あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

加島 査 展 - 2009.02.28(ポケットの窓から)






加島 査 展

09・2/28~3/8

山梨市上神内川1262-5

0553-88-2039

ギャラリーパーシモン

 今日は知り合いの作家の個展のオープニングに出かける。いやたまたま出かけたら初日だったというだけなんだけれどね。画廊は地方に行けばゆくほど経営が難しい。継続して続けるのはなお難しいだろうな。



 

 



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冷たい雨の一日 - 2009.02.27(ポケットの窓から)






 

はる 2810

 今日はまた一つ葬儀に出かけた。このところ毎月「親送り」の葬儀がある。私の親は平均寿命をはるかに超えているので、「親送り」はもうすでに終わっている仲間も多いけれど、最近の葬儀は少し若い友達の親が多いかな。「おくりびと」は身近な事柄でもある。



 葬儀に出て遺影を見たときにグッとくることは少ない。ほとんど本人以外会ったことも無い人で、神妙な顔つきはしているけれど、はっきりいって何の思い入れもない。でも今日は泣きそうになった。よく知っている人だからだ。



 昨年の12月の東京の個展の最初のお客さんが彼とその娘さんだった。几帳面な字で名前と住所を書いてくれた。それが最後になってしまった。



 ご冥福をお祈りします。

 



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そろそろ春も近い - 2009.02.26(ポケットの窓から)






そろそろ春も近い

 今日は野暮用で一日出ていた。高速を使って車の運転。ほんの2,30分だけれど風景ががらりと変わる。



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出雲の阿国 - 2009.02.25(写真)

出雲の阿国

 この絵は好きだな。古ぼけた時代がかった感じとか、へたくそな骨が感じられないような人物よか。いいと思うのは自分の絵にどことなく似ているからだろうか。



 流れ者というのはどことなく哀愁があっていい。フーテンの寅さんなどもテキヤさんだけれど、本当はヤクザとか渡世人と紙一重で世間の裏街道を歩いている輩なんだけれど、どこか憎めないところがある。



 これだけ情報が発達した現代じゃほとんど信じられないけれど、ほんのつい4,50年前のことを考えてみれば、多くの場合まだ地方独特の色んな迷信やいわれなどがいきていて、魑魅魍魎がそこかしこに潜んでいていたずらをしていた。



 同族か近い親戚ぐらいしか付き合いがなく、一生その地方から出ない人も多かったのじゃないかな。そんな時代にお祭りやハレの日に色んな珍しい文物や情報を運んでくれる流れ者は、近寄りがたいけれど、何かえもいわれない魅力のあった人たちではなかったかな。



 例えば山に棲むマタギとかサンガなど耕地を持たないで暮らす人「やまびと」や占い師や山師、芸人や説法師、的屋、薬剤師、香具師、傀儡子、寺を持たない坊主、流しの職人なども士農工商の枠から外れた人たちで、お上にとっては把握しにくい集団であった。



 つづく





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あそびべのルーツ - 2009.02.24(ポケットの窓から)










はる 2807


 「おくりびと」に関係して、すこし考えてみたい。私のペンネームである「あそびべ」のルーツは古い日本の部民から来ているのだという話はどこかで書いた。で「遊部」といわれる人々はどんな仕事をしていたのかといえば、実は天皇の死に際して葬送の音楽を奏でて慰めたりそういった類の仕事を主にしていたらしい。





 まぁこれは白川さんの話からの推測に過ぎないのだけれど、「あそぶ」ということが本来「かみがかる」状態をさしていたということだから、歌舞音曲にあわせて舞い踊って「あちらの世界」と「こちらの世界」の橋渡し的なことをやっていたのではなかろうか。





 能の最初の翁の舞いというのも「あちらの世界」と「こちらの世界」の橋渡し的な意味があるというようなことを聞いた。要するに昔はこの世とあの世が並列して存在していて、行ったりきたりすることは特別なことではなかったのではないかと思う。





 しかし、一方で現実的な死を扱う仕事というのは忌み嫌われていて、一種不浄な仕事として差別されていた。「穢れ」とか「祓う」「清める」などの言葉が日本人の根深いところでまだいまだにいきていて、今回の「おくりびと」のワンシーンでも「穢わらしい!」という言葉が突然出てきたので耳に残った。





 皮肉なことなのだが、多くの芸能のルーツは猿楽能や白拍子の出雲の阿国にしても非定住民の流れ者が担っていて、それらがなければ多くの芸能は血の通ったものにはならなかっただろう。これはどこの国でも同じようで、ジプシーのフラメンコやロマ族の職人技なども似たようなところがある。非定住民は一種恐れられて嫌われてもいたけれど憧れの対象でもあった。





 どこか旅して流れ者のように暮らしたいという私のルーツはどうやらそんなところにあるのじゃないかな。



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アカデミー賞受賞「おくりびと」 - 2009.02.23(ポケットの窓から)






 

はる 2806

 昨日「おくりびと」を観たと書いたら、今日はアカデミー賞を取ったという報道でびっくり。だいたいいままで候補どまりで本ちゃんを取ったことがなかったから二度びっくり。日本のアカデミー賞じゃなく本場アメリカで取ったというのだから、まったくすごい。



 早々たるハリウッドの美男美女が集まる中で堂々の受賞だから鼻が高くなる。ただしスピーチのへたくそなのには赤面だな。日本人は堂々と日本語でしゃべればいいのじゃないか。下手な英語しゃべるよりずっとかっこいいと思うぞ。しゃべることは日本語でもおぼつかないのにまして外国語じゃ話にならんな。



 表現というのかこういった作家活動もそうだけれど、ちゃんと日本語でいいから趣旨などを人にメッセージとして伝えられる訓練が必要だと思うな。例えば新聞などの取材にしても勝手に記事にしてくれというのではなく、はっきりこういう形の記事にしてくれというのではかなり違うと思う。



 特に外国を相手に仕事をする場合、何が何でもそういったコメントというのが必要になってくるだろう。



 それにしてもアメリカ人にも、腹きり、富士やま的な浅薄な日本文化だけじゃなく、奥の深い他民族の文化を理解しようという気分が出てきたことはいいことだ。イマイチかの国のアメリカの一番が世界で一番じゃ的な発想が好きになれない。無論いいところも一杯あるのだけれどね。



 



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映画「おくりびと」を観た。 - 2009.02.22(ポケットの窓から)






 

はる 2805

 映画「おくりびと」を観た。涙腺が弱くなっている私などは隣の人に恥ずかしいほどポロポロと泣いてしまったが、今から考えとなぜそんなに泣けたのか分からない。



 いずれはそう遠くない未来にこの世からいなくなる。私が先か、あなたが先か、そんなものは神のみぞ知る。残された人のことを考えたりすると、ちょこっと感情が高ぶって泣けてきたのかな。



 納棺師という職業が実際に今もあるのかどうか、単に葬儀やの一部になってしまっているようにも思う。葬儀には年に何度か参加するけれど、自分の身内でもない限り納棺に立ち会うことはほとんど無い。



 納棺が故人と接する最後の儀式とするなら、告別式や初七日の法要などより大切な儀式かもしれないな。焼かれて骨になってしまえばきれいさっぱりあとくされもない。あっけらかんとしたものだ。「千の風」になって世の中を吹き荒れても何の感慨も無い。まぁ本当はそれでいいようにも思うなぁ。いつまでもうじうじされたんじゃたまったもんじゃない。



 黒澤明の「夢」の中で、葬式の話が出てくる。笠置衆が菅笠をかぶってこれから葬儀の行列に参加するために鈴を持って出かける。強烈なブラスの音楽が行進曲のようなものを奏でている。泣いている人など誰もいなくて「やっせやっせさっさっさ」と楽しげに踊っている。あんなのでいいのじゃないかな。



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宵の明星 - 2009.02.21(ポケットの窓から)






宵の明星・わかるかなぁ?

 真中少し上の梢の間から宵の明星がきらきらと輝いていた。けれど写メでは今ひとつきれいに撮れていない。残念だけれど自分で眺めてみてくれ。日没後すぐ西の空にさん然と輝く星が明星だよ。



 ちなみに東京天文台のHPより無断で情報を転載しておきます。参考にしてください。

 ほしぞら情報

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「1月の夕空でも見えていましたが、今月も宵の明星「金星」がとっても明るく輝いています。

あまりの輝きに星ではないのでは?と思われてしまう方も多いようですが、金星は地球と同じ惑星の仲間で、地球のすぐお隣にある惑星です。惑星は太陽の光を反射して光って見えている天体です。

金星は、日の入り30分後頃、2月上旬には西南西の方角、高度40度近くの位置にマイナス4.6等もの明るさで見えています。その後、しだいに高度が低くなっていきますので、今月中が見ごろです。

2月27日、2月28日には金星の近くにほっそりとした形の月が見え、美しい眺めとなりますので、ご覧になってみてはいかがでしょうか。

2月を通して、金星の光度はマイナス4.6等と大変明るいですが、特に20日には最大光度をむかえます。

地球の1つ内側の軌道を公転している金星は、地球-金星間の距離が大きく変化し、東方最大離角→内合→西方最大離角の位置に金星がある間は、地球との距離が近いため、とても明るく見えます。

来月28日は内合、そして5月2日にふたたび最大光度となります。最大光度となるのは内合の前後にあることがわかりますね。 」





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眼力 - 2009.02.20(ポケットの窓から)








 

はる 2803

 絵はだいたい一つ観ればその人のレベルというのか、水準が分かる。昔言われたことは大体同じだと思ったらその人はかなり上の水準にあり、少し上かなと思ったら完全に負けている。負けたと思ったら天上人だと教えてもらった。



 また上から見れば下のレベルはよく見えるけれど、下からは上は見えない。皆同列に見えてしまうらしい。まぁだから芸事はよく分からんということだけれど、フンフンなるほどというところもある。



 すごいと思っていた人の作品を見て、あぁ~と思うこともある。一度獲得した眼力というのは落ちないのかと思っていたのだけれど、少し安穏と暮らしてしまうと落ちるんだな。



 「あぁやっちゃった」ってね言われないように。

 



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過去・現在・未来 - 2009.02.19(ポケットの窓から)








過去・現在・未来



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続・永遠の故郷2 - 2009.02.18(ポケットの窓から)









はる 2801

 何の根拠もない夢想のつづき。



 宇宙の果てはどうなっているのだろう?というのは小学生でも考えるロマンチックな空想ではある。昔の人は大きな天蓋があって星や太陽はそれに張り付いていると考えた。まぁ今でもそれはかなり説得力がある。で、その天蓋の向こうは天国があるのだろうか。



 大地は大きな亀に乗っているだとか象に乗っているだとか、昔の人は大いなる空想で考えた。どうやっても我々が今住んでいる大地が丸くなって、まっすぐに進んでゆくとやがてはもとあるところに戻ってくるなど考えもつかない。



 地球があまりにも人の感覚からすれば大きいので、次元的には我々は大地と言う平面に暮らしているようなものだ。分かりやすくいえば地面に投影された影みたいなものか。伸びたり縮んだりするけれど、周りの木や家も同じ比率で拡大縮小するのでわからない。



 世界の果てを探しに旅立った影君には地球の丸さが理解できない。どんなにまっすぐに立ってもほんの少しカーブしている。なぜなら大地そのものが少しずつ曲がっているからだ。宇宙船の時代になって地球という大地から離れてやっとそのことが理解できる。



 時間というのも同じようなものではないかと思っている。今日より昨日はほんの少し圧縮されていても我々にはわからない。時間そのものが圧縮されているからだ。遠い過去は限りなく0にちかづいてゆく。



 同じように未来もそうなっているのではないかと想像する。すべてが分かっている観察者・(おおいなるもの)にとっては過去も未来も同じように見渡せるのだろう。



 今という時空を中心にして過去の方へ次第に圧縮され、未来の方へも同じように圧縮されているとすれば、感覚的には大きな球体を真横から眺めているような感覚だろうか。目線のあたるところを中心に緯度も経度も同じ比率で圧縮されてゆく。



 過去・現在・未来というのはこんな構造になっているのではないかと空想する。



 もうひとつ付け加えると、地球上をまっすぐにどんどん進んでゆくとやがては元あった位置に戻ってくる。地球が丸いからだけれど、同じように考えてどんどん過去に戻ってゆくとやがて現在に戻ってくるのではないだろうかね。未来も同じだな。そして仏教の教義ではないけれど我々は何度も同じことを繰り返しているのではないかと思う。面白くないか!


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続・永遠の故郷1 - 2009.02.17(ポケットの窓から)






ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ

「糸杉のある風景」

はる 2800

 なかなかいいカウントになった。今年中には3000の大台にのる。楽しみでもあり、何となく寂しくもある。なぜならカウントはいつか止まる時が来る。5000なのか6000なのか、それは神のみぞ知る。



 永遠というのは無限と解釈される。ところが永遠であっても有限である場合もある。宇宙というのは無限の広さの代名詞のようなものだけれど、案外それはちっぽけな点に過ぎないかもしれない。



 少し理屈っぽくなるけれど書いてみます。興味がなければとばしてくださいな。



 例えばここに1mのひもがあったとする。それを半分にして残りの半分をさらに半分にして(もとの1/4)つなぎ合わせてゆく。さらにまたその半分(1/8)をつなぎ合わせる。そうやって次々とつなぎ合わせて行くと、理屈的には永久に増え続けるわけだから無限大に大きくなるはずだわな。ところが当たり前のことだが最初の1mを越えることはない。加えているにもかかわらずある一定値を超えないのは常識の感覚として不思議だ。



 1/2+1/4+1/8+1/16+・・・・=∞ではなく限りなく1に近づく



 無限とはこういった錯覚ではないかと思う。



 また、時間で言うなら例えば2時間の映画を早送りして1/2の1時間で観たとする。我々の時間では1時間であったとしても、映像のなかの人間はその短縮に気付かない。無論その中に人が住んでいたとしての話だけれどね。次元が一つ上がると元の次元の人間には気付かないということだ。



 それをもっと進めて1/10にするとか、1/100・・限りなく0に近づけて行くこともできる。理屈的には10年とか100年間を1時間に凝縮することも可能だ。もしそうだったとしても我々には察知することはできない。無限だと感じている時間は実はほんの短い有限の時間の可能性もある。



 実際に我々から一番遠い星は我々から光速に近いスピードで遠ざかっているように見えるそうだ。そこから「宇宙膨張説」が出てくるわけだけれど、それは三次元の我々から見た錯覚に過ぎない。



 光速で遠ざかっているということは光は外にはでないわけで、そのことは時間は止まっていることを意味する。宇宙の始まりにビッグバンから今現在までのすべてがそこに凝縮しているわけで、その一点に永遠が閉じ込められている。



 空想は難しいのだけれど、これだけは言える。時間は一定ではないということだ。止まった時間を我々がみれば「永遠」に見えるということだな。



 なぜこんな話に興味があるのか考えた。結局我々はこの一瞬にしか実際は生きてはいない、けれどこの一瞬に過去から未来のすべてが凝縮しているように思うんだな。



 私がここに存在することは過去のどこからか決まっていて、そのために色んな偶然やら出来事が必然的に起きてきたわけだ。そのどれひとつとして無駄なものはなく、絶妙に組み合わされた結果今私はここにいる。大げさに言えば積み木のワンピースだけれど、それが無かったらどこで不合理がおきてこの世界も消えてしまうのだ。



 私の体の中には、ビッグバンの宇宙の創生からの記憶がどこかに残っていて、この一瞬に「永遠があるのだぞ」ということを伝えてくれと言われている気がする。

 

「永遠の故郷」は文学的なにおいがするけれど、理論宇宙物理学とも不思議に交錯している。

 



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野村篤・著「蕭状の旅人(しょうじょうのたびびと)」 - 2009.02.16(ポケットの窓から)






 

はる 2799

 アトリエに入ってはいるが、さりとて絵を描く気にもなれずパソコンに向かっている。大体午前中に一筆置かなければ午後からも仕事がはかどらないことは分かってはいるのだが、どうもだらだらとすごしてしまう。悪い癖だ。



 考えてみると学生時代の勉強のスタイルもこれに似て能率の悪い、集中力の欠けるものだった。時間ばかりかけるけれど、はかの行かない野良仕事だ。こうやって反省して直るかといえば、ほとんど変わらない。人の性格というのは死んでも直らんということだな。



 知り合いの作家はアトリエには後ろ向きに入るといっていた。何だろう、その気持ちはわかる。好きで選んだ道だけど、やっぱりサラリーマンのように時間どおりには行かない。人によってはタイムスケジュールできっちり仕事をする人がいるようですが、私には向いていない。のべつ幕なしだらだらと仕事をしているような遊んでいるような、まことに始末が悪い。



 やらなければならないことは山の如しだけれど、午後から借りていた本を読む。



 野村篤という方の「蕭状の旅人(しょうじょう)」・画家ゴッホの記録 というなかなかの労作だ。作品は例の「ゴッホの書簡集」をもとに実際に現地を何度も訪れて、たたずんでいたであろう場所に立って感想を書いている。だから新しい発見もあったり、今までの評伝などより臨場感ある文章が述べられているいるように思った。



 ゴッホは日本人の好きな画家のベスト3にはいる作家だ。すでに歴史上の人物であるしあまりにも有名だから随分と昔の作家のように勘違いするけれど、1853年生まれだから私と百年違うだけだ。あのピカソにしても私が子供の頃には実在していた人物なのだから意外に身近にいたわけだ。



 私が最初に買った画集がゴッホだった。なぜゴッホだったのか?といえば、要するに分かりやすいということだろうな。油彩の作家には勿論色んな画家がいるわけだけれど、印象派以前の絵は暗くて脂っぽくて何かそれぞれに意味がありそうで分かりにくい。ギリシャ以降の西欧の哲学や宗教その他もろもろの教養が必要そうに見える。



 それに比べて印象派以降の絵画は、そう(好きか嫌い)ですんでしまいそうな気楽さがある。何よりも色がきれいだ。テーマが風景が多くて静物や人物にしても風俗画のようでとっつきやすい。まぁそういった事情で印象派の作家が好まれる理由だな。特にゴッホは例の耳きり事件があったり、最後がピストル自殺するというショッキングな死に方だったので、映画や本になりやすかったということもある。



 ところが実際に「ゴッホ書簡集」などを読むと分かることなんだが、ゴッホという人は実にまじめで真摯な性格な人だ。よくある芸術家気取りのいいかげんなボヘミアンではない。反対に生真面目すぎてまわりに迷惑をかける、まぁ融通のきかない、空気の読めない田舎者といえばそうかもしれない。



 気が狂って前後不覚で死んだわけではない。反対にそうなって人に迷惑をかけるかもしれないという恐れから死を選択したのだ。そこのところも実に誤解されているように思う。



 一番好きな個所を無断で書き写しておきます。「ファン・ゴッホ書簡全集」より

 「画家は、死に、埋葬されるが、かれにとって最も重要なことは、その作品のよって次のせだい、相次ぐ世代のかたりかけることだ。したがって画家の生涯にとって、おそらく死は最大の困難ではないだろう。こうして夜空を見上げていると僕は思う、フランスの地図上に黒く点点と記された町や村には行くことができるのに、なぜ天のいたるところに輝く星にはいけないのだろうか。・・中略・・蒸気船や乗合馬車や鉄道が地上の交通機関であるように、コレラや肺結核や癌は天井の交通機関であると考えられなくも無い。老衰して静かに死ぬのは、歩いてゆくようなものだろう」

 



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2/15 - 2009.02.15(ポケットの窓から)







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2/14バレンタイン - 2009.02.14(ポケットの窓から)





はる 2797

 (ここからはかなり空想がはいります。間違っていても異議は受け付けません。あしからず)アインシュタインが特殊相対性理論でやろうとしたのは、すべてのものはエネルギーの変形した形だということだった。想像するにニュートンの「エネルギー不変の法則」あたりから考えて当然の帰着だな。



 で次にもっと一般的に考え方を広げて、エネルギーだけではなくてすべての物事はある理にしたがっているのではないかという「統一場の理論」だった。このすべての物事というのが曲者で、宇宙の生成から哲学的なことまでを含んだものだったから、結局うまくは行かなかった。もともと我々は宇宙の子孫なので、どこかに必ずその理を隠し持っているものなのだが、普段それを意識することはない。



 絵を描いている時に時々感じるのは、絵画という特殊な閉じられた世界で究極的にはここは宇宙と同じなんだということだ。すごく小さな閉じられた世界ではあるが、ここに血の通った世界を構築するにはこの大宇宙と同じ理を持ち込まなくてはならない。



 セザンヌがやろうとしていたことはこのことなんだと思う。あるべきところに必ずあるように点を打つ。そのことの積み重ねがこの大宇宙を作っていると感じていたに違いない。

 



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好きか嫌いか - 2009.02.13(ポケットの窓から)






 

はる 2796

 絵は結局好き嫌いでしょうとはよく言われる。まぁ突き詰めればその通りなんだけれどね。どんな名画でも歴史的に価値があったとしても好きでないものには触手が動かない。



 「ラブ&ピース」は若いロック歌手でなくても皆が口にする。誰もが反対しない、できない耳に心地いいお題目だ。そのことの本当の意味が分かっているとか、理解できているとはまた別な問題だ。



 「かわいい!」というのがとにかく今の世の中受ける大きな要素ということになっている。女子高校生に受けないようなグッズはとにかく流行らない。とにかくテレビに出て顔と名前を売るというのも、世の中に受け入れられるかどうかの大きな判断にはなる。好きか嫌いかは別にしてね。



 「若い頃の苦労はかってでもしろ」とはよく言われる。どうなんだろうか、苦労しないで生きてゆけるならそれもまたいいかもしれないなぁ・・とは最近思う。苦労してもそこから何かを感受する能力がなければ意味が無い。どうなんだろうかね。



 いつも思うのは、人は自分のレベルでしかものが理解できない。どんなに素晴らしい言葉でも受け取る側にそれを感受する心が育っていなければ届かない。作品は鏡のようなものだ。今の自分が分かる範囲でしか理解できないのだな。



 



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説教する人 - 2009.02.12(ポケットの窓から)






「説教する人」

画面を見ていたら出て来たイメージ

電話帳にコンテのいたずら書き

はる 2795

 蛯子善悦という作家の画集を見た。何年か前にたまたま立ち寄ったレストランの壁に飾られていたもので(多分その時の感想を書いた覚えがあるのだが、暇があれば検索してみてくれ)家に帰って調べてみたら数年前に亡くなっていて、しかも国画会の先輩であるということがわかってにわかに身近な存在になった。



 絵画というものが例えばどこかの画廊で見るとか、美術館で見るとか、パブリックなスペースで見るとか、何かのプロパガンバに利用されるとか、コマーシャルに使われるとか、色々な場所で見る場合があるだろう。



 けれど、作家としては本当は個人の生活の場で、日常的な生活のスペースで、四季折々の花や風景と同じように楽しんでもらうというのが、一番うれしいのではないかなと思う。何かのために利用するとか、まして特別な場所で襟を正して見なければならないような場というのは案外場違いなのではないかと思う。



 蛯子さんの絵との出会いがそういったまれに見る邂逅だったので、特に印象に残っている。



 彼の絵は多分今の公募展などで観ると見過ごされてしまうような、ごく普通のしごくまっとうなオーソドックスな手馴れたえに見える。けれど観ればみるほど自分などが忘れてしまった、絵を描き始めた頃の何か懐かしい、憧れのようなものを持ちつづけているように思うんだな。ほのぼのとした暖かい感覚というのかな。



 多分これはもって生まれた資質で、後から獲得した技術てきなものではない作家の本質だろうな。もしもう一度油彩画の作家としていきるなら、こういった作家もいいなと思う。

 



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艸そうさんの感想 - 2009.02.11(ポケットの窓から)



個展の感想・承諾を得て転載

艸そうさんの日々のこと

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なるようになるさ



つい、書きそびれていたのだけど、春さんの展示会でのこと。



お茶を頂いたテーブルの向こうに、自転車に乗った二人の絵が有った。この前の春さんのブログの散歩の写真を見てまたこの絵の事を思い出した。Que sera sera ケ・セラ・セラ なるようになる。自転車一緒にこいでいる二人、、それ、うちの事でもありだわ、、そう思ってました。言わなかったけど。



春さんの画は生で見なくちゃ。目を凝らしてじっと見つめながら、布を貼った「壁」にどんな風にその形が見えてきたのだろうと想像するのは楽しい。下地に貼られている布には、あれにもこれにも以前私が差し上げた麻の生地を使っていると教えてくださり、なんだかうれしくなる。今度「草の布」が出来たらぜひ使ってみてほしいと申し出ると、「全部塗りつぶされてしまいますよ」とおっしゃる。「それで良いのです」とわたし。



一番大きな画のそばには、左官屋さんの道具の様なコテと土(だったっけ?)が置いてあっった。左官職人のように土をこねながらコテを器用に操る姿を想像する。ご自宅のアトリエは日常生活の通路のまん中を占領していてトイレに行くにもそこを通らねばならないのだよとおっしゃっていた。今私が玄関で織をしているのと似ている。大きな作品を置くための別の広い場所が有るそうですがそこでは制作はされないのですかと尋ねると、そういう場所では書かないねえと。暮らしの中に有るからこそ書けるのだとおっしゃっていた。私も、物の置き場が無くて家から離れた場所にアトリエを構えようと右往左往していたが、いざそこに行っても何も始じめることができない自分に気がついて、無理を承知で半ば強引に玄関を占領している。此処に居ればちょいちょい人がやってくるし、珍しそうに眺めて行かれる人と、何でも無い会話を交わすことができる。何より、一番に見てほしい人がそこに居る。そんなささやかな事がきもちをふっくらとさせてもくれる。そんな暮らしに寄り添ったものを作り続けていきたい。



これから織ろうとしている布に、私、、わたしには何が見えて来るのだろう。



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 ありがとう。





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2/10 - 2009.02.10(ポケットの窓から)







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工事現場その後 - 2009.02.09(ポケットの窓から)






ほとんど建物はなくなった。



 ほとんど建物が無くなった。こうやって何年もそこにあったものが、一気になくなってしまうとその場にあった「気」のようなものまでなくなってしまう。物事があるということは前後の関係で存在する。こんなおんぼろのアパートでも関係なく、何年かの間にその場になくてはならない「場」ができてしまっている。それが人為的にすっかり消えてなくなってしまうと、どこかでバランスが崩れているんだろうなと想像する。この場の前に立った時に感じる不自然さは慣れていないというだけではない何かがあるな。もうあと二三日かかるそうだ。



 古い舗装されていない路地裏の様子が好きだったんだけれど、人にはただの不便な日当たりの悪い苔むした路地にしか見えなかったのだろうな。夏場は雑草が繁茂してやぶ蚊の温床になり、雨が降ればぐずぐずの泥道になる。少し大雨になれば水はけが悪いので水溜りになる。けっして負け惜しみではなく、そんな風情がすきだったからそのままにしておいたのだ。もとあった「気」はもどらないだろう。



 はる 2792

 明日は久しぶりにハードな出稼ぎ仕事になる。ここのところ個展やらグループ展やら忙しくまともに仕事をしていなかったので何だか憂鬱だな。今年で私も57になる。ジー様になってしまったものだ。それにもかかわらず心の中は進歩が無い。

 



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こたえてください09 - 2009.02.08(作品)
 





「こたえてください09」

新作未発表のためぼかしてあります。



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会員展 - 2009.02.07(ポケットの窓から)






山梨美術協会会員展2/7~2/14

山梨県立美術館



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散歩の途中 - 2009.02.06(ポケットの窓から)






私の絵に似ているなぁ・・。



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奇跡のリンゴ - 2009.02.05(ポケットの窓から)




 

はる 2788

 個展の後片付けがやっと一段落した。ここからは春先まで団体展のお祭りモードになります。個展だけを発表の場にしている人には信じられないかもしれませんが、この活動が一年の三分の一を占めているのです。押し詰まってくると一週間以上泊まりこみになります。しかもすべて手弁当のボランティアです。



 話題を変えて

 「奇跡のリンゴ」というリンゴ農家の話を読んだ。NHKの「プロフェッショナル」でやったそうだから観た人も多いかもしれない。私はまったく知らなかった。



 まぁ今はやりの無農薬ものだろうとあまり関心もなかったのだが、家人が薦めるので暇つぶしに読み始めた。無農薬の自然農法といえばわれわれの世代では先駆的な福岡さんが有名だけれど、まぁ理想的ではあるけれど現実的ではないという印象だな。



 読み進むうちに夢中になって一気によんでしまったんだけれど、まぁすこしテレビ的な演出が入っているのかなとも思うのだけど、結構、感動的だった。



 最近の食の安全という点から無農薬の野菜だとか食材の話はよく聞く。自給自足でもない限り必ず食料はどこかから手に入れなければならないわけで、ごく最近までどこで作ったものかなどということは問われることはなかった。ダイエーが全国的に台頭してきたのもとにかく安いということが売りだったわけだから、産地はどこでもよかったわけだ。



 ところがまぁ最近の流れを見ていると安いということより誰が作ったかとか、どこでつくったかといった、生産者の存在が注目されるようになってきた。それというのも環境ホルモンや農薬汚染のこともそうだけれど、食というものが工業と同じように生産品として作られたり売られたりすることの不安からきているように思う。



 昨年の殺虫剤入りの餃子などというのは例外的なことで、そんなことだけに注目すると本質を見失う。



 基本的に食は人間というのか生物のもっとも根幹にあることで、そのことをいいかげんにして人は存在できないということだ。食というのは農業のことなんだな。けっしてあそこがうまいここがおいしいというグルメのはなしではない。



 無農薬農業といえば理想のように聞こえる。自然農法ができるならだれでもそれに従うだろう。けれどそんなに生易しいものではない。考えてみればわかることだが、農業そのものが自然なものではない。同じ作物だけが単一に生育するという環境は自然にはないわけだ。そこにすでに無理があるわけで、そもそもそうやって不自然な環境を作ったがために、それを制御する農薬が必要になってくる。



 無農薬農法というのはそもそも根本からありえないことなんだな。自然じゃない人工的な環境(畑や田んぼ)を作っておいて、何もしないでは敵に裸で戦いを挑むようなものだ。結果は最初からわかっている。



 例えば虫が来たら網をかけるとか手で払うとか手で取るというのは、一見正しい無農薬農法のように見える。じっさいほとんど場合そういった対処を期待する。でもそれは根本的に間違えている。それは農薬の代わりを手や網でやっているに過ぎない。それでは永久に働き続けなくてはならないし、それでも多分病気にやられてしまうだろう。防ぎきれないのだ。なぜならそれは不自然な環境だからだ。



 地産地消の話ととてもよく似ている。日本家屋が高床式で紙と木と土でできているのにはわけがある。その環境で取れたものでつくったものが一番自然なわけだ。格好がいいからという理由で密閉型の小さい窓のカナディアンハウスを作ってもそれは自然じゃない、本物ではない。



 因果応報という必ず原因があってその結果が今の状態をつくっているわけだ。反対にいえば今の中に過去も未来もある。病気になれば薬を使う。虫がくれば殺虫剤を使う。一見正しい選択だけれど、そこだけ見ると見まちがう。病気になったのは、どこかに無理があると教えてくれたものだ。虫が大量に発生したのはそこのところに無理があったからだ。自然のバランス感覚が教えてくれているのだ。



 詳しい内容は読んでもらえばいいのだけれど、結局何かいつも言っていることにつながるんだな。吉田秀和の「永遠の故郷」ではないけれど本当に、こう宇宙の成り立ちみたいなことにもつながるんだけれど、ひとつのもの中に永遠が隠れている。「セザンヌの塗り残し」ともつながる。



 一本の線は、点は、色は必ず全体の中で絶対に必要な場所に必要なだけ存在する。それを感じるのがわれわれの仕事だし、この本を読んでますます確信をもった。

 



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職住一体 - 2009.02.04(ポケットの窓から)







はる 2787


 いつも早めに確定申告に出かける。フリーな仕事になって初めて確定申告の用紙が来たときはけっこう驚いた。何のことはない普通に申告すれば収めすぎた税金は戻ってくるのだ。定職を持っている人には関係のないことかもしれないが、まぁ退職して年金暮らしになれば自分でしなければならないか。




 色々なところから雑収入があるので、すべてを正確にカウントすることは難しい。いや是非とも正確に申告せよというのであれば、自由業は不自由業になってしまう。どこからどこまでが生活なのか、仕事なのか、必要経費なのかわからない。職住一体なのでいいかげんだ。税務署の関係の方は読んでいないだろうか。




 申告の相談所があって毎年大体の下書きをして出かける。出来るだけ色々な領収書を取っておくことだ。画材はもちろんだけれど、個展の際の交通費や滞在費も経費だろう。宅急便や郵便もそうだ。実際意外に経費はかかっているものだな。




 そうやって申告が終われば何となく一年が終わったなぁと思う。



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学校から - 2009.02.03(ポケットの窓から)




 

はる 2786  

 今日は学校でこれを書いている。ゆえにひらがなばかりではない。  



昨日かな辺見庸の番組を観た。まぁきっかけは先だってのアキバの事件からの話からだったけれど、実はもっともっと深いところの話をしているように感じた。人の生き方というのか、いままで正しいとされていた生き方を一番低いところから問うていたように思う。

 

 公立の学校の教師をしていた時に感じたのは、公教育というのは要するに「国のためになる」人材を育てることを究極の目的にしているのかなということだった。まぁ義務教育というのは国がお金を出している訳だから、当然そういったことになる。そう考えると、なんだかすごく傲慢で、恐ろしいことのように思えてきた。

 

 本来教育というのは個人のもので、個人の才能というのか能力を気付かせる、個人が人生をより充実して楽しく暮らせるように、自己啓発のためにあるのではないかな。そうでなければ生きることはつまらないことになりはしないか。

 

 そこから出発して仕事について考えた。仕事と言うのはお金を稼ぐためだけに仕方なくやる必要悪的なものかということだ。そうなってくると、極力効率よくお金を稼いだものが優れていて、それ以外は負けたということになる。



 「すばやく、効率よく、簡単に」というのがグローバルスタンダードということになれば、働く人の八割がたは落ちこぼれてしまうのではないだろうか。

 

 そうやって効率よく働いて、駆けずり回って、はたして何がのこるのだろう。「ハイ生きました」「ハイ一丁あがり」「ハイそれではお仕舞です」何のためにこの人生があるのだろうか。

 

 その時代の真ん中にいるときは見えないものだ。やれグローバルだやれ規制緩和だ、自由競争だ、能率だ、効率がすべてだ、生産管理などなど。そういったことすべてが全くその通りで伝家の宝刀で、唯一正しい事のように思っていた。みんながみんなそれに納得していたではないか。

 

 ところが、その結果は惨憺たるものだ。「生き急ぐ」「一丁上がりの人生」何も見ていないし、何も感じていない。要するに生きてはいない。



 昔には帰れない。多分これからは「遅い、非効率、不便」をあえて選ぶ時代が来る。それがかっこいい時代がくる。そんな予感がする。



(閑話休題)

 ひらがなでグーグル「かんじへんかんでふりーず」と検索したら、いろいろと出てきた。なんと便利な道具なんだろうか。で、意外に多くの人が同じトラブルに遭遇していることがわかった。



 もうこのパソコンはお釈迦にするしかないと思っていたのだけれど、なんと復活した。原因は「漢字辞書ファイルの破壊」だそうだ。でまったく手探りだけれど、うまく回復することができた。同じような症状に困っている人のために、以下に回復方法を書いておく。お試しあれ。



1「スタート」-「設定」-「コントロールパネル」から「キーボード」を起動

2「言語」タブをクリック、「プロパティ」をクリック

3「辞書、学習」タブをクリック辞書ファイルを確認

4「修復」ボタンをクリック

 あとはすべてOKをおしてクリアー

 これだけで回復するのだな。知らなければ新しいものを買うしかなかった。すごいことだ。やってみるだけの価値はある。



 



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ぱそこんがこわれたようだ。しばらくごめん。 - 2009.02.02(ポケットの窓から)






 

 へんかんすると ふりーずするので、ひらがなばかりでかく。たぶんこのままだめになるかもしれない。いまからばっくあっぷにかからなければならない。ふるいぱそこんでもかうかな。しばらくこうしんできないかもね。ではでは。



 しかし、これはこまった。へんかんするとすぐにふりーずする。うぃんどーず98はもうだめかな。しょきかしてもいきかえらないかしらね。だれかいいほうほうしりませんか?



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退化の法則 - 2009.02.01(ポケットの窓から)






 

家の前のボロイアパートが重機が入って解体工事を始めた。ちょうど私が留守にしている間に始まった事で、どうにもこうにも仕方がない。こうやってあらためてながめると地震か爆撃にあった戦地のようだな。すごい状態だ。



 昔はなんでもかんでも産廃にして埋め立てに使っていたけれど、最近はリサイクルがうるさくてかなり細かく分別するようだ。どかどかどんどんぶっ潰してトラックに積み込むというわけには行かないようだね。こういった工事現場はとても好きなんだな。何かワクワクさせるものがある。がれきの山には創造力をかきたてられるものがあるね。まだまだ使えそうな柱がバリバリ折られてしまうのが悲しい。



 解体を請け負っているトビの人は親方は日本人だけれど、重機を動かしているのはペルーから出稼ぎに来ているおっさんだ。「家の中、腐ってボロボロね」日本語がめちゃくちゃ上手い。「しばらくうるさくてごめんなさい」などと言われると、まぁ仕方ないかと思ってしまう。言葉は大切だね。かえって日本人のニイサンは無口で恐い。あいさつぐらいしなさいよ。



 よく働く。雨の日も休まず働いていた。隣の分譲住宅を建てていたのはカナダから来たカーペンターだった。で今回の解体屋さんはペルー人。身体を使って働く労働者は外国人が多い。そのうち日本人は退化するのじゃないかね。



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