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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

千利休・「守・破・離」 - 2006.05.31(日記)

はる 1807
 どうもな、今世間を騒がしているあのことを少し書くかな。

 テレビも新聞も最近観ていないので、ネットの情報しかしらない。でまぁネットで見る限りでは弁解の余地はないように思えるな。たまたま偶然に似てしまったという範疇ではないからね。

 我々と比べるのはおこがましいけれど、今の自分の作風というのはありとあらゆる作家の物真似から入っている。観る人がみれば誰と誰のここから盗んだものだということがはっきり分かってしまうかもしれない。

 元々こういった芸事というのは師匠なり優れた先人のものを真似する、盗むところから始まる。「守・破・離」というのはお茶のお稽古事の段階を言い表している。

 最初は師匠の真似をする、守る。次にそういった約束事を越えてみる、約束事を破る。やがてそういった全てのことから離れて自由自在な境地に至るという意味らしい。

 ある時期にどれだけ多くのものを吸収したかが、その後の自分の作風を決定する。そうだろう?前にも書いたけれど、文化と言うものは真似して真似されてミックスされてやがてそこから新しいものが生まれてくるものだからだ。

 けれどここからが問題なんだけれど、ならば何のために絵を描くのかということだ。

 全ては道具なんだ。目的は自分というものを探るための道具なんだな。オリジナル(根源、源泉)はもうすでにそこにある。何年も前から、生まれる前からすでにそこにある。ただ見えないだけ、気がつかないだけなんだな。それを見つけるために絵を描いているということだろう?

 はっきり言って絵を描くことは目的ではない。描かないでもいいならそれでもいいのだな。方法は色々あっていいのだ。絵を描くことは一つの手段だと思う。

 ということで、今回の事は目的と手段を間違えてしまったということで、展覧会の為に、画商の為に、絵をかいていると陥りやすい罠かも知れんな。


  気をつけましょう。



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「マルテの手記」より - 2006.05.31(日記)
 一行の詩のためには、
 あまたの都市、
 あまたの人々、
 あまたの書物を見なければならぬ。
 あまたの禽獣を知らねばならぬ。
 空飛ぶ鳥の翼を感じなければならぬし、
 朝開く小さな草花のうなだれた羞らい(はじらい)を究めねばな らぬ。
 まだ知らぬ国々の道、
 思いがけぬ邂逅。
 遠くから近づいて来るのが見える別離。――
 まだその意味がつかねずに残されている少年の日の思い出。
 喜びをわざわざもたらしてくれたのに、
 それがよくわからぬため、
 むごく心を悲しませてしまった両親のこと……。
 さまざまの深い重大な変化をもって不思議な発作を見せる
 少年時代の病気。
 静かなしんしんとした部屋で過ごした一日。
 海べりの朝。
 海そのものの姿
 あすこの海、
 ここの海。
 空にきらめく星くずとともにはかなく消え去った旅寝の夜々。
 それらに詩人は思いめぐらすことができなければならぬ。
 いや、ただすべてを思い出すだけなら、
 実はまだなんでもないのだ。
 一夜一夜が、
 少しも前の夜に似ぬ夜毎のねやの営み。
 産婦のさけぶ叫び。
 白衣の中にぐったりと眠りに落ちて、
 ひたすら肉体の回復を待つ産後の女。
 詩人はそれを思い出にもたねばならぬ。
 死んでいく人々の枕もとに付いていなければならぬし、
 開け放した窓が風にかたことと鳴る部屋で
 死人のお通夜もしなければならぬ。
 しかも、こうした追憶を持つだけなら。
 一向なんの足しにもならぬのだ。
 追憶が多くなれば、
 次にはそれを忘却することができねばならぬだろう。
 そして、
 再び思い出が帰るのを待つ大きな忍耐がいるのだ。
 思い出だけならなんの足しにもなりはせぬ。
 追憶が僕らの血となり、目となり、表情となり、
 名まえのわからぬものとなり、
 もはや僕ら自身と区別することができなくなって、
 初めてふとした偶然に、
 一編の詩の最初の言葉は、
 それら思い出の真ん中に思い出の陰からぽっかり生れてくるだ。
 
            リルケ「マルテの手記」より


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翁制作過程 - 2006.05.30(作品)
翁2展開図
翁2の1
翁2の2
翁2の3
翁2の4


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私に足らないのはたぶんそういった「こころ」なんだ。 - 2006.05.30(日記)
はる 1806
 今日はパートの仕事が予定では入っていたのだけれど、中間テストということで私のパートはキャンセルになった。

 非常勤講師というのはこういった場合給料が支払われるか?まぁ仕事をしていないのだから当然と言えば当然なんだけれど、無給休暇となる。だからと言って他のバイトを入れるわけにもいかないわけだから、何かしらの保障をして欲しいとは思うのだけれどね。

 非常勤講師は使い捨てみたいなもので、いくらでも替わりはいるからね・・と言う感じかな。私はかれこれ25年こんなことをやっている。

 さて、今日は暑かったですね。野暮用で一日潰れる。昨日の慈善行為とも繋がるのだけれど、たぶんやってる行為ののなかに喜びは隠れているんだろうな。

 私に足らないのはたぶんそういった「こころ」なんだと最近思う。



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「今が永遠」ともいえるか。 - 2006.05.29(日記)
はる 1805
 午後から個展のDMの撮影に知り合いのデザイン事務所を訪ねる。

 昨年は二種類のDMを作った。効果だけを考えると無駄なようだけれど、まぁ楽しいので今年も二種類作るかな。

 DMも躊躇なく捨てられるような物でなく、多少なりとも捨てるのが気が引けるような物を作りたい。自己満足かもしれないけれどね。これも楽しみの一つだからね。

 物事というのは全て繋がっている。裏と表があって一概には言えないことが多いのだけれど、何かの為に今を犠牲にしていると考えるか、今やっていることをそのまま楽しみとしてしまうか、同じ事でも結果が180度違う。

 よく思うのは、人に物をあげる場合。プレゼントすることに「喜び」がすでに隠れているんだな。だからお返しは必要ない。慈善行為なんかでもそうなんだけれど、我々は宗教的な義務感も無いし、本当に他人のことを考えてやれないのは偽善だなどと考える。

 けどねぇ、自分より他人のことを考えられる聖人なんてまぁ普通にはいないね。そうじゃなくてね、慈善行為を楽しんじゃってもいいのじゃないかな。その中に喜びが隠れているんだよ。ちょっと話は違うけれど。

 でまぁ結論としてはだな、「いまがすべて」ということなんだな。「今が永遠」ともいえるか。



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グループ展終わりました。 - 2006.05.28(日記)
はる 1804
 午後からグループ展の搬出。雨になったら厄介だなと思っていたけれど、朝からの雨も午後にはあがって、太陽さえ久しぶりに顔を見せた。ありがとうございました。無事終了しました。

 次は神戸の個展かな。トップページに情報をアップしておきました。ではまた明日。


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想像力」というモンスター。 - 2006.05.27(日記)
はる 1803
 昨日の続きのようなもの。

 「就職しないで生きる」というのはどういうことなんだろう。例えば自営業とか、農業とか、高級なところでは弁護士とか医者なんかも自由業といえるかな。まぁいわゆる作家、文筆業とか画家とかイラストレーターとか漫画家、ここらあたりはまだメジャーなところ。

 下世話なところではヤクザとかテキヤ、香具師、役者、占い師、祈祷師、山師、詐欺師、宗教家とか芸人、乞食。ここらあたりは、真っ当な世界ではないわな。

 今、網野善彦の「日本の歴史をよみなおす」を読んでいるのだけれど、どうやら「あそびべ」のルーツはこの一番後ろの方の部類に入るようだ。

 いにしえの頃はこういった人達は神人として崇められていて、ある種の神通力を発揮してケガレをハラウ、ミソギなどの仕事をしていたらしい。

 「まれびと」というのも一種の神人で、「まれにくるひと」「まろうど」「客人」とも書く。

 現代の我々とは違って、古代の人々にとって自分たちが住んでいるところが全てであって、その場所は先祖の守護神が守ってくれる唯一の場であった。

 異郷の地というのは魑魅魍魎の住む恐ろしい場所だったんだな。そういう境界を自由に行き来できる彼らは「神人」として恐れられていたわけだ。

 社会が統一されるにしたがって、身分が微妙に変わっていった。本来年貢(税)というのはその土地にかかるもので、土地をもたないこういった流れ者には租税の義務が免除された。そのかわりに身分としては「士農工商」の外、非人下人とされたようだ。

 子供の頃は色んなところにオバケが隠れていた。闇は恐ろしい場所だったんだな。確かに。ところが大人になるにしたがって闇はやみでただ単に暗い何もないつまらない場所に変化して行く。

 真っ暗な闇の無い最近の子供たちはもっと不幸だな。子供の頃から人智を超えた恐ろしいものを知らない。テレビゲームのモンスターではない、目に見えない心の底にある「想像力」というモンスターだ。

 なんだか話が、違う方向に向いてきたな。「就職しないで生きる」の話はまたの機会に。んじゃ。


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どうしょうもなく青臭いな。 - 2006.05.26(日記)
はる 1802
 昔学校を卒業してすぐに何をしようか考えて、軽トラックでも買ってちり紙交換か便利やさんでもやるか、または絵を教えるくらいしか考えつかなかった。

 具体的に古紙屋さんに情報を仕入れに行ったこともあったなぁ。随分昔の話になってしまったけれど、そういえば夏休みは講師の収入が無いので、ビル掃除のバイトをしていたこともあった。

 たまたま駅ビルの掃除が担当になって、高いやぐらを組んで窓を拭いていたら、部活のために学校に通学する生徒が目ざとく俺を見つけて「センセー何してんですか~」なんて声をかけてきた「わ、わからんかー。窓ふいてるんや・・」

 「就職しないで生きる」これがめざすところだ。しかし普通に考えて限りなく難しい。今のニートと似てはいるけれど、違うのは何だろうかね、まぁ「働かない」「働けない」のではなくて「積極的に就職しない」という生き方を選択したということだろうか。他人からみれば全く同じかもしれんなぁ。だから大きな口は利けない。

 なぜそんな宙ぶらりんな生き方を選んだのかと言えば、それが絵描きだと思ったからなんだな。絵を描く事は職業ではない、そういう生き方なんだ。

 未だにそう思っている、どうしょうもなく青臭いな。

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がんばれ地方美術館! - 2006.05.25(日記)
はる 1801
 今日は昨日とうって変わっていい天気でした。

 一日美術館で当番。何だかね、美術館も最近は閑古鳥がかーかー鳴いています。そう一昔前は山梨県立美術館といえば泣く子も黙る全国で黒字の美術館として、ミレーの美術館として、観光コースにもなって、連日押すな押すなの大盛況だった。

 それが今じゃこのありさま。午前中は10人くらいしかお客さんがありませんでした。個人の個展よりひどいです。

 観光気分の千鳥足のお客さんも困ったものだけれど、それでもいないよりはましかな?人の来ない展覧会ほどつまらないものは無い。

 これも美術館などの独立法人化が影響しているのかなと思う。本来活性化するためにそういった法律ができたはずなのに、反対に萎縮させて面白い企画、楽しい企画がなりを潜めて、無難な悪く言えばどうでもいいような、どこにでもあるような、個性のない、観たくも無い企画ばかりで、ミレーさんなど一度観れば二度見たいとは思わないわけだから、ここで館自体の独自性が問われるように思うのだけれどなぁ・・。といいたいことを言う。

 大体美術館の人事が県の普通の人事と一緒なのがおかしい。特別な研究機関なんだから、独自にやる気のあるキュレーターを募集すべきだ。お役所仕事で順番に回ってこられてもいい仕事は期待できない。

 せっかく育った人材もほとんどが出てしまう。そういったことをもっと長期に考えるビジョンがほしいな。がんばれ地方美術館!



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この日記1800回ということになった。 - 2006.05.24(日記)
はる 1800
 今日は妙な天気ですね。午後から雷をともなった大粒の雨、風でね、にわかに嵐の様だ。

 こういった劇的な天候の変化みたいなものはよく絵になったりする。例えばブラマンクの風景なんかナイフでグニグニ、キャンバスの上で混ぜたような描き方でドラマチックな変化を表現していたなぁとか、エルグレコの細長い縦長の「トレドの風景」なんかも真っ黒い空だったなぁとか、色々思い浮かぶ。

 子供の頃というのは、わりといつも退屈していて何か目新しいことがないかと探している。それで少し変わったことがあると、ひょっとしてとんでもない事が始まってしまうのではないか・・と想像力を働かせてわくわくする。

 真夏にはよく天候が変化した。一点にわかにかきくもり、真っ黒い雨雲があっという間に空全体を覆ってしまう。空には大きな貯水池があってその底が抜けたような水が落ちてくる。

 私はひょっとしてこのままこの世が終わるのではないか、そうなったらこれが見納めだからしっかり脳裏に刻み込んでおこう・・なんて思う。

 ところがそんなことは起こらないで、またすぐにいつもの退屈な日常が始まってしまうのだな。

 などとつまらないことを書いているうちに、この日記1800回ということになった。一日のうちに複数書くことはないので、単純に1800日以上ということだ。塵も積もればなんとやら、まだまだ続きます。よろしく。



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とりあえず更新 - 2006.05.23(作品)

05甲府09

F6「プカプカ」2005



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裸婦クロッキーその2 - 2006.05.22(裸婦クロッキー)

明日から グループ展です。私は木曜日に一日美術館にいます。是非どうぞ。


第16回スクエア展
併設・伊藤仁個展
2006 5/23~5/28
山梨県立美術館県民ギャラリーB
甲府市貢川1-4-27
055-228-3322
060521s2



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クロッキー会でした。 - 2006.05.21(裸婦クロッキー)

030521s1


はる 1797
 今日は午前中裸婦クロッキーに出かけた。午後からは野暮用で出席できないので、まぁ乗り切らないうちに終わってしまった。線がかたい。どうもここに展示するのは恥を晒すようでみっともないのだけれど、これも私の仕事の一部ということで、許してもらおう。

 モデルさんにも色々だな。たまに美大の現役の学生さんがバイトとしてやっている人もいたりする。一日やって二三万になるのだから、考え方によれば率のいいばいとかもしれない。

 後、演劇関係やダンスをやっている方も結構多い。ダンスをやっている方などはムービングといって五分間ゆっくり動いてもらって瞬間の動きを捉える練習をしたりする。頭を空っぽにして動きについてゆくと意外に細部にとらわれないでいいクロッキーが出来る。

 それにしても彼女たちは若いのに堂々としていて凄いなぁといつも感心する。



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翁2展開図 - 2006.05.20(日記)

翁2展開図

翁2展開図

 昨日の翁を分解して展開図にしてみた。

1・薄い線が切り込みせんで、

2・濃い線にあわせてホッチキスで止める。

3・3と4 10と11は谷折り、他は山折り



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ペルソナ「翁2」過程1 - 2006.05.19(日記)

翁2の1

ペルソナ「翁2」過程1

はる 1795
 まぁとりあえず何事も無く一日が終わった。

 後何年生きるのかな、と何の脈絡も無く考える。今から20年前は34歳で、まだ何事もなされていなかった。無論今も大したことはやれていないけれど、絵を続けてきたことは確かだ。そのことの意味は大きい。

 で、これから20年ということになると、74歳だ。生きてるか?もう何事もできないだろうなと思う。生きて行くことだけでいっぱいかも知れない。

 そういった意味ではいまが中間点なのかな。

 頑張るという言葉は嫌いだ。小学校の生徒じゃあるまいし、何をいったい、どのように頑張るのか。意味不明だ。

 まぁがんばらないけれど、このまま何となく、毎日が平和で淡々と絵を描きつづけられればいいのかなぁ・・と漠然と思う。



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玉石混合のなかから自分にあった情報だけ選ぶ。 - 2006.05.18(日記)
はる 1794
 アクセス解析なるものを導入した。まぁしかし色んな言葉の検索で私のページにくるもので驚いた。

 それと集中的にアクセスする輩がいるようで(一日に500アクセス以上)、いままでそういったことが分からなかったから、知らない方がよかったような気もする。ストーカーのようで少し恐ろしいな。

 しかし、短時間に集中的にアクセスすることに何の意味があるのか、何のとくがあるのか、単に嫌がらせ?なのか、よく分からない。不可思議だ。

 それから最近はまた少しスパムメールが増えてきた。アドレスを変えてからほとんど消滅していたスパムだが、ここにきてまた復活してきた。

 本来自由であるべきbbsとかコメント、トラックバックなんかも、スパムがあるために全面的に自由に開放するというわけには行かなくなってしまった。

 まぁ昨日の無許可転載の件もそうだけれど、ある意味で大きく開放された新しいコミニケーションのツールが、つまらない輩の為に閉じなければならなくなってしまうのは、ばかばかしいと思うな。

 まぁ人間は色々で、色々あるから面白い。そいった意味では出来るだけ開放しておくのが望ましいと思う。玉石混合のなかから自分にあった情報だけ選ぶ、そういった選択のセンスもこれからは必要とされるのだろう。

 んじゃまた。


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藤原新也氏、HPの写真・絵・トークなどの無断転載を許可する(商業目的はこれに該当しない) - 2006.05.17(日記)

「藤原新也のShinya talkより

2006/03/07(Tue)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その消えたトークの中で私はこのホームページの写真・絵・トークなどの無断転載を許可する方向で考えたいと書いていたと思うが、それを今日から解禁(商業目的はこれに該当しない)にすることにする。・・略・・」

 まぁ我々と違って文筆を生業にしている、メジャーな作家兼写真家が堂々とこう提示するのは勇気のいることだ。これによってどういった不利益がもららされるか、反対に利益がもたらされるか、かいもく見当がつかないのだけれど、ネットというのがこれからの媒体ということで、やってみて何か弊害があれば変えてゆくというのでいいのかなと思う。

 兎に角、藤原氏の勇気に乾杯。


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ネット社会における著作権。 - 2006.05.16(日記)
はる 1792
 藤原新也のHPを読んでいたら、ネット社会における著作権の話が書かれていた。

 彼も最初は著作権というのか、ネットのメールで書いたことが無断で転載されることに怒っていたのだけれど、このところの論調を読んでみるとやや変わってきたように思う。

 例えば、ブログや掲示板というのは、まぁいってみればそこらあたりで立ち話や井戸端会議をしているようなもので、街角で立ち話したものにまで著作権を主張するのは如何なものか?というような感じで書かれていた。

 まぁよく分かりませんが、ネットというのはある意味著作権などあってもなきがごとき媒体だと思う。転載されたくない、引用されたくないのなら、最初っから載せるべきではないだろうな。

 まぁだからといってなんでもかんでも無断で載せていいかといえば、それにもやっぱり少々ルールが必要だとも思う。

 私は少し冒険だけれど、私信のメール以外、その他ブログやHPに載せた画像や文章は引用先を明記すれば無断転載ありのように思う。(無論商売や悪意のある使用は別にして)

 せっかくのこういった媒体なんだから、規制をできるだけゆるやかにした方が面白いように思う。どうだろう。

 まぁまだ発展途上の媒体なので、これから色々なルールが出来て行くとはおもうのだけれど、ネットの良さである風通しのいいコミニケーションというのを妨げないようなルールであって欲しい。


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とりあえず更新 - 2006.05.15(日記)

はる 1791
 さて、もう一週間経ってしまった。明日からまた出稼ぎ仕事です。少し憂鬱。

 ということで、またあした。




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あそびをせんとやうまれけん。 - 2006.05.14(日記)

はる 1790
 家人のお茶会。朝からばたばたと会場まで送ってゆく。時間ぎりぎりセーフ。この人はいつも時間一杯フルに動いている、自転車操業(立ち止まると倒れる)のようだ。

 私には趣味が無い。道楽といえば全てがあそびで、遊びを仕事にしてしまった。あえて今楽しみといえば、庭木を見ているか、本を読むくらいしかない。

 というわけでまた少し楽器をやってみようとおもう。このまま何もしないとそのままだからな。自己流だとまたすぐに止めてしまうので、今度は先生について少しばかり遊んでみようかと思っている。どうなるかな、ここにこうやって書いておくのも逃げないため。

 楽器は好きで色々いたずらした。ギターは兄貴が大学のクラッシックのクラブに入っていて、ぼろいギターが置いてあり、中学校の頃から見様見真似でポロポロやっていた。ちょうどグループサウンズが流行りかけたころで、簡単なコードで唄の伴奏ができることが嬉しかった。

 もう15年ぐらい前になるのか、中古のチェロが手に入ってこれもまた見様見真似の自己流で、なんとかバッハの「無伴奏チェロ組曲」の最初だけ練習したことがある。

 まぁ自己流の悲しさで、上手くなる前に飽きてやめてしまった。

 まぁこれも絵の肥やしになると考えると遊びにならないので、まったく離れて楽しみとしてやれたらなと思う。続くかな?


「あそびをせんとやうまれけん


たわむれせんとやうまれけん


あそぶこどものこえきけば


わがみさえこそゆるがるれ」


「梁塵秘抄より」


参考バックナンバー

はる 510
 今年のサブタイトルのことがあって「あそびをせんと・・」を検索して調べる。私のボケた記憶では良寛さんの歌だとばかり思っていた。「あそび」「こども」とくれば子供と一緒にあそぶ良寛さんの絵が浮かぶ(誰の絵か忘れた)平櫛田中のやや釣り目の木彫の良寛さんも脳裏をかすった。しかし全くけんとうはずれ、平安時代の今様・「梁塵秘抄」からきたものだった。


 「今様」というのはただ単に昔風の歌とばかり思っていたのだけれど、読んで字のごとく「今風のうた」という意味だった。今でいうならば「流行歌」「今風Jポップス」みたいなものだ。当時、約千年前の最先端のはやり歌なんだ、これが。驚いた。

 学生の頃、教育実習に行った。教育学部は付属の学校があるのでそういった意味では恵まれていて、わざわざ自分の母校に頼みに行かなくても済む。音楽の実習だったと思うけれど、大学の教授が何かで記念講演をやっていて、自慢話をしていた。ええ加減に聞いていたのだが、ここだけははっきりおぼえている。


「私が唄えば、この教室の窓ガラスがびりびり鳴ります、見ていて下さいな」。付属のボロ校舎だったけれど、一人の人間の声だけでまさかガラスが鳴るとは思っていなかった。歌はイタリア民謡「帰れソレントへ」イザイザ・・・。
 結果は教授の思惑通り、全てのガラスがびりびりと鳴って、満場の拍手を受けていた。

 言いたかったことはそのことではない。「梁塵秘抄」の「梁塵」とは、上手な歌手が歌えば「梁」(はり)に積もった「塵」(ちり)もびりびり震えて落ちてくるということらしい。




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「道(TAO)展」と名づけた。 - 2006.05.13(日記)
「それぞれの道、それぞれの表現」という意味で「道(TAO)展」と名づけた。

 ほんのりと道をてらす明かりになればいいかなと思う。



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午前中、画廊(イノセント)で(堀内洋子個展)を観る。 - 2006.05.12(日記)

はる 1788
 さて、何を書くかなと今日一日をふり返る。

 午前中にいつも行く画廊(イノセント)で知り合いの個展(堀内洋子個展)が始まったので、家人を送ったついでに寄る。

 久しぶりに力強い具象絵画を見た気がした。どうも我々おのこは頭でっかちで、うんたら、かんたら、考えすぎるところがある。天地人、宇宙の原理がなんたらかんたら・・。

 それにくらべて、おなごの人はすごいな。一刀両断。ズバッと本質をつかんで離さない。華奢な男の感傷なんてへの河童。気持ちがいい。

 ゆったりと空間を使った展示の仕方もなかなかいい。豊かな気持ちになりましたね。お暇があれば是非どうぞ。

「堀内洋子 展」

5/12~22

画廊「イノセント」

甲府市丸の内2-12-3

055-222-4402



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胃の全摘出 - 2006.05.11(日記)
はる 1787
 午前中定期検診。少し貧血気味だそうだ。ということ以外たいしたことはなし。まずはめでたし。

 前にも書いたけれど私は六年前に胃を全摘出している。だからいいのか悪いのか、けっして太らない体質になってしまった。元々胃腸系が丈夫ではなかったのだけれど、術後は特に太らない。

 胃を無くして困ったことは食いだめができないこと。少しずつ幾回にも分けて食べるしかない。面倒でもあわてて飲み込むと途中で詰まってしまう。これがなかなか苦しい。

 もう一つはどうも私だけかもしれないが、どうも満腹の指令が脳まで行かない気がする。だから幾らでも食べたいのだけれど、物理的に少ししか入らないそういったジレンマがあるようだな。

 しかし、人間の体というのは本当によく出来ている。直後は水一杯も飲めなかったものが、やがて小さな茶碗一杯のご飯が食べられるようになり、三年もたてばラーメン一杯食べられるようになるのだから、なかなかしぶとい。

 ゾウリムシなどの単細胞生物をみても、消化器というのは生物が発生して以来の一番原始的な臓器であるきがする。言葉はわるいけれど、人の体も入口から出口まで繋がった一本の筒に過ぎない。

 そしてこれが何メートルもつらなっているわけだから、多少途中が無くても充分生きて行けるというわけだ。

 とまぁ一席ぶったけれど、細かい不都合は色々ある。一つは術後すぐに出てくる症状で、直接食べ物が腸にはいることで、血糖値が一気に上がってしまう。そのことで擬似的な糖尿病のような症状がでること。

 もう一つは貧血症なんだな。鉄を含むある種のビタミン(B12)が胃が無いことで吸収されないらしい。だから定期的に注射などで補う必要があるわけで、今回貧血と言われたのは多分そういった症状が出てきたのだと思う。

 まぁそれが弊害といえばいえるかな。しかし、病気をしたことで得たことも多いわけで、これもそれも含めて「わたし」だと思っている。何があるかこれからの人生で確かめるしかない。それは多分全ての人に共通することでしょう。



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身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。 - 2006.05.10(日記)
はる 1786
 私は一年しか学校の先生としてはもたなかった。色々な言い訳はあるけれど、本音を言ってしまえば逃げてしまったのだ。

 学校の先生という職業をなめていたというところもある。仕事は適当に、出来たら絵を本格的にかいて行きたい。二束のわらじで飄々とやっている先生がいるではないか、私もそうやって絵をかいていければなぁと甘く考えていた。

 まぁ今でも学校の先生をやりながら相当の仕事を残している人もいるので、一概にはいえないのだけれど、職業としての先生はとても片手間に出来る仕事ではない。

 私の今の考えでいうなら先生なら「生涯一教師」で行くべきだな。他の事は趣味でも片手までも遊びでもいい。けれど基本的には「先生」として全うすべきだな。それだけのやりがいのある仕事だし、でなければ自己保身でしかない。

 絵をかく、表現者、というのは職業ではない。まぁ私にとってはね。絵をかきながら自分の生き様を考えるという生き方なんだな。だから他に安定した収入を持ってしまったら、生き様そのものが変わってしまう。生き方に説得力がなくなってしまう。

 「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ・・」これって極意だと思うけれどね。

 なんてね、青臭いかな・・未だによく分からない。



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お疲れさん。 - 2006.05.09(日記)
お疲れです。で、きょうはここまで。

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「色は匂えど、散りぬるを」 - 2006.05.08(日記)
はる 1784
 さて、今日は真夏のように暑かった。ついこの間までがうそのようだな。季節は確実にめぐっている。

 小澤征爾が外国の管弦楽団などの指揮をしていてよく言われるのが、東洋人であるあなたに西洋の伝統的な音楽が本当に理解できるのか?ということらしい。

 まぁそのことの直接的な答えは忘れてしまったけれど、私自身、西欧画というのか、油彩画を描いていて同じような質問をされたことがあった。そうなんだ何故油彩なのか?ということをずーっと考えていた。

 油彩を離れて、今客観的にこういうことも言えるなと最近は思う。

 例えば野球を例に考えてみると、元々はアメリカが発生の地だ。まぁ今回のWBCなんかでも感じたことだけれど、アメリカの人達にとっては国技みたいなもので、自分たちが正統であって、他は亜流だと考えている。

 で、まぁ亜流は間違いで、本物じゃない。本場のベースボールは分からないだろう・・。

 そこまで露骨ではないかもしれないけれど、伝統とか正統、オリジナルなんてことにこだわっていると、やがてそれは形だけのものになって、やがては自然淘汰さてしまうのだな。

 文化というものは生きているもので、伝統に縛られてそれを守るところには何も新しいものは生まれない。伝統工芸や人間国宝になりたければそれでもいいけれど、それはもう生きてはいない。

 「野球」はアメリカから入ってきた「ベースボール」を日本人が和様に新しく特化したスポーツだ。もうすでに本場の「ベースボール」ではない。イチローや松井の実力が世界で認められのは、今さら私が言うことでもないだろう。

 で、音楽だ。ジャズなんかもそうだけれど、アフリカ人のリズム感(スイング)とクラッシク音楽の融合といってもいいだろう。本来持っているものから離れて新しいものを生み出した典型だと思う。

 どう考えても我々が西洋人の感性を持つことは無い。今考えると持つ必要も無いのだけれどね。ここが大事なんだけれど、「日本人のわれわれが考える西欧音楽」でいいのじゃないかと思うのだ。そこのところに新しいなにかが生まれる可能性があるのではないかと思う。

 「お茶」は日本の伝統的な文化だとされている。けれど最近韓国の伝統的な民家の写真を見る機会があったのだけれど、お茶室は韓国の民家そのものだ。もっといえば利休さんは韓国と関係の深いひとではないかと思う。

 まぁそれを「お茶」という様式にまで高めたのは彼のオリジナルだとはおもうのだけれどね。

 というわけで、全てのものはミックスされ、融合して、自然淘汰され新しいものに変わって行く。それはねぇ、手前味噌だけれど、ビッグバンに始まる宇宙の創生、進化とも微妙にリンクしていて面白い。

「色は匂えど、散りぬるを」

「我が世誰ぞ、常ならむ」
 
「有為の奥山、今日越えて」

「浅き夢見じ、酔いもせず」


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「犬馬難鬼魅易」その後 - 2006.05.07(日記)

赤い橋

 赤い橋

 はる 1783
 そうそう、このあいだ師匠のところに出かけた話のつづき。でその後出かけたところでその時に話題になった松田正平の書の実物を偶然見たということを書いたね。

 人の嗜好というのはわりと類似しているものだと思ったのは、その前にちょうど地元の美術館で李朝の焼き物の美を発見した浅川伯教と巧兄弟の講演を聴いたばかりだったので、頭のすみにそんなことが残っていた。

 師匠の所にも李朝箪笥のバンダチはもりちろん、色んな李朝の焼き物もあったけれど、一番印象に残っていたのはその松田画伯と現代画廊の須之内徹の話しだった。

 画伯は絵描きだから書にはそれ程興味を持たなかったろらしいのだけれど、晩年は書だけの展覧会もやっていたようだ。

 で、須之内さんのところにその「犬馬難鬼魅易」があって、師匠に購入するようにすすめたらしい。ところがまぁ見たところ子供書いた落書きのようにしか見えなかったので、いいものだとはわかったけれどちゅうちょしたらしい。

 ところが、後日談で白洲正子さんが亡くなってその持ち物展みたいなことをやったときになんとその書がそこにあってビックリしたということだった。

 先日私が見たものが実際のそれだったのかどうかはっきりはしないのだけれど、まぁそういった偶然というのはよくあることだな。

 固有名詞がたくさん出てくるけれど、この人達は重要な人物なのでリンクして置きます。お暇があったらあたってみてください。んじゃ。


 リンクが上手く出来ません。また後で。



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2001年宇宙の旅 - 2006.05.06(日記)

伊奈梅園

綺麗な空だった。


 はる 1782
 休日モードなのかね。ものを真剣に考えていない。

 昨日かなDVDで「攻かく機動隊」というアニメをみた。多分劇場版の一回目だと思う。先日立花隆がサイボーグの話をしていたおりに、この監督がゲストででていて「攻かく機動隊」の話も語られていたので、ぜひ観てみたいと思っていた。

 まぁ私が考えていたいた以上に話は進んでいて、たぶんこの話を理解するのは本当はとても難しいのではないかと思った。

 物語そのものは実際に見てもらえばいいわけだから省略するけれど、このドラマの敵になっているのはいってみれば電脳上に存在する知的生命体?ということになっている。

 コンピュータがやがて意志をもって我々と敵対関係になるという話は「2001年宇宙の旅」を持ち出さなくても、案外誰でもが考えつく帰着だ。

 しかし、ここで新しいのはネットという新しいツールだろうな。今でもネットウィルスは他人のパソコンに勝手に入って悪さするほど深刻になってきたけれど、将来全てのコンピュータがネットで繋がって一つの大きな知的な意志をもつコンピュータになることはありえるだろう。

 今「世界で一番うつくしい物語」という宇宙創生から人類の発生までの本を読んでいるのだけれど、これを読んでいるとビッグバンからこの宇宙ができてゆき、そのかけらが何億年もかかって星になり、大気を作ってばらばらだった分子が繋がってやがて一つの生命体になって行く、その過程そのものがコンピュータが我々の前に現れてやがてネットで繋がってゆくその様子とすごく似ている気がした。

 違うのはコンピュータの進化の様子がものすごく早い事で、意味のある分子から何らかの生命が生まれるまで最低何億年もかかっているのに対して、電脳の世界は目に見えるスピードで変化している。

 やがて意志をもった知的な生命?が電脳上に生まれてもおかしくないだろうな。



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新緑 - 2006.05.05(日記)

4/30新緑

新緑が美しい。



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松田正平の書「犬馬難鬼魅易(鬼は易しいが犬は難しい) - 2006.05.04(日記)
はる 1780
 この間師匠のところに行った話を書いた。この人お茶の世界の住人というだけあって、書画骨董に対して並々ならぬ興味があって、まぁ話も面白いのだが、持っているものも凄い。

 ちょっと眉唾なところもあるにはあるのだけれど、まぁそこはご愛嬌ということで、見せてもらったのが、例の靉光の作品。前ふりが長くてなかなか見せてくれなかったけれど、最後には奥から風呂敷包みをもってご開帳と相成った。まぁ何とも言えないけれどね?

 ただね、偶然というのかその時に話題になった松田正平の書「犬馬難鬼魅易(鬼は易しいが犬は難しい)をその二三日後に実際にお目にかかったのにはビックリした。

 松田正平はご存知の方も多いかと思うのですが、もうああいった画家は現れないように思いますね。確か作品90何歳で亡くなられたと思います。色々逸話のある方ですが、まぁ巨匠らしくない飄々とした風貌で、晩年まで淡々と絵を描いました。

 たまたま国画の会員ということで、本当に身近に感じていたのですが、ついにお会いすることはありませんでしたね。それが少しざんねんですね。

 最近はどんな団体でもわりと作り絵のような大型の絵が多いのだけれど、松田正平の絵はそれと対極にあるような、極々小さなありふれた風景や人や動物を極無作為に描写していた。

 画仙人の熊谷守一にも共通するような飄々とした画風だけれど、まぁ品格は松田正平の方が上かもしれないな。



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