あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

2006/10/31の1 - 2006.10.31(裸婦クロッキー)
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写メ 「裸婦クロッキー10293」

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「技術大国日本」の斜陽 - 2006.10.30(裸婦クロッキー)
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写メ 「裸婦クロッキー10292」

はる 1957
 東京の個展のDMの準備にかかる。まだ甲府の個展のDMさえ発送していないのに、二ヶ月先の準備にかからなければならない。

 額の準備にしても絵が仕上がらない限り発注ができないわけで、私は個人的に準備を先にさきにと進める方なので、あまり困らないのだけれど、一ヶ月先のめぼしはあまりつかない作家も多いだろうな。

 最近は額なんかでも昔ながらの仕事をしている所は次第に取残されて外国製品に取って代わられているようだ。インターネットで格安で即日発送で手に入れることができる世の中だから、段々仕事がしにくくなるだろうな。

 額に限らずこういった手仕事は段々に手間賃の安い外国に工場を移転していて、今はまだ技術的に指導的な立場で日本製が一番だけれど、その内に追い抜かれるだろう。

 学校で美術などを教えているとよく分かるのだが、子供たちは全く不器用になっている。「手先が器用」というのが「技術大国日本」を支えていたのだけれど、これからは完全に諸外国に取って代わられるだろう。

 良かれとおもって買い与えたものが、子供たちから自由なイメージや発想や手先の器用さを奪ってしまっている。インターネットやパソコンやゲームが、やがては子供をとんでもないオバケにしてしまうのではないかと危惧する。

 もはや、すでに取り返しがつかないのかもな・・。



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裸婦クロッキー10291 - 2006.10.29(裸婦クロッキー)
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写メ 「クロッキー1」

はる 1956
 今日は朝からクロッキーに出かける。先月は都合でキャンセルになったので二ヶ月ぶりということになる。

 なぜ裸婦なのか、そこのところを具体的に例をあげて納得のいく説明をしろと言われると、よくは分からないのだけれど、まぁ裸婦と言うのは何年やっても飽きないことは確かだ。

 自分が男だということもあるかもしれないけれど、出席している半分以上はご婦人だということを考慮すれば、それだけでは説明不足だろうな。

 いつの頃からか、私の主なモチーフは人物になった。それまでは風景や静物も描いていた。特に学生の頃は静物ばかり描いていたな。

 芸術というのではないけれど、花や静物を描いて自分の人生を語るのは無理だなという風に思えて来た。まぁ色んな方法があるから一概には言えないのだけれど、何と言うのかな、私は壁の飾り物を作りたい訳ではないということかな。

 絵にしか語れないことと言うのがある。言葉でしか言えない事というのもあるだろう。芸術でなくてもいいから、私しか言えないメッセージを伝えたいと思うようになった。

 そんなことから、いつのまにか主に人物が私のモチーフになった。出てくる人物はほとんどが自画像ということになるのかな。

 私にとってはそれが一番わかりやすい、やり方だったということだろうか。



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絵のような夕暮れ - 2006.10.28(ポケットの窓から)
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写メ 「絵のような夕暮れ」

はる 1955
 久しぶりに夕方まで一日家にいた。このところ野暮用で家にいないことが多い。仕事だったり、ボランティアだったり、自分の個展の準備だったりするのだけれど、当然家にこもらなければ絵は進まないわけで、こういった雑用を片付けてくれる自分がもう一人いるといいのになどとありえないことを考える。

 フリーな作家でありながらこうやって何だかんだと時間が取られるのだから、仕事を持ちながらというのは、自分だけの時間を持つなど不可能に近いように思われる。

 還暦過ぎたら色んな社会的な役からリタイヤした人がいたけれど、満更それもいけないことでもないかもしれないな。不義理、恩知らず、ろくでなし、と言われるかもしれないけれど、いいオヤジを演じていたら自分の時間はどんどん無くなる気がするなぁ。どや?

 ということで、明日はクロッキー会だ。少し真面目に絵を描いてこよう。



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美術館の庭 - 2006.10.27(ポケットの窓から)
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写メ 「美術館の庭」

はる 1954
 今日は一日美術館にご奉仕。まぁこういった奉仕作業が増えてきましたね。今まで育ててもらったお返しということで、納得していますが、少々疲れました。

 ちょっと聞いた話ですが、最近は美術館も予算不足で、ここ何年も作品の購入費がないそうです。

 まぁ全国的にも地方美術館のさきがけで、黒字の美術館として有名だったのですが、ミレーもそう何回も観るべき作家でもないし、目新しい作品もないということになれば、次第に入館者も少なくなってくるでしょう。

 新しい作品の購入予算がないということは、新しい収蔵作品はすべて作者の寄付か、予算も篤志家の寄付を当てにするしかなく、まだまだ日本ではそういった寄付の習慣がないので、面白い自主企画が難しくなるということだな。

 まぁ少し前のバブリーな頃には故郷創生とかなんとか言って、各市町村に一億円をばら撒いていた無能、無策な政治家がいたけれど、そういった先見性のなさが今のこの状態を作ったのだな。

 自業自得とはいえそんな政治家しか育てることができなかった我々の責任でもあるのだけれど、未だに目ざめていないのはこまったもので、これから先を思いやられる。



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秋の夕暮れ - 2006.10.26(ポケットの窓から)
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写メ 「秋の夕暮れ」

はる 1953
 午前中歯医者の予約。看護婦さんの第一声が「しみが来ませんでいたか?」、私「しみ???」

 まぁ年とって顔には少しシミが出てきましたけど、あんたに大きな声で言われるほど、親しいわけでもないしなぁ・・・。と思ったけれど、声には出さず。

 よく聞けば、この前削った歯が神経まで来ていたので、食べ物がしみなかったか?と聞いたようだ。しかし、そういうのを「しみがくる」というのか。

 午後から町中に出たついでに散髪することにした。最近はかなり寂しくなってきた。私は白髪になるとかってに決めていたのだけれど、そうだなぁここ10年ほどでかなり薄くなった。後10年もつかしらねぇ。まぁ仕方ないのでいざとなったらスキンヘッドだな。尊敬するガンジーもヘッセもスキンヘッドだと慰める。

 さて、そのあと東京の個展のDMの作品の撮影を頼みにゆく。最近はこういった撮影もほとんどがデジタル撮影だ。まぁその方が後の処置が簡単に出来るということもあるし、すぐに確認できるという利便性もある。カメラやさんはこれからどうするのかね。無くなってゆく職業の一つだな。

 そんなことで一日の大半が終わってしまった。夕暮れ時近くの川沿いを散歩した。どことなくうすら寂しい気分。ンじゃまた明日。



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原因」と「結果」の法則 - 2006.10.25(ポケットの窓から)
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写メ「今日はいい天気」

「原因」と「結果」の法則」:
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4763195093

 無断転載

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「心の中の思いが、私たちを創っている。私たちは、自分の思いによって創り上げられている。」

私たちの人生は、ある確かな法則にしたがって作られている。私たちがどんな策略を用いようとその法則を変えることはできません。

「人は誰も、内側で考えているとおりの人間である」という古来の金言は、私たちの人格のみならず、人生全般に当てはまることばです。私たちは、文字とおり、自分が考えているとおりの人生をいきているのです。中でも人格は、私たちがくらしているあらゆる思いの、完璧な総和です。

 



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夜の東京国立博物館 - 2006.10.24(ポケットの窓から)
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写メ 「夜の国立博物館」

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日本民藝館で「朝鮮の民画」を観た。 - 2006.10.23(日記)

はる 1950
 昨日は東京に出てました。で夜遅く帰ってきて、そのまま時々出かけるお店の若い子の送別会に呼ばれていたので、顔だけ出した。結局午前様になってしまったので更新できませんでした。まぁそういうこともあるでしょう。基本的に後日書き込むことはしないことにしています。臨場感が薄れるのでね。

 何を観てきたかというと、まず駒場の日本民藝館で「朝鮮の民画」を観た。その後国立博物館で「仏像」展を見て来た。でおなか一杯になった。

 最近は本当に観たいと思う美術展がない。例えば新聞で紹介されている個展なんかでも、全く触手が動かない。どうしても観たいとは思わないのだな。

 特に「現代美術」的なものには何も感じない。私の感覚は多分もう現代には生きていないのかもしれないなぁ。どちらかと言えば壁画とか仏画とかイコンとか、骨董みたいなものに興味がひかれる。

 まぁ「現代美術」が良くないとは思わないのだけれど、私にはわからない、理解できない、いいと思わない、趣味じゃない、ということだろうか。あしからず。

 何だかよく分からないのだけれど、何が違うのか、そこらあたりのことももう少し考えてみたい。また次回にね。


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2006第20回個展によせて 

 

          「うつろふもの」       榎並和春

 

 モンスーンは水の中だ。そこに住む我々もまた水の中にいる。

 

「水」は様々にかたちを変える。どう変わっても水であることは変わらない。それはある意味頑固で、自由自在だ。

 

周りを海で囲まれた我々は「よきもの」は外からやって来るものだ、と考えて来た。遠い昔で言えば「客人」(まれびと)であり、「唐物」「ハクライ物」であったし、最近で言えば「アメリカン」だ。我々のどんなものでも取り込んでしまうバイタリティーは水のもつ順応性から来ているのかもしれない。

 

異なった文化というものは混ざり合って新しいかたちに変わる。我々はいつもそんな混沌の中にいる。我々の文化の真髄は「うつろふもの」にある。

 

 世界には色んな民族や人種がいて、そこで生まれた風習や文化は、その地方の自然を違う形で表したものだ。

 

 風のように吹かれ、雲のように流れる。そういった「うつろふもの」のなかに自分自身をみている。

 

そんなことを考えながら、今年もまた色とかたちと言葉であそびました。一緒に楽しんでもらえると嬉しく思います。

             榎並和春個展

      ~うつろふもの~

   2006 11/18(土)~11/26(日)11/22(木)休廊

甲府・ハーパーズ・ミル 甲府市東光寺町1346 電話055-233-3157

 

**********************  招待状 ***********************

オープニング企画

          藤原一弘とその仲間による古楽コンサート

    今年は藤原さんたちの古楽の楽しい演奏をお楽しみください。

      ご都合がつきましたら、お気軽においでください。お待ちしております

      2006 11/18(土)PM700

      ハーパーズ・ミル・ギャラリー

      (無料・要予約・榎並まで) 

         甲府市******** 榎並和春 電話********

                                                       *****@***********



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2006/10/22 - 2006.10.22(日記)
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写メ

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県展の公開審査でした - 2006.10.21(日記)
はる 1949
 今日は県展の公開審査でした。何年か前は自分が審査される立場にいて、一喜一憂していたものだ。いつの間にやら反対の立場にいて、今度は自分が教えた生徒が審査されるという側にいる。因果は巡る。

 自分もそうやって育ててもらったという意識があるので、なんとか少しでも手伝って喜んでもらって、やる気のある仲間が増えることを願っている。

 でまぁ疲れました。


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デパートの絵 - 2006.10.20(日記)
はる 1948
 来年のデパートでやる個展のチラシの版下が上がってきた。もう何回も個展はやってきたけれど、こういった大手のデパートの企画などはじめてのことだ。

 こうやってチラシが出来てくると誰のことなのか?となにか半信半疑になる。まぁ何回かやれば?普通になってくるのかもしれないが、この初めての感覚は大切に取っておこう。

 自分で言うのもおかしいけれど、よくある、綺麗で、細かくて、分かりやすい「デパートの絵」ではない。けれど、よく考えてみると「デパートの絵」という概念を作ったのはデパートなんだな。とりあえず売れる、広く一般に受ける。そこにこだわっていると結局一般的な「デパートの絵」から抜けきらないだろう。

 もし私の絵が、新しい、面白いというのであれば、私を見つけてくれた企画者の感覚が新しいのだと思う。実験だろうな。実験は失敗するかもしれない。

 失うものはない。まぁやってみましょ!楽しみだ。



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デジャ・ブーっていうのかな - 2006.10.19(日記)
はる 1947
 昨日は久々のフルタイムの出稼ぎ仕事で疲れてしまった。で、ここもサボってしまいました。

 まぁ何か一言でも書こうと思っていますので、飽きずに寄ってみて下さいな。

 今日は定期検診でした。もうどこといって悪い所はないのだけれど、それでも二ヶ月に一回は血液検査とビタミンB12の注射は外せないらしい。午前中そんなことで病院まわり。

 午後は午後で歯医者の予約があり、それもまたけっこう時間がとられた。なんだかなぁ・・、最近は医者ばかりかかっている。それでも健康で生きているからありがたいのかね・・。

 午後の日差しの中をトコトコ歩いていたら、随分と昔に同じシーンがあったような気がした。デジャ・ブーっていうのかな。

 まぁいたって健康な一種の「幸福」なんだけれど、マンガのような、音楽が流れていれば映画のような、そんな雰囲気なんだけれど、わかるかな。

 まぁいいか。では又明日。


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2006/10/18 - 2006.10.18(日記)
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写メ

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稲刈り - 2006.10.17(ポケットの窓から)
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写メ「 稲が刈られた」

 また明日。



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どうもまた歯の詰め物が取れてしまった。 - 2006.10.16(日記)

はる 1944
 どうもまた歯の詰め物が取れてしまった。ということで午前中歯医者さんへ行く。まぁ仕事とはいえ人の口の中をいじくるのは楽しい仕事とはいえんなぁ・・。ご苦労さんです。
 又明日。あしたは出稼ぎだ。


「うつろふもの」下書き3 

                    

 「うつろふもの」と聞いて、移りゆく人の世を思い浮かべるのは、日本人だけだろうか。



我々の生活も昔とは随分変わった。アジアの片隅に暮らしながら、どちらかと言えば西欧的な生活スタイルで暮している。お茶漬けをかきこみながら西欧音楽を聴き、夜は演歌を聴きながら中華を食べて、晩酌に日本酒を飲む。

 

世界中で、異文化をこれほど貪欲に求めて消化して吸収してきた民族はないのじゃないだろうか。なんとまぁ、融通無碍で変幻自在なのだろう。

 

「水」は様々な物に形を変える。形は変わっても水であることは変わらない、どんなものでも取り込んでしまうそのバイタリティーは水のもつ順応性から来ているのかもしれない。

 

 世界には色んな民族や人種がいて、そこで生まれた風習や文化は、その地方の自然を違う形で表したものだ。

 

 風のように吹かれ、水のように流れる。そういった「うつろふもの」に自分自身を投影するのは故ないことではない。それもまた自分自身の姿なんだろう。




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邦画「フラガール」を観た。 - 2006.10.15(日記)

はる 1943
 久しぶりに邦画を観た。「フラガール」結論から言えばなかなか面白かったなぁ。

 この手の作品は「ウォーターボーイズ」「スィングガールズ」とみんなみて、舞台設定も物語りも全て他の二つに負けているけれど、一番つぼを捕らえてはなさなかった。こんなところでと思うけれど何故か泣かされる。

 誰も死なないし、車やビルも壊れないし、人も飛ばないけれど、案外こういったドン臭い映画が日本人のこころを離さないのかもしれんな。

 ちょっと感動したい人にお薦めの邦画です。★★★★☆




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いのりのかたち - 2006.10.14(ポケットの窓から)
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写メ 「美術館」

はる 1942
 美術館にいった。実のところ行ったのは昨日だったのだけど、忘れていたので報告しておこう。

 第30回のルイユ展をやっている。県内屈指の実力派の展覧会。是非ともご覧下さい。そうはいってもみんなお年を召しましたね・・。

 個展のDMがあがってきた。これが出来てくるといよいよだな、という実感がわく。まだ一ヶ月以上先の話だけれど、DM希望される方はメール下さいな。

 この間オープニングコンサートをやってもらう藤原さんに会った。というのは私の自作の楽器を見せて欲しいということだったので、勤務されている学校まで楽器を持っていった。

 楽器と言ってもほとんど一本の棒に弦を張っただけの、まったく原始的なものだけれど、だからこそ素朴な音色がする。興味を示されたのでお預けした。

 ということで、上手くすればその楽器を使って何か一曲やってくれるかもしれない。楽しみに待っていましょう!

 当日のメニューは、チェンバロとバロックフルート、それから歌だそうです。古いヨーロッパのお祭りのような感じかな。

 そういうことも関係しているのか、今年は音楽関係の絵がおおい。突き詰めれば、音楽も美術もある種の「いのりのかたち」ということになるのだろう。歓びも悲しみも全てが含まれている。

 そんなことが何となく感じられればいい。



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今日はまとまらない。又明日 - 2006.10.13(日記)
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写メ 「今日のアトリエ」

はる 1941
 ここから来年にかけて展覧会が目白押しだな。自分の個展もあるけれど、そこそこの年になって地元で活動していると色々な仕事がまわって来る。

 自分の仕事のこと考えて、他のこと全て関係をたってゆく人もいる。考え方の持っていき方なんだけれどね。残された時間をどう使うかということだけれど。

 私は絵を描く事もそうだけれど、特別なことをしているとは思っていない。何気ない日常生活のなかで感じたことや、思ったことを絵に出来ればいいわけで、でなければ嘘っぽくならないかな。

 まぁいいか。今日はまとまらない。又明日



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 色みえで、うつろふものは、世の中の、人の心の花にぞ、ありける - 2006.10.12(日記)
はる 1940
  個展によせて・下書き 2

       「うつろふもの」      

 イタリアルネサンスの頃に描かれた絵を観て気付いたことがある。空飛ぶ優雅なクロワッサンのような雲は、写実だったんだなぁということだ。同じ雲でもああいった形は日本ではあまり見かけない。

 私たち、モンスーン気候に暮している人間にとっては、毎日が雲とか霧の中にくらしているようなものだ。それ故、墨絵のような、境目があいまいで、さだかではない、ボヤボヤとしたみず絵を生み出した。

 世界には色んな民族や人種がいて、そこで生まれた風習や文化は、その地方の自然を違うかたちで表したものだ。

 風のように吹かれ、水のように流れる。そういった「うつろふもの」に自らのこころのありようをみたのは、故無いことではない。

 色みえで、うつろふものは、世の中の、人の心の花にぞ、ありける(古今和歌集)

 そんなことを考えながら、今年もまた色とかたちと言葉であそびました。一緒に楽しんでもらえると嬉しく思います。


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大権現の護符があるんだけど、どこまで神通力があるのやら。 - 2006.10.11(日記)

はる 1939
 それにしてもきな臭い。一つ置いた隣には何だか知らないけれど、新興宗教の教祖様一派が住んでいて、最近は練習などといって行き先も定まらないような飛び道具を試したばっかりだ。

 近所の噂なんか余りあてにはならないけれど、どうやら今度は「核し剣」を試したようだ。危ない一家として免許皆伝となったのかな。

 米穀やの親父・藪左衛門はアホだからあんまり当てにはならなくて、つい先日も自分勝手な思い込みで、刀振り回して怒鳴り込んで何人かを殺めたようだ。自分だけが正しいと思ってるから反省も無い。自分も「核し剣」たくさん持ってるくせに、御奉行も黙っている。


 この親父、米だけではなく肉屋もかねていてね、最近腐った肉を混ぜて売っていたことがばれて総すかんを食らっていたのだけど、「おれの肉が食えないと言うのか」とにらまれて、いやいや買うことにしたようだ。責任は誰がとってくれるのだろう。

 米穀やの親父にはにらまれると怖いからいつも袖の下を用意しているんだ。そのかわり何かあったらかばってやるよと言われているんだけれど、まったくあてにはならない。

 反対に隣の新興宗教やにまた怒鳴り込まれると、とばっちりでこちらが迷惑する。


 結局、諸悪の根源は米穀や・藪左衛門かもしれんなぁ。

 こちらは憲法大権現の「戦わない」という護符があるんだけど、どこまで神通力があるのやら。最近この護符を外そうという話が盛り上がっているけど、どうなんだろう。今まで閉じ込めてあった魑魅魍魎がこぞって出てこないか心配だ。

 「殴らない」ときめたら、たとえ殴られても「殴らない」。それで死んでも本望だぐらいの覚悟が必要だな。どこまで我慢できるのだろう。



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大切なのは、ありふれた日々の暮しなんだ。 - 2006.10.10(日記)
はる 1938
 この世界というのはわりと狭いところで成り立っている。これだと思った人材は様々なところで、色んな機会に声をかけられる。ところが、それも一種の流行りすたりがあってね、風雲急を告げるように出てきたかと思えば、あっという間に忘れ去られるということも多いな。

 時代をよんだ一つの才能を多くの場がもてあそぶ、と言えば言いすぎだけれど、時に出すぎだなとか、やりすぎなと思っていると、あっという間に消化されて何処かへ行ってしまう。

 裸の王様ではないけれど、誰かが「これはいい」といえばワァーと集まるようなところがあるな、特に最近はネットとかテレビの影響は避けられないだろうな。

 でまぁ、大した作品でもないものが、多くの人の支持を受けたということだけで一時注目されるというわけだ。そうやって世論を操作して世界で売った人もいるけれどね。二匹目のドジョウをねらっている奴も多い。

 売れる売れないということを第一に考えると、方向を見まちがえる。まぁ、作家として生きて行くには、自分のシンパを増やすことはとても大事だけれど、だれでもいいわけではない。

 人の一生というのはその時だけの為にあるのではなくて、ほとんどが見向きもされない地道な営みのなかにあって、本来大切にしなければならないのは、そういったありふれた日々の日常なんだな。



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人は「こうすべき」では動かない。 - 2006.10.09(日記)
はる 1937
 そうか、今日は全国的にお休みだったんですね。街中に出ると少ないとはいえ買い物客でにぎわっていた。

 下町は雑踏が無ければ面白くない。数えられるくらいの人々が整然とそぞろ歩きしているのは、なんとも寂しい限りだな。

 我々の子供の頃には市場があった。今市場といっても知らない子供もいるだろうな。今でも京都の錦市場や上野のアメヨコあたりに行けば当時の感じがわかるけれど、あんなに大規模じゃなくても、どこの町にも小さいながらも市場があった。

 八百屋さんや魚屋さんのおっさんの売り声には市場独特のだみ声があって、お客さんとの駆け引きや、勢いなんかも面白かった。何よりも通路がお客さんであふれていてね、まっすぐには歩けなかった。市場で迷子になって泣いた事も何回かあったな。

 外国じゃバザールとかいうのかな、自分ちで取れたものを市場に持っていって物やお金と交換する。まぁ一番原始的だけれど、活気に満ちていて市民の生活のバイタリティーが一番感じられるところだ。

 地方はどこでも今昔ながらの商店街が軒並み死んでしまった。シャッター街になってしまった。まぁ車社会で車が入らない商店街は寂れて行くのは仕方が無いかな。

 今駅前はマンションブームだ。でかいマンションが雨後の筍のように無秩序に乱立しだした。街中が過疎化してきたのでその打開策だろうかね。一時的にはこれが効をそうして街中に人口がふえるかもしれない。でもなぁ、根本的な解決にはならないな。

 人は「こうすべき」では動かない。「面白いから、楽しいから」出かけるのだ。街には街の魅力がある。楽しくて、もう一度出かけたくなるような街中を作らなければ、人は帰ってこないだろう。



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訳あって今は読者を募集していません。 - 2006.10.08(ポケットの窓から)
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写メ 「今日のアトリエ」

ブログのデザインが変わったのはいいのですが、右上の読者登録が消せません。訳あって今は読者を募集していませんのよろしくお願いします。


はる 1936
 最近また少しずつスパムメールが来るようになった。とはいっても数はそう多くはないのだけれど。

 私の場合パスワードを自分で探して打ち込まなければならないようになっているから、発信者は一度は私のHPを訪れて隅々まで見たわけで、まぁ仕事?とはいえご苦労なことですな。これはもう防ぎ様がない。

 自分のHPを持っていると、どうしても自分の連絡先を晒しておいたほうが親切というのか、誠意がある気がする。自分の言いたいことだけ言って、それでお終いというのではなく、あなたのご意見もうかがいますよという意味でね。

 HPを立ち上げた頃は、やたらと書き込みがあったら面倒だな・・なんて危惧していたのだけれど、ホント知らない人がbbsや掲示板に書き込みをすることはほとんどないね。

 最初はもの珍しさからわりと私も他のページに書き込んだりもしたけれど、最近は自分のページの返事を書く程度だな。それで充分でしょう。

 それにしても、初めての人はいきなり自分の意見だけ書かないで、自己紹介がてら一言挨拶が欲しいですな。たとえネットでもそれが最低限の礼儀でしょうな。自分も気をつけましょう。

 今日は最高の天気でしたね。空もすんですっきりしてました。少し風が強かったけれど、布団も干せましたし、今日は気持ちよく眠れるでしょう。

 つまらん話でごめんなさい。んじゃ。



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十六夜 - 2006.10.07(ポケットの窓から)
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写メ 「十六夜」

はる 1935
 今日は十六夜ということで、お月さんが綺麗でした。しかし、昔と比べて目が悪くなったこともあるけれど、まん丸に見えなくなってしまったなぁ、なさけないけれど。どこかいびつにゆがんでいる。

 今綺麗にまん丸に見えている若い人へ。きみたちが観ている月はいつまでもそういった風に見えるとは限らないのだよ。今しっかり見ておくことだ。何事も永遠ではないのだな。

 地域の文化祭があって、作品を出して下さいとお声がかかったので、二つ返事でOKした。手芸や子供の習字、盆栽や俳句、写真やパッチワークなどなでもござれ。

 私の作品も変な所にヒートンを打たれて壁にぶら下がっていた。それでいいと思っている。

 東京の大きな団体展に出品すると、地域の文化祭に出品するは同じではないけれど、何処であっても精一杯の作品を出すことにしている。

 何の説明も無く、言い訳もなく、作品だけ観て、小さな子供からじいさん、ばあさんまで「何となく気になる」「面白い」という作品を描きたい。そんな作品が本物だろう。



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おめでとう - 2006.10.06(ポケットの窓から)
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写メ「今日のアトリエ」

 はる 1934
 ここにはほとんど身内の話は書かないことにしているのだが、神戸の姪が無事女の子を出産した。おめでとう。

 神戸に実家はまだあるのだけれど、実際に親の面倒を見ているのは姉さんで、我々男兄弟は時々訪ねては自分の実家でございとふんぞり返っているだけだ。あまり役にはたっていない。

 義理の兄さんは若くして亡くなった。それから苦労して二人の子供を育て上げた。だから片親だからと陰口をたたかれないように、人一倍頑張ったのだと思う。

 本当におめでとう。



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無駄は大切な財産だ。 - 2006.10.05(ポケットの窓から)
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写メ 「今日のアトリエ」

 

はる 1933
 今週は中間テストがあって私の授業はありません。というわけで幸せな二週間をすごしています。とはいっても休んだら当然日当は無いわけで、うれしい半面悲しくもあるのですな。

 まぁテストの監督に行けばその日当はもらえるのだけれど、美術の先生が試験監督というのも場違いな気がしませんか。そう私がこの仕事を始めた頃はそれでも日当は出たんだけれど、最近は世知辛くなってというのか、もらえなくなった。

 実際の話、最近は芸術の正規の教員は少なくなってきている。退職してやめたら後は非常勤でうめているというのが現状だな。当然その方が経費が安くて済むからね。

 英語や数学と違うから一般に入試とは関係が無いしね。必要ないといわれればそうかもしれないけれどな・・。まぁ非常勤でもこうやって芸術という科目が残ってくれればいいかなと思っている。

 よく生徒に言うのだけれど、学校で教えることなんかすぐに役に立つことなんかないよ。反対に学生の今だから全く無駄な、役に立たないことが必要なんだよ。すぐに役に立つことはすぐに役に立たなくなる。社会に出れば嫌でも役に立つことしかやらない。絵なんか今描かないと一生描かないぞ!!ってね。

 まぁどれだけ分かってるんだか。んじゃ。



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こたえてください - 2006.10.04(ポケットの窓から)
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シャメ「こたえてください」


はる 1932
 自分のことを棚に上げて言わせてもらえば、これだけネットが盛んになって猫も杓子もブログ、ぶろぐだけれど、はっきり言って一度訪ねて二度行こうと思うサイトはほとんど無い。

 まぁ、かといって自分のブログが面白いのか?と問われれば訪問者数も全く増える様子もないので、これもやっぱり失格なのかもしれないがねぇ。

 テレビもほとんど観ないことにした。もちろん全く観ないわけではないけれど、一度観ることでついついだらだらと観てしまう、節操のない自分がわかっているので、それならばいっそのこと観ないとした方が、切りがいいかなと思った。

 そうやってテレビから離れると、いかにテレビの影響が強いか、世論とかいうものは実は作られたものなんだなぁと今さらながら思う。

 何かが流行ったということになれば、われ先にとわーと群がって、後先考えずに食い尽くしてしまう。自分の意見だと思い込んでいるようだけれど、実の所テレビのタレントが言ってた意見だったりするのだな。

 ネットは若い媒体だから、これからどうなって行くのか楽しみなところもあるけれど、ブログに関してはあまり期待できないね。



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青いパパイヤの香り - 2006.10.03(作品)

青いパパヤの香り  

2006 F8 「青いパパイヤの香り」

おなじみ義さんのグループ展 が始まります。

春陽会神奈川研究会展が10/7~12まで、横浜市民ギャラリーでおこなわれます。横浜にお越しの節はなにとぞご高覧のほど,御願い致します。


はる 1930
 「青いパパイヤの香り」についてbbsに質問がありましたので、喜んでお答えしましょう。
 
  「青いパパイヤの香り」はベトナム映画のタイトルです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005ELJC

 ほとんど中身は忘れてしまったけれど、主人公の娘さんが髪を洗うシーンだけが頭からはなれません。美しいと思った。そんなことがこの下地にあったんだと思います。いろいろいたずら描きをしていたら、ふと髪を洗う女の人が出てきたのでそのまま絵にしました。

 昔書いた映画の紹介があったので転載しておきます。んじゃ。

*「青いパパイヤの香り」(ベトナム)

  「はる783より転載}

 昔観たベトナムの映画(「青いパパイアの香り」???)に暑い夏の夜、こうこうと輝く青い月影のもと、長い髪の人が石畳の中庭で髪を洗う、そんなシーンがあった。美しい光景だと思った。

 ベトナムといえば我々の世代はベトナム戦争を嫌でも連想する。鬱蒼と茂った熱帯雨林をこともなげに枯葉剤で枯らせてしまい、それだけでは終わらず、その後にはたくさんの奇形の動植物が生まれた。そしてそれは当然まわりまわって人間にも影響していた。
 重装備したかの国の軍隊に、家や田畑を容赦なく焼かれて、命からがらはだしで逃げ惑う子供たちのシーンが報道されて、脳天気にもそのときの印象は、「あぁこれが自分たちでなくてよかった」というものだった。「アジアは貧しい、貧しいのはこんな目にあうのだ」というとんでもない、お門違いのおもい違いを平気でしていた。

 最近近くの水田に水が入り、青々とした小さな苗が規則正しく風になびいている。我々モンスーン気候に住む民族にとってこういった風景は原点であり、なかなか心やすらぐ風景だ。

 世界には色々な民族がいてその固有の文化や文明を持って発展してきた。こうこうと輝く月影のもとで湯浴みする風習のどこが貧しいのだ。電気仕掛けでブンブンと空調をきかせて、思う存分シャワーを浴びるそういった方が実際は貧しいのではないか。
 そんなことを思った。



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自作の楽器 - 2006.10.02(ポケットの窓から)
NEC_0033.jpg


以下三点のシャメは自作の楽器です。むかし、ジャズの秋吉敏子が生誕の地中国を旅する番組をやっていた。その時に持参していたのが鍵盤を描いた一枚の布だった。子供の頃にそれを使って練習したらしい。今は何処でも指を動かす練習用にもっているということだった。


 音が出ないか、小さな音でしかならない練習用の楽器はないかと作ったのがこの一本の棒にチョロの弦をはったものだ。まぁあまり実用的ではないが、胡弓のようなはかない寂しい音がする。


 糸巻きの部分はギターの糸巻きを転用。実際にはこういった糸巻きの方が便利だけれど、採用されないようだな。馬の尻尾の弓で弾く。



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