しく修理した敷石

はる 2831

 昨日の続きのような話。とりとめもなく



 90年代というのはもう私は40歳に近いわけで、けっして若くはなかった。にもかかわらず、自分はとても人様の前に、これが私でございと出られないと感じていた。まだそのほんの入り口に差し掛かった段階で、何も語れないと思っていた。



 それから20年近く経つけれど、結局今も同じような気持ちだ。最近分かったことは、そんな人間は一生完成することはないということだ。



 世の中に出るのに早すぎるということはないのかもしれないな。案外未完成のままで、今のその状態で出ればよかったのだ。世の中に求められていれば、自然に出られるのだろう・・いや、まぁもうすでに恥ずかしいぐらい年取ってしまったのだけれどね。



 で、仮に私の完成形というのはどういったものだろうか?と想像してみた。どういったかたちなんだろうか。



 けっして「上手い絵」というのを目標にしている訳ではない。一見下手くそなヘタレ絵なんだけれど、目のある人観ればなるほどなぁと言われるようなのがいい。まぁそれが究極的な「上手さ」なのかもしれないけれどね。李朝時代の民画などを見ると下手くそなんだけれど上手い。描けないと思う。それほど野太くはないからだ。



 色はどうでもいいと思っているところがある。「色」は「欲」につながる所があってね、やせ我慢もやり通せばダンディズムだと思っているふしがある。対極の「酒とバラの日々」にも憧れはあるのだけれど、極めるのはどちらも同じぐらい難しいのだろう。枯れてしまうのは望まないけれど、「色に出にけり・・」でほのかに香る程度でいいかなと思う。



 まぁここでも徹することができない優柔不断の性格が邪魔している訳だけれど、中庸をいくしかないかな。また考えることにする。

 



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時代の気 - 2009.03.19(ポケットの窓から)






 

はる 2830

 90年ごろまだ油絵を描いていた。その頃の絵はかなりはっきりとした具象絵画で、私の中では今までで一番世間的な評価が高かった頃だ。その後イタリアに行ったことをきっかけに油彩がをやめてしまった。また発表が個展を中心になって体外的なコンクールに出品することを止めてしまったので受賞することもなくなった。



 その頃の画風は絵巻物風な空間に日本画のような定型の女性像とを組み合わせたもので、まぁ当時流行りのフレスコ画風な味付けを意識したものだ。誰の影響かと言われればはっきり特定の人物が何人か浮かんでくる。



 人は時代の中で生きていて、誰もがその気分から逃れることはできない。自分の個性だと思っていたものも、時が経てば明らかに誰かの影響を受けていると分かる、時代の雰囲気というのは怖いものだ。



 当時考えていたことはまだまだ本物じゃない。今世の中に出ても偽者、亜流でしかない。もう少し自分のものが見つかってからにしてもらいたいと考えていた。やりつづけてゆけばやがては自分だけの物に近づけると単純に考えていたようだ。



 しかし、今になって思う。それが私だったんだとね。そこまでの私だったんだとね。本当の自分などというのはたまねぎの皮をむくように、最後には何も残らない。人は今の自分のレベルでしか判断できない。どんなにいい言葉でも素晴らしい絵画でも、その人にその受け皿がなければ感受することは出来ない。

 



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敷き石その後 - 2009.03.18(ポケットの窓から)






 

はる 2829

 敷き石その後

 市役所の建築指導課というところから電話がいったようで、すぐに「何とかします」という留守電が入っていた。まぁこれでそのまま踏み倒すわけには行かないと思ったようだ。けれど、その後また何の進展もなく10日ばかり過ぎてしまった。



 こういった場合これ以上のことは訴訟に持ち込むしかないのかな。ストーカーやサラ金の嫌がらせのように毎日電話するするとかそんな陰湿な方法しかないのかね。まったくこのまま泣き寝入りだけはしたくない。まぁ私だけの問題ではなくて、この会社はこれからも小さな個人のクレームは握りつぶせばいいと思われるのもしゃくに障る。



 いうことで、また電話する。このままだと進展が無いので、どうするつもりなのか話を聞く。社長は居なくて事務員の方はなしなので、どうもいじめているようでこちらの気持ちもなえてしまう。



 で、少し話を具体的に進めて、工事は私の方がやるのでその請求書を回すということになったのだが、工事といっても私がDIYで自分でやっていることだからなぁ、手数料はどのくらい請求すればいいのやら、まぁというわけで一応話はついた。お金の支払いをしてくれるかどうか、そんなことになる。



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高山辰雄の言葉 - 2009.03.17(ポケットの窓から)






木蓮かな?

はる 2828

 今日は暖かだった。そろそろ桜の開花情報が聞かれるだろう。毎朝散歩している公園の桜もつぼみがやや色づいて準備が整ったようだ。

 

 昨日は久しぶりの午前様だった。中央の公募団体に属している話はどこかで書いた。こういった地方にも同じような美術団体があるけれど、全国規模の団体となると所帯も大きい。文字通り北は北海道から南は沖縄まで全国津々浦々から出品してくる。それらのもろもろを整理して受け付けて、審査して陳列、また全国に巡回の手はずを組むのも全て我々会のスタッフがボランティアでやっている。



 まぁすごいことだ。(一旦中断)

 

 再び

 違うことを書こう。昨日銀座のいつもの画廊に出かけた。そこで高山辰雄の画文集を借りた。画集はたくさん観たけれど、文章になっているものをあまり読んだことが無かった。亡くなるまでいい絵を描いた作家は少ない。特に男性の作家は少ないように思うな。その中で最後の最後までいい絵を描いた一人として彼は好きな作家の一人だな。

 

 他の作家と何が違うのかといえば、とにかく最後までじたばたして完成しないというところだろうか。大家になっても探究心を失っていないところだろうか。具象の作家ではあるけれど、きれいな風景を描いたり美人画を描いたり、そういったところで終わっていないところがいいと思う。

 

 実際にどんなふうに考えていたのか知りたいと思った。こんな文章にであった。以下に書き写しておきます。



「・・ところが、好きなだけでは絵はかけないことが次第にわかってくる。・・中略・・芸術の世界では、しばしば個性、個性、といわれるけれども、私は個性ではなく、みんなと共通した世界の絵をかきたいと思いました。そしてみんなの心を知りたい、みんなが何を考え、何を求めているのかしりたいとも思いました。それを絵の上で探してみよう・・、その気持ちは今でも変わっていません。・・個性などというものは目的にはならない。私という個性の目ではなく、みんなと同じ目で描くことです」

 存在追憶限りない時の中に・・高山辰雄より



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午前様 - 2009.03.16(ポケットの窓から)






 

 今日は午前様。お疲れさま。



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音を観る - 2009.03.15(ポケットの窓から)






 

 「音を観る」と書いて観音という。音を観るなら色は聴くかな。それとも「色は匂う」のか。それにしても春が近い水音が聞こえるようだ。



 明日はお江戸に用事で出かけます。更新は出来ないかもしれません。あしからず。



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策士、策におぼれる。 - 2009.03.14(ポケットの窓から)






 

はる 2825

 

 時代の「正義」みたいなものがあって、これもまた例えなんだけれどライブドアのホリエモンが出てきた時に、彼はやけに目立つ格好でバッファロウズの旗を振っていた。球団というのは時代の覇者が持つもので、一時は鉄道が親会社であることが多かった。それから次にデパートかな。最近は金融のオリックスとかソフトバンクなどが牛耳っている。



 出てきた当時彼は何者か正体不明であった。何とはなしにIT関係の長者であると言うことは分かっていたけれど、楽天にしてもそうだけれど、時代はそういったIT関係になって行くのだろうな、だから彼が落ちぶれた鉄道に代わって好きな球団を持つのはいいかもしれないという雰囲気があった。それが時代の「正義」のように思って後押しした人も多かったのではないか。



 ところが少し時間がたって眺めてみると、彼は別に野球が好きでそのために球団の旗を振っていたのではないということが分かる。とにかく目立った行動をして名前を売る。ライブドアという会社の知名度を売ることにその事を利用したのだ。彼はそれを分かってやっていたのだから、策士として一級なのかもしれない。しかし、すぐに化けの皮がはがれたから二級なのかもしれないな。



 教育というのはあんがい策略に近いかもしれない。上手い具合に「正義」を作ってやれば生徒たちは一心不乱にそれに向かって努力する。下手な策士は強制力で仕事をやらせようとするけれど、あるところまではそれで充分統制がとれるのだけれど、次第に手を抜くことを学習してしまう。それが全てになってしまえば本末転倒になる。



 まぁいずれにしても、時代の空気に惑わされないことが肝要だ



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時代の気分 - 2009.03.13(ポケットの窓から)






 

 例えばテレビとかラジオとか新聞さえなかった頃を想像してみると、ほとんどがその周辺地域何キロ範囲の出来事ぐらいしか知り得なくて、実に平和だったように思う。人がうまれて生きて死んでゆく、案外幸せというのはそんなものでいいのかもしれない。



 今の時代情報があまりにも繁雑に溢れかえっているので、反対に何が重要でどれが不必要なのかまったく分からない、混沌の中にいる。 



  いいとか悪いとかの判断は時に非常に安易に決められるのだけれど、よくよく考えないとその時代の大きな流れの中で見失ってしまう。大体においてその時代の「正義」というのは為政者や力を持ったものの都合のいい方便である場合がおおいな。「正義」には要注意だな。



 



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蘇民将来 - 2009.03.12(ポケットの窓から)






 

蘇民将来(詳しくは

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%98%87%E6%B0%91%E5%B0%86%E6%9D%A5



 貴種流離(詳しくは

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%B4%E7%A8%AE%E6%B5%81%E9%9B%A2%E8%AD%9A



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裸婦クロッキー3/8-4 - 2009.03.11(裸婦クロッキー)






 

さてと。



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裸婦クロッキー3/8-3 - 2009.03.10(未選択)






 

はる 2821

「続・永遠の故郷3」

(以下のことは確かなことではありません。あしからず)

 数学の難問「ポアンカレ予想」の話をNHKで観た。実はこの問題は2006年に解決済みのことで真新しいことではなかったんだな。そんなことはまったく知らなかったので随分と面白く観た。数学のことかと思ったら、実は宇宙の成り立ちの話で私はいつも考えている「永遠の故郷」の話と通じるところがあったので驚いた。



 ロシアの数学者ペレリマン博士が解いたのだけれど、そのおかげで一種のノイローゼ状態になってしまったらしい。まぁ詳しくはNHKの番組を6回に分けてyoutube観る事が出来るのでそれをお勧めします。

http://www.youtube.com/watch?v=Ep-9RQo7zb8



 これによると、宇宙は「おおむね丸い」というのか閉じられた世界であるというのが証明されたということなんだな。この間の「続・永遠の故郷」の話のところでは知らなかったので、随分と遠回りしてしまった。テレビでは「おおむね丸い」と説明していたけれど、それは宇宙は有限で閉じられた空間だということを証明したということだ。まぁ我々三次元の人間が認識している有限とは少し違うけれど、時空を含めて有限だということだな。これは画期的なことだろうな。



 数学者は凄いなぁ、頭の中で宇宙の成り立ちを空想して予想を立てて実際に証明してしまうのだから驚いてしまう。考えることはぼんくら頭でも出来るけれど、それを数学的に証明するのは天才しかできない。これで宇宙は閉じられた世界だということになったわけだ。



 絵描きである私がなぜこのことに興味があるのか、実際の話本質的なことは何一つ理解は出来ていないのだけれど、この宇宙の成り立ちというのか理ということに興味がある。多分こういった数学的な命題もどんな難題であれ解かれたものを見ると実にすっきりしたものだろう。真理というのは単純な形をしていることのようだ。そういう本質てきなこと、普遍的な事柄に興味があるわけだ。



 繰り返しになるのだけれど、実は宇宙の話は私自身の話でもある。どんなに気宇壮大な宇宙の話をしても、とどのつまりその宇宙は私の頭の中にある、そのことがとりもなおさず愉快の源だ。我々は全て「星の子」であるから、からだの細胞一つ一つに「宇宙の遺伝子」として宇宙のかけらが残っている。だからまことにとんでもない遠い存在だと思っていた宇宙の創生の話が、最も身近な私事でもある、そのことがとても面白く感じるところだ。



 (永遠の故郷4・はる2467)「フラクタルの理論」のところでも書いたけれど、結局大きすぎて空想も出来ない宇宙という存在も突き詰めてみればミクロ的な私の心の中身を考えるということと同じだということなんだな。



 画家が一筆をキャンバスに置く。そのことは宇宙の理とつながっているように思うのだ。 



 



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裸婦クロッキー3/8-2 - 2009.03.09(未選択)






 

  同級生が亡くなったという知らせを受けた。この年になれば色々な訃報を受け取った。けれど同級生の死というのはまた格別悲しいものがある。50年と言う歳月はやっぱりとても長いもので、誰だって平等に死はやってくる。けれど人生の最初の学生時代に同じ時をすごした仲間というのはとても忘れがたいものがあるな。



 あの石ころだらけの小学校の校庭で遊んだことや、夏の暑い臨海学校とか、学校から見えた最後の蒸気機関車とか、冬の寒い暖房の無い教室とかそんなことが次から次と浮かんでくる。あの場所であの時間に同じ場所にいた仲間が一人居なくなった。そしていつかだれも忘れてしまうのだな。



 私が生きている間は覚えているからな。どうか静かにゆっくりとお休み下さい。



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裸婦クロッキー3/8-1 - 2009.03.08(未選択)






 

さて今日は久しぶりのクロッキーだった。

はる 2819

 今日の新聞に「さようなら」について書かれていた。日本人はなぜ分かれるときに「さようなら」といって別れるのか?ということなのだけれど、普通なにげなく使っている言葉にも深いわけがあるんだな。あらためて言葉の奥深さを思った。



 (これから書くことは私の推測も含むので間違っていてもあしからず)例えばgood byeにしてもgood luckにしても神のご加護を!とか幸運を!という風なニュアンスがある。そういえばgoodとGODは紙一重だ。そんなところにもその民族の思想が現れているわけだ。今調べてみるとやっぱり(God be with ye)の簡略系らしい。



 see you againとか再会は同じような意味だな。また会いましょうってことだ。



 で、「さようなら」は「左様ならば」から来ているらしい。これはその前の二つの意味とは明らかに違いがある。「そうであるならば」とか「時が来たから」とか「そういうことになってしまったならば」「別れたくないのだが、仕方が無いけれど」というふうなニュアンスが含まれているように思うのだな。



 明らかに自分の意志ではない不可抗力の出来事や事態が起こって、仕方なしに別れることになってしまった、という風なある意味あいまいな言い訳がましい雰囲気が含まれている。



 まぁ良くも悪くも我々日本人の生き様をあらわしているようだな、何か抗ってもあらがいきれない「おおいなるもの」の力の中で生かされていて、ある種の無常観とか厭世観みたいなものが現れている言葉だと思う。



 例えば先のキリスト教の世界観であるならば、神によって人は見守られて、あらゆる場合に自ら選択して生きている。何と言うのか神の庇護の元といいながらも実は人が中心にあるように思うな。それが西欧型の能動的な世界観を作ってきたのではないか。



 ところが我々日本人は比較的温暖な気候に恵まれて、四方を豊かな海に囲まれて大地は放っておけば草木がやたらと繁茂する。いたるところに生き物の息吹が感じられ、魑魅魍魎の化け物と八百万の神々が渾然と一体になっている混沌の世界に住んでいる。人も単にそんな一つの生き物に過ぎないといった受動的な世界観が生まれるのは自然なことではないのかな。



 まぁちょっとそんなことを思った。



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だんしゃく亭 - 2009.03.07(ポケットの窓から)






だんしゃく亭

ここのレバニラはとても美味い。五目そばも

甲府厚生年金会館前

 外食は決まったところでしかほとんどしない。なぜなら塩辛くて閉口するからだが、どうしても食べたくなるラーメンがここの五目そばだな。街の中心で営業していたのだが、さっさと見切りをつけて郊外に出てしまった。それがよかったのかいついっても満員だ。それとどうやら私が教えている学校のOBらしい。ということでどんなに満員でも無理を聞いてくれる。こんなコネならたまに使っても許してくれるかな。ということで宣伝しておこう。



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真っ当な人間のやることじゃねぇ。 - 2009.03.06(ポケットの窓から)






 

 NHK教育でホームレスのドキメントをやっていた。戦後すぐのバラックの生活というのはあのようなものだろうか。悲惨な生活だけれど、まぁ見ようにによってはのんきな漂泊者だ。我々だって明日から水道や電気やガスを止められたら同じようなものか。



 彼らだって仕事していないわけではない。くず鉄とか缶を集めて業者に売っている。雇い主がいないわけだから立派な自営業だ。人に雇われて給金をいただくサラリーマンが偉いのかといえば多少疑問もある。体を張って生きているといえば彼らの方が偉い気もする。



 給金というのがどうやって決まるのだろうか。マネーゲームで得た10万も缶を集めて得た10万も同じだろうかね。人は才能より手間隙かけた労働にお金を払う。その方が分かりやすいからかな。才能とか評判とか雰囲気などどうもまやかしではないだろうかね。



 骨董やを何十年も都内でやっていたその筋では有名な目利きの親父がきっぱりと仕事をやめて都内を引き払った。で何をやってるかといえば、これからは百姓だといって田舎で田んぼを借りて農業を始めてしまった。去年あたりから実際にお米の販売も始めた。まやかしが嫌になったそうだ。



 絵を売ることに多少後ろめたさがある。そうなんだな、どこかまやかしじゃないのか?順当な職人仕事ならそれでもいいけれど、芸というのはどうも気分しだいじゃないか。真っ当な人間のやることじゃねぇな。



 



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戒め - 2009.03.05(ポケットの窓から)







今日は定期検診とついでに仕事の関係で必要な健康診断に出かけた。まぁいつものように血液検査や尿検査を先にやって診断を待つ。もう何年もこんなことを繰り返しているから、今回も特別なことは無いだろうと高をくくっている。



 いつものように午前中に診察も終えて、さて健康診断にかからねばと同じ施設内にある健康管理センターに向かった。学校というところは厄介なところで、毎年履歴書と教員免許証と健康診断書を提出させられる。健康診断書は分かるけれど、他の二点は毎年必要なものじゃないだろうと思うけれど、規則だからしかたない。



 こんなことでもなければ胸部のレントゲンなど取りゃしないので、まぁいいかなとも思う。というわけで鼻歌交じりで最後のところまで来た。いつもならここで医師の問診があって終了なんだな。ところが今回はここで引っかかった。大体お医者さんは私の腹部の手術の跡を見て「何々」と興味を示す。で病歴を見て「腹部の悪性リンパ腫で胃の全摘」という経緯をみて、まぁ若干真剣なまなざしで観察するわけだ。主治医がいいのはそういったことを全て踏まえて診察してくれるからで、初めての医者にはあまり診てもらいたくない。



 今回は肺のレントゲンで引っかかった。実は先日亡くなった知り合いも胃の摘出手術をうけていて、その関係かどうか確かなことはいえないのだけれど、肺炎で亡くなった。身体にメスを入れると免疫力は確かに低下する。私が帯状疱疹になったのも身体の抵抗力、要するに抵抗力が落ちたからで、普段なら押さえ込んであるウィルスが活動を始めるわけだ。



 すぐさま主治医に相談してCT撮影となる。とはいっても予約が必要なわけで、2,3時間はかかる。都合よく病理の医師が診断してくれても5時までに終わればいい方だ。下手すれば何日も後になる可能性もあるわけだ。とんとん拍子で話が進んで何とか今日中に診断が出ることになった。こんなことで何日も憂鬱な気持ちは嫌なものだ。



 遠い昔の忘れていた嫌な想いを思い出した。人は勝手なもので健康な時は病気だった時のことはほとんど忘れている。あんなに大きな手術をして、痛い思いをしたにもかかわらず、ほとんど忘れてしまっているんだな。



 その時にそうだと少しばかり明るい気持ちになったのは、私には守護神(おおいなるもの)がいるのではないかということだな。笑わないで聞いて欲しい。そんな気持ちにはほとんどならないのだけれど、困った時の神頼みと言われても仕方ないけれど、そう思うことでちょっとばかり明るい気持ちになった。実際に小さく合掌しましたよ。まぁそれで何とか心の平静が保てるならそれでもいいじゃないかと思った。



 まぁ結果は何も異常ないということで一件落着だったけれど、一時は学校の仕事を誰に代わってもらうか、国画の仕事をだれに代わって貰うか、今年の個展はどうするかなどなど色々考えた。健康であることに慣れてしまってはいかんという戒めだと思う。

 



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サンシンって何? - 2009.03.04(ポケットの窓から)




もう夏の気分!

 この↑CDを注文しました。今日着きまして早速聴いています。遠い沖縄の海の香りがしました。こちらは雪まじりの雨が降っていますが、サンシンのゆったりした音を聴いて、行ったことの無い南の地を空想しています。私には出来ませんが、そんな日々もいいかと思います。






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雪が降り出しました - 2009.03.03(ポケットの窓から)
雪が降り出しました


 もう10年らいのネット仲間の現代美術作家さんが、どこでどうやってセレクトショップなるものに出会ったのかわかりませんが、何とも心強い作家の味方であります。

 コメントがとても面白い。一度訪ねてみてください。
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沖縄雑貨の工房招福と沖縄アクセサリー工房涅槃と安里のお店杜山堂の商品紹介
http://nado.ti-da.net/


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クレーマー - 2009.03.02(ポケットの窓から)





はる 2813

 事の始まりは隣の建物の解体だった。ちょうど個展の最中ということで私が不在の時に工事が始まった。それはまぁ仕方の無いことで、そういったこともあるだろう。



 問題は小さな路地に大きな重機が入ったことで、そこに敷いてあった踏み石がいくつか割れてしまった。元々この路地は私道であって舗装はされていない。よって雨が降ればぐずぐずと泥濘になってしまう。というわけで御影石を買ってきて私設の踏み石を敷いた。



 割れてしまったものは仕方が無い。前とそこそこ変わらない状態に戻してくれればよかった。むちゃくちゃな無理難題を押し付けるクレーマーもいるよだけど、少なくとも私はそういった輩ではないと自負している。金銭的にも大した額ではないので、出来るなら自分で買ってきてそっと何も言わないでおこうかとさえ思った。こういったことは面倒だからね。



 次の日に工事を請け負った業者に電話した。社長が飛んできて、今は不景気で従業員も毎日出てきていないので、すぐには出来ませんが来週までに取り替えますと約束した。まぁだからそれならそれで問題はないと思っていた。



 しかし、それから2週間たっても何の連絡も無い。嫌だけどまぁ都合よくとれば、大したことじゃないから後回しにされたか、忘れているのかということで、再び電話した。社長が不在だったので何とか連絡してくれるように頼んでおいたのだが、二日たっても連絡が無いので、どうすればいいのか対策を考える。ここにきて少し腹が立ってきた。金額の多い少ないではない。誠意にの問題だ。



 手始めにネットで調べて、県の国民生活センターというところに苦情を持ち込むことにした。下町の県の施設入っている元デパートの古ぼけた部屋のドアーをノックすると、いっせいに数人のおっさんがこちらを向いた。明らかに歓迎されていない雰囲気だ。



 その中のやる気のなさそうな一人が花粉症なのかマスクをして聞き取りにくい声で用件を聞く。しばらくお待ちくださいと小さな部屋に案内される。明らかにクレーマーに対するマニュアル通りの対処法なのだと思う。のっけから「ここでは何も出来ませんよ」という看板をかかげているようなものだ。



 色々な訴訟の方法を教えてくれる。料金表など見せられてもなんだかな、、ちょっと50万もかかるんだ。そんなつもりはありません。ここでは何も出来ないということですね。と啖呵をきって出てきた。何だか意気消沈。一気に前途が暗くなるった。



 それでも、県がだめなら市に掛け合ってみることにする。だめで元々、こういった機会もそうあるものではないだろうから、なえそうになる気持ちを鼓舞して市役所の案内係に苦情の申し込みをする。市の職員は結構親身に話を聞いてくれた。まぁそれだけで半分は気持ちが治まった。後はどういった対応をしてくれるのか待つしかない。



 基本的にこういった場合、公の私設では何も出来ない。強制力も無い。ただまぁ結局なんともならないかもしれなけれど、何もしないのはしゃくにさわる。今のところはそこまでだ。また動きがあれば書きましょう。

 



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